特別対談    曽我なぎさ  VS  渚美智雄


         『令和五年の変は本当に終わったんですか?』


なぎさ「『令和五年の変』を5年かけて完成されましたね。本当にご苦労様でした。今のお気持ちからお聞きしたいわ」

渚「連載小説というのは書いていて面白い。今回は特に世の中の動きを投影しようとしましたので・・・。しかし、この5年間は想定外のことが多く起こりましたでしょ。パンデミックもあれば、ウクライナへのロシアの軍事侵攻もあったし、安部元首相の殺害といったテロまでありました。おかげで、小説の当初の構想は吹き飛ばされるような感じで・・・(笑)」

なぎさ「日本をなんとかしなきゃ、と思っている人はいっぱいいます。なのに、それをまともに描く小説って意外にないんですよね。この小説の場合、著名実業家の稲本知盛が晩年になって日本を何とかしたいと考えるところから始まりますね」

渚「日本には成功者はいっぱいいます。名声も財力もあるのに、日本のために“最後の御奉公”をしようとする人を見かけなくなった。稲本のような人が動けば何かが起こる・・・かも、と考えたんです・・・」

なぎさ「稲本には焦燥感は十分にあるけれど具体的なプランはないんですね。日本を何とかするために何をやればいいのかわからない。この小説は、読者とそれを考えていこうとしたように思います」

渚「明治維新の時のように海外にお手本がない訳ですからね。日本人は何かテンプレートがあってそれを改良するのは得意だけれど、一からオリジナルを考えるのは苦手ですね。稲本だってエンジニアですからね、技術領域では才覚があるのに、社会科学の領域になるとサッパリで・・・(笑)。でも彼は長居が言った“国土防衛”という一言にピンと来たんですね。今回、小説を書き上げた時点で能登大地震が起こりました。やっぱりこの国の最大のリスクは国土なんですよ。地方が主体になって長期視点の備えが必要なんです。地盤や地形は地方によって違うわけですから・・・」

なぎさ「稲本も多くの国民同様、それをやるのは政治家だと考えて地元の政治家を応援したりするんですが・・・違うんですね、そもそも政治家って、長期的に日本をこうしたいなんて考えてない。何を言ったら有権者に受けて次の選挙に受かるかしか関心がないんだと思う。でも、しようがないんですよ。政治の仕組みがそうなってるんだから」

渚「小説が完成した途端に、今回の自民党の派閥裏金疑惑が起こった。国民が怒ってるんで政治改革をやらないとイカンというんで、刷新会議みたいな組織を作って“やってる感”を出そうとしてるけれど、下手すると、今、諸悪の根源と言われている小選挙区制みたいなものがポロッと出来てしまうみたいな危うさを感じます」

なぎさ「あの時は、リクルート事件がきっかけだったんでしょ。政治資金の問題なのに、小選挙区制に変えたらカネがかからなくなるからすべて問題は解決するみたいな発想が出てきてしまい、不思議なことに皆もそうだと思ってしまう。冷静に考えればオカシイと直ぐ分かるのに・・・(笑)」

渚「日本人の思考スタイルはエモーショナル(情緒的)なんでね、ロジカルではない。何をやるにしてもお祭り的な高揚感で答えを出したがる。声の大きい人に対して同調圧力が生じたりして・・・空気の熱さでモノゴトが決まってしまう」

なぎさ「答えをひとつに絞らずに複数の選択肢をあげてどんどん検証すればいいんですよね。こんなハズじゃなかったという経験を先取するのが大事。今だって、小選挙区制はまずかったとわかっても、さっさと変えようなんて誰も考えない。それが良くないんだと思う」

渚「たまにしか改革気運が出ないから、いつまでたっても改革下手なままなんだな(笑)」

なぎさ「すべてが硬直的なんですよ、この国は。そもそも何をするにしても中央でやろうとするからダメなのよ。さっさと地方自治体に権限移譲して、いろんなトライアルをすれば良いんです。そういう意味で小説では、佐藤次郎広島県知事の登場には期待したんですけれど・・・」

渚「彼をもっと活躍させたかった・・・。大きな悔いのひとつです。当初の構想では、彼はどんどん自治体の権限を拡大しようとして中央官庁や政権とぶつかるんです。全国知事会のリーダー役になってね・・・。当初はそんな構想でした」

なぎさ「そういう展開にならなかったのは何故なのかしら?」

渚「全国の知事がバラバラだからね。官僚の天下りみたいな私利追及タイプも多いですし・・・。それに本質的には財源問題ですね。地方税収の状況がそもそもバラバラで、税収の再分配をするために交付金がありますが、そもそもこれが地方が中央の顔色をうかがう理由なんです。ほとんどあらゆる政策が省庁から出てきて、そのための補助金だらけ。各自治体の事情は様々なのに全国一律施策ですからね・・・。企業経営でも一定以上の規模になれば分権型の経営形態に変えるのが常識ですが、巨大企業になっても本社がすべて指示してるみたいな状態ですよ、日本は・・・」

なぎさ「小説の中にも書かれてましたが、地方への抜本的な財源委譲が必要なんですね。その一点だったらバラバラの知事さんたちも団結できるんじゃないのかしら・・・」

渚「ところがそうはいかないんです。税収が一極集中している“地方”がひとつありますから。東京都ですよ・・・。ここは自分の税収を地方に取られている立場ですからね・・・そりゃ抵抗勢力になりますわ(笑)」

なぎさ「そこで佐藤次郎知事と東京都知事とのバトルになれば面白かったのに」

渚「実は当初の構想はそうだったんです。しかし、パンデミックの影響で東京オリンピック開催をめぐって東京都知事はもみくちゃにされて、正直、気の毒な状態になった。私はこの小説でいろんな実在人物を戯画的に登場させたんですが、基本的に“イジルのは強者”というポリシーは貫きたかった。東京都知事はボロボロ状態で、あの佐藤次郎と喧嘩させるに忍びなくなった(笑)」

なぎさ「渚さんは優しいですからね・・・特に女性には(笑)」

渚「ついでに告白しておきますと、稲本知盛のモデルの人が亡くなられたのも大きかった。当初の構想では、魔弓のチームがまとめたプランを援護射撃するために稲本が立ち上がることになっていたんです。彼には財界への影響力があるんで、名だたる企業が揃って“法人税納付ボイコット”を口にするだけで政府には効果てきめんですよ(笑)」

なぎさ「今の派閥裏金問題なんかも、財界がもっと発言したら良いのにと思うんですが・・・」

渚「ところがパーティ券買って資金提供してるのは財界なんでね。彼らにしても都合の良い面もあったはずなんです。今の財界に稲本のような豪傑はいなくなったということです」

なぎさ「この小説のおかげで、この国が良くならない理由が分かってきましたわ(笑)。昔は“政・官・財”の鉄のトライアングルが日本の強味とされてましたが、いつの間にか、それが消えたのね・・・」

渚「“安保政権”下で官邸一強が進んだ結果ですよ。財界も含めモノを言えない国にしてしまったんです。この小説は“政治の現状に対して好き放題を言ってやろう”という狙いで書いたんです。本当はもう少しハデな騒乱を構想していました。魔弓チームに磯部真一という剣道の達人を入れておいたのはそのためでした。磯部の名前は2・26事件の反乱将校の名前からとったんですが・・・名前負けになりましたね(笑)」

なぎさ「小説を読んでいて磯部は暴発するだろうと思っていましたが、結局、偶発的な暴力沙汰で脚を怪我してしまって不発でした。でも、そういう展開だからこそ現実感が出たんだと思うんです。最後の国会でのやり取りなんか本当にリアルで面白かったデス!」

渚「そう言っていただけると書き手としては救われます。今回は物語の飛躍的な面白さよりもリアリティを重視しましたので」

なぎさ「最後に国民投票で改革方針を盛った憲法改正がなったのかどうか、読者としてはとても気になります。どうなんですか」

渚「作者としては無責任かもしれませんが、読者に判断を委ねたかったんです。この国の改革の本当のむつかしさは、“ムラ社会型”の国民性にあるということを印象付けたかった。政治とカネの問題が消えないのは、“地域と身内に票を入れる共同体的精神風土”が背景にあります。冠婚葬祭なんかの手間とカネを惜しんだら当選出来ないお国柄なんです。そういう社会風土がある限り、政治改革なんて派閥を解体したらオシマイみたいな甘いもんじゃない。小説で書いたように政治運営の基本原則を明記した新憲法が成立しても、具体的には“国家運営基本法”で細かい規則を作らねばなりません。政治家は自分の利害に関係する法案には巧みに骨抜き技法を使う・・・」

なぎさ「続編でそれを書いていただけないのですか?」

渚「ある程度ヒーローを出さないと小説は成立しないんですよ。今の政界に小説の主人公にできそうな人物はおりません。だから続編は無理なんです。ただし、国家改革のモチーフは次の小説でも継承するつもりですよ。今度はリアリティに拘らず奇想天外なものにしたいんです。今回のような“政変”じゃなくてハデに“革命”をやらかすかもしれない・・・(笑)」

なぎさ「おおいに期待しておりますデス(笑)」


戻る