「Vフォー・ヴェンデッタ」

「Vフォー・ヴェンデッタ」映画チラシ ★映画基礎データー★
「Vフォー・ヴェンデッタ」
2005年 アメリカ映画
監督 ジェームズ・マクティーグ
脚本 アンディ・ウォシャウスキー ラリー・ウォシャウスキー
主演 ナタリー・ポートマン

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独裁国家と化した近未来の英国。
労働者階級の若きヒロイン、イヴィー(ナタリー・ポートマン)は
絶体絶命の危機に見舞われたところを
“V”とだけ名乗る仮面の男(ヒューゴ・ウィービング)に命を救われた。 
いくつもの顔をもつVは、華と教養を兼ね備えた紳士であり、
恐怖政治に抑圧された市民を暴君の手から解放することに余念がない。
しかし一方では、怨念にかられた血の復讐鬼でもあった。 
不正と暴虐にまみれた政府から英国民を解放するため、
Vは国の圧制を糾弾し、同胞の市民に国会議事堂前に集結するよう呼びかける。
決行は11月5日――“ガイ・フォークス・デー”だ。 

1605年の同じ日、ガイ・フォークスは火薬を詰めた36個の樽とともに、
議事堂の地下道に潜伏しているところを発見された。
フォークスをはじめとするレジスタンス一派は、
ジェイムズ一世を君主とする圧政に反発し、
政府の転覆を狙って“火薬の陰謀”をくわだてた。
だが、一斉に摘発されたフォークスらは絞首刑、
火あぶりの刑、四つ裂きの刑に処され、計画は未完に終わってしまったのだ。 
その反逆精神とあの日の記憶を胸に、
Vはフォークスの計画を引き継ぐことを心に誓う。
1605年11月5日に処刑されたフォークスに代わって、
国会議事堂を爆破しようというのだ。 

謎に包まれたVの素性が明らかになるにつれ、
イヴィーは自分自身についての真実をも知るようになる。
図らずもVの協力者となったイヴィーはVの悲願をはたすべく、
革命の火をともし、
血も涙もない腐りきった社会に自由と正義を取り戻すために立ち上がった。

『マトリックス』3部作を作り上げたウォッシャウスキー兄弟が
『マトリックス』以前に練り上げていた脚本を、
ジョエル・シルバーがプロデュース。
7年越し企画の映画がようやく公開されました。

 『 Vフォー・ヴェンデッタ』の原作となっているのは、
英国のグラフィック・ノヴェル、文章の多い一種のコミック本
「Vフォー・ヴェンデッタ」です。
「Vフォー・ヴェンデッタ」は、英国のコミックライター、
アラン・ムーアがストーリーを書き、
作画の大部分はデヴィッド・ロイドの手によるという共同作品です。
『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い (2003)』や
ジョニー・ディプ主演の「フロム・ヘル (2001)』もアラン・ムーアの作品です。

アラン・ムーアは 1953年、イングランドのノーサンプトン生まれ、
「V フォー・ヴェンデッタ」は 1982 〜1985年の間に初版が発行されています。
その時はマンガは白黒でした。
アラン・ムーアとデヴィッド・ロイドは、以前は英国のマーヴェル作品に携わっており、
その 1960年代の英国のコミックのキャラ達に影響されて、
暗い冒険もののシリーズを出そうと考えたといいます。

「Vフォー・ヴェンデッタ」というタイトルは、
1960 年代の IPC コミックに敬意を払って、
編集者のデズ・スキン氏のアイディアと伝えられています。
そして謎の人物「 V 」の服装は、
17世紀初頭の英国の反乱分子ガイ・フォークスの感じにするようにと、
アラン・ムーアは作画担当のデヴィッド・ロイドに注文したといいます。

 英語版のキャッチコピーはふたつあって、ひとつが
「 People should not be afraid of their governments.
Governments should be afraid of their people.
(直訳: 人民は政府を恐れるべきではない。政府が人民を恐れるべきだ。)」
というやつで、これは日本語版でも踏襲されていますね。
あとひとつが
「 Remember, remember, the fifth of November.
(直訳: どうか覚えておいて、11月5日のことを / 11月5日を必ず思い出して。)」
というやつで、
英国で 1605/11/05に国会議事堂がガイ・フォークスらに爆破されそうになって
寸前に逮捕したという英国史上有名な「火薬陰謀事件」を歌った
マザーグースの歌の一行目からとられています。
当初は2005/11/04 米国封切の計画でした。
その日は「火薬陰謀事件」発覚から 400周年の週末だったからです。
でも、製作にもっと時間を要するようになって
2006/03/17 に延期されています。この延期理由は、
2005/07/07 のロンドン同時爆発テロに配慮したという話もささやかれています。

「マトリックス」のネオもVも“抵抗の美学”、あるいは“反抗の美学”が、
構想の原点にあるんでしょうけど、
Vはテロリストですからね、どっから見ても。
本人にもそれらしい自覚はあるみたいですし。
西側世界で、今くらいテロリストが“公共の敵”扱いされている時代はないわけで、
脚色に当たって、テロ賛美にならないよういろいろ知恵を絞ったんだろうなと思いますね。
原作通りなのかもしれませんが、
Vのしていることは、狡猾に見えるところと非常にアホッぽいところが同居していて、
見た目もそうですが、性格も含めて人物像全体が劇画チックな
キャラクターに仕上がってます。

予告篇を見たときの印象はあんまり良くなくて、
試写会があたんなければ金払って見に行くことはなかった作品でしたが、
見てみて、作品世界はなかなか上手いこと作り込まれてましたし、
アホはアホなりにきっちり落とし前を付けて、
世界をきちんと閉じこんで完結しているところが心地良かったです。
ぜんぜん好みではありませんが、
見終わると不思議と達成感がある映画ですね。

最後まで仮面をとらない謎の男「 V 」を「マトリックス」の
ヒューゴ・ウィーヴィングが演じていることは知られていますが、
最初から彼に役が振られていたのではなくて
当初はジェームズ・ピュアフォイ
(『エヴァンジェリスタ (2004) 』『バイオハザード (2001)』等)が
配役されていたのですが、
降板してヒューゴ・ウィーヴィングに代わったそうです。

Vが自分のモデルにしているガイ・フォークスという人がどんな人だったのか、
映画の限りではあんまり良くわからないです。
イメージとして過激派ということしかわかんない。
当時の英国がどんな状態だったのか、
彼はどこから来て、何に怒って立ち上がったのか、
議事堂をぶっとばして、その後どうする気だったのか、
ヴィジョンも判らない。
細々と語っても意味がないという演出上の判断があったのかもしれないですが、
感情移入できないので、Vの方の動機付けもわかんないままです。

悪玉がヒットラーを髣髴させる人物で、
秘密警察はそのまんまゲシュタポ、収容所はアウシュビッツ以外の何物でも
ないようです。
独裁者の支配する世界というと今でもナチスなのかしらん?
ナタリー・ポートマンはイスラエル出身ですから、
こういった世界にはシンパシーを感じるのだろと推測します。
スキンヘッドにされる場面も、
「いちどやってみたかった」と演技というよりファッションとしても前向きなことを
しゃべっていましたし。

ネタばれ改行です。



Vは強制収容所の実験病棟から逃亡した逃亡者ということになっているようです。
逃亡劇の部分が超人っぽく演出されてますが、
マスクを付けて戦っても、別にスパイダーマンみたく糸吐いたり、
ハルクのように変身する訳でもないので、超人に見せる必要ないと思うんですけどね。
あそこは、逃亡する以前の氏素性を出さないまま、
抵抗のシンボル“V”が生まれたことを印象付けるための場面なんでしょう。

ですから、中盤にVのマスクを付けた連中が反抗運動を始めたり、
壁にペンキで“V”と落書きをしたり、
クライマックスで警官隊の前にマスクの群集が現れるところが見せ場なのですね。
ラストの大爆発は見せ場ではなくてフィナーレです。

Vがイヴィーを自分のアジトに連れ込んで、無理やり暮らし始めるところは、
見ようによっては「オペラ座の怪人」ですが、
ここでは子爵のような恋敵は登場しません。
二人の関係は恋愛よりずっと屈折してます。
彼は最後に彼女に看取られて本望だったのでしょうが、
独裁者をやっつけた後、イヴィーがどうするのかに付いては、
何の手がかりも映画からは感じられません。

抵抗しているうちが華で、
自由になったらすることがなくなっちゃうんじゃないかなとも、
思いますね。

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