「海猿(ウミザル)」映画製作裏話

「海猿(ウミザル)」映画チラシ★映画基礎データー★
「海猿(ウミザル)」
2004年 日本映画
監督 羽住英一郎
原作 佐藤秀峰 小森陽一
脚本 福田靖
出演 伊藤英明 加藤あい

               

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海上保安庁の仙崎(伊藤英明)は50日間に及ぶ潜水士の研修で、
工藤(伊藤淳史)とペアを組まされる。誰よりも能力が劣る工藤を励まし支える仙崎。
しかし、リーダー格の三島(海藤健)は彼らに理解を示さず、やがて仙崎と対立する。

『ブラックジャックによろしく』で知られる人気漫画家・佐藤秀峰のコミック「海猿(ウミザル)」を原作に、
『躍る大捜査線THE MOVIE』のスタッフたちが作り上げた海洋エンターテインメント作品です。

人命救助のエキスパートで、海上保安庁の中のエリートである「潜水士」。
厳しい試験と訓練を経て、
一人前の潜水士として成長していく青年たちの青春を描きます。

主役は自らもマスターダイバーのライセンスを持ち、
潜水シーンも自分でこなした伊藤英明。

えーと、これはNHKのBSでいちどドラマ化されているように思いましたが、
どうでしたかね。
原作コミックは13巻までで累積250万部を売り上げた人気青年コミックスです。
毎回起きる現場の海難事故解決がメインストーリーですが、
映画では原作の3巻目から5巻目にかけての訓練生時代の話を映像化しています。

監督の話では、海難事故をメインにするとどのエピソードを映像化しても予算がパンクするので、
海上保安庁の全面協力が期待できる訓練生時代のはなしで脚本を書くしかなかったとか。

『躍る大捜査線』同様、そう奥の深いドラマではありませんが、
邦画では取上げられること自体珍しい海洋アクションものです。
制作ノウハウの蓄積がありませんから現場は大変だったのではないですか。
“事件は現場で起きる”んですよ、やっぱ。笑

伊藤英明はじめ、若いキャストは合宿して訓練し撮影に望んだといっています。
「あれ演技でなくてほとんどそのまんま。芝居でなくてドキュメンタリー」だそうです。
絵に描いたような体育会系ドラマです。
 「ようするにトップガンですよね」という映画の掲示板の書き込みを見て、
結構あせりました。
いえ、私があせること無いのですが。
言われてみればその通りですが、
原作者も監督もそんな意識はさらさらなくて、
やっぱりこれは日本人の海上保安庁のおにーさんたちの話以外の何ものでもありません。

 人命救助に燃える人もいれば、
上官に騙されて気が付けば呉にいた人までいまどきの若い男が14人。
2時間で14人の訓練生を描くというのはきつくて、
実際に描けているのはメインとなる3人に加藤あいのヒロインがプラスアルファです。
これは仕方ないんだけど。

それと海上保安大学の主任教官 源(藤達也)に、さらに昔の源の仲間、
いまは主席監察官の五十嵐(國村隼)。こんなものですね、一本の映画としては。

どんな原作モノでもそうですが、コミックファンの“原作至上主義者”から
「よくもオレたちの『海猿』をこんなだめだめフィルムにしてくれたなっ」と
怒りのメッセージがあちこちに投げ込まれているのも事実であります。
この件については、
単純に劇画と映画はメディアが違うというだけではないようです。
私は原作は断片的にしか見ていないので偉そうなことはいえませんが、
主人公たちは、雰囲気かなり落ちこぼれっぽくて
いろんなダメな自分たちを乗り越えて前へと走ってる事の
良さが前面に出ているように読みました。

が、映画の入校式でオニ教官(藤達也)が述べている通り、
彼ら候補生は「全海上保安官のわずか五パーセント」に過ぎない選ばれた若者たち、
というのが現実で、原作の方がむしろ“現実を大胆に脚色している”ようです。

それにしちゃ訓練校のある広島県呉市の地元じゃ品行不良の『海猿』で鳴らしたボケども、
ということで悪名がたたって合コンもままならないというあたりがちゃんと出てましたし、
伊藤英明が喧嘩して飲み屋の水槽に潜って、パンツに海老が飛び込んで飛び上がって負けるとか、
派手なお馬鹿かましてますし、許してあげて欲しいなぁ。
なんで瀬戸内海に熱帯魚が、という他愛ない嘘場面もあります。それは愛嬌でしょうが。

水槽ダイビングの場面は、一緒に泳ぐ鯛やひらめが死なないよう水温15度に保たれていたそうです。
伊藤英明はスタッフに
「15度ですから」と事前に聞かされていたものの、
それが意味するところを理解しておらず、
水槽に沈んでみたら凍りつきそうに冷たいのでめげたとか。
この場面の撮影は、一晩かかりで夜明けまでかけたそうです。
映画は体力ですなぁ。

体力といえば、
潜水用具フル装備で石段を駆け上がらせる訓練場面が出てきます。
石段の上でボンベを背負ったまま腕立て伏せまでやっている。
私は昔、スキューバのCカードをとってますので、
装備がどのくらいの重たさかは知ってます。実際の訓練生の方々はともかく、
俳優さんたちは本物の装備で地べたを走りまわされたのでしょうか?

無茶が過ぎると“いい絵が撮れる”前に男優さんたちが壊れちゃいそうですから、
ダミーをしょっていた風にも思えますね。

舞台となる呉市とその周辺のことは私も個人的によく知ってます。
本当はバブル崩壊後の地方都市の深刻な不況とかがあったりするのですが、
それらは綺麗に背景に押しやり、美しい島なみがカメラに切り取られています。

外海とはかなり異なる内海の風景は大画面でこそ堪能して欲しいです。

プールのシーンはみな当人たちが演じているようですが、
重りを両手に持って延々立ち泳ぎとかきついですね。
水中で装備をはずすというのは私も講習でやりました。
いざ装備がいかれたら外して逃げるときのために。
映画ではそっくりバディと交換してますね。
重りを腹の上に載せて遠泳をするのが出てきます。
重りの方に目が行きそうですが、
むしろ見て欲しいのは腕の方。

ダイビングの泳ぎでは水泳のように腕で水をかく練習というのはやりません。
フィン(足のひれ)を付けているので推進力に不足は無いのですが、
水中で身体の水平を保つのが少し不自由だったりします。
肩でバランスをとる感じですか。
手にはライトとかケーブル、カメラなどを手にしていることが多いので
両手があいていても進めるようにしとくんだろうなぁと思ってますが、
本当のところはよく分かりません。

石垣島オフ旅行の折、私はハウジングに入れたデジカメで動画の撮影を海中ではじめてやりましたが、
両手でカメラを構えるとすぐ身体が裏返りそうになって困りました。

両足で上手く水をかいて定位置でホバリングする
にはそれなりに慣れがいるようです。
つい水平に身体を寝かせてカメラを構えていたようですが、
むしろ身体は立てていた方がよかったんだろうな。

えっと話をリアリズムと虚構の話に戻さないと。

一方でオニ教官が教室の講義で述べている通り、
「十年現役で潜水士をやっていて人命救助できたのは一人だけ、
あとは遺体収容が仕事だった。」

これが現実でしょう。日常はアクション活劇ではない。
きちんとリサーチしてカメラを回そうとすると、
こういう事実を無視して脚本を書くわけにはいかなくなる。
ねたばれ改行です。







冒頭の転覆した貨物船の船内に入っていくところと、
仏崎と三島が沈む海底の場面が、
プールの底に作られたセットだそうです。
あれほとんど紙とダンボール製で、重し代わりに土砂を撒いていたそうです。
その割りによく出来てました。

ミスチルの歌で、『ダメな映画を盛り上げるために簡単に命が捨てられていく』とありますが、
まさに盛り上げるために工藤が死にます。

ええと原作とは死に様がだいぶ違うようですね。
原作ファンが攻撃してます。
これは脚本全体のバランス上、
藤達也に「あれは犬死だ」といわせる必要があったためでああなったに違いないです。
でそのあと、任務のほとんどは遺体収容だ、のセリフが出てくる。
映画ならではの解釈とリサーチ上のデータ、
さらに原作との違いがぶつかりあうところですね。
どちらがいいとはにわかに判じ難いですが。

エンディングのタイトルが出きった後で続編の告知があります。
そのことは知っていましたが、
字幕がちらりと出る程度かと思っていたのですが、
ジェットヘリが飛ぶわ、
ランドマークタワーが出てくるわ。
あげく大爆発でしょう?
かっこいいですけど、あれで続編作れなかったらどうするんだ、と思ったら続編どころか、
三部作ですね。

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