映画制作裏話「クローバーフィールド/HAKAISHA」
■作品基礎データ 「つぐない」 2007年 イギリス映画 監督:ジョー・ライト 脚本:クリストファー・ハンプトン 出演:キーラ・ナイトレイ |
mixi(ミクシー)「独身社会人映画ファンコミュニティ」に入ろう!
1930年代、戦火が忍び寄るイギリス。
政府官僚の長女に生まれた美しいヒロイン・セシーリア(キーラ・ナイトレイ)。
兄妹のように育てられた使用人の息子・ロビー(ジェームズ・マカヴォイ)を、
身分の違いを越えて愛しているのだ、と
初めて気づいたある夏の日、生まれたばかりの二人の愛は、
小説家を目指す多感な妹・ブライオニーのついた嘘によって引き裂かれることになる。
生と死が背中合わせの、戦場の最前線に送り出されるロビー。
彼の帰りをひたすらに待ち、「私のもとに帰ってきて」と手紙をしたため続けるセシーリア。
そして、自分の犯した罪の重さを思い知らされるブライオニー。
セシーリアとロビーは、再び会えるのか?
ブライオニーが罪を贖える日はやってくるのか?
三人の運命は、無情な時代の流れの中に呑み込まれていく。
ブッカー賞作家イアン・マキューアンのベストセラー小説を、
『プライドと偏見』のジョー・ライト監督が映画化。
幼く多感な少女のうそによって引き裂かれた男女が
運命の波に翻弄(ほんろう)される姿と、
うそをついた罪の重さを背負って生きる少女の姿が描かれます。
ヒロイン、セシーリアには
『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのヒロイン役で人気を博し、
『プライドと偏見』でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた
キーラ・ナイトレイ。
恋人 ロビーには『ラストキング・オブ・スコットランド』での好演後、
主演作が相次ぐ英国の若手実力派ジェームズ・マカヴォイ。
ふたりを引き裂く結果になる妹 ブライオニーは、時代ごとに三女優が熱演。
少女時代を抜群の表現力で演じるのは新星シアーシャ・ローナン、
娘時代を『エンジェル』のヒロイン役で注目されるロモーラ・ガライ、
大作家となった晩年を名女優ヴァネッサ・レッドグレイヴ。
デリカシーのある良いドラマです。
キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ、どっちも絵になる綺麗な男女ですね。
騒動の原因、諸悪の根源、くそ餓鬼のシアーシャ・ローナンが魅力的です。
ダンケルクの敗走のシーンが悪夢のように幻想的な美しさがあります。
海岸を埋め尽くす連合軍兵士。
その向こうの大観覧車、メリーゴーランド。
軍馬を撃ち殺す銃声。
ラストでいきなり現代にまでふっとび、
老人となったブライオニーが出てきて、そこでようやく
“つぐない”の意味が明かされるのですが、
オチの凄さに息を呑みました。
そして現実の悲しさと厳しさも…。
幕切れのはかなさは、映画ならではです。
“映像化は困難と言われた複雑な物語を
緻密(ちみつ)な構成でスクリーンに焼きつけた監督の手腕に注目。“
と映画批評にありましたが、
確かにたいした腕です。
原作は13万語に及ぶ長編だそうですが、
映画は二時間ほど、脚本上も2万語ほどに圧縮させられています。
語るのではなく、沈黙することでより饒舌に世界を語る、とかなんとか評論家が
どこかの雑誌に書いてます。
原作とどこまで同じで、何が違うのかなんて知りませんが、
今年のベストテンの上位のどこかに入れとくべき作品だと感じました。
キーラ・ナイトレイはセシーリアについて、こう語っています。
「セシーリアは・・・萎縮していると言い続けていたんだと思う。
何か崖っぷちに立たされていたの。
私が彼女のキャラクターを好きな理由は、彼女は大人だけど、
女性ではなく、女性になりかけている少女のようだから。
彼女は、彼女はもちろん女性よ。
彼女は自分のことをよくわかっている。
だけど自分がどこに向かっているのかがわかっていない。
彼女は大きな矛盾を抱えているの。
実際は本当にロビーを好きになったわけではない。
ロビーはずっと一緒に育ってきた相手でしょ、ずっとよ?
それまでずっと共に過ごし成長してきた。
それで、漠然とした、厄介な兄妹関係以上のものがあることを
認めたくなかったのだと思う。実際それは、全く違う種類のものだから。」
ブライオニーとセシーリアの関係について
「2人はよくいる典型的な姉妹だと思う。
深く愛しあっていながらも、お互いに対し、とても神経質にもなっている。
二人の関係が進むにつれ、
セシーリアはブライオニーに対し、
母親のような立場で接するようになってくるけど、
これは2人の年齢差がとても離れているからね。10歳位じゃないかな。
だからセシーリアはいつまでも、
妹を抱きしめあえる幼いままの存在にしておきたかったのだと思う。
そして自分の母親としての役目は完全に終わってしまったと感じるの。
突然ブライオニーは成長し、
もう抱きしめてほしいとも、子供扱いされることも望まない。
彼女たち自身にもよく呑み込めない、全く厄介な関係だと思うわ。」
役作りについて
「ジョー(ジョー・ライト監督)は、
私にどのキャラクターを演じて欲しいのか、確信がもてずにいたの。
元々、彼は私にブライオニーを演じてほしかったのよ。
でも最初に読んだ時、私の役はセシーリアだって思ったの。
それから私たちは、長い時間ランチをとりながら話し合ったわ。
基本的に、私はセシーリアをやるんだって監督を説得し、
監督はブライオニーをやるべきだと私を説得していたわ。
結果的には2人とももっと混乱しちゃったの。
結局私がセシーリア役に決まるまで、3回もランチをとったのよ。
でも、つまりそれがジョーなの。
「プライドと偏見」を一緒にやったのは、素晴らしい体験だった。
彼には本当に驚かされる。
ジョーみたいな人と一緒に働くチャンスはそうあることじゃない。
だから逃さないようにしたいの。」
「原作に基づいた脚本は、
誰もが共感できる内面の対話と関わっている点が素晴らしいわ。
そう、私のキャラクターが考えていることね。
それとキャラクターの原点がとてもはっきりしている。
ジョーがとても得意とする分野だと思うわ。
俳優は皆、自分のキャラクターの視点からストーリーをみるけど、
このことで頭を悩ます監督ってほとんどいないわ。
それぞれのバックグラウンドでうまくやってくれ、つべこべ言うなって感じ。
ジョーは、なぜこのシーンにこの俳優が登場するのか、
俳優がやるべきことを、常に明確に把握しているの。
原作でもはっきりしているわね。
セシーリアの立場で話しているわけではないの。
でも沢山のことが見えてくるわよ。
彼女の原点とか、今なぜこういった立場におかれているのか、とか。
つまり、体当たりでやることが沢山あるってことなの。
女優として、演じるということは、本当に素晴らしいことなの。」
リハーサルの時期について
「撮影に入る前に3週間のリハーサル期間があったの。
そこでジョーはいつも、私たちの原点はどこにあって、
今何をやっているのかを問いかけていた。
なぜなぜなぜなぜなぜってね。
一旦撮影がはじまると、現場監督は、皆無といっていい程に少ない。
どんな形であれ、滅多にリハーサルは行われないし、
バックストーリーに関する限り、俳優の頭の中で起こっていることに、
興味を持つ監督なんてほとんどいないわ。
そこでみなで集まって、このことについて話し合った。
だけどこんな段階になって、考えたの。
待って、私が主役でしょって。
でも、でも、絶対に私が主役ではありえない。
パトリックとベネディクトを支えている感じだった。
二人は素晴らしいわ。けど突然、ちょっと待ってと思う。
この話は私のキャラクターの目を通して描かれているのに、
実際は、ブライオニーの視点でも描かれている。
これはとても奇妙な感じだわ。
とても素晴らしかったけど、
でもこんなに多くのキャラクターを通して物語を見るのは、ある種、奇妙な感じよ。」
演技のスタイルについて
「演じるのはとても興味深かった。
ジョーが私を説き伏せて実現させようとした、
真の意味での1930年代、40年代の演技スタイルに、その理由があるかもしれない。
「逢びき(Brief Encounter)」や
「老兵は死なず(Colonel Brimp)」みたいな感じのものよ。
私はシリア・ジョンソンの大ファンなの。
だからこの考えには、とても本当にワクワクしたわ。
なぜなら、今は失われた…、
いずれにしても私にとっては失われた英語のアクセント、つまり話し口調だったから。
こうしたことは、キャラクターを作る上での大きな要素となるの。
どういう人物かってことを教えてくれる。
音感やスピードが、まるで弾丸みたい。ちっとも古くさくないの。
60年代がどのようにして、
現代の私たちの演技スタイルを形作ったかについて、
ジョーと長時間、詳しく話し合ったわ。
このスタイルとは、よく考えてから話す、というもの。
つまり、基本的に全てにおいて長い時間がかかるということなの。
どれだけ早くできるかということは無視して、間を取ろうとしたの。
こうして私たちは全て切り抜けてきた。」
ジョー・ライト監督との映画製作について
「ジョーは、全てにおいてさらに一歩つき進める人だと思う。
「プライドと偏見(Pride and Prejudice)」よりも確実ね。
彼は実に、非常に多くの暗い感情と向き合いながら、
そう、彼はとても勇敢な人よ。
「つぐない」は、彼にとって興味深い選択だったと思う。
私は台本を読んで、やろうと思ったことを覚えている。
どのようなことになるか分からないけど、
誰かがやれる人がいるとしたら、ジョーだと思った。
彼はとても賢いし、見た目にも信頼できるタイプでしょ。
なぜなら…、彼は…、思うんだけど……、素晴らしい監督の一人よ。
あなたにもわかると思うけど。」
ジョー・ライト監督によると
当初キーラはキャストから外していたという。
「最初、セシーリア役を誰にするか考えていた段階では、
キーラは若すぎると思っていた。
『プライドと偏見』でよく知っていたから、
彼女はある意味少女っぽくって、あの映画にはぴったりだと思えたけど、
セシーリアはもっと洗練されていて、
よりセクシーで、官能的で、負の部分を沢山持っていると考えていたんだ。
そんな時僕らが、あるパーティーに出席していたんだ。
そこにキーラが入ってきた。
その時、僕らは彼女が大人の女性になったことに気づいたんだ。
もしかしたら、この映画は彼女の人生の全く新しい面を捉えた最初の映画かもしれないね」
1930年代の世界を再現する本作において、重要な役割を果たしたのがロケ撮影です。
特に前半のメインステージとなるタリス家の豪邸を撮影したストークセイ・コートや、
ステディカムを使っての約5分半に渡る長回し撮影が印象的なダンケルク海岸のシーンに
ついては監督は大満足しているそうです。
「タリス家を撮影したストークセイ・コートは、
360度全てが、まるで、(『プライドと偏見』の)ベネット家を撮影した、
グルームブリッジ(=英国の有名な庭園)のようだった。
何カ所にもロケ地を分散するつもりはなかったから、
その何軒かある屋敷の中から僕らは1軒を選び、
そこで5週間をスタッフ・キャストで一緒に過ごしたんだ。
同じ家、同じ庭。そこに全てがある。
自由に動き回る感覚が身についたし、
お互いをとてもよく知ることが出来てチームが団結したんだ」
「ダンケルクの撮影も素晴らしいチームプレイだった。
1日中リハーサルを重ね、構築した結果、
2000人のエキストラの俳優が、
僕らがやろうとしていること、目指したことに積極的に関わり、実現してくれた。
結果、モンタージュ写真の連続を超えた、舞台作品のようになったんだ」
原作は現代文学を代表する作家イアン・マキューアンの傑作小説です。
原題は「贖罪」。
イアン・マキューアンには他に「イノセント」「アムステルダム」「愛の続き」
といった作品があります。
マキューアンの小説にはある種の辛辣さ、残酷さがつきものなのですが、
監督自身も原作の持つ衝撃的で残酷な部分に惹かれたとか。
「僕はこの種の残虐さと衝撃が大好きなんだよ。
何もかもがすごく切なくて、真の困難に襲われる。
僕らはこうしたことを、映画の色合いにも出そうと試みた。
カッティング・スタイル、演技スタイルなど、全てにおいてね。
僕はマキューアンが生み出したストーリーを映画として、
観客に味わって欲しいと思ったんだよ」
その名作の誉れ高い原作小説を脚色するにあたっては、
脚本家クリストファー・ハンプトンとともに、
原作をゼロから考え直して、シーンや台詞を作っていったといいます。
「僕が原作を読んだ時に頭の中で起きた出来事に、できるだけ忠実であろうと努めた。
まず第一に、本は幻想だ。
そこには何もない。
ページ上にあるのは、大量のシンボルで、全ては、読者の頭の中にこそ起こるんだ。
そうとすれば、映画もまた幻想だよ。
1秒に24フレームある、その1枚1枚が静止している。
時間の流れは、僕らの頭の中で創られる残像だ。
映画は頭の中で創られるし、本も頭の中で創られる。
それで、僕は原作を読んだ時、頭の中に起きた内容を脚色したんだ。
幻想から幻想を創ったっていう感じ…
以下はネタバレとなるのでmixi独身映画ファンコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1299114
にて「つぐない」の頁をご覧下さい。
トップページ(映画製作裏話、映画と原作比較レビュー)戻る。