今月の【喜・怒・哀・楽】 曽我なぎさ
強迫政治
とうとうここまで来てしまったのか! そう嘆かざるを得ませんでした。農水大臣の「私を支持しない首長のエリアの道路予算を削ってやりました」。
彼は自慢気にこう言っていたのです。
自民党内の会合での話なので、“身内の場”という気楽さがあったのでしょうが、人間はえてしてこういう時に本音が出るものです。
彼は自分の持つ権力に手応えと自信を持ち始めていたのでしょうね。民主主義国家では、政治に携わる人間は選挙によって選ばれます。だから最初は物凄く謙虚です。何度も何度も有権者にお辞儀をして当選した当初は、それなりに自分を当選させてくれた選挙区の住民のために“役立とう”“働こう”と考えていたに違いないのです。
それが当選回数を重ねていくうちに、“俺は当選して当然なのだ”という意識が芽生えてきます。党内では当選回数によって権力の序列が形成されている。自分よりも一回でも当選回数の多い人間には頭が上がらず。逆に自分より回数の少ない人間には優越感が生まれてくる。
そういう組織文化の中に生きていると、人間は自分の権勢を誇りたくなるんです。“予算をカットしてやった”発言には、多分に虚勢があったのでしょう。「なんか会合での空気感にのまれて、高揚感のままに事実でないことを言ってしまいました。申し訳ありません」と当人は釈明するが、これは嘘をついたことに対するお詫びなんですね。“実際に、そんなことをしたわけではありませんので”と当人は言いたいらしい。だから自分には軽率な発言の責任はあっても、“実行犯”としての実態はなく、非難される筋合いのもではないというのでしょうか。
実際に、所管官庁の国交省は、「予算の問い合わせはあったが、それ以上の要求など何もありませんでした」と言っています。でも、一方で、当該エリアの道路予算が減額されていたという事実はあるのです。これは、問い合わせしてきた政治家の“思い”に対する忖度の結果なのか、明解な理由があったのか国交省も説明してもらわねばなりません。想像するに、農水相は、自分の意思が官庁に伝わって予算が減額されたことを知って、俺様の威光は大したもんだと有頂天になり“自分がやった”と自慢して見せたのではありませんか。
かの農水相の意識の中には、「俺には力があるんだ。選挙区の有権者はそのことを十分に認識すべきなんだ。俺に盾突こうなんて輩は、不利益になるということを分からなきゃいかん」という権力者の驕りが芽生えていたんです、きっと。
それこそが大問題なんです。権力を持つ人間には“権力を行使することに恐れにも似た慎重さ”がなければならに。それが政治家に求められる資質なんです。逆の資質が明らかになった以上、これは即刻“議員辞職”させねばならない。そういう仕組みがなければなりません。
任命者である高市首相は、「働いて返せ!と当人に反省を求めました」と言ったようですが、働いてもらっちゃ困るんです、こういう人には。
それにしても、今の政治は国際政治も含めて“制裁”という言葉を軽々しく使いすぎます。アメリカ主導で行われている数々の経済制裁は、まず何よりも制裁対象国の国民が最も被害を被る政策なんです。そのことを知るなら、そんなに軽々に発動できることではないのです。制裁をかされた国の政権は報復制裁をかけようとしますからね。疲弊するのはお互いの国の国民なんです。
関税をかけあって得なことは何もありません。何かと“制裁”を口にするアメリカ大統領には、“独裁者の芽”が明らかに伸びつつあります。こういう芽は国民が判断して摘み取らねばなりません。今月(11月)行われる中間選挙が、民主主義国家としての良識を示すものになりますように。