「エディット・ピアフ 愛の讃歌」
■作品基礎データ 「エディット・ピアフ 愛の讃歌」 2007年 フランス映画 監督脚本:オリヴィエ・ダアン 出演:マリオン・コティヤール |
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東京厚生年金会館の試写会で見ています。
総席数は2,000席の大試写会、
こんのくらい人が詰め掛けると景気良くて楽しいです。
1915年にピアフは誕生した。
世界は第一次世界大戦の真っ只中である。
彼女の母親は路上で歌を歌い、その僅かな収入で彼女を養っていた。
やがて、祖母が経営する娼館にピアフは預けられた。
この激動の幼少期に彼女は光を一時失ってしまう。
失明した彼女に、娼館の女たちは精一杯の愛を注いでいった。
そして聖テレーズに祈りを捧げた際に奇跡的に光を回復する。
彼女の生涯に渡る信心深さは、この時に生まれたと言われている。
16歳の時には母と同じく路上で歌を歌い、日銭を稼いでいたが、
稼ぎは母親の数倍もあった。
その声に目をつけたのがパリの名門クラブのオーナー、ルイ・ルプレである。
ルイは彼女の歌声の虜となり、彼女を自らのクラブの舞台に立たせる事を決意する。
この時ルイがつけた彼女の舞台名が"ラ・モーム・ピアフ(小さい雀)"である。
この瞬間に伝説の歌姫エディット・ピアフが誕生し、
そして世界に羽ばたいていくのである。
ピアフの波乱に満ちた生涯を綴ったのが『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』。
本作はフランスで今年2月に公開され、わずか8週で動員500万人を突破。
この動員数はフランス国民の約10人に1人に相当するといいます。
1963年10月に短い生涯を閉じたエディット・ピアフですが、
彼女の葬儀にはパリ中から人が集まり、パリの交通網が完全にストップしたそうです。
パリの交通が麻痺したのは第二次大戦以降初めての事だとか。
世界の人々に愛され、ジャン・コクトー、マレーネ・デートリッヒと交友を持ち、
シャルル・アズナブール、イヴ・モンタンを世に送り出した不世出の歌姫の
47年の人生は21世紀になった今もなお、輝きを放ち続けているのです。
―とここまではよいしょ記事です。
映画としてみますと、結構えぐい描写などもあり、R指定があったと思いますけど、
ええと、なんというか、見た目のきつさだけでなく、
酷く刹那的に生きてきたその生き様がどうもねぇ。
浪花節好きの日本人のメンタルには受け入れがたいところがあるんです。
それは映画としての描きようもそうですね。
この映画は薄幸の歌姫として、可哀想可哀想に描くことは幾らでも可能だったと
思うのですが、
どこか芸術映画っぽい尖がった所があって、
それが効果的とは言い難く、単に感情移入しにくくしているだけじゃないかと
疑いたくなるところがあります。
過去と現在を行ったりきたりするのも、
それがピアフという人物のテーマ足りうる部分に収束していくならともかく、
あれじゃあ彼女が分裂病のように見えかねんと思うのですが、
この作品をごらんの皆さんはどう思われたのでしょうね。
BGMも「愛の讃歌」が出ずっぱりで、どこが音楽的なクライマックスなのか、
わかんないです。
と、ほぼ悪口を並べ立てましたが、
ピアフ役のアリオン・コティヤールは噂にたがわず凄いですね。
「プロヴァンスの贈り物」「ロング・エンゲージメント」に出ているそうですが、
ピアフ役のインパクトが大きくて、過去作でどんな役をどんな風に演じていたか、
思い出せないですね。
そういうのもまた、困った…
以下はネタバレとなるのでこの続きはmixi独身映画ファンコミニティの
「エディット・ピアフ 愛の讃歌」
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