「アバウト・ア・ボーイ/ホームコメディ脚本の書き方」
原作小説と映画脚本比較により脚本の書き方・成り立ちを探ります。ハリウッド脚本の極意、世界名作の秘密に迫ります。全体に「ねたばれ」の要素がありますので、要注意

「アバウト・ア・ボーイ」原作小説 原作小説
「アバウト・ア・ボーイ」
ニック・ホーンビイ著
森田義信訳
新潮文庫刊  2002年初版
(アメリカ本国では99年刊)

         
「アバウト・ア・ボーイ」映画パンフレット 映画
アメリカ映画 2002年
製作 ロバート・デニーロ
監督・脚本 ポール・ウェイツ クリス・ウェイツ
(99年「アメリカン・パイ」)
出演 ヒュー・グラント トニ・コレット レイチェル・ワイズ
  本作原作文庫
  本作映画チラシ





■脚本の書き方■
原作小説と映画脚本比較レビュー・インディスク



「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」「新コンテンツ」です。
原作J.R.R.トールキン

「アイデン&ティティ」
原作みうらじゅん
「新コンテンツ」です。
「精霊流し」
原作さだまさし

「マッチスティック・メン」
監督リドリー・スコット
「コンフェッション」
原作チャック・バリス
「ソラリス」
監督スティーブン・ソダーバーグ
「魔界転生」
原作山田風太郎
「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」
原作フランク・w・アバグネイル
「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」
原作J.R.R.トールキン
「黄泉がえり」
原作梶尾真治
「レッドドラゴン」
原作トマス・ハリス
「マイノリティ・リポート」
原作F・K・ディック
「ハリーポッターと秘密の部屋」
J.K.ローリング著
「ザ・リング the ring」
主演ナオミ・ワッツ
「アバウト・ア・ボーイ」
原作ニック・ホーンディ
「タイムマシン」
原作小説H・G・ウェルズ

「GO」
脚本:宮藤官九郎
「ロード・オブ・ザ・リング」脚本ピーター・ジャクソン
「ハリー・ポッターと賢者の石」
脚本スティーブ・クローブス
「PLANET OF THE APES/猿の惑星」

監督ティム・バートン

「陰陽師」
脚本福田靖
「ブリジット・ジョーンズの日記」

脚本アンドリュー・デイヴィス

「バトル・ロワイヤル」

脚本深作健太

「クロスファイア」
脚本山田耕大
「ファイト・クラブ」
監督デビット・フィンチャー
「共同警備区域JSA」
原作小説パク サンヨン
「ナインスゲート」
脚本:ジョン ブラウンジョン
「ハンニバル」
脚本デビット・マメット
「ホワイトアウト」
原作小説真保裕一
「リプリー」
原作パトリシア・ハイスミス
「黒い家」
脚本大森寿美男
「ISOLA多重人格少女」
脚本水谷俊之
「シン・レッド・ライン」
脚本テレンス・マリック
「魔女の宅急便」
監督宮崎駿
「リング」
脚本高橋洋
「コンタクト」
監督:ロバート・ゼメキス
「L.A.コンフィデンシャル」
脚本カーティス・ハンソン
「セブン・イヤーズ・イン・チベット」
原作小説:ハインリヒ・ハラー
「さらば、わが愛 覇王別姫」
監督チェン・カイコー
「バラサイト・イブ」
脚本君塚良一
「アポロ13号」
監督ロン・ハワード
「マディソン郡の橋」
脚本リチャード ラグラベニーズ
「ショーシャンクの空に」
脚本フランク・ダラボン
「フォレスト・ガンプ」
脚本エリック・ロス
「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」
原作小説アン・ライス
「ジュラシック・パーク」
原作小説マイケル・クライトン
「シンドラーのリスト」
脚本スティーブン・ザイリアン
「イヤー・オブ・ザ・ガン」
原作マイケル・ミューショー
「ダンス・ウィズ・ウルブズ」脚本マイケル・ブレイク
「レナードの朝」
主演ロビン・ウィリアム
「トータルリコール」
原作小説フィリップ・K・ディック
「レッドオクトーバーを追え!」
脚本ラリー・ファーガソン
「ワイルド・アット・ハート」
脚本デイヴィッド・リンチ
「ミザリー」
原作小説スティーブン・キング
「ダイ・ハード」
監督ジョン・マクティアナン
「仕立て屋の恋」
原作小説ジョルジュ・シムノ
「時をかける少女」
脚本剣持亘
「ブレード・ランナー」
原作小説フィリップ・K・ディック
「惑星ソラリス」
監督アンドレイ・タルコフスキー
「犬神家の一族」
原作小説横溝正史
「ゴッドファーザー」

監督フランシス・F・コッポラ
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ウィル・フリーマン(ヒュー・グラント)は、
ノース・ロンドンに住む38歳の独身男。(原作小説では36。ヒューに合わせた?)
亡き父が一発ヒットさせたクリスマス・ソングの印税でリッチに暮らす彼は、
これまで一度も働いた経験がありません。
エクササイズ(ビリヤード・バーで遊ぶ)をやり、
CDを選び、クイズ番組とネット・サーフィンで暇をつぶし、
テキトーにつきあえる相手とデートを楽しむ。
それがクールな生き方だと心得る彼は、
責任の二文字とは無縁の人生を心から溺喫していました。

「アバウト・ア・ボーイ」は
そんなウィルが、理想の交際相手としてシングル・マザーに目をつけるところからはじまります。
妹の知り合い(原作小説では本屋で見かけて、カフェで再会したアカの他人)のシンディーと、
”おいしい”思いをした彼は、
結婚の挫折を経験済みのシングル・マザーたちは、後腐れのない
男を求めている。と自分に都合良く考えたのでした。
ウィルは、さっそくシングル・ペアレントの会に参加。
妻が自分と息子を残して駆け落ちしたという作り話で同情を買い、
女性メンバーのスージー(ビクトリア・スマーフィット)とデ一トにこぎつけます。

そのデートにくっついてきたのが、12歳の少年マーカス(ニコラス・ホルト)でした。
彼は、シングル・ペアレントの会のメンバーで、
スージーの友人でもあるフィオナ(トニー・コレット「シックス・センス」)の息子です。
ヒッピー志向(というかヒッピーそのもの)の母のセンスに抵抗しきれずにいる彼は、
学校で「変わり者」のレッテルを貼られ、
いじめの対象になっています。
おまけにフィオナは鬱状態で、マーカスの悩みは深まるぱかり。
そんな彼の不安が的中する事件が起こります。
フィオナが睡眠薬自殺を図ったのです。
デートの婦りにマーカスを家へ送り届けた時、フィオナを発見して病院へ担ぎ込むハメこなったウィルは、
思いがけない展開に困惑顔。
が、そこはオトナの余裕を示し、「ママは助かる」と言ってマ一カスを励まします。
そんな彼に、「助かっても聞題は解決しない」と答えるマーカス。
フィオナはすぐ退院したのですが、情緒不安定な彼女とふたりきりの生活に限界を感じたマーカスは、
誰か母の支えになってくれる人聞はいないかと恩案をめぐらせます。
そこで白羽の矢を立てたのが、ウィルでした。

美容室でグルーミング中のウィルを強引に竃話で呼び出したマーカスは、
さっそくフィオナとのデートをセッティング。
しかし、菜食主義者と快楽主義者でウマが合うはずもなく、ふたりの仲は進展せず。
それでもあきらめきれないマーカスは、学校の帰りにウィルをつけまわし、
彼が独身であることをつきとめます。

「子供がいるなんてウソだろ?」
マーカスの言葉にグウの音も出ないウィルは、
毎日、放課後アパ一トを訪ねてくるマーカスを追い返すこともできず、
一緒にクイズ番組を見るようになります。
さらに、マーカスにハイテク・スニーカーを買ってやった時、
女性店員に「イケてるバパ」と呼ばれ、まんざらでもない気分を味わいます。
が、そんな、ふたりの関係がフィオナにバレる時が来ます。
ハイテク・スニーカーをいじめっこ達に奪われてマーカスは泣く泣く帰宅し、
フィオナに詰問されたからです。

食事中のレストランに乗り込んできた彼女から、
マーカスにイタズラしているのではないかと疑われ、激怒するウィル。
激しい言い争いの末、ウィルに悪気がないことを知ったフィオナは、
ウィルを慕うマ一カスの心に寂しさがあったことに気づくのでした。

原作小説では、この前のマーカスとフィオナのやりとりが深刻で、
ウィルの家への出入りを禁止すると怒るフィオナに、
父親が必要なのだとマーカスが言い返し、フィオナを大泣きさせてしまっています。
また、フィオナが乗り込んでくるのはレストランではなく、
ウィルの自宅なのですが、2人の直接口論はやはりヒートアップしてしまい、
後日、フィオナはもう1度ウィルと会って大人同士で話し合いますが、
やはり理解しあえないという悲しい結末になります。

原作小説のウィルはクリスマスが近づく中で、自分とマーカスが実は、
「不幸な親」を持つ似たもの同士である事に気がつき、
マーカスに大いに同情心を寄せるのです。
映画でも、マーケットにクリスマスソングが流れ、
亡き父の幻をみるという場面があり、
クリスマスを毎年独りで過ごしているらしいことが語られますが、
実はそんな心の動きがあったのです。

脚色上での変更はドラマが深刻になるのを避ける為の配慮と信じます。
そのまま映像化するとエンターテイメントの範疇から逸脱しそうです。

クリスマスの日、マーカスからホーム・パ一ティに招待されたウイルは、
フィオナ宅で久々にスージーと再会します。
子拷ちのフリをしたことを責められ、バツの悪い恩いをしたウィルでしたが、
「学校にはもっとひどいウソをつくヤツがいる。彼はいい人だ」というマーカスの取りなしで一件落着。
その日、団欒のなかで過ごしたウィルの胸は、意外なことに、
かつて味わったことのない幸福感で満たされていたのでした。

映画ではこのあとすぐにマーカスはエリーという不良少女の上級生に一目惚れすることになっています。
原作小説でもマーカスとエリーの交流が始まるのですが、
映画ではバースデイにウィルがマーカスに贈ったCDがきっかけで知り合うことになっているのに対し、
原作小説では、
マーカスがウィルから買ってもらったスニーカーが友達に奪われた件で母親がウィルの家にねじ込むだけでなく、
校長に抗議し、そのことで校長室に呼び出しを食ったマーカスが、
同じく服装の乱れで校長室に呼び出されているエリーと顔を合わせたのが始まりということになっています。
エリーはミージシャンのカート・コベインに心酔しており、
彼の顔の描かれたスウェットを学校に着込んできているのです。
この出会いの違いは映画と原作小説の結構大きな開きに発展していきます。

ウィルに本気の恋のチャンスが巡ってきます。
相手は12歳の息子を持つレイチェル(レイチェル・ワイズ「ハムナプテトラ2」)です。
彼女は、ウィルが語題にしたマーカスのことを、彼の息子と勘違い。
それをあえて否定しなからたウィルは、マーカスに息子のフリをしてもらう必要に迫られます。
自身も恋を経験中のマーカスは、その役目を快く引き受けました。
が、なるべく早くレイチェルに真案を打ち明けろと、ウィルを諭す。
それを闘いたウィル自身も、次第にレイチェルをだましていることに酎えられなくなって
ついに自分がマーカスの父親ではないと告白。
レイチェルにあなたは「空っぼ」と一番痛い所をつかれ、
結果、無残にフラれたウィルは、元の精神未熱なグータラ男に舞い戻っていったのでした。

フィオナの鬱状態がぶり返したのは、
そんな日のことでした。
また自殺するのではないかと心配したマーカスは、ウィルに助けを求めるが、
失恋で落ち込みのどん底にあるウィルに人助けの余裕はありません。
仕方なく、自分のカでこの危機を切り抜けようと考えたマーカスは、
フィオナの好きな「やさしく歌って」を歌い母を励まそうと、
学園ロック・コンサートにエントリーします。

一方、マーカスをすげなく追い返したウィルは、
人生についてモンモンと思いを巡らせていました。
自分にとって意味あるものは何か?
自問自答を始めたウィルの胸に、唯一浮かび上がってきた答えは、マーカスでした。
「マーカスは僕の一部、フィオナは彼の一部、だから彼女を助けなくちゃ」
ようやく自分のなすべきことに気がついたウィルは、フィオナを訪ねてシングル・ペアレンツの会へ。
そこでマーカスがコンサートに出場する話を聞いた彼は、
ブーイング必至の歌を歌わせまいと学校に駆けつけます。
会場には、息子の舞台を見に来ていたレイチェルの姿も。

案の定、静まり返る舞台で棒立ちのマーカスを助けようと
ギターを手にして舞台に上がってしまうウィル。
ウィルの演奏で何とか歌い切るマーカス。
およそ上手いとは言えなかっが、真摯な思いに観客は拍手をおくりました。
「嬉しかった」とフィオナ。「マクドナルドでも行こう」と言い出します。
彼女も自分の生活信条はひとまず置いておいて、
マーカスの望むような生活と少しだけ折り合っていこうという気なったようです。
ふたりの食事は、でも、ウィルの家でレイチェルや彼女の息子、エリーたちを招いてのパーティーになります。
ウィルもまた、自分の生活を見直す気持ちなっているようです。
エンドロールがせり上がって映画はジ・エンド。

原作小説ではレイチェルに「空っぼ」と指摘され、フィオナの鬱状態がぶり返すところまでは映画と同じでそこからうしろが、がらりと変わっています。
マーカスはウィルとフィオナとレイチェルが一緒に会うよう仕掛けます。
そしてマーカス自身はエリーとともに自分の本当の父親の元をたずねようとします。

映画ではほとんど描かれていませんが、原作小説では
マーカスはウィルとどんどん疎遠になる一方でエリーとの付き合いが深まっていき、
学校をエスケープするなどの不良に染まるような行動が増えます。
これはマーカスの成長という風に位置づけられています。

ウィルとフィオナが待っている店にレイチェルは姿を見せず、
代わりに警察から、マーカスとエリーが保護されているという知らせがあり、
ふたりは大慌てで警察へ駆けつけます。

エリーの心酔するカート・コベインが自殺し、
街のレコード店でカート・コベインの宣伝用ボードを発見したエリーが
前後の見境無しに店のショーウィンドーを叩き割り、マーカスとふたりで補導されていました。

マーカスは警察に迎えに来た実の父とにらみ合うところにエリーの母やウィルたちも現れる。
全員で近所のハンバーガー店へ夕食を食べに行って大団円となっています。

マーカスの精神的な成長によって、ウィルから巣立っていくのは本来の姿ではありますが、
時間の制約の中で展開する映画では、コンサートという劇的な山場をもうけて、
マーカスとウィルの二人の間でクライマックスを成立させるという方がわかり易いし、
ストレートな感動があるだろうと思います。

ニック・ホーンビイは本作が長編三作目だそうです。
得意のだめだめ30男に、マーカスという少年を配したのが本作の特徴となっています。
じつは私生活で実の息子の自閉症が発覚するなどの悲劇もあったようで、
マーカスという少年の造形に何がしかの影を落としているようにも感じられます。
本作は30男のモラトリアムに留まらず、もっと家族のありようにもテーマを振っているようです。

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