ソーシャルエッセイ   荻正道

【昨日・今日・明日】

『拝啓石破総裁殿』


ここまで心裏が読みにくい人物だとは思わなかった。人の心の闇を覗くには、客観的手法などは通じない。したがってここでは、“架空書簡”の形で勝手な解釈をぶつけてみたいと思うのだが。

 石破茂様。あなたを“総理”と呼ぶようになって早くも1年が経とうとしています。月日の経つのは本当に早いものですね。思えば昨年秋、8名もの候補者をたてての自民党総裁選で、あなたが選ばれた衝撃は、“まさか!”なんてものではありませんでした。今までの常識では考えられなかったことが起こったような興奮を伴う衝撃だったのです。同じ思いの国民も多かったのではないでしょうか。何かが根本的に変わる。この国を長く覆ってきた閉塞感がわずかでも薄らぐ気はしたのですが・・・。総裁になったあなたのやり方を見て驚かされました。「国会で予算審議等をしっかりとやって、論点が明確になった時点で総選挙をやるのがスジであって、それなしでいきなり選挙というのでは、国民の皆様は投票判断のしようがないはずです。そんなことがあってはならない、と考えます」。実に正々堂々とした物言いで、私なんかは、明らかに今までの自民党総裁(日本国首相)とは違うと感銘を覚えた次第でした。

 しかし、組閣が終わった途端にあなたの言動は大きくぶれた。国会が開かれるや否や、あなたは解散総選挙に打って出たのです。あなたが豹変した理由は、あなたがキーマンとして選んだ森山幹事長の意見に従わざるを得なかったのでは、とメディアも推測記事を書いたりしたものです。何しろあなたはずっと自民党内で隅の席に置かれてきたために、党内運営にせよ野党との国会対策にせよ、どうしていいか分からなかった、という事情は何となく政界を知らない私にも想像出来ました。森山幹事長からは、就任に際して“私の言うことを聞いていただけるなら”という取引があったのかもしれないと思いました・・・。安倍派の“裏金問題”で信用を失墜した自民党は確かに危機的な状態でした。森山氏にすれば、ここで舵を切り間違えたら自民党は沈むという大きな危機感があったと思います。今まで党内秩序を作ってきた派閥の多くが消えてしまった以上、糸の消れた凧状態です。そんな状況で、実態のよくわかっていない“理詰めの新米総理”に任せるのは危な過ぎる、とこの人が考えたとしても、十分に納得できることです。

 国会で失点が露になる前の総選挙は、定石といえるほど政治手法としてはあり得ます。しかし、その森山氏が選挙終盤になってトンデモナイことをやらかした。裏金問題(選挙資金不記載問題)で党の公認が得られなかった候補者に2000万円を配ったことが暴露されたのです。私は今でもあれがなかったら、そこそこの選挙結果になったと思っています。なんだかんだ言っても、国民の多くは自民党政権が日本の政治構造の前提だと思っているのです。だから票を入れないときでも、“いっときお灸をすえる”ぐらいの意識なんです。あの2000万年問題で、お灸で済ましてはダメだという気持ちになったんです。私もそうでしたよ。私が今も不可解に思うのは、あのとき“自民党総裁”としてのあなたは、森山幹事長に事情を正し叱責したのかどうかなんです。あのとき党内ではあなたへの責任論が出ました。しかし、スタートしたばかりだけに“石破おろし”の風は強くならず、森山幹事長も何となく続投になってしまったのです。ホントに不幸な船出だったと今も思えてなりません。

 そのうえで今回の参院選の惨敗です。今回の選挙結果がこうなることは私にも分かっていましたよ。この一年、私も含め国民の暮らしは明らかに苦しくなりました。物価高です。主因がウクライナ戦争の影響によるエネルギー価格の急騰。世界的な天候異変による食料品の値上がり。そして円安です。石破首相としては手に余るものばかり。円安だけはもう少し何とか出来そうなものでしたが、アメリカ金融当局の政策金利下げの動きもあり、円安の勢いが止まっただけでもラッキーでした。いけなかったのはあなたの態度です。国会討論でのあなたの堂々たる弁舌は、“正論のイシバ”の印象を強めましたが、“他人事みたいな言い方”、“評論家みたいな人”という国民の印象を強めたのです。国民のいら立ちは明らかに総理のあなたに向かっていたのです。参院選の惨敗(両院揃っての少数与党化)の戦犯はあなたでした。多くの国民は私も含めてあなたの辞任を予想していました。ところがあなたは「私には責任を果たす義務があり、ここから逃げようとは思っておりません」と何度もおっしゃった。私が本当にあなたのことが分からなくなったのはここからでした。

 あなたがここまで権力に執着する性格だとは知りませんでした。多くの国民もそう思っていますよ。数少ないあなたの味方と思える議員ですら首をかしげる向きが多い。農林大臣としてあなたを懸命に支えた小泉進次郎さんにしても、「政治家は自ら責任を果たす姿勢が大事だと思います」と遠慮がちにではあるものの、あなたの態度を批判しています。これは全国の党員の気持でもあり、あなたへの表だった辞任要求が出てきました。これらを受け党内で両院議員総会が開かれ、“総裁選前倒し”の動議が決議されてしまいました。あなたは平気な顔をしておられましたね。「党則に真摯に従うのは当然のことです」と。その態度は国民の最大公約数では“ふてぶてしい態度”ということになっています。あなたはなぜこうも総理の座に執着するのでしょう。自ら身を引く潔さを捨て、ギリギリまで粘った末に引き下ろされる醜態の方を選ばれたあなたの心の奥が見えないのです。

 「党則で俺をひき釣り降ろすことなど出来ないのだ」とあたは考えておられるのでしょうか。確かに両院総会で“総裁選前倒し”を動議されても、それは総裁選管理委員会で議論され最終的に国会議員と都道府県連代表(各一名)による投票で過半数の賛成がなければ、委員会としては前倒し総裁選に踏み切ることなど出来ないのです。今すぐに投票するなら成立する可能性がありますが、一月後、二月後となって、猛暑も過ぎた頃となると人の気持ちなどどう変わるか知れたものではありません。党としても参院選惨敗の要因解析をする必要があります。これだけでも一月はかかる。お盆には議員は地元に帰り地元の有権者に接することになります。ここでもし、「イシバを変えてどんな意味があるのか。敗北の根本は自民党内のカネの疑惑だろうが、これをあいまいなままにしておいて、党の顔をかえるだけで逃げられると思うこと自体が甘いんだ」といった意見が意外に多いなら、国会に戻ってからの彼らの物言いが微妙に変わることがないとは言えません。

 あなたはそんなことを計算しておられるのでしょうか。さらには、総裁選前倒しの規定には、“どれだけ前倒しするのか”の規定がない。あなたの任期は2027年9月末ですから、2027年の6~8月頃に総裁選をやっても“前倒し選挙”になるリクツですよね。あなたが涼しい顔をして「党則に真摯に従うのみ」とおっしゃるのは、そういうことなんですか? 時期を遅らせる方便などいくらでもあなたの頭にあるでしょう。特に外交事情を操作することは友好ですしね。トランプ大統領が“何か言いだすだけ”で日本国首相としてあなたは米国詣を重ねることになる。そうなったら、交渉相手の首相を変えることなど出来なくなります。さらには、完全少数与党となったあなたの政権の国会運営の危なっかしさも、あなたの延命に有利に働くことでしょう。あなたの代わりに首相になりたいと思っている人たちも、“今は時期が悪い。今少し時をまとう”などと考えるかもしれませんし。

 もしそうだとしたら、あなたの狡猾ぶりに驚かされますが、政治家になられた以上、こういう計算は当たり前なんでしょう。それでも私は、あなたの場合、それだけではない気がしてなりません。全くの見当違いかもしれませんが、あなたがクリスチャンであることを思い出して、そのことと深い関係があるのではないか、と思ってしまうのです。クリスチャンは自分の仕事を主から与えられた“ミッション”と理解し、どんな困難があっても、これを放棄することは主への裏切りになるんですね。あなたが、政界で見かける“縁故クリスチャン”などではなく真の信仰の人なのだとすれば、たしかに我々が考えるように総理の席を退くなどということは出来ないのだと思います。もしそうなら、あなたが昔、安倍首相(第一次政権時)に選挙敗北の責任をとって辞任することを強く迫ったことと矛盾しないことにも気づかされるのです。あれは他人のことであって理詰めで言えることでしたが、今は自分のことであって、それは優れて個人の信仰の問題に関わるのですから

 それならお願いがあります。あなたが神から与えられたと考えておられる“ミッション”の中身を教えていただきたい。あなたが世襲議員として田中角栄(当時首相)の派閥に入ったことも神のお導きなら、あなたの課されたミッションとは何なのですか。この国をどうしたいのですか。あなたは昔から“地方創生”と言われてきました。そのミッションをやりとげるためにあなたが首相を続ける必要があるということを私どもに納得させていただけませんか。私はかねがね、日本の政治の仕組みが解散総選挙で動かされ、長期的な課題解決に取り組みにくい性格があることを問題視してきました。あなたが巧妙に首相の座を抱き続けることが、そのミッションの完遂に不可欠なのだということを私に納得させてくださいませんか。そして任期明けになり、あなたの次の首相を選ぶ際には、そのミッションの後継者にふさわしい人が選ばれるように訴えられることを約束していただきたいのです。そもそも政党とは同じミッションを掲げる政治家の集合体のことなのです。自民党が支持を失っている本当の原因は、党としてのミッションが分からなくなっていることではないのでしょうか。あなたが自らのミッションを明らかにされ、自民党がその実現のための集団であることが納得されれば、国民があなたや自民党を信じるようになるはずです。どうか、わたしのこの無礼な手紙を、あなたへの激励だとお受け止めいただければ、これほど光栄なことはありません。猛暑が今しばらく続くようですが、くれぐれもご自愛いただきますように。       



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