「 ターンレフト・ターンライト/”大人の絵本”恋愛映画脚本の書き方」
原作小説と映画脚本比較により脚本の書き方・成り立ちを探ります。ハリウッド脚本の極意、世界名作の秘密に迫ります。全体に「ねたばれ」の要素がありますので、要注意。

「ターンレフト・ターンライト」原作絵本「君のいる場所」表紙 原作絵本
「Separate Ways 君のいる場所」
ジミー・リャオ 著 宝迫 典子 訳
2001年刊 小学館

    
映画「ターンレフト・ターンライト」
2002年 香港 シンガポール映画
監督:ジョニー・トゥ ワイ・カーファイ
脚本:ワイ・カーファイ オウ・キンイー イップ・ティンシン
出演:金城武 ジジ・リョン
  本作原作文庫
  本作映画チラシ





■脚本の書き方■
原作小説と映画脚本比較レビュー・インディスク


「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」「新コンテンツ」です。
原作J.R.R.トールキン

「アイデン&ティティ」
原作みうらじゅん
「新コンテンツ」です。
「精霊流し」
原作さだまさし

「マッチスティック・メン」

監督リドリー・スコット

「コンフェッション」

原作チャック・バリス

「ソラリス」
監督スティーブン・ソダーバーグ
「魔界転生」

原作山田風太郎

「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」

原作フランク・w・アバグネイル

「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」

原作J.R.R.トールキン

「黄泉がえり」

原作梶尾真治

「レッドドラゴン」

原作トマス・ハリス

「マイノリティ・リポート」
原作F・K・ディック
「ハリーポッターと秘密の部屋」
J.K.ローリング著
「ザ・リング the ring」

主演ナオミ・ワッツ

「アバウト・ア・ボーイ」

原作ニック・ホーンディ

「タイムマシン」
原作小説H・G・ウェルズ

「GO」
脚本:宮藤官九郎
「ロード・オブ・ザ・リング」脚本ピーター・ジャクソン
「ハリー・ポッターと賢者の石」
脚本スティーブ・クローブス
「PLANET OF THE APES/猿の惑星」

監督ティム・バートン

「陰陽師」
脚本福田靖
「ブリジット・ジョーンズの日記」

脚本アンドリュー・デイヴィス

「バトル・ロワイヤル」

脚本深作健太

「クロスファイア」
脚本山田耕大
「ファイト・クラブ」
監督デビット・フィンチャー
「共同警備区域JSA」
原作小説パク サンヨン
「ナインスゲート」
脚本:ジョン ブラウンジョン
「ハンニバル」
脚本デビット・マメット
「ホワイトアウト」

原作小説真保裕一

「リプリー」
原作パトリシア・ハイスミス
「黒い家」
脚本大森寿美男
「ISOLA多重人格少女」
脚本水谷俊之

「シン・レッド・ライン」
脚本テレンス・マリック

「魔女の宅急便」
監督宮崎駿

「リング」
脚本高橋洋

「コンタクト」
監督:ロバート・ゼメキス

「L.A.コンフィデンシャル」
脚本カーティス・ハンソン

「セブン・イヤーズ・イン・チベット」
原作小説:ハインリヒ・ハラー
「さらば、わが愛 覇王別姫」
監督チェン・カイコー
「バラサイト・イブ」
脚本君塚良一
「アポロ13号」
監督ロン・ハワード

「マディソン郡の橋」
脚本リチャード ラグラベニーズ

「ショーシャンクの空に」
脚本フランク・ダラボン
「フォレスト・ガンプ」
脚本エリック・ロス
「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」
原作小説アン・ライス
「ジュラシック・パーク」
原作小説マイケル・クライトン

「シンドラーのリスト」
脚本スティーブン・ザイリアン

「イヤー・オブ・ザ・ガン」
原作マイケル・ミューショー

「ダンス・ウィズ・ウルブズ」脚本マイケル・ブレイク
「レナードの朝」
主演ロビン・ウィリアム

「トータルリコール」
原作小説フィリップ・K・ディック

「レッドオクトーバーを追え!」
脚本ラリー・ファーガソン

「ワイルド・アット・ハート」
脚本デイヴィッド・リンチ
「ミザリー」
原作小説スティーブン・キング

「ダイ・ハード」
監督ジョン・マクティアナン

「仕立て屋の恋」

原作小説ジョルジュ・シムノ
「時をかける少女」
脚本剣持亘

「ブレード・ランナー」

原作小説フィリップ・K・ディック

「惑星ソラリス」

監督アンドレイ・タルコフスキー

「犬神家の一族」
原作小説横溝正史
「ゴッドファーザー」

監督フランシス・F・コッポラ

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 映画『 ターンレフト・ターンライト (2003)
向左走・向右走 (原題) / TURN LEFT, TURN RIGHT (英題) 』は
金城武(『LOVERS』)主演の香港映画です。
台湾ジミー・リャオ(漢字で幾米)という絵本作家の作品「君のいる場所」を
映画化したものです。
中国語の原題は「向左走・向右走」、
広東語では“Heung joh chow heung yau chow ”、
北京語では“ Xiang zuo zou xiang you zou ”という発音表示のようです。
第40 回台湾金馬奨 Golden Horse Film Festivalで、
主題歌を歌ったチェット・ラム Chet Lam 林一峰が
最優秀オリジナル映画ソング賞に輝き、
美術・衣装デザイン・音楽・脚本・視覚効果・助演女優賞(テリー・クワン)
の各賞がノミネートされるという高い評価を得ています。
(因みに、台湾金馬奨の最優秀作品賞を受けた映画は、
2002 年が『インファナル・アフェア (2002) 無間道 (原題)』、
2000 年が『グリーン・デスティニー (2000) 臥虎藏龍 (原題)』であった。)

  映画の舞台は台北の都会のとあるマンション。
無名の新人ヴァイオリニストのジョン・リゥー(漢字で劉智康:金城武)と、
これまた無名新人プロの女流翻訳家イヴ・チョイ
(漢字で蔡嘉儀:ジジ・リョン)は、
同じマンションに暮らしながら、出会ったことはない。
大都市に住む誰もがそうのように、二人は孤独の生活をし、
それぞれ慌しく現実的な日々を送っていた。

原作では、都会の片隅の古いアパートメントに住むふたり、
というだけで地名の特定はありませんし、絵本の絵の方にも場所が特定できる
手かがりはありません
映画ではセリフでも台北という言葉出てきます。
原作ではふたりは同じアパートメントの隣同士なのだが、
彼女は左にまがる癖があり、彼は右に曲がる癖があるので、
互いの存在を知らず、孤独な日々を送っている、という本題から始まっています。

カネシロ・タケシは中国語読みすると、
Jin Chengwu とか Sing-Mo Gum とか Wu Jinchengと表示される。
『 恋する惑星 (1994年) 重慶森林 (中国題) / CHUNGKING EXPRESS 』
『 不夜城 (1998) FUYAJO』『 リターナー (2002) RETURNER 』等に出演してますが、
また、『グリーン・デスティニー (2000)』に出演の声もあったとのこと。
  イヴ・チョイの役のジジ・リョンは、
『再見 ツァイツェン また逢う日まで (2001)
我的兄弟姐妹 (原題) / ROOTS AND BRANCHES (英題)』等に出演し、
人気歌手でもあるらしく、
この映画『ターンレフト・ターンライト 』でもサントラ三曲を歌っている
とのことです。
金城武とジジ・リョンのふたりは、『君のいた永遠<とき>』以来5年ぶりの共演です。

原作には主人公の顔と姿が描かれていますが、名前がありません。
それでは不自由なので映画では、ジョンとイヴという名が付けられています。
イヴが翻訳家であるというのは原作にも出てきますが、
ジョンがプロのヴァイオリニストであるかどうかは原作では不明です。
たまに人気のレストランでヴァイオリンを弾くときだけが“特別な自分だ”とのみ
述べられていますので、趣味でひいているという風に見ることもできます。

映画ではいかにもプロらしく、
冒頭で録音スタジオでポップスの伴奏用の録音をしているジョンが登場しています。
もっともジョンはクラッシックしかひけないらしく、
その場であっさりクビになっていますが。

そして映画のイヴは出版社の編集部で社長ともめているところから登場です。
彼女は東欧の詩人の詩を翻訳したいのですが相手にされず、
ハードカバーのホラー小説の翻訳を急ぐよう尻を叩かれますが、
怖いのが苦手なイヴはちっとも仕事がはかどりません。

原作では、ジョンが傘をさして灰色の空を見上げて
自分が小さく無力に感じることがある、とため息をついています。
そしてイヴは、悲しい話を翻訳しているので、
世の中は悲しいことばかりだと、ときどき思えるときがある、
とつぶやいています。
映画では悲しい話が、怖い話に置き換えられて、
イヴは街頭の樹木さえ悪魔が手招きしているように見えて、
樹木の前で方向転換して部屋に戻ります。

このときの方向が、まさしく左側なのですね。
もともと左に曲がる癖がある、とされていますが、
映画では悪魔が見えて以来、彼女はいちいち回れ左をしています。
一方、ジョンはクビになって追い出されたスタジオの前で美人に声をかけられ
車送ってもらったのは良いものの、
なぜか言い寄られて気味が悪くなって、回れ右をして逃げ出し、
以来曲がるときは必ず右曲がりになります。

別段、原作どおりモノローグで右左の癖があるといっても言いのですが、
映画ですから、何かポイントになるエピソードがあったほうが良いです。
ここではふたりのへんてこな癖がユーモラスなエピソードとして紹介され、
映画全体のカラーをコメディタッチのラブストーリーであると定義づけています。
前述の通り、原作はむしろ若者の憂鬱な気分をやわらかなイラストで絵本として
読ませています。
繊細ですが暗いイメージです。
生身の俳優が演じると、イラストのように空気に色をつけたりはできないので
デリケートさが伝わらなくなりそうです。
明るいポップなムードで見せるというのは良いアイディアではないでしょうか

   ある日、公園の噴水で、ジョンとイヴは偶然に初めて顔を合わす。
原作では、噴水の周りを歩くふたりがたまたま向こう側の相手に気が付きます。
とくにエピソードもなく
天使が降りてきてふたりを引き合わせたと言ってしまっています。
これではドラマにはならないので、
映画ではイヴが手書きの翻訳原稿を噴水の傍らで腰を下ろして読んでいると
(あとでパソコンに翻訳を打ち込んでいる場面があるので、
このシーンが何故手書きの原稿なのか不思議。
彼女の上司が訳しかけた原稿を引きついだ為かもしれないし、
池に落ちたのに懲りて以後パソコンを使うようになったのかもしれないが、
具体的な説明が無いので詳細は不明)

風で飛ばされて池の中に落ち、ジョンが靴を脱いでズボンの裾をたくし上げて
池に入り原稿を拾ってあげています。
驚いて礼をいうイヴ。
ジョンは笑顔で、むかし似たようなことがあった、語ります。
イヴはジョンの顔をまじまじと見つめます。
似たような思い出が彼女にもあったのです。

二人はかつて高校生時代に出会ったことがあり、
やはり池に原稿を落としたイヴをジョンが助けています。
ふたりは一目ぼれの恋におちるのですが、
イヴは意を決して聞き出したジョンの電話番号のメモを鞄ごと
電車の車内に置き忘れて、それきりとなってしまいます。

久々の再開に幸せに一時を過ごす。
ふたりで公園のカフェでお茶をして、犬と遊んで、赤ん坊をあやし、
回転木馬に乗ってはしゃぎます。
しかし、にわか雨が降ってきたので紙切れにお互いの電話番号を書いて交換し、
再会を約束して別れるのですが、
2人は、翌朝になって言葉を失います。
電話番号を書いたメモが、雨ににじんで読めなくなっていたのです。
 2人は手あたり次第に電話をかけるのですが、ハズレ続き。

ここまでは原作と映画は一緒ですが、
映画では、雨に濡れたせいでふたりともひどい風邪をこじらせて行きます。
これが次のオリジナルエピソードへの伏線になります。

たまたま相前後して同じ食堂に電話をかけた2人が同じ出前を頼むと、
配達に来たルビー・シャオホン(漢字で小紅:テリー・クワン 關穎)は、
ハンサムなジョンに一目惚れ。
彼が探そうとしている女性は隣のイヴだとピンときたが、知らんぷりを通す。
かたやイヴは入院先で、イヴの同級生で当時彼女を追い回していたウー
(漢字で胡:エドマンド・チェン 陳之財)に出くわす。
彼はイヴとジョンの主治医になる。
同じころジョンも同じ病院に入院していたのだが・・・。

エドマンド・チェンはシンガポールの人気俳優。
シャオホン役のテリー・クワンはこの映画で
台湾金馬奨の助演女優賞にノミネートされたという。
彼女は武田真治と共演した『猫をお願い』が
台湾映画祭2003で紹介されているが、
日本で劇場公開される映画は本作『ターンレフト〜』が初めてのようです。
こうして、2人の恋に入り込む邪魔ものふたりの活躍で、
ドラマはラブ・コメディになっていきます。

病院のベッドで身動き取れなくなったイヴとジョンは、
部屋の電話に相手に当てたメッセージの録音をルビーとウーに懇願します。
ルビーとウーは真顔で嫌がるのですが、
部屋の鍵を受け取ってしぶしぶ出かけます。
しかし、イヴとジョンが録音を聞こうと電話をしてびっくり、
メッセージの中で、ルビーとウーはちゃっかりイヴとジョンの
夫、妻と名乗っていたのです。
イヴとウー、ジョンとルビーはそれぞれ口論の挙句、メッセージを改めさせますが、
どのみちイヴとジョンの部屋の電話には、
ウーとルビーの声でメッセージが残りました。
映画で出てくる留守番電話は、
テープレコーダーをプッシュフォンに外付けさせるもので、
FAX機能などはありません。
留守録機能も日本のICを組み込んだ留守番電話より落ちるみたいです。

ジョンが退院して自分の部屋に戻ると、
女もののパジャマがあってスナック菓子の空袋などが散乱しています。
ルビーが合鍵を作って部屋で勝手に暮らしていたようです。
出て行けといっても聞いてくれません。
買い込んだ菓子をほお張りながらテレビのサッカーに夢中です。
いえ、夢中になった振りをしています。
イヴが自分の部屋に戻ると、ウーが勝手にシャワーを浴びていて、
「お帰り」と笑顔で出てきます。
こちらも勝手に住み込んでいるようです。

原作では、イヴとジョンが相手と連絡を取り合えぬまま、
年末のカウントダウンを迎え、バレンタインが過ぎ、
春が来ても二人の心は晴れぬまま…、といったカレンダーに合わせた
時間経過の描写があります。
映画では全体がひと冬の出来事のようで、
カウントダウンなどの町の喧騒は届いてきません。
代わりに、ふたりが出会った噴水が取り壊され、
ふたりがお茶したカフェが店じまいしています。
遊んだ犬とまた遊び、あやした赤ん坊に
「彼は(彼女は)どこにいるのだろう?」と
語りかけています。
映画はコメディになっているので、
おとなしい犬は吼え、赤ん坊までも真実を伝えたがって大泣きします。

イヴとジョンがそれぞれ公園に出かけると思い出の回転木馬は解体され、
草原にバラバラになった木馬たちが転がっています。
ジョンは居たたまれなくなって木馬をリヤカーに乗せて
部屋に持ち帰ろうとして、途中で出前中のルビーと出くわし、
出前のバイクで牽引しようとして上手く行かず、ふたりでリヤカーを押して
木馬を部屋に運びます。
イヴも通りを木馬のリヤカーを押して悪戦苦闘していますが、
ウーが救急車を携帯で呼んで部屋まで運ばせます。
しかし、ルビーもウーも木馬が、
イヴとジョン思い出のものと知ってぎゃふんとなり、
どうあってもふたりの気持ちを自分たちに振り向かせることが出来ないと悟り
部屋を出て行きます。
原作ではイメージ場面として、
草原に倒れる木馬たちをジョンが呆然と見つめるという場面があるだけですが、
それを上手いこと膨らませています。

ルビーとウーは酒場で自棄酒を酌み交わすうちに意気投合し、
いえいえそれどころか一気に愛し合う仲になります。

それでもウーはイヴに袖にされたことが悔しくて収まらず、
彼女をへこませてやれぬものかと、
探偵を雇ってイヴの身辺をさぐります。
しかし、イヴは相変わらずジョンに再会出来ぬまま、
いまだに彼を思っていることが分かっただけでした。

が、探偵が撮った写真を見てルビーが奇妙なことに気が付きます。
イヴが写っている写真のどこかに必ずジョンが写っていたのです。
ウーとルビーは、
2人が写り込んでいる写真を焼き増しして、それぞれに匿名で送りつけるという
意地悪を思いつきます。

 それぞれに写真を受け取ったイヴとジョンは愕然とします。
会いたい人とこれほどまでにすれちがっていながら、
気づくことのできない自分──最後まですれちがう運命なのだろうか。
 原作では木馬の場面のあと、
「会いたい、会いたい」とつぶやきながら雑踏や電車ですれ違う
イヴとジョンの姿がページをさいて出てきますが、
映画ではそこにウーとルビーを介在させて、
不幸な運命をわざわざふたりに教えて、よけいに悲しませています。

打ちのめされようが予想以上でさすがに哀れで、同情してしまったルビーは、
「もし私に電話したかったら」とイヴの電話番号を書いたメモをジョンに渡します。
その話を聞いたウーは、「裏切ったな」と呆れますが、
「彼女を忘れて初めて電話できるのよ。裏切ってないわ」と文句を言います。
しかし、ルビーに文句を言ったウーも、やっぱりイヴを相手に同じことを言って、
ジョンの電話番号のメモを渡します。

ジョンとイヴは、メモを手にして電話を掛けるのですが、
不運にも相手が留守のときに電話してしまいます。
留守電にふたりは、あえない相手のことをまだ思っていると胸のうちを打ち明けます。
部屋に戻ったジョンとイヴは、イヴとジョンの声に衝撃を受けて夜の街頭に闇雲に
飛び出し相手の名を呼んでさまよいます。
少ししつこいかも知れませんが、
ここいら辺の泣きの駄目押しが香港恋愛映画らしいです。

原作では、
イヴとジョンはそれぞれ孤独に耐えかねて、
イヴは荷物をまとめ部屋を出て行きます。
ジョンは荷物をまとめ旅に出ます。

映画では、2人は苦悩を超えてそれぞれの道を歩み出すチャンスを手にする、
というもう少し大胆な変化のある展開となります。
ジョンはオーディションに合格して管弦楽団の奏者としてウィーンへ。
イヴは海外出版社の試験に合格して社員としてアメリカへ。
イヴは試験の場面で、東欧の詩人の詩を訳しますが、
これは原作の冒頭で紹介されている
ヴィスワヴァ・シンスボルスカ作の「恋」という詩です。

台北を後にする日、2人は壁1枚を隔てて、旅の荷物をまとめていたのですか、
今一度、受話器を手にして電話を掛けます。
ふたりは今度こそ、捜し求めていた相手の声を聞くのですが、
ちょうど地震がおきて目の前の壁が崩れます。
ふたりは求める人の姿を開いた穴の向こうに見て、ひしと抱き合います。

原作では荷物を手にしたふたりは、雪降る街に出て行きますが、
輪になった道を右に曲がり左に曲がりしてとぼとぼ歩くうちに、
ぐるりと一周して正面で出くわし、あっと互いの顔を見合わせます。
ページをめくるとカウントダウンの街の喧騒が。
ふたりの姿をその中に特定することは出来ず、
さらにページをめくると、
ふたりの部屋の壁に大きな穴が開いて、「春が来た」と書かれています。
裏表紙に当たるページには、
玄関脇に置かれた赤と緑の傘が並んで鉢植えの花が咲いています。

筆者は余韻のある原作絵本のオチが好みなのですが、
映画を共に見たつれの方は、ガンと壁が落ちる映画の方が気に入ったようです。
ストレートな解決の方が溜飲が下がるのでしょう。
これはもう好みの世界ですが、映画と絵本のメディアの違いによる
表現の差です。

右に曲がる癖、左に曲がる癖のため、
身近ですれ違いながら、どこまでいっても愛しい人と再会できない
都会人の孤独を強調する手だてですが、
しかし、立ち止まって振り返れ、
といった「青い鳥」のようなテーマが付加されている
訳ではないようです。
原作も映画もふたりは本人の努力以上のおみちびきで再会を果たしています。
そこが不思議で、そこがこの作品の魅力です。



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