画に浸るひととき 


安藤佐和子&渚美智雄


 安藤「昭和35年(1960年)の映画史上屈指の古代スペクタクル・・・」

 渚「日本では安保騒動の年でした。この古代ローマ史上有名なスパルタカスの反乱の挫折を描いたこの映画の記憶は、安保世代にとっては一種の痛みをともなっているらしい(笑)」

 安藤「それにしても素晴らしいスケールです。今だったらCGで作れる群衆シーンなんかも当時は大勢のエキストラがかりだされて撮影されたのよね」

 渚「どれだけ大金を賭けても元はとれるという自信が漲っていますね。嫌味なほどに・・・(笑)」

 安藤「主演のカークダグラスが本気で自分の代表作にするつもりで製作総指揮という立場で実質的なプロデューサーをやっています。それが良い意味でも悪い意味でもこの映画を非凡なものにした、と言われてますが・・・」

 渚「単なる古代活劇じゃない優れたドラマを作るんだという意気込みですね。そのために、この映画はカークダグラスのワンマン映画にならずに済んだ」

 安藤「今見ても物凄い演技陣だと思いますね。よくもこれだけの実力派のスターを揃えたと思います・・・」

 渚「それがまた混乱に繋がった。だいたい素直に監督の言うことを聞く人達じゃない(笑)


 安藤「そのためにカークダグラスは、それぞれの役を膨らませた脚本を個別に用意して出演を口説いたというんですね。これじゃ撮影段階でそれを無視できなくなる(笑)

 渚「おまけに脚本は、赤狩りで干された“ハリウッドテン”の一人、ダルトン・トランボですからね・・・。さらに、監督が問題で最初はアンソニー・マンだった。『エル・シド』や『ローマ帝国の滅亡』で有名なスペクタクル映画の名手ですよ。ところが単なるスペクタクル映画にしたくないというカークダグラスと意見が合わず、当時、ほとんど無名のスタンリー・キューブリックに途中交代した。しかし、これがまた異常なほど自分の意図を曲げない人で・・・」 

安藤「後にあの『2001年宇宙の旅』という超難解なSF傑作を作った監督ですよね・・・。そういう話を聞くと、『スパルタカス』がよくぞ完成までもっていけたと思いますよ(笑)」

 
渚「そういうことを知ったうえで観ると、さらに感動が深まる(笑)」


 安藤「いかにカークダグラスが忍耐強かったかということですよね。スパルタカスを演じたカークダグラスよりも、脇の役者達の方がはるかに存在感がある。筆頭は、ローレンス・オリビエですよ。20世紀最高の名優といわれたシエイクスピア俳優・・・映画にも多く出てますけれど」」

 渚「スパルタカスの反乱を鎮圧して元老院の実権を握るクラッススの役です。この人は、行き詰った共和制を改革しようとした実在の人物ですが、ちょっと複雑なキャラクターですね」

安藤「神々に護られた永遠の都、ローマの心酔者。でも、その繁栄は奴隷たちの苦しみによって支えられていることが理解できていない」

 渚「彼に愛されながらも反抗してスパルタカスの乱に加わる美貌の奴隷、トニー・カーティスを登場させた意図もそこにある。ダルトン・トランボらしい脚本の工夫ですよ」



安藤「この独善的理想主義者のローレンス・オリビエが、スパルタカスの恋人の女奴隷に恋することで、両者の怨念が非常に激しく人間臭いものになっていく・・・この展開はご都合主義的にみえないでもないけれど・・・」


 渚「ドラマの非日常性なんですね。そういうことが起こらないとドラマにならない・・・。でも、演じているオリビエ自身が少し躊躇っている感じがある。映画の冒頭近くで、この女奴隷を購入するシーンがありますが、これは当時普通に行われていた奴隷売買に過ぎません。オリビエの購入意図に性奴隷の目的があったとしてもです」


 安藤「なぜ、オリビエがこの女奴隷(ジーン・シモンズ)に魅かれていくのかのプロセスが不十分なんですよね・・・」
 
渚「映画の最期の局面で大きな意味を持つだけに、この唐突感は明らかにこの映画の欠点だと思います。でもね、それをやっていたら、尺(映画の長さ)がどれだけ伸びるか分からない。この種の映画では、観客が洞察力で補う必要が出てきます(笑)」

 安藤「この映画のドラマの主軸は、オリビエの政敵である元老院の支配者、グラックス(チャールズ・ロートン)との政治抗争ですよ。スパルタカスの反乱も彼らの政治利害によって翻弄される訳で、ここにこの映画の政治ドラマとしての秀逸性があるのね・・・」

 渚「さらに二人の間に政商の奴隷商人(ピーター・ユスティノフ)が入って動き回る。この人物を造型したのが、『スパルタカス』の成功の一番の理由でしょう。ユスティノフはこの役でアカデミー助演男優賞を受賞しています」

 安藤「この映画は、元老院内における政争と、金銭欲だけを行動原理にする奴隷商人によって反乱奴隷達が翻弄される物語なんですよ。カークダグラスのスパルタカスは、そういうウラがあることに気付かない人物・・・剣闘士としては素晴らしく強いけれどもね・・・(笑)」


渚「そこに奴隷制度の本当の非人間性があるのかもしれない。この問題は今日でも、教育格差とか体験格差の問題として指摘され始めている」



 安藤「オリビエが惚れてしまうあの女奴隷は、ローマに滅ぼされた小国の王族の娘という設定でしょう。だから教養がある。ある程度、政治の舞台裏も理解できる。オリビエが惚れたのは、そういう面でしょうね。彼女はスパルタカスの世間知らずぶりも気付いていたはずで、そこが少し出てくれば、さらにドラマに深みが出たと思いますけれど。ラブシーンだけじゃもったいない(笑)」

 渚「それも映画を観る側が補えばいい・・・(笑)」

 安藤「一方で、この種の大作映画に観客が期待するのは、スペクタクルですよね、その点で、この映画はどうなのかしら」

 渚「残念ながら、同じ古代スペクタクル大作でも、『ベン・ハー』に劣るのはその点です。あの映画の戦車競争シーンは破格ですからね。『スパルタカス』は物量投入では負けていないけれど、斬新なものは何もない。凄いけれど平凡と言うか」

安藤「むしろ、前半の剣闘士どうしの決闘シーンが印象的だわ」

 渚「奴隷同志に殺し合いをさせて喜ぶローマの貴族たちのグロテスクさも鋭く表現されているし、カークダグラスが普通の剣だけで戦うのに対し、相手のウッディ・ストロードは片手に投げ網、片手に槍を持って戦うでしょう。日本流に言えば、鎖鎌という感じで。それが非常に面白くて、カークダグラスにハンディがあるように見える」



 安藤「ハラハラ感が出てくるのよね。こういう工夫こそスペクタクル映画の醍醐味ですよ(笑)」


 渚「先に監督の途中交代の話をしましたが、ひょっとしたら、あの剣闘士の決闘シーンはアンソニー・マン監督の演出なんじゃないかと思います。最期のカークダグラスとトニーカーティスとの決闘シーンが平凡なのは、キューブリック監督の資質がそういうシーンにはないということなんでしょう。後にキューブリック監督自身、“『スパルタカス』は自分の映画ではない”と言っているのは、暗にそのことを認めているのかな、と思う。ま、この映画は様々な憶測や洞察をもって楽しむ映画なんでしょう。もちろん、歴史の勉強にもなります(笑)」


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