「マーサの幸せレシピ」映画製作裏話
★映画基礎データー★公開名「マーサの幸せレシピ」原題「mostly martha」 2002年 監督・脚本:サンドラ・ネッテルベック 主演:マルティナ・ゲデック |
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「マーサの幸せレシピ」というタイトルから「ショコラ」のような内容を想像されると
ちょっと違います。
天才的な料理の腕前を誇る30代独身女性の悩みと、
周囲の人々との交流をハートウォーミングに綴る感動作です。
劇中に登場する色鮮やかなフレンチ&イタリア料理も観る者の食欲をそそる一編です。
マーサ(マルティナ・ゲデック)はハンブルグのフランス料理店の花形シェフとして忙しい毎日を送っていた。
そんなある日、
彼女は突然の姉の事故死で8歳の姪リナを引き取ることに。
だが心に傷を負ったリナは、マーサの料理をまったく食べようとせず……。
腕に自身があったはずなのに、姪に皿ごと突き帰されてマーサのプライドはぺしゃんこに。
些細なことでお客と口論になると、店の女性オーナーから
「あなたはこの街で二番目に優秀なシェフ」
といわれてしまう。
そして”町で一番優秀(?)な”イタリア人のシェフ、マリオ(セルジョ・カステリット)が、
妊婦の同僚に代わるべくレストランにやってくる。
パンフレットの解説には”マーサには絶対食感がある”と書かれています。
絶対音感みたいな奴でしょうか? 良くわかんないですが、なんかすごそうではある。
ドイツ映画で女性が監督しています。サンドラ・ネッテルベックと言う人で、本人が脚本も書いてます。
写真を見るとなんかマーサに風貌まで似てます。主人公を通して
自分自身の心の中にあるものを描こうとしたんじゃないかな、と邪推してます。
同僚におなかの大きな妊婦もいて、ドイツは外食産業に女性が多いのかなとも思いましたけど、
どうやらそうでもなくて、やはり男性中心の世界らしい。
ここに出てくるレストランの厨房は、明るく清潔で広々しており、
「ディナーラッシュ」のごたごたした厨房とは天地の差です。
ハンブルクには同じ名前のレストランがあるそうですが、
映画のものはまったく別物で、すべてスタジオセットだそうです。
マーサ役のマルティナ・ゲデックがどのくらい訓練を受けたのかは不明ですが、
シェフとして忙しく働く姿は機能美にあふれ立派なものです。
同僚とともに市場に仕入れに行くシーンなどがあり、また随所でうんちくのモノローグが入ります。
それらを通じてマーサの仕事にたいする執着とも言うべきこだわりが伝わってきます。
出てくる料理の皿はいずれも色鮮やかで、
ナイフやフォークを入れてしまうのがもったいないほどです。
しかし8歳のリナが「ナイン!」と言って背を向けてしまうと、
この芸術品のような料理が
ただ綺麗なばかりの細工物の様にしか見えなくなってしまうから不思議。
ベビーシッターがあてにならないので、
後半マーサは拒食症同然のリナを厨房に連れて来るのですが、
マリオが自分のまかない用に作ったパスタを
「全部食べるなよ」と差し出されるとリナは彼の食べかけの皿を平らげてしまいます。
いったいマリオの料理にどんな魅力があるのかは、
マーサには見当もつきません。
そう言えば、マーサという人は料理を作ることには執念を燃やしますが、
食事を食べることには恐ろしく無頓着な人です。
同僚と同じテーブルでまかないを食べるシーンが数回出てきますが、
たいていマーサは料理の専門書かなにかに目を落とし、
ダイエット中とか何とか言って手をつけません。
マリオが「死んだお袋のレシピだからさ、食べてよ」と口説き落としてしぶしぶ口にする始末。
なんだかこんな風に書いてしまうと、
マーサがとんがったキャリア志向の女性のように見えますが、
リナとなんとかうまくやっていこうと悪戦苦闘してます。
当初はベビーシッターなどは置こうとせず、
一緒に食事をし、寝る時も添い寝をしてますし、毎朝走ってでも学校に送っていきます。
でも生前の姉とは電話で話すくらいでしたし、
職場の同僚以外友人の姿が見えません。恋人が居ないのはまあ、おいておくとしても、
シングル女性の暮らしにしてはこれはちょっと寂しいのでは?
本人はなんとも感じてないらしく、アパートの下の階に越してきた建築家の男が、
「食事でもどう」と声をかけてもつれぬふり。
ここまで書いてきてふと気がついたのですが、
この建築家の男といい、カウンセラーの男性と言い、それとマリオといい、
この作品に出てくる男はみなイイ男ぞろいです。
まあ、いずれも30から40にかけての男ですので、
ぎらぎらしたセックスアピールと言うのはないのですが、
時として神経質に振舞うマーサを相手に少しも慌てず、
ちゃんと受けとめて大人の振るまいを見せています。
同性の私の目から見ても魅力的に見えます。どうしてマーサは彼等の大人の男のよさに
目を向けようとしないのでしょうか?
マリオについては先の展開で関係が変わるのですが、
あとの2人もなかなか捨てて置けないと思うのですがね。
話の後半で、マーサはリナのことを人にこう紹介しています。
「人見知りで神経質なところがあって、私にそっくりよ。でも料理好きなの」
なるほどね。
さすがに見るべきところを見てます。
リナの中にある、かたくなさはマーサと同じものだったんです。
リナと上手くやっていくということは、もう一人の自分とどう上手くやっていくかに
通じることなのですね。
すくなくともマーサは、自分の中のリナをそんな風にとらえている。
いちおう専門職として自立しているマーサです。
世間的な意味で言う「自分探し」の必要の無い人だけに、
己を見極めることはなかなかに大変な様です。
映画はラブストーリーとして完結していますが、
ちょっとプラスアルファーがあるようです。
いったんエンドタイトルが流れた後で、
もう1度カウンセリングルームに戻って、
カンウンセラーがマーサのレシピどおりに焼いたケーキ(パイだったかも)を評して、
たりないものがある、と言います。
「何を使ったか全部判るの?」と首をひねるカンウセラーにマーサは微笑して、
「全部なんて判らないけど、…何が足りないかはわかるのよ」
と答えています。どうやら彼女自身は自分の探し物を見つけた様です。
なかなかどうして、こういうフランス映画も負かすほどの洒落たエンディングが描けるとは、
最近のドイツ映画もやるではないですか。
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