ソーシャルエッセイ 荻正道
【昨日・今日・明日】
『建国250年』
アメリカが、今月(7月)4日に建国250年の節目を迎える。11月の中間選挙が迫る中で、トランプという異色の大統領の下で歴史的な記念日を迎える超大国を考えてみたい。
ワシントンでは祝祭気分が満ちているかと思いきや、そうでもないらしい。むしろ、盛大な祈念式典に出席要請されていた大物エンタテイナーたちが続々と出演を辞退して、トランプ大統領を怒らせているとも聞く。「あんな奴らはいらない! 俺一人で全盛期のプレスリー並みの熱狂を作れるんだからな」と言ったとか。この発言が真実だとすれば、恐らく彼にとって建国250年の国家の祝祭は、自分と支持者による大決起集会にする意向なのだろう。“アメリカとは、大統領である俺のことなのだ”という独裁的な態度が露骨に出てしまっている。恐らく当日のデモは相当に不穏なものになりそうである。トランプ批判派は“NO KING!”(この国に王など要らない)と叫び、トランプ支持派は例によって“メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン”と叫びたてて、下手をすると暴力応酬の事態すら危ぶまれる。
“NO KING!”というのは理解しやすい。そもそもアメリカが自国の起点と位置づけるのは、イギリスの植民地だった東部13州が不均衡貿易に怒り、輸入(強制)品の紅茶を海に投げ捨て、“代表なくして課税なし”と叫んだボストン茶会事件である。これが独立戦争に発展し、アメリカは自立共和国として歩みを始めた。王は要らないという言葉はまさしく、“ここはイギリス国王の国じゃない、俺たちの国だ”という建国記念日にふさわしい標語なのである。共和制国家として建国されたアメリカに、トランプという新しい独裁者(王)が出現したことへの拒否感は根源的とさえ言える。たしかにトランプ大統領の政治手法は、あまりにも議会無視に過ぎる。批判するのは難しくないが、ここではそもそも、“メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン”という時のトランプ大統領は、250年の歴史の何時の時代を“グレイト”と認識しているのか、を考えてみたい。
アメリカには多くの移民が世界中から押し寄せた。まさしく“人種の坩堝(るつぼ)”である。彼らは故国への帰属意識を捨て新たにアメリカ人となる宣誓を経て入国した。それを見守ってきたのが自由の女神の巨大像である。つまりアメリカは誰もが平等に成功(金儲け)に挑戦することが出来る“自由”の国なのだ。誰にも束縛されず、結果は自らの責任である。自己責任を前提にする以上、社会保障制度は最低限にとどめられ税負担もまた最低限にとどめられる。したがって、政府はあまり仕事がない。“小さな政府”こそが理想であり、人々が支えあうのはキリスト教の精神においてであり、毎週日曜には教会に行って献金することには抵抗感はない。こうしてそれなりに社会秩序は維持され、成功者になるために仕事に励むことがカルチャーとして根づいていった。
やがて経済の方向性について大きな考え方のギャップが生じる。比較的早期に入植した人達は南部の広大なエリアを農園にし、大規模なプランテーションの綿花栽培で成功の道を求めた。北部にとどまった人達は、工業化において旧宗主国のイギリスを超える発展を求めることで成功者たらんとした。この結果起こったのが南北戦争であったことは、アメリカという国を理解するうえで重大である。つまり、民主主義を標榜し議会で議論することで結論を得るやり方を目指しながら、実際にやったことは暴力による決着だった。内戦は4年も続き、死傷者は60万人を超えたと言われる。これがこの国のその後の歴史に深い後遺症を残さぬ訳はなかった。そのひとつが“銃による護身”の浸透であり、この内戦の後、開放された黒人労働者が北部の工業社会に低賃金労働者として進出することで白人労働者の反目を買い、南部社会に限定されていた人種差別は全国的なものになった。さらには、この内戦の後、本格化した西部開拓によって先住民への圧迫や差別は定着化した。アメリカは”差別の国”となり、その統治手段は”銃”となった。
その後の目覚ましい経済成長をもたらしたのは、第一次大戦だった。内地が戦場になった欧州の荒廃に対し、国内に全く戦火が及ばなかったアメリカは、もっぱら戦争特需を享受できた。戦後のアメリカはまさしく経済高度成長の渦のなかにあった。“ジャズエイジ”と呼ばれ社会全体がスイング感に酔いしれたような有様だった。加えて証券市場が普及し社会の下層にある人達までもが株を買った。しかし、こんな状態は長く続かなかった。1929年のニュヨーク株式市場の大暴落でアメリカだけでなく世界が恐慌に陥った。アメリカの社会思想の大転換が来た。“自己責任の国”は制度的な救済の仕組みを考えざるを得なくなった。民主党政権下で展開されたニューディール政策である。しかし、これが顕著な成果を見せる前に世界は再び戦火に見舞われた。第二次大戦である。
ここでもアメリカは国内が被害を負うことはなかった。再び“一人勝ち”になったアメリカは戦後の世界復興をリードすることになった。他にやれる国などなかったからである。重要なのは、新たな国際秩序の構築を担ったことだった。国際連合はじめ国際機関の数々はアメリカ主導で生まれ、ドルは基軸通貨として世界経済を動かした。アメリカは名実ともに世界の指導国に成りあがった。そして新たな“敵国”を持つことになった。資本主義と対称的な計画経済で国家を運営する共産主義国の登場である。“共有財産”という概念ほどアメリカ人を嫌悪させる思想もなかった。自由の国アメリカは努力したものが成功し財産を作れる国なのだ。努力する者もしない者も“平等”と考える社会思想の浸透ほど嫌悪すべきものはなかった。戦後のアメリカは“赤狩り(マッカーシズム)”といった集団ヒステリー症状を何度か見せるようになる。
典型はベトナム戦争だった。資本主義圏が社会主義圏によって蝕まれていくという被害意識が引き起こした戦争は、アメリカがはじめて敗北した戦争になった。国内に被害が及んだ訳ではない。しかし精神に異常をきたした帰還兵の存在は大きな社会問題となった。反戦フォークはアメリカの新たな若者文化となり、移民の親世代とは違う価値観を探そうとする動きが拡がった。努力して富を築くことが意味のあることではなくなったのである。若い世代は政府を信じなくなり、ウオーターゲート事件は決定的になった。国際的にもアメリカのリーダーシップが怪しくなり始めていた。イランで起こったホメイニ革命ほどアメリカに衝撃を与えたものはない。キリスト教的価値観を基盤とするアメリカにとってイスラム教的世界観、価値観は共産主義以上に理解不能なものだった。イラン国内のアメリカ大使館が占拠され、外交関係者が1年以上も人質にされた事件は、屈辱以外の何物でもなかった。
混迷する大国を復興に向けて導いたのはレーガン大統領だった。ソ連にゴルバチョフ書記長が登場し、冷戦を終わらせた外交成果は久しぶりにアメリカ人に自信と誇りを蘇らせるものだった。産業構造も変わった。製造業大国であったアメリカはコモディティ化した製品の多くを新興国(日本、韓国、中国等)から輸入し、国内では、情報通信を軸とするハイテク産業が勃興し、インターネットを基盤とするサービス業の発展は世界中を自国のマーケットにする勢いを見せ、その延長線上に今日のITブームもある。また、情報通信技術によって進化した金融業は、大衆的な顧客の広がりを見せ、その後に“サブ・プライムローン破綻”のような経済危機の種をまくことになった。国際的にはイスラム圏のテロ組織の標的にされ、21世紀を迎えた年に起こった9.11同時テロは、アメリカを泥沼の戦いに引きずり込み、やがて、オバマ大統領をして、“アメリカはもう、世界の保安官ではない”と言わせしむるに至った。
建国250年のアメリカのどの時代をトランプ大統領は“グレートな時代”と認識し、そこに立ち返ろうとするのか。もう一度、“世界の保安官になる”ことなのか。最近のベネゼイラ侵攻やイラン攻撃を見ていると、そう考えたくもなるが、アメリカが保安官役を演じ“ならず者国家(ファシズム)”を倒した第二次大戦は、核兵器を戦後に遺した。その後の戦争は、“核を持つ国”という歪んだ自意識が引き起こした的外れの軍事力行使以外の何物でもない。そして重要なことは、トランプ大統領自身はその終戦直後に生まれ、物心がついて認識したのは、戦後の世界秩序構築のため身銭を切るアメリカの姿である。彼は、これが、アメリカを衰亡させた根本原因だと思っている節がある。だからこそ、世界へのお人好しな“無償の行為”は止めようというのだ。“アメリカ・ファースト!”とはそういうことだろう。“無駄遣い”がなければアメリカはもっと金持ちだったのだと言いたいのか。どうやらトランプ大統領にとって、“グレイト”とは“金持ちである”ことのようである。しかし、かつてケネディ大統領は就任式で“国家に何かを求めるより、何が出来るのかを考えよう”と訴えた。国民一人一人が政治に能動的に関わり、より良い国家を目指すことこそ気高い民主主義国家の姿なのだ。むろん、多くの間違いはある。しかし、このような理念がある限り、建国250年のアメリカに世界が祝辞を贈るだろう。“グレイトな国への理想”を失わない限り、伴走しようとする国々が現れ、よりよい世界秩序を築く指導国としてのアメリカが再び生まれるに違いあるまい。メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン。