| その一歩が踏み出せない愛する人を励ます名セリフ |
| 「お前の骨はガラスじゃない。人生にぶつかっても大丈夫だ」
(「アメリ」より) |
作品基礎データ2000年 フランス映画 監督 ジャン=ピエール・ジェネ 脚本 ギョーム・ローラン 出演 オドレイ・トトゥ マチュ−・カソヴィッツ |
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ジャン=ピエール・ジェネ監督は ビデオクリップやCM作家として活躍後、 91年「デリカテッセン」で長編をマルク・キャロとともに初監督し、 95年「ロスト・チルドレン」97年「エイリアン4」と 2000年の「アメリ」の4作しか長編を作っていません。 「デリカテッセン」が食人がテーマで、「エイリアン4」はバイオハザードを背景に、 人間のモンスター化、モンスターの人間化というどちらもかなりグロテスクなテーマを ブラックなユーモアで見せる作品でした。 「アメリ」も「人を幸せにする映画」と言うテーマを持っていながら、 背景や人物の設定は、結構烏賊川(いかがわ)印です。 ジェネ監督は切れ切れのアイデアを無数のメモにしてコレクションしていたそうです。 構想そのものは「エイリアン4」の制作中からあったようですが、 バラバラのエピソードを束ねるメインのストーリーが思いつかず、 他人を幸せにしようとする娘、と言う主人公のイメージが出てきた途端、 全体が一本の脚本にまとまったそうです。 脚本はエミリー・ワトソンをヒロインに想定して書かれたそうで、 タイトルも元は「エミリー」と。 エミリー・ワトソンはカメラテストを受けていますが、 結局、当人が降板を決意、殆ど無名の新人 オドレイ・トトゥに決まったといういきさつがあります。 登場人物が全員白人で移民や有色人種が綺麗に排除されていることから、 「保守的な映画」という批評を受けたこともあったようですが、 およそ映画の主人公足りない、無名の人々ばかりのささやかなこだわりの 日々を綴った作品です。 メーンのストーリーというのは、 「アメリ」と言う自閉症気味の女の子が、 自宅のアパートの部屋で偶然見つけた「宝物の小箱」を持ち主に返し、 感謝されたことをきっかけに、何か人の役に立ちたいと決意し、 あれこれ人の世話を焼くうちに自分の幸せを見いだす=自分の恋を実らせる。 と言うお話です。 それ自体、ささやかながら良いお話ですから、 きちんと演出されれば普通に作っても良い作品になったはずですが、 それはジェネ監督の演出。一筋縄ではないんですね。 アメリ自身、善意の人を助けるために、悪意の人を家宅侵入して懲らしめたり、 友達のスチュワーデスに頼んで、父親が大切にしている小人の人形に 世界一周の旅をさせて、 父親を驚かせたりと、やることが少しずれている。 周りの登場人物も変な奴ばっかり。 カフェで起こった出来事を逐一テープレコーダーに記録している男 (ドミニク・ピノン 「エイリアン4」では車椅子に乗っていた)に、 ルノワールの複製画を描き、アメリの部屋を監視している老人、 すごいのがアメリの恋人になるニノ (マチュー・カソヴッツ 「クリムソン・リバー」を手がけた映画監督)で、 ポルノショップで働きながら、お化け屋敷で骸骨男のバイトをしている。 趣味は人が破り捨てた3分間スピード写真のスクラップというディープな奴。 人付き合い下手なアメリは、ニノに想いを伝えられずに右往左往します。 冒頭の名セリフは、このルノワールの老画家がアメリを励ます時の言葉です。 その言葉に一念発起した(?)アメリが彼のスクラップブックを返すまでのくだりは、 むしろアメリがニノをからかって、 公園の中を闊歩している様に見えてしまう楽しいシーンです。 この毒と紙一重のユーモアが、「アメリ」の魅力なのです。 ジャン=ピエール・ジェネ監督の演出は、 何か人生の深みのようなものを感じさせつつも、ひょっとしたら ただの趣味の問題なのかもしれないという 暗さと軽さとユーモアが入り交じったような摩訶不思議な世界を 作り上げることに成功しています。 |
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