
安藤佐和子&渚美智雄
安藤「『戦場のピアニスト』が公開されたのは2002年。あの同時テロが起こった翌年です・・・」
渚「アフガンやイラクへの攻撃が始まった頃ですね。いわば21世紀型の戦争が始まった頃ですね。その時代に、20世紀の戦争の一面を丹念に描いたこの映画が制作されたことはひとつの因縁かもしれません」
安藤「これ決して戦争映画ではないですね。非戦闘員(つまり市民)目線で戦争に振り回される姿(実話)を描いている」
渚「そういう意味では、木下恵介監督の傑作『二十四の瞳』と同じカテゴリーといってもいい」
安藤「ただ、あの映画の舞台は小豆島でした。空襲もない。戦争に関係なく美しい海や山がある。でも『戦場のピアニスト』はナチスに侵攻されたワルシャワ(ポーランド)が舞台ですからね。ナチスがまずやったことは、ユダヤ人狩りですよ。まず市内のゲットーに隔離して、そこから働ける者と働けない者を選別して郊外の特別な収容所に移動させて“処分”する」
渚「この映画はその過程を一人のユダヤ人ピアニストの体験を通じて描いていく」
安藤「支配の二重構造なんですね。ナチスは侵攻してきたけれど、一般のポーランド人はユダヤ人を隔離する目的での侵攻だと誤解する訳でしょ。ユダヤ人は優秀な人が多く社会的な地位も高かったため、妬みもあってナチスの政策を許容する心理すらどこかにあったのね」
渚「フランスですらそうでしたからね、ナチスドイツが瞬く間に周辺国支配が出来たのは、こういう巧妙な仕組みがあったことも一因なんですね・・・」
安藤「それにしても酷い。いろんな逸話が要領よく織り込まれていますが、すべて本当にあったことだと思います。原作が実際に被害にあったピアニストのシュピルマンの体験手記ですからね。この映画の成功は、このノンフィクションを巧みにドラマとして脚色したシナリオの秀逸さにありますね」
渚「アカデミー脚色賞を受賞してます。さらに監督賞と主演男優賞を受賞しました。作品全体としては、カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受けています」
安藤「監督はロマン・ポランスキーですね。ユダヤ系ポーランド人です。この人は収容所の中で育ったんですね」
渚「ナチスからポーランドを開放したのはソ連(当時)ですから、戦後、ポーランドは社会主義国になった。その国立の映画学校に学んだ人です。そこにイデオロギー的な影響はあったのかどうか・・・」
安藤「あんまりなかったみたいですね。この人は映画という表現メディアに魅せられた人です。卒業制作フイルムの『タンスと二人の男』は非常に表現主義的です。この作品の新しさで評価されて職業監督になって撮った『水の中のナイフ』は優れた心理サスペンスでしたし、当時、無名のカトリーヌ・ドヌーブをヒロインにした『反発』も、やはり異常なサイコ風サスペンスだった。収容所体験は異様な閉塞感を原体験としてこの人に残したけれど、そこから開放してくれた社会主義国、ソ連にたいしては特別の政治的意識は持たなかった気がするんです」
渚「ポーランドは東欧の中で抜きんでた映画先進国です。アンジェイ・ワイダやカワレロウイッチのような巨匠は世界的に有名でしたが、こういう監督たちとは一線を画す新世代監督とされ、その特長は愛国意識(ナショナリズム)の薄いコスモポリタンだった。だからこの人はさっさと国外に出て、様々な映画演出を引き受けて生きていく」

安藤「ハリウッドに招かれて撮った『ローズマリーの赤ちゃん』は代表作とされますが、主演で奥さんだった女優のシャロン・テイトは、この映画の後、ヒッピーによって惨殺されてしまう・・・」
渚「普通の人だったら、もう映画は撮らないと言い出してもおかしくない衝撃体験でしょうが、この人は映画を捨てることは絶対にしなかった。いや、出来なかったと言っても良いでしょう」
安藤「どこか、この『戦場のピアニスト』の主人公のピアニストに似てますね・・・」
渚「ポランスキーが原作を読んで、映画化を引き受けたのには、それがあったかもしれません・・・」
安藤「これは俺が撮らなくて誰がとる、みたいな気持ちでしょうか。何しろ当時のゲットーの再現とか製作費のかかる大作ですから、フランス、ドイツ、ポーランド・イギリスの四か国の合作になりました。ドイツが入っているから難しかったと思いますね。歴史認識のギャップが障害になったんじゃないかと思いますが、監督がコスモポリタンのポランスキーならということで足並みが揃ったような気がします」
渚「特にナチスの描き方が問題になる・・・」

安藤「シュピルマンはナチスに占領されたワルシャワの廃墟を転々と逃げ回って命をつなぐ訳ですが、最期はナチスの将校に見つけられて、結局、音楽を愛するこの人物によって救われる」
渚「ナチスという狂気に犯されたドイツ軍のなかにも、正気を失っていなかった人物がいたということで、ドイツ側の出資者も納得したんでしょうが」
安藤「これがフィクションだったら政治的配慮による脚色と批判されたでしょうね・・・(笑)」
渚「原作がノンフィクションであることの強みです」
安藤「ポランスキー監督には特別の感情はなかったんでしょうか」
渚「ナチスの収容所で幼児期を過ごしたといっても、ほとんどものごころがついていない頃の記憶不明瞭な原体験でしょうし・・・むしろ異常な環境の中で自分を育ててくれた両親の愛の実感は普通以上に持ったかもしれませんよ」
安藤「あのナチスの将校の執務室のデスクには家族の写真が置かれていますでしょ。決してアップで強調しようともしませんが」」
渚「そこがポランスキーですね。人間の精神の根源には家族があるのだという考え方は平凡ですが、奥さんをヒッピーに殺され家族を破壊された人が語ると何とも言えない迫力があって、人間は何があっても狂ってはいけないんだという強い意思が感じられる」
安藤「私はこの映画を観て、何故、シュピルマンだけが奇跡的に生き延びられたのかを考えさせられるんですね・・・」
渚「もちろん、偶然(幸運)もあるでしょうが、この人がピアニストとして知られていたこともあると思う。ユダヤ系でないポーランド人もこの人だけは殺させてはならないという感情があったんでしょうね。だから、多くの人がその逃走生活を手助けするなり、見て見ぬふりをしたのでしょう」
安藤「単に優れたピアニストではないですね。ポーランドの人達が誇りとするショパンの弾き手であるということが大きかったと思う」
渚「作中、多くのショパン曲が弾かれますね。でも、ベートーベンのピアノソナタ『月光』を弾くシーンもある。音楽に国境はないんですね。そして音楽(芸術)によって心を癒されるのが人間だという人種を超えた強靭な人間観がこの映画を非常に感動的なものにしています。よく、スピルバーグ監督(ユダヤ系アメリカ人)の『シンドラーのリスト』が対比されますが、スピルバーグが最期まで“ユダヤ人”にこだわったのに対し、『戦場のピアニスト』にはそれがない。私はポランスキー監督はこの映画を撮るために生まれてきたのではないかとさえ思うのです。御年92歳・・・今も創作を続けておられるとお聞きしています・・・。ノーベル賞に“映画賞”があったら、ロマン・ポランスキー監督は、この『戦場のピアニスト』によって受賞に値すると思いますよ・・・(笑)」