「戦国自衛隊1549」DVD脚本レビュー
★映画基礎データー★「戦国自衛隊1549」 2005年 日本映画 監督 手塚昌明 原作 半村良 福井晴敏 脚本 竹内清人 松浦靖 出演 江口洋介 |
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陸上自衛隊で秘密裏に行われた人工磁場発生器の実験中に、
神崎怜2尉(鈴木京香)の判断ミスによる大規模な暴走事故が発生。
的場1佐(鹿賀丈史)率いる実験部隊は時空の震動に呑み込まれ、
460年前の戦国時代にタイムスリップしてしまった。
やがて、過去への過干渉が原因と思われる虚数空間「ホール」が日本各地に出現。
一般市民には極秘にされたが、「ホール」は次第に成長し、
現代日本をじわじわ侵蝕し始めていた──。
1979年に公開された角川映画「戦国自衛隊」。
自衛隊が戦国時代にタイムスリップするというアイディアを
生かし『亡国のイージス』『終戦のローレライ』の作家、福井晴敏が
21世紀版“戦国自衛隊” として書き下ろしたストーリーを元に
本作「戦国自衛隊1549」が制作されました。
かつて的場が創設した特殊部隊Fユニットの一員でありながら、
今は居酒屋でしがない雇われ店長の身に甘んじている鹿島勇祐(江口洋介)は、
ある晩、店に訪れた怜の口からそれらの真相を聞かされる。
時空の彼方に消えた的場たちを救い、
現代の消失を食い止めるため、
防衛庁はひそかに二度目のタイムスリップを行う計画を進めており、
怜は誰よりも的場のことを知る鹿島に協力を求めにきたのだ。
的場が作製した攻略不能と言われる演習シナリオD-3。
それを攻略した唯一の人間である鹿島なら、的場の行動パターンが読める。
戦国時代という未知の世界で的場を捕捉する道標になれるだろう。
だが、政治的な事情でFユニットが解散に追い込まれて以来、
捨て鉢に生きてきた鹿島は、怜の熱を帯びた懇願を断ってしまう。
こんな世界、消えてしまえばいい・・・・・・。
そう嘯く鹿島だったが、
的場たちと入れ替わるようにして現代にやってきた戦国時代の侍・七兵衛(北村一輝)と
出会い、その言葉に触発されると、救出部隊ロメオ隊への参加を決めるのだった。
制作費は15億円といいますから、平成ゴジラシリーズの一作と同額です。
スーツメーションがミニチュアの街を踏み潰すのに代えて、
本物の自衛隊に総計5,500人のエキストラと500頭の馬を動員、
戦国武者と自衛隊の合戦シーンを見せてくれるところがミソですね。
映画の掲示板では、特撮がちゃちい、人物が描けてない、等散々に書かれていたので、
よほどの駄作と覚悟して見ましたが、
覚悟すると、まあ、それほど酷くなかったよ。笑
かくして、二度目のタイムスリップが実行に移される。
最初の暴走事故とそっくり同じ状況を作り出し、
今度は意図的に時空震を引き起こすのだ。
制限時間は74時間26分──
それを過ぎると時空の揺り戻しに取り残され、二度と現代に戻ることはできない。
鹿島の参加を快く思わない隊長の森3佐(生瀬勝久)をはじめ、
怜たちロメオ隊の面々と合流した鹿島は、この成功の当てのないミッションに旅立った。
どうにか戦国時代にたどり着くロメオ隊。
しかしそこで鹿島たちを待っていたのは──正史の織田信長に成り代わり、
強大な軍事力で戦国時代に君臨する的場だった──。
自衛隊の規定を遵守して反撃をためらった結果、
現実の戦の中で多くの部下を失っていった的場は、
戦国の世で生きるために自衛官であることを捨て、
この時代から平成日本を強靭な国家に作りかえる決意を抱いていたのだ。
ロメオ隊に襲い掛かる織田軍勢。
実弾の使用を禁じられた鹿島たちは、次々に仲間を失っていく。
的場への想いを胸に秘めた怜、
主君のために鹿島たちを裏切らざるを得なくなる七兵衛。
敵と味方の事情が複雑に入り混じる中、
歴史には存在しない城・天母城で的場と対面した鹿島は、さらに恐るべき事実を知る。
劇場公開の特報で「敵は織田信長」とクレジットされていたので、新しい戦国自衛隊は、
敵が旧作の武田信玄から織田信長に代わったのかと思っていましたが、
もうひとつどんでん返しがあったのですね。
前作の主人公・伊庭は上杉謙信との友情に応えて武田信玄と対決して武田軍を
殲滅しますが、謙信の裏切りで部隊は全滅してます。
的場は己の野心で暴走して自ら信長を名乗って天下統一を狙う悪役になって、
新しい主人公がそれを阻止する。
こりゃ面白いアイディアだ、と最初思ったのですが、
ドラマの進行にしたがって、あんまり面白くないぞ、ということに気が付かされました。
それは主人公が戦国時代に到着した時点で、相手は偽信長で、
安土城なんか無くって、富士の裾野に天母城(あんもじょう)とかいう歴史に登場しない
城をこさえている。
お話が自衛隊VS自衛隊になってしまっている。
前作の武田軍と自衛隊の合戦は川中島の戦いの歴史改ざんなのですが、
天母城(あんもじょう)を舞台にした自衛隊と偽信長の戦いはモデルになる合戦が
存在しない。
歴史上の変更事項が多すぎで、土台が既に壊されすぎてしまっている。
ですから主人公たちがどこでどれだけ暴れようと、
私たちのあずかり知らない世界の話なのですね。
タイムスリップものというよりパラレルワールドもの。
(コンビニで「続戦国自衛隊」なるコミックが売ってました。
自衛隊と米軍が、関が原で家康の東軍と三成の西軍にそれぞれついてしまって闘う話です。
歴史改ざんならこのくらい迄が面白いです。)
特撮がちゃちい、とは思わなかったです。
前作では戦車などは映画用に作られたものですが、今度は本物を使用している。
オープンセットそのものを自衛隊の演習場の中に建設しているから、
“訓練”として撮影に参加できるわけです。
90式戦車・AH-1Sコブラ等をはじめとする25種類以上、
延べ150両/機以上の陸自主要装備が参加しています。
天母城(あんもじょう)は、総工費2.2億円を投じて
100m四方(約10,000平方メートル)の巨大なオープンセットを建設してます。
実際の天守閣炎上などはミニチュアを使用しているようですけど。
城門なぞは本当にぶち破っている。
戦闘ヘリや戦車の被弾や破壊場面は本物をぶっ潰すわけにも行かないので、
炎や煙をデジタル合成しています。
面白いのは、戦車もヘリコプターも本物を使っていながら、
周りを少し何か映像加工するとニセモノに見えてしまうので、
ちゃんと本物が本物に見えるようビジュアルを再組立てするのに苦労したとかいう話です。
「ホール」の周りで渦巻く雲や噴火のシーンは完全なCGなのですが、
自然現象が本物に見えなければいけないので、
マグマの熱気、熱さが伝わるよう画面の質感や重量感には気を使ったようです。
ただ、ドラマを進めるのに忙しくて、
それぞれの車両や兵器の特性、役割分担、長所短所を戦闘場面で描き分けるまでには至らなかった。
「ローレライ」の時のように味方の船が潜水艦一隻のみ、ということなら
そこいら辺を書き込む余地があったのでしょうが。
単独で行動するところが劇中に無かったのも理由のひとつですね。
人物の描かれ方については、
立場の相違ではっきりと対立点があるので、その意味で描き分けははっきりしてました。
前作では同じタイムスリップした隊員同士で、
戦国時代に同化して天下統一に乗り出す主人公とか、
現代に残してきた恋人のことを思ってる奴とか、
逆に戦国時代で女こさえる奴とか、
やけくそになって反乱起こす奴とか全体として青春グラフティするのですが、
今度の作品では、
“戦争できない自衛隊”という自己矛盾にどういうスタンツで立っているかで、
キャラクターが分かれてしまっている。
情緒的な部分があんまり出てこないので、言いたい事は判るが面白くない、
という意見が出てしまうのだろうと思います。
「亡国のイージス」でも実は同じテーマが出てくるのです。
福井晴敏氏は、“平和ボケした日本の戦えない軍隊”に批判的ですが、
どうでしょうかね。
イラン派遣、北朝鮮、インドネシア大津波などで、
自衛隊が演習地の中で訓練さえしていれば給料がもらえた時代では
とっくに無くなっているので、このテーマは既に古いのではないか。
的場や斉藤道三(伊武雅刀)なんかの事は放っておいて、
もっと若い子達を魅力的に描くことに時間を割くべきでした。
神埼も鹿島もかなり単純馬鹿じゃない?
体育会系だから仕方ないのかもしれないけど。
神埼という女の人は良く分からんですね。
的場を撃つチャンスがあったのにためらったのは何故でしょう?
倫理観というより、男と女の関係があったのではないかと邪推しましたが、
その後の展開を見ると関係ないみたいだし。
福井晴敏氏のインタビューによると、女性の扱いというか位置付けが旧作とは際立った違うそうです。
それはまあ、映画でも分かるのですが、
結果としてテーマに膨らみがあったかというとそうでもない。
おてんばな濃姫(綾瀬はるか)も出てきてますが、
ドラマの展開に決定的な影響力があるわけではない。
無関係というほどではないが、
男性に影響を与えているだけで当人が直接何かするわけではない。
いちおうネタばれ改行しときます。
七兵衛、濃姫、藤介(中尾明慶)が横一列に並んで朝日を見上げて
エンディングはないでしょう。
先の運命を思えばもっと複雑になるはずで、
あんなにあっけらかんにはして欲しくなかった。
あれは前作の謙信(夏木 勲)の苦渋の表情との対比なのだろうけど。
歴史上の人物となる彼らが持っている筈の強さ、激しさが伝わらないです。
若い奴らを描いてくれというのはこの三人を含めての話です。
福井晴敏氏のところに最初に角川側から持ち込まれた企画では、
半村良の「戦国自衛隊」の続きを書いて欲しいという企画だったそうです。
そんなの御免だよ、もっと面白い話が出来るよ、というんで福井氏が用意したのが、
「1549」の原案になるプロットです。
まあ、武器の大半を失い散り散りになった伊庭隊残党のその後を追いかけるよりは、
面白い話になっていたとは思いますね、少なくとも。
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