画に浸るひととき 

安藤佐和子&渚美智雄

 『2001年宇宙の旅』


 安藤「SF映画史上の最高傑作とされる映画ですが、難解なことでも有名ですよね(笑)」

 渚「取り上げるのに勇気がいりましたよ(笑)。でも、生成AIがここまで実用段階になりましたので、あらためてこの映画をAI的視点で分析したくなりました。そういう見方をすると結構分かりやすい映画かもしれないんですね・・・」

 安藤「技術の発達によって分かりやすくなった?」

 渚「我々のコンピュータに対する理解が飛躍的に進んだからだと思いますよ。この映画の制作は1968年ですからね、産業用のメインフレームという大仕掛けの特殊用途計算機というイメージしかなかった。今はパソコン、スマホでデジタル環境を皆、持ってますから、この映画が描いた世界がぐっと身近になっているんです」

 安藤「それは、この映画の技術予見力が確かだったという証明でもあるのね」

 渚「スタンリー・キューブリック監督の天才の証明でもある。でも、この天才監督にインスピレーションを与えたのは、共同脚本のSF作家アーサークラークの人類史的な視野の広さであり、顧問を務めたIBMの技術者たちだった。彼らから得たヒントを壮大なスケールの映画にした訳で・・・その意味では、卓越した未来予測チームによって制作された映画なんですね」

 安藤「逆に言うと、いろんな視点が入り込んだために余計に難解になったとも言えますね(笑)」

 渚「普通の監督ならテーマを整理して主題を絞り込んでいったと思う。でも、SFがつまらなくなるのはそれですよ。その時点で理解可能な範囲で固めたら、平凡な未来世界しか描けません。分からない部分をどこまで魅力的に見せられるかで、SF映画は勝負していただきたい(笑)」

 安藤「根本の主題は、コンピュータが人間のような感情を持つことがあるのか、ということですね。この映画の“ハル”という名のコンピューターは感情的になる(笑)」

 渚「特命を帯びて木星(ジュピター)に向かう飛行船の航路計算をすべて“ハル”に任せている訳ですね」

 安藤「これは今なら常識的ですよね。航空機を含めてコンピュータが関与していない交通システムはないですから。新幹線の過密ダイヤが可能なのはコンピュータのお陰ですし・・・」

 渚「“ハル”は気分を害している訳です。人間は何か自分に隠していると直感してるんですな(笑)」

 安藤「IBMの技術者の未来予測では、半導体の集積度が飛躍的に高まり人間の頭脳では収納しきれない膨大なデータを読み込んで知的な処理作業が可能な時代が来るということでした。しかし、作業指示は人間が行わないと始まらない」

 渚「優秀だけれど“指示待ち”タイプ・・・(笑)」

 安藤「生成AIというのは、目的というか要望を人間が指示するだけで、コンピュータが手順から何から自分で考えて答えを出す訳です。コンピューター任せですから、人間はもう細かいことは分からない。機械に任せきりにするとこの映画のようなことになるのね(笑)」

 渚「膨大なデータを関連付けているうちに、何か不整合を見つけてオカシイと感じるところまでは、今のコンピュータは来ているらしい。この映画のように、人間が与えてくるデータの量、質、タイミング等を学習した“ハル”が、自分に与えようとしていない秘密(データ)があると感ずくのは充分にあり得る話なんです」

 安藤「でも、宇宙船に与えられた密命ですからね、限られた人間しか知らないし、ましてや“ハル”に明かすわけにはいきません。でも、“ハル”はそれが不満な訳です。オモシロクナイのよね(笑)」

 渚「そういう人間的な感情をコンピューターが持つようになるのか、映画が創られた時点(1968年)で、2001年ではそうなっていると考えられていた。でも、今、2024年時点でもそこまでは行っていない。でも、生成AIの進化を見ていると、何か“感情的”なものまでデジタル処理されて、“感情”と酷似したアウトプットをするようになる気もする・・・」

 安藤「あらゆるものがデジタル化されてゆくなら、そうなるんでしょうね。生成AIは“創作”まで出来ますから、そこには“感情的”なものも取り込まれている訳でしょ。今は“ハル”の誕生前夜なのかも知れませんよ」

 渚「人間として譲れない一線に近づいていますな。不気味です。この映画を特に面白いと思うのは、すべてを“ハル”の判断に委ねてはいない点ですね。地球の制御センターでは、“双子のハル”が置かれていて、宇宙船の“ハル”の出す答とセンターの“ハル”の答を突き合わしているんですね。これなんか、今使われている“デジタル・ツイン”と同じ発想です。この映画は今見た方がリアリティがあると言いましたが、その一例でしょう(笑)」

 安藤「この映画のサスペンスは、二人の“ハル”の答えが合わなくなるところから盛り上がる。どちらが正しいのか人間には分からない。宇宙船の方の“ハル”は、“違うアウトプットが出るのは、どこかで人間が操作ミスしたからに決まってます。コンピューターは絶対に間違いません。トラブルは常にヒューマン・エラーの結果です”という。本当に偉そうですね、機械のくせに・・・(笑)」

 渚「この言い方に宇宙飛行士の方も気分を害したんでしょうね。地上の管理センターの“ハル”に従うことにし、飛行船の“ハル”の頭脳部分をクローズしようとする。“ハル”は“殺される”という恐怖を感じ抵抗する。宇宙船の航路計算は滅茶苦茶になって、宇宙を放浪することになる・・・」

 安藤「このあたりで密命の中身が観客に知らされますね。地球外知的生命体の存在が把握され、彼らは地球上で得た情報を月面の巨大送信装置(映画では「モノリス」と呼ばれる)から、データを木星に常時送っているという。これなんか、アメリカが中国製の情報機器をボイコットする警戒感と同じですね。これも今だからこそ映画に感じるリアリティです。その木星に何があるのか調査せよというのが密命の中身です。やっぱり宇宙人が出てきそう、と期待しましたが・・・(笑)」

 渚「私はこれは今のクラウドの発想ではないかと思いました。今のパソコンはデータ類をすべて外部のデータセンターに上げてしまうシステムが主流になっています。端末側には何も残らずデータセンターが抱え込んでいる訳で、これではデータセンターがいくらあっても足らない・・・。この映画のいう“木星の装置”は宇宙クラウドなんです、きっと(笑)」

 安藤「そういう予見も凄いですよね。私なんか、類人猿の時代から人類をウオッチしている地球外生命体って何だろうと思いました。キリスト教的な全能の神のことかしらとも思います・・・」

 渚「人類史の巨大な時間の流れなんて神のみぞ知る世界でしょうが、宇宙空間においてはたいした時間ではないかもしれない。こういう時空間の歪みは映画の制作時点では、既にアインシュタインによって理論提起されてましたからね」

 安藤「映画の冒頭で人類の祖先の類人猿が登場して、豹に襲われたりするシーンが描かれますが、死んだ動物の骨を武器にして野獣と戦うようになり、空に放り投げた骨が宇宙船に変わるシーンは有名だけれど、結局、人類は道具を発見、発明することで進化してきたということなんでしょうけれど・・・」

 渚「その悠久の時間も映画は一瞬で繋いでしまう。これは時空を超える映画ならではの映像マジックで、キューブリック監督は映画でしか表現できない手法でSFを描きたいと思ったんでしょうね」

 安藤「時空のゆがみが素晴らしい映像美として表現されるところが凄いわ。この映画は科学的想像と同時に宇宙規模の巨大アートなんですね。しかもCGがない時代ですから特撮はすべてオプティカル(光学処理)ですから光の色に透明感があって美しい。デジタルの未来を描いたこの映画が古いアナログ手法で創られたということが面白いデス(笑)」

 渚「“ハル”に支配されなくなった宇宙船は、月から木星に張られた強力な送信ルートが生み出す電磁波に導かれて超高速で運ばれていく訳ですけれど、そこで飛行士が目にする“宇宙のオーロラ”とも言うべき光景は本当に素晴らしいです。SFってこういう神秘的な美しさを創造するのも使命だと思うな。この映画を観るたびにそう思います」

 安藤「最後に抽象画のような“室内”が出てきますでしょ。この映画の難解さはここに極まります・・・(笑)」

 渚「あくまで私の解釈ですが、電磁波の渦の中にモノリスが発信した人類史の情報が膨大なデータとして入っていて、そこには宇宙飛行士の主人公の個人データの断片も含まれている。主人公は自分の老いた将来の姿と合わせ、胎児であった自分の姿まで目撃するんだと思う。そう考えると、このデフォルメされた室内空間は“個人史のデータセンター”と考えていいんじゃないでしょうか」

 安藤「無限の宇宙空間に浮かぶ小さな空間は、個人の存在の小ささを表現してるのね・・・」

 渚「同時に、個人の存在をかけがいのない存在として描いていると思う。人類の起源から人間を描こうとするこの映画は、人類の胎内回帰を描いたSF的宗教画かも知れません。最後は一人の胎児の姿を大写しにして終わるんですよね。無限の可能性を帯びたような胎児の姿は観る者に敬虔な感情を呼び起こします。巨大な宇宙空間は人間の無限の創造性を育む母胎なんですよ・・・。キューブリック監督はそう言いたかった気がするんですが・・・」


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