「ティンカー・ベル」
■作品基礎データ 「ティンカー・ベル」 2008年 アメリカ映画 監督:ブラッドリー・レイモンド キャラクター創造:J・M・バリー 脚本:ジェフリー・M・ハワード 声の出演:メエ・ホイットマン ルーシー・リュー アンジェリカ・ヒューストン |
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物語の舞台は、ネバーランドにある妖精の谷“ピクシー・ホロウ(妖精の谷)”。
春が来て、花が開き、鳥のヒナが初めて飛び立つ…そんな自然界に起こる
“すばらしい事”は、すべて特別な《才能》を持った妖精たちの仕事です。
そしてまた一人、とびきり可愛らしい妖精が誕生しました。
名前は、ティンカー・ベル。
自分がどんな《才能》を持って生まれてきたのか、彼女はまだ知りません。
そして、人間の世界の運命が、やがて自分の小さな手に委ねられることも…。
ティンカー・ベル──それは、世界で最も愛されている妖精の名前。でも、あなたはご存知ですか?
ピーター・パンと出会うずっと前の、ティンカー・ベル誕生に秘められた物語を…。
1953年に映画「ピーター・パン」で
ディズニー・キャラクターとしてデビューしたティンカー・ベル。
世界中で最も有名なこの小さな妖精は、
あれから55年もの長きにわたり、世代を超えて人々を魅了し続けてきました。
そして今、この不朽のアイドルが息を呑むほど美しいCGアニメーションとして
スクリーンに甦ります。
手がけたのは、ウォルト・ディズニーと
ピクサー・アニメーション・スタジオのチーフ・クリエイティブ・オフィサーで、
2度アカデミー賞を受賞したジョン・ラセターと、
ウォルト・ディズニー・ピクチャーズの物語作家たち。
ディズニー・クラシックへの限りない愛情と、最新の映像テクノロジーが、
妖精たちの世界を私たち描き見せてくれます。
ティンカー・ベル以外にも、動物と話せる動物の妖精“フォーン”、
花を咲かせる植物の妖精“ロゼッタ”など、
チャーミングなようせいキャラクターたちが勢ぞろいし、
華やかで楽しさいっぱいの妖精たちの世界が繰り広げられます。
本作品を皮切りに、《ティンカー・ベル4部作》の制作がすでに決定しています。
「ティンカー・ベル」見ました。
「ウォーリー」の陰に隠れてひっそり公開という雰囲気のある本作ですが、
かりにもディズニー映画を代表するキャラクターです。
金も時間も人材もそれなりにかけて作ってあるものと確信し、
いそいそ劇場に出かけました。
期待を外さぬ面白さでした。
そして技術的にもここで語るべきものがあります。
もともと有名なセルアニメの手書きキャラがあるのですから、
何が悲しくて3DのCGにせにゃならんのよ、と思っていたのですが、
これまでどこまで実写に近づけるかを競ってきたCGアニメの逆を突き、
どれだけ手書きアニメに近づけるか、
それでいてちゃんと3Dで見せるにはどうするべきか、
という難題に果敢に挑んだ映像でした。
ティンクは、あれは人間ではなくて妖精…。
動くバービー人形のようなキャラを旨い事キュートに見せてくれました。
大人のグラマー女性をさらに誇張したようなプロポーションでありながら、
やんちゃなティーンの女の子のようなしぐさで感情を表し、
重力を無視して軽やかに浮かぶという矛盾の塊のような
彼女を90分でずっぱりで見せるというのは、
それ自体、たいした技術です。
人間的でありながら非人間的でないと表現できぬ人物を描いてます
その彼女に自分探しをさせる、というテーマを課したのは
一体誰が思いついたことでしょうね?
妖精は生まれながらにさだめられた才能に従い、
それぞれの役割を果たす仕事に就く、というのが彼女の生きる世界の約束事ですが、
なぜか彼女は自分の意に沿わぬ分野に才能があり、
そこから抜け出そうとどたばたの限りを尽くす、
というストーリーです。
吹き替え版を見ましたが案の定、劇場は幼い娘を連れた若いお母さんたちで
一杯でした。
子供達はティンクが引き起こす騒動にただ笑っていましたが、
若い妖精の自分探しのドラマは、子供達より大人達の方に向けられた
テーマですね。
語り口はあくまで優しく、
ディズニー映画の王道を行くものですが、
これは四部作だそうで、この先どういう展開になることやらです。
技術の話で、ネタバレ改行しておきます。
クライマックス、というよりフィナーレになるのが、
妖精たちが“メインランドに春を運びに行く”くだりですが、
予想通り、メインランドは人間界でした。
ここで出てくるのが2Dの手書きアニメの夜のロンドン、
というのかやられました。
実写とCGの合成ならぬ、2Dと3Dの合成というのは参ったデス。
よく見ればそれは2Dの手書きアニメ風に見せた
3DのCGなのですがね。
ともかく2Dの手書きアニメの世界に3DのCGのフルカラーの“春”が
怒涛の勢いで覆い尽すシーンは圧巻です。
私は、ティンクが女王の命に従い、
オルゴールの落とし主を探しに旅たつところで「つづく」になるのかと思ったら、
メインランドで女の子に返してしまうところまでやるとは思いませんでした。
その少女が実は…、ということはここに書くまでもないことでしょう。
出会っているようで出会ってない、という見せ方はお約束ですが、
なかなかに泣かせます。
『ティンカー・ベル』キャラクターデザイナーは日本人の野谷りつこです。
日本でディズニーに憧れた少女がハリウッドで生んだティンカー・ベルについて
次のように語っています。
「小学生の時にディズニーのアニメ映画『ピーター・パン』を観て、
『この世界に入りたい』と思いました。
こうして今、(同作に登場する)ティンカー・ベルを手がけていることには、
本当に運命的なものを感じています」
野谷は、日本のサンリオスタジオでアニメーターとしてのキャリアをスタートさせたが、
やがてその活躍の場を東京ムービーに移すことになる。
「ちょうどディズニーアニメが海外のテレビに進出しようとしていた時期で、
日本のアニメスタジオを探した結果、東京ムービーが引き受けたんです。
サンリオにいた私は東京ムービーがディズニーと合作をやる、
しかもそれがサンリオで私がやっていた24コマのフルアニメーションだと聞きまして。
直接ディズニーと仕事ができるということで、この機会に東京ムービーに移りました」
希望通り、1985年に移った東京ムービーではディズニー作品の原画を担当。
さらにその後、ディズニーが立ち上げた日本支社
ウォルト・ディズニー・アニメーション・ジャパンでオリジナルビデオやテレビシリーズ、
長編アニメーションの原画および作画監督を務めるようになる。
「日本で本社から送られて来る仕事をしているうちに、
本社そのもので働きたくなって、希望を出しました。
でも、それまでハリウッドの本社が海外から人を雇ったことがなかったので、
『じゃ最初はトレーニングで来ますか』と言われて半年間トレーニングをした結果、
本採用になったんです」
トレーニングの出来いかんではもちろん採用されない可能性もあったという。
「入社してから現在に至るまで、ずっとキャラクターデザインを担当しています。
最初の1、2年はテレビシリーズ、その後ビデオ(DVD)、長編の仕事という感じですね」
具体的にキャラクター・デザインの仕事とは何か?
どこが始まりでどこで終わるのか?
その作業工程を小学生でもわかるように説明してもらった。
「まず脚本をいただいて、監督と大まかな打ち合わせをします。
ひとつひとつのキャラクターについて監督が
どういうイメージを持っているのかをできるだけ具体的に、
俳優にたとえるとどんな人かとか、
何かの映画の登場人物に近いとか、細かく聞き出すんです。
それをもとに何点かラフなデザインを仕上げます。
それをまた監督に見せて、絞り込んでいくというのが最初の段階です」
その段階のデザインは手描きなのだという。
「鉛筆での手描き。使うのは日本のトンボ鉛筆です(笑)。
日本製はとても芯が柔らかくて滑りがいいんですよね。UNIもいいですね。
アメリカの鉛筆は硬くて向かないんです。
ある程度ラインが出来上がったら、
手描きのものをスキャンしてコンピュータに取り込みます。
こうすることで、その後のディテール、
色とか、監督さんが『もうちょっと頭が大きい方がいいな』とか『足を伸ばして』とか、
もっと突っ込んだ変更をコンピュータ上でできるわけです。
使用するソフトはフォトショップかマヤです。
その後、色をつけていきます。
色によって、白黒の時には感じなかったボリュームがでるので、
『この部分が大き過ぎる』とかがわかるようになる、
キャラクターが具体化していくんです」
色がついて、平面的にはほぼ出来上がったキャラクターをどうするのですか?
「次に、そのキャラクターのターンアラウンド
(英語ではOrthographic View。
キャラクターをコンピュータ上で様々な方向から見られるようにしたモデル)
をつくらなければいけません。
最終デザインがあがった段階でまず、2?Dのターンアラウンドをつくります。
これはロボットのように直立したもの。
これを3?Dモデラーと呼ばれる方たちに渡して、
立体的なターンアラウンドがつくられます。
出来上がってきたものをチェックして、修正する。
監督と一緒にあーだこーだ言いながらね。
で、グレイモデル(色がついていない段階)のOKが出て、
色、質感を加えたキャラクターが仕上がるまでを担当します」
『ティンカー・ベル』は、何を一番ポイントにデザインしましたか?
「今回はティンカー・ベルが誕生し、
初めてしゃべって、どうやって自分の才能を見つけたか、
どんなところに住んでどんな友だちがいるのかなど、
初めて紹介するエピソードばかりです。
なおかつ、これまでオール手描きのアニメーションで描かれていたティンカー・ベルが、
フルCGで生まれ変わって、新しいルックスで登場する。
だから『フレッシュさ』を一番大事にキャラクターをイメージしました」
日本とアメリカの両方でアニメーションに関わっていらっしゃいますが、
国によって"受ける"キャラクターに違いはありますか?
「うーん......、あまり意識をしたことはなかったですね。
少なくとも『ティンカー・ベル』や『ウォーリー』のような作品は、
万人に受ける、かつ時代を超えたデザインだと思います」
野谷さんのつくる可愛いキャラクターたちには、
日本人ならではのテイストが入っているような気がします。
その個性がアメリカで認められているのではないですか?
「そうですか、全然意識していませんでした(笑)。初めて言われました。
ありがとうございます。
正直言ってあまり日本人スタイル、
アメリカ人スタイルという意識をしたことがなかったですね。
監督と自分のアイデアに沿ってつくってきただけで」
日米のアニメ業界の違いは何でしょう?
「日本のアニメ界から離れてかなり長いのであれですけど、日本は漫画が主体。
まず人気のある漫画があって、そのアニメーションができる。
逆にオリジナルのアニメーションが出来にくいのかなとは思いますね。
つくる側はもちろんリスクを負いたくないから。
アメリカではまだまだオリジナルができる土壌がありますね」
今、日本のアニメーターたちはかなり厳しい労働条件で、
多くの方が食べていくのも難しい状況と聞きますが......?
「あー、私がいたころと変わりませんね(笑)」
アメリカのアニメーターはどうですか?
「日本の方たちももちろん誇りを持って仕事されてると思うんですが、
こちらではアーティストとして扱ってもらえるので、それなりのギャラがもらえます。
組合にも守られているし、しっかりとした契約書もあります」
アメリカに来て苦労したことは?
「皆さん、はじめは言葉が大変でしょうと言われるんですが、
『絵』というツールを介してコミュニケーションがとれるので、
それほど苦労はなかったですね。もちろん生活の方は困りましたよ。
電話を自分で引いたりとか、すべて英語で連絡をとらなければいけないので。
英語は当初まったくできなくて、アメリカに来る前に半年間英会話に通っただけ(笑)。
もう16年いるので今は問題ないですけど」
やりたいことがあるのでとにかく、まずその場所に行く。
そのいたってシンプルな野谷の思考形態は、
ウォルト・ディズニーが誕生した国にはぴったりとハマったようだ。
「はじめは英語で何か言って『え?』と聞き返されると、
シュンとしてへこんでましたが、
今ではもう逆に、『どうして私の言うことがわからないの?』という、
アメリカ人のメンタリティになってますね(笑)。
『だーかーらー、』みたいな(笑)。
もともとこちらが肌に合っていたのか、早い段階から溶け込めました。
何より、とにかくスタジオのみんなといるのがすごく居心地が良かったんです。
こちらの人は、外国人だろうが女性だろうが何歳だろうが、
いい仕事をすればみんながすっごく認めてくれるんです。
で、他の作品の人たちも『見たよ』って席まで言いに来てくれたり、
『あれ良かったね』とか。やりがいがあります。幸せですね」
4部作の1作目となる『ティンカー・ベル』では
3人のデザインチームの1人としてティンカー・ベルとその他の妖精たち、
昆虫たちなどをデザイン。2作目からデザイナーは野谷1人になる…
以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1299114
にて『ティンカー・ベル』の頁をご覧下さい。
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