真梨子さんが元気で何よりです

皆さんは、真梨子さんを一言であらわすと、どういう表現をされるのだろう。
たとえば、「強い人」「ひたむきな人」「人に勇気を与える人」・・・・・

私の表現は、「さびしがりやな人」である。ただこれは、真梨子さんというより、まり子さんに対してである。

ほんの一部しか知り得ないが、博多での少女〜中高時代の様子は、後に母と子の葛藤の始まりであり、
後年『向日葵』での擬人法に表象されていく。また、父と娘の関係は、『窓辺のアダージョ』で表現され、
ヘンリー広瀬さんの存在へと描写されている。
その父と母と自分の関係は、『デルタ』の歌詞で月と太陽と地球という
通常とは並びの違う関係で、自分の存在に対しての問いかけがなされている。

ヘンリー広瀬さんとの夫婦愛は、『海色の風』でのエピソードをはじめ、『恋ことば』や『時間のそよ風』での
素朴なシーンに数多く登場する。『枯れない花』はその典型である。

つまり、もとより、まり子さんは人一倍、「寂しがりやで癒されたい人」なのである。
そのまり子さんが、高橋真梨子という世界のTOPシンガーを演じてくれているのである。
そのギャップに対しての頑張りのバランスが崩れたのが2011年である。

『まァるい涙』でも歌われているとおり、オフィシャルでもプライベートでもいつも一緒の夫婦。
しかし、2011/3/11は、真梨子さんが一人の時間であり、もともと地震の少ない九州育ちとしては
さぞかし怖い思いをされている。裸足でマンションの通路に飛びだして隣人の有名人のご主人に
気を遣ってもらったというエピソードもある。

「生と死」の間を去来する魂の歌とも取れる『far away』や、歌い続けてきた『明日に架ける橋』などの楽曲を
表現してきた真梨子さんにとって、心理面のバランスの崩れが始まった。
「感謝」というキーワードは、今思えばひとつの予感であった。

真梨子さんの体調が悪いという連絡を聞いたとき、実は上記のことが頭の中に浮かんできた。
食べれないと聞けば、カレン・カーペンターの拒食症を思い出す世代である。
でも、カレンの場合は、もともと少し気にしていたことを、アメリカのショービジネス界のゴシップ誌に
体型のことで触れられたのが原因であると記憶していたので、真梨子さんとは違うなぁと思っていた。

その後の大宮のコンサートでは飛びきり上等の笑顔で、私は目頭が熱くなった。
だから、脳梗塞から失語症の危機に陥った西城秀樹さんの記事や、カレンカーペンターの「青春の輝き」を
題材にして、手紙を書こうと思っていたのをやめた。音楽館でもこの原稿を掲載しかけたところであった。

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本当の自分とアーティストの自分のアイデンティティのギャップ。
その意味で真梨子さんが体調を崩した原因は私の文章にもあるのだろう。
もとより、私は自分のHPで語りながら、真梨子さんのもとに何らかの形でメッセージが届くように記述している。
関係者の方が見ていただいていることも、なんとなくわかる。私のコンサートの感想ページのイメージが、
ステージで表現されていると誤解と錯覚をしたくなるようなことも数多くある。
この名曲と書くと、コンサートのセットリストに入っていたりする。
とってもありがたい。

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私も真梨子さんが体調を崩すのと同じくして、オフィシャルの多忙もあり、人生で初の冬眠が必要となった。
そして復活。真梨子さんの元気な様子に接することができて、とても幸せである。

真梨子さんありがとう。まり子さんお疲れ様です。