ソーシャルエッセイ   荻正道

【昨日・今日・明日】

『株高は円安とともに』


2月にあのバブル絶頂期の38915円を抜いたかと思いきや、今や4万円台にきた日経平均。はたしてこれは“バブルリバイバル”なのか、それとも?。


 昨秋からの急激な株高には、3つの要因があると考えたい。
① 歴史的円安
② 中国経済の急ブレーキ
③ 生成AIブーム
この三要素が持続するかどうかが、株高の持続を占う鍵なのである。それぞれを見ていこう。

 まず①だが、この影響は日本経済全体に及んでいる。長くデフレに苦しんだ後の救世主のような現象と言ってもいい。円安への転換はアベノミクスであり、“黒田バズーカ”(当時の日銀総裁の名をもじったもの)の砲声から始まったものだった。前民主党政権時代に生じた超円高の流れを一転させる衝撃があったが、歴史的な円安レベルにまで誘導する力はなかった。その流れを作ったのは、新型コロナ禍での応急的な金融緩和策が深刻なインフレリスクになると考えたFRBの急速な引き締め(金利引き上げ)だった。一方の日銀は、植田新総裁のもと、緩和政策の修正には極めて慎重な姿勢をとった。この結果、日米の金利差は拡大一方となり、その流れに沿って円安が急ピッチで進んだ。いつの世もマネーは金利の高い国に引き寄せられるからである。

 このタイミングで、②の中国経済の変調が生じた。不動産不況という言い方がなされるが、これは一業界の問題ではない。中国という中央統制型の経済運営の構造的問題が表面化したものと考えねばならない。中国の高度経済成長のからくりは戦後の日本経済のそれと似ている。つまり大規模かつ急速な財政出動を呼び水にして経済成長を牽引する手法だ。政府主導型と言ってもいい。日本では新幹線や高速道路が全土に伸び、それが有効需要を生み出し様々な民需産業の成長の呼び水となった。中国の場合は不動産(大規模な住宅供給)がその役目を担った。工業化政策による農村部から都市部への人口移動の受け皿として住宅整備は不可欠であったが、中国固有の歪な構造を抱え込んでもいた。急激に増加した富裕層の財テクの対象となり、地方政府の税収目当ての乱開発(需要の少ない地区にまで過剰供給する傾向)まで生んだ。これが“ゼロコロナ禍”政策を契機に一挙に表面化したのだ。

 循環的な不況なら海外投資家もここまで警戒しなかったろう。が、根の深い“国家的構造問題”がある以上、復活は容易ではなく、時間がかかると見た。彼らは悠長にマネーを眠らせておかない。中国からマネーを引き上げ、それを日本株に振り向けたのだ。昨年秋から今年にかけての日経平均株価の急激な上昇はこうして生じた稀有な現象だったのである。なぜ、引き上げられたマネーの行先が日本だったのか。ここに③の要因が作用したのだ。生成AIへの期待は、その用途向けの半導体メーカー(代表はアメリカのエヌビディア社)への投資熱を生み、米中摩擦による中国への半導体産業への実質投資禁止もあって、半導体製造装置等に競争力を持つ日本メーカーへのマネーの流れを作ったのである。

 では、このような3要因は持続するのだろうか。③の現象などは、2000年代初頭の“ITバブル”を想起させる。あの時代、日本株も“テック”と名のついた会社や“ネット関連銘柄”というだけで買われたものだ。バブルの特徴のひとつは、よくは分からないのに多くの人たちがバラ色の夢を見ることにある。“期待の麻薬”が社会に広範に浸透したとき、遠からず高揚効果が切れ禁断症状が頻出する。株式の暴落はその典型と言ってもいい。③だけの今の株高なら、そう予想しておいても良いだろう。但し、②の要因は早々に消えるとは思えない。中国の習近平政権はおそらく力任せに経済対策を打ってくるだろうが、バブル崩壊後の1990年代の日本がそうであったように、足元の景気振興策に終始し、それが財政リスクへの落とし穴となる。中国は同じ轍を踏むのではないか、と世界中の投資家の警戒感は簡単に消えないだろう。②の要因はかなり持続し、③とは逆に日本株高の継続要因になるだろう。

 こうなると、①が日本株の運命を決めるのかもしれない。アメリカのFRBが金融引き締めから再び緩和方向に転じ、日銀はいよいよマイナス金利政策を打ち止め、賃金の上昇トレンドを見極めながらも、“金利のある国”への回帰速度を強める、と多くの投資家は読んでいる。その結果、日米金利差は縮小方向に行く。となれば、今のような“過激な円安”は持続することはないだろう。遠からず円高方向に流れが変わると見るなら、海外投資家は日本株に投資した“成果”に不安を覚えることになる。ドル圏の住人である以上、“円資産”の日本株は円高(ドル安)になれば、ドル換算での儲けは目減りする。目減り以上に日本株が上がれば問題ないが、ここまで急激に上昇した株価の末路は誰もが意識せざるを得まい。
つまり、①と③の持続性は脆く、②は根強い。項目数だけで言えば、2対1で遠からず日本株は下降トレンドに入ることになるのだが。

 それぞれの“程度”によって予測するしかあるまい。①については、単に日米両国の金融政策差だけの要因ではないという面に注目しておかねばならない。人口減による国内マーケットの縮小に対応せざるを得ない日本企業は、海外に成長機会を得ようとする。海外投資トレンドの拡大に着目すれば、これに伴う円安トレンドは根強いと見なければならない。さらに、日本の民間資金の流れに変化が起きつつある。銀行預金が大好きな日本人が変わり始めている。金融資産の主要保有者の高齢世代の数は減っていき、若い世代は“将来不安”から投資への関心を高めつつある。“新NISA”などはタイムリーな施策だろうが、問題はその投資先は国内ではなく海外が多いことだ。若い世代は日本という国の将来性を見限っていると言っても良い。マネーに愛国心は効かないとなれば、これは将来にわたって国内マネーの海外流出の傾向を持続させることになる。つまり根強い円安要因なのだ。

 さらに産業構造的な要因もある。デジタル分野から今後様々な新ビジネスが出てくるだろうが、それらは圧倒的に米国から生み出されていくだろう。日本企業も個人もそれらのサービスを海外から買い続けることになる。デジタル分野の国際収支は今も赤字だが、将来ますます赤字幅を拡大することは充分に予想されるのだ。これは、エネルギー、食品と並んで三大赤字要因、すなわち、円安要因であり続けるだろう。黒字要因は、国内製造業の国内回帰(これには②も影響している)に伴う輸出拡大と海外からの旅行客需要(インバウンド)。ともに将来的に増加を見込んでもいい要素である。つまり円高要因と円安要因はともに増加傾向であり、為替の決定的な要因はやはり金融政策ということになる。①は、“マイナス金利解除”によって既にトレンド転換期を迎えたと考えねばならない。問題は、そのスピードに移っている。

 以上を踏まえると、今の株高はいつまで続くだろうか。おそらく、長くても夏場までだろう。日経平均はあのバブル崩壊直前の38915円のボーダーラインを割りこみ、再び高い壁になる可能性がある。37000円台までの下降は織り込んでおいたほうが良いだろう。その後は11月のアメリカ大統領選が大きな分水嶺になる。ただでさえ、アメリカ人投資家は嵐に備えていったん自国にマネーを戻す動きを見せるのではないか。むしろ、勝負はそれからだと考えるべきだ。次期大統領が決まって政局が安定すれば再び日本株は“真価”を問われ、買われるか売られるかの本当の勝負時を迎える。日本企業の経営だけの問題ではない。政権や日銀の政策の巧拙も厳しく問われることだろう。足元の株価のアップダウンに一喜一憂するのではなく、マネーの運用に関して胆力を鍛える好機だとが心得ておきたいものだが。


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