この人にエールを!

森保一 氏
この人にとって、来年は勝負の年となる。日本代表監督として二度目のワールドカップ挑戦になるからだ。通常なら、ワールドカップに向けて就任し、大会が終わった段階で解任になるのが慣例なのだが、この人は異例の長期政権を保ち、二度目のワールドカップに挑む機会を得た。監督としての才能があるのは間違いないだろうが、“もっている”人でもある。
前回のワールドカップ大会は最悪の一次リーグの組み合わせだった。何しろ、ドイツとスペインと同じ組になったのだから。この段階で多くのファンはトーナメントに勝ちあがるのは“厳しい”と見たことだろう。ところが結果は違った。恐れられた強豪国のドイツにもスペインにも勝ってしまったのだ。
この結果に日本中が沸き返った。一転して“今年は悲願のベストフォー間違いなし”という声まで上がった。中には“ワールドカップ初優勝もあり得る”と熱く語る人さえいた。結果は残念だったが、これほどのフィーバーを巻き起こせる監督は他にいないだろう
先々月から行われた国際親善試合もまた劇的だった。全6試合を終わっての成績は、3勝2敗1分け。必ずしも好調とはいかなかったが、特筆すべきは10月14日に行われた対ブラジル戦。ここで森保監督は、今まで勝ったことのないブラジルに3対2で勝ち切った。
こうなるといやがおうにも来年のワールドカップへの期待は高まろうというものだ。ついでに言うなら、最終戦(対ボリビア)での快勝をもって、日本代表監督就任100試合目を勝ちで迎えるという結果になった。危なそうに見えながら、むしろ勝利が期待できそうにない試合でこそ、この監督は勝つ。さんざん相手チームを研究し対応を工夫する結果なのだろうが、やはり勝負の世界。“持っている”ことも間違いないのではないか。
“選手の心を知る監督”でもある。海外で活動する選手を招聘した場合、彼らが試合を終え、再び所属する国に戻るとき、飛行機の予定を調べて、ホテルのロビーで待機し声をかけるのだという。「今回は参加してくれてありがとう。十分に出番を与えられなくて申し訳なかったけれど、監督としてプレーには満足している。また一緒に戦えることを期待してますよ」。
選手としてこれほど嬉しいサプライズはないだろう。選手としては招聘された感謝とともに、何よりも監督の評価が知りたいのだ。多少のリップサービスとは分かっていながらも、また次の機会には代表チームに参加して、今回以上に活躍したいと思うに違いない。
むろん、4年も先の次回のワールドカップに参加できる保証などはない。ひたすら今のチームで頑張るしかないのだが、そういう声掛けをした同じ監督が率いる二度目のワールドカップへの思いは、新しい監督に率いられた代表チームに招聘されるのとは違うものがあるのではないか。
何故、この人がそんな気配りが出来るようになったのか。やはり、1993年の“ドーハの悲劇”の体験だったろう。
あと一歩でワールドカップに行けるはずのアジア予選大会で最後の最後に夢を奪われた伝説ともされる悲劇である。この人は選手として参加しこの屈辱を味合わされた。
監督もスタッフもFIFAの関係者も悔しいが、一番悔しいのは選手なのだという思いは胸に焼き付いたことだろう。だからこそ監督は自分の悔しさは封印して選手のマインドケアをしなければならない、という信条。
思えばこの人の選手時代はそれほど輝かしい活躍があった訳ではない。むしろ目立たない存在だった。しかし、一部の人からは、“視野が広い。3手先まで読んだパスをしている”と注目されていた。この人の選手時代は監督になるための修業時代であったのかもしれない。
2004年に現役を引退してからは、サンフレッチ広島のコーチになり、2012年に監督に就任すると、4年間で3度のリーグ優勝を達成した。
その手腕が評価されたのだろう。東京五輪の代表監督を経て、2018年、日本代表監督に就任した。それから7年、いよいよ来年のワールドカップ制覇への第一歩が、今月(12月)5日(日本時間6日)に開催地アメリカでの一次リーグの組み合わせ抽選会。“もっている”監督はどういう“クジ運”で自身の集大成の大会をスタートさせるのだろうか。今まで以上の期待を籠めて、あらためてエールを送りたい。
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