「恋愛適齢期」DVD脚本レビュー
★映画基礎データー★「恋愛適齢期 」 2003年 アメリカ映画 監督脚本 ナンシー・メイヤーズ 出演 ジャック・ニコルソン ダイアン・キートン キアヌ・リーブス |
さて恋愛に適齢期はあるのでしょうか?
映画「恋愛適齢期」の紹介です。
ハリー・サンボーン(ジャック・ニコルソン)は、
音楽業界の大立者として権勢をふるう63歳の独身富豪。
彼がつきあう女性は、決まって30歳以下の、人も羨む美女ばかり。
そんなハリーが、新しい恋人マリン(アマンダ・ピート)とともに、
二人だけのロマンチックな週末を過ごそうと、
ニューヨークのハンプトン・ビーチにある彼女の母親の別荘へやって来ました。
そうとは知らずに、妹のゾーイ(フランシス・マクドーマンド)と連れ立って
週末の別荘を訪れた
マリンの母親エリカ・バリー(ダイアン・キートン)は、
突然あられもない姿で現われた‘娘のボーイフレンド’に思わず絶句します。
そして気まずい雰囲気の夕食の後、
ハリーが急な心臓発作に倒れ、大騒ぎで病院に運ばれたあげく、
エリカの別荘でしばらく療養生活を送ることになってしまいます。
劇作家として成功を収めるエリカにとって、
離婚後に建てた海辺の別荘は、
誰にも邪魔されずに自分だけの時間を過ごすためのお気に入りの場所。
ハリーは、明らかに招かれざる客でした。
ハリーが持ち込む喧騒と、病人らしからぬ傍若無人な振る舞いに、
穏やかな生活をかき乱されてエリカの我慢も限界寸前。
しかも、若い女性しか眼中にない彼は、世話になっているエリカの名前さえ覚
えようとしないのです。そんなハリーとは対照的に、彼の担当医となったジュ
リアン・マーサー(キアヌ・リーブス)は、
病院で出会った瞬間からエリカにすっかり魅せられていました。
もともとエリカの戯曲の熱烈なファンだったジュリアンは、
エリカに出会って初めて本当の恋を知り、その想いを打ち明けるのでしたが、
20歳近くも年下のジュリアンからの告白にエリカはうろたえるばかりです。
…とまあ、序盤はややご都合主義的な展開に。
エリカもハリーも独身が長いので、それぞれ“オレ流”が染み付いてしまっていて、
道端ですれ違った程度の出会いでは、
話がすすみません。
そこで強引に同居しなきゃならない状況に持っていく必要があったのでしょう。
そこへいくと、ジュリアン医師は俄然有利ですな。
白衣のキアヌ様が、満面の笑顔とこころから尊敬する態度で
文字通り“まぶしげ”にエリカを見つめ「あなたの大ファンです」。
そんでもってマリン、エリカ、ゾーイの三人に甲斐甲斐しくお茶まで入れてくれる。
(病院の紙コップで中身はグリーンティだけど)
これでぐっと来ないようなら女をやめたほうがよいです。
案の定、「いいわね」「素敵じゃない」「合格」と女三人ご機嫌この上なし。
監督脚本のナンシー・メイヤーズは
ゴールディ・ホーン主演作『プライベート・ベンジャミン』(80)で知られるようになった
脚本家で、その後、監督、製作も手がけ、最近では
メル・ギブソン、ヘレン・ハント主演のロマンチック・コメディ作『ハート・オブ・ウーマン』(00)
をヒットさせています。
エリカとハリーが互いを見直すのが、一夜明けた翌日の海岸でのやりとり
「きみに関するサイトが800もあった。有名人なんだな」
いっぽうハリーの音楽レーベルはヒップホップで全米二位の売上を誇る。
他に8の会社の経営者で雑誌の表紙にもなっている男だとエリカも知って
彼に一目置きます。
りっぱな肩書きがないと中年は尊敬されない、恋も語れないということなら、
ちと寂しいんだが。
いったんドラマはファンタジーのような非日常からはじめて、
裏腹に大人の男女の真情に近づこうとしているようです。
ハリーはへらず口を叩き、好き勝手にエリカのお城である家の中を徘徊していますが、
家を出て町に帰ろうとすると、決まって発作を起こしてしまいます。
これは別にエリカの元を離れたくないという深層心理がそうさせるという話で
はなくて、
物理的に身体が言うことを利かなくなっているのです。
ジュリアン医師に自分の家に戻るための条件として、
砂浜の階段を上りきれたら、という課題を出されます。
浜から上の公道へ繋がる木製の階段が出てくるのですが、
下から見上げると青空に向かってまっすぐに伸びています。
ハリーは数段上がりかけてたちまち目を回しへたり込みます。
思うにこれは、老いを象徴する階段なのではないでしょうか。
この階段は、エリカとマリンの母子が語り合ったりする場面などにも
出てきます。なかなかに意味深長なシロモノです。
気合だけでは上りきれない壁がそこにあるのです。
映画紹介などを見ますと、年齢の違う二人の男と大人の女の三角関係の
恋の鞘当のように見えますが、本編の映画では、主役はハリーとエリカで、
ジュリアンはあくまでゲスト出演です。
ひとつ屋根の下で暮らすうちに見えてきたハリーの内面に、
心惹かれていくエリカ。
ハリーもまたエリカに無関心ではいられなくなっています。
互いに魅かれあう二人の想いは、固くひとつに結ばれたかに見えました。
ふたりのベッドイン場面で、エリカが聴診器を持ち出すのはやりすぎ。
別に変な趣味があるというんではなしに、
ハリーがまた発作を起こしゃしないかと心音を図ろうとする。
爆笑ものです。
「負け犬の遠吠え」で独身女が負け犬と言っていられるのは30代までという
ことなのか。
50代と60代のカップルには、肉体のおとろえの影が落ちています。
隠すべきところは隠してますが、画面では下腹のたるみなどがはっきり映ってます。
これはわざと見せてると思いますね。
しかし、健康を取り戻したハリーは、性懲りもなく再び若い女性のもとへ。
金持ちの有名人なので六十男でもガールフレンドには事欠かぬのです。
(この点にはエリカの妹ゾーイも文句を言っています。
「男なら熟年の独身男でも雑誌の表紙になる。女だと世間に相手にされない」
…いや、もっときつい事言っていたかも。)
激しいショックを受け、悲しみに泣き暮れるエリカに、
ジュリアンの変わらぬ想いがまっすぐに注がれます。
ハリーには婚歴がありません。
エリカは舞台演出家と二十年の結婚生活を経て離婚しており、
前の夫とは仕事と娘を通じて現在もつながりがあります。
結婚経験もなく、自由業の世界で己の才覚ひとつで世間を渡ってきたハリーは、
もともと束縛されることを嫌い、
いい歳をしてピーターパン的なところが見受けられます。
“男はいくつになっても少年なのさ”というのは、たしかに彼の魅力の一部なのですが、
エリカの側から見れば、
“追い詰められると別の女に逃げたくなる”浮気癖は
受け入れられるものではありません。
ただドラマはここでエリカが深刻にダメージを受けるという
展開にはなっていません。
エリカは身も蓋もなく大泣きして、書きかけの舞台脚本と取っ組み合いをはじめます。
一行ワープロを打っては「ぎゃーぎゃー」泣き、
風呂場で泣き、泣いてはまたワープロを打ち、
飯食っては泣き、泣いてはまたワープロを打ち、
寝ては泣き、泣いてはまたワープロを打ち、
起きては泣き、泣いてはまたワープロを打ち、
すさまじい勢いで原稿を完成させます。
うーむ、男は裏切っても仕事は裏切らないということですか。
すべてを創作の肥やしにするという働く女のド根性のなせる技か。
「すばらしい。いままでの作品の中で最高の傑作ですっ」
Macからプリントアウトしたばかりの生原稿を読ませてもらった
ジュリアン先生、大絶賛。
「だから、あなたはすばらしい」となるのですね。
おだてられてエリカは目じりが下がりかけるのですが、
「あなたなら若い娘が幾らでも寄ってくるのでは?」という意味のことを尋ねています。
ジュリアンは独身の医者という立場でけっこう美味しい思いをしてきた事を素
直に認めます。
が、その上で、若くてかわいいだけの女の子には魅力が感じられなくなった
という内容の告白をしています。
こういうことを若い有能な男が真情こめて言ってくれるからこそ、
自負心の強い大人の女もメンツが立とうというものです。
エリカのこころは急速にジュリアンに傾きます。
脇筋ですが、演出家の元夫が若い娘と再婚するというのでマリンがエリカに
泣きついてくるという話があります。
「一緒に食事をするんだけど、ついてきてママ」
何で私が、とエリカは抵抗しますが、マリンは真顔で怒り出して
「だって私と二つしか違わない女なのよっ」
出かけていったレストランで、エリカは別のテーブルで
若い女の子といちゃつくハリーを見て爆発する、という風に繋がっているので、
脇筋自体はそこで終わっています。
うまくすれば元夫をはさんで世代の違う女同士の対決という話になったかもしれません。
テーマが混乱するので切られたのかもしれませんが、
少し惜しい気がします。
元夫が連れてきた若い女というのがモデルのような美人の女の医者で、
(専門は違うがジュリアンと同じ医者であることには違いない。)
若さと美貌に立派な肩書きまでもった強敵ですので、
なかなか面白い展開が期待できたかも。
このあとが一番面白いのですが、ねたばれ改行です。
レストランでエリカを決定的に怒らせ、失望させてしまったハリーは、
反省してエリカをブロードウェイに訪ねていきます。
新作舞台の準備に忙しいエリカに詫びようとするのですが、
自分たちの恋がそっくり芝居になっているところを見せ付けられて
ぎゃふんとなります。
見ていて一番笑えたくだりです。
ふたりの砂浜でのやり取りから、ハリーが病院で検査を受けるところまで、
全部がミュージカル仕立てになっているのです。
「オレはブロードウェイ中の笑いものだ」
最近、主人公の職業設定などがドラマの展開に百パーセント生かされていないよな
作品が見受けられます。この作品はそこら辺、うまくあしらってます。
舞台の上に雪が舞って、緞帳がさがって冬のパリの場面になります。
舞台の中では、現実のハリーが約束を逃げてしまったパリでのふたりの再会が
用意されていたのです。
映画はそのあと本物のパリに三人が乗り込む展開となります。
そこではっきりとした決着がつくわけですが、
決着がついてしまうことで、ドラマが「とある熟年カップルの恋愛模様」に
落ち着いてしまった感があります。
この作品はエンターテイメントですので、
もっと普遍的な啓示を求めるというのはないものねだりかも知れませんが。
でも問題定義はされてますし、役者もよい芝居をしてますし、
脚本もまとまっている方です。後味のよいラストでもあるので、
ロードショウの入場料を払って見て損のない作品です。
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