「ターミナル」DVD脚本レビュー

「ターミナル」映画チラシ★映画基礎データー★
「ターミナル」
2004年 アメリカ映画
監督 スティーヴン・スピルバーグ
脚本 サーシャ・ガヴァシ ジェフ・ナサンソン
出演 トム・ハンクス

mixi(ミクシー)「独身社会人映画ファンコミュニティ」に入ろう!

劇場公開時、PRの一環として、2004年11月21日、
羽田空港第2ターミナルのオープンに合わせて史上初の空港内試写会が催され、
ゲストとしてプロ野球ヤクルト・スワローズの古田敦也選手と女優の堀ちえみ
が来場しています。
 会場には縦5メートル、横8メートルのスクリーンに映写機、照明、
音響設備などが持ち込まれ、約200人の招待客が空港のベンチに座り
「ターミナル」を鑑賞しました。
上映前のトークショーで、「スチュワーデス物語」で知られる堀ちえみに古田
選手が開口一番
「堀さん、なんでスチュワーデスの衣装着てこなかったん?」と語りかけ、
会場を大いに沸かせたそうです。
こういう洒落のめした試写会は良いですね。

クーデターによって事実上祖国が消滅。
パスポートが無効になってしまった東ヨーロッパのクラコウジア人、
ビクター・ナボルスキー(トム・ハンクス)は、
空港でアメリカへの門戸を閉ざされてしまう。
やがて彼は、いつまで続くか分からない“滞在期間”中、
どこの国にも属さない人間として、
空港ターミナル内だけでの生活を始める。
アメリカなのにアメリカではなく、しかし最もアメリカ的な場所で、
食事をして、仕事をして、友人を作り、恋の花まで咲かせ、
ビクターは“何か”を待ち続けているのだった…。

 映画はディズニーランドのTシャツを着た中国人の集団蜜入国者の一斉検挙シ
ーンから始まります。
どさくさに紛れるように主人公が登場。
ビクターのパスポートは関税の機械にかけると、
何故か「要取扱注意」の表示が出ます。
係員は彼を、四本ポールを立ててテープで囲んだ真ん中に立たせて、
逃げ惑う中国人たちの身柄確保に駈けずり回ります。
大騒ぎの空港ロビーで、鎖に繋がれた子犬状態のビクター。
映画館の観客は彼の姿に笑います。

敵役の空港警備主任のディクソン
(スタンリー・トゥッチ「シェフとギャリソン、リストランテの夜」
「ロード・トゥ・パーディション」)
のところに連れて来られたビクターは無国籍人になってたことを教えられます
が、
親指を立てて笑顔で「OK、OK」と答える始末。
英語が通ぜず、事態をさっぱり理解していません。
ターミナル内の数日分の食堂の食券つづりと受信専用携帯電話を押し付けられ
て、
ビクターは制服警備員にロビーの人の海の中に放り出されます。
そこから始まるサバイバル・ゲーム。
観客はビクターのすべったり転んだりにウハウハ笑ってましたが、
私には身につまされて、笑いつつも半泣き状態でした。

昨年、コミュニティへ投稿したとおり夏にマニラに出張へ行っていたのですが、
帰りに 国際空港でヘマをやりました。
フィリピンの国際空港のターミナルビルは、防犯上、
搭乗券を持たない者がターミナルに立ち入ることを禁止しています。
ガードマンにゲートで搭乗券を封筒ごと差し出したのですが、
封筒の中身がからっぽ!
上着のポケットにもなくて、その場でスーツケースを開ける羽目になってしま
いました。
その時、所持していた通貨(ペソ)を見られてしまったのですね。
持ち出し現金に制約があり、
ガードマンは、自分の身分証から5千円ほどを出して見せて、
「これと交換してけ」と言い出しました。
奥の通関で両替が出来るのですが、
こっちは荷物を街頭で広げてしまったりで、すっかり泡を食ってしまい、
とっさに「奥で交換するから結構だ」という英語が出てきませんでした。

一緒に帰国する同僚が先にターミナル内に入ってしまい、
すぐ追いかけなければならなかったので、「OK」といって、
ガードマンにペソを投げつけるようにしてゲートを突破しました。
その時、差し出した金額は日本なら学生の小遣い銭ほどでしたが、
飛行機の中で電卓を叩くとガードマン氏の半年分の給料に匹敵する額だと判って
凹みました。

あの時のふとっちょのガードマンは、こっちが慌てているのを見越し、
タイミングを計って、
わざとフィリピン英語で怒鳴り立てたのでしょう。
(スパニッシュなまりのひどいものだった)
彼のしたことは法的には問題ないどころか、順法規則に乗っ取ってますが、
人の不幸に付け込む所業です。
ほんの一、二分ほどのやりとりで半年分のギャラを手にしては止められないでしょう。
今日も彼はあそこに立って、
間抜けな外国人旅行者が通りがかるのを待ち構えているのだと思うと腹立たしいですね。

ディクソン主任は、
わざとゲートの警備を手薄にして、ビクターが外へ出て行くように仕向けようとします。
ターミナルの外へ出てしまえば、警備本部の管轄外になり自由の身です。
ビクターはゲートの前で立ち止まり、行きつ戻りつ悩みます。
ディクソン主任は監視カメラのモニターの前で
「間抜けめ、さっさと行かないか」などと悪態を付いています
彼は別にヒューマニズムから目をつぶってやろうなどと考えているわけではありません。
その自動ドアの向こうは市警の領分です。
知らずに出て行けばたちまち密入国者として逮捕、
単にビクターを厄介払いしようと思ってるだけです。

結局、ビクターは「いや、良くないことだ」と
きびすを返してターミナル内に戻ってしまうと、主任は地団駄踏みます。
この野郎と思いましたね。
彼らから見ればささいなことかもしれませんが、
異国の訪問者にとってドア一枚、いくか戻るか決めるのが、
どれほど孤独できつい決断か、空港職員なら分かってるでしょうに、
“お客様”より自己保身を優先させているのですから。
私はビクターに痛く同情し、その分、主任の官僚主義、小役人根性を憎みました。

ドラマの進捗に従い、ビクターは英語を身につけるようになりますが、
裏の事情を理解できるようになってなおターミナルを逃げ出そうとはしません。
映画を見ている最中、「待つ」理由があるのだから留まるのだ、と
解釈していましたが、
しかし、クライマックスでその理由が打ち明けられたあと、
彼の待っていた理由と
抱えていた秘密の内容が実はきちんと噛み合っていないことに気が付きました。
彼がアメリカに来たわけは、
後生大事に抱えているピーナッツの缶詰の中に詰まっています。
ですが、缶詰の中身と述べ九ヶ月間の長期待機はイコールではないでしょう?
この不整合についての合理的解釈は、
ねだばれ改行以降に後述します。

この映画のヒロイン、アメリアの登場は思ったより後ろです。
ビクターは自力で英語を学び、
カート運びの小遣い銭稼ぎから、住まいの確保、
ビル工事の正業(!?)への就職、
掃除夫や食堂職員などの友人を持ち、賭け事に興じてからようやくの登場です。
スッチーの彼女はビクターの身の上を正確に把握しておらず、
旅がらすの土木関係者だと思っています。
ビクターは恋の負い目から自分の立場をちきんと説明し損ねてしまいますが、
そのつけは高くつくことになります。
あなたは恋に浸れる状況ではないでしょうにって、
ビクターのやってることにクレームは付けられますが、
クレームはそのとおりなんだけど、
しかしですねー、
苦しい状況だからこそ、人の情けに飢えるということはあるんじゃないかと
思いますね。

この映画は、“ホラーではない都市伝説”ではないでしょうか?
アメリアもまた、“待ってる”女性です。
演ずるキャサリン・ゼダ=ジョーンズは「マスク・オブ・ゾロ」「キャバレー」など、
“行け行けドンドン”“女は度胸”みたいな役ばっかり演じてきた人ですが、
この作品では、トレードマークの黒髪を茶髪に染めて、
美人でフレンドリーだけど、寂しがりで、隙だらけで
年齢詐称の四十前の独身女性を演じてます。
「夢見る頃は過ぎてるのにね」と“負け犬”女はビクターの前で肩をすくめて
笑ってみせます。
待っている女が、待ち続ける男の恋の相手になるというのは、
ファンタジーです。シリアスでは耐えられないようなシチュエーションですが、
いっそロマンを感じますね。

ふたりがロビーの中二階みたいな場所で食事をするシーンで、
掃除夫のインドおじさんが皿回しをやってるところなんぞ、
なんとかビクターの恋を叶えてあげたいという彼らの気持ちが痛いほど分かるだけに、
悲鳴を上げるほど可笑しかったです。
鳴り続ける携帯電話に気持ちが奪われているアメリアは、
一分と耐えられないような状況でその嘘に気が付かない…。
(セリフでは年下の恋人といっているのに、画面には白髪混じりの男が出てきます。
恋人とこの男は別人なのでしょうか? 矛盾を感じるんですが分かる人いますか?)

人の善意をともに喜ぶというのは人生の幸福です。
このあともいろいろあるのですが、
「ターミナル」を見て得られる満足感は、その幸福を身近に感じ取れることです。

全篇のほとんど唯一の舞台であるターミナル、そのものがやっぱりよく出来て
います。
映画紹介番組などでご存知の方も多いと思いますが、
映画のためにプロダクション・デザイナーのアレックス・マクドウェルが中心となって
実物大(!)の空港ターミナルの設計と建設が進められました。
物語の設定はニューヨークのJFK国際空港ということになっていますが、
マクドウェルは数箇所の国際ターミナルを融合させることによって、
観客により親近感を抱かせられると考え、
スタッフと共にアメリカ、ヨーロッパのあらゆる空港をリサーチしてます。

実際にセットが建設されたのは
カリフォルニアのパルムデイルにある巨大格納庫の中だそうです。
建設期間は約20週間、合計200名以上のスタッフが携わり、
一般的なサウンド・ステージとは違う本物の建造物として完成しました。
建物は全て鋼鉄製で、6万平方フィートにおよぶ天然御影石のフローリングが使用され、
4基のエスカレーターが作られたそうです。

また窓から見える滑走路は、
これまでで最大のマット・ペインティングの上に描かれているもので、
巨大な背景画がセットの三面を囲み、夜間のシーンを照らすために、
200個のミニチュア・ライトで固定されています。
マクドウェルはコンピューターでターミナルのデザインをした後、
模型を作ったので、
スピルバーグは小さな望遠鏡付きカメラを駆使して事前にセット内を“歩き”、
撮影のショットを考えたと言います。

小売店の参加を要請したところ、結果として35店がモール内に出店し、
免税店やATMの他、店舗では、
ディーン&デルーカ(ニューヨークの食料輸入店)、ディスカバリー・ストア、
ブックストーン、
ヒューゴボス(ドイツのファッション・ブランド)、
ラ・ペルラ(イタリアの高級ランジェリー)、
アメリカン・エキスプレス、
ポール・ミッチェル、
ゴディバ、ハミルトン等が出店。
レストラン街には、バーガー・キング、31アイスクリーム、
バジャ・フレッシュ・メキシカン・グリル、
パンダ・エキスプレス、
ネイザンズ・フェイマス(NYの老舗ホットドッグ・チェーン)、
日本を代表する吉野家(!)、
クリスピー・クリーム・ドーナッツ、デイリー・グリル、
そしてスターバックス等が顔を揃えています。

フードショップの中には本物の店員が出演したところもあれば、
エキストラが店員に扮した店では従業員の研修が行われもしたようです。
マクドウェルは
「35店舗を出すということは、35種類のセットを建てるようなものです。
それぞれが実際の店舗に基づいた独自の照明や特別な道具を必要として、
とても複雑なプロセスになりました」と語っています。

また、フライト・インフォメーション・パネルやモニターは、
JFK国際空港で実際に使用されているスケジュールが表示されています。
劇中では新たに導入されたカラーコードによる案内システム
〈ウェイ・ファインディング・システム〉が使われていますが、
これはつい先頃JFKとその他、数箇所の主要な国際空港に
設置されたばかりのものだそうです。

 劇場パンフレットや公式サイトでは紹介されていませんが、
『 ターミナル』のような空港居残り事件というのは実際にもあります。
イランとイギリスの混血で、イランを国外追放された
マーハン・カリミ・ナセリという男性が、1988 年、
パスポートと国連の難民証明書を入れたアタッシュケースの盗難にあい、
英国入国を拒否されました。
彼は仕方なくフランス、パリのシャルル・ドゴール空港に降り立ちますが、
いわゆる無国籍ということで、フランス当局は彼に空港内から出ることを禁じた、
という事件が実際にありました。

 マーハンはフランスに入国することも、よその国に出て行くこともできないので、
ドゴール空港のターミナル内に暮らすことになります。
 ドゴール空港は24時間稼動している空港ですので、
消灯して施錠してビルから追い立てを食うこともなければ、
セントラルヒーティングが止まることも無い。
フランス当局のほうが根負けして、マーハンに
空港ターミナルから出ていってよいし、
出入国の手続きもしてよいという許可を与えたのにも拘わらず、
ターミナルに居残り続け、
ドゴール空港を発つ前に、英国の市民権を保証してもらうまではどかない、
と主張したそうです。
この話は脚色されて、フランス映画『 パリ空港の人々 (1993) TOMBES DU CIEL 』
という映画になったそうです。

先日テレビで、実はこのマーハンは現在もドゴール空港内居て
連続16年間も生活してるという仰天放送をしていました。
番組では、「ターミナル」のプロデューサーが映画化権交渉にパリに出かけ、
彼は法外な契約金を手にしたにもかかわらず今でも空港のベンチで暮らしていると、
まことしやかに紹介されていました。本当でしょうか!?
事実なら、現実は映画より奇なり、です。
ねだはれ改行します。






密入国でも缶詰の中に納めるジャズメンのサインを取りにいくことは
出来たのではないでしょうか!?
で、ディクソン主任は迫害難民の申請をさせようとして懲りもせず、
ビクターをオフィスに呼びつけますが、ビクターはけろりとして
「クラコウジアは怖くない」と言い切っています。
正々堂々正規のルートでアメリカへ入国することにこだわったのか?
そのようにも取れますが、
私はむしろ、
晴れて母国に帰国したかったから、だと思っています。

いとしいアメリアに無国籍人の宿無しとバレて、
彼女に半泣きされて「嘘つき」と罵られて、ビクターは
父親の代わりにニューヨークのジャズメンのサインを貰いに渡米したのだと
打ち明けます。
映画の掲示板を見ますと、この「ヒミツ」が予想外に軽い、
たいしたこと無いじゃないか、という書き込みが目に付きました。
若い人たちから見ると、
何もあれほどの犠牲を払うほどの話じゃないだろうと思えてしまうのでしょうね。
空港の友達に見送られて独りニューヨークのダウンタウンに出かけたビクターは、
ホテルのバーでクラッシックジャズを聴きますが、
肝心のジャズメンの顔は逆光になっていて良く見えません。
シンボルとしての“たった一夜のニューヨーク”だし、
“人生の思いをこめたジャズナンバー”なのですがね。

映画のはじめのほうで、テレビ画面に祖国の惨状を見せ付けられたビクターは、
使えないなったビザを手にして涙ぐみます。
彼が涙を見せるのは129分という長尺の本編でこの一度だけです。
帰るべき母国を失ったその喪失感が彼を打ちのめします。
そして映画の最後のセリフが「さあ、家に帰ろう」です。
思うに、スピルバーグ映画のほとんどが「帰郷」もしくは
「望郷」のドラマではなかったでしょうか?
「E.T.」しかり、同じトム・ハンクスが出た
「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」も
帰るべきマイホームを失って詐欺師となってさ迷う青年の放浪のドラマですし、
(ゆえに刑事のトムが父親代わりになってデュカプリオを受け止めた。)
「マイノリティ・リポート」は冷徹なディックの原作と違って、映画は
居場所を失ったトム・クルーズが「誰でも逃げる」という映画のコピーどおり、
血相変えて駆けずり回ります。
「プライベート・ライアン」も無事ライアン上等兵を帰還させることが、
使命だったではないですか。

ビクターのパスポートが失効したのは、国が事実上消滅したからですし、
ラストでパスポートが有効になるのも、
国が復興したからです。
アメリカでの居場所がないのが苦しいのではなく、
戻るべき母国が失われたことが「待ちつづける」真の理由なのだろうと思います。
アメリアに問い詰められて、
自分には本来帰属すべきところがあって、
必要があってアメリカを訪れた一時的な訪問者なのだと説得し、
彼女に納得してもらったのです。
しかし、この納得は同時に別れの始まりでもありました。
アメリアの恋の行方がこの先、幸福な結末を迎えることができるかどうかは
分からないことですが、
彼女は自分で納得して自分の人生を歩くことで腹をくくったようです。
そしてビクターも、家路につくことでのべ九ヶ月一時“待機”していた人生の続きを
歩き出すことになります。

スピルバーグ自身は、この作品を
「そう重要ではないが、ふと足を止めて、人生とは良いものだと感じることの
できる小品」
であったらと述べています。
その通りだと思いますが、朝日か毎日の新聞書評で「ターミナル」について
アメリカの失われた寛容さについて触れているものがあり、感心しました。
マイケル・ムーアのように拳を振り上げてブッシュをパッシングするのも、
言論の自由のありようのひとつですが、
寄る辺ない孤独な身の上の旅行者の不幸と幸福の両方を描くことで、
9.11以降のアメリカに思いをはせるというものです。
これはビクターに対する官僚主義者の仕打ちだけを言っているだけでなく、
アメリカ自身が、世界の人の流れの中で、孤独な旅人のようにぽつねんと立ち尽くして
いるようではないか、と解釈した方がより深く味わえそうです。

良作です。
是非、どこかの名画映画館へ、
あなた自身がお独りで、居合わせた見知らぬ人々の間の席に腰を下ろして、
ともに笑い、ともに泣いて下さい。


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