「キング・アーサー」DVD脚本レビュー
★映画基礎データー★「キング・アーサー」 2004年 アメリカ映画 監督 アントン・フークァ 脚本 デヴィッド・フランゾーニ 出演 クライヴ・オーウェン |
ローマ帝国の栄華に陰りが見え始めた時代。
ローマのために数々の武勲を立ててきたアーサー(クライヴ・オーウェン)と
円卓の騎士たちは、
15年間の兵役を終え、それぞれの故郷に帰ろうとしていた。
だが教皇の権威を振りかざす司教は、彼らの兵役解除と引き替えに、
ブリテンに住むローマ人貴族を救出せよという予定外の任務を命じる。
ブリテン地方は、森に潜むゲリラ軍ウォード、
新たな侵略者サクソンの三つ巴の戦乱にさらされた危険な地域だった。
それでもアーサーと円卓の騎士たちは、
今度こそ自由を得られると信じて最後の任務へ出発してゆく…。
円卓の騎士と聖杯探求で有名なアーサー王伝説は、
中世ヨーロッパで騎士道の精神的な支柱となった有名な物語です。
1485年にはそれまで流布していて伝説群をマロリーが集大成して英訳し、
「アーサー王の死」として出版します。
しかしこうした伝説を生み出した実際の「ブリテン王アーサー」は、
マロリーの本よりさらに千年も昔の人物だったと言われています。
この映画「キング・アーサー」は巷間よく知られているアーサー王伝説ではなく、
5〜6世紀に実在したと言われているブリテン王アーサーの“実像”を描こう
とする
歴史スペクタクル劇です。
脚本を『グラディエーター』のデイヴィッド・フランゾーニが担当し、
アーサー王伝説でお馴染みのエピソードやキャラクターを多く借りながら、
歴史の中のアーサー王再現を試みています。
こういう原作のひっくり返し方は好みですが、
実は“5〜6世紀に実在したアーサー王”も伝説のひとつに過ぎず、
まっとうな研究者によれば、“裏づけ文献に乏しい諸説のひとつ”という位置
づけです。
ですから、「キング・アーサー」を見てこれが“真実のアーサーだ”などと
思っちゃいけません。
すべての歴史映画がそうであるように、“こういう解釈もある”という風に見
ないと。
映画と原作の関係と同じようなものですね。
“その映画の脚本はその原作の解釈の仕方のひとつである。”
だから同じ原作で何度も映画化できるということです。
監督は『トレーニング・デイ』のアントン・フークァ。
アーサー役のクライヴ・オーウェンは、
アンジェリーナ・ジョリーがひどく身勝手なボランティア活動家役で主役を演
じる、
「すべては愛のために」でその不倫相手の過激なNGO活動家を演じています。
基本的に舞台役者なので演技はしっかりしているのですが、
40歳になる今まで、ほとんど脇役オンリーの地味な人です。
マット・デイモン主演の「ボーン・アイデンティティー」にも出たらしいので
すが、
どんな役だったか記憶にありません。
映画で感情移入を阻むのは、
私たち日本人がアーサー王伝説それ自体になじみが無いためもありますが、
ドラマが進行する5〜6世紀ごろのイギリスの民族群雄割拠の様相が
よりいっそう“わからん”ためです。
一時はヨーロッパと地中海世界の全域を支配していたローマ帝国も、
5世紀にはその衰退ぶりを隠せなくなってきていた。
ブリテン島もそれは同じ。
島を南北に分けるローマ人の城壁“ハドリアヌスの壁”はローマ人のアーサー
と
その配下の円卓の騎士たちによって守られていたが、
先住民であるウォード(ケルトの民)の反乱は止まず、
島の北方からは凶暴なサクソン人が南下してくる。
(サクソンは、どこかヴァイキング風の武具などを身に付けています。)
ローマはついにブリテン島からの撤退を決めるが、
アーサーたちにはそれを前に最後の任務が与えられる。
それは壁の北方に孤立したローマ人一家を救出すること。
このドラマの中で、登場するアーサーはローマの軍人であって、
ブリテン王のアーサーではありません。
この映画はローマ人のアーサーが、ブリテン王になるまでの物語です。
円卓の騎士たちはローマに占領された東方騎馬民族から挑発された外国人であ
り、
ブリテンという土地に特に愛着を持っているわけでもありません。
映画の冒頭は幼いランスロットが登場し、
ローマの徴兵に応じて家族と泣き別れするところから始まっています。
“騎士”の肩書きを得てローマ市民に喝采されるより
15年に及ぶ兵役を追えて一刻も早く東方の故郷に帰りたいというのが彼らの
切なる願いです。
えんがちょな司祭が兵役解除許可証を出したり引っ込めたり、ちらちらやりな
がら
脅してすかしてアーサーたちを壁の向こう側に取り残されたローマ人救出に向
かわせます。
この前半の“傭兵はつらいぜ”の部分はナカナカに泣かせるドラマになって引
き付けます。
壁の向こうで待っている先住民ウォードのゲリラ兵と
島の北方から南下中の凶暴なサクソン人が当初区別しにくく
話を分かりにくくしています。
どっちもローマの敵、アーサーとは過去に戦ったこともある連中同士ですが、
魔術師マーリンが率いるウォードはもともとブリテンの先住民で、
後にアーサーの王妃となるグィネヴィアもウォードの女という設定です。
グィネヴィア役のキーラ・ナイトレイは
「パイレーツ・オブ・カリヴィアン」の貴族の娘役で活躍していた女優です。
まだやっと十八だそうで、それにしちゃお色気ありますな。笑
どこいらへんからねたバレとすべきが迷うところですが、
ここで改行しておきます。
魔術師マーリンというのは、
アーサー王伝説では言ってみれば「ロード・オブ・ザ・リング」のガンダルフ
のような役回りの人物ですが、
ここでは当初アーサーの敵として登場し、のちに
「ブリテンのために戦ってくれ」とアーサーを口説きます。
助けたローマ貴族のあまりの馬鹿っぷりにいよいよローマへの愛想が尽きた
アーサーは、グィネヴィアの色仕掛け攻撃にもあって、
兵役解除許可証を手にしながら、
長年苦労を共にした円卓の騎士たちに「俺は残る」と別れを告げさせちゃいま
す。
ローマで世話になった人道博愛主義の先生が反逆罪で獄死したとか、
セリフの中では出てくるのですが、
ドラマ的に気が変わる動機付けの部分が弱いので、
むしろアーサーの転身に憤慨して立ち去ろうとするランスロットらの方に、
観客の我々も感情移入してしまいます。
アーサー役がトロイのブラピ級の有名俳優がやっていれば、
配役で画面から無理矢理でも説得されてしまうのですが、
クライヴ・オーウェンではいかにも地味で損をしています。
ウォードが南下中の凶暴なサクソンに脅えているという描写をもっと
前の部分で徹底すべきでした。
でないとローマと決別した後のウォードVSサクソンの戦いが盛り上がらない
です。
いえ、画面的には肉弾戦がぶっちゃけているのですが、
観客はどちらにも感情移入していないので、
どちらが勝っても負けてもかまわない気分です。映画的にこれは不味い…。
マーリンもグィネヴィアも政治的な意図の下にアーサーに近づいてますから、
一般のウォードたちがアーサーをどう見ているか分からないです。
ドラマ的には“寝返ってくれたヒーロー”“あらたな救世主”でないといけま
せんが。
これが一目見てスパッとわからないのがつらいとこです。
いちおう、ローマ人貴族が小作人のウォードたちを虐待し、
アーサーが憤慨するというのが出てきますが。
アーサーがつれて逃げる小作人村人集団とマーリンたちのゲリラが
同じウォードたちだというのが絵的に出てこないのです。
両者が出会う場面を用意して、
ゲリラに身を投じた息子が小作人の両親と抱き合って再会を喜び、
それを見たランスロットら円卓の騎士たちが、自分たちの故郷の家族を
思ってもらい泣きするとか、ごくベタな演出で話が分かりよくなり、
感情移入できると思うのですが駄目ですかね。
監督は「七人の侍」が好きだったとか、脚本にはイラク戦争後の混沌たる世界
の
混乱が反映されているとかいろいろありますが、
英雄ものを原作にしながらスパッと楽しめる痛快英雄譚になってないのは、
ちともったいないです。
それなら何も「アーサー」でなくたっていいじゃん、
と思うのは日本人だからか?
欧米人には、
「アーサー」をネタに今の時勢を反映させることに何か意義があるのかもしれ
ないです。
最近日本の映画興行市場にこびうるハリウッド作品の多い中で、
振り子のゆり戻しのような逆のスタイルというのは面白いかもしれません。