今月の【喜・怒・哀・楽】  曽我なぎさ

どこが誤報?


ちょっとマヌケな話でしたね。読売新聞が、9月3日になって「7月23日に出した号外は誤報でした」という謝罪記事を出しました。号外は石破首相が退任の意思を固めたという内容で、読んだ人は“そうだろうな”と思ったものです。何しろ参院選惨敗という結果が出て、本当ならすぐにでも辞意を表明するのが、自民党のノルム(通念、慣習)だった以上、石破首相がなかなか辞意を表明しようとしないのは何か思惑なり事情がある、とメディアは考えていました。

そういう時期に読売の番記者は、「アメリカとの関税交渉の結果が出たら、辞めていいと思っている」という石破首相本人の側近への発言をキャッチしたのです。そこで読売新聞の編集は、日米関税交渉の決着のタイミングを見計らいながら、“特ダネ”として大きく報道する構えを作っていたらしいのです。

翌23日にトランプ大統領が日本との交渉妥結を表明しましたので、読売は直ぐに首相当人に意向を確認したといいます。こういう確認作業を新聞社では“ウラをとる”と言って、報道の正確性を担保する必須作業としています。この時の石破首相の回答は「思いに変わりはない」ということでした。そこで派手な号外がまかれた訳です。

でも、その後、首相からは何の表明もなく、8月になってしまいました。そこで、読売は正式に誤報であった旨を報道し陳謝したのです。
驚いたことに、その数日後に石破首相が退任発表(9月7日)した。読売としては“早まったこと”を二重にしてしまったのですね。

わずか4日ですよ! 誤報認定なんかせずに待っておれば、読売は正しい報道を先行した訳で殊勲ものでした。

失敗の本質は、石破首相という人物が従来の首相とは“別種”であることを見抜けなかったことでしょう。“政治家の言葉の重さ”について全く自覚がない人物ほどメディアにとって厄介なものはない。このことは首相就任早々に、その言葉を鵜呑みにできないと分かったじゃないですか。

「衆院の解散総選挙は、国会で議論を尽くしたうえで各党の主張が明確になり争点がハッキリした段階でこそやるものであり、就任早々に国会を解散するなどということは全く考えておりません」と堂々と正論を披瀝した後に、平気で解散してしまったのですから。そういう人なんだ、とどうして思わなかったんでしょうかね。

読売としては相当悔しかったはずです。お詫び記事と並べて、取材経緯を検証記事にして掲載しました。このような“舞台裏”をあかすことは異例です。踏み切ったのは、“首相がその後も嘘を重ねている”ことが許せなかったということらしい。「自分は辞めるなどと言っていない」と繰り返しているからです。これが読売には許せなかった、ということでしょう。日本を代表する活字報道メディアとしては当然でしょう。首相のこの発言が通れば、嘘をついたのは読売側だということになるからです。

流石にこれは看過できませんよ。嘘を書く新聞を誰が読むか、という死活問題になるからです。
衆院選に続いて参院選に惨敗した要因は、安倍派の「政治とカネ」問題が曖昧なままだったからという分析がありますが、首相の“虚言癖”に対する国民の不信感もあったはずです。辞めようとしない首相に自民党内から責任を問う声が大きくなったのは、こんな首相と一緒にされてたまるか、という自民党議員たちの怒り、危機感があったのだと思う。

よく、政治家には、“許される嘘”もあるなどと言いますが、そういうハナシが出るたびに、これからは今回の珍事を思い出すことにしましょうか。


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