この人にエールを!

池山隆寛 氏
野球は、やってみなけりゃわからへんぜ。この人はそう呟いているのかもしれない。
とにかく前評判が悪すぎた。主砲の村上のメジャー移籍だけではない。山田哲人はじめ主軸選手の高齢化で戦力の構造的低下は明らかだった。
すべてとは言わないまでも、ほとんどの野球解説者の事前順位予想で、ヤクルトはセリーグ最下位だった。今季から監督としてチームの再建を託されたこの人は、そういう前評判をどう聞いていたのか。恐らく、闘争心をかきたてていたに違いない。
シーズン開幕以来の猛ダッシュはそのことを十分に想像させる。
143ゲームも戦う中で、最初のカード一巡(15ゲーム)をもって評価することはできないが、少なくとも、多くの解説者の評価は間違っていた。
全カード勝ち越しは阪神である。これには多くの解説者の予想は的中していた。その阪神に唯一負け越しただけで2位につけているのがヤクルト。
前評判の高かった中日やDeNAが期待を裏切る不調の出足だったことにも助けられたかもしれないが、思えば、この意外性こそがヤクルトのカラーだと言えなくもない。
「まぁ、勢いで勝っているだけでしょうから」と負け惜しみをいう解説者もいるが、それは池山監督のイメージから来るものだろう。現役時代からフルスイングを信条とし、“ぶんぶん丸”と呼ばれたこの人にはネガティブな印象は全くない。しかし、戦略もなくやみくもにバットを握っているのでもなかった。確かに三振も多かったが、現役通算304本塁打という輝かしい記録は、相手投手の徹底した研究の結果でもあった。
バッドマンとしての哲学はシンプルだった。「どんな剛腕投手でも怖がらないこと」その一言に尽きた。そして怖がらないコツは徹底して相手を研究することから生まれる。野球人としてのこの人の哲学は監督になっても生きていたようである。
まず、チーム防御率に注目したい。2.29。これは首位阪神を上回るセリーグ1位である。野手出身の監督は投手起用が苦手といった先入観が持たれがちだが、野球という競技の基本は、打者と投手の一対一の対決である。裏表の関係である以上、打者の立場を極めれば投手の立場も自ずから理解出来る。
その片鱗が窺えるのは、この人の打順戦略である。投手の打順は9番が定位置だが、池山監督は8番こそ投手にふさわしいとして、それを徹底している。それは1番打者を活かす手法でもあるらしい。下位打線のラストにそれなりの打者を置けば、1番打者へのお膳立てが出来るということだろう。1番打者に最強打者を置くという戦法はドジャースの大谷の打順を見ても分かるが、池山監督の考えの根底にあるのは、1番打者の打点をあげる機会を増やしたいということではなかったか。打者である以上は一歩でも三冠(本塁打、打率、打点)に近づきたいと思っているものなのだ。打点における“1番打者のハンディ”を少しでも軽減したかったのだろう。これも打者の心理を知り尽くす現役時代からの経験からくるものに違いない。
一方で、投手にはバンドをさせない。「バンドというのは難しいもの。投手にやらせるのは酷」という考え方はユニークだが、投手にはピッチングに集中してもらい、いらぬストレスを与えないということではないのか。
こう考えると、スター選手だったイメージとは裏腹に、結構、苦労人だった素顔が浮かび上がる。それこそが、選手への心配りが必須とされる監督業の資質を作ってきたといえるのかもしれない。
しかし、本音は別のところにあるとも言える。セリーグでは来年からDH制が採用されるからだ。投手8番打順もバンドなしも、来年のDH野球に備えるための“準備”なのかもしれない。1年目の監督として、勝負は二年目以降という計算もあることだろう。
ついでにチーム打率も見ておくと、2.52。これはリーグ2位である。思い切って振ってこいという池山監督の激励が聞こえるような数値である。昨年までの二軍監督時代に育てた選手たちが、自らの一軍監督昇格とともに一軍に引き上げられ、大いにモチベーションを高めているのが今のヤクルトなのだ。
スタープレーヤーの華やかさを持ちながら独自の野球哲学を持って監督の責務を担っている姿は、日本ハムの新庄監督に重なるものがある。この二人の監督がそれぞれのリーグを勝ち抜き、日本シリーズで対決するとすれば、ファンにとってこれほど嬉しいことはない。この夢が正夢になるのは意外に近いことだと思いたいのだが・・・。
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