「博士の愛した数式/ファンタジー映画脚本の書き方」
原作小説と映画脚本比較により脚本の書き方・成り立ちを探ります。ハリウッド脚本の極意、世界名作の秘密に迫ります。全体に「ねたばれ」の要素がありますので、要注意。
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原作 「博士の愛した数式」 2003年刊 新潮社 小川洋子 著 |
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映画 「博士の愛した数式」 2005年 日本映画 監督脚本 小泉堯史 出演 寺尾聰 |
| 本作原作文庫 本作映画チラシ ■脚本の書き方■ 原作小説と映画脚本比較レビュー・インディスク 「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」原作J.K.ローリング 「亡国のイージス」原作福井晴敏 「宇宙戦争」原作H.G.ウェルズ 「四日間の奇蹟」原作浅倉卓弥 「アビエイター」原作ジョン・キーツ 「オペラ座の怪人」原作ガストン・ルルー 「ハウルの動く城」原作ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 「ターンレフト・ターンライト」主演:金城武 「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」 主演:ダニエル・ラドクリフ 「下妻物語」原作嶽本野ばら 「世界の中心で、愛を叫ぶ」原作片山恭一 「ジョゼと虎と魚たち」原作田辺聖子 「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」原作J.R.R.トールキン 「アイデン&ティティ」原作みうらじゅん 「精霊流し」原作さだまさし 「マッチスティック・メン」監督リドリー・スコット 「コンフェッション」原作チャック・バリス 「ソラリス」監督スティーブン・ソダーバーグ 「魔界転生」原作山田風太郎 「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」原作フランク・w・アバグネイル 「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」原作J.R.R.トールキン 「黄泉がえり」原作梶尾真治 「レッドドラゴン」原作トマス・ハリス 「マイノリティ・リポート」原作F・K・ディック 「ハリーポッターと秘密の部屋」J.K.ローリング著 「ザ・リング the ring」主演ナオミ・ワッツ 「アバウト・ア・ボーイ」原作ニック・ホーンディ 「タイムマシン」原作小説H・G・ウェルズ 「GO」脚本:宮藤官九郎 「ロード・オブ・ザ・リング」脚本ピーター・ジャクソン 「ハリー・ポッターと賢者の石」脚本スティーブ・クローブス 「PLANET OF THE APES/猿の惑星」監督ティム・バートン 「陰陽師」脚本福田靖 「ブリジット・ジョーンズの日記」脚本アンドリュー・デイヴィス 「バトル・ロワイヤル」脚本深作健太 「エクソシスト ディレクターズカット」主演リンダ・ブレア 「クロスファイア」脚本山田耕大 「ファイト・クラブ」監督デビット・フィンチャー 「共同警備区域JSA」原作小説パク サンヨン 「ナインスゲート」脚本:ジョン ブラウンジョン 「ハンニバル」脚本デビット・マメット 「ホワイトアウト」原作小説真保裕一 「リプリー」原作パトリシア・ハイスミス 「黒い家」脚本大森寿美男 「ISOLA多重人格少女」脚本水谷俊之 「シン・レッド・ライン」脚本テレンス・マリック 「魔女の宅急便」監督宮崎駿 「リング」脚本高橋洋 「コンタクト」監督:ロバート・ゼメキス 「L.A.コンフィデンシャル」脚本カーティス・ハンソン 「セブン・イヤーズ・イン・チベット」原作小説:ハインリヒ・ハラー 「さらば、わが愛 覇王別姫」監督チェン・カイコー 「バラサイト・イブ」脚本君塚良一 「アポロ13号」監督ロン・ハワード 「マディソン郡の橋」脚本リチャード ラグラベニーズ 「ショーシャンクの空に」脚本フランク・ダラボン 「フォレスト・ガンプ」脚本エリック・ロス 「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」原作小説アン・ライス 「ジュラシック・パーク」原作小説マイケル・クライトン 「シンドラーのリスト」脚本スティーブン・ザイリアン 「イヤー・オブ・ザ・ガン」原作マイケル・ミューショー 「ダンス・ウィズ・ウルブズ」脚本マイケル・ブレイク 「レナードの朝」主演ロビン・ウィリアム 「トータルリコール」原作小説フィリップ・K・ディック 「レッドオクトーバーを追え!」脚本ラリー・ファーガソン 「ワイルド・アット・ハート」脚本デイヴィッド・リンチ 「ミザリー」原作小説スティーブン・キング 「ダイ・ハード」監督ジョン・マクティアナン 「仕立て屋の恋」原作小説ジョルジュ・シムノ 「時をかける少女」脚本剣持亘 「ブレード・ランナー」原作小説フィリップ・K・ディック 「惑星ソラリス」監督アンドレイ・タルコフスキー 「犬神家の一族」原作小説横溝正史 「ゴッドファーザー」監督フランシス・F・コッポラ |
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第1回本屋大賞受賞の50万部を超えるベストセラー小説 「博士の愛した数式」を原作に、 『雨あがる』『阿弥陀堂だより』の小泉堯史監督が映画化したヒューマンドラマです。 原作は少年ルートと博士の初対面の場面で、 博士がルートを抱きしめるところから始まっています。 映画はある高校の教室に新しい数学担任となったルート(吉岡秀隆)が やってくるところから 始まっています。 原作のお仕舞いの方に、“私”がルートともに博士を見舞い、 「学校の先生になった」と報告しています。 映画の脚本はこの後日談のように始まっています。 原作は“私”とルートにとって博士との日々がいかに大切な日々であったかその想いが 綴られていますが、 前後の事情の知らされていない読者には 両者がどのような関係か情報が伏せられているので、 過去にかえって、家政婦紹介所で“私”が博士のところに派遣されるところに 戻るまで全体の事情がわかりません。 映画ではルートというあだなの若い男性教師が、 自分にルートというあだ名が付いたいきさつと、 教師の道に進むこととなった恩師との出会いを自己紹介代わりにお話します、 と断ってから母である“私”( 原作では名がなく、映画でも名が呼ばれる場面はないが、 公表されている脚本やプレス資料では“杏子”の名が付けられている。深津絵里が配役)が 家政婦紹介所で博士のところに派遣されるところに戻ります。 紹介所の所長の話ではなかなか手ごわい人物のようです。 原作では、博士は過去にたくさんの家政婦をクビにしており、 自分も記録を更新することなるかもしれない、と心配しています。 映画も原作も私が次に訪ねるのは、母屋に暮らす博士の義理の姉です。 原作は、瀬戸内の地方都市の話であると書かれています。 映画の ロケは長野の上田市でもっぱら行われており、 田舎の生活風景が話のそこかしこに織り込まれています。 ラストで突然海辺で博士とルートが波打ち際でキャッチボールをしている 場面が出てきます。 原作では博士は施設で亡くなっているという風に書かれており、 この施設の場所が海辺の町であったと解釈も出来ますが、 映画では博士は晩年を具体的にどこで過ごしたか語られているわけではないので、 成人したルートの心象風景という風にも見えます。 とにかく、海辺は博士のもともとの住まいのあった場所とは別の土地と 考えて差し支えないでしょう。 そういえば、映画は全編が成人したルートの回想のはずなのに、 主人公はその母親で、彼女には名が無く“母”と“私”の両人称で語られ、 本来ねじれ現象が起きています。 二重回想というわけでもないみたいです。 細かい矛盾ですが、シナリオ作法上はあまり無いパターンです。 義理の姉(浅丘ルリ子)は、月曜から金曜まで午前11時から午後7時までの勤務で、 離れに一人暮らす義理の弟である博士の昼と夜の食事と身の回りの世話を するよう伝えます。 博士は昔交通事故にあい、記憶が80分しか持たない、と教えられます。 現実の記憶障害者にこのような症例があるのかどうか筆者は知りませんが、 短い時間しか記憶の持たない人物というのは、 映画「メメント」というアメリカ映画でも登場しています。 ですからオリジナリティのある設定というほどではありません。 親から継いだ工場を苦労して大きくした兄は、 一回りも年下の弟にふんだんに学資を出してやり、 博士は外国留学もしています。 数学の博士号を持っており、大学で教鞭をとっていました。 兄が死んだ後、義理の姉は工場をたたんで田舎の別荘に移り住み 工場跡に建てたマンション収入で暮らしています。 が、交通事故で記憶障害となった弟は、 大学の職も失い、経済的にも姉のもとから離れならなくなっています。 映画では、姉自身の口から、交通事故の時、 車のハンドルを握っていたのは姉の方で、 ふたりで寺にお能見物に出かけた帰り道のことであると語られています。 原作では二人の関係は、私が突然のクビを言い渡されるところまで 伏せられています。 次の日の11時、私は自転車でやってきて博士と離れの玄関で対面します。 博士(寺尾聰)は自宅でも古いスーツを着ており、 上着のあちこちに防忘用のメモを付けています。 原作ではたくさんのメモを付けているようで、 これをそのまま視覚化すると厳しいなと心配していましていましたが、 映画では2、3枚のメモを付けており、 変といえば変ですが、絵にならぬほど異様というわけではなかったです。 原作ファンとしてはまずはひと安心。笑 母屋に比べて質素というよりみすぼらしい、と描写されている離れですが、 ダイニング兼リビングと博士の書斎兼寝室のふたま限りの家は、 映画では玄関側の壁を除く三方に大きな窓ガラスがはめ込まれ、 アイランド式のキッチンになっているかなり明るい家が登場しています。 博士役だった寺尾さんは、 このどっちにカメラを向けても光が映りこんでしまいそうな部屋で、 2カメラ以上の同時撮影を続けた監督の映像演出手腕に舌を巻いたそうです。 博士は出不精でたいてい部屋にこもっており、 ドラマの大半がキッチンで料理をしている私とのセリフのやり取りのみの為、 まともに演出ししまうとひどく殺風景な映像になりそうです。 そうならないよう窓外の自然物や母屋の様子などが見えるよう、 窓だらけの家になっているのでしょう。 本来こんな家では人が住むのは大変ですが、 そこは映画的に上手く処理されています。 「君の靴のサイズはいくつだね?」 博士は名を尋ねるでなく、へんてこな質問をします。 にこにこと笑顔であり、すくなくとも本人にとっては不自然な問いかけではないようです。 私は「24です」と答えると、博士は「4の階乗とはすばらしい」と喜んでいます。 映画ではここで教室のルート先生に戻って、黒板に「階乗」と書かれたボードと、 階段状に並んだ4の階乗の数列が並び、ルートが解説します。 小説では読者が文章を目で追い、判りにくいところは読み返すことが出来ますが、 映画は時間の芸術です。 一度見て内容を理解し、感動させるところまで持っていかねばなりません。 ネタが数学の世界の話です。 とっつきにくい話題ですし、そこで観客に拒絶反応を起こされてしまうと、 なかなか作品の真髄が伝わりにくくなります。 いえ、数学の講釈を端折って、メロドラマとして見せる手法もあり得たと思うのですが、 映画はあえて難しい数学の世界を正面から語る方法を選択しています。 博士は書斎兼寝室で机に向かうと、人の声も届かなくなってしまうようで、 昼食のメニューをどうしようかと問いかけた私にこっぴどく噛み付いています。 そしてのそのそとダイニングに出てきては身体をほぐすためらしい奇妙な体操をしては、 また自分の部屋に戻って考え事に沈みます。 博士は自分の部屋でも常に背広姿です。 映画では特に注釈がないようですが、 原作では「家政婦にとっては整理の簡単なありがたい洋服棚だが、博士は背広以外の服があることを知らないのではないか」等と描写されています。 映画の寺尾さんの背広は衣装係が用意したスーツではなく、 寺尾さんの自前のものだそうです。 いまどきちょっと見かけない襟や肩のラインの背広でしたが、 実父、宇野重吉氏の遺品だそうです。 博士のキャラクターからして、 流行のデザインのスーツ等ではありえないという判断だそうで、 わざわざ古着を出してきたのだとか。 原作では博士は64歳の実年齢よりはるかに老けて見える、とあります。 映画の寺尾さんは原作のように“ひどい猫背”ということはありませんが、 わざと時代がかった服装で現れることで、 メイクアップ等に頼らない老け役づくりをしたのでしょう。 老け役といっても、映画はエンターテイメントですから、 ただ主人公がダサくなってしまってはしかたありません。 そうは見せずに、チャーミングに老けて見せるというのは、 なかなか難しい注文だと思いますが、さすが寺尾さんはこの困難なオーダーに そつなく応えて見事です。
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