画に浸るひととき 


安藤佐和子&渚美智雄


 安藤「アメリカの建国250年の節目に見るべき映画が何本かあるとしたら、これは間違いなく、その1本だと思います・・・」

 渚「アメリカの現代史をよくもこう皮肉たっぷりにユニークな技法で描いたと思いますね(笑)」

 安藤「まずタイトルですね。人の名前ですが極めて意味深デス」

 渚「“フォレスト”というのは、南北戦争終戦直後に南部で結成された白人至上主義運動の団体の“K・K・K”を結成したのが、ネイサン・フォレストという元南軍将校なんですね。この映画の主人公は、その末裔という設定です。(笑)」

 安藤「この団体の影響は今も残っていて、北部主導の国家運営に何かと異を唱える風潮の源というか・・・。あのトランプ第一次政権末期の大統領選挙の敗北を受けて起こった議会占拠事件のときにも暗躍したと言われている。今では主義信条というより、不満分子のグループになっているのね」

 渚「“ガンプ”というのは、アラバマ州の方言で、“知能の低いもの”、“アホ”という意味です。つまり、この映画のタイトルは“アホのフォレスト”であり、“バカなことをしたフォーレスト家”という含意がある。そういう視点から語られていくアメリカ史の映画ですから覚悟して観る必要がある(笑)」

 安藤「知能の低い人というのは、純粋無垢な人でもある。忖度なしにリアルなアメリカが語れるのよね・・・(笑)」

 渚「ロシア文学にはよくある手法です。トルストイの『イワンのバカ』とか、ドストエフスキーの『白痴』とか・・・


 安藤「文学でこういう人物を表現するのは難しいですよ。文章というのは、それ自体が知的なものですからね。アホな人物が知的に見えてしまうところがある(笑)

 渚「外形から描く映画は、このような人物を描くのに適してますよ。もちろん、俳優の力は普通の映画以上に求められます」 

安藤「トム・ハンクスですね。アカデミー主演男優賞受賞の名演技。この人は前作の『フィラデルフィア』でもエイズに感染した弁護士を演じて、同賞を受賞しています。2年連続の受賞という快挙は稀です。特に二回目になると、“この人は去年受賞しているしね”といった拒否反応が起こりがち(笑)」

 
渚「それをはねのけるだけのものが『フォレスト・ガンプ』にはあったんですね」




 安藤「この人はマッチョ系の俳優じゃありませんしね、知性が目に出ている・・・それをいかに殺すか、極めて難しかったと思いますよ」

 渚「善良な性格設定なのも良いですね。この映画が愛されるのは、主人公のフォレスト・ガンプが愛される性格だからなんです」

安藤「この主人公は、知能の低さが理由で小学校入学を拒否されるけれど、母親に支えられて奮闘しやがて抜群の走力(体力)を見込まれて大学のアメフト部のスーパースターになる」

 渚「そして徴兵されたベトナム戦争では、その超人的な体力で“戦場の英雄”になり勲章まで受賞する」

安藤「“そんなバカな”といった表現が多くて笑わせてくれますが、アメリカ人が好む“ヒーロー”に対するカリカチュア(戯画)とも言えます。ベトナム戦争はアメリカ現代史の屈折点ですが、ガンプにとっても、戦場で戦友を亡くしたり重傷を負った上官を助けたことが人生の転機になる・・」


 渚「退役後に戦死した戦友との約束を護って小さな漁船を買い、エビ漁の仕事を始める。事業をするなんて意識は微塵もなくて、ただただ“友達との約束は護らなきゃ”という純粋な動機だけです。しかし、紆余曲折はあっても大成功してしまう。そこで両足を切断してしまった上官を上司として招く・・・」


 安藤「幼馴染のジェニーという女性と結婚しようとするのもそうですね。結婚という意味は分かってなくても、男の子はガールフレンドとは結婚するものという彼流の良識なんですね、打算が入ってこない」
 
渚「重傷を負い心的外傷を負った上官もそうですが、フォレスト・ガンプの純粋無垢な魂が傷ついた人の心を癒していく・・・」

 安藤「差別意識をあおり、国家の分断を招いたフォレスト家の贖罪を、末裔に当たる“アホ”が成し遂げていくという・・・メルヘンなんですね」

 渚「どの国にも、消し去りたい汚辱の歴史はある。アメリカの250年ももちろんそうです。それは国民の中に贖罪願望としてありますからね、この映画はそれをやさしく果たしてくれるんですね」

 安藤「ケネディやニクソンやジョン・レノンまでが実写で登場し、主人公と“共演”しますね。今見ても感心してしまいます・・・」


渚「この映画が作られたのは1994年です。ちょうど世の中にインターネットが普及し始めるデジタル社会の黎明期でした。映画界でもCGが飛躍的な進化を遂げていく時代です。この歴史上の人物との“共演”を可能にしたのはこのデジタル技術なのです」


 安藤「監督のロバート・ゼネキスが、“これで歴史が再現できる”と考えたのが、この寓話映画の誕生の契機だったんでしょう」

 渚「この人は前に『バック・ツー・ザ・フューチャー』(1985年)を撮って大成功してますからね。特撮で歴史をいじるという意欲があったんでしょうね」

 安藤「ベトナム戦争やウオーターゲイト事件の傷を、この映画がどの程度癒したかは意見が分かれるでしょうが、特に反戦運動については、この映画ははっきりと否定的な立場にたっていますね」



 渚「ジェニーは最初はジョーン・バエズのようなフォークシンガーになりたかっただけなんですが、反戦を訴えるヒッピーグループに入り無軌道な生活をするようになる」


安藤「ガンプは訳が分からないままに、ただジェニーが心身ともに崩れていくことだけは分かる訳よね。だから必死で彼女を救い出そうとするのですが・・・」


 渚「その物語が映画『フォレスト・ガンプ』の主軸です。決して反戦運動を否定している訳ではないのですが、この映画は新左翼系の人からは“保守的”として批判されることになった」


 安藤「映画は最期にジェニーがガンプと結婚し子供(男の子)を生んで、エイズで死んでしまうんですが、故郷に帰ったジェニーは、今は空き家になっている実家に向って石を投げつけて泣きますね。この映画で最も痛ましい場面です」


 渚「結局、彼女は幸福になれなかった訳ですが、その根本に家庭崩壊があるのですね。ガンプが知能の問題を抱えながら幸福だったのは、母親に対する揺ぎ無い愛情と信頼を持ち続けられたからでしょう。“人生はチョコレートの箱のようなもの。開けてみるまでわからないものなの”という母親の口癖はガンプにポジティブな態度で人生に向かうことを教えた訳ですね。映画の最初と最期に羽が宙を舞うシンボリックな映像がありますが、人生の幸運は風の気まぐれで訪れるべき人に訪れてくるというメッセージでもある。こういう美しく詩的なメッセージまで“保守的”というなら、アメリカの250年の歴史の傷は今も癒され切っていないのでしょうね。『フォレスト・ガンプ』は美しく、楽しい映画ですが、どこか寂しさが残るのは、そのためかも知れません」


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