「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」

「猿の惑星 創世記」映画チラシ■作品基礎データ
「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」
2011年 アメリカ映画
監督:ルパート・ワイアット
脚本・製作:リック・ジャッファ、アマンダ・シルヴァー
出演:ジェームズ・フランコ トム・フェルトン フリーダ・ピント
アンディ・サーキス

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 サンフランシスコの製薬会社ジェンシスの研究所に勤める若き神経科学者、
ウィルが実験用に観察していた一匹のチンパンジーが、驚くべき知能を示した。
そのチンパンジーには開発中のアルツハイマー病の新薬が投与されており、
ウィルは上司や同僚の前で実験の目覚ましい成果を発表する。
ところが思わぬ事態が勃発した。
そのチンパンジーが突如として暴れ出し、研究所内をパニックに陥れた揚げ句、
警備員に射殺されてしまったのだ。

厳格な所長ジェイコブスからプロジェクトの中止を言い渡されたウィルだったが、
思わぬものを発見する。
射殺された猿は実は妊娠しており、我が子が傷つくことを恐れ、
守るために暴れていたのだ。
飼い手が見つかるまでの期間、
生まれたばかりの赤ん坊猿を自宅に連れ帰る事に決めたウィルは、
その猿を“シーザー”と名付け育てることにする。
ウィルには新薬の研究を止められない事情があった。
同居中の年老いた父親チャールズがアルツハイマー病を患っているからだ。

3年後、ウィルのもとですくすくと育ったシーザーは、
家の中の空間を縦横無尽に駆け回るようになった。
いつからかウィルとシーザーとの間には
本物の人間の親子のような強い絆が生まれており、
同時に母親のチンパンジーの特殊な遺伝子を受け継いだ彼は、
類いまれな「知性」を発揮し始めていく。

新薬が脳を活性化させる効果を確信したウィルは、
研究所から持ち出したその薬をチャールズに投与。
すると翌朝、チャールズは軽やかにピアノを弾いてみせ、
それまで悪化していた病状が嘘のように生気を取り戻した。

この頃から家の外の世界に興味を持つようになったシーザーは、
ウィルに連れて行かれた森林公園の大自然に解き放たれ、
野を走り、木を駆けのぼって、つかの間の自由を満喫するのだった。

それから5年後、ウィルは動物園の獣医キャロラインと相思相愛の仲になり、
体長5フィートにもなったシーザーはいつも無邪気だった以前とは異なり、
より複雑で多様な感情を表すようになっていた。
 
そんな折、チャールズが再び病状悪化の兆候を示し、
隣人とトラブルを引き起こした。

その模様を屋根裏部屋から目撃したシーザーは、
チャールズを助けようとしてその隣人を傷つけてしまう。
この一件によってシーザーは、霊長類保護施設に入れられることになり、
最愛の育ての親ウィルと離ればなれになってしまう。
シーザーは、これまで生きてきた中でおそらく感じた事のないであろう
孤独と絶望に直面しながらも、
再びウィルと共に暮らせる日々だけを願って毎日を過ごしていく。
 
檻に閉ざされた施設で、シーザーを待ち受けていたのは飼育員の陰湿な虐待だった。
その一方で、なかなか施設内の猿のコミュニティに溶け込めずにいたシーザーは、
チンパンジーの群れを率いるボスとの争いに勝利を収める。
そしてゴリラやオランウータンとも心を通わせ、
すべての猿たちをひとつのグループにまとめ上げていく。
 
その頃、ウィルは研究所でより強力に改良した新薬の実験を行うが、
猿への投与中に薬を浴びたウィルの同僚フランクリンが原因不明の体調不良を訴える。

薬の副作用をウィルに伝えようとしたフランクリンはおびただしく出血し、
ウィルの隣人にウイルスを感染させ、謎の死をとげる。
 
そうした薬の恐るべき副作用に気づかないウィルは、
シーザーを引き取るため施設を訪れる。
しかし久々にウィルとの対面を果たしたシーザーは、ウィルが差しのべる手を拒絶。
知性に目覚め、人間の愚かさに失望し、
ウィルさえも想像できない驚異的な進化を遂げたシーザーは、
このときすでに“ある決意”を固めていた。
 
やがて高い知能を駆使し施設から脱出したシーザーは、
今や固い絆で結ばれた仲間のチンパンジーらと共に、自由を求めた戦いに身を投じていく。
 
シーザーの重大な決意とは、人間界の秩序を崩壊させ、
地球上の進化の歴史そのものを塗り替えることだった。
シーザーのカリスマ的なリーダーシップのもと、
研究所や動物園に収容されていた大勢の仲間をも救出し、
猛然と勢力を増強させた猿たちは、
人類との壮大な全面戦争へとなだれ込んでいくのだった……。

1968年に公開された『猿の惑星』は、それほどまでに何もかもが驚きに満ちていた。
人間が高度な知性を持つ猿に支配されるという前代未聞の世界観。
そして一度目の当たりにしたら永遠に忘れることの出来ないラスト・シーン。
奥深いテーマ性、斬新な映像や音楽などあらゆる面で傑出し、
当時のポップカルチャーにも多大な影響を与えたこの映画は、
今なお世代を超えて語り継がれ、多くの映画ファンの脳裏に焼きついている。
 
こうした世界的な根強い支持を背景にして新たに誕生した
『猿の惑星:創世記』は、
オリジナルの名作に残された大いなる謎を解き明かす超大作である。
なぜ人類が築き上げた文明社会はもろくも崩壊し、猿が地球の支配者となったのか。
現代のサンフランシスコを舞台に、
一匹の猿の突然変異的な進化から始まるストーリーはもはやSFという域を超越し、
21世紀の今を生きる我々人類に向けての強烈で生々しい警鐘となっている。
いわば本作はあの神話的名作の“起源”に迫り、
地球の歴史が塗りかえられた空前絶後の一大事と、
そのすべての始まりを壮大なスケールで映像化した衝撃作なのだ。
遺伝子工学実験に伴う一匹の猿の目覚ましい進化が、
やがて私たちの住み慣れた地球の光景を一変させてしまう。
この途方もないアイデアを絵空事ではなく、
現実に起こりうるドラマとして描こうと試みた製作陣は、『アバター』(09)の
革新的映像で世界中を驚嘆させたWETAデジタル社とのコラボレーションを実施。
猿のシーザーを着ぐるみや特殊メイクではなく、
血の通ったCGキャラクターとしてビジュアル化するという困難な任務に
取り組んだWETAのスタッフは、『アバター』に導入した
パフォーマンス・キャプチャーを新たなステージへと発展させた。
リアルな外見と動きはもちろん、
繊細かつ豊かな感情をシーザーに吹き込んだ最先端技術
“エモーション・キャプチャー”は、
観客にシーザーがCGキャラクターであることを忘れさせ、
深い共感すら誘うという離れ業を完璧にやり遂げてみせた。
ウィルに扮するのは、『スパイダーマン』シリーズ(02、04、07)の
ハリー・オズボーン役で脚光を浴び、
アカデミー主演男優賞にノミネートされた実録サバイバル・ドラマ『127時間』(10)の
名演技も記憶に新しい若手実力派ジェームズ・フランコ。
シーザーを我が子のように育てるウィルのナイーブさと、
科学を信奉するがゆえに
“パンドラの箱”を開けてしまう危うい運命を自然体の演技で表現する。
 
ウィルの恋人となる美しく聡明な獣医キャロライン役は、
『スラムドッグ$ミリオネア』(08)のフレッシュな注目株フリーダ・ピント。
『ガープの世界』(82)、『レイジング・ケイン』(92)などの
名演&怪演で圧倒的な存在感を示してきたジョン・リスゴーが、
ウィルの父親チャールズを味わい深く演じている。
そしてシーザーの動きと感情を体現したのは、
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ(01~03)のゴラム役、
そして『キング・コング』(05)では主役のキング・コング役を演じ、
ハリウッドで最も優れたパフォーマンス・キャプチャーの演技者として名高い
アンディ・サーキスである。
 
また製作陣からメガホンを託されたルパート・ワイアット監督は、
これが長編2作目となる新進気鋭。
その異例の大抜擢に応えて、
アクション&ドラマに現代社会への問題提起を織り交ぜ、
ストーリーテラー&ヴィジュアリストとして卓越したセンスを披露している。


「猿の惑星 創世記」見ました。

感動した、泣いた、と宣伝されている「猿の惑星 創世記」。

真面目な作品だとは思いましたが、泣きはしないです。

自我に目覚めて苦悩する猿、というのは判るのだけど、
猿が人になった、というだけで、人間以上になったわけではない。

人間の攻撃性や階層社会のしがらみにがっちり捕らえているシーザー達は、
身体能力で人類を圧倒し、ウイルスの助けで地球の支配者になっても
いつか滅びの道を歩くに違いない。

それが見えてしまうので、
怖さを感じませんでした。
むしろやるせなさを感じてしまって。

それがウリになっているだけあって、
ボス猿シーザーの目の芝居はたいしたものです。
ある評論家が
「これはフランケンシュタイン博士とフランケンシュタインの悲劇」
と書いていて、核心を突いているなと思いました。

夢があるのですが、それがどんどん裏切られて行く。

博士の側はまあ分かるのですが、シーザーはどうなのでしょう?

不当に虐待されれば、心ある者なら反発したくもなるでしょうが、
彼の場合、猿達にも餌を投げ与えて手なずけたりしているので、
選ばわれし者と言う自覚の元に動いているのは明らかなので、
オラウータンの”殉職”シーンも白々しさが先にたってしまって。

元になる前作「猿の惑星 征服」でシーザーとつがいになるメス猿が
「いけない」と初めて言葉を発し、
シーザーが戦いを止める、そうした展開に感動がありました。

メス猿はこの作品でも出て来ます。
シーザーが檻を出て研究所を襲う直接の動機になっています。

が、彼女は画面に登場せず、
研究所は破壊されたもののメス猿の消息は不明のままです。


なんだか文句ばかりが並んでしまいましたが、
シーザーが反乱を起こす前、
博士の家に引き取られて家族として暮らす日々の細やかな描写は見事で、
これまでのSFとは一線を隔てる上質さが感じられました。


一匹のチンパンジーの突然変異から始まる人間への警鐘の物語の中で、
類人猿が敵視する存在としてひときわ強烈な存在感を放っているのが
『ハリー・ポッター』シリーズのドラコ役でおなじみのトム・フェルトン。
得意(?)とする“いじめっ子”の演技の魅力、
さらに“猿”との演技について語るインタビュー映像が到着した。

トムにとって、青春期を過ごし共に成長した『ハリー・ポッター』シリーズを卒業後、
初めての出演映画となった本作。
同シリーズの後はインディーズ作品への出演を望んでいたというトムだが、
本作に抜擢された気持ちをこうふり返る。
「これほど歴史のあるシリーズに参加できてとても光栄だと思っている。
でも一番興奮していたのは僕の父親だと思う。
父はものすごく興奮して、僕がどの類人猿を演じるのか興味津々だったんだ。
『いやいや父さん、僕が演じるのは人間だから!』って感じで(笑)」。

今回、トムが演じるのはジェームズ・フランコ扮する科学者・ウィルの家で
育てられた類人猿・シーザーが送り込まれてくる霊長類施設のオーナーの息子、ドッジ。
類人猿たちを残酷に扱う、根っからのいじめっ子だ。
本人曰く「控えめに言ってもあまりいいキャラクターじゃない」という役柄だが、
『ハリー・ポッター』でも正義感みなぎるハリーをとことん敵視する
“ヒール”役がハマっていたトムにとって、この役はお手の物…?
「もう最高! 思いっきりいやらしく演じるチャンスを大いに楽しんだよ。
悪役って往々にしてよく描かれているし、
これだけ粘着性があって恐ろしいキャラクターを演じるときは、
ほかのキャラクターを演じるときよりもがっつりと取り組むことができるんだ。
それに自分と全く逆のキャラクターを演じるのってすごくいいことだと思うんだ。
吐き捨てるようにセリフを言う役を演じるのはすごく楽しいよ。
今回はそのぐらい意地の悪いキャラクターだったし」。

そう嬉しそうに語るその姿からは、この新たなキャラクターを存分に楽しみ、
自分のものにした様子のトム。
今後もゴルフに励む5人のはみ出し大学生を描いた『From the Rough』や、
スリラー映画『The Apparition』など幅広いジャンルの作品に挑戦しており、
ますますその活躍が期待される。
そんな彼の、劇中の憎きキャラととても同一人物とは思えない、
キュートな素顔がこの映像から感じ取れるはず。


年齢を重ねるとともに輝きを増していく俳優がいる。
その典型と言ってもいいのがジェームズ・フランコだ。
アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた「127時間」の公開によって
今まで以上にファン層を拡大させたことがその何よりの証明。
そんな彼にとって次の代表作になりそうなのが「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」。
「猿の惑星」といえば映画史に名高い名作だが、本作はその前日譚で、
人類が猿によって支配されたそもそもの経緯が明かされる。
その歴史の生き証人となる科学者が彼の役どころだ。
『最初の「猿の惑星」を今振り返ってみると、とても突拍子のないものに見えると思う。
奇抜な猿のお面をかぶって哲学的な話に興じているんだから。
このコントラストがあるからこそ、
非常に強いパワーを持ったアピールがあると思うんだけどね。
今回はすべての猿がCGとモーション・キャプチャーの産物なんだ。
猿を演じたアンディ・サーキスは仕種にとても説得力があったから、
まるで本物のチンパンジーを相手にしているようだったよ』

『この作品のスタイルに実際に影響を与えたと思える映画は二本あって、
それは「ジョーズ」と「未知との遭遇」だ。
殺人ザメとか地球外生物とか、背景に少し空想的な要素がある。
そういうところは70年代の映画の雰囲気があるのかもしれない。
でも今回の映画は全編に渡ってすごいアクションや特殊効果が満載されている。
それがこの映画の大きなエネルギーになっているんだよ』

ジェームズ・フランコの相手役をつとめる、美しく才能あるフリーダ・ピント。
『スラムドッグ$ミリオネア』で初めて映画に出演し国際的に注目されるようになり、
2008年度英国アカデミー賞(BAFTA)助演女優賞にノミネートされた彼女が、
インタビューに答えてくれた。

キャロラインの役柄をどのように演じられたのですか?
『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』は素晴らしい物語なの。
私が2010年に読んだ中で一番良くできた物語の一つだった。
すぐにこの映画に参加したいと思ったわ。それほど美しい脚本だったから。
私が演じるキャロラインは霊長類学者で、
美しい動物たちのことを学び、寄り添うことに全人生を捧げている獣医なの。
彼女はチンパンジーの生態を学んでいて、
動物たちの行動パターンや彼らと人間との相似性を観察している。
彼女は人間の助けとなるこの素晴らしい動物たちと一緒にいることが大好きなの。

彼女はどんなタイプの女性なのですか?
キャロラインはこの物語の理性の声なの。
彼女のことを表現するにはそれが一番適格な言い方ね。
このキャラクターで私が最も気に入っているのは、
彼女が倫理について多くを語っているところね。
彼女は反対側のものに対しても耳を傾けたいと思っているタイプなの。
それはすごく珍しいことなんだけど。
たいていの人はものごとについて思いをめぐらしたとき、
その反対側を見たいなんてことは絶対思わないし、揺らいだりしないでしょ。
でもそこが、私がキャロラインについて非常に興味深いと思うところなの。
彼女は自分が愛する人の視点と自分自身の視点の間で
自分をうまく両立させようとしている。

アクション満載のワクワクするようなドラマというだけでなく、
これはラブストーリーでもあるんですね。
これはかつて存在したラブストーリーのたぐいとはまったく別の解釈のものなの。
科学者と霊長類学者とのラブストーリーで、
自分が愛する男の気持ちを和らげようとする若い女性のラブストーリーなの。
彼女は彼にわかってもらおうとするし、彼により理性的になってもらおうとする。
それと同時に、キャロラインについて非常に興味深いことは、
彼女もまた、彼のものの見方をちゃんとわかっているってことなの。
そこには多くの愛情が横たわっている。
ふたりは他人に対して、
「いいえ、あなたは間違っている。あなたはこのようにこうしなくてはいけない」
とただ言うんじゃなくて、基本的に互いを理解しようとしている。
それはまさにギブ&テイクのような関係なの。

『スラムドッグ$ミリオネア』以来、あなたの生活はどのように変化しましたか?
人生というのは素晴らしいもので、驚きが配分されているからこそ、
常に素晴らしいものになるの。避けることのできない気の滅入るような瞬間でも、
落ち込んだときでも、学べることはたくさんあると私は信じている。
生きるってことは偉大なことなの。
『スラムドッグ$ミリオネア』は与えられた贈り物として
私に素晴らしい機会を提供してくれた。
あんな贈り物を得たら、それでしたいことは何でもできるし、
自分が持っているものをフルに生かし、利用することができる。
さもないと、そのままにしてついには腐らせてしまうことになる。
私はそれを十分に利用することになったと思うし、
私がこれまでにできたことの中で一番素晴らしいことだったと思う。

その素晴らしい映画に伴ってきた称賛や名声がありながら、
どのようにあなたは地に足をつけてキャリアを築いてきたのですか?
その質問に対しての一つの退屈な答えがあるわ(笑) 家族よ。
それはいつも家族なの。
人々は私にもっと突拍子もないことを言ってほしいと期待しているかもしれないことは
承知しているけど、答えは家族っていう単純なものなの。
両親は私が自分の居場所を常に保つように、
自分がどこから来たのかということを決して忘れないようにと私を育ててくれた。
それで私はいつもずっと地に足をつけていられると思うの。

演技以外に熱中していることは何ですか?
いろいろあるけど、残念なことに全部をやれているわけではないの。
私は旅ばっかりしているから、ほとんどの時間は時差ボケと格闘してるの!
でも、私の情熱の多くは学ぶことに費やされている。
私の目標はいろんなところに出かけて、自分の職業とはまったく関わりのない、
全然違うことを学ぶことなの。
最近は、古代インドのマーシャルアーツの型を習うというのが気に入っているわ。
カラリパヤットと呼ばれる最古の武術なの。
そこに赴いて学べるわけではないけど、実践することはできる。
これは徹底的にその世界に没頭することが要求されるから、
いったん始めたら後戻りはできないの。
でないとマスターすることは決してできないから。
もっと学んで、いろんなことを知りたいわ。

あなたはとても美しい方です。
美しさはあなたの人生とキャリアにおいてどの程度の役割を果たしていますか?
ルックスについて考えることはとてもたやすいことだと思う。
そのことにあまりにも耽溺して、自己陶酔してしまうと、
映画を見るときにいつも、
「まあ、どうしましょう。私の目線がうんぬん」
などと常に言ってしまうことになるわね。
そうなるといろんなことが虚しくなってくるわ。
ロンドンの地下鉄の車内に腰かけて、ある場所からある場所に移動しながら、
ありとあらゆるタイプの人々やそれぞれまったく違う表情やルックスの人を見る
というのは愉しいわね。
それぞれの人々がみんなとてもユニークだから。
これが私の見方なの。自分のことをみじめな風貌をしているなんて思わないわ。
自分の両親が私に伝えてくれた遺伝子を持っていることを幸せに思っている。
でも、そのことを自分が何者であるかということの主要な要素であると
重要視しているわけでもないの。
もし、私が写真撮影をするなら、自分が一番よく見えるように最大限の努力をするわね。
それが写真撮影の肝心な点だから。
でも、映画を撮るときには、演技にだけ集中し、
見た目については考えないようにしている。
正直言うと、映画に映る自分の姿を見るのはとてもつらいところがあるわ。
私はファッションに興味があるし、それがとても好きだし、
ある意味、映画業界と切り離せないものだと思っている。
そのふたつは密接な関係があるの…




以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1299114
にて「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」の頁をご覧下さい。



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