「マラソン」映画製作裏話

『マラソン」映画チラシ★映画基礎データー★
「マラソン」
2005年 韓国映画
監督 チョン・ユンチョル
原作 パク・ミギョン「走れ、ヒョンジン!」
脚本 ユン・ジノ ソン・イェジン チョン・ユンチョル
出演 チョ・スンウ

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5歳児並みの知能しかない20歳のチョウォンは、
走る才能だけはピカイチ。
母親のキョンスクはチョウォンから目が離せず、
息子より一日だけ長生きしたいと願っている。
何とか長所を伸ばしたいキョンスクは、かつての有名ランナーで、
今は飲んだくれのチョンウクにコーチを依頼し、
42.195キロのフルマラソン参加に向けトレーニングを開始した。
キョンスクとチョンウクはマラソン参加をめぐって対立するが、
チョウォンの天使のような純真さと
走ることへのひたむきさは周囲の人々の心を解きほぐし、やがて笑顔の輪が広がってゆく...。

“韓国で500万人が号泣した、実話を基にしたヒューマンドラマ”だそうです。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と、モデルとなったヒョンジンさん母子との面談が
大々的に報じられるなど映画の範疇を超える社会現象を巻き起こしているとか。
んーっ、泣きはしなかったですね。
でもさわやかで良い話ではないですか。

主人公チョウォンに『春香伝』『ラブストーリー』のチョ・スンウ。
映画はもちろんミュージカル舞台でも活躍する彼は、
本作でブレイクし、現在CM出演や新作のオファーが殺到しているそうです。
また息子の世話を焼くあまり、他の家族を顧みない母親キョンスクに、
テレビドラマ「LOVEサラン」でチャン・ドンゴンの恋人役で
大人の魅力を放ったキム・ミスク。
本作で22年ぶりにスクリーンに復帰したとか。
コーチのチョンウクに、『黒水仙』のイ・ギヨン。
ドラマはこの3人が出ずっぱりでほぼ80%が進みます。

残る二人の人物、兄にばかり関心を寄せる母に心を閉ざす弟チュンウォン役で、
テレビドラマ「天国の階段」でクォン・サンウの少年時代を演じたペク・ソンヒョンと、
チョウォンの父親で、妻のもとから離れてゆく夫、
『オアシス』でのソル・ギョングの兄役が印象深いアン・ネサンが、
非常に渋く、たった5人の登場人物でおつりが来るほど充実した芝居を見せてくれます。

チョウォンのモデルとなったペ・ヒョンジンさんは、
2002年、19歳でチュンチョン国際マラソン大会に出場し、
自閉症という障害があるにも関わらず健常者でも困難といわれるフルマラソンを
2時間57分で見事、完走。
その快挙はテレビや雑誌など、大いにマスコミを賑わせています。
その事実をそっくり映画化したのがこの「マラソン」ですが、
自閉症の人がマラソンをするのにどんな困難が待ち受けるのか、
映画を見る前はイメージできなかったです。

自分を取り巻く外側の世界にまったく関心を持とうとしないのが自閉症。
主人公は障害児たちの学校に通ってますが、
他の生徒たちは、そもそも走ることに興味なんか持たないし、
スポーツとしてのマラソン競技の概念が理解出来ない。
それははじめのころの主人公も一緒で、
お母さんが「走ろう」と言うから走るだけで、
自分が何をしているのか判っているのかどうか、かなり怪しいです。

ドラマはまず母と子の二人三脚の生活の描写から始まり、
テレビドラマ以上の緻密さで追いかけていく。
この話には主人公のモデルであるペ・ヒョンジンの母パク・ミギョンによる
“育児日記”「走れ、ヒョンジン!」という手記が原作として存在します。
(「走れ、ヒョンジン!」はあの蓮池薫さん翻訳により、
ランダムハウス講談社より出版されています。
翻訳2作目のこの作品によせて蓮池さんは
「子どものために、わが身を激しく燃焼させる母の強さと弱さ、
喜びと悲しみ、愛と苦しみ、執念とその裏に隠された涙は、
この世の親たちの胸を打つことでしょう」とコメントしています。)

監督のチョン・ユンチョルは本作が長編デビュー作ですが、
脚本を執筆する前にモデルとなったヒョンジンさんとマラソンをしたときの実感を
もとに実に地道に人物たちを追いかけています。
こういう生活の部分はまじめに描くほどドキュメンタリーか、
逆に見ていられないほどのメロドラマになってしまうかですけど、
結構笑わしてくれますね。
チョ・スンウの演技力によるところが大ですが、
障害児だから心が美しいとか、そんなことは逆差別であって、
そんなところでドラマを語ってしまうほど、この監督は阿呆では無かったです。

それにしても、なんて立派なお母さんなんだろうと思っていると、
省みられない弟が完全にグレてしまっているところや、
旦那が家庭を見限ってしまって、キョンスクとチョウォン母子が袋小路に嵌って
行き詰まっている事実が明らかになる。

ドラマの先行きが怪しくなってきたところで登場するのがコーチのチョンウク。
こいつは交通違反を犯して刑罰として“勤労奉仕200時間の刑”を裁判所から
課せられている。
韓国にそういう制度があるとは知りませんでしたが、
チョンウクは当人の意思とは関わりなしに障害児学校の体育コーチに、
就任させられてやってくるわけです。

まじめに子供たちの相手をする気持ちなんてさらさら無くて、
適当に昼寝なんぞしてあしらっていると、ある日
キョンスクがチョウォンを連れて部屋に押しかけてきてしまう。
フルマラソンのコーチをしてくれと頼み込んでくるのですが、
冗談言うなと相手にしない。
しかしキョンスクがどこまでも食い下がってくるので根負けしてしまう。

で、嫌々コーチを引き受けるもののまともに指導する気なんぞハナからなくて、
自分はサウナに入って、チョウォンに「グランド100周」なんで無茶な指示を出す。
すっかり忘れてグラウンドにやってくるとよれよれになってチョウォンが走っている。
「いま99周目」
さしものチョンウクも反省して指導を始めます。
何気ない一言から、シマウマについて流暢に語りだすチョウォン。
チョンウクはたまげて、こいつもしかしたら天才かもしれないってんで
「○○○×□□□=いくつ?」
もちろんチョウォンがまともに答えられるはずがない。
チョンウクは脱力して、なんだ、やっぱり馬鹿じゃねーか、という顔をする。
―このくだりは悲鳴を上げそうになるほど可笑しかったです。

チョンウクはチョウォンをマラソンのグループ練習をしている団体に連れ出したりして
でこぼこコンビなりに練習を重ねていくのですが、
今度は母親の存在が逆に障害になるのですね。
チョンウクは容赦なく「あんたのエゴで走らせてるんだろう!」と喧嘩してしまう。
頭にきたキョンスクは息子の腕を掴んで、コーチは結構とチョンウクをクビにしてしまう。
でキョンスクは自分でチョウォンの稽古を付けようとするのですが、
素人の悲しさでさっぱり訓練にならない。
プールで決定的な出来事が起きて、この母はやはり自分のエゴで
わが子を引きまわしていただけかもしれないと思い知らされてしまう。
更に地下鉄でチョウォンが若いカップルの男にどつきまわされるのを止めようと
割って入ったキョンスクの目の前で、母親の日ごろの口ぐせを真似て
「この子は障害者なのだから」などとチョウォン本人がわめきだす。
決定的ですね。
父は、キョンスクとチョウォンのいないところで弟に、
「一緒に暮らさないか」と誘っている。弟が誘いに乗れば一気に家庭崩壊です。
ねたばれ改行です。





その朝、キョンスクがチョンウクの下宿のドアを叩いて、
「息子をどこにやった」と怒鳴り込みます。チョンウクには何のことか判らないのですが、
同じ頃、チョウォンはマラソン大会の開かれるスタジアムに向かうバスに乗っていた。
キョンスク、チョンウク、弟チュンウォンがようやくスタジアムにやってくると、
チョウォンは一緒に団体訓練を受けた人たちの助けもあって、
出場のための手続きを済ませスタートラインの集団の中にいた。

不思議ですねぇ、
チョウォンは周りの人たちの心配や喧嘩を飛び越え、
ひとりでスタートラインに立ってしまう。
まあ、いろんなところで、それに至る伏線は張り巡らされていることではありますが、
結局のところ、チョウォンのこころはブラックボックスのようなもので、
何が入っているのかは推し量りようも無い。
スタートの号砲もろとも、握った母の手からするりと抜け出し風の中へと走り出す
チョウォンの姿、その表情は、それが予定されたとおりのクライマックスとはいえ、
「どうだ、これを見ろっ」とばかりに全編盛り上がります。

本当のところ、主人公が本当にマラソンが好きなのか、
お母さんの愛情に応えたかったのか、判らないといえば
分からないです。けれども、あのスタートは母親の手に中から飛び立つイメージですね。

映画の前半では母子の住む高層マンションの立ち並ぶ都市の風景が繰り返し登場します。
韓国映画でこんな乾いた光景はあんまりお目にかからないので、
独特の映像世界感になっているのですが、ある種、非常にテレビ的な報道性のある
映像です。
それがクライマックスのマラソン場面になると、
大画面で映える大迫力の一大ロケーションになる。
ラストのチュンチョン国際マラソンのシーンは2004年、
実際の本大会で5台のキャメラとヘリコプターを駆使して、
参加者6万人を大画面に収めたもので、CGなど特殊撮影は一切使われていないそうです。
韓国映画史上最大規模となったこの空撮シーンは、
クライマックスに相応しい臨場感と迫力を生み出しています。
都市を超え6万人の走る群集は美しい山を、水面の輝く谷を越えて
轟々と押し渡って行きます。
それでいて映画的な演出というのはしっかりあって、
倒れ付したチョウォンにペットボトルを差し出す女の子とか、
チョウォンかシマウマと一緒に走ったりとかしてます。

レースが終わった後、チョウォンはまた静かな暮らしに戻ります。
人生はドラマではないのですから、
こうして淡々と日常に帰っていく終わり方が当然です。
エンディングの字幕で、自閉症が障害認定を受けられるようになったのは、
2000年以降の話と紹介されているのに驚かされます。

チョン・ユンチョルは
自閉症の障害を持つ主人公が社会とコミュニケートする重要性と喜びへと
結実させた熱意あふれる監督ぶりが評価され、
この作品で黄金撮影賞の新人監督賞を受賞しています。

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