この人にエールを!

坂本勇人 氏 


いつか、“5月13日の坂本勇人”と追憶される日が来るのかもしれない。それほど劇的な姿だった。

球場は福井球場(セーレン・ドリームスタジアム)。巨人の対戦相手は広島だった。ゴールデンウイークの地獄の9連戦で巨人は4カード連続負け越しを喫した後の二連戦。初戦を落として後に引けない二戦目にドラマは生まれた。

岡本和真がメジャーに移籍し、エースでなければならないはずの戸郷投手の調子が上向かないなかで、今年もキツイという声は、球界だけではなく、
ファンでさえ口にし始めていた。せめてAクラスには残ってほしい、というのが巨人ファンの切実な願いだった。開幕前の評論家の予測でさえ、今年の巨人はBクラスが濃厚ということだったのだから。

この日も例によって得点できない展開だった。延長戦にもつれ込み、両軍ともに投手を使い果たす中、延長最終回(12回)まで進み、広島は表の攻撃で、ついに均衡を破る決勝点をもぎとった。裏の巨人が無得点に終われば、この日も敗れる状況だった。

この日、坂本は延長に入った10回の二死満塁の好機で代打で登場しながら凡打に終わった。二度目のチャンスが来たのは後のない12回裏。ウズペックの単打等でノーアウト1,2塁の好機での打席だった。


坂本は直前までベンチで必死に相手の遠藤投手の投球傾向を解析したペーパーを読み込んでいた。次こそ安打しなければならないという責任感。この人の打者としての性格がよく出た一幕だった。

効果はテキメン。対戦経験の少ない相手投手の1球目を見事に振り切って左翼スタンドにもっていった。サヨナラの3ラン逆転ホームラン。おまけにこの1本が坂本勇人の通算300号のホームランとなった。狂喜するナインが総出でホームインする坂本を出迎えた。

長くジャイアンツ一筋でバットを握り続け勝利を呼び込んできたレジェンドに、せめて300本までは本塁打を打たせたいという思いはナイン全員が共有していたはずだが、その悲願の一振りがチームに逆転勝利をもたらしてくれたのだから、その狂喜に嘘はなかった。その歓喜と興奮の渦がその後のジャイアンツの7連勝に繋がっていったと言っていい。野球の面白さは、こういうところにあるのだ。一人の選手のプレイに火をつけられたナイン全員が一転して潜在能力を爆発させるという不思議さ。

お立ち台に上った坂本勇人のスピーチにも驚かされた。「ファンの皆さん、こんなに遅くまで球場に残っていただき応援ありがとうございました。特にお子さんは早く帰って寝てくださいね」。

この時、時刻は11時近くにまでなっていたのだ。こういうことをお立ち台でいえるということは、坂本が単なる野球人ではなく良い家庭人であることの証かもしれない。しかし、そういわれて興奮した子供たちが、素直に寝つけるとは思えない。年に一度ライブで野球を観られるかどうかの地方の子供たちなのだ。この夜、奇跡を目の当たりにした子供たちの中から、未来の坂本勇人やサトテルが出てくるかもしれないと思うと、こちらも眠れなくなる。

シニカルにものを観る人は、奇跡にはウラがあるというかもしれない。坂本が10回から投入され、奇跡の一打は二度目の打席だったからと説明する。たしかに坂本は、打席を重ねながら打撃を整えていくタイプで代打の一発勝負は得意ではないからだ。さらには“地方球場の恵”を口にするかもしれない。確かに打球はフェンスぎりぎりだった。狭い地方球場ならではのホームランで東京ドームなら外野フライだったと。

しかし、それが野球なのだ。
巨人は、この日の試合で明らかに変わった。一人一人の選手に自信と勢いが戻ってきたのだ。ファンの中には、優勝すら口にする向きまで出てきた。坂本はレジェンドとしての役割を見事に果たしたと言える。しかし、この人には、まだやらねばならないことが残っている。2500本安打という栄光の記録まで残り45本。ここに向って一層奮起してほしい。かつて同じ少年野球チームで切磋琢磨した田中将大投手も同じチーム仲間になって、日米通算200勝の壁を突破し、さらに記録を伸ばしていることもある。互いに野球少年の昔に帰って共に未踏の頂きに挑み続けてほしい。二人そろってお立ち台に上がってほしいという思いは、巨人ファンだけではないすべての野球ファンの願いなのだから・・・。(数値は5月20日現在)。



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