Remember
Nice Phrase
『政治は“数”なり』
この言葉が、何時、誰によって口にされたのかは分からない。古代ギリシャのどこかの都市国家(ポリス)で生まれた言葉であるとされる。となると、やはりアテネである可能性が強い。ソクラテスかプラトンか、それともアリストテレスか・・・。いや、恐らくは名もない大衆が誰ともなく言い出した呟きではなかったか。
世界で初めて民主主義政治の仕組みを発明した国で、この言葉は必然的に生まれたのだ。それは今日まで、民主主義国で信奉されている“多数決の原理”として継承されている。
しかし、古代民主主義から近代民主主義までの間には、長いブランクがあった。そこでは、『政治は権力者(王)の手に』が常識だった。実質的に、現代でも、これと変わらない政治体制をとっている国は少なくない。
もっとも、ギリシャの民主主義と現代の民主主義はまったく別物という言い方も出来る。ギリシャのポリスでは、何かを決めねばならないとき、都市の中心部の広場に全市民が集合し、誰もが自分の、あるいは仲間の意見を大声で主張した。当然、それに反対する者も意見を噴出する。喧々諤々の議論を続けるうちに次第にいくつかの多数意見に集約されてくる。そこで誰かが「それそろ決をとろう」と云い、広場の人々の拍手が賛同を表明すると、それぞれの意見に対する賛意者の数が拍手や挙手によってカウントされ、最多の賛同者の意見が“全体の意見”として採択された。まさしく、“政治は数”なのである。
このような形態は「直接民主主義」と呼ばれ、有権者(成人市民)の数が多くなれば物理的に不可能になる。当時の都市国家は、直接民主主義が可能な人口規模のよって規定され、“政治形態が国家規模を規定した”のである。現代の民主主義国家は人口こそ国力の素と考えるため、代議制を取らざるを得なくなった。選挙というシステムの誕生である。こうなると、“政治は数なり”という名言も変質を余儀なくされる。
おびただしい有権者が、それぞれの考えで候補者に1票を投じる。票の獲得競争となって、日ごろから有権者に好感を持たれているかどうかが決め手になる。地域のお祭りやイヴェントには欠かさず参加し“密着度”を演出する。選挙区で隈なくやるには人手が要る。当然、資金が必要になる。かくして“政治は数なり”はいつの間にか、“政治はカネなり”に変貌した。
戦後の憲政史上、この現実をあからさまに公言したのは、田中角栄氏(元首相)だった。「皆さん、どんなに良い意見でもねえ、数が揃わなきゃどうにもならんのです。そのためにはねぇ、このタナカに一票を投じていただくことがタイセツなんです!」。
地元への思いはどの政治家よりも強く熱かった。また新しく議員になった新人の勧誘にも熱心だった。初当選の祝い金として20万円を財布からだして手渡しながら、「困ったことがあったら、何でもワシに相談してくれ」と囁いた。こうして自派閥に引き込んだ新人議員に対しては徹底して面倒もみた。かくて、“政治はカネであり、政党は派閥である”という自民党政治のスタイルが形成されていったのだ。
昭和の政治風景は利害のはっきりしたものだったが、最近では理由不明のまま“あの人を応援したい”という投票行動が目立つようになった。こうなると“政治は「推し活」なり”と言わねばならなくなる。もう少し分かりやすく言うなら“政治は人気なり”ということになろうか。
人気ほど根拠なく移ろいやすいものはない。一時の“風”に喩えられるのはそのせいだ。日本は先進諸国の中で最も頻繁に国政選挙をする国である。都度都度風向きが変わるなら、持続的な政策継続など出来る訳がない。前の首相がコメ増産に転じたかと思えば、圧勝になった今の政権ではいつの間にか元の減反政策に戻ってしまう。まるで形状記憶合金のようなものだ。これでは改革など出来る訳がない。“政治は継続なり”なのだが。
ついでに、今回の衆院選の偏りについて、もう一言いっておこう。世論が圧倒的に一方向に傾くなどということはないのに、こういう現象が出現するのは、アンチ陣営の敵失があるのである。
昨年まで与党だった政党と、党勢弱まる野党第一党が選挙直前に組んで結成された「中道改革連合」。結果はそれぞれの旧党の支持者までが背を向けた。ここから一つの格言が囁かれている。“一足す一は常に2になるとは限らない”。これは“政治は数なり”という古来からの名言に、書き添えるべき“迷言”かも知れない。
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