「毎日かあさん」

「毎日かあさん」映画チラシ■作品基礎データ
「毎日かあさん」
2011年 日本映画
監督:小林聖太郎
原作:西原理恵子 「毎日かあさん」
(毎日新聞連載・毎日新聞社刊)
脚本:真辺克彦
出演:小泉今日子

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私は漫画家です。この絵で一家を養っています。
普通の家族とは、ちょっと、違うかも?

「なぜ世界中の母親は、毎日毎日朝から怒鳴り散らすのだろう」
今日もサイバラ家に、嵐のような朝がやってきた。
仕事場の机で寝てしまったサイバラリエコ(小泉今日子)を、
大声で起こす母トシエ(正司照枝)。
息子のブンジ(矢部光祐)は6歳になっても、まだオネショのクセが治らない。
「ほめて伸ばそう」と叱るのをガマンしているのに、
逆にブンジから「ほめてばっかじゃダメなんじゃない」とツッコまれ、
結局怒ってしまうサイバラ。
ブンジと4歳の娘のフミ(小西舞優)を保育園に送り届けるが、
そこは、麦田さん(鈴木砂羽)が5人の息子たちを体育座りさせ点呼をしたり、
子供たちが走り回ったりと戦場のような世界。
そんな保育園を後にして、ようやく忙しい朝は一段落する。
と、思う間もなく、お仕事開始。サイバラは、締め切りに追われる人気漫画家。
優秀なアシスタントの愛ちゃん(田畑智子)と、夜遅くまで働いている。
仕事が終わると、子供たちを寝かせる時間だ。
一日の終わりのひと時のお楽しみは、子供たちは絵本、母はお酒。
どちらも疎かにできないサイバラが、
子供たちの布団の中でグラス片手に絵本を読み聞かせると、
目まぐるしい一日も何とか無事に終わるのだ。

「手を離すのを怖がっていたのは、私の方だった─」
夫のカモシダ(永瀬正敏)はどこにいるのかと言えば、病院に入院中。
元戦場カメラマンで、今はアルコール依存症と闘っている。
ある日、勝手に退院してきたカモシダは、作家になると宣言したものの、
原稿も書かずに、ブンジに入学したばかりの小学校をサボらせて、
一緒に魚釣りに行ってしまう始末。
そして、ふとしたきっかけで、また酒に手を伸ばしてしまい、酔っ払って、
お寿司と間違えたなどと言って子犬を買ってきたり、テレビを見て毒づいたり…。
何度も繰り返してきたお決まりのコースが始まった。
ある朝、編集者のシマダ(大森南朋)が泊まり込み、
徹夜で仕事を終えたサイバラが目にしたのは、
散らかったリビングに大の字に寝ているカモシダとブンジとフミ。
床にはオネショの形跡が。怒るサイバラだが、そんな出来事も、
麦田さんや他の“ママ友”たち(柴田理恵、北斗晶、安藤玉恵)に話して大笑いすれば、
なんだかスッキリしてしまう。
一方、依存症のカモシダの心は日に日に混乱し、妄想がひどくなり、
原稿も全く進まない――。とうとうサイバラは彼に離婚届を渡す。

「もしキミが許してくれるのなら、また家族一緒に暮らしたい」
失ったものの大きさに気付いたカモシダは、
完全隔離された病院に転院することを決意する。
海辺の病院に入院するカモシダを見送るために、海岸で久しぶりに再会した元家族。
「おかあさん、おとうさんのどこが好きだったの」
ブンジの無邪気な質問に、友人のゴンゾ(古田新太)に紹介されて、
バンコクで初めてカモシダと会った時のことを思い出すサイバラ。
「自分と同じ匂い」がするカモシダと一緒にいるだけで楽しくて、
ただただ大笑いしていた。
ゴンゾの助言もあって、「もしあんたがお酒をやめられたら、うちに置いてやってもいいよ」
と元夫に精いっぱいの優しさを見せるサイバラはしかし、
最後に「絶対無理だと思うけど」と憎まれ口を忘れない。
時は流れ、子供たちも父親の不在に、寂しさを募らせる。
ある日、「おとしゃんに会いたい」とグズるフミを連れて、
川に浮かべたビニールプールに乗って海へと漕ぎ出し、
カモシダの病院へ流れ着こうと思いつくブンジ。
幸い警官に保護されたブンジを叱りながらも、
サイバラは子供たちの心の痛みをしっかりと受け止めるのだった。
そして、ついにその日がやってきた。
カモシダが依存症を克服する日が。
元夫を家族として、再び迎え入れるサイバラ。
「けんかやめたの。長いけんかだったね」と喜ぶブンジ。
しかし、今度はカモシダのガンが発覚。
ようやくしっかりと手をつないだ家族には、避けられない別れが待っていた─―。

累計150万部を突破。“「ダ・ヴィンチ」BOOK OF THE YEAR2007「泣けた本」第1位”にも選ばれた。
ベストセラーの実写映画化です。
主人公、サイバラを演じるのは、『トウキョウソナタ』『グーグーだって猫である』で
数々の映画賞を受賞した小泉今日子。
夫のカモシダには、すでに演技派俳優としての地位を確立している
『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の永瀬正敏。
ほかにも、正司照枝、古田新太、大森南朋、田畑智子、光石研など。
監督は、2006年のデビュー作『かぞくのひけつ』で日本映画監督協会新人賞、
2008年には新藤兼人賞を受賞した期待の才能、小林聖太郎。
原作は、新聞連載から始まり、TVアニメ化もされたが、
そこでは描き切れなかった家族と夫婦の、
何度切れてもまたつながる絆を丹念に追いかけ、
観る者の心にいつまでも生き続ける感動作を完成させた。


「毎日かあさん」試写会で見ました。
小泉、永瀬の本物の離婚カップルが離婚する夫婦を演じるというので、
話題になってる作品でもあります。

いい話だなと素直に感動しました。

ハイバラさんについては、ここのところテレビに映画に映像化作品が立て続けです。
ハイバラさん当人の弁では、
「不況だから、セコい私みたいなのにもお話があるんです」
等と言っている。

ただ本当のところ、ハイバラさんの漫画よりハイバラさん自身の方が面白いんです。

小泉VS永瀬のもと夫婦の掛け合いがウリで、
実際良く出来ているのですが、私自身は子役達が良く演出されていたと感じました。

試写会会場には親子づれが結構いたのですが、その子供達が良く笑ってました。

劇中の子供達のやんちゃが痛快で、解放感がありました。

”こんなことをしたらお母さんに叱られる”と出来ない様なことを次々しでかし反省せず後悔しない。

お母さんの方も立派な人ではなくて、結構しょーもないオバハンで
そこが良かったです。

お父さんが戦場カメラマンとしてどの程度だったかは
まあ分からないのですが、それはこのドラマとは別の話。

鴨志田氏が生前書いた本を原作にした映画「酔いが醒めたら、お家に帰ろう」
というのも公開されています。
それと見比べるとどうかな、と思います。


小林聖太郎(監督)インタビュー 
映画化に挑んだのは、前作『かぞくのひけつ』で
2006年度映画監督協会新人賞を受賞した小林聖太郎さんです。
 この映画は原作の持ち味である、人間に対する大らかで繊細な視線を受け継ぎながら、
アルコール依存症の夫カモシダの内面を掘り下げることで、
単なる“癒し系”の家族映画にとどまらない魅力を湛えています。
これがまだ二作目とは思えない堂々たる演出ぶりを見せた小林監督に、
本作の舞台裏を伺ってきました。

――今回の映画は『かぞくのひけつ』(06)に続く監督二作目になるわけですが、
キャスティングも含めて一気に規模が大きくなったような印象を受けました。
まず、この仕事を引き受けられた経緯から教えていただけますか。

 たしか『かぞくのひけつ』の東京上映が終わった2008年春頃に
ツインズジャパンの原(公男)プロデューサーから話をいただいたんですよ。
そのとき僕は原作を読んでなかったので、まず原作を読みました。
それで、当時は西原作品が『ぼくんち』(02/阪本順治)しか映画化されていなかったので、
ついチャレンジしようと思ってしまったんですね(笑)。
難しいことは承知のうえで、だからこそやってみようと。

――プロデューサーの方は『かぞくのひけつ』を見て、
同じ家族の話だからということで、オファーされたと。

 そうだと思います。それ以前には忘年会なんかで、一~二度、
顔を合わせてたぐらいなんですけど。

――今回のメインスタッフは、撮影が斉藤幸一さんだったり、
音楽が周防義和さんだったり、小林さんより年長のベテランの方が多いですよね。
『かぞく~』の撮影は近藤龍人さんでしたし、
同世代のスタッフと組まれてる印象があったんですが。
 その理由はすごくシンプルで、
僕以外はだいたい普段からツインズで仕事をされてる方たちなんですね。
それに『かぞく~』のときは、意図的というよりも状況がベテランと組むことを
許されなかったので、ベテランと組むのが嫌だったわけではありません。
今回は基本的にツインズのチームに僕が入っていったという感じでした。
ただ、編集の宮島竜治さん、録音の白取貢さん、周防さんに関しては、
準備中にプロデューサーと話して決めました。

――元夫婦でもある小泉今日子さんと永瀬正敏さんの共演が話題になっていますが、
このキャスティングもツインズの主導で決まったんですか。

 そこは僕ですね。お二人が元夫婦であるということで、
芸能ネタにされてしまうリスクはあるなと思ったんですが、
お二人とも助監督として一緒に仕事をしたことがあって、
「毎日かあさん」という題材じゃなくても、以前から仕事をしたいと思っていたんです。
それと、お二人ならこのホンのキャラクターにすごくハマるんじゃないかなと。
プラス、お二人が夫婦だったということが現場でいい結果につながるかもしれないと。
そこは賭けでもあったんですけど、無難なキャスティングはしたくなかったんで、
チャレンジしようと思いました。

――その要望はすんなり通ったんですか?

 製作委員会の方々を説得するのがなかなか難しかったですね。

――何がネックになったんでしょうか。言える範囲でかまわないんですが(笑)。

 言える範囲は狭いですけど(笑)、僕としては、
マーケティングを基準に決めるんじゃなくて、
ホンに合う方をキャスティングしたいと思ってたんです。
そうは言っても、「さすがに夫婦役はやってくれないですよ」と言われると、
「それはそうかもしれないな」と弱気になったり。
そんな感じでやり取りを重ねるうちに、
プロデューサーも「訊くだけ訊いてみます」と言ってくれたんですね。

――じゃあ、オファーしてからはわりとスムーズに?

 お二人ともチャレンジ心を持ってる方なので、
逆にかきたてられるものがあったのかもしれませんね。
そう思ってもらえたんだと信じてます(笑)。
ただ、結婚されていた間も、ちゃんと共演する機会がなかったらしくて、
やってみたいとは思ってたみたいですね。
「私立探偵 濱マイク」でも『さくらん』(07/蜷川実花)でも少し絡むぐらいですし。
その後、お二人の関係性が変わるなかで、
そういう機会が訪れないのは寂しいなと思ってた時期に、
うまくはまったのかもしれません。
よりによって、いろんなゴタゴタのある夫婦役をお願いするのはすごくドキドキ
しましたけど(笑)。

――結果的には、お二人にお願いしてよかったんじゃないですか。

 そうですね。映画を見てる間もそういう背景を嫌な形で引きずるようには
したくないなと思ってたんですけど、なんとかうまくいったんじゃないでしょうか。

――今回はベテランスタッフに囲まれながら、
小泉さんや永瀬さんのような大物の俳優さんと対峙されたわけですよね。
いろいろ大変だったんじゃないかと思うんですが。

 全体的に僕自身の力不足は感じました。
『かぞくのひけつ』はほんとに小さな規模の作品で、
僕がセカンド助監督のときにチーフをやっていた武(正晴)さんが監督補のような形で
現場にいてくれたり、そういうなかでやるのとはやっぱり違いますよね。
もう少しプロフェッショナルというか、
こちらの言い分をしっかり相手に伝えなきゃいけない場面が何度もありました。
助監督として他の現場を見てきただけに、
いい監督ならこの現場をもっと上手く進めていけるんだろうなと思いましたね、
そこは反省材料がいっぱいあります。

――逆に、見えてきたこともあったんじゃないですか。

 そうですね、小泉さんと永瀬さんを始め、俳優部にはすごく助けられました。
お二人とも相当の手だれですから、アイデアもいっぱい出してくれましたし。
それに対して「クソーッ」と思いながら(笑)、
でも確かにそっちのほうがいいし、
それなら採用するほうが映画にとっていいことだろうと思って使わせてもらうことは
けっこうありました。
「ありがとうございます」と言いながら、内心はすごく悔しいという(笑)。
 俳優さんは、作品のなかで自分の役がどう見えるのかとか、
いろんなことを深く考えてますし、脚本の“言葉”をどう“肉体”に
落とし込むかというときに、
彼らの感覚を信じたほうがいいんじゃないかなとは思ってたんです。
そういう気持ちが時々あふれすぎて、役の主観になってるなと感じるときは、
抑えてもらうこともありましたけど、
基本的には「なるほどな」と思うことが多かったですね。

――今回の永瀬さんは、カモシダが病気になってから相当減量されてますよね。
あの佇まいの真に迫る感じが、この映画の重しになってるなという気がしたんですが、
永瀬さんにはどの程度まで要求されていたんですか。

 まず永瀬さんのほうから、徹底的にやりたいという話がありました。
衣裳合わせの前ぐらいまでは、眉毛の全剃りまでやりたいけど、
次の仕事もあるから難しいかもしれないと言ってたんですね。
でも、その問題をクリアしてくださって、「行けます、やります」と。
僕のほうがむしろ、「病気で眉毛の全剃りは不自然だから少し残してください」と言って、
「いや、剃ります!」と言われるぐらい(笑)、率先してやってくれました。
 今回は規模が大きいと言っても、撮影期間はひと月しか取れないなかで、
減量にも限界があるだろうなと思ってたんですよ。
スケジュールも9日ぐらいしか空けられなかった。
でも、一日1キロぐらいのペースで減量して、最後は水も飲まずに絶食してましたからね。
ただ、トレーナーを付けてるんで、
健康的に痩せていくんじゃないかという恐れを永瀬さんが持っていて、
「もっと病的にしたいんだ」とトレーナーに言うんだけど、
「でも、それは体に良くないから」「いや、健康に痩せても意味がないんだ」
というやり取りをしてるとは言ってました(笑)。
僕としては本当にありがたい話なんですけど。

――先ほど、元夫婦のお二人に夫婦役を演じてもらうことは賭けでもあったと
言われましたけれども、実際お二人に現場に立ってもらったときにどう感じられました?

 お二人のシーンに関しては、いい意味で手の付けようがないというか、
それを演出で細かくどうこうする感じでもなかったですね。
僕にもっと引き出しがあれば、さらに違う何かを引き出せたのかもしれないですけど、
何もしなくてもグッときてしまうところがあったりして……。
 最初に撮影したお二人のシーンが、永瀬さんが病院から脱走してきて
「俺の部屋が物置になってるじゃねえかよ」
と言いながら片付けるところだったんですけど、
狭い部屋のなかでフレームに収まってる二人を見たときに、
どう言ったらいいんでしょうね、
他人の家に土足で上がりこんでるような気持ちになってうろたえたんです。
原作の西原さんと鴨志田(穣)さんのお家もあわせて二軒分を荒らしてて、
改めてちょっとこれは大変なことだなと。
 だから、もっと何かできるんじゃないか? ということは考え続けてましたけど、
その場でアイデアが思い浮かばなかったり。最終的には、
そのままの状態で自分がいいと思うんだから、これでいいんじゃないか、
とは思うんですけど。

――子供のブンジ(矢部光佑)とフミ(小西舞優)も活き活きしていて、
この映画のシリアスな部分ときれいなコントラストを生んでるなと思いました。
子役の演出に関して、気をつけていたことはあったんですか。

 現場での演出というよりは、オーディションで決まったんじゃないですかね。
オーディションにはひと月ぐらい時間をかけて、
何度も違う子を呼んでやったりしたんですよ。
そのうえで、現場に入るまでリハーサルを続けて、
台本まるごと一冊が頭に入ってるぐらいにはしていました。
 ブンジ役の候補に挙がっていた子供のなかには、
「お芝居」がもっと達者な子もいたんですよ。
あの子は逆に、メインの役をやった経験がそんなになくて、
そういう意味での不安はあったんですけど、何度かオーディションをしてる間に、
「とにかくこいつを見てたいな」というものがあって。
芝居が不安定だったり滑舌が悪かったり、
芝居に飽きてどっか行ったりするんですけど(笑)、
何より人の興味を惹きつける子のほうがいいんじゃないかなと思ったんです。
 現場でもいろいろやってみようと思ってたんですよね。
海辺でカモシダから「おまえと一緒に釣りした川につながってるんだぞ」
と言われるところは、一回ブンジに任せてみようと思って、
「『海の水ってどっから来てんの?』
っていうセリフはお父さんに訊きたくなったら訊いたらいいから」と言ったんですよ。
そしたら三分経っても四分経ってもまだ一人で遊んでる。
永瀬さんも「ん? これ、まだやるの?」って感じになってきて、
「うわー、止めたほうがいいのか?!」と思いつつ、
「せっかくここまで待ったんだし、喋れ! 喋れ!」
ってキャメラ側から念を送り続けたんですね(笑)。
そしたら偶然フミが「きれいな水だあ」と言ったんで、
ブンジも
「あれ? 僕は水に関することを訊かなきゃいけなかったんじゃないかな?」
と思い出したみたいで、ようやくセリフを言ってくれましたけど、
ブンジに任すのはそれだけで諦めました(笑)。

――全体的に登場人物が画面のなかを活き活きと動き回ってる印象があったんですが、
撮影的にもフレームを広めに取って長く廻してるカットが多かったですよね。
芝居と撮影の兼ね合いについては、どう考えていたんでしょうか。

 『かぞく~』のときに、寄りのカットをカバーしておくことが足りなかったという
反省があって、今回は必要ないかなと思っても撮るだけ撮っておこうと。
だから、切り返しや寄りのカットもけっこう撮ってはいるんです。
でも、やっぱり使わなかったという感じですね。
 例えば、ひな祭りのときに、ひな壇の前で写真を撮ったりするところは、
あんなふうにするつもりじゃなかったんですよ。
音楽ベースで短いカットを積み重ねていくつもりだったんですけど、
撮ってみたら妙に生々しい空気感があって、
あの辺りから家族四人のナマな関係性を出していけたらいいなと思って、
寄りのカットでつなぐのはやめたんです。
もともとカモシダとリエコが離婚する中盤以降は、
長いカットが多くなるだろうなとは思ってたんですけどね。

――シナリオの話題に移りたいんですが、
今回は『サイドカーに犬』(07/根岸吉太郎)や『歓喜の歌』(08/松岡錠司)
などを書かれている真辺克彦さんが入ってますけれども、
これは小林さんの指名だったんですか。

 僕が入る前から、ホンは真辺さんが作ってたんです。
その時点で、一年ぐらいはやってたみたいなんですね。
企画自体は鴨志田さんが亡くなる前からあったんですけど、
亡くなった後に西原さんが原作の連載を描けなくなって休載してたんですよ。
それで、映画の企画も止まりかけてたんですけど、
西原さんが単行本の四巻を書き下ろして、鴨志田さんが亡くなるまでの過程を消化し、
昇華されたんで、そこまで含めてホンも考え直そうと。
そのタイミングで僕に声がかかったんですよね。

――クレジットでは真辺さんの単独名義になってますが、
ホン作りはどんな形で進められたんでしょうか。

 僕も一緒に一年半ぐらい脚本を作ってましたね。

――その時点で出来ていた脚本から、どういうところを直していったんですか。

 漫画の原作があるんで、どうしてもそのエピソードを使うことになるんですけど、
漫画だから成立してるエピソードが多いかなと思ったんで、
そういうところは生身の俳優が演じても成立するエピソードに差し替えていきました。
 もう一つは、わりとドラマとして起承転結がハッキリした正統派のホンだったんですけど、
それを壊したかったんですね。
“団子の串刺し”と言われるだろうなと思いながらも、
毎日変わりばえのしない日常を繰り返していくということを、
エピソードの連なりとして見せられないかなと。
起承転結、山あり谷ありというよりは、
波が打ち寄せてるうちにいつの間にか満ち潮になってる、
という感じにならないかなと考えてました。 
 あとは、ナレーションを今回は思い切ってやってみようと。
批判もあるだろうけど、今回は“語りの映画”です、と腹を決めました。

――どうして今回に限って、語りの映画にしようと思われたんでしょうか。

 それがいいことか悪いことか分からないんですけど、
原作を読んだときと同じような印象を、映画を見た後にも感じてほしかったんですね。
企画が原作物であるというときに、映画は映画として独立させたいけれども、
かといって全く別物にしてしまうのも違うような気がして、
全体の印象は原作の読後感に近いものにしたかったんです。
 西原さんの漫画に出てくる“台詞”とは別の“語り”は欠かせない要素だし、
それを画だけで見せたとしたら、
相当伝わらないことがあるんじゃないかなという気がしたんですね。
それはお客さんに感じてもらうための余白です、という映画ではないんじゃないかなと。
ドラマの骨格としては、お父さんが家に戻ってくる話なんですよね。
でも、その骨格を包みこむような形で、
自分の亡くなった夫についてノロケを語るオバチャンの話というふうにしてみようと
思ってました。

――確かに原作では、そこで描かれてる出来事に対する作者のツッコミが
大きな効果を生んでますよね。

 いろいろあるんですよ。語り部の言葉として地の文だったり、
いま言われたようなツッコミですよね。
口には出さない、心のなかでのツッコミ。あとは、
描かれてる出来事に対してリアルタイムではない主観の言葉、
その三種類ぐらいの“語り”があるんです。
だから、脚本には多めにナレーションを書き込んでおいて、
そうは言ってもこれは分かるよね、というところを編集の段階で削っていったんです。
最後の「そのとき笑わせてくれたのは……」
というナレーションも要らないかなと思いつつ、散々迷って付けました。

――ナレーションをベースにしてることと、
スケッチ風にエピソードがつながれていることについては、
原理的に批判する人がいるかもしれないなと思ってたんで、
それを敢えてやられたというのは驚きました。

 まあ、「“映画”じゃなくてもいいじゃないか!」と開き直ってましたね。

――敢えて物語の起伏を作らなかったというのも、
原作から感じた印象がそうだったから、ということになるんですか。

 1話のたった15コマとか20コマぐらいのなかで、
笑える話だなと思ってたら急にグッとくる言葉が書いてあったり、
雑然とした絵のなかに突然きれいな絵が入ってたり、
そのパラノイア的に飛躍していく感じというか、時空をポンポン飛び越えていく感じ、
そのベースを作ってるのがオバチャンの“語り”だと思ったんですよね。
大げさに言うと、「枕草子」から始まる女性作家の語り口というか、
その人のなかではつながってるけれども全然違う話がポンポン続いていく。
この感じをなんとか表現できないかなと思ったんです。
成功してるかどうかは分からないですけど、そういう気持ちで作りました。

――今回はアニメーションを使われていたり、
漫画をそのまま実写にしたような演出も入れてますよね。
その意図もいま言われたようなことなんですか。

 そうですね、アニメと実写の切り貼り感とか、あえてチープなことをやる感じとか。
原作の持ち味を映像にしたら、こういう感じかなと思いながらやってました。

――そういう漫画的な演出を挟みながら、楽天的な視点で日常風景が語られる一方で、
戦場カメラマンだった鴨志田さんの鬱屈とか、
アルコール依存症の陰惨な一面も描かれてるわけですよね。
個人的には、その明暗の対比が効いていたように感じたんですが、
作っていく過程ではバランスに気を使ったんじゃないですか。

 それは悩みましたね。これ、本当に一本の映画になってるんだろうかと。
まあでも、いけるんじゃないかなと妄信しながらやってましたね。

――今日は原作を読んできたんですが、それは鴨志田さんが亡くなった後の話だったん
ですね。同じ題材を鴨志田さんの視点から描いた
『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』(10/東陽一)では
鴨志田さんの葛藤は薄くしか描かれてませんでしたけれども、
『毎日かあさん』の原作では、
彼の葛藤が戦場の記憶とつながってるという形でストレートに描かれてるんでしょうか。

 直接描かれてるエピソードはないんですけど、それを感じさせるものはありますね。
カモシダがアル中で錯乱してるときに、
国連の難民食のお粥を啜りながら銃を構えてるコンゴの少年兵とか、
ユーゴスラビアで子供に殺されそうになったときの絵が続いて、
「そんな子供たちもちゃんとゴハン食べられてるかなあ」
という一言でまとめられてるエピソードがあったり。
「犬が死んだ」と悲しんでる近所のオバチャンに、
カモシダが「犬ぐらいなんだ、戦場では子供たちが死んでるんだ」
みたいなことを言って絡み始めるエピソードがあったり。
そういう断片はいろいろあるんですよ。
映画ではカモシダがオモチャの銃で遊んでる子供に絡むシーンを入れたり、
戦場にいるブンジとフミの幻影を見るシーンを入れたりしてますけど、
原作にある断片の印象を捏ね合わせて、ああいうエピソードを作ったんです。
だから原作では、映画みたいにはっきりとはカモシダの背景は語られてないですね。

――小林さんはもともとドキュメンタリー監督の原一男さんが主宰している
「CINEMA塾」に行かれてたんですよね。
小林さんのそういう社会問題に対する関心や視線が、
カモシダの描き方にも投影されていたんでしょうか。

 その部分が全くない原作で、ただの「ほのぼの子育て漫画」だったら、
この仕事は引き受けてないですね。
だから、永瀬さんがテレビに向かって逆ギレしてる場面も、
カメラ目線で「おまえら日本人は!」と言わせようかなと思ってたんですよ。
ホンには書いてあったんですけど、カメラ目線はやりすぎかなと思ってやめたんですね。
そこでカモシダの怒りと、映画としての怒りが二重に出せたらいいなと
思ってたんですけど。

――カモシダの葛藤に自身の思いを重ねてたところもあったんですね。

 いまの世の中で生きづらさを感じてる人に対する愛着はあると思います。
そういうところがあるから、西原さんも鴨志田さんがアル中だからといって
縁を切れなかったと思うんです。
原作にはアジアの状況に対する視線がたくさん入ってますし、
西原さん自身、鴨志田さんと出会ってから、
そういう視点が生まれてきたんじゃないですかね。
だからといってフィリピンのスモーキーマウンテンまで撮影しに行けるわけじゃない
ですけど、そういう要素を何か映画にも取り込めないかなとは思ってました。

――これは家族の話であり夫婦の話でもあるわけですが、
小林さんはご結婚はされてないですよね。そういう意味での不安はなかったですか。

 どんな映画を撮っても他人は他人ですし、
性別や結婚してるしてないの違いがあっても同じ人間同士、
想像すれば分かるんじゃないかと思ってましたね。
 でも、真辺さんとホンを書いてる途中に、西原さんのところへ挨拶に行ったら、
こういうことがあったんですよ。
年末の忙しい時期だったんで、仕事場だけ見せてもらって帰ろうと思って、
焼き鳥を買って行ったんですね。
そしたら、「焼き鳥でお茶っていうのもねえ」ってお酒が出てきて、
ワーッと飲んでるうちに日も暮れてきて。
「じゃあ、蟹でも食べますか」って蟹が出てきて、真辺さんは隣で寝てしまって、
ハッと気づいたらもう終電で。
「じゃあ、泊まっていきなさい」「え、そんな……」という夜を過ごしたんですよ(笑)。
そのときが初対面だったんで「どうも初めまして」という感じで話をしてたら、
「監督は、また変わるんでしょ?」とジャブをかまされまして(笑)。
僕に訊かれても「がんばります」としか言えないじゃないですか。
まあ、ギャグとしてそんなことを言われながら飲んでるうちに、
「でも、若い男の人がこんな子育ての話なんかできないよねえ?」
と言われまして、そこで火がついたところはありましたね。

――小林さんの映画にはどこかで人間とか世界を肯定しようとする意志を感じるんですね。
それは何か信念があるからなんでしょうか。

 まあ、お金をもらってる以上、(ミヒャエル・)ハネケみたいなことは僕には
できないですよね(笑)。
あと、僕自身はすごく悲観的な人間なんで、
そのままやると暗い嫌な映画になると思うんですよ。
だから、自分にも「世界を肯定しろ」と言い聞かせてるのかもしれない。
 映画を見るのはいろんな意味があると思いますけど、
生きにくい世の中で明日も生きようという力になるというのは
一つの役割のような気もするんで、そういう意識はあるんじゃないですかね。

――そういう意味では、カモシダの葛藤とかアルコール依存症の陰惨な面を
見せないという選択肢もあったと思うんです。
特に規模の大きな映画では、
観客が見たがらないようなものは見せないという風潮もありますよね。

 「怖がるんじゃないか」とか「分からないんじゃないか」と言われたりもしましたけど、
その部分をナシでというのは考えられなかったですね。
一般試写会に二回ぐらい行ったんですけど、
ブンジたちがバカなことをしてる場面で小さい子供が大笑いしてくれてたし、
退場する子供もいなかったんで、いけるんじゃないかなと思ってますけど。

――永瀬さんが映画のなかで撮られてる写真を、
最後のクレジットのところで使われてますよね。
実在の人物の名前で語られる物語なので、
あそこで実際に鴨志田さんが撮られた写真を使う手もあったのかなと思ったんですが。

 鴨志田さんがアジアで撮った写真を最後に数枚並べて使ってますけどね。
 あそこで永瀬さんの写真を使ったのは、映画を見た後には映画の家族を感じて
ほしいなと思ったからです。
でも、西原さんと鴨志田さんの写真も捨て切れなくて、
それはちょっと欲張ったというか、
両方あることが意味のあることかなと思って使いました。
 あと、西原さんとお会いしたときに、
「原作はどういじってもらってもいいから、自由にやってください」
と気を使ってくださって、「あ、でも、映画には出してください」と。
西原さんは自分が原作を描いた映画には全部出てるんですよ、
山村紅葉さんを目指してるらしくて(笑)。
で、今回は写真で出てもらったからいいかなと(笑)、
そこで一応クリアしたなと思ってるんです。
 準備稿の段階では、冒頭で絵を描いてる人を西原さんにやってもらおうと
思ってたんですよ。
まず絵があって、仕事場のシーンになるとその絵を西原さんが描いてる。
そこに助監督が現れて
「すいません、それ描けたらどいてください」と言うと、
サイバラリエコ役の小泉さんが現れるという導入部を考えてたんです。
でも、「全国公開の映画ではふざけすぎだ」と言われまして(笑)、
「そうですね、すいません」と。

――最後に流れる「ケサラ~CHE SARA~」は、元憂歌団の木村充揮さんが歌われていて、
渋い選曲だなと思ったんですが、主題歌にはこだわりがあったんでしょうか。

 ホンを書いてるときにたまたまCD屋で試聴して、これはピッタリだなと思って
二年ぐらい聴き続けてたんです。
でも、制作的な事情がいろいろあって、紆余曲折あった末に、
ピンボールが返ってきたような感じで(笑)、
「よしッ」と。日本映画の最後で急にタイアップで、
それまで見てきた作品の内容に合わないような音楽がかかったりすることが
多いじゃないですか。それだけは避けたいなとは思ってました。
 これは後から知ったことなんですけど、鴨志田さんも憂歌団が好きだった
みたいなんですね。
あと、木村さんが試写を見てくれた後に話を聞いたら、
この曲は友達が亡くなったときに作ったらしいんです。
普段は「世の中の争いごとがなくなるように」とか、そういう詞は書かないんだけど、
そのときはそういう気分だから書いたんだ、とおっしゃっていて、
そういう意味でも最終的にこの曲が使えてよかったなと思ってます。


永瀬正敏のインタビューを採録します。

永瀬正敏 プロフィール
1966年、宮崎県出身。1983年に映画『ションベンライダー』でデビューし、
一躍注目を浴びる。
1991年には山田洋次監督作『息子』に出演し、
日本アカデミー賞、ブルーリボン賞、キネマ旬報賞、日刊スポーツ映画大賞などで
助演男優賞を総なめに。
個性派俳優としての地位を確立する一方で、演技派俳優としてもその実力を認められる。
その後、『学校Ⅱ』(96)と『誘拐』(97)で日本アカデミー賞助演男優賞を隠し
『剣鬼の爪』(04)で同主演男優賞を受賞。
また、カンヌ国際映画祭芸術貢献賞受賞作であるジム・ジャームッシュ監督の
『ミステリー・トレイン』(89)をはじめ、
『アジアン・ビート(香港篇)オータム・ムーン』(91)、
『コールド・フィーバー』(91)など海外からのオファーも多く、
国内外問わず新進気鋭の監督から巨匠作品まで、
これまで60本以上の映画に出演している。
近年の出演作には『さくらん』(07)、
『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(07)、『夢のまにまに』(08)
、『ゼラチンシルバーLOVE』(09)などがある。2011年は『毎日かあさん』のほかに
『PARTY 7』(00)以来2度目のタッグとなる石井克人監督作『スマグラー』が公開予定。

俳優業のほかに写真家としても活躍している。―カモシダという役柄は、
戦場でのトラウマを抱えながらアルコール依存症と闘う男性。
演じるにあたって気をつけたことはどんなことですか?
永瀬正敏(以下、永瀬):実はオファーをもらうまで原作の「毎日かあさん」を
ちゃんと読んだことがなかったんです。
まっさらな気持ちで準備稿を読んで、面白いなと思いました。
そして、台本を読んだ後に、西原(理恵子)さんや鴨志田(穣)さんの
著書を読ませていただいて感じたのは…鴨志田さんは、
ピュアすぎるくらいピュアな人だったんだなと。
普通の人がずるくスルーするようなところでも、
真正面からドーンと受け止めるような人。ずるく表に出すことができたとしても、
それもしなかったんじゃないなかなと。そんなふうに勝手に解釈しています。
―チャーミングで優しい人であるからこそ、西原さんも幾度となく鴨志田さんを許し、
受け入れていたんでしょうね。
永瀬:だと思います。(西原さんと鴨志田さんの)2人には根本で信頼し合える何かが
あるというか、濃度が一緒というか。
もちろん、アルコール依存症はすごく大変な病気。
ご本人もご家族も大変だったと思うけれど、
鴨志田さんは物事の捉え方のセンスが素晴らしいと思います。同じ男性として憧れますね。

―また、今回は相手(妻)役が小泉今日子さん。
“元夫婦”の共演も話題になっていますが、正直なところ迷いはなかったんでしょうか?

永瀬:オファーをいただいた時点でお母さん(サイバラリエコ)役はすでに
決まっていて、(小泉今日子は)お母さん役にぴったりだなと。
確かに、2秒ぐらい「えっ!?」と戸惑ったけれど(笑)
、一緒になる前からいい女優さんだなと思っていたし、
いつかまた一緒に作品を作りたいと思っていた女優さんだったので。
一応、お互いに電話でやりとりをして
「こんな話きてるけど?」と、話はしましたね(笑)。

―お2人、とても息が合っていました。事前の役作りとしてはどんな準備を?
永瀬:今回はいい芝居をするとかではなく、
可能な限りカモシダさんそのものになりたくて、
彼になろうと日々そこにいたと思うんです。
自然にカモシダさんの雰囲気を纏っていたかったというか─。
たとえば、鴨志田さんが撮った写真、ご自身が写っている写真、
ご家族が写っている写真を事前にお借りして(自宅に)張りまくったんです。
意識して見るのではなく、何気なくふと目に入るというか、
常に鴨志田さん(の世界)を自分の目で触れられるようにしていました。
ほかにも、個人的に鴨志田さんと話をしたくて、鴨志田さんのお墓を訪ねたり。
多分、力を貸してほしかったんだと思います。

―実際に永瀬さんが撮った写真も使われているそうですね?
永瀬:永瀬:台本のなかに家族の写真を撮るというシーンがあったので、
事前に鴨志田さんが以前持たれていたものと同じ機種のカメラをお借りして
撮っていました。
それはフィルムのカメラで、普通ならフィルムの入っていない状態で
パシャパシャとシャッターを押して(映画の)撮影は終わるんですけど、
それじゃ鴨志田さんじゃないじゃん!と思って─。
撮影以外のときも(フィルムを入れて)撮っていていいですか?と監督にお願いして、
小泉にも初日に撮らせてもらっていいですか?と了承を得て(笑)。
その写真がエンディングで使われるという話が出たのは、編集段階ですね。

―素敵な写真でした。永瀬さん自身も写真家として活動していますが、
いつ頃からカメラに興味を持つようになったんですか?
永瀬:最初は友だちを撮ったり、ごくごく個人的なものだったんです。
そのうちに「プロモーション用の写真を撮ってよ!」とか「ビデオ撮ってよ!」
と言われたりして。
そういえば、小泉(今日子)のジャケットに使ってもらった事もありますね(笑)。
で、カメラとのそもそもの出会いは─子供の頃、僕の祖父が写真館をやっていたんです。
なので、おじいちゃんに種板(写真の原板)っていうガラスにプリントされている
ネガみたいなものを見せてもらったり、
カメラというよりも写真やプリントが身近な存在だった。
けれど、戦後、近所の人にカメラをお米に代えるからとカメラを渡したら、
そのまま持ち逃げされてしまい、
祖父はカメラマンを断念せざるをえなくなったんです。
だから、僕は(自分が写真を撮ることを)おじいちゃんのリベンジ、
DNAのリベンジだと思っていて。きっとおじいちゃんは、
カメラマンをずっと続けたかったと思うので…。

―いいエピソードですね。ほかにも役作りのため2週間で12キロ痩せたと
プロデューサーさんから伺いました。12キロ減量はかなり大変だったのでは?
永瀬:痩せるというのは役柄にとって必要なことで、新入社員のOLさんがコピー取りを
覚えるのと一緒。痩せるのも髪を剃るのも役者としては普通のことなんです。
ただ、クランクインしてから痩せなければならないという設定は初めてだったので、
不安があったのは確かですね。
子役の2人に「お父さん、ここから痩せるぞ!」って言ったら
「おとしゃん、頑張って痩せてね!」って手紙や絵をたくさん書いてくれて。
それを台本に張って励みにしました。

―ブンジとフミ、2人の子供たちの応援もあったんですね。
彼らの愛らしさも映画のみどころのひとつですが、
永瀬さんからみてどんな子役でしたか?
永瀬:小泉も言っていましたが、とても頭の良い2人で、セリフは全部頭に入っているし、
演技も(問題なく)できちゃうんです。
でも、楽屋にいるときの方が、よりブンジとフミそのものだったので、
その楽屋の雰囲気をどうやってカメラの前で自然に出すことができるか─。
それを小泉は一生懸命考えていました。
というのは、撮影現場では僕と小泉はそれぞれ個人の控え室を用意してもらって
いたんですけど、子供たちは衣装さんもメイクさんもみんながいる部屋にいたんです。
普通、女優さんは空き時間を1人で過ごす方が多いんですけど、
彼女は個人部屋を一切使わず、みんながいる部屋を“家族の控え室”のように使っていて。
僕もちゃっかりそこにいました(笑)。

―感じることがより大切な現場だったというわけですね。
永瀬:そうですね。おばあちゃん役の正司(照枝)さんも本当のおばあちゃんみたいで。
ブンジとフミがおばあちゃんの寝ているそばで走り回っていると、「うるさい!」って。
まあ、愛情のある「うるさい!」なんですけどね。本当にかわいい子役たちで、
毎日現場に行くのが楽しみでしたね。2人に会うと、ふにゃ~ってとろけてましたから(笑)。


主人公のサイバラを演じた小泉と原作者の西原が、
カモシダを演じた永瀬との裏話や、作品への思いを語った。

Q:原作漫画の面白さと感動が、存分に伝わってくる映画化作品でした。
小泉:ありがとうございます。わたしは西原さんの作品が大好きだったので、
今回のお話を聞いたときはすごくうれしかったです。
ただ、うれしいと思うと同時に少しだけ疑問も感じてしまったんですよね。
ここ数年、西原さんの原作がどんどん映画化されていて、「西原さん祭り」だったので(笑)。
西原:今みたいに不景気だと、わたしの漫画のような低予算で映画化できる作品に
需要が回ってくるんですよ(笑)。
小泉:もちろん、西原さんファンのわたしたちにとっては喜ばしいことなのですが、
「毎日かあさん」まで生身の人間が演じなくてもいいのではないかと思ってしまって……。
まあ、原作が大好きだったからこそ、そう感じたんでしょうけどね。
でも、小林(聖太郎)監督と初めてお会いしたときに、
「子育てで神経質になってしまうお母さんもいらっしゃるから、
西原さんのようなパワフルなお母さんの話を映画にして、
皆さんに元気なっていただきたいんです」とおっしゃったので、
「それならやりましょう!」ということになったんです。
西原:でも、まさか小泉さんがわたしを演じてくれるなんて思ってもいなかったから、
最初はびっくりしました。
周りからは「おまえが指名したんだろう!」って言われるんですけど、
そんなわけないですから!
Q:西原さんは、小泉さんのことを「たたき上げ臭がする」と表現されていましたが?
西原:小泉さんって、普通のアイドルとはちょっと違っていたじゃないですか。
自分自身の意思が感じられたというか、作られたアイドルのような気がしなかった。
だから、同性からも支持があったんですよね。
それを「たたき上げ臭」と表現するのがふさわしいのかどうかはわかりませんけど……。
小泉:でも、その「たたき上げ」という言い方、すごくよくわかります(笑)。
Q:小泉さんは永瀬さんとの共演について、
撮影前に「いろいろあったわたしたちだからこそできることがある」
とおっしゃっていましたが、実際に撮影していかがでしたか?
小泉:何もかもが、この映画のためになって良かったという感じがします。
わたしたちの場合、役者同士の信頼関係やコミュニケーションは
ゼロから始めなくてもできていたわけですし、映画で演じた西原さんご夫婦の距離感と、
自分たちの距離感が重なったりもしましたしね。
本当に、わたしと永瀬くんだったからこそ、
いろいろあった夫婦の感じが自然に出せたような気がします。
Q:西原さんも撮影現場を見学に行かれたそうですね。
西原:はい。わたしがスタジオにお邪魔したとき、
離婚したカモシダが家に戻ってきたシーンを撮影していたんですけど、
永瀬さんは小泉さんの前で怒られた犬のような顔をしていました。
うれしいのに居心地が悪くて、
みんなと離れたところで尻尾を振っている犬みたいな感じというか……。
だいたい、別れた女房の前だと男はみんな小さくなるものなんですよ。
小泉:そうですよねー!
西原:「あんた、昔もそうだったよね!」とか、「あの時のこと覚えてる?」
とか言われちゃったりして、本当に小さくなっちゃう。
永瀬さんもこんな顔(情けない表情)をしていました(笑)。
小泉:今回、監督もわたしに怒られていたから、
きっとそんな顔になっていたと思います(笑)。
西原:そうなんだ!
小泉:不思議なんですけど、お母さん役で子どもたちを叱っていたりすると、
実際もそういう感覚になっちゃうんですよね。
「監督、悩んでないでハッキリして!」みたいな。
西原:またね、監督が気弱そうで叱りやすそうな方なんですよ(笑)。
小泉:そう、すごく才能があっていい人なんですけどね。
Q:永瀬さんの演じたカモシダが、お写真で拝見した実際の鴨志田さん
(故・鴨志田穣)とそっくりで驚きました。
西原:最後の方になるにつれ、どんどんそっくりになっていきましたよね。
まるで鴨志田本人が乗り移っているように見えてしまって、
平常心ではいられなくなりました。
ちょっとしたしぐさから表情まで、
永瀬さんが知っているはずがないのに不思議なくらい似ていて……。
きっと、そう見えてしまうだけの迫力があったんでしょうね。
記憶って塗り替えができるから、
わたしの中にある鴨志田の記憶を塗り替えてしまうような演じ方をしていらしたんだと
思います。
小泉:彼も原作が大好きで、この役をやるのにとても意欲的だったんです。
撮影の前に鴨志田さんについていろいろ調べていましたし、
鴨志田さんのお墓にもごあいさつに行ったんですって。
西原:そうらしいですね。お墓の前で鴨志田と2人きりになって、
台本のセリフを全部読み上げたとおっしゃっていました。
小泉:撮影が始まってからも、ガンに侵されていく役のために12キロも減量して
がんばっていました。
わたしも間近で見ていて、永瀬くんってすごいな、いい役者だなと改めて感じました。
彼に比べたら、わたしはまだまだ修行が足りないと思ってしまいました。
Q:カモシダから欲しいものを聞かれたとき、「もう全部持っている」
と断言するサイバラがかっこよかったです。
西原:人間って欲が深いから、どんなにお金やモノがあっても、
もっともっと欲しくなっちゃうんですよ。
わたしだってもっと稼ぎたいと思ってしまいますし(笑)。
だから、「もう全部持っている」というのは、
そんな自分を戒める意味の言葉でもあるんです。
小泉:わたしは早くから仕事をしていて、ずっと自分自身でお金を稼いできたから、
誰かに欲しいものをおねだりして買ってもらったという記憶はないんです。
「欲しいものがあったら自分で仕事をして自分で買う!」
というのが正直な気持ちなんですよね。その方が気持ちがいいというか。
西原:まったく同感です!……でも、やっぱり男は欲しいかも。
コンビニで何かを選ぶように、男も簡単に手に入ったら楽なのにね。
小泉:そうですね! 返品なんかも自由にできたらすごくありがたいですよね。
西原:そうそう、この男はダメだから新しいのに取り替えよう、とか。
Q:お二人は同じにおいがします。小泉さんも、
映画で西原さんを演じてシンパシーを感じたのではないですか?
小泉:わたし自身は、西原さんのように結婚して子どもを育てるという選択を
しなかったけど、ちゃんと仕事をして生きてきたという意味では、
共感できるところがたくさんありました。
「わたしのやっていることは、世界中の全部の女がやっていることで、
毎日はそれだけで楽しいよ」という映画のコピーがありますけど、
この作品を観た女性の方にもすごく共感してもらえると思います。…


以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1299114
にて「毎日かあさん」の頁をご覧下さい。



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