「マルホランド・ドライブ」DVDレビュー
★映画基礎データー★「マルホランド・ドライブ」 2001年 アメリカ・フランス合作映画 監督/脚本 デビット・リンチ (「ワイルド・アット・ハート」) 出演 ナオミ・ワッツ ローラ・エレナ・ハリング |
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難解の誉れも高い? デビット・リンチの新作「マルホランド・ドライブ」を見ました。 デビット・リンチ監督は「ワイルド・アット・ハート」でも カンヌ映画祭で受賞しています。 普通、映画は事前に内容については知らない状態で見るのが 良いのでしょうが、 「ツインピークス」の向こうを張るミステリーとして企画されたものだと聞いて、情報収集してから見ました。 ベティ役を演じていたナオミ・ワッツは魅力的ですね。
この作品の製作時は、ほとんど無名の新人ですが、 メグ・ライアンを若くしたようなルックスですが、 ニコール・ギッドマンやケイト・ブランシェッドばりの迫力演技です。 はじめて見て途中でまんまと寝てしまい、もう一度見ました。 二度見るとちょうど面白い。^^; ハリウド見下ろす山道、 マルホランド・ドライブで車の衝突事故が起こる。 唯一生き残ったブルネットの女は記憶をなくしていた。 女はサンセット通りにある有名女優の留守宅に身を潜めていたが、女優の姪のベティに見つかる。
女はとっさに"リタ"と名乗る。 ベティは田舎からハリウッドスターを夢見て上京した若い娘だ。 地方ロケに出かけて留守の叔母の部屋に下宿して、 叔母のつてを頼ってスタジオオーディションを受けるつもりである。 "リタ"を叔母の友人の同居人と誤解したベティは
彼女と暮らし始める。 が、叔母との電話で"リタ"が見知らぬ他人と知って慌てる。 "リタ"はベティに自分が交通事故を起こした車に 乗り合わせていたことと、 それ以前の記憶をすべて失っていることを打ち明ける。 同情したベティは彼女を助けようと決意、 手がかりを求めて開けたリタのバッグには 大金と青い鍵が入っていた……。 初回寝てしまったのは、
"リタ"の自分探しに付き合うベティとの話が堂々めぐりを始め、 正体不明の「カウボーイ」と呼ばれる男の登場と、 もう1人、 ベティのオーディションに絡んで登場する映画監督の作品作りが、 マフィアの介入によるオーディションの妨害から、 彼の妻の浮気、果ては個人口座の閉鎖へと、 リタ、ベティとの関連からどんどん遠ざかり、 非現実的な暴走を始めて (だって作品づくりの妨害に、自宅を追われるわ、 カードまで使えなくなるわ、なんて変だ) ついて行けなくなって、眠気を催したためだ。 さて、私が正気を取り戻したのは、
<クラブ・シレンシオ>のステージで繰り広げられる 奇妙なショーを眺めながら涙を流すリタの横で、 ベティはバッグの中に 小さな<青い箱>が入っていることに気づいて、 それを鍵で開けてあとからのシークエンスにひかれたからだ。 で、もう一回、あたまから見なおせば、
なあるほど、と頷ける展開になっていた。 デビット・リンチ監督は通常の映画の作劇法、
編集方法に頓着せず、 超自己流に、主観的にドラマを構成している。 ただ座って画面を眺めていては混乱するばかりだ。 以下の解釈をあなたの「マルホランド・ドライブ」鑑賞の手がかりとして欲しい。 押しつけるつもりは無いし、 違う解釈のある方のご意見を募りたいです。 以下、ねたばれ改行です。
前半の交通事故発生から<青い箱>を開けるまでは、
現実世界の出来事だ。 そこから後半は、夢の世界の出来事だ。 <青い箱>を開けると登場するのは、
売れっ子女優をめざしながらもチャンスを掴めず、 殺人犯に身を落したダイアンという娘だ。 この娘は映画の冒頭で、 交通事故に遭うブルネットの"リタ"の正体だ。 当然、ダイアンは"リタ"役の女優が演ずるべきなのだが、
デビット・リンチ監督はそれまでベティ役を演じていた ナオミ・ワッツにダイアンを演じさせている。 ややこしいことに ダイアンが恋焦がれる新進女優カミーラをそれまで、 "リタ"ことダイアンを演じていた ローラ・エレナ・ハリングに演じさせている。 「フェイス・オフ」でトラボルタとニコラス・ケイジが
人格入れ替わりを演じるが、 同じ事をSF的な手続きをフッ飛ばして いきなり入れ替わったところから始めてしまう。 こういうことをやられては、観客はかなり困る。 有名女優になったカミーラが、 無名のまま這い上がれないレズビアンの恋人のダイアンを 侮辱して振り、怒ったダイアンが殺し屋を雇って カミーラを交通事故に見せかけて殺すという話を ナオミ・ワッツとローラ・エレナ・ハリングを 互いに役柄をくるくる3、4回も交代させて見せている。 ダブルキャストの二役だけなく、 アダム監督のジャスティン・セロウや、 下宿の女主ココのアン・ミラーにも二役をやらせているので、 一度見ただけでは混乱は必至だ。 で、前半部分もわかりにくいのだが、これは
この「マルホランド・ドライブ」のドラマ世界が、 <青い箱>を中心にメビウスの輪のように ねじれてループしているからではないか? 初登場のシーンのはずのロバート・フォスターの登場場面で、
(当初企画のTVシリーズでは彼が主人公の筈だったらしい) 彼が「夢で見覚えのある店だ」というあたりとか、 デ・ジャ・ビュッぽいシーンが そこかしこに説明も無しに出てくるので、 はじめてこの映画を見た時に前半の進行が 不必要にもたついているような印象を受けてしまう。 あれは後半のドラマを、
登場人物達が記憶の上で経験済みであるため、 知らないはずのことを知っていたり、 記憶違いが起こったりしているのだ。 一度起きたことを、そっくり追体験するので無く、
ドラマの後半で軌道修正したエピソードが出てきている。 ウェイトレスの名札が「ダイアン」から「ベティ」にかわっているあたりだが。 これは同時に、 ダイアンとカミーラの話はベティとリタにシフトする という意味でもある。 ダイアンとカミーラがくるくる入れ替わる予兆は、
腐乱死体を目にした如く恐れおののくリタにベティが ブロンドのウィッグをかぶせ、 慰めるシーンで既に登場している。 愛する事と憎むことは裏腹で紙一重。 夢を実現する事も夢を逃がす事もまた裏腹で紙一重だ。 という事をループする奇妙なドラマの中で見せたいのだと思う。 テーマに付いては、 閉じた世界から他に逃れられぬ運命とか、 いろいろ解釈できるようだが、 ここいらへんが感じ取れるかどうか、ノレるかどうかで、 人により「マルホランド・ドライブ」の評価は変わってくると思います。
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