「マトリックス・リローデッド 」DVD脚本レビュー

「マトリックス リローデッド」映画チラシ★映画基礎データー★
「マトリックス・リローデッド」
2003年 アメリカ映画
監督脚本 ラリー・ウォシャウスキー A・ウォシャウスキー
出演 キアヌ・リーブス

               

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大量宣伝・拡大公開の大作にありがちですが、
様々な掲示板、MLでこのマトリックス・リローデッド のすべてを誉めそやす人、
一切がっさいこき下ろす人の両方がごっちゃりいて、本当のところ、
なんぼのもんか自分の目で見てみるまでは判断しようがなかったです。

期待しないで見た分、私としては「結構楽しいではないか」と思いました。
一作目より落ちる。完結編の繋ぎでしかない、等の意見はごもっとも。
しかし、本作だけ見てさっぱり楽しめない、というほどのことはありません。
これはX−MEN2、ハリポタでも同じこと。
主人公側善玉と悪玉がFSXを駆使して華やかに戦います。
悪玉が改心したり、善玉に裏切り者が出たりすると、
前作の行きがかりを知らぬ分、ついて行くのがしんどくなるくらい。

最近のシリーズものは、主人公の人物像を見せるだけでなく、
物語の背景、設定の凝り様でおたく心をくすぐるものが多いので、
前作を復習しておかないと、こまごまとしたあたりで楽しみそこないます。

「マトリックス」は聖書から引用された名称が多く、
“預言者が予言した救世主の出現”がモチーフとなっており、
メインの戦場がコンピューターの中の仮想現実(マトリックス)で、
戦闘ルールがプログラム上の制約にひっかかるあたりが特徴になっていて、
ファンにはそのこだわりが楽しく、
はじめて見る人は、そこがとっつき難い。

CGは1100カットを超えますが、
アクションはライブのスタントを土台にデジタル加工されたものが主で、
主役ネオを勤めたキアヌ・リーブス他メイン・キャストの皆さんは8ヶ月の訓練をさ
れたようです。
テレビスポットでも登場するエージェント・スミス(ヒューゴ・ウィービング)の大
軍と
ネオの乱闘は、
12名のスタントマンとキアヌが9週間にわたる訓練、リハーサルを重ねた上で
撮影した素材を2次加工しているそうです。
撮影後、キアヌは苦労を共にしたスタントマン達にバイクをプレゼントしたとか。
なかなか太っ腹な話です。

カンフーの殺陣がへたっぴいだと批判する人はいますが、
もともとブルース・リーやジャッキー・チェンのアクションとは狙いどころが異なる
ので、
それは言ってもしょうがないのでは。

でもなんでネオが人間大車輪してる場面を予告で流しちゃったんでしょう?
あれは迫力あるシーンというより、それを通り越してやりすぎの
いささか馬鹿っぽい場面なのに。
劇場で見て、そこに至るまでの一人一人の殴り合い蹴りあいが長いのに驚いてます。
延々と戦った挙句、最後にドカーンとなるのですから。馬鹿は馬鹿なりに突き抜けて
いる。
三十秒のテレビスポットでドカーンはないでしょうに。

“大変”といえば、衣装もそうで、アモーファス役のローレンス・フィッシュバーン

「ひとりでは脱ぎ着の出来ぬ衣装」とぐちっています。
アモーファスの衣装は一番ラフに見えたのですがね。
だとすると女優さん達はさぞや窮屈な思いを(笑)。

脚本上、トリニティの扱いが短くなってしまったのは残念です。
ベッドシーンと乱闘場面ばかりでセリフが前作の半分もない?
ネオがやることが多いので、ヒロインの方が相対的に記号のような
ごく単純な扱いになってます。
ネオの恋人という以上の個性がないのですね。
キャリー・アン=モスは魅力があるのに、もったいないです。

前作では実景から加工した仮想現実にリアリティーがあり、
作品のなかで現実とされている未来世界がミニチュア丸だしだったのは、
ネオの目から見て、現実世界の方が違和感があるという事を考え合わせれば、
それなりに説明はつきます。
しかし、本作はザイオンという人類最後の砦の攻防が話の中心となるので、
ここが人の住んでいる街に見えない様だとイタイです。
それなりに金とテマをかけて描いてますので、
いちおう合格点はつけられます。

しかしなんですね。
コロニーを描くと必ず「評議委員会」が出てきますね。
これはハリウッド映画のお約束なんでしょうか。

ねたばれ改行です。




パーセフォニー(モニカ・ベルッチ)は必要ないのではないか、という意見もありま
す。
完結編で再登場し何かしら活躍があるかもしれませんが、
それがなくともなかなか面白い役回りです。
夫メロビンジアン(ランバート・ウィルソン)がマトリックスの“もっとも古いプロ
グラムのひとつ”だそうで、
美人の奥さんと郊外の城に住んでいて、
ツインズなどのエージェント達をボディガード代わりに使っている。

プログラムとしての本来の役目はなんなのか?
マトリックスの秩序維持ならもう少し真面目に働けば良いのに、
住人(つまり人間牧場の人間)にエッチなことして奥さんに愛想尽かしをされるアホ
です。

パーセフォニーがネオに、キスしてくれたら、キーメイカーの居所を教えるという
条件を出すのは呆れますが、
こいつらは姿形は美しくとも、無機的なプログラムに過ぎないので
人間の感情というか情念に興味があるようですね。
モニカ・ベルッチ自身は、パーセフォニーのことを吸血鬼みたいだとインタビューで
答えてます。
なかなか味のある答えです。

キー・メイカー(ランダム・ダク・キム)登場には笑わしてもらいました。
秘密のドアを開けたら牛乳瓶の底みたいなメガネを掛けた爺様が、
手回しの旋盤回してカギをこさえてる。(爆)
カギの管理人で自分でもカギをこさえる、ということは
プログラムの認証機能とパスワードの自動解析機能の両方を一人で兼ねているとい
う、
システム全体にとっても便利で剣呑なプログラムですね。

キーメイカーの案内でネオ達が入り込むドアだらけの通路。
「イエローサブマリン」で見たような構図ですが、あれは“バック・ドア”。
メイン・プログラムの背後にある隠された領域のことで。
一般的には、プログラムの開発者などが意図的に作ったセキュリティの穴です。
ハッカーが侵入に成功した際に残していく置き土産の意味でも使われるので、
もともとハッカーだったネオには本来馴染みの場所の筈。
映画の中で、キーメイカーたちがドアが並ぶ廊下に入ると、
マトリックスを監視しているホバークラフトのモニターには姿が認識されなくなりま
す。

そこへスミスが団体で押しかける。困った奴だ。
エージェントでなくなって、ただのスミスだと自ら語ってます。
はじめこいつは何を言ってるのかと思いましたが、
マトリックスを支配するA.I.に彼は1度削除されてしまった様です。
当人も知らぬところで何故か復活。
コピー、上書きされてパワーアップしたそうです。
ネオを倒す事のみで動き回るはぐれプログラム。

でもマトリックスの世界で、
1度削除されたものが知らぬ間に復活なんてありうるのでしょうか?
OSのなかでリンク切れになっているプログラムというのは良く見かけることは、
見かけますが。
単純に言えば、ウィルスを追いかけるワクチンの自分自身が
ウィルスになってしまった、という事ですが。
復活させた奴がどこかにいそうですね。

預言者オラクルの正体が、ああ言うことだとは思いませんでした。
本来ならザイオンの地下深くにでも隠れているべき人が、
マトリックスのなかでちゃっかり暮らしているという前作には
不自然なものを感じてましたが。
裏をかいて潜伏しているのだろう、という読みは観客の側の誤解であって、
セリフのなかでは実は何も触れられていません。
誤解させるような作りになってますが。

預言者役のグロリア・フォスターは、撮影後亡くなっているそうです。
偶然の一致に過ぎませんが、何か因果っぱいですね。

最後に出てくる“設計者アーキテクト”(ヘルムート・バカイティス)というのは、
あれも人間でなくてプログラムの筈でしょう?
彼がA.I.の本体と言えるのかどうかは不明です。
ザイオンを五回滅ぼした、という話は眉唾です。
なにしろ彼がネオに向かって真実を語る義理はないですから。

逆に五回滅ぼしたのが事実としたら、
それは人間側が常に敗北しているという事でもないでしょう。
A.I.はザイオンを潰しても反乱軍を根絶できなかったという証拠ですから。
人間に意識があるから反乱を起すんだ。
A.I.は人間牧場の人間を全部脳死させてしまって、
発電プラントとしてのみ機能させればいいんだという考え方があります。
それだとドラマの前提が崩れてしまいますが。
むしろそうは出来ない弱み、といいますか、
人間に対する郷愁のようなものがA.I.の存在理由を支えていると言うことだと
SFとして深みが出てくるのですがね。

“予言”と言うトラップにまんまと落ちてしまったアモーファスは
自棄(やけ)起こして玉砕したりしなきゃ良いのですけどね。
救世主の予言は偽りだった。けどネオは自ら超能力を発揮して自力で世界を救う。
という展開ですね。それは読めるのですが。

さて、レヴォリューションをお楽しみにですか。


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