「ボイス」DVD脚本レビュー

「ボイス」映画チラシ★映画基礎データー★
「ボイス」
2002年 韓国映画
監督
脚本 アン・ビョンギ
出演 ハ・ジウォン キム・ユミ チェ・ジヨン
               

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 携帯番号にかかった1本の電話が、幼い少女を、悪魔のように豹変させてしまう。
そして、一家の友人であり、元凶となった電話の持ち主である女性ジャーナリスト、
ジウォン(ハ・ジウォン)の周りにも奇怪な現象が…。
 少女を救うために真相究明に乗り出したジウォンは、彼女と同じ携帯番号を使用し
ていた人間は、全員が不審な死に方をしていたことを知る。
 今日もまた携帯が鳴る。不気味なノイズに混じってかすかに聞こえるのは、震える

の《声》−「お願い。愛しているなら電話に出て」
果たして呪いを解く方法はあるのか? そして、電話の声の主は…?

―というわけで、幼い女の子が白目をむいて悲鳴を上げるCMがやたらウケてしまっ
た、「ボイス」。
確かにヨンジュ役のウン・ソウちゃん(撮影当時6歳)の熱演は大したもので、
見た大人達をビビらせます。
「エクソシスト」のリンダ・ブレア以上?
韓国では「守護天使」という連続ドラマで主役を食う人気者だとかで、
ホラー少女役にとどまらず活躍してくれそうです。

韓国のホラー映画と言うのは、「リング」のヒット以降に出てきた新しいジャンルの
様で、まだこれと言ったドラマのパターンは無いみたいです。
監督アン・ギョンギというひとは、まだ30代の若手で、
面白ければなんでも取り入れる貧欲さが武器です。
「ボイス」自体、「リング」から「エクソシスト」までみんな出て来い来い来い、
のジェットコースター・ホラーで、かなり騒々しい作品です。

前半はパワーで押しきるショッカーシーンに、
妙に怪談話っぱい展開のミスマッチさが面白いのですが、
校半になるとドロドロの愛憎のドラマになって、
映画の掲示板では「火曜サスペンスやんかっ」という文句の書き込みも見られます。

ジウォン役のハ・ジウォンもそうですか、
友人でヨンジュの母親ホジョン役のキム・ユミ、
電話の向こうの怨霊、ジニ役のチェ・ジヨンと出てくる女優さんが、
みなさんとても綺麗です。
それがまた髪振り乱して悲鳴を上げる恐さが何とも言えず。(^^ゞ

儒教の影響で長い事、男の下に置かれた女の怨念は強いらしく、韓国では特に処女の
娘(未婚の若い女性)の鬼神(幽霊)は特に怖いことになっているようです。
ざんばら髪で井戸の傍らに立っているところは日韓共通。
皿屋敷とか、実は古くからある怪談のパターンなのですね。
西洋のモンスターなんかとは様子が違う。
それをどう新しく見せるかが知恵の絞りどころです。
うらめしやぁ、ではなくて、愛してる、愛してると寄って来る。(恐)

「ボイス」もあれ、リリリッと鳴るから恐いのであって、着メロじゃ駄目だよな、
と思っていると、ここぞというところで、
マナーモードも着メロも出てきて、どかっと恐がらせるのでお楽しみに。
うーむ、どうも、恐い、と言うより、驚かせる、という感じですね。
最初、呪いの方向性の無さ、正体不明さ、手当たり次第さが
「リング」的で面白いのですが、そこに古い怪談のパターンが絡んでくるのですね。
“タクシーに女の人を乗せると途中で消えた。墓地の傍だった。”
みたいなのが出てきて、気持ち悪くて気持ちイイ。
ヒロインは携帯の幽霊と、もともと追いかけてくるストーカーと両方を相手にせにゃ
ならない。
二つは無関係かと言うと、さにあらず。
ヒロイン、ジウォンと、ヨンジュの母親ホジョンの関係を姉妹と受取った人は
多い様ですが、ふたりは友人関係なのですね。
ねたばれ改行です。









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“月光”







もうひとつの携帯









ヨンジュは、実はジウォンの卵子を体外受精させて母親ホジョンが出産した、
というのが凄いです。
遺伝子的にはヨンジュとジウォンの方が母娘の関係になっている。
あの2人は少女を挟んでふたりの母親という関係です。
なるほど、その手で来たか。
このネタの割り方は面白かったのに、母親ホジョンと夫チェ・ウジェ(チャンフン)
のふたりの謎解きがそろって回想シーンになっているのは芸がありません。

貞子は、言って見れば人間全部を呪い殺したかったのに対し、
「ボイス」は標的が決まっている。
だったら携帯なんて回りくどい手で呪わずに、
直接相手のもとに化けて出ればイイだろう、
という意味の書き込みが映画の掲示板ありました。
初めの方の無差別殺戮風がへんじゃないか、という説です。

どうですかね、私自身はこの前フリの殺戮と後半のドラマは
そう矛盾したものだとは感じてません。
怨念と言うものは、人でなくて場所に宿ったりするのはあることですし、
霊は時間的な制約に縛られず、何年掛かろうが、途中でどれだけ屍の山を築こうが、
飽きずにやってくる。そこが恐いんだろうと思うのですが。


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