Bug Collection
Computerese Bugs

情報処理用語正誤表

Index
1 ワーニング ウォーニング
2 ベジェ曲線 ベジエ曲線
3 グロー・シェーディング グーロー・シェーディング
4 チルダ チルド、ティルド、ティルデ
5 ヌル ナル
6 デジタル ディジタル



ワーニング
ウォーニング

日本のコンピューター技術者 (特にソフトウェア技術者) は概して不勉強であるというお話である。 「ワーニング」というのは、コンピューターが表示した「Warning」という語を、調べもせず、想像力も働かせずにローマ字読みしてしまった結果である。 にもかかわらず、それをそのまま雑誌や専門誌の記事の中で使用したり、専門書の文章の中で使ったりするのだから始末が悪い。 「警告」という立派な日本語があるのに、なぜそれを使わないのか。

辞書を調べれば、発音を知ることができるし、訳語も分かる。 あるいは、war (ウォー、戦争) や warm (ウォーム、暖かい) などから類推すれば、warning が「ウォーニング」であろうことは容易に想像がつく。 「スター・ウォーズ」や「ウォーミング・アップ」を知らぬわけではあるまい。 辞書を引いたり、想像力を働かせたりする手間を惜しむと恥ずかしいことになる。

(1999年7月)


ベジェ曲線
ベジエ曲線

Bezier curve」という英語の訳語である。 コンピューターグラフィクス (CG) において滑らかな曲線を描くのに用いられる描画技法ないしその技法によって描かれた曲線のことであるが、非常に多くの人が「ベジェ曲線」という誤った表記をしている。 残念なことに、雑誌や書籍、さらにはコンピューター用語辞典や英和辞典までもがこの間違った表記を使っていたりする。 中には、話すときには「ベジエ」と発音しながら、書くときには「ベジェ」と書くというわけの分からぬことをする人もいる。

「Bezier curve」という名称は、その考案者であるフランス人数学者ピエール・ベジエ (Pierre Bézier) に由来している。 より原音に近い表記をするならば「ベズィエ」となるところである。 「ベジェ」のように「エ」を小書きにするのは明らかに誤りである。

ベジエ曲線は数学公式によって定義される曲線である。 ベジエ曲線では、曲線を定義するために少なくとも 3 つの点が使用される。 すなわち、アンカー点 (anchor point) と呼ばれる 2 つの端点と、曲線の湾曲を定義するハンドル (handle) と呼ばれる 1 つ以上の点とである。 ハンドルの位置を変えれば、それにともなって曲線の形状も変化することになる。 次に示すページにおいて Java を使ったデモが実行できる。

http://www.math.ucla.edu/~baker/java/hoefer/Bezier.htm

蛇足だが、フランスには「ベジエ」(Béziers) という都市もある。 ワイン取り引きの中心地である。

(1999年7月)


グロー・シェーディング
グーロー・シェーディング

英語「Gouraud shading」のカタカナ表記である。 三次元コンピューター・グラフィクス (3D CG) の分野で、3D オブジェクトの表面を構成するポリゴンに陰影を施すための技法のひとつであるが、CG の解説書や情報処理用語辞典など書籍によって 「グロー・シェーディング」 と書かれていたり 「グーロー・シェーディング」 とされていたりと、両様の表記があって一定していない。 「Gouraud shading」 という名称は、実はこの技法を開発したフランス人の名前に因んでいるのだが、しかし、この事実を明記している書籍はほとんどない。

Gouraud shading の技法は、1971 年、フランス人コンピューター科学者アンリ・グーロー (Henri Gouraud) によって開発された。 グーロー・シェーディングでは、ポリゴンの各頂点の輝度 (色) を求め、それをもとにポリゴン内部の各ピクセルの輝度を補間して計算する。 これによってオブジェクト表面に対する滑らかな陰影づけ (shading) が可能になる。 次に示すページにおいて、グーロー・シェーディングが視覚的に確認できる。

http://freespace.virgin.net/hugo.elias/graphics/x_polygo.htm

(1999年7月)

【追記】

次に示すページにアンリ・グーローのポートレートがある。

http://www.univ-reims.fr/Labos/LERI/Afig99/biographie.html

(2000年10月12日)


チルダ
チルド、ティルド、ティルデ

ASCII コードの 1111110 (二進数)。 日本では俗に「ニョロ」とも呼ばれる ~ のことであるが、英語では「tilde」と呼ばれる。 普通にカタカナに転写するなら「ティルド」である。 一歩ゆずっても「チルド」であろう。

しかるに、なぜか「チルダ」と言う人が多い。 中には、単独では「チルダ」と言い、その一方で「チルド・エスケープ」のように複合語になると「チルド」のほうを使うという、これまたワケの分からぬ人もいる。

「チルダ」の語源は、まったくもって不明である。 数学の世界では「チルダ」と言うのだと教えてくれた人がいるが、真偽のほどは知らない。 仮にそうであるとして、ではその「チルダ」は何に由来するのか?

国際音声字母 (IPA, International Phonetic Alphabet) では、ティルドは他の発音記号の上に付けて鼻音化をあらわす補助記号である。 フランス語を学んだことのある人なら、鼻母音の発音記号にこのティルドが使われることを覚えておいでであろう。 いくつかの言語では、その正書法にこの記号を取り入れている。 たとえば、スペイン語では「n」の上に付けてその口蓋化音をあらわすし、ポルトガル語では母音の上に付けて鼻母音をあらわす。 ちなみに、この記号を、スペイン語では「ティルデ」と呼び、ポルトガル語では「ティル」ないし「ティウ」と呼ぶ。

(1999年7月)

【追記】

言葉の世界」というサイトを開設していらっしゃる佐藤和美さんから、次のようなご指摘をいただいた。

英和辞典で「tilde」の発音記号をみると、「d」には母音の「e を 180 度回転したもの」がついています。 「チルダ」がまちがいとは言えないのではないでしょうか。

「e を 180 度回転したもの」というのは、これ (↓)、つまり曖昧母音 (schwa) である。

ə

tilde の発音記号は [tild] ではなく、[d] の後に曖昧母音が付いており ([tildə])、曖昧母音は日本語の「ア」で転写されることも多いから、tilde を「チルダ」と転写しても誤りとは言えないのではないかというご趣旨のようである。

『リーダーズ英和辞典』で確認してみると、英国式発音は [tild] だが、米国式発音にはなるほど曖昧母音が付いている ([tildə])。 『ジーニアス英和辞典』でも、米国式発音にはやはり曖昧母音が付いている。 ただし、この辞書では英国式発音には [tild] と [tildi] の両様の発音があることになっている。 もうひとつ、Oxford Advanced Learner's Dictionary (OALD) には、曖昧母音の付いたものと付かないものの両様の発音記号が示されており、それらは意味の違いに対応づけられている。 すなわち、tilde を転用してスワングダッシュ (~) の意味で用いる際には曖昧母音が付かない ([tild]) のに対し、tilde をそれ本来の意味で用いるときは曖昧母音が付く ([tildə])。 以上を要するに、tilde には、語末に曖昧母音の付く発音と付かない発音の両様の発音が存在することは確かなようである。

じつは、佐藤さんに指摘されるまで、私は tilde の発音を [tild] としか考えていなかった。 ちゃんと調べることをせずに書いていたわけで、まさに汗顔の至りである。 なるほど、語末に曖昧母音が付くということであれば、「チルダ」も誤りであるとは言い難いかもしれない。 しかし、曖昧母音が存在するからと言って、直ちに tilde は「チルダ」であると積極的に主張することもできないのではないか。

発音中に存在する曖昧母音をカタカナに転写する場合、通常はそれに対応する綴り字が参照される。 たとえば、parabola (パラボラ) という語の 4 つの母音のうち、1、3、4 番目のものはすべて曖昧母音であるが、それらを含む音節が「パ」「ボ」「ラ」と転写されるのは、いずれも対応する綴り字 (-a-、-o-、-a) が参照された結果である。 同様に、telephone (テレフォン) という語の 2 番目の -e- は曖昧母音で発音されるが、これも綴り字に従って「レ」と転写される。これが原則であろう。 この原則に従えば、tilde は「ティルデ」と転写されることになる。

あるいは、次のように考えることもできる。 英語 tilde はスペイン語に由来しているが、その tilde が曖昧母音を伴って発音されるのはスペイン語における発音の名残りであると言えよう。 スペイン語で [e] であったものが、英語に入った後に、強勢がないために弱化し曖昧母音となってその名残りをとどめているというわけである。 とすれば、英語の tilde も「ティルデ」として然るべきであると。

……というようなわけで、「正」のひとつに「ティルデ」も掲げることにした。 「チルド」「ティルド」はもちろん曖昧母音を伴わない発音に対応している。

(2000年9月21日)


ヌル
ナル

英語の「null」の発音は「ナル」に近い。 しかし、日本では、圧倒的に多くの人がこれを「ヌル」と発音し、また書いている。 きわめてまれに、現状を憂える人であろうか、「ナル」と表記しているのを見かけることがあるが、ほとんど無駄な抵抗に近い。 私が実際に「ナル」と書かれているのを見たのは、国家試験である情報処理技術者試験の問題文においてと、某企業で運用されているアプリケーション・プログラムのソースコードに記述されていたコメントにおいての 2 例だけである。

「この語を最初に『ヌル』と書いた日本人の責任は重大だ」と言った人がいるが、まさにそのとおりである。 null の場合に限らず、誤った用語が広く浸透してしまうのは、多くの場合「最初に書く」という行為が出版物においてなされるからであろうが、そうした書籍は単に最初であるというだけでなく、あるいは最初であるがゆえに、その分野における権威の書であったりする。

私見によれば、「ビンディング」という語はその好例だと考えられる。 ビンディングとはスキー板に靴を固定する止め金のことであるが、その由来は英語の binding であるから、本来なら「バインディング」とすべきところである。 想像するに、その昔、スキーの世界で名のある人が英語の binding をついついローマ字読みしてしまい、それをそのまま『スキー入門』か何かの著作の中で使ってしまったというのが真相ではあるまいか。

話が横道にそれてしまったが、「ヌル」の場合はどうか。 これも想像に過ぎないが、null を最初に「ヌル」と書いた日本人は、ドイツ語のことが頭にあったのではなかろうか。 ドイツ語にも null という語があり、英語の null とは同語源である。 そしてそれは「ヌル」のように発音される。 おそらく、そのことが頭にあって null を「ヌル」とカタカナ表記したものであろう。 われわれは今後「ヌル」という語を使うとき、その起源がドイツ語にあることに思いを致さねばなるまい。

(1999年8月)

【訂正】

「ビンディング」は英語の binding (バインディング) に由来すると書いたが、これは誤りであった。 「ビンディング」はドイツ語の Bindung (ビンドゥング) が訛ったものであるという。 そう言えば、シュプール (Spur) とか、ストック (Stock) とか、たしかにスキー用語にはドイツ語起源のものが多いようだ。 ……てなわけで、この項に述べた「ヌル」と「ビンディング」とが、奇しくも、ともにドイツ語に由来するということになってしまった。

(2000年9月21日)

【追記】

「ナル」と表記されているのを 2 例しか見たことがないと書いたが、その頃からすれば世の中の事情も変わって来たようである。最近は、「ナル」という表記をたびたび見掛けるし、「ナル」と言っている人もたまにある。無駄な抵抗に近いとの発言は撤回せねばなるまい。

(2004年5月23日)


デジタル
ディジタル

英語「digital」のカタカナ表記である。 radio が「ラジオ」なのだから、戦前ならおそらく「ジジタル」となったところだろう。 しかし、「ディ」という音韻がすっかり定着してしまった現代の日本語であれば、「ディジタル」となるはずである。 実際、「ディジタル」と発音し、表記している人も多い。 ところが、新聞をはじめとするマスコミは、もうほとんどが「デジタル」である。 発音しやすく、字数も少なく済むということもあるのだろうが、いったいどこから「デジタル」が広まったのだろうか。 きっと、「ディスコ」と発音できずに「デスコ」と言ってしまうような年配の人が広めたに違いないと想像するのは穿ちすぎか。

普段から「デジタル」と発音したり書いたりしている人でも、digit をカタカナ表記する場合には「ディジット」とするのではないか。 「デジット」とする人はまずいないと思う。 が、その「デジット」という表記を使っているマニュアルがあって驚いたことがある。 LAN 関係のソフトウェアのマニュアルである。 はじめは誤植だと思って読み進めたのだが、終始一貫して「デジット」であった。 「デジタル」の悪影響に違いない。

(1999年8月)



1999年07月25日公開
2006年03月21日更新
面独斎 (Mendoxi)
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