画に浸るひととき 

安藤佐和子&渚美智雄


 安藤「スピルバーグ監督の映画ですね。1989年ですから、世界が冷戦状態から開放され、やがてソ連はロシアに戻っていって・・・そんな戦後の大きな節目の年でしたが・・・こういう不思議な映画が生まれていたんですね」

 渚「日本では昭和が終わり、消費税が導入され、“失われた30年”が準備された年・・・」

 安藤「ある人が昭和20年(1945年)に継ぐ大激動の年と言ったけれど・・・」

 渚「私もそう思う! 戦後の復興から“ジャパン・アズ・ナンバーワン”といわれた挙句に国が、クラッシュしたんですよ、あの年に」

 安藤「渚さんが、そういう感慨を抱かれるのは、渚さんが団塊世代だからでしょうか?」

 渚「大いに関係あると思いますよ。年代的にも折り返し点ですからね。若い頃の活力が抜けていき中年期が始まって・・・あれ以来、ろくなことはない(笑)。団塊世代にとって昭和の終焉の年は、広く深い挫折感というか喪失感を与えたと思うんだ」

 安藤「それって、日本人だけの現象だったんでしょうか?」


 渚「そうとも言えない。スピルバーグ監督はアメリカの団塊(ベビーブーマー)ですが、この『オールウエイズ』を見ると、日本人以上の喪失感が感じられる・・・この人にとっても大きな節目の年だったんですね」


 安藤「もっとも、そのあとの1990年代に入ってからは、アメリカは勢いを取り戻し、日本のような長い停滞の季節に入らなかった。冷戦が終わって仮想敵国(共産圏諸国)が消えて、日本はアメリカから同盟国として以前ほど珍重されなくなった。共産圏の経済が闖入してきたことで、商品や賃金の相場も崩れていったから、戦後発展の基本的なファンタメンタルズを日本は失ってしまったわけです

 渚「そのあとの日本もそこに住む国民の生活も暗いものでしたなぁ・・・(笑)」 

安藤「『オールウエイズ』を見ると、スピルバーグ監督にしては珍しく、とても感傷的ですよね。見ようによっては挫折感さえ感じさせるんですね。何なんだろう、これはという印象が強いんです」

 
渚「スピルバーグ監督の映画としては、それなりの完成度を持っているのに、代表作に数えられることが少ないのは、そのせいかもしれない。ファンが感じてきたスピルバーグ、フィルムのアイデンティティが見られない。でも、好きな人は多いですよ、この映画」


 安藤「結構、主人公たちの“悪ガキ”ぶりは健在なんですけれどね、ヒロインのホリー・ハンター含めてだけれど(笑)」

 渚「森林火災を消し止める航空防火隊が舞台ですから、結構、命知らずの若者が揃っているのね・・・」

 安藤「主人公が事故死してしまい、あの世とこの世を彷徨うという設定もユニークです。今までのスピルバーグ映画にはなかった構成ですが・・・(笑)」

 渚「亡くなった主人公は昔の仲間のところに行っても彼らは何も気付かない。そこに命を失った人間の喪失感がにじみ出る。幸福な時代を失った人間の魂の遍歴・・・。作中に流れる昔のテープミュージックがたまらなく懐かしい。『煙が目に染みる』とか、この映画のノスタルジックな雰囲気は、このテープ音楽の貢献だと思います。多分、スピルバーグ監督も、それらの曲と幸福な少年時代を過ごしたんでしょうね。この映画で彼は幸福な少年時代を回顧しているんですね」
 


安藤「1989年に制作されたこの映画は、スピルバーグの長い監督人生の前半と後半を分ける映画ですよ。幸福な映画少年の時代が終わり、堂々たる巨匠の時代が始まるんですけれどね。渚さんはスピルバーグ監督の前半と後半をどう評価しますか?」

 渚「そりゃ何といっても、天才映画少年の前半こそがこの人の時代です。『ジョーズ』にせよ『ET』にせよ『未知との遭遇』にせよ、奔放な才能の爆発という意味で、後期には失われた“映画を作る歓び”が充ち溢れている」

 安藤「後期は『ジュラシック・パーク』から始まると考えていいのですか?・・・」
 
渚「そうです。デジタル技術と向かい合っていくスピルバーグの新たな時代ですね」

 安藤「それはそれで大変な功績ではあるんでしょうけれど・・・」

 渚「少年期特有の“ドリーム”が消えてしまっている。その後、社会派的な映画に向かいましたね。『プライベート・ライアン』や『リンカーン』や『シンドラーのリスト』といった名作が続くけれど、少年期の瑞々しさや歓びはない」

 安藤「スピルバーグ監督はファンタジーの作家だと思うけれど、なぜファンタジーが消えてしまったんですかね」


渚「自分の映画の“幼稚さ”に気づいちゃったんだろうね(笑)」

 安藤「『オールウエイズ』は、自らの“ファンタジー気質”を自ら封印したようなところがある・・・」

 渚「おそらくそうでしょうね。そういう意味ではスピルバーグ少年の“遺書”のような映画かもしれない」

 安藤「主人公のリチャード・ドレイファスは冒険野郎なんだけれど、自分の操縦技術の限界にも気づき始めている。そろそろ俺も年貢の納め時で今後は防災航空学校の教師でもして、恋人(ホリー、ハンター)と堅実に暮らそうかと思ったりしている」

 渚「運命はそうは問屋が卸さない。まさかの事故死・・・この映画のユニークさは、その後も主人公が生者たちの中に混じって“生きている”こと。でも誰も彼を認知しえない。彼の孤独と喪失感は深くなるだけ。・・・この映画はスピルバーグが撮った最も哀しいファンタジーです」
 
安藤「恋人の女性には新しい恋人も出来かかっていて、事故に遭遇した彼女を救出して新しい恋人のもとに送り返して身を引いていく主人公の姿は哀しい。やはりね、俳優が『ジョーズ』や『未知との遭遇』を演じたドレイファスだという点は重要ですよ。明らかに今までの自分の作風を封じ込め新たな出発をしようとしているスピルバーグの意図が見える・・・」

 渚「ラストの、鎮火に成功した森の静かさと夜空を彩る星屑の美しさ・・・これは天国なのかも知れません(笑)」

 安藤「この映画の前にスピルバーグは『太陽の帝国』を撮っているけれど、あれも少年の目で見た戦争でしたね。つまりファンタジーでした。多分、彼はそろそろ戦争を大人の目で描かねばならないという覚悟があったんでしょうね・・・」



 渚「この映画には、主人公を慰める天使役でオードリー・ヘプバーンが特別出演している。彼女の最期の映画出演作でもあるんですね。この映画に比類ないピュアな彩を添えている。スピルバーグ監督にとってオードリー・ヘプバーンは美神(ミューズ)だったに違いありません。『オールウエイズ』こそは、スピルバーグ少年の初恋の記憶によって生まれた映画かも知れませんね。スピルバーグはそういう映画を撮りえた幸福な監督でもあったんですよ・・・。我々ファンも“いつまでも”この人の映画を忘れないようにしたいものです(笑)」


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