「靴に恋して」DVD脚本レビュー
★映画基礎データー★「靴に恋して」 2002年 スペイン映画 監督脚本 ラモン・サラサール 出演 ナイア・ニムリ |
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スペイン・マドリッドを舞台に、
恋や仕事、家庭に迷う5人の女性の運命が交錯するドラマです。
監督は、スペインの新鋭ラモン・サラサール。
出演は『オープン・ユア・アイズ』のナイア・ニムリ、
『めざめ』のアンヘラ・モリーナ、
『オール・アバウト・マイ・マザー』のアントニア・サン・ファンら
スペインを代表する女優が勢ぞろい。
グッチ、プラダなど、300足あまり登場する高級ブランド靴にも注目してください。
映画『靴に恋して』ですが『靴に恋して』は日本公開用に付けられた名で、
スペイン語の原題は「PIEDRAS」。
英題「STONES 」と同様「石・岩」という意味の語の複数形です。
この‘piedra (ピエドラ)’というスペイン語と同じく
ラテン系言語のイタリア語で「石」のことを‘pietra
(ピエトラ)’といって似ています。
そして、その男性名詞形が‘pietro (ピエトロ)’。
つまり、ヴァチカン市国 Vatican のサン・ピエトロ(聖ピエトロ
San Pietro )大聖堂や
サン・ピエトロ広場は‘聖・石男さん、岩雄さん’なのです。
映画の原題が何故「 PIEDRAS / STONES (石)」なのか?
邦題『靴に恋して』が「靴」をキーワードに置いたのに対し、
本国スペインでは「石」にキーワードを置いているからです。
では何ゆえ石なのか?
「人生では、愛情・友情・家庭・職業といった大きな「石」を先ず系統立てて置く。
そうして、それらの諸々の「石」の隙間に、
もっと些細だけど必要なものを埋めていくものだ。
もしもその逆にしたら、「大きな石」を置くスペースはなくなってしまう。」
というのが監督・脚本のラモン・サラサールの考えだそうです。
この映画のヒロイン五人は、
そういう「大きな石」を人生に於いて置くことができなかった人達なのです。
アデラ、レイレ、マリカルメン、アニータ、イサベルという五人の女性が主人公ですが、
彼女たちは、並行して物語をなしていきます。
誰もが通り道にしつこく現れる「石」をどかそうとするし、
もっと悪いことには、靴の中にある「石」を除去しようとする。
これは抽象的な表現だけど、
彼女らは人生で新しいチャンスと素晴らしいプリンスの出現を求めているシンデレラ達
なのですね。
女性達の「靴」は、各登場人物を象徴するものとなっています。
ヒロインは五人いて、五人のドラマがある訳だが、映画では話がその五人を行ったり来たりして目まぐるしく展開しています。
五つのエピソードがひとつずつ順番に出てくるオムニバスではありません。5人同時にストーリーは展開します。
『スニーカーを履く女”アニータ”』
アニータ(モニカ・セルヴェラ)は知的障害のある28
歳の女性です。
チワワ犬のアルビノを散歩に連れてマドリッドの街の決まったコースを歩くのが
日課です。得意な絵では、自分が犬と一緒に散歩している姿をいつも描いている。
アニータの母親アデラは仕事があるので、
アニータの身の回りの世話や介護を若い男性のホアキン(エンリケ・アルキデス)に
依頼することになった。
ホアキンは看護士見習いの学生なので、プロよりも費用が安く済むからだ。
母は、こまごまとホアキンに注意事項を伝える。ホアキンは爽やかな感じのいい優しい青年です。
アニータは7歳くらいの知的レベルだが、
彼女は毎日現れるホアキンに憧れるようになる。
散歩に行きたくないと駄々をこねていたのが、ホアキンが来ると、
パッと散歩する気になる。
横に付いてもらって犬の散歩に出かけると、
いつも立っている‘街の女’達は、いい男が出来たのねと一層からかう。
ホアキンの存在はアニータを生き生きとさせ、アニータは恋心を抱いて、
絵にまで彼を自分と並んで描いた。
いつもまにかチワワは絵から消えている。
ヘッドフォンで“♪The Shadow Of Your Smile
”の英語の歌を聴いて彼のことを想う。
ある日、いつもと違うコースにホアキンは連れて行く。
日常の中のささやかな冒険。
ショーウィンドーに飛行機のプラモデルが陳列されていて、アニータは大喜び。
それを見て、ホアキンは空港にまで連れて行ってあげる。
実物の飛行機を何機も目にし、
ひいては、頭上をかすめる迫力ある本物の飛行機を見て彼女は狂喜する。
毎日、アニータが街角で見上げて嬉しそうな顔をしていたのは、
実は空を飛ぶ飛行機を見ていたのだった。
夜、アニータの不審なうめき声に母親は気がつき、そっと娘の部屋を覗くと、
彼女はホアキンの名をつぶやきながら一人自慰行為にふけっていた。
それを見て母親は、ホアキンが娘に手を出したものと思い、彼を電話一本で解雇する。
翌朝ホアキンが来ないと知ってアニータは絶望し、自暴自棄のあまり
チワワまで殺そうとする。
説明の無い解雇に疑問を抱いたホアキンがアパートに現れると
アニータが階段でチワワの首を吊るしているではないか!
ホアキンは驚いて階段を駆け上がり、チワワとアニータの両方を抱きしめるが、
母親は、その姿を見て「娘から離れて、二度と姿を見せないでっ」と喚いて殴りかかる。
ホアキンは自分どういう誤解をされたのか一瞬で理解するが、
彼自身、嘆きと悲しみのあまりひとことも発せずアパートを飛び出し、
通りに走り出た途端、タクシーに跳ね飛ばされてしまう。
母はアニータの部屋の絵を見、ホアキンらしき男性と手を繋いでいる彼女の姿を見つけ、
はじめて娘の恋心を知って打ちのめされ、号泣するのだった。
これはまだアニータ編の中盤までのストーリーですが、えらいきついですねぇ。
アニータもホアキンも母親も、まったく善意の人でありながら場の悪い誤解で、
最悪の結果になってしまう。
知的レベルが低いことと“女”であるか無いかは、イコールではない、という事実に
母親アデラはまったく気が付いていないのですね。
アデラはマドリードの郊外で「カラオケ・ガール」なる売春宿を経営している。
だからアニータの自慰を目撃して、虐待されているものと決め付けてしまう。
ですから、アデラが号泣するのはセックスに対する嫌悪が背後にあってのことです。
ホアキンがアニータに好意を持っていたとは思えませんが、
子供をあやすような優しい気分で接していたことは間違いないです。
かれは何しろ看護学生なのですから。
こういうひっくり返し方は、これまで映画で見たことが無かったので結構やられました。
三人とも、とっても可哀想な話でまいったです。
『小さな靴を履く女”イサベル”』
イサベル(アンヘラ・モリーナ)は高級官僚の夫のいる
45 歳のスリムでお洒落な女性。
夫とは家庭内離婚状態で、今もイサベルはブラジルで遊んで帰国したところだ。
空港で電話したのは親友のマルティナ(マリア・カザール)。
マルティナはテレビ番組で司会する女優であるが、
夫の家庭内暴力に耐えては、イサベルに慰めてもらっている。
イサベルは子供も出来なかったし、生き甲斐は靴のコレクションだ。
イサベルはサイズ38 なのに靴を買うときは一回り小さいサイズを買って、
足をわざわざ痛みつけている。
そうして足の専門医(ナッチョ・デュアト)に診てもらいに行くのだ。
これは彼女の下心が知的でハンサムな医師の元へと走らせるからだ。
イサベルのエピソードで面白いのは、
高級官僚の夫の友人やその妻たちとの会食の場面です。
妻たちが、
イザベルの通う足の医者を「芸能人のような下層階級を診察する男」と
小馬鹿にすると、
親友のマルティナまでコケにされて怒ったイサベルが、
「あなた方の富も身分も夫のものじゃないの」とやり返すところです。
イサベル自身もドクター免許を持つ知的レベルの高い人ですが、
無名専業主婦として夫の僕のように暮らす日々にストレスを感じています。
(とはいえ、どっちゃり使用人を抱えた豪邸に住む大奥さまですが)
専業主婦という肩書きが女の自立を阻むかどうかは別の議論として、
スペインのような保守的なラテン社会では、依然として上流階級と下級階層が
意識されている、というのが興味深かったです。
『偏平足の女”アデラ”』
アデラ(アントニア・サン・フアン)は49
歳の逞しく自活しているシングルマザーだ。
マドリッド郊外に娼婦のクラブを経営している。
アデラの娘が、「スニーカーを履く女」アニータなのである。
毎日、知的障害の娘の世話で精神的にゆとりがない。
それに、お店まで50 km もスクーターで通うという大変な毎日だ。
だからこそ、娘に看護士ホアキンを雇ったのだ。
娘と二人だけの乾ききった暮らしをしているある日、
売春クラブに数人の若者達を引率してきた中年の渋い男性
レオナルド(ルドルフォ・デ・ソーザ)は、女主人のアデラに関心を持つ。
言葉巧みに近づいて、客とは付き合わない主義だと言う彼女を、
暗くなるまで車の外で待っているという一途さ。
結婚はしていないと言う。
アデラは根負けして、レオナルドにアルゼンチン・タンゴのレストランに招待された。
タンゴが初めてだという彼女をレオナルドは優しくリードする。
タンゴは、女性のハイヒールの底が床を擦る強烈な音がする。
それは刺激的で、肉体を愛撫する音なのだと彼から説明を受けて、
アデラは久方の甘いロマンス気分に浸り始めた。
クラブの雇っている女性にも、彼との甘い体験を嬉しそうに話す。
アデラは彼を愛してしまった。
レオナルドはアデラの自宅のアパートまで訪ねてきた。
相当、彼女に夢中である。
アデラが成人した娘アニータを同伴しているのを見て、
7歳の娘がいると嘘を言ったじゃないか、と責める。
アニータは2 月 29 日が誕生日だから、閏年で7回誕生日で28
歳でも7歳。
それに、精神年齢が7歳なのだと語ると、レオナルドは理解して謝った。
アニータにも優しく接してくれる。
アデラは自分は偏平足なのだと話し、何年もかかって小説を書いているのだと語る。
レストランにもアニータも一緒に三人で行く。
そこで鉢合わせたのが、レオナルドの妻のアデラであった。
そう、アデラと冷え切っている関係の夫とは、このレオナルドだったのだ。
洗練されたアデラと挨拶したが、まさが彼の奥さんだとは気付かず、
後日、真相を知る。未婚の筈だったレオナルドの嘘にショックを受けるアデラ。
浮気される側と浮気相手の両方をヒロインにするとはなかなか悪意に満ちた脚本で、
好きですよ、こういうの。
レオナルドというは単純に悪い男でもなければ、
もちろん善人でもない。
弱い男なんだろうけど、彼が主人公ではないので内面追及は余りありません。
アニータの話の後半と繋がっていて、味のある展開にこのあとなります。
ここいらへんは恋愛の善悪を超えて人生のほろ苦いあたりを語ってくれるので
いい脚本です。
タンゴのレストランのくだりは撮影もうまいです。
男女の足もとだけをカメラは追いかけているのですが、
映ったもの以上のもの、つまり人生の何ものかを語っています。
『盗んだ靴を履く女”レイレ”』
コカインを吸っては、盗んだ靴を履いてお立ち台でダンサーをしている
23 歳の女性レイレ(ナイワ・ニムリ)。
彼女は画家のクン(ダニエリ・リオッティ)という男性と同棲している。
レイレ役のナイワ・ニムリがこの映画『靴に恋して』で一番若くて綺麗。
数日後、本格的にクンは荷物をまとめて引越ししていった。
その引越し先は、若い男性ホアキン。あの看護士である。
このホアキンとクンはゲイ同士です。
レイレの本業は、ブランド靴店の店員。
レイレは美しい靴のデッサンを自宅で幾枚も描いてためている。
靴デザイナー志望です。
レイレがダンサーをしている時に履いている赤いハイヒールは、
実は勤務している靴店の商品なのだ。
彼女は汚れないように裏に幅広いテープを貼って履いては、
店の倉庫の棚に戻すということを繰り返している。
それを同僚ハビエル(アンドレス・ゲルトルディックス)は知っているが、
きつく意見することはしない。
ハビエルはゲイなので、彼女は気軽に、率直に悩み事の相談をしたりしている。
だから、レイレがクンに去られて悲嘆に暮れ、
コカインで幻覚を見てダンス中に倒れると、病院まで運んであげるのもハビエル。
病院で医師(監督のラモン・サラサールだ!)に、恋人ですか、と尋ねられると、
僕は男性を愛するのですと堂々と答える。
レイレはその幻覚症状の際、履いていた店の商品の赤いハイヒールを折ってしまった。
普段なら商品棚に戻してバレないで済んでいたが、
今回は客が来て、商品がないことを店主に知られてしまう。
とうとう、店をクビになった。
その際、その靴を買いたがった客が、
ブランド靴のコレクターであるイサベルなのだ。
恋人に去られ仕事もクビになったレイレは、五年ぶりに自宅に戻ることにした。
あっちにもゲイ、こっちにもゲイ、というのは設定に無理があり、
レイレがゲイの男に入れあげている馬鹿な女の子のように見えかねないので、
この設定はやめて欲しい。
テーマ的には、レイレは本当にしたいデザイナーの道を自分で投げてしまって、
男に夢中なのだと自ら思い込もうとしているフシの有ることで、
恋人クンはヤクの売人というヤクザな生活をしつつも、
彼女の本音をしっかり見ていて、「きみこそ逃げてる」とやっつけています。
お立ち台で、レイレのピンヒールのピンが音を立ててへし折れるのですが、
この瞬間は彼女の中の“女”が砕ける場面でもあります。こわいなー。
『スリッパを履く女”マリカルメン”』
マリカルメン(ヴィクトリア・ペーニャ)は43
歳のタクシー運転手。
生活苦の出ているやつれた顔ながら、バイタリティに富んで仕事に明け暮れる毎日である。
マリカルメンは外反母趾なので、運転中もスリッパのままだ。
小学校低学年くらいの大人しい可愛い男の子ヴィクトル
(サンチアゴ・クレスポ)がいるが、
「ママ」「お母さん」と呼ばないで「マリカルメン」と呼んでいる。
そしてハイティーンの女の子ダニエラ(ローラ・デニャス)はコカインに嵌(はま)り、半病人の生活だ。
マリカルメンが大好きになって結婚した男性は、
ポルトガルのリスボンまで一緒に旅行しようと言った矢先に事故で亡くなった。
彼は白タクの運転手をしていたので、
マリカルメンは亡き夫の形見の自動車を引き継いで乗っているわけだ。
彼の残したのが、先妻との子供三人。
血の繋がっていない‘家族’を養うために、
体を張って毎日タクシーの仕事をしているのである。
次女ダニエラがラリッたままハサミを手にしてヴィクトルの髪を切っているのを見て、
マリカルメンは必死になってハサミを取上げる。
直後、ヴィクトルと一緒にお風呂に入っていると、
「お母さんに会いたい」と言われてしまってショックを受ける。
一生懸命‘家族’の為にやっているのに、誰も自分のことを認めてくれないし、
愛してくれない。
そこに五年ぶりに姿を見せたのが亡き夫の長女だった。
それが、「盗んだ靴を履く女」レイレだ。
ええと、ここでねたバレ改行です。もうちょびっと前の方がよかったか?
父親が死亡したのも知らなかったレイレに、
骨壷(こつつぼ:スペインでも埋葬でなく荼毘にふし、
その遺骨を骨壷に入れるのだと初めて知った)を指差して教えるマリカルメン。
恋人と仕事を失って傷心のレイレは、
この‘家庭’での自分の存在感に失望していたマリカルメンと案外や気が合った。
そしてマリカルメンは自分のタクシーにレイレを乗せて、
夫と行きたかった思い出の地リスボンへと車を走らせる。
リスボンは明るく美しかった。二人で骨壷の遺灰を海に散骨するのだった。
この映画は名台詞のオンパレードだけど、
マリカルメンが客に向かって
「亭主は、タクシーは男のナニに似てる、と言っていた。
亭主が死んで私が後をついで、残したナニに毎日乗っている」
というのはナカナカのセリフであります。
とすると彼女がタクシーの中で革靴を履かない理由も一目瞭然ですね。笑
人間でなく、車に男を、夫、父を重ねている。
ですからエピソードの後半、マリカルメンとレイレがタクシーに乗って
リスボンへドライブするくだりにも、“そういう意味”があるわけです。
海岸の見える路肩で、レイレがタクシーの屋根に上ってロングスカートの
裾をたくし上げて太股もあらわにするところも、父親のひざの上で娘が甘えている
イメージを感じたのですが、深読みのしすぎでしょうか?
ナイワ・ニムリは八頭身どころか九頭身くらいありそうな凄い美人で、
とてもセクシーなのですが、
この場面は劣情を催すようなものではありませぬ。
そこにマリカルメンもよじ登ってきて、義理の母と娘でコカインをふかすのですね。
道徳に反する行為ですが、二人の絆を意識せずにはおられない名場面です。
限られた登場人物で五つのテーマを語るため、
人物関係の設定に無理があることは否定できません。
しかしながら初メガホンにしてこれだけの作品を撮り上げるとは、
ラモン・サラサールという監督は隅に置けませんね。