連載小説 令和五年の変         渚美智雄   


【読者の皆様へ】
この作品には、多くの政党、政治家、企業、経営者等が登場します。読者に実在の人物や団体を想像させることがあると思われますが、すべて小説上の創作であることをお断りいたします。この小説のモチーフは近未来の日本の姿を考えることにあります。実在をイメージさせる人物、団体等は、小説上の日本に現実感を与えるための方便であり、それ以上のなんらの意図を含むものではありません。読者諸賢にはご賢察賜り、お楽しみいただければ幸いです。

【前回までのあらすじ】
“自称”経営ジャーナリストの長居公一は、晩節を飾るため社会に貢献出来る仕事がしたいという老実業家の稲本和盛に請われ、“国土防衛事業”を提案し気に入られた。しかし、行き掛かり上、その仕事を担当しなければならなくなった。チームメンバーは稲本の私設秘書の蘇我魔弓と、稲本と縁故のある磯部真一という剣道の達人だった。彼らは、国土防衛の徹底実践には、中央主導の“国土強靭化”ではなく、完全に権限移譲された地方政権が主体的に取組むことが肝要と考える。それは、憲法を変え国の運営形態を一新するという無謀にも見える挑戦に繋がっていくのだった・・・。


【主要登場人物】
長居公一:脱サラして経営ジャーナリストをしていたが、稲本和盛に気に入られ、災害大国ニッポンの最重要課題と確信する国土防衛事業にのめり込んでいく。50才代前半。離婚歴のある独身男。
磯部真一:稲本が後援する九州の高校剣道大会で優勝した縁で稲本と知り合う。そのコネで政治家養成施設「松木政経塾」の見習い職員をしていたが、塾生の前原一誠と知り合い、その後、東京で政治家のパーティ等に供花する会社「花礼社」を立ち上げ成功する。たった一人の身寄りの叔父の逝去に伴い、遺産相続された大磯の家に移り、花礼社の仕事は長居に移譲する。40才代半ばで独身。
蘇我魔弓:幼いころから稲本にひきとられ養育されていたが、今は稲本の身の回りを世話する私設秘書になっている。年齢不詳(30代半ばか・・・)。
稲本和盛:鹿児島出身の実業家。独自に開発した技術を元手に「東京セルロース」を創業し、一代で日本を代表する企業に成長させた。既にリタイアしていたが、九州男児の熱い性格で国家社会への恩返しを真剣に模索している。京都に居を構えた縁で地元出身の代議士、前原一誠の後援会長をしていたことがある。

                                  (第21回)

前原一誠と岩破茂を部屋に招き入れながら、長居は困惑していた。前原が連れてくるのは一新の会の馬野幹事長だとばかり思っていたからである。
なぜなのだ・・・前原が自愛党の岩破茂に声をかけた意図が読めない。二人がSLマニアであり趣味の合う間柄であることは知っていた。しかし、政治的な立ち位置はあまりにも違う。ひょっとしたら、前原は今朝の「地方分権構想説明会」を趣味の領域程度に認識しているのか、とも怪しんだが。

「朝早くからご足労いただきまことにありがとうございます・・・」
長居は二人を応接用のソファに落ち着かせ、魔弓と磯部の真ん中に立ち頭を軽く下げながら言った。
「私は長居公一と申します。経営ジャーナリストをしてまいりました。こちらは仲間の磯部真一と蘇我魔弓です。よろしくお願いいたします」
長居はそれだけ言うと、三人そろって、前原と岩破に向かい合うかたちでソファに腰かけた。

「本日は私どもが研究してきました地方分権国家の運営案を政治のプロのお二方にお聞きいただき、いろいろサジェッチョン賜ればと存じます。なお、最初にお断り申し上げねばなりませんが、私どもは何分、政治の世界を全く知りませんので、国もまた一つの会社のようなものではないかと考えまして、会社経営の青写真を描くつもりで国家の経営、運営の新しい形態を考えてみました。経営コンサル的な視点ですので違和感があると思いますが、ご容赦くだされば幸いです」
長居は前原、岩破のそれぞれに完成したばかりのA4のレジュメを手渡した。

「地方分権は一定規模の国家になれば必然的に採用されるべき合理的な国家運営形態だと考えます。企業が一定以上の規模に成長すれば“分権型経営組織”に移行するのが一般的なのと同じことだと考えております。そのための本質的な基本方針は徹底して“権限と財源の移譲”でなければなりません。その基本骨子を概念図で示してみました」

前原と岩破はレジュメに目を落とし、長居は二人の様子を窺いながら説明を続けた。
「会社組織を再編するとき、多くの事業をいくつかのグループに分け、社員を振り分けることを考えます。日本国の運営は大きく二つに分けるべきかと・・・。中央組織と地方分権組織です。役割分担の考え方は、国民の暮らしに関する行政分野を地方自治体に完全移管し、中央でなければ出来ない分野のみ中央に残すということです・・・」
前原は小さく頷いた気がしたが、岩破は何も言わず上体は微動もしないままだった。

「中央政府に担ってもらわねばならないのは、外交、防衛、経済産業政策や財政政策といったところでしょうか」
磯部は長居の横でレジュメを食い入るように見つめていたが、魔弓はレジュメには目を落とさず前原と岩破をじっと見つめていた。
「これらは今はそれぞれ独立した省になっていますが、出来れば大部屋にしたいものです。相互に深く関係していますから、それぞれがそれぞれの担当分野に閉じこもられては十分に機能しません。例えば、防衛といっても武器装備や作戦立案だけではなく、他国からのレアアース等の戦略資源の確保や食糧輸入等は防衛課題そのものです。経常収支をどのレベルで安定させるか、為替政策等も極めて重要です。一歩間違えば外交問題に発展しかねません。すべては国益維持のための戦略的な分析が横断的に求められます。会社経営で言えば、“本社”として、幹部は経営企画室程度の大部屋に集めるのが理想でしょう・・・。頭を一つにすれば縦割り意識は自ずと解消しますから」

ここで前原が大きく頷く。魔弓はそれを確認してから岩破に目を移す。相変わらず何の反応も窺えない。対照的な二人だな、と思うが。

「これら以外の、国民の生活に関わる分野はすべて地方自治体に委ねます。厚労省、国交省、文科省、農林省などが代表的です。ただ、ここで問題になるのは、これらの機能は既に自治体に担当部署が存在することです。もっとも、その仕事は中央官庁の指示を受け、内容確認し実践することでしょう。権限移譲の不十分な会社の事業部がしょっちゅう本社にお伺いを立て、市場や顧客じゃなく社内に目を向けているのと同じです。そういう会社はダメになります。日本の地方自治体が霞が関のポチのような状態をこれ以上続けたら、日本は終りです。これからは、本社の意向に従うのではなく、それぞれの県の実情を踏まえて戦略的に政策を立案しなければなりません。したがって、これらの分野の霞が関組織は“地方支援局”として全国の自治体のコンサル機関になっていただきます・・・」
この瞬間、今まで何の反応も見せなかった岩破の顔面が長居に一瞬向けられ、再びレジュメに目を落としたのが魔弓を緊張させた。その表情は険しく目は鋭すぎたからである。

「しかし、各自治体が好き放題にしたら困ることもあるんじゃないですか。ある程度、国内で統一的なものがないと・・・」
前原が口をはさんだ。

「多分そうでしょう。厚労省が担ってきた健康保険等の社会保障制度など原則的に国内一本でないと不平等になってしまいますから。しかし、既に制度は出来上がっています。これからは、それらが現状に適切なものなのかという検討が必要です。制度が出来てから長く経っていますし、実情とのズレは自治体によっても相当異なるでしょう。修正動議が各自治体から噴出するのが理想です。こう変えたいという意見も多様になり、しかも国内一本の福祉政策という原則は壊せない。そこで、地方支援局の“新厚労省”は各自治体の実情に添う改正案を立案していくことになります。今までは自治体が霞が関の顔色を窺ってきたが、これからは霞が関の方が自治体の現実に目を凝らすのです。これはコペルニクス的転換です。もちろん、“新国交省”も同じです。これからは“国道”や“一級河川”といった概念はなくなります。すべては自治体の管轄、管理責任になります。しかし、ここでも保安基準は一定の範囲内で国内一本の基準である必要があります。“新文科省”とで同じです。学制の基本は全国一律ですが、様々な運営上の工夫が自治体ごとに積極的に試行されるべきです。制度政策のイノベーションが自治体主導で続々出てくるようになってこそ、“地方分権国家”の基盤が作られて行くと思います・・・」。

「・・・この“M&I局”というのは何でしょう?」
前原の問いに長居の説明は一段と力が入った。

「権限だけでなく自治体に財源を移譲しなければなりません。M&I局というのは財源移譲の具体案なのです。税収は国税と地方税に分けられ、自治体は地方税を財源にして行政運営している訳ですが、どこも不足です。そこで再分配するために“地方交付税”がある訳ですが、これが自治体の中央依存、自治の矜持の衰弱を招いているのです。その他、補助金や交付金といったカタチで霞が関が省庁ごとに自治体に財源を補助しているのが実態です。これを根本的に変えなければ地方分権国家は成立しません!。
そこで私どもは、税収を一本化し国税、地方税の区分を止めたいんです。消費税も含め日本全国の税収は一度“国庫”にすべて集めたいのです。その上で、各自治体、中央政府に分配するのです。その分配手法にこそ、平等が貫徹されねばなりません。単純な人口割では困るのです。あらゆる指標を放り込んで計算します。例えば、県の土地面積、河川、国道、さらには台風の来襲頻度から地震の発生といった災害リスクの現状が反映されねばなりません。それでなければ、国土防衛の担い手としての自治体が立たない!
ビッグデータが活用できる時代ですから、ファクトを踏まえた合理的な財源分配計算は不可能じゃありません。もちろん、中央政府の予算も等しく平等に計算されます。自治体の財源はもはや中央政府から“貰い受ける”ものではなくなるんです!」

長居の口調は熱を帯び、前原の顔面が紅潮するのが魔弓を面白がらせた。前原が声を低くして呟く。
「なるほど、総合歳入庁のような独立機関を作る訳ですね・・・」

「経営組織的に言いますと、経理部門を“アカウント(マネーの使途)部門”と、“ファイナンス(財政政策)部門”に分ける発想です」
長居がそこまで説明した時、今まで何も言わなかった岩破が一言発した。

「M&I局ねぇ・・・Mはマネーでしょうが、この“I”というのは何なんです?。

「情報の意味です。金銭フローセンターであると同時に、ここは一大情報センターになるのです。税収管理が基本ですから、納税者の情報管理は不可欠です。各自治体の住民台帳こそ国家が大切に把握すべき基本情報ですが、ここに納税記録が乗らねばなりません。むろんマイナンバーの基本アルゴリズムを働かせ、国民は簡単に行政サービスを受けられるだけでなく自分の過去の納税実績や戸籍履歴もチェックできます。不動産保有状況や銀行口座や証券取引記録も網羅したいところですが・・・」
長居の説明に岩破は苦笑を浮かべて言った。
「さぞ、“M&I庁設立法案”を通すのは大変でしょうな。野党がプライバシー侵害とか人権擁護を叫びだすでしょうし・・・。理解してくれるのは前原さんぐらいかな・・・」

前原が苦笑するのを見て長居はこう付け加えた。
「嫌なことだけ考えたらそうなります。しかし、良いイメージを加えれば違ってくると思うのです。例えば、今回の伝染病騒ぎで定額給付金というのが配られました。ところが、自治体の業務処理が追いつかず振り込まれるまで三か月もかかりました。でもM&I局があれば簡単でしたよ。一人10万円なんて言わずに、今まで納付されてきた税金を返せば良いんですよ。昨年分、あるいは3年分、場合によっては10年分、納めてもらった税金を登録口座に振り込み処理すれば良いだけのことです。非常時に国民の現金ニーズに即応できることも一流の福祉国家の条件でしょう。M&I局が機能すれば三日もあればすべて終ります」
「税金を納めていない国民は困るよね・・・」
「そう! 逆に言えば、税金を納めていないと自分のためにならないという意識が浸透しますよ。だいたい今の日本では納税能力がありながら納めていない人が多すぎる。正直者が損をする国であってはいけないし、すべての国民が納税能力を持つ状態にするのが理想です。ですから困窮者を正確に把握し適格にケアしつつ、堂々たる納税者に育てるのも自治体の仕事なんです・・・」

岩破は再び押し黙った。
このとき、ルームサービスのサンドイッチとコーヒーが届いた。魔弓が手際よく受け取り、前原、岩破の二人に勧め、自分も口にした。
コーヒーの香りが充満し、室内は寛いだ雰囲気に変わった。

岩破がサンドイッチをほおばりながら言う。
「確かに、今の日本にはこれぐらいの抜本改革が必要なんでしょうな・・・」
呟くような言い方に前原が応えた。
「地方分権というのは結局、霞が関解体論に繋がるんですね。だから今まで出来なかったんですよ。この長居さんの案を聞いたら、あちこちの抵抗勢力が物凄い非難の声をあげるでしょうね・・・」

「私も“地方創生”を掲げて長く政治家をやってきたが、中央官僚組織とその周辺にある既得権者の存在を意識せざるを得なかった。・・・しかし、“中央政策局”と“地方支援局”、それに“M&I局”という三分割論は有効かもしれない・・・。二つに分けるとなると格の上下意識が働いて、下と見られる方に行かされる官僚の抵抗が強くなるが、三つの行先に分れるとなると、主体的に選択するという意識が少しは生まれると思いますね・・・。深夜まで国会の大臣答弁原稿を作らされる中央部署より、故郷に能動的に貢献できる地方支援局に行きたいという官僚も出てくるだろうし、M&I局に行ってデジタル技術を活かしたいという人もいるだろう・・・」
岩破の言葉を受けて、前原も呟く。
「説明の中で“大部屋”と言われたが全くそうだ。今の官僚達に決定的に欠けているのはネットワークで仕事するという発想なんです。それがないからデジタル化なんて全く受け付けない。デジタル庁創設なんて須賀首相は言うが、まず、ネットワークで仕事をすると言う文化を醸成しないと単なるITの専門部署を作るだけでオシマイになる・・・」。

前原の言い方に、わずかに岩破の頬が緩むのを魔弓は見逃さなかった。やはり、この人は次の自愛党総裁選で須賀首相に代わる野心を捨てていないんだわ、と思ったが。

「今回の伝染病騒動で国民もこの国のいろんな欠陥に気付いてきている。政府と知事が責任をなすりあっていては何も進められない。緊急事態宣言を解除する、しないで国民の困窮をよそに何をやってるんだ、と思っている国民は多いでしょうし・・・」。

それだけ言った後、岩破は思い出したかのように言った。
「今までのご説明では、政治家が登場しませんでしたな。・・・ひょっとすれば、政治家は大量リストラということになるんでしょうかね・・・」
岩破は余裕の笑みを浮かべてコーヒーを飲みながら言う。

長居は、思わず苦笑した。これから説明する政治改革案こそ、岩破のいう“リストラ”そのものだったからである。
しかし、不興を買っても言い切るしかない。長居は覚悟を決めて二枚目のレジュメを前原と岩破に手渡した。

(来月号に続く) 


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