この人にエールを!

戸郷翔征 氏 


“戸郷ショック”は、球史に残る言葉になるかもしれない。巨人の開幕投手が二週間で二軍落ちするとは誰が想像したろう。怪我なら驚くことではない。では何故、戸郷はこんなことになってしまったのか。その投球スタイルと無縁ではなさそうだ。戸郷は“スリークオーター”で投げる。人間が物を投げるとき、両肩のラインを軸にしてタテに腕を振るのが自然なフォームだろう。プロ野球の投手には、この“自然形”というべきフォームを投球フォームにしていることが多い。中には、両肩ラインの延長にヨコに腕を突き出して投げるサイドスローというフォームもある。

戸郷の場合は、“スリークオーター”という変則フォームで投げる。両肩ラインの軸に対し、“四分の三”程度の角度で投げる。その角度は微妙なものだ。制球が不安定になりがちな一方、打者の打ちにくさ(球筋が把握しにくく、変化球の屈曲点が読みにくい)効果は大きいとされる。戸郷はこのフォームで巨人のエースの座を掴んだ投手だったのだが。

直球が最速でも154キロ。決して剛球投手のタイプではない。それが巨人のエースに成りあがっていった理由は、この独特の投球フォームに加えて、スライダーとフォークに独特の“クセ”があったためと言われる。それぞれ曲がり方の違う2タイプがあるというのだ。つまり実質的に4種類の変化球と、直球の5種の球種でバッターを翻弄する独特の投球術と言うべきか。

今回の大乱調の原因をここに見る向きも少なくない。対戦チームは戸郷の“投球のクセ”を見破って対応してきたというのである。しかし、2022年から二桁勝利をあげている投手だ。他球団は既に十分に研究してきたはずではないか。

やはり、戸郷自身の投球フォームの変調に原因があるとみるべきだろう。宮本慎也氏(元ヤクルト内野手)は、“腕の角度が昨年より高くなっている印象を受ける”という。知ら知らずのうちにフォームが崩れるのは投手の常だが、キャンプでの入念な調整直後の開幕時点で崩れてしまうのは珍しい。ある人は、開幕前にドジャース打線と対戦させられた影響があると言う。“大きな体躯の外人バッターに向かうことで何かが狂わせられた可能性がある”と言うのだが。

ソフトバンクから甲斐捕手が加入した影響もあったかもしれない。日本球界を代表するキャッチャーも、初めての投手陣を的確にリード出来る訳ではない。甲斐も、戸郷の独特の投球の特徴(強みと弱み)を十分に把握しきれないままにリードせざるを得なかったろう。やっかいなのは、コーチはじめ第三者にも、このフォームの変調が見抜きにくいということだ。少年野球時代から“我流”で作り上げてきた唯一無二の変則型フォームの調整は、自分の感覚でやるしかない。

いずれにせよ、開幕15試合は、シーズンを占う鍵である。リーグの対戦5チームとひとわたり“力試し”をする一巡期間。対戦相手の5チームがどんな調子なのか、昨年より強力か、弱体かは気になるところ。しかし何より重要なのは、今年目指す自軍の野球のスタイルがどの程度モノになっているかの自己診断である。むろん、個々の選手は、キャンプで鍛錬してきたことが実戦で手応えとして感じられるかどうか、不安と期待で自らの調子を掴もうとする。

監督やコーチほかベンチスタッフは、相撲と同じで、この15番を“勝ち越せたか、負け越したか”が非常に大きな関心事になるらしい。開幕一巡で勝ち越せれば、“今年はやれそうな気がする”が、逆に負け越すと“嫌な気分”になるという。

そういう意味では、今年のセリーグの開幕15ゲームで最も“嫌な気分”を味合わされたのは、間違いなく巨人の阿部監督だろう。近年まれな大補強をして挑んだシーズンだけに、その衝撃は想像するに余りある。

14戦(対DeNA戦1試合が中止)の結果が、“6勝7敗1分け”。しかも内容が良くない。阪神と広島に“3連敗(3ダテ)”をくらった。

阿部監督にすれば、“MLBに移籍した菅野の穴をどう塞ぐか”で頭がいっぱいで、エース戸郷の二桁勝利は“大前提”であったろう。投手陣を組み立てなおすのは容易ではないが、そこは巨人、選手層の厚さが違う。若手には主力選手の登録抹消は大きなチャンスなのだ。丸、坂本、キャベッジ等野手陣の離脱もあったが、若手選手の奮闘で何とか試合を作っている。これは非常に良い兆候と言っていい。このチームは主力の不振が出れば、シーズン途中でも大型補強を躊躇わない習性(資金力と言っても良い)がある。今回は、シーズン開始早々の不振選手のオンパレードで補強する暇もなかったからこその若手の台頭ぶりだったろう。

これで主力組がぞくぞく復帰してきたら、その戦力は圧倒的である。阿部監督が、いっときの狼狽ぶりを乗り越えて、表情に落ち着きを取り戻したのは、そのことに気付き始めたからだろう。

問題は、“エース戸郷”の復活が計算できるかどうか。戸郷のレジリデンス(復元力)こそ、今年の球界の最大の見どころと言うべきかもしれない。
巨人ファンだけでなく、すべての野球ファンが、この“異端の投球フォーマー”の復活を願っていることを知ってほしい。


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