この人にエールを!

斎藤佑樹 氏 


日本ハムを退団し現役選手としてピリオドを打ったのが2021年だった。新型コロナのパンデミックの渦中でメディアもまるで注目しなかった。正直に言えば、投手としては“既に終わっていた”からでもある。

高校野球での活躍が華々しすぎた。夏の甲子園での決勝戦。一日で決着がつかず異例の翌日再試合で栄冠を手にした。相手投手は、駒大苫小牧の田中将大選手(愛称“マー君”)。彼は高卒後、プロ(楽天)に入ったが、斎藤氏は大学に進学し早稲田大学教育学部に学んだ。野球部に属し六大学野球で活躍、一年生にして初のMVPに選ばれている。卒業後、日ハムに入りプロデビューし、翌2012年には開幕投手として、9回1失点の完投勝利をもたらした。

思えば、このあたりが、この人のプロ野球投手としてのピークだったろう。この年の夏には右肩痛で二軍落ちしている。その後、本格的な復調はなかった。翌2014年には二軍スタート。その後も不調が続き、2018年、19年と二年連続で未勝利に終わった。この間、ライバルのマー君の活躍は目覚ましく、メジャーの名門、ヤンキースで主力投手として二桁勝利を重ねていた。

あの真夏の甲子園での勝者と敗者が、プロの世界では真逆になった。かつて楽天監督をしていた野村克也氏(故人)は二人についてこう言ったことがある。「斎藤は出来上がりすぎている。プロの世界でやっていけるとは思えない。まとまりすぎていてこれといった特長がない。これでは延ばしようがないですわ。対照的にマー君は粗削りで欠点だらけ。逆に言えば、物凄く伸びしろがある」と。

野球に人生をかけた場合、プロに入って最低10年レギュラーの地位を護り、それから野球解説者になったり、コーチや監督になって生計を維持する。むろん、生涯に稼ぐ金額も一般人とは桁外れになる。そのような報酬を求めてプロの野球人を目指す選手ばかりでもないが、全く考慮しない人もいまい。もっとも、そのような人生設計が実現できるのは一握りの選手に限られる。そこに賭けがあり野心も生まれる。

斎藤佑樹氏には、そのようなギラギラしたものが希薄だった。甲子園のマウンドでハンカチで汗をぬぐう“上品さ”は、高校野球でこそ爽やかな印象を与えたが、プロの世界では“ハンカチ王子”に居場所はなかったともいえる。

結果を残せなかった選手の引退後の道は険しい。コーチや監督に招聘する球団はなく、テレビ中継の解説者席に呼ばれる機会も極端に少なくなる。斎藤氏は、個人オフィス(佑企画)立ち上げ、スポーツイヴェントの企画やコンサルを請け負う仕事を始めたと聞いていたが・・・。

その意図や事業実態が分からなかったが、今回のことで見事なまでにハッキリした。北海道に少年野球場を開設したのである。面白いのは、球場のサイズを少年野球規格にしたこと。両翼70メートル、中堅85メートルの外野には木製のフェンスが設置されている。「少年時代の野球の舞台って原っぱですからね。“さく越え”の感激が味わえない。ボールをどこまでも追っかけなきゃイケナイつらさもある。迷惑をかけたくなくてバットを小降りにする子供もいるわけで、それじゃいけないと思いました」と言う。

それでいて、球場の名前は『はらっぱスタジアム』。“無限”の可能性を秘めた少年野球を育てる場として、“はらっぱ”こそふさわしく、斎藤氏自身の原風景でもあるのだろう。

ふと、この人が大学に進学し教育学部を専攻したことを思い出した。ひょっとすれば、ここを舞台に少年野球を育てる仕事こそ、この人がしたいことかもしれない。

むろん、球場は器にすぎない。注目は、ここを舞台にどのような少年野球の育成システムを作るかである。まずは、ここで野球することが少年たちの夢になり、高校野球における甲子園大会のような目標となる・・・そんな夢をこの人は見ているのかもしれない。

はらっぱスタジアムの場所は、日ハムの本拠地“エスコンフイールド”に近い。これは少年野球のイヴェントを発展させるうえで、シナジー効果を狙った立地戦略だろう。甲子園大会では参加選手や関係者の宿泊場所の確保が難事のようだが、小学生ともなれば、教育上の配慮も要る。斎藤氏は将来、練習施設を備えた大規模な合宿施設を作る構想もあるらしく、周辺にたっぷり土地のあることが決定的な理由だったともいうが。

ビジネスパーソンとしての資質を窺わせるが、それ以上に夢を一歩一歩現実化しようというスピリッツが素晴らしい。“球場を作れば彼らがやってくる”という名画『フイールド・オブ・ドリームス』のセリフではないが、はらっぱスタジアムを作れば将来の名選手がどんどん育ってくる、ということか

ウオルト・ディズニーがディズニー・ランドを作った時の言葉が思い出される。
『ディズニーランドは永遠に未完成なのです。世界に想像力が残っている限り成長し続けるのです』

斎藤佑樹氏はこう言いたいのではないか。
『はらっぱスタジアムは永遠に未完成です。この国に野球を愛する人がいる限り、そして選手として成長したいと願う少年たちがいる限り、このスタジアムは永遠に成長し続けるのです』と。


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