「死にぞこないの青」
■作品基礎データ 「死にぞこないの青」 2008年 日本映画 監督:安達正軌 脚本:森岡利行 原作:乙一「死にぞこないの青」(幻冬舎刊) 出演:谷村美月 城田優 |
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「死にぞこないの青」プレミア試写会で見てます。
会場である有楽町マリオン11階の朝日ホールに上がると、
ホールから劇場に至る階段下に、主人公の少年にとり付く幽霊(?)“アオ”がお出迎え
していました。
携帯の写真ですのでいまいち不鮮明ですが他のシネトレ公認ブロガーさんたちの
レビューには写真があまり無いようですので現場の写真貼り付けておきます。
私を含め、“アオ”はてっきり等身大人形とばかり思って、
携帯で写真を撮りまくりでしたが、
突如、首を回したものだから、周囲の女の子達は「ひ~~っ」と悲鳴をあげて
驚いたの何の。
人形ではなくて特殊メイクした人間だったのですね。
“アオ”の脇に立ってVサインなぞをしてツーショットで
記念撮影を始めるお客が現れると、“アオ”台の上を離れて歩きだし…
Mixi独身映画ファンコミュニティに動画の方もアップしておきます。
題して「てくてく“アオ”」。なんちって。
ところがこの青、女の子が写真を撮っても知らんぷりなのに、
男の子が近づくと、にゅっと顔を近づけたりします。
“アオ”は男の子が好きらしい。笑
舞台挨拶がありまして、
主演の谷村美月、城田優、入山法子、そして安達正軌監督が登場しています。
谷村は真っ青な全身に拘束着を着て、
さらに顔中傷だらけのメークで不気味な少女を演じ、
いつものさわやかな美少女のイメージを一新した。
城田もいつものヤンキー役やイケメン学生の役から一転、
子どもに暴力を振るう二面性を持った教師にふんした。
谷村は「自分で自分が演じているアオが怖かった……」と自身の変わりぶりに
恐怖を覚えたようです。
城田の場合は「子どもに暴力を振るうなんてありえないじゃないですか!
だからシーンのたびに『ごめんね、ごめんね』って言っていました。
でも本番では手を抜きませんでしたよ」とプロ根性をみせながらも、
心優しい城田ならではの葛藤(かっとう)があったことを明かしています。
さて舞台挨拶は同時にネタ晴らしの場でもあり、
登壇者たちがそう意識せずとも役名を名乗っただけでも、
作品のヒミツの一部が明らかになってしまっていました。
乙一原作の映画はサイト「映画制作裏話アーカイブ」で
サスペンス「暗いところで待ち合わせ」
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/la-mer/pro-kuraito.html
SF「きみにしか聞こえない」
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/la-mer/Pic-kiminiseka.html
をとり上げています。
いずれも登場人物は片手の数。
大舞台や大アクションが出てくる事もなく、
超現実的ともいえるサスペンスであったり、SFであったりする
小品でありながら若者の孤独な心情を上手く綴った作品でした。
『死にぞこないの青』ではどんな手で来るか?-を楽しみに参加した
試写会です。舞台挨拶のうちに本作が
いじめとホラーを融合させ、人間の心の闇を表現しようとする作品であることが
判りました。
実際に作品を見てまず感じたのは、
ホラーの部分は少なくて、
アオが雄弁すぎやしないかということですね。
それまで主人公の少年以外に見えなかったアオが夜の教室に姿を
見せて女の子にひとりひとり襲い掛かる。
楽園ホラーに夜の教室はお約束だけど、
これは唐突。
そのまま血の復讐劇に突っ走るのかと見えてそうならないのは良いです。
注意深く見ていましたが、
先生が主人公をいじめだす切っ掛けと言うのが無いですね。
ネタばらし的には、誰でも良かった訳だけど、
何かこう、取っ掛かりのようなものがあると
より盛り上がったと思うのだけどな。
父母が決して無関心というわけではないのに、
主人公のいじめに気が付かない、気が付けない。
いじめられた経験のあると語っている人たちのブログを読むと、
安易な救いがなく、納得できるとしていました。
アオの正体とオチへのつなげ方はそこが見せ場なだけに上手いですね。
で、冒頭の回想が主人公のものではなく、
別人のものであるというひっくり返し方も、映画的にはうまいです。
城田は舞台挨拶でトラウマといっていたけど、
彼の抱えるトラウマというのが、それがどうして主人公に対する
攻撃に繋がるのかいまいち判りにくいです。
なんかこう、上手く演出で逃げちゃってないか???
視覚的にどぎついもので押していくのは邦画には似合わない。
心理劇を盛り上げる手立てというのが、
脚本段階からもっとうまく出ているとよりよい作品になりました。
制作規模的には、むしろ低予算作品であろうと思います。
その中で出来る事をやって努力してます。
安達正軌監督は原作とどう向き合い作品を構築したかについて
「原作を読んで最初に思ったのは、
<アオ>は人間の“ダークサイド”だということなんです。
人間が生きていく上では消し去ることは出来ないものだし、
かと言ってその闇に心を支配されてはいけないし。
『スター・ウォーズ』というのは、
そんなダークサイドとの戦いをある種のファンタジーとして描いたわけですけれど、
この映画ではもっとリアルに描いてやりたいなと思ったんです」
しかし小説として見事に完結している原作に、
どう映画ならではの見どころを盛り込んでいけばよいのか、
脚本段階からずいぶん悩んだという。
『問題のない私たち』『子猫の涙』などの監督作も持つ脚本家、
森岡利行との話し合いは続いたそうです。
「やっぱり<アオ>との“その後”を
しっかり描いてあげないといけないだろうという結論に至ったんです。
原作では、あまりはっきりと描かれていないところなんですが、
そこまでしっかり描くのが、この映画の着地点であるべきなんじゃないかって」
その映画ならではの脚色を喜んでくれたのは、他ならぬ乙一氏だったといいます。
「乙一さんって、“僕の小説を材料にして、好きに発想を膨らませてください”と
いう方なんですよね。
ご本人も映画を撮られているからか、小説をそのまま映像化してもらうより、
いろいろ変えてもらったほうが面白いと仰ってくださる貴重な作家さんです」
いじめに苦しむマサオ役には、すでに子役という枠を超えて活躍している須賀健太。
安達監督にとっては『ZOO SEVEN ROOM』以来の顔合わせ。
「今回の演技は難しいぞ」、そう言い含めてからの撮影になりました。
「痛いときには痛い、悲しいときには悲しい、
そういう分かりやすい演技じゃダメだという話をしたんです。
痛いときに痛いといえるのは、本当に痛い一歩前までで、
それを超えてしまったらストレートな表現にはならないと思うんです。
だから今回、健太にはわざと分かりにくい演技をしてもらったんですが、
彼は勘がいいですね。
言葉ではあまり説明しなくても、目と目で通じ合えた気がします」
一方、谷村美月が演じる<アオ>には物語が進行するにつれて“変化”が現れます。
「マサオの傷が増えるたびに、アオの傷は減っていく。
最初は人間離れしていたのが、徐々に人間臭く、人間らしくなっていくというか……」。
映画のなかで不条理ないじめが描かれることに、
子供を持つ方などは特に不安を抱くかも知れないのですが、
しかし意外にも、子を持つ親ほど、
この映画に共感する人が多いと監督は明かしてくれました。
「そう、お子さんを持つ親御さんたちにものすごくウケがいいんです。
実は僕は、この映画は子供に観せたいと思ってなるべく
(須賀)健太とシンクロするように作ったんです。
でも、脚本の森岡さんにはお子さんがいらっしゃって、
自然と親ならではの視線が脚本に生かされていたんでしょうね。
子供目線の監督と、親目線を持った脚本家。
その組み合わせのバランスが良かったのかもしれない、そう…
以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1299114
にて「死にぞこないの青」の頁をご覧下さい。
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