かけがえのない人を失い、もう一度立ち上がるちからが欲しい時!の名セリフ
フォレスト・ガンプ
「ママがよく言っていた”死は生の一部なのよ”って」
「フォレスト・ガンプ/一期一会」作品基礎データ
■1994年 アメリカ映画「フォレスト・ガンプ/一期一会」
監督:ロバート・ゼメキス
脚本:エリック・ロス
出演者:トム・ハンクス 、ゲイリー・シニーズ
 
アカデミー賞(1994年)第67回
 作品賞 、監督賞(ロバート・ゼメキス) 、脚色賞 、主演男優賞(トム・ハンクス)
ゴールデングローブ賞(1994年)第52回
作品賞(ドラマ部門) 、監督賞(ロバート・ゼメキス) 、主演男優賞(トム・ハンクス)
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「人生はチョコレート箱!」というトム・ハンクスの名セリフで知られる
名作「フォレスト・ガンプ」。

 町の小さなバス停に汚れたスニーカーに上着を羽織った男、
フォレスト・ガンプ(トム・ハンクス)がバスを待っています。
彼は足元に舞い降りた羽を絵本に挟んで鞄にしまうと、
居合せた人々を相手に思い出話を始めます。

 フォレスト・ガンプはIQ70ほどの少年です。
IQ70といえば5歳から10歳の知能だそうで、それゆえ彼は差別を受けることとなります。
運命の人、ジェニー・カランは、
小学校で唯一フォレスト・ガンプをバカにしなかった友達として登場します。

 フォレスト・ガンプは大学時代のスポーツクラブでその俊足を生かして活躍。
陸軍に入って卓球とめぐり合い、選手として中国に渡ったりします。
ベトナム戦争では、戦場で人命救助のお手柄を立てます。
 ナパーム弾の炎をかいくぐって助け出したダン中尉(ゲイリー・シニーズ)と
ともに海に出て猟師をはじめ、
エビ釣りの事業は思わぬ成功を修めます。

 癌の母の死を看取ってフォレスト・ガンプは独りに。
ジェニーが戻ってきて、ふたりはフォレスト・ガンプの家で暮らし始めます。
 フォレスト・ガンプはジェニーにプロポーズしますが、
「私なんかと」とジェニーは躊躇します。
ジェニーは独り荷物をまとめて出て行きます。

 まっすぐにジェニーを見つめ、変わらぬ愛を誓うフォレスト・ガンプの姿は、
すさみ切って故郷に逃げ帰ったジェニーには眩し過ぎたのではなかったのでしょうか。
 ジェニーが去ったことに衝撃を受けたフォレスト・ガンプは走り出します。
アメリカ大陸を何往復もし、その姿はマスコミに伝えられます。
走るだけ走って故郷に戻ったフォレスト・ガンプにジェニーから連絡の手紙があり、
彼女の住む町へと出かけます。
 そしてフォレスト・ガンプは映画の冒頭のバス停にいるのです。

ジェニーのアパートには彼女の幼い息子がいました。
名はフォレスト。フォレスト・ガンプの息子でした。
驚きそして喜ぶフォレスト・ガンプ。
ジェニーは不治の病に犯されていました。
(私はエイズではないかと考えていますが、如何でしょう?)
 フォレスト・ガンプはふたりをつれて故郷に戻り、ジェニーと結婚します。
その祝いの席に新しい義足を付け、婚約者を伴ってダン中尉がやってきます。
 ほどなくジェニーは病床に伏せ、フォレスト・ガンプの手をとって心安んじて死にます。
彼女の最後の言葉は「愛しているわ」でした。
フォレスト・ガンプはジェニーを庭の木の下に埋め墓を立てます。
そして墓標を見つめ呟くのです。
「ママがよく言っていた”死は生の一部なのよ”って」

私達にはみな、運命(さだめ)があるのでしょうか?
それとも風に乗ってたださまよっているだけなのでしょうか?
フォレスト・ガンプは−たぶん二つが同時に起こっている、と答えています。
朝、スクールバスを待つ、フォレスト・ガンプ親子の足元から
白い鳥の羽が舞い上がり、
青い空の彼方に飛び去ってゆきます。
ハリウッド映画史上に輝く屈指のラストシーンのひとつでした。


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