「SAYURI」DVD脚本レビュー

「SAYURI」映画チラシ★映画基礎データー★
「SAYURI」
2005年 アメリカ映画
監督 ロブ・マーシャル
脚本 ロビン・スウィコード
出演 チャン・ツィイー

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日本以外では原作のタイトルどおり”Memoirs of a Geisha"で、
公開されているようですね。
でもこのタイトルだと日本じゃおよそお客は入らなかったでしょう。

貧しい漁村に生まれた少女・千代(大後寿々花)は9歳の時、花街の置屋に売られる。
そこには、千代と同じ境遇のおカボという少女と、
花街一の売れっ子と評判の芸者、初桃(コン・リー)がいた。
親から引き離された寂しさ、下働きの辛さ、初桃の冷たい仕打ち
…それは、幼い少女には過酷すぎる日々だった。

ひとり涙に暮れる千代に、立派な身なりの紳士が優しく声をかけたのだ。
「こんな良い日和に泣いてはいけないよ。君のように美しい子が、どうしたのだい?」
”会長” (渡辺謙)と呼ばれるその男は、千代に涙をぬぐうハンカチと小遣いを手渡すと、
連れの芸者たちと共に立ち去る。
この日から、千代は心から芸者になりたいと願うようになる。
芸者になれば、会長さんにもう一度逢えるかもしれない
…そんな願いが、千代に再び希望を与えたのだ。

 千代が15歳の時、人生の転機はやってくる。
"芸者の中の芸者"と称えられる"豆葉"(ミシェル・ヨー)が、
千代を芸者として育てたいと申し出たのだ。
豆葉の厳しい指導によって、千代は芸者”さゆり”として花開く。
ミステリアスな輝きを放つ瞳と、天性の聡明さで、男たちは彼女の虜となっていく。
しかし、さゆりの心は、
幼い頃に一度出逢ったきりの名も知らぬ”会長さん”のものだった。
例え再会を果たしたとしても、結ばれるはずもない人であると知りながら…。

そして、さゆり(チャン・ツィイー)はついに芸者とその客として"会長さん"と再会する。
例え芸者としてでも構わない、ただ一分一秒でも長く彼の側にいたいと、
ほとばしる思いを必死にこらえて彼女は願う。
だが、全ての人々の運命を呑み込んでしまう”戦争”という名の残酷な嵐が、
すぐそこまで近づいていた…。


スティーヴン・スピルバーグが製作、
『シカゴ』のロブ・マーシャルが監督を手がけた
映画『SAYURI』は、
1997年に出版されたアーサー・ゴールデン著”Memoirs of a Gaisha"
(邦題『さゆり』文春文庫刊)の映画化権を、
スピルバーグが獲得した時から映画界の注目を集めることになりました。
キャスティングの難しさ等から、長年にわたり"夢のプロジェクト”とされていました。
撮影は2004年10月20日よりロサンゼルスでスタートし、
2005年1月末の日本ロケにて終了。
2005年の冬に、日本を含む世界で公開されました。

ヒロインの”さゆり”に抜擢されたのは、
『HERO』『LOVERS』で世界的女優となったチャン・ツィイー。
ヒロインが思いを寄せる"会長"役に、
『ラスト・サムライ』でのアカデミー賞ノミネートの渡辺謙。
さゆりを導く芸者"豆葉"役に『グリーン・デスティニー』のミシェル・ヨー。
さゆりに敵対心を抱く芸者"初桃"役に、中国映画界のトップ女優であるコン・リー。
さゆりの置屋仲間の”おカボ”役には工藤夕貴。
また、さゆりに心惹かれる"延"役で役所広司、
置屋の女将"おかあさん"役に桃井かおりが起用され、
ハリウッド初進出を果たしています。

スタッフには、撮影監督のディオン・ビーブ、
プロダクション・デザインのジョン・マイヤー、
衣装デザインのコリーン・アトウッドなど、
『シカゴ』のアカデミー賞受賞チームが再び結集.
脚色は『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞に輝くアキヴァ・ゴールズマン他、
音楽は『スター・ウォーズ』『E.T.』の
巨匠ジョン・ウィリアムズが手がけています。

ロブ・マーシャルの他に企画初期には、
スティーヴン・スピルバーグ本人のほかに
スパイク・ジョーンズ(『グッド・ガール (2002)』『アダプテーション (2002)』)、
キンバレー・ピアスの名も挙がっていたといいます。
スティーヴン・スピルバーグは多忙に過ぎ、製作総指揮だけになることに納まりました。
ロブ・マーシャルに決まったのは「シカゴ」の実績であることには違いないが、
オスカーの受賞より、興業的成功の方がプロデューサーたちには魅力と映ったようです。
商業映画は芸術的評価より、儲けてなんぼ、の
世界であることは今も昔もかわりありません。

因みに、『 SAYURI』は中国語版では英訳そのまま
『 藝妓回憶録 』というタイトルで公開されたようです。
さゆりの少女時代、千代(という書き方も変ですが)を
演じた大後寿々花という女の子ははじめてみましたが、
とってもかわいい子ですね。
未見ですが『北の零年』で渡辺謙の娘役を演じてます。
そこで子役を探していたロブ・マーシャルに渡辺謙自ら推薦したと聞きます。
まだ子供ですが、度胸もあり演技も上手い子です。
将来が楽しみな才能です。

ロスから1時間ほどの場所にある、ヴェンチェラ・ファームという広大な牧場を、
175人のスタッフを動員して、平地を切り開いて牧草地を街にして河を流して、
戦前の花街に作ったそうです。
オープンセットの建築物には、杉や竹、モミで作られていますが、竹や杉の樹皮は
アメリカは手に入らないため、日本から輸入したそうです。
セット・デコレーターのグレッチェン・ラウは「ラスト・サムライ」の経験を生かし、
京都で雨戸やすだれ、屋根の葺きわらから座敷内の小物にいたるまで、コンテナ五つ分
以上の備品を購入してます。
屋根瓦は日本で購入したものをもとに、すべてに別々な彫刻が施された上で型が取られたとか。障子紙にも同様な工夫がされているそうです。

千代が走ったり、歩いたりする竹林は、日本の京都郊外でロケされてますし、
伏見稲荷神社も出てきますね。
清水寺はありのままの姿の撮影許可がおりるのはこの作品が初めてだそうです。
こうして、広大なオープンセットとロケシーンが組み合わされて、
千代の住む花街が映像化されています。
どこから迷宮めいていて、それは渡辺さんがインタビューでも答えている通り、
現実の京都ではなくて、ロブ・マーシャルの心象風景としての“日本”なんですね。
「『シカゴ』でも同じことをやってね。
あの時代に黒人女性の看守が居るなんてありえないだろう?という話を
ロブ本人から聞いた」
とは渡辺さんの言葉。
日本が舞台で日本人が主人公なのに、英語のセリフというのも、
その監督の美学の中で世界観が成立しているという約束を観客に理解させるための
方便であったわけです。
役所さんのインタビューでは、
スタッフも監督も準備段階で十分勉強した上で、
創作した嘘もあることについて例を挙げています。
「灯篭流しは夏ですけど、映画では春の花見のところへ出て来る。
衣装もそう。あれはリアルな着物ではなくて、
夢二の絵から得たイメージを生かしていると思いますね」

では何故、“芸者”なのか?
主人公が芸者である、ということはどんな必然からか?
監督は次のように答えています。
「この映画に、僕の抱く1920年、30年、40年代の印象を描きたかった。
芸者が日本のファッション・アイコンであったという意図もあった。
芸者文化の全盛時代に、彼女らを映画スターのように美しく、可憐に描き出したかった。
同時に芸者であることがいかに過酷であったかも語りたいと思った。」

東京でロブ・マーシャル監督はキャスティング・ディレクターとともにオーディションを
実施。15歳から35歳までのあらゆる日本人女優とあったとされています。
同じくアメリカ各地でもオーディションは行われたようですが、
メガネに叶う日本人女優は見出されなかった…。
まず英語で演技が出来ること。一定量以上の踊りの才能があること。
更にカリスマ性があること。
ダンス畑出身の監督の要求ハードルはオーディションに挑んだ人たちにとって、
とても高いものだったようです。

で、国籍にこだわらず、ベストの配役を選ぶ、と基準線を引きなおし、
中国からツィィー、コン・リー、マレーシアからミッシェル・ヨー、
日本から渡辺、役所、桃井、工藤という布陣に決定されたわけです。

で、演じたツィィーはどうだったかというと、「目が痒くて」ですと。
いったい何の話か、というとSAYURIの瞳は黒じゃなくて、
青い灰色ってことになってて、カラーコンタクトを付けさせられていたのですが、
チャン・ツィィー、目にアレルギーがあって、凄く痒かったと。
「掻くとメイクが崩れるし、散々」
いろいろ勉強されたようですけど、一番難しかったのは踊り? お茶? お三味線?
「目ジカラ」
はい?
「日本舞踊そのものはそんなに大変という印象はなかった」
でも<和>の感覚が身についていないと、上手く踊れなかったそうです。
「弦を押さえる左手と、弾く右手の感覚がなかなかマッチしなくて」
えーと、それはお三味線の話ですね?
左右別の動きのものは得意じゃないんだ。大抵皆そうですけどね。
「茶器の持ち方や戻し方といった細かいことまで決められているじゃない?」
お茶ですね?
「繊細で、デリケートで、濃やかで、だからこそ大事にしないと壊れてしまいそうな
脆さがあるから、だからこそ大切にしました」
下駄に驚いたとか。
「ぽっくりも下駄もはじめて見るものだし、何かの小道具だろうと思ったら、
あれを履いて踊ると聞いてびっくりよ。“うそーっ!”って」
で、豆葉姐さんに、流し目で男の気を惹くよう言われて
「あのシーンだけで一日近くかかったんです。
芸者を演じるに当たってさまざまなテクニックを学んだけれど、
あの目ジカラだけはモノに出来なかったわ」

女優さんたちのインタビューより、どんな順で配役が決まっていったか、
手がかりがつかめます。
まずミッシェル・ヨー
「原作小説は出版されたばかりの頃読んだの。
初めてスピルバークに会ったとき、是非、出演させて欲しいとお願いしたし、
ロブ・マーシャル監督に会ったときは、もう少しで跪いて懇願しそうになったわ。
監督には、豆葉と初桃どちらを選んでもいい、といわれたので、
相談して豆葉に決めました」
コン・リーは
「監督から初桃のオファーを頂いた時、
監督が何故私にこの役をやって欲しいと思ったか、
どう考えても自信が無く、引き受ける勇気もありませんでした」
逆に自分から売り込んだのが工藤夕貴。
「最初は豆葉か初桃をやりたいと思ってました。私の実年齢から言ってもそうだし、
16や17歳の役を演じるというのも、コンプレックスを感じるんじゃないですか」
この時はロブ・マーシャルに説得されています。
「おカボの役をやれるのは、シリアスな演技もコメディも出来る君しかいない」
なかなかの殺し文句ですね。
ミッシェル・ヨーに先に声が掛かってコン・リーが後。
それにしてもコン・リーの弱気は意外。
工藤さん? 自分てものが判ってないんではないかと…。爆

いろいろ批判はあると思いますが、
とりあえず私は楽しめました。
芸者さん同士の義姉妹の契りというのは実際あるんでしょうか??
創作だとすると面白い設定ですね。
原作者は上手く作品世界を作りこんでると思います。
映画ではあと、
舞の海が突然出てきたのには驚きましたが。
まあ、拍手しちゃいましたね。
猫だましやってくれたらもっと面白かったけど。

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