ソーシャルエッセイ 荻正道
【昨日・今日・明日】
『“代行”エレジー』
今年もプロ野球シーズンが終わった。球場来場者数は3年連続で過去最高(2700万人)になったという。スポーツビジネスとして成長軌道に乗っていることはメデタイが、それにふさわしい球団経営の進化は見られるのか。今年の監督人事を振り返りながら、ささやかな問題提起をしてみよう。
あいかわらず監督の権限と責任がはっきりしない。メジャーでは、チームマネージメントの責任と権限はゼネラル・マネージャーにあり、試合現場の最高責任者は監督だ。ところが日本では、ここからしてハッキリしないのだ。最もメジャー型の組織を持っているとされる楽天にしても、“監督がしょっちゅう変わるチーム”といったイメージがすっかり定着している。これは結果は監督にあるという考え方の反映だろうか。今年もシーズン途中で監督が解任され、吉井理人氏(元ロッテ監督)が新監督に就任したが、結果は“いつも通り”でしかなかった。口の悪いファンからは、「負けがこんでオーナーの機嫌が悪くなるとゼネラルマネージャーの石井一久氏(元ヤクルト投手)が、監督を変えますからといって自分に責任が及ぶことを回避しているのだ」ということになるのだが。
“成績不振につき進退伺い”という動きは、セ・リーグの二球団であった。一人は広島の新井貴浩監督だ。噂ではシーズン中に三度もオーナーに進退伺いを出したが、「キミ以外に誰がやれるんや」と言われて遺留され、どうやら来年も監督をやることになるらしい。かつてのスター選手とはいえ、モチベーションの落ちた監督が率いるチームをファンはどこまで支持出来るのか。対称的なチームは中日だ。三年契約の二年が終了した時点で井上一樹監督は、「あまりにふがいない成績に終わり責任をとらせていただきたい」とオーナーに辞表を提出したとされる。こちらは即刻受理され、新監督には工藤公康氏が招聘された。これらのケースを見ていると、すべてはオーナーの評価次第という気がしてくる。企業なら、業績不振の場合、社外取締役が中心の指名報酬委員会等で要因分析がなされ、取締役会に社長人事を含め改革案が提案されることが多い。形骸化している場合も多いが、少なくとも組織的な対応がなされるのだ。上場企業の場合は、そのようにしなければ、株主総会が乗り越えられないという事情もある。
球団オーナーが上場企業の場合は、株主総会でしばしば球団の不振が追究されることがある。昔から阪神電鉄(現阪急阪神ホールディングス)の株主総会では企業業績より“阪神の不振”が株主から問題提起されることが珍しくなかったが、今年は西武HDの総会で思わぬ提言が出た。「所沢球場の構造に問題がある。昔は開放感のあるドーム球場として評判が良かったが、今日のように猛暑が常態化すると不都合が大きい。外気を取り入れる構造では暑い空気が流れ込み、すり鉢型のスタジアムの底に暑気が籠って逃げない。選手には大変なハンディだ。西武が夏に勝てないのは、それが原因だ。即刻、密閉型のドーム球場に改造すべきです。弱いチームを抱えていたら企業イメージが悪くなり、我々株主の利害にもかかわるのです」。巨額の設備投資まで提案されるとなると、企業側も球団を保有するメリットとデメリットをあらためて再検討しなければならなくなるだろう。
しかし、何といっても今年最大の監督交代劇は巨人だった。阿部慎之助監督(当時)が家庭内暴力容疑で“現行犯逮捕”され、オーナーに辞表提出した事件。オーナーはこれを受理したが、ここまでなら事件の性格を考え妥当な措置だったかと思う。問題は後任人事だった。阿部氏自身が後任にヘッドコーチの橋上秀樹氏を指名し自身の辞意とセットで申し入れたため、これはすんなりと決定したとされる。しかし、フロントは“監督”に就任させることには反対だった。伝統ある巨人軍の監督は、巨人で活躍した選手(出来ればスター選手が望ましい)という不文律があるためである。かくて橋上氏は“監督代行”という身分で残されたシーズンいっぱいを戦うことになった。これには、誰よりも阿部前監督のファンが喜んだ。ほとぼりが冷めるまでの応急措置と考えたからである。
阿部氏は直ぐに不起訴となり、そこからファンは阿部氏の監督復帰を求める署名活動を開始し10万筆を超える署名が集まったとされる。橋上氏にしてみれば、非常時の代理役である以上、不服はなかっただろう。しかし、橋上監督代行になってから巨人は勝ち始めたのだ。阿部前監督時代にはぎりぎり勝率5割を維持するのに汲々としていたのだが、交流戦でセ・リーグ唯一の勝ち越しチームになってから、橋上監督代行への評価が急上昇し始めた。「若手選手が生き生きとプレイし始めたのは、昭和の体育会系的な根性主義から、若手選手が開放されいききとプレイするようになったためだ」といった論評まで流れた。オーナーもすかさず「今季いっぱいは橋上監督代行にお願いする」と表明することになった。橋上氏の苦労はここから始まったと言える。
現場の最高指揮官であるとはいえ、“監督”と“監督代行”は違うのだ。ヘッドコーチ以下のコーチ陣は阿部監督時代には“傍にはべる”感じだったが、橋上監督代行になってからは、同じコーチとして円陣を組むような感じになった。いわば“集団指導体制”である。コーチだけではない。データ班といったスタッフまでもが、以前はデータを示すだけだったが、監督代行に代わってからは、そこに自分のコメントを添えるようになったという。これは選手起用に直接影響する。二軍、三軍の監督以下のスタッフも同じである。戦績があがり、ファンが「阪神に追いつき追い越せる」と本気で期待するようになると、しばしば監督代行の選手起用に「不可解だ」といった批判が寄せられるようになった。
夏場にかかり故障選手も増えだすと、監督代行の選手起用の無理が原因だとまで言われるようになる。コーチ陣はますます選手起用について自分の見解を強く主張するようになり、それが却下されてチームが負けたりすれば、次の試合では一層自己主張を強くした。監督なら却下しても当然のことが、監督代行ではそれで済まないのである。要するに、非常時の措置として“監督代行”を置いたことはともかくとして、交流戦が好結果で終わり、「今季いっぱいは橋上氏にお願いする」と決めた時点で、オーナーやフロントスタッフは、“代行”の二文字をとって“橋上監督”とすべきだったのだ。
この問題は、シーズン終盤の阪神とのマッチレースという最重要局面で、弊害を露呈した。あからさまだったのは外国人選手の態度である。少し身体に違和感がありますので、といって登板回避を申し出る投手がいるかと思えば、疲れが抜けないといって休養を申し出る4番バッターが出てきたのだ。彼らの言葉に嘘はないだろうが、シーズンいっぱい戦ってきて体調が万全でないのはすべての選手に共通することだ。問題は“ここが頑張り時だ! 皆で優勝を取りに行くぞ!”という選手会長を中心とした踏ん張りが、いまいち“助っ人選手”には共有されなかったことは大きなブレーキ要因になった。「来年からボスは変わるんだろ。今のボス(代行)のために無理して怪我したら損だからな」という計算が、無自覚的にせよあったのではなかったのか。橋上氏にとってこれほど悔しいことはなかったろう。
結果、得をしたのは二年連続優勝(チーム初)を果たした阪神の藤川球児監督だった。しかし、2年目の同監督にしても非常に苦しいシーズンであったことは疑いない。橋上巨人が猛伯出来たのは、阪神の失速という一面があったからだとも言える。先発投手陣の厚さに比して、衰えの目立つ救援陣という問題に向き合わざるを得なかった。世代交代を急ぎしばしば若い投手を終盤のマウンドに送り試合をひっくり返された。。藤川監督は“代行”ではない。自分の意思で決断出来たからだが、ファンからの批判(罵倒)もすべて自分で受けるしかない。クライマックスシリーズでの対DeNA戦4連敗では、継投投手の“回マタギ登板“への批判が噴出した。来年3年目を迎える藤川監督はさらに厳しい立場に置かれるだろう。三冠王の佐藤輝明(サトテル)のメジャー移籍もあれば、DH制の採用もある。これらはセリーグの勢力図の地殻変動になるはずだ。中日が来期以降の監督に工藤公康氏をもってきた意図もそこらにあるに違いない。しかし、総じてセリーグ各球団の経営陣がどこまで真剣に考えているか疑わしい。経営戦略も結果責任も監督に負わせて済ませているようでは日本球界の進化はあり得ないのだが。