「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」
■作品基礎データ 「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」 2011年 アメリカ映画 製作:スティーヴン・スピルバーグ、ピーター・ジャクソン 監督:スティーヴン・スピルバーグ 脚本:スティーヴン・モファット エドガー・ライト ジョー・コーニッシュ 出演:ジェーミー・ベル |
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ある日タンタンは、ガラスケースに入った帆船の模型を一目で気に入り、購入する。
するとなぜか、立て続けに二人の男が、タンタンからそれを高値で買い上げようとする。
船の名前は“ユニコーン号”。
謎を察知したタンタンが調べると、
17世紀に海賊の襲撃を受けて、洋上で忽然と消えた船だった。
やがてタンタンは、マストに隠されていた羊皮紙の巻物を発見する。
そこに記された暗号が、ユニコーン号の財宝のありかを示しているのだ!
船の模型は三つ、巻物が三つそろって、初めて暗号が完成する。
財宝を狙う者たちの驚くべき正体とは?
迫り来る危険と闘いながら、今、タンタンの冒険が始まる──!
本作は、全世界80カ国語で翻訳され、
2億部以上を売り上げているベルギー生まれの人気コミック
「タンタンの冒険」シリーズをベースに製作。
監督スティーヴン・スピルバーグ×製作ピーター・ジャクソン、
世界最高峰の2人の手による映画化が実現した。
製作は、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズや
『アバター』などでアカデミー賞視覚効果賞を受賞している「WETA」が担当する。
「タンタンの冒険」は、世界中を飛び回り、
スリルと興奮に満ちた冒険を最高に面白い記事にまとめ上げる少年記者タンタンと、
相棒の勇敢な白いフォックステリアのスノーウィが主人公の物語。
1929年から始まった連載は、
ベルギーがナチスドイツに占領された1940年に中断された。
しかし、自国はもちろん、
戦争に苦しむ世界中の人々を元気づけたいと願った原作者エルジェは制作を再開。
タンタンの物語を通して、
好奇心と冒険心こそが、困難な状況から抜け出す力になることを示した。
映画化にあたって、原作のイメージを壊すことを恐れたスピルバーグは、
タンタンの熱烈なファンだった
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ監督のピーター・ジャクソンに声をかけ、
意気投合した2人はフルデジタル3Dにてテスト版を製作。
これを観たスピルバーグは、ジャクソンとならタンタンの世界観を完全に再現できると
確信し、遂に夢への第一歩を踏み出した。
製作を開始したジャクソンは、
「スティーヴンが映画作りするところを横で見ているのは最高だったよ!
これでやっと我々は、彼を21世紀に連れて来られたわけだからね!」と語る。
スピルバーグが類まれな好奇心と冒険心で、自ら新時代を切り開く。
「タンタンの冒険」見ました。
アメリカの評論家筋も絶賛で、日本の映画の掲示板の書き込みも
概ね好意的。
ですが私はダメでした。
こうゆう時は自分の審美眼に不安を感じてネットで評論文を読みまくりです。
タンタンの設定がピンと来なくてね。
そもそもコイツは何者だ?
イロイロ調べてそれなりに納得しましたが。
初期の少年記者という設定を引きずるようだけれど、編集部等が出て来ず、
刑事の知り合いがいるけど探偵でもない。
彼氏は何で喰っているのですか?
ムチが得意でも考古学者でもないのに、インディー・ジョーンズもビックリの大活躍。
相棒のわんこも陸海空に大冒険。
彼氏は冒険に何を求めているのだろう?
「ユニコーン号の秘密」は巻き込まれ型の冒険なので、
タンタンは身を守るためにも戦う訳ですが、
結局、船長のご先祖の蒔いた種で、その子孫を名乗る男がしつこく食い下がって来る話で、
タンタンは手を引くチャンスは幾度もあります。
財宝に興味があるでなし、
謎もよくあるパターンで、そう情熱を掻き立てられる程の内容でもない。
ただ原作が書かれたのは先の大戦と戦後時代なので、
冒険活劇の雛形を作った先駆的作品である事を前提に考えるべきでしょう。
”漫画原作のビジュアル化として優秀”という海外の評論を読んで、
それはその通りだろうと思いました。
コミックはどんな風に映像化しても熱心な原作ファンからは石を投げられるのが宿命です。
アニメでも実写でもなく、
俳優の動きをモーションキャプチャーで取り囲んだCGという映像化も
手段のひとつとして認知されるべきだろうと思います。
ただ本作品のようなアクションものだと人間の動きが身体が固く見え、
表情は細やかさに欠けて見えました。
「猿の惑星」のシーザーが表情豊かだったのから見ると残念なレベルです。
フルCGのわんこの方が生き生きして見えたのは皮肉でした。
「アバター」等先行作品も多い分野ですが、まだまだ研究の余地は多いでしょう。
主役タンタンを演じた ジェーミー・ベル(『リトル・ダンサー』『ジャンパー』)
のインタビューを採録します。
――テレビアニメのタンタンの大ファンだったそうですね。
『そうさ。本当にすごいアニメだったよ。
コミックに命を吹き込んだようで、とても素晴らしいものだった。
白い犬を連れた子供が、飛行機に乗ったり悪党と戦ったりしているのを見て、
なんだこれは?って思ったのを覚えているよ。
何かを発見した気分だったね。きっと他の子たちは見ていなかったろうから』
――タンタンというキャラクターの魅力は?
『ヒーローというのは、機知に富んでとても勇気があり、
誠実で正しいモラルを持っている。タンタンもそうだよね。
結果を考えず、頭から物事に飛び込んでいく。
でも、冒険以外の彼のキャラクターはわからないことだらけなんだ。
でも、そこがいいところなんじゃないかな。謎は謎として残すべきだろうね』
――今回の映画化で、タンタンは新しい世界的なヒーローになれると思いますか?
『タンタンは1929年からいるから、新しいっていうのはちょっと違うと思うけどね。
それに、もうよく知られているし。でもアメリカではそうかもね。
まだタンタンは犬の方だと思っているらしいから(笑)』
――スピルバーグ監督の作品で好きなのは?
『「未知との遭遇」だね。「激突!」も素晴らしい。
あと「E・T」もいいな。「E・T」の最後で泣かない人はどこかおかしいよ。
あれは人間性を計るバロメーターなんだ(笑)』
物語の鍵を握るキャラクター、サッカリンを演じる、
ダニエル・クレイグのインタビューをご紹介。
●原作「タンタンの冒険」について
原作本は6歳くらいの時、親の友人にもらって初めて読んで以来、
今でも折にふれ読み返しているくらいお気に入りなんだ。
子供にはもってこいの本だし、今では僕自身が知り合いの子供らにプレゼントしているよ。
現実からしばし離れて、主人公たちと共に大冒険を体験できる素晴らしい1冊だと思うね。
●どのように役を作り上げていきましたか?
サッカリンを演じるにあたっては、イギリス映画の古典的な悪役をお手本に
自分なりの解釈を加えてみた。昔の映画も参考までに観たりしたけれど、
原作を読んだ時点でどういったトーンで演じるべきかある程度の見当はついていたんだ。
監督が限界ギリギリまで思い切ってやるよう励ましてくれたお陰で、
楽しんで演じられたよ。
●フルデジタル3Dの撮影はいかがでしたか?
モーション・キャプチャーの経験が誰よりも豊富なアンディ・サーキスが
リードしてくれたのは大きかったね。
キャストにしても顔なじみが多かったから、
僕もジェイミーも原作に込められた冒険心を最大限に表現するべく
めいっぱい楽しんで演じるよう心掛けたよ。
●現場の雰囲気は?
とにかく思い切り楽しもう、というのが僕たち全員の基本姿勢だった。
胸躍る冒険映画だという点で、
撮影現場でもそういったワクワクする雰囲気を作り出すよう心掛けたんだ。
中でも特にサイモン・ペッグとニック・フロストの2人は、
常に現場を明るく楽しく盛り上げてくれたよ。お陰で笑いの絶えない現場だったね。
●映画『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』について一言
この映画を一言で言うとすれば、ズバリ冒険物語だね。
過去の時代を舞台に、世界各地に観客を誘ってくれる冒険映画であると同時に、
探偵モノとしての要素やミステリー、宝探しといった様々な楽しみが詰まっている。
完成した映画を観ながら、
原作を読んだ時の魔法に包まれた場所に連れ去られたような感覚を思い出して
ワクワクしたよ。
企画
1981年、スティーヴン・スピルバーグは
監督作『レイダース/失われたアーク《聖櫃》 』が
原作『タンタンの冒険旅行』との類似を比較評価された事を機に、
原作の愛読者となった。
当初秘書が購入した書籍がフランス語版であったため、
スピルバーグは話の内容は分からないもののすぐにその絵の虜となった。
一方、過去の実写映画及びアニメーションに対し否定的だった原作者のエルジェも
スピルバーグのファンとなった。
「Tintin: The Complete Companion」の著者マイケル・ファーは、
「エルジェは「タンタンを的確に映画に出来る人物はスピルバーグだけだと考えていた」」
と回顧している。
スピルバーグと共同企画者キャスリーン・ケネディ(アンブリン・エンターテインメント)
は、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』撮影中の
1983年にロンドンでエルジェと会う予定だった。
エルジェはその週に亡くなったが、エルジェ夫人が彼らに映画化権を与えると決めた。
1984年、3年間に渡る映画化計画とユニバーサル・ピクチャーズによる
配給が決定した。
スピルバーグは『E.T.』のメリッサ・マシスンに脚本執筆を依頼した。
その内容はタンタンがアフリカで象牙の密猟者と戦うというものだった。
また、スピルバーグはタンタンを「子供の向けの『インディ・ジョーンズ』」である
と見なし、ハドック船長役にジャック・ニコルソンを希望した。
しかしスピルバーグは結局マシスンの脚本に満足がいかず、
『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の製作へ移り、
映画化権はエルジェ財団に返上された。
その後、ロマン・ポランスキーとクロード・ベリが映画化に興味を示し、
ワーナー・ブラザーズが財団と長期に渡り交渉を試みるが、
スピルバーグに求めた「クリエイティヴな信頼」に欠くとして実現しなかった。
2001年、スピルバーグはコンピュータアニメーションによる
『タンタン』映像化への関心を明かし、
翌2002年11月、彼のスタジオのドリームワークスは映画化権を再取得した。
この時点でスピルバーグはプロデューサーに留まると述べていた。
2004年にフランスの『キャピタル』誌はスピルバーグが『なぞのユニコーン号』と
『レッド・ラッカムの宝』、『七つの水晶球』と『太陽の神殿』、
『青い蓮』と『タンタン、チベットへ』
(元々続き物ではないが、どちらもチャン・チョン・チェンが登場する)
に基づく三部作を企画中であると報じた。
この頃にはスピルバーグは実写による映画化の構想に立ち返り、
WETAデジタルがCGによるスノーウィを作成可能か相談するために
ピーター・ジャクソンに連絡を取った。
長年原作のファンであったジャクソンは『ロード・オブ・ザ・リング』、
『キング・コング』でモーション・キャプチャ技術を用いた経験から、
エルジェの描いたタンタンの世界を再現するには
実写よりもモーションキャプチャが適していると提案した。
2006年11月、ジェームズ・キャメロンが『アバター』の撮影に使用した
ロサンゼルスのプラヤビスタで1週間のテスト撮影が行われた。
アンディ・サーキスがハドックを演じ、
ピーター・ジャクソンがタンタンの代役を務め、
その際ジェームズ・キャメロンとロバート・ゼメキスが見学に訪れた。
フッテージはWETAデジタルに送られ、
キャラクターが映像的に実現可能かを検証するために
20分間のテスト映像が制作された。
これまでフィルム撮影に拘り続けたスピルバーグは、
これをアニメーションであるとみなしたためにデジタルで撮影するのも構わないと述べた[。
スピルバーグとジャクソンは2007年5月に共同製作を発表したが、
両者はそれぞれ『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』と
『ラブリーボーン』の撮影が控えていた。
同年10月、スティーヴン・モファットが『タンタン』シリーズ2作品分に
脚本家として契約を交わしたと発表された。
モファットはスピルバーグに「執筆を熱望された」と語り、
スタジオによる脚本への干渉を一切遮断する約束を取り付けた。
モファットは初稿を書き上げたものの、
第二稿完成前に脚本家組合ストライキに突入し、
その後TVシリーズ『ドクター・フー』の製作総指揮に就いたため、
未完のままプロジェクトを離脱せざるを得なかった
(スピルバーグとジャクソンは同番組のファンであり、
そのための離脱ならばと快諾している)。
そのため、エドガー・ライトとジョー・コーニッシュがリライトを手掛けた。
2008年にもテスト撮影が行われたが、
本撮影開始の約1か月前の2008年8月、
ユニバーサルは、『モンスター・ハウス』や『ベオウルフ/呪われし勇者』の失敗を例に挙げ、
通常監督に支払われる興行収益の利潤30%が2人分になる事を理由に出資を拒否し、
本作のプロジェクトから外れた。
既に企画段階で3000万ドルを出資していたパラマウントは
ユニバーサルの共同出資を望み、
スピルバーグはパラマウントからの出資を募るために
10分間のサンプル映像によるプレゼンを行い10月の撮影開始を目指したものの、
監督2人への興行収益分配を放棄する条件を提示されたためにこれを拒否した。
その後10月末までにソニーとの交渉が成功し、
製作費出資と配給元が決定した。
ソニーが出資するのはシリーズ2作分のみであるが、
ジャクソンは未だ3作目製作の可能性を前向きに見ている。
撮影
撮影は2009年1月26日に始まり、公開が2010年から2011年に変更となった。
2009年3月、32日間の撮影が終了した。
また、ジャクソンは撮影の最初の一週間撮影に参加し、
その後はiChatビデオ会議を介して監修した。
サイモン・ペッグは
「撮影中ジャクソンの声がスピーカー越しに神の声のように聞こえていたよ。」
と語っている。
撮影期間中、ギレルモ・デル・トロ、スティーブン・ダルドリー、
デヴィッド・フィンチャーなど様々な監督達が現場を訪れた。
スピルバーグは実写映画と変わらぬよう、カメラを動かし回った。
彼は「『タンタン』まで作ったあらゆる映画では、
私は撮影時、観客と同じように二次元で画面を見るために片目を瞑っていた。
『タンタン』では、両目を開く。」と語った。
ポストプロダクションの間はジャクソンが実際にウェタ・デジタルを指示し、
スピルバーグはそれをビデオ会議によって監督した。
また、ジャクソンは彼自身が監督すると言われていた第2作目の企画も開始予定である。
「携帯電話もテレビも、近代的な車もない。まさに時間の止まったヨーロッパだ。」
とスピルバーグは述べた。
また、撮影監督のヤヌス・カミンスキーはライティング担当としてウェタに従事し、
映像に関してジャクソンは「フィルム・ノワール的で、雰囲気満点だ。」と語っている。
7月中旬、スピルバーグは6週間の追加撮影を終えた。
『なぞのユニコーン号』
(原題・仏語: Le Secret de la Licorne, 英語: The Secret of the Unicorn)は、
ベルギーの漫画家エルジェによるコミックシリーズ『タンタンの冒険旅行』
の第11巻である。
第12巻『レッド・ラッカムの宝(英語)』と合わせて2部作となる物語の前編である。
1942年6月11日から1943年1月14日のあいだにベルギーの新聞
『Le像Soir』に連載され、その約1年後に単行本にまとめられた。
第二次世界大戦真っ只中、
ベルギーがナチス・ドイツによって占領されてた頃に描かれた作品であり、
『なぞのユニコーン号』は政治的なテーマを避けて
純粋な冒険物語に焦点を当てた作品となっている。
また、ベルギーのみを舞台としているのはシリーズ中でも本作のほかに1作しかない。
本エピソードは1992年にラジオドラマ化されたほか、
『Hergé's Adventures of Tintin』と『The Adventures of Tintin』で
2度テレビアニメ化され、
さらにピーター・ジャクソン製作、
スティーヴン・スピルバーグ監督による3Dモーションキャプチャ映画
『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』(2011年)でも原作の一つとなった。
あらすじ
ブリュッセルの市場をぶらついていたタンタンは、
古い船舶模型が売られているのを見つけ、
友人のハドック船長(英語)へのプレゼント用にでもしようと思い購入する。
その直後、タンタンのもとに2人の男が現れてそれぞれ模型を売ってくれるように
頼み込むが、彼は断った。
タンタンが家に帰り、棚の上に模型を置いたところ、
スノーウィによって落とされてマストが折れてしまう。
それを簡単に修理した直後、ハドック船長が訪ねてきたために見せたところ、
その模型はハドックの17世紀の先祖であるフランソワ・ド・アドック卿の
軍艦ユニコーン号(英語)と同じ姿形をしていることに驚く。
話を聞いたタンタンが家に戻るとユニコーン号の模型は盗まれており、
そして市場で合ったうちの一人である収集家のイワン・イワノビッチ・ネクラソフが
怪しいと睨んで彼の家へ駆け込むが、間違いであると判り、
そしてタンタンのものとそっくりの模型を持っていると知る。
翌日タンタンは自室を掃除していると、
ユニコーン号を置いていた棚の裏から見覚えのない丸まった小さな羊皮紙を発見する。
タンタンはそれは元々先日スノーウィが壊したマストにくるまっていたものであり、
宝のことを示す暗号が書かれていると推理する。
ハドックは自室で暴れながら先祖について説明する。
フランソワ・ド・アドック卿率いるユニコーン号は西インド諸島を航海している際に
レッド・ラッカム率いる海賊団と遭遇して戦闘になり、そして敗北した。
唯一生き残ったアドックはレッド・ラッカムを倒し、そして船を爆破して脱出した。
その後今度はタンタンは市場で出会ったもう1人の男に出会ったが、
直後に彼は何者かによって銃撃を食らってしまう。
さらに後日、タンタン自身も誘拐されてしまう。
誘拐犯の正体は悪徳骨董屋のバード兄弟であり、
3隻目のユニコーン号模型の持ち主であった。
彼らはタンタンとネクラソフの模型を盗んだ犯人でもあり、残りの羊皮紙を探し、
レッド・ラッカムの宝を狙っていた。
タンタンはバード兄弟のムーランサール城から脱出を試み、
また、ハドックとデュポンとデュボンも到着し、2人は逮捕された。
しかしながら、兄弟は3枚のうち2枚の羊皮紙を持っていなかった。
後日、タンタンはスリのアリスティド・チボー宅で、
彼がバードから盗んだ2枚の羊皮紙が挟まっていた財布を見つけ、
捕まったバードが持っていたのと合わせて3枚のそろえることができた。
タンタンとハドックは3枚の羊皮紙を合わせて宝のありかの座標を検出し、
冒険の計画を立て始めた。
歴史
背景
エルジェというペンネームで知られるベルギーの漫画家のジョルジュ・レミは当初、
右派紙である『20世紀新聞(英語)』で働き、
タンタンという少年記者のキャラクターを思いついた。
この新しいキャラクターは、
タンタンがソビエト連邦の戦闘に関与するという内容漫画『タンタン、ソビエトへ(英語)』
で初登場した。
この作品は『20世紀新聞』の子供向け版である『20世紀子ども新聞(英語)』紙上にて、
1929年1月10日から1930年5月11日まで掲載された。
この成功を受け、エルジェは『タンタンの冒険旅行』シリーズを執筆し、
その後もタンタンをベルギー領コンゴ、アメリカ合衆国、エジプト、インド、中国、
イギリス、さらにはサン・テオドロス(英語)やシルダビア(英語)といった架空の国へ
旅立たせた。
初期の作品では社会保守主義、ファシズム、帝国主義といった思想が反映されていた。
また後に彼は、第8巻『オトカル王の杖(英語)』(1939年)で
アドルフ・ヒトラーとベニート・ムッソリーニを模した悪役のムットラーを登場させ、
ナチス・ドイツとイタリアの外交政策を批判した。
後の作品『燃える水の国(英語)』でも反独感情が表れており、
それでの悪役のミュラー博士はイギリス委任統治領パレスチナの石油供給を
妨害しようとするドイツの意図である。
1939年にヨーロッパを巻き込んだ第二次世界大戦が始まり、
翌1940年にドイツはベルギーに侵攻した。
エルジェは当初は亡命を考えていたが、結局は占領後も残り続けることに決めた。
ナチスに批判的であった『20世紀新聞』は占領軍によって廃刊に追い込まれ、
『燃える水の国』は中断された。
失業したエルジェはその後、
ドイツの管理下でも発行を許された人気新聞『ル・ソワール(英語)』
の幹部のレイモンド・デ・ベッカー(英語)によってイラストレーターとして雇われた。
1940年10月17日、彼は同紙の子供版である『ル・ソワール・ジュニア』の編集者となり、
新たなタンタンの冒険を描いた『金のはさみのカニ(英語)』(1941年)、
『ふしぎな流れ星(英語)』(1942年)の制作に着手した。
この新作では、厳しい政治情勢のためにエルジェはもはや『タンタンの冒険旅行』に
政治的テーマを入れることができなかった。
タンタン研究家のハリー・トンプソン(英語)の指摘の通り、
タンタンの記者としての役割は終わり、新しく探検家にとって代わった。
『ふしぎな流れ星』が終盤を迎えると、
エルジェは新たなタンタンの冒険を描いた『なぞのユニコーン号』の作業に取り掛かった。
宝探しの「超ロマンチックなテーマ」を軸に、
タンタン研究家のブノワ・ペーテルス(英語)は後に
「占領の厳しさからの現実逃避の行為」と指摘した。
単行本2冊に渡って1つの物語を描くという試みは、
『ファラオの葉巻(英語)』(1934年)と『青い蓮(英語)』(1936年)でも行われていた。
エルジェは本作を成功であると考え、
『ななつの水晶球(英語)』(1948年)と『太陽の神殿(英語)』(1949年)、
『めざすは月(英語)』(1953年)と『月世界探検(英語)』(1954年)でも繰り返された]。
影響
『なぞのユニコーン号』の背景やその他イラストを描くにあたり、
エルジェは以前の『タンタンの冒険旅行』よりも沢山の写真などをモチーフとして
より多くの種類の絵を描いた。
彼は歴史的に正確に17世紀の軍艦ユニコーン号を表現するために努力し、
パリの海軍博物館で発見された当時の資料を研究した。
架空の船を創造するにあたって主に影響を受けたのは、
1690年にル・アーヴルで建造されたル・ブリリアントという名の船である。
また彼は17世紀の船の設計について理解を深めるために、
ル・ソレイユ・ロイヤル、ラ・クローン、ラ・ロワイヤル、
ル・レアーレ・デ・フランスといった船舶を研究した。
彼がユニコーン号の雑用艇の設計の基礎を得たのは後者の船からだった。
ユニコーン号という名前はフランスではなく、
18世紀半ばに活躍したイギリスのフリーゲート艦から取られた……
以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1299114
にて「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」の頁をご覧下さい。
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