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■2011年7月3日 君が代起立命令を考える


 20013月、町田第二小学校で行われた長男の卒業式には、正面に「創り出そう平和な21世紀を!」という卒業生合同製作の標語が掲げられていました。卒業生が壇上に着席し、父母、在校生、教職員が会場を取り囲むような形で着席しました。卒業生全員が、「僕の将来の夢は、野球選手になることです。」「私は、お菓子屋さんになって、おいしいケーキをみんなに食べてもらいたいです」のように、自分のことばで夢を語りました。そして、壇を下り、会場を一周し、皆に祝福され、校長先生より卒業証書を受け取りました。さらに、式は、全員が1言ずつ思い出のことばを起立して唱和するような形で進められました。卒業生の歌った「旅立ちの日に」と「春に」は、式全体のハイライトで、ほとんどの保護者が感動の涙を流しました。


 それから、わずか
10年間、教育行政に何が起こってしまったのでしょうか。今や東京都の公立学校では、正面に日の丸が掲げられ、起立して君が代を斉唱することが当たり前のようになりました。来賓の祝辞が続き、そのたびごとに国旗に向かって深々と敬礼をします。各学校に都の職員が派遣され、式典が監視されているようにも感じられます。


 大阪府では、橋下知事が「日の丸条例」を議会で通し、9月には「処罰条例」をも提出しようとしています。不起立不斉唱を繰り返す教員を免職にする条例です。クリスチャンの教員にとって、思想・信条の自由が制限されることになり、危機的な出来事と受けとめられています。戦前の国家神道下で、日の丸・君が代・天皇崇拝・神社参拝が強制され、従わない者が処罰され迫害された歴史が、繰り返されようとしているのでしょうか。


多くのプロテスタント教団で反対声明を「大阪維新の会」に送る運動が、推進されています。日本が、真の信教の自由が保証される国であり続けるように、祈りに覚えてまいりましょう。


                                              (教育主事 杉本玲子)





■2011年6月19日 
主の臨在への期待

 

 2011年は、地震と津波、原発の後処理、計画停電への対応、節電の要請など、思ってもいなかった道筋をたどって来ました。予定は未定と言うことばどおり、遠足やユースキャンプも延期になりましたし、町田市の教会でも、たくさんのイベントが中止になりました。

 

 その中で大きく変えられて来ている祝福の1つは、教会の祈りが深められていることだと思います。リバイバルを求めて毎日のように祈りに来られる方々がおられます。夜の祈祷会前に力強い事前賛美が始まり、主の臨在がより近く感じられるようになりました。祈祷会に出席される方々も増えています。人間の努力や計画ではどうにもならない現実があり、神様がはたらいてくださることへの深い飢え渇きと期待が感じられます。ティーンエイジャーのお母さん方の学びと祈りの時も始まりました。

 

 先日の町田の牧師会で分かち合われたことは、それぞれの教会が自分たちの教会だけのことを考えるのでなく、被災した地域の教会を覚えて祈り、献金し、ボランティアに行くなど助け合うようになったということです。また、海外からのたくさんの祈りと援助もあり、日本の教会が孤立しているのでなく、海外から祈られていることを実感したことも挙げられました。

 

「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と万軍の主は仰せられる。(ゼカリヤ4:6) 祈りの中に主の圧倒的な臨在を待ち望み、主の奇跡を期待して、さらに祈り続けることができますように。

                                                     (教育主事 杉本玲子)





■2011年5月8日 偽キリスト、偽預言に対する警告

 

 不安な社会状況を反映してか、様々な宗教活動が盛んです。先日は町田クリスチャンセンターに幸福の科学の信者が案内を持って来ましたし、自宅にはエホバの証人、また実践倫理宏正会(朝起き会)の方がパンフレットを届けに来ました。東北地方の避難所にも様々な宗教が入り込み、宗教的な勧誘は一切禁止になっているという話も聞きました。

 

 インターネット上でも色々な預言がなされています。「○月○日までに日本が洪水によって滅びる」などの預言がキリスト教会の名前で出されて、「それがキリスト教だと思った」と、一般の方々に誤解を与えてしまったこともあるようです。「この天地は滅び去ります。…ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。」(マタイ24:36)と警告されているように、日にちが掲げられているものは、誤りです。

 

 聖書のマタイ24:23-24には、「そのとき、『そら、キリストがここにいる。』とか、『そこにいる。』とか言う者があっても、信じてはいけません。にせキリスト、にせ預言者たちが現れて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。」と警告されています。終末のこの時代、これからも偽キリスト、偽預言者が増え、惑わしが多くなると思われます。「クリスチャン」の名を冠する雑誌やサイトの中にさえ、素性のはっきりしない団体があることも指摘されています。

 

 目をさまして、惑わされないように気をつけたいものです。(マタイ24:42

                                       (教育主事 杉本玲子)





■2011年4月17日 混乱の中でのホサナ

今年ほど混乱の多い年はないと思います。何百年かに一度の地震、津波、原発事後(レベル7)のトリプル災害により、日本は揺れています。多くのイベントの中止や自粛も重なり、怒りを通り越して人生の空しさや哀れを感じてしまいます。

 

さて、主イエスがエルサレムに入城された日(しゅろの日曜日)も、まさしく混乱に満ちた日であったことが聖書に書かれています。主は平和の象徴であるロバの子に乗られてエルサレムに入られたのですが、群集たちは、突然上着や木の枝を切って道に敷き「ダビデの子にホサナ」と叫び始めたわけです。「イエスがエルサレムにはいられると、都中がこぞって騒ぎたち、『この方は、どういう方なのか。』と言った。」(マタイ21:10)と書かれています。また、宮に入られると、宮の中で売り買いする者たちをみな追い出し、両替人の台や、はとを売る者たちの腰掛けを倒されました(12)。宮の中では、子どもたちが「ダビデの子にホサナ」と叫んで、祭司長や律法学者たちが腹を立てた様子も書かれています。

 

翌朝は、都に帰る途中、いちじくに近づきましたが、葉のほか何もなく、いちじくの木をかれさせたことも記録されています。イエスは商人や両替人を敵にまわしただけでなく、祭司長や律法学者たちとも対決されました。すべてが混乱して、何一つ予定どおりに進んでいないように見えましたが、すべては主の御計画どおりでした。

 

聖書には、「人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。」(箴言19:21)と書かれています。主が人間の計画をうちこわされるので、私たちの目からは混乱に見えるのですが、それこそがまさに主のご計画なのかもしれません。

 

この混乱の中でも、主のみわざをしっかりと心に焼き付けたいものです。


                                         
 (教育主事 杉本玲子)






■2011年4月3日 地と心の癒しを神に祈ろう

予想もしなかった東北地方太平洋沖地震の後、日本人は冷静に、一致団結して対処しようとしています。個人的な悲しみを隠して地域を復興させようとする姿、感情的になったり後ろ向きになったりしないで整然と問題の対処に当たろうとする姿は、本当に素晴らしいと思います。

ただ、コマーシャルで「日本は強い国、日本の力を信じている」と連呼されたり、外国人が日本人の姿に驚嘆していると繰り返し報道されると、なんとなく違和感を受けます。たしかに今は結束が必要であり、日本人に多くの美徳があることは事実ですが、それだけでは、今回の災害から何かを学んだり、新らしい世界を築いていく指針は出てこないのではないかと思います。

今回の地震や津波、原子力発電所の事故は、日本人が誇りとしてきた科学技術、安全性の神話が崩壊したことを示しています。たしかに日本の水準は世界最高レベルのものだったかもしれませんが、それでもこの災害を防ぐことができませんでした。それどころか、これぐらいの問題はなんとか解決できると信じたいのに、なかなか物事は容易に進みません。今回の地震で本当に我々が学ぶべきことは、日本人がどんなに優秀かではなく、人間の築く文明を過信してはならないこと、どんなに素晴らしい技術や制度も完璧ではないことではないでしょうか。

外国から支援を寄せてくれる方々のメッセージと日本人のメッセージにも違いがあるように思います。それは日本人には「神の助けを祈ります」という言葉がないことです。自らの小ささを認め、神の憐れみに祈る気持ちをもう日本人はもたなくなったのでしょうか。前向きな気持ち、団結力が必要なことは事実です。しかし、これから復興していく社会は、これまでと同じ物を作るだけではならない、社会のあり方そのものが問い直されなければならないことをすでに多くの人たちが指摘しています。

この災害ですべてを失った方々も、これから現実と向き合っていかないといけなくなります。「がんばれば、すべてうまくいく」という価値観はすでに崩れています。その時必要なものは、高い技術や強い精神力ではなく、何もない自分を受け入れることができる心の癒しです。失敗すること、足らないことのある人間の力を前提とした社会を築くことです。日本の教会は、物質的な支援を行うと同時に、人の力を超えた大きな神の存在を知り、地が癒され、多くの物を失った人々の心が癒されることを祈っていきたいと思います。

 (主任牧師 杉本智俊)






■2011年3月13日 地震の中で証しと奉仕をした若者達

3月11日は、5時からMCCで「町田でリバイボー」の集会が予定されていました。練習中地震が起こり、停電になりました。出演者が集まって祈る中、聖霊のうながしを感じ、「こういう時こそ、路傍伝道しよう」という声が起こりました。町田駅周辺では、電車が止まって乗客が大勢立ち尽くし、線路を歩く人々もいたそうです。そこで横山大輔兄を中心に、10人位が駅周辺で賛美し、コンサートのお知らせをした所、その場で五人位興味をもって、教会までついて来てくれました。

コンサートは、遅れて始まりましたが、主の大いなる臨在があふれました。飛び込みで来た参加者にもコンサート後にゆっくり証しができたそうです。夕食後も電車が動かないので、「しゅろの葉パレードのために祈ろう」ということになりました。若者たちは、ポットに紅茶を作って、紙コップも用意しました。そして、夜10:30過ぎに、コースを歩きながら祈ったそうです。彼らには「町田市民ホールをいっぱいにする」というビジョンが与えられているので、最後に市民ホールに行ったら、家に帰れない帰宅難民の方があふれ、その方々に無料で紅茶のサービスをすることができたことも分かち合ってくれました。

町田南教会の鈴木先生が、布団セットを運んで来られ、その後十数人が教会に泊まられました。夜中まで証し会をして、朝は自分たちで買出しに行ってご飯を炊き、掃除をして帰って行きました。千葉や埼玉から来た高校生が、「自宅よりも暖かくてよく眠れた」と本当に感謝して帰って行かれました。

主イエスは、「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、大地震があり、方々に疫病やききんが起こり、恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現れます。…それはあなたがたのあかしをする機会となります。」(ルカ21:10-11, 13と言われました。すべての災害は、クリスチャンの証しをする機会として用いられます。私たちも、しっかり立って、聖書に預言されている世の終りの警告について、大胆にあかしすることができますように。             
                                              (教育主事  杉本玲子)






■2011年3月6日 本気で心配していますか?

2/1617に、ニューヨークのビル・ウィルソン牧師を迎えて、特別集会が開かれました。ウィルソン牧師は、14歳の時に親に捨てられ、3日間何も食べずに路上で過ごしました。その時、1人のクリスチャン男性が彼に声をかけ、教会のユースキャンプに誘ってくれました。彼の生涯はそこから劇的に変わりました。送迎バスを用いたサイドウォークサンデースクールに、毎週25千人以上の子どもが集まって聞くようになり、犯罪が多発していたNYのブルックリン地区が安全で住みやすい町に変わっていったのです。 

 「本気で心配していますか?」ウィルソン師は問いかけています。私たちは、みんな忙しすぎるのです。それで、誰か1人のために本気で心配して、話を聞いてあげることに抵抗を感じてしまいます。でも、表面的な意志の疎通やコミュニケーションより先に、本気の配慮や世話が不可欠なのです。相手の心に届いていないなら、どんなに正しく福音を語っても、何も起こらないかもしれません。「最も重要なことは、時間をとって子どもたちの肩をだき、しっかり聞いてあげること、単なるポーズで聞いているふりをするのでなく、本気で聞いてあげることなのです。」「どんな年齢層の人であっても、語る私たちの感性に響きあう感性で反応してくれるものです。私たちが本気で世話をしないなら、子どもたちが本気で返してくれるわけがありません。」(ウィルソン著「この子だれの子」より)

 これは、私たちにとって大きなチャレンジです。本気で誰かのために祈り、心配し、行動していく時、その人の人生に大きな影響を与えることができます。今日、私は誰のために本気で心配しているでしょうか。

 

                                                                              (教育主事 杉本 玲子)






■2011年2月6日 イスラム諸国のクリスチャンのために祈ろう


連日のように、エジプトにおける抗議活動が報道されています。ムバラク大統領の独裁体制に対する不満には理解できる面もありますが、その体制が崩壊した場合、どのような政府が形成されるのか、心配されています。イスラム過激派の「ムスリム同胞団」の台頭が懸念されるからです。エジプトには10%程度のコプト教徒がいますし、プロテスタントの教会もかなりあります。しかし、今年に入ってからだけでも、11日にはアレキサンドリアでコプト教会が爆破され21人が殺害され、11日には中部のミニア県の列車の中で、6人のコプト教徒が殺されました。

南隣りのスーダンでは、南部独立の住民投票が行われました。しかし、北部は「ムスリム同胞団」の影響を受けており、南部に住むキリスト教徒たちにもイスラム法を課し、差別的な対応をしてきたので、内戦になっています。北隣りのパレスチナでも、「ムスリム同胞団」の支援を受けた過激派「ハマス」が結成され、平和交渉がとん挫しています。19世紀末、パレスチナに住んでいたアラブ人は、キリスト教徒のほうが多かったのに、イスラム過激派の抑圧のために、国外逃亡せざるをえなくなりました。現在ではベツレヘムでさえ、キリスト教徒が少数派になってしまいました。

 フセイン体制のイラクでは、かなりの数のクリスチャンがいました。しかし、イラク戦争後、クリスチャンは拉致や殺害の対象となり、2003年に80万人いたクリスチャンは、55万人にまで減少したことが伝えられています。昨年10月にもバグダッド市内の教会が襲われ、神父など46人が殺され、アルカイダ系の組織が犯行声明を出しています。東アジアでも、インドネシアやマレーシアで教会やクリスチャンの家が焼き打ちに会う事件は、しばしば起こっています。

 元来イスラム教は平和で寛容な宗教だと主張する人たちもいますが、実態はそうなっていません。政府も他の人たちも、こうした事件にきちんとした対応をせず、うやむやにされてしまうことがしばしばです。もちろんキリスト教徒の側も武力で応戦する等、いつも適切な対応をしてきたわけではないかもしれませんが、現地に住むクリスチャンにとってはあまりにもひどい状況です。

 私たち日本に住むクリスチャンは、少数派とは言え、一応信仰の自由が与えられているので、こうした状況をあまり身近かに感じませんが、今世界には生きていくこと自体困難なクリスチャンがたくさんいることを認識したいと思います。特に最近のイスラム諸国におけるクリスチャンの立場には、真剣に憂慮すべきものがあります。同じ信仰を持つクリスチャンとして、彼らの重荷を負担し、祈り支えていく者となろうではありませんか。         
                                                (主任牧師 杉本 智俊)






■2011年1月16日 ベテルにかえろう


たくさんの祝福と感謝のあふれた2010年も過ぎ、新しく希望とチャレンジにあふれる2011年を迎えました。私たちは、どのように新しい年を迎えるのでしょうか。

創世記35章には、ヤコブ一家が新しい一歩を踏み出した物語が書かれています。34章を見ると、ヤコブの娘が辱めを受け、ヤコブの息子たちが復讐心に燃えて町全体の男を殺すという殺傷事件を起こし、略奪に及んだ、という悲劇的な事件が書かれています。多少動機は理解できるにしても、敵を欺くために神様との神聖な契約を用いたということは、神の民として決して正当化されるべき行為ではありません。ヤコブは、子どもたちが信仰からはずれた行いをすることも止められず、自分の家が根絶されるかもしれない、という状況の中で困惑していたに違いないことは、察するに余りあります。

このような状況の中で、神様は「べテルに上り、神のために祭壇を築きなさい」とヤコブに呼びかけてくださいました。べテルとは、彼がエサウからのがれていた時、はしごの夢の中で「わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行ってもあなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう」(創世記28:15)と声をかけてくださった場所です。前に進むべき道が見えなくなってしまった時は、もう一度原点に立ち返ることが大切であることを教えられます。

ヤコブと家族は、偶像を捨て、着物を着替え、ベテルで新しく祭壇を築き直しました。神は再びヤコブに現れてくださり、彼を祝福してくださり、イスラエルとしての新しい歩みを始めるようにうながしてくださいました。私たちも、それぞれ2010年を振り返り、悔い改めるベき所は悔い改め、全く新しく変えられて、新しいスタートをさせていただきましょう。

                                                                          (教育主事 杉本 玲子)

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