PRETEND

アルバムのタイトルはよくできていると思う。コンセプトアルバムだから当然なのだがこのように、じっくりとアルバム鑑賞をしていくと別の時期の真梨子さんの活動と自然とリンクしていったり、まり子さんのプライベートと重ね合わせて、その歌の意味その曲に自然に盛り込まれているイメージが浮かんでくる。

たかはしまりこ という名前で、89年5月にカバーアルバム「紗」をリリースした真梨子さんだから、PRETENDというタイトルも、まねをする、ふりをする、という意味で捉えてきた。
もちろんいろいろな名曲をカバーすることで、真梨子さんの世界を広げてきたことは事実である。歌の世界の中で、主人公はいろいろな役を演じていく。もちろん、恋愛の世界でなくても、人はいろいろなことを演じながら生きていく。平穏無事ということが、一番幸せだと聴かされながらも、何かを抱えながら人は生きていく。

リリース当時は、上記のようなことを考えていた。
しかし、このアルバムのコンセプト改めて見つめなおしたとき、
ある想いが駆け巡った。
大津あきらさん作詞の「永遠の魚」である。
この曲をよく聴くと、モチーフは「HEART」である。
恋するあなた好みの女を演じようとしていた彼女、しかし最後は救われていくHEARTの歌の世界観。

夢を言い訳に 
愛する事の素敵さを 
誰も皆 手離していくから ・・・

あなただけの永遠の魚になりたい

時の魔法をかける都会 という実在しない世界で 永遠の魚になりたい

というフレーズは、演じると同時に素直に愛したいと自分らしくありたいという世界観(PRETEND)である。

演じるからこそ、自分らしさがある。これがこのアルバムのコンセプトである。

こういう曲を22年前に発表していることが奇跡だと思う、「心揺れて」。今年のアルバムに入っていてもおかしくないと思う。ヘンリーさんのアルトフルートが心を揺さぶる。
そして、このヴォーカルは、高橋真梨子でしか歌えないヴォーカルである。真梨子さんらしいなぁとつくづく思うヴォーカルである。

飛鳥涼さん作詞・作曲の「十六夜」 「都会の空」のように、ナチュラルで奥行きの深い編曲は、woodcornスピーカーで再生するのがよいだろう。digital音の世界ではない。

そして、いまのコンサートだから極自然に聞こえる「Police Story」

エンディングがさらに奥行きの広い「TRUE」
PRETENDに対してTRUEというのもお洒落である。
当時のコンサート日記では、紗からの選曲も多く、オリジナルを歌ってほしいという2010年と同じような記述をしている。
しかし、今改めてこういう記録をとどめていると、永遠の魚を聴けたコンサートは貴重なコンサートであったと思い返したい。そんな思いで、珍しいプロモーションCDの写真を取り込んでみた。





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