この人にエールを!

坂本花織 氏 


今回の冬季オリンピックを最期に引退するのだという。2000年4月生まれの24歳。あらためてフィギュアスケーターの選手寿命の短さを思う。

159センチというアスリートとしては低い背丈のせいか、がっちりした体格の印象が強い。その“重量感”がこの人独特のフィギュアスタイルを生んだ。スピードを伴った安定感とダイナミックな躍動感の共存。これはこの人が生み出した稀有な個性である。

重心の低い安定感があればこそ、アクセルを除く5種類の3回転ジャンプには目を見張らせる。動きの幅といい高さと言い、着氷のスムースさといい、際立った印象を与える。伸びやかな下半身の浅田真央(身長163センチ)に付いて回った不安定感とは対照的なスタイルと言っても良い。

どの競技のどのアスリートもそうだろうが、自分の体格、体型への“発見や妥協”こそが自己のスタイルのコアを形成する。もう少し背丈があればとか、腕が長ければとか悔しい思いをすることも少なくないという。逆に自分の“天性”や“個性”を見出していくこともある。坂本花織もそうだったに違いない。自分のスタイルを創造しえたスケーターの美しさ、強さのすべては、観客の目には見えないそんな苦しみの果実であったはずだ。

神戸に生まれたが、あの阪神淡路大震災は知らない。しかし、幼年期の記憶には震災の被害の残る街角の光景があったかもしれない。街の復興と並行して、この人はすくすくと成長していったのだろう。2000年には神戸市営地下鉄が海岸線を開通している。それを記念して、この年生まれの赤ん坊が広く募集され、その手形、足形が沿線の駅にメモリアルとして展示され今に至っている。0歳だった坂本花織の手形、足跡も新長田駅に残されているのだ。

その小さな足型を見るとき、後に世界的なフィギュアスケーターになる“黄金の足”のルーツを見る思いがする。

4歳でフィギュアを始めたというから、今年で、アスリートとして20歳の成人の節目を迎えたことになる。


その記念の年に開催される五輪大会をスケーター人生のターミナルにしようとするこの人の思いには、けじめの良さが感じられて心地よい。まさしくこの人のフィギュアの切れ味のような爽快感がある。

2022年から23年、24年と、世界選手権三連覇という偉業も果たした。これは1968年のベギー・フレミング以来56年ぶりの快挙である。(当然、坂本花織はその時代を知る由もないが)。

しかし、2023年の北京オリンピックでは銅メダルに終わった。この人に無念があるとすれば、そのことかもしれない。今回のオリンピックで自分のキャリアを終える決意の裏には、果たせなかった“頂点”への野心があるに違いない。有終の美として、この人が表彰台で金メダルを掛ける姿を我々もどれだけ期待していることか。

しかし、無駄なプレッシャーをかけるのは無粋というものだ。ただただ悔いのない演技を見せてくれることだけを祈ろう。

その後のこの人の生き方も気になる。よくリタイアしたアスリートが陥るとされる喪失感や虚脱感は、この人には無縁な気がする。既に進路は決まっているのかどうか気になるが、この人の「2023年神戸学院大学経営学部卒」というキャリアが気になる。ひょっとすれば、何かビジネスを起業し経営者の道を歩む計画があるのかもしれない。むろん、どの道でもいい、五輪後のこの人が、持ち前の負けず嫌いな性格を生かし、新しい道を切り開いていってくれることを心から願おう。


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