「嗤う伊右衛門〈わらういえもん〉」メイキング,映画製作裏話

「嗤う伊右衛門」映画チラシ★映画基礎データー★
「嗤う伊右衛門〈わらういえもん〉」
2003年 日本映画
監督 蜷川幸雄
原作 京極夏彦
脚本:筒井ともみ
出演:唐沢寿明 小雪 香川照之 池内博之 椎名桔平

               

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世捨て人然として貧乏長屋の片隅でひっそりと暮らす浪人・境野伊右衛門(唐沢寿
明)は、御行乞食・又市(香川照之「赤い月」)の計らいで、
民谷家の娘・岩(小雪『ラスト・サムライ』)と縁組みし、その家督を継ぐ。
岩は病のせいで美しい顔に醜い傷を負っていたが、卑屈さなど微塵もない気丈な女だ
った。最初こそ、感情を表さない夫に苛立ちを募らせる岩だったが、
伊右衛門の誠実な心根が伝わるに連れて、2人は次第に心を通わせて行く。
しかし、かねてより岩に執心していた筆頭与力・伊東喜兵衛(椎名桔平)は、
そんな2人を苦々しく思っていた…。

昨年22年ぶりに『青の炎』でメガホンを握った蜷川幸雄の新作
「嗤う伊右衛門〈わらういえもん〉」です。
かつて映画『魔性の夏』でも取り上げた「四谷怪談」を
本年度直木賞受賞作家・京極夏彦の泉鏡花賞受賞作品「嗤う伊右衛門〈わらういえも
ん〉」を原作に映画化。脚本に筒井ともみ、音楽は宇崎竜童
(つまりジャズですね。音楽は)です。
こんだけスタッフが揃えば面白いに違いないというんで劇場公開時に見に出かけました。

東宝メジャー映画でありながら都内での劇場公開は百人規模の洋画系2番館で興業というスタイルで、
大層な人出で、劇場側は上映開始前早々に入場終了を宣言し、来客をシャットアウトという独特なスタイルでした。
ストーリーの分かりやすさや、
ダイナミックでスピーディな展開そのものに楽しみを見出す一般の映画ファン受けは
およそしない作品です。

演劇のコアな蜷川ファンと怪奇小説のコアな京極ファンで劇場は不思議な雰囲気。
面白かったです。演劇的に見てもヘビーで、ホラーとしても実にドロドロで。
グロいシーンに気分の悪くなった方もいたようですが、
私としてはむしろ、とても知的高揚感のある作品でした。
知的、というと情報量の多い作品だろうと思い違いをする人もあるようですが、
道具立て、時代考証的には並の時代劇の範囲で
特段ものすごいものが出てくるというわけではないです。
こういう高揚感というのはヴィスコンティの作品を見て以来です。
世に知られ尽くした「四谷怪談」をもう1度見せてやろうというんで、
いろいろ送り手は考えている。その工夫、作品を彩る人工美にグッときたんですね。
ドキュメンタリーの対極にある“作り物”の完成美があります。

時代劇でも「たそがれXX」の藤沢周平、「雨あXX」の山本周五郎みたいな、
ヒューマニズムとも無縁なところで時代劇を語るというのが新鮮でした。

私は同じ蜷川さんが01年に竹中直人(伊右衛門)藤真利子(お岩)
広末涼子(お袖)高嶋政伸(佐藤與茂七) 村上淳(直助)持田真樹(お梅)
のキャストで東京スカパラダイスオーケストラが音楽をやった舞台「四谷怪談」を
渋谷シアターコクーンで見てますが、それと比べても面白かったです。

“愛の狂気”もしくは“狂気の愛”がテーマです。
言葉で書くのは簡単ですが、
生身の役者にセリフでしゃべらせ、カメラで撮る映画作品として
仕立て上げるのは大変です。
全編が全て上手く出来あがっているわけではありませんが、
とても善戦しているしハイスコアを上げている。
失敗しているところも、どうしてそうなるか考えれば判るので、許せます。

何度も「四谷怪談」を作品化している蜷川さんも「嗤う伊右衛門」の
脚色には相当苦しんだ様です。
自分でいろいろ書いてみたけどどうにもならない。
「それから」「銀河鉄道の夜」「源氏物語」等文芸ものの脚本をモノにした
筒井ともみが既に脚色していると聞いて「無断引用などしないから、読ませて欲しい」
と当人に直談判し、手に入れたホンを一読、採用を決めたというエピソードがあります。

筒井さんの方は別の制作プロダクションで映画化の話があって草稿を用意していた。
企画がポシャッて、原稿が宙に浮いていたのが蜷川さんの目に止まって日の目を見た。
日本映画では非常に珍しい話ではないでしょうか?
脚本は原作のあらすじにかなり忠実だそうですが、蜷川さんが語るところでは、
お岩さんのおんなごころの描写に優れていたそうです。

浪人の民谷伊右衛門をお梅という良家の娘が好きになる。
しかし、伊右衛門にはお岩という女房がいた。
お梅の父・伊藤喜兵衛は伊右衛門にお岩を殺すよう持ち掛け、
お岩は毒を飲まされ、顔を醜く崩し、死ぬ。
伊右衛門はお梅と祝言をあげるが、
初夜の夜、お岩の亡霊が現れて、伊右衛門は錯乱してお梅の首を切り落とす。
有名な四世鶴屋南北の歌舞伎「東海道四谷怪談」のあらすじですが、
映画ではお岩は最初から顔に大きな痣がある。
病気でそうなったという設定ですが、
映画の冒頭、小雪さんは雑踏をまっすぐ顔を上げて堂々と歩くところから登場しています。
顔の左半分にスペシャルメイクで痣をつけてますが、
更に左目に白くにごったコンタクトを入れて、醜いというより怖い顔になっています。
ここでの岩は呆気にとられるほど負けん気が強く、
すれ違う通行人の方がびびってひそひそ囁きあっている。

お岩としては“別に恥じ入る必要がどこにある”というんで
てこでも頭巾などは被らない、女の意地の見せ所なのですが、
このことについて、ドラマの後半で又市(香川照之)が
「顔の醜さが怖いんじゃない。世間を恐れぬ岩さまのまっすぐな心が
世間(の弱虫ども)には恐ろしいんでさぁ」
と筒井脚本は、当のお岩相手に言わせている。
蜷川さんはそこが凄いホン(脚本)だと気に入った。
お岩の気丈さは容姿の美醜を超える彼女の美しさです。
お岩さんは、伊右衛門言うところの「正しい女」で、
ただひたすら夫の幸せだけを願っています。
そして、斜に構えて生きてきた伊右衛門は、
岩という妻を得て初めて生気を取り戻す、という構図なのですね。

映画のはじめ近くで、少年の伊右衛門が父親の切腹の介錯をする場面が、
イメージとして出てくる。
前後に説明が無いので判り難いのですが、
伊右衛門は浪人になる時に父親の死があって、人生に絶望してしまっている。
地味で真面目な生活態度は変わらないけど、
まったく笑うことのない男だ、という事になっています。
で、その伊右衛門がいつ笑うか、どう笑うか、が作品のタイトルになっている。

民谷家に醜い一人娘のお岩がいる。
父親は娘の幸せと家名存続のために婿養子を探していて、そこに伊右衛門がやってくる。
伊右衛門はお岩の顔のことには興味なげにしているので、
お岩さんも、結婚生活にそれなりに期待しているようすなのですが、
しかし、初夜の翌朝、顔を合わせた途端に伊右衛門が「すまぬ」などと
声を掛けてくるので、新妻としては立場が無くなったように感じるのですね。
彼女の側から見て、伊右衛門はまるで受身で、一家の主らしく見えない。
真面目で誠実なのは判るが、覇気が感じられない。
お岩さんは伊右衛門を叱る、そこからふたりのドラマが始まります。

椎名桔平の伊東喜兵衛は、民谷の上司として登場しますが、
金で地位を買った男。
病気にかかって醜くなるの前のお岩さんにちょっかいだそうとしていた。
で、お岩さんと伊右衛門がその後、幸せに暮らしているのを知って妬んで邪魔立てします。
人の幸せを、理由も無しに妬む恥ずかしい奴です。
いろいろ出生の秘密とか後ろ暗い過去とかがセリフで出てきますが、
やたらおどろおどろしいのです。
これは原作にいろいろ設定があるのでしょうが、乱暴に言ってしまえば、
映画の筋を追いかける分にはとくに判らなくても良いような部分です。
人の幸せを理由も無しにこわしたくなる衝動を抱え込んだ不条理な存在、というだけで
十分ですので。

伊東喜兵衛が自分の愛人、お梅を伊右衛門に押しつける。
伊右衛門のこころはお岩が出ていったあとも、彼女以外を見ていないのですが、
お梅は伊右衛門を愛してしまう。そして伊東喜兵衛との間に生まれた我が子を憎む。
愛憎がねじれてきて、お岩を狂気に引き込んでいく。
映画のなかで、「うらめしやぁ」というのは愛している、というのと同義語です。
お岩が「うらめしやぁ」とうめき声をあげて沼で伊右衛門に取り付く(抱き付く)
場面が美しく、映画としてもクライマックスとなっています。
ねたばれ改行です。











「うらめしやぁ」以降、お岩は画面に出てこないのですが、
カット尻に伊右衛門が刀のつばに手をかけて、チャッというような擬音がしてますので、
ここでお岩は伊右衛門に斬られて死んだ、という解釈で良いんだろうと思います。
そのあと、お梅を抱きに民谷家に通ってくる伊東喜兵衛を伊右衛門と直助で成敗してます。
悪が滅ばない事にはカタルシスが無いので、
伊東喜兵衛が殺されるのは賛成ですが、直助の告白はいらないんではないでしょうか?
直助役の池内博之は熱演してますが、ストレートに妹の敵を狙うが、
しとめそこなうということで十分でしょう。

エンディングの後日談で、
廃屋になった民谷家に棺があって、お岩と伊右衛門の亡骸が納まっている。
ふたりの笑い声とともにカメラが俯瞰になって、
屋根の上から棺を見下ろし、
さらに空撮になって現代の東京が出てきてジ・エンド。
このくだりが「わからない」とする掲示板の書き込みが目立ちましたが、
脚本には、お岩と伊右衛門の魂が哄笑しつつ時空を超えて昇天していく、
という意味の事が書かれているらしいのですが、
実際の画面を見ただけでそこまでわかる観客はいないでしょう。
演出で説明しようという気が無いみたいで、
意味不明でも作品の価値を損じるというほどの事は無いのですが、
不親切ではあります。


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