葬送エッセイ   
さようなら ありがとう

 鈴木光司さん



この人の名前を聞いて、小説『リング』を想起しない人は少ないのではないか。

小説が発表されたのは、1991年だった。バブルが崩壊し不安な気分が蔓延し始めていた時代に“貞子”の出現は衝撃だった。

高度成長に浮かれ株高に浮かれていた社会で取り残されていた者の呪いというか怨霊というか・・・それが表に出てきたような不気味さがあった。

時代はその後、急速にデジタル化していくが、この頃は最期のアナログ時代だったといえる。その象徴がVHSのビデオテープだった。思えば戦後の経済成長を牽引した家電業界の最期のヒット商品だったVHSビデオ。この頃には、ほぼすべての世帯に普及していた。レンタルビデオ店はどの街にもあり、個人が録画したビデオテープの貸し借りが頻繁に行われていた時代。

本編が終わった後、白黒の粒子が細菌のようにうごめくと、ふいに消し忘れていた映像が現れたりして・・・。そこに思わぬものが写っていた、という体験をした人も少なくあるまい。アナログで記録された映像自体が今思えば不鮮明だったものだ。何度もダビングされるたびに限りなく解像度が落ちていく世界。

鈴木光司氏は、そこに呪いのうごめきを感じたのだろう。不条理な超常現象が1本のビデオテープを媒体にして拡散していく。そして最期には、潜んでいた怨霊の正体がテレビ画面からはみだしてきて近づいてくるのだ。この恐怖感は圧倒的だった。何度も映画化され、ついにはハリウッドでリメークされ、原作者の“コウジスズキ”は、“日本のスティーブン・キング”と呼ばれた。

その“Jホラー”の元祖ともいうべき作家が世を去った。享年、68歳。あまりにも若すぎる。熱烈なファンの間では、“貞子の呪い”だという説が大真面目で拡がっているというのだが。

貞子のキャラクター設計には巧妙な仕掛けがあった。明治時代、透視能力をもっている女性の存在が話題になったことがある。東京帝大の研究者までが超能力の存在の証明に乗り出し公開実験まで行われて、世相は騒然となった。その女性の名は御船千鶴子という。多くの好奇の目にさらされ、中には、千鶴子をペテン師として糾弾する誹謗中傷まで起こった。SNSのある今なら、どれほどの騒ぎになったろうか。

貞子は、この見世物にされた千鶴子が密かに生んだ娘であり、様々な超能力のDNAを受け継いだらしい。明治という“にわか近代”において“科学では説明できない事象”が存在したことが、『リング』という小説にどれほど不気味なリアリティをもたらしたことか。

明治維新から始まる粗暴で拙速な近代化の時代に、とりのこされた多くの庶民の怨念が、御船千鶴子という実在の女性に集約的に宿っていったと言われても安易に笑えまい。そこにこの人が生み出した“貞子”の本当の怖さがあった。科学万能の風潮への土俗世界からの復讐のようなものを感じた人も多かったはずだ。

むろん鈴木氏には巧妙な計算があった。成長一辺倒のバブル景気への反省の時代気分。すべてが合理的に割切れると考える愚かさが指摘されていた時代。荒唐無稽な自分の小説が少なくとも鼻もひっかけられない状態にはならないという計算。

浜松に生まれ、慶応大学でフランス文学を研究した後、どこにも就職しない専業主夫生活を続けた。家計の足しに開いた自宅での学習塾は子供たちに人気だったらしい。専門の講師を雇う余裕はなく、全教科を一人で担当したという。

余った時間でひたすら小説を書いた。出版界で注目されたのは、1990年の『楽園』だった。1万年の時を超えた男女の夢を描き、日本ファンタジーノベル大賞を受賞した。鈴木氏の本質は、ロマンチシズムでありSF的な物語世界だったように思われる。

そして翌年の『リング』で、天下を取ったことは見てきた通り。合理的に解明出来ないことを執拗に解明しようとして挫折する作風は、初めから不条理を信奉する立場とは逆だった。だからこそ広く受け入れられたのであり、そのストーリーテリングの語り口はどこまでも合理主義的だった。そこがこの人の作品を“サイエンス・ホラー”と呼ばせることになり、“Jホラー”の一大ブームに繋がったのだろう。この鉱脈は簡単には消えまい。この手法を継承する作家がこれからも次々と現れるだろうが、しかし、それにしても、もう少しこの人に書き続けてほしかった・・・。

貞子に鬼界に誘われたと考えるのも、この作家にふさわしいかもしれないが、ここはひとつ、怨霊の世界に取材旅行に旅立ったのだと考えたい。いつかまた、恐るべき新作をもって再び回帰してくれるに違いないと思うのが、この人を送るにふさわしいのだから。

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