この人にエールを!
田中将大 氏
シーズン終了ぎりぎりでの200勝達成だった。偉業には違いないが、本人の達成感は大きくないだろう。はっきり言ってしまえば、チームの勝利にほとんど貢献できず、三位が決定しての“消化試合”での200勝到達は、屈辱感もあったのでは、と思う。
昨年の契約更改で、所属チームの楽天から“お話にならない”更改条件を突きつけられてフリーの立場を即断した。その後、オファーの声はかからず、そのまま引退するのでは、と見る向きもあったが、昨年末ギリギリに巨人が獲得に動いた。記者会見で、率直に「メチャ嬉しいです!」と笑顔を見せていたものだったが。
巨人が動いたのは、阿部監督の強い要求だったという。エースの菅野がメジャーに去り、若い投手陣の精神的支柱になってほしいという狙いだったろう。入団時点で日米通算197勝。あと3勝で200勝に手が届く。阿部監督にすれば、当人のモチベーションの高さは疑いようもないものだった。
日本人で日米通算200勝を達成した投手はわずかに3人。ダルビッシュ有、黒田博樹、野茂英雄。この高い峰々に連なる4人目に田中将大の名が記録される。それは巨人軍としても名誉なことだった。一方、懸念もあった。36歳という年令に加え、一昨年の右肘の手術からのリハビリ途上にあること。そのため、昨年は楽天で、ゼロ勝に終わっていた。しかし、それらは手術後のリハビリが順調に進み、登板を重ねることで投球勘が戻れば払拭されるはずだった。5月までには200勝を達成し、二桁勝利を上げられるかどうかが焦点などという野球解説者もいたぐらいだった。
ところが、最初の登板で1勝をものにしてからは、投球が安定せず長い2軍暮らしが続いた。一方、チームも深刻な異変に襲われた。投手陣の大黒柱の戸郷が、まさかの乱調。2軍での調整を経ても、最期まで復調することはなかった。おまけに打順の要である岡本和真が怪我で長期離脱。エースと4番不在でペナントレースを戦ったことを思えば、3位でクライマックスシリーズに進めたのが不思議なくらいだった。
ここで田中将大が往年のパワーを見せ、チームを支えたら、救世主としてファンも心から200勝達成を喜べたろうに。
バッテリー陣に不穏な空気が流れていたことも影響したかもしれない。軸になれるキャッチャーが3人もいたにもかかわらず、FAを行使したソフトバンクの甲斐拓也捕手を15億円とも囁かれる巨額の5年契約でとってしまった。
名実ともに日本球界を代表する捕手がやってきたら、捕手陣の心は穏やかであるはずはない。集中を欠いたり、マスクをかぶった時には力んでしまうのも無理のないところだった。むろん、それこそがプロ野球の世界であり、実力本位で評価されることが醍醐味なのである。
深刻だったのは、巨額を投じて入団させた甲斐拓也の出来が良くなかったことだ。リーグが変われば、相手打者のことが分からず最初は苦戦するのは計算済みだった。しかし、よくわかっているはずのパリーグを相手にする交流戦で、甲斐は全く精彩を欠き、全敗という信じられない結果に終わってしまった。
こうなると、チームの雰囲気は悪くなるものだ。エース戸郷の不調も甲斐のリードの問題ではないかとされ、次第に岸田はじめ既存の捕手の出番が多くなった。捕手も野手の一人として打力も期待される。特に阿部監督自身が強打者捕手だったこともあろう。派手に打っていた甲斐のバットが沈黙し始めると、甲斐の存在価値が疑われ始めた。ここ1本の出ない打順は目まぐるしく入れ替えられ、それがまた打者を途惑わせ、阿部監督の感情的な性格もあって特に若い打者を委縮させた。
そんな一軍の状態を見ながら、田中将大は2軍で自分の投球と向き合い続けた。再び注目されたのは後半戦になってから。グリフィン、赤星、井上といった先発陣が崩れコマが足りなくなったからである。ローテーションに入り、対中日戦では中5日でマウンドに立っている。ナイトゲームだった前回からデイゲームでの登板となれば、実質“中4,5日”。36歳の高齢投手には過酷なことだったろう。5回前後から球威が失われていくのがはっきりと分かった。
“あと1勝”が遠ざかるなか、MLBではドジャーズの名投手、クレイトン・カーショーが引退を宣言した。通算222勝。サイ・ヤング賞3度受賞の投手にして222勝が限界だった。それほど200勝台は未踏の境地なのである。そのカーショーは37歳。田中将大は来年、その年令に並ぶ。日米通算200勝の3人にしても、リタイア時の年令は、野茂は37歳、黒田にいたっては41歳だった。38歳になるダルビッシュは今もMLBで投げ続けている。
田中将大も投げ続けるに違いない。自分が納得のいく投球が出来てチームに勝ち星が付いた瞬間こそが投手の至福の瞬間なのだろう。田中将大ほどの投手にして、200勝のうち、そんな最高の勝ち星はいくつあったろう。だからこそ、この先も、“ひとつの最高の勝ち”を求めて投げ続けようとするだろう。腕が振れる以上は自分からボールを放すことなどあり得まい。考えてみれば、40歳を超えてコツコツと投げ続けているヤクルトの石川雅規投手もいる。現在188勝で200勝まで、あと12勝。来期以降も、その区切りに向かって一球、一球を投げ込んでいくはずだ。“潔さ”などという言葉は彼らには似合わない。あらためて、マー君の今後の健闘を祈ろう!