Bug Collection
Translation Bugs

翻訳バグ
『インターネット英語の読み方&書き方&調べ方』

書名 『インターネット英語の読み方&書き方&調べ方』
著者 安藤進
発行所 共立出版
発行年 1997 年

翻訳書ではなく、いわば学習書といったところである。『bit』誌(現在は休刊)上に連載されていたコラム「Tips」の内容を加筆修正のうえ一冊にまとめたもので、ウェブ・ページや電子メール、ネットニュースなどからさまざまな英文の実例が示され、それに対して著者による「試訳」がつけられている。が、その試訳を仔細に検討してみると、いくつかおかしな点のあることが分かる。

なお、本書からの引用は第 3 刷(1998年9月発行)によった。その後の刷では訂正されているかもしれない。



selecting from the menus

§ 2.1 では「先端企業のホームページを読む」と題して、インターネット関連企業各社のホームページに見られる英文を考察の対象としている。次に示す「試訳」は、Netscape 社のダウンロード・ページにある英文を訳したものである (p. 25)。

Netscape Navigator 製品のダウンロード:
Navigator 3.0 を求める方が非常に多いので,うまくダウンロードできないことがあるかもしれません.そのような場合は,以下のメニューからサイトを選択した後に,別のミラーサイトを選んでください.どうぞよろしくお願いします.

この訳文を信じるならサイトの選択を 2 回しなければならないことになるが、常識で考えれば 2 回もサイトを選択する必要はないはずである。原文は次のようになっている。

TO DOWNLOAD NETSCAPE NAVIGATOR PRODUCTS:
Due to unprecedented demand for Navigator 3.0, you may experience difficulties in downloading. Please choose different mirror sites from the list you will receive after selecting from the menus below. Thanks for your patience.

ここには、下方にあるメニューから選択するものが「サイト」であるとは明記されていない。何かは分からないが、その「何か」をメニューから選択するとサイト一覧が表示されるらしいということが分かるだけである。メニューが複数形になっていることに注意すれば、選択すべき「何か」も複数あるのだろうと想像できる。

ところで、上の英文の後には次なる文章が続いている。著者による訳文も一緒に示そう。

Using the pull-down menus below, select the appropriate product, operating system, language, and location. Click to display download sites. In the list that appears, click on the location nearest to you, and then the server will download the software to your hard disk.

以下のプルダウンメニューを使って,お求めになる製品,OS,言語,場所を選択してください.クリックしてダウンロードサイトを表示してください.表示されたリストの中から,あなたの住んでいるところに最も近い場所を選んでください.そうすると,指定されたソフトウェアが自動的にあなたのハードディスクにダウンロードされます.

メニューから選択するのは、やはり「サイト」ではなかった。製品、OS、言語、場所だ。これら 4 つをそれぞれのメニューから選択せよということであったのだ。

(2000/05/12, 2000/05/27)


prohibited

次の英文は、サーチ・エンジン AltaVisa のヘルプ・ページからの一文である。

Precede a required word or phrase with + and a prohibited one with −.

これに対する安藤訳は次のとおり (p. 30)。

検索対象に含めるかどうかの指定ができます.語句の先頭に+記号を付けると,その語句は検索対象になります.-記号を付けると,その語句は検索対象から除外されます.

なんとまあ大胆な意訳であろうか。原文に対する十分な理解がなければ意訳などできはせぬから、著者の安藤氏はもちろん十分に理解していらっしゃるのだろうが、その理解した内容を正確な日本語で表現することに失敗したということであろう。

問題は訳文中の「検索対象から除外」という表現である。これを素直に解釈すれば、先頭に-記号を付けた語句は探されないということになるが、それはおかしい。原文の意味するところは、-記号を付けた語句を探したうえで、その語句の含まれるドキュメント(ページ)を検索結果から除外するということである。翻訳した結果としての日本語がお粗末であったら何にもならない。

(2000/05/12)

【追記】

この件に関して、著者の安藤進氏ご本人から異論があるとしてメールをいただいた。畏れ多いことである。以下、メールから原文のまま引用させていただく。

このご指摘は、システムの立場では正しいといえます。つまり、プラス記号を付けてもマイナス記号を付けても、システムは指定された語句を《検索》することになるからです。しかし、ユーザの立場では、わかりにくいと思います。ユーザの立場では、検索=表示という理解になることが想定されるからです。

補足
「インターネットの読み方&書き方&調べ方」は、1997年3月の発行です。実際には、確か、1966年の秋ごろに執筆したものと記憶しています。その当時は、Google も Fast Search も登場しておらず、AltaVista 全盛の時代でした。今ではほとんどの検索エンジンが空白スペースを AND 条件として解釈していますが、当時の AltaVista は OR 条件としていました。

このような背景で、私としては、次のように表現しても紛れは起きないだろうと考えて、前記のように訳しました。

・ プラス記号を付ければ検索対象に含まれる(=画面に表示される)
・ マイナス記号を付ければ検索対象に含まれない(=表示されない)

この説明文の対象は AltaVista のユーザーであるので、《検索=表示》という理解で問題はないはずだと思うのですが、いかがでしょうか。

以上である。なるほど、そのような考え方もたしかにできようかと思う。しかしその一方で、もっとうまい訳し方ができるはずだとも思うのだが、どうだろうか。

(2003/01/14)


subscribing e-news

次の訳文は、Microsoft 社の発行するニュース WinNews の末尾部分にある英文を 訳したものである (p. 31)。

WinNews に興味のある方には,次のように教えてあげてください.
宛先 : enews@microsoft.nwnet.com
本文 : subscribe winnews

これを読んで、何を言わんとしているのかが理解できるだろうか。察しのいい人であれば、あるいはすぐに理解できるのかもしれないが、普通はそうではあるまい。原文には次のようにある。

If you know someone who might be interested in WinNews, please instruct them to send Internet e-mail to enews 99 microsoft.nwnet.com and type
subscribe winnews
on a line all by itself in the body of the message.

「99」というのは、訳文から察するに「@」の誤植であろう。もちろん本書だけの誤植で、Microsoft の WinNews のほうはそうなってはいまい。それはさておき、一見したところ、原文と訳文とではずいぶん違った印象を受ける。それもそのはずで、原文の「send Internet e-mail to」が訳文では「宛先:」だけで表現され、「on a line all by itself in the body of the message」に至ってはまったく訳されていない。メール・メッセージの本文は「subscribe winnews」と書いた 1 行だけにせよということなのだが、それを訳文のような簡単な記述だけから判断せよというのだから、不親切に過ぎると言えはしまいか。

(2000/05/12)


pointers

次の文章は、JavaScript に関するニュースグループ comp.lang.javascript に投稿された FAQ の冒頭部分である。

Last updated: 26 October 1996
This document contains quick answers to a few of the most common questions in this newsgroup. Please read it before posting a question. You'll also find pointers to more detailed documentation here.

これが、安藤訳では次のようになる (p. 33)。最後の文がどう訳されているかに注目してほしい。

最終更新日 : 1996 年 10 月 26 日
このニュースグループに関する代表的な質疑応答の一部を簡単にまとめたものです. 初めての方はこの FAQ を読んでから質問してください. 詳細な情報については,添付した URL から該当ページを参照してください.

原文では単に「ポインタがある」と述べているだけなのに、訳文には「ポインタ」の語は用いられず、原文にない「URL」とか「該当ページ」といった表現が使われている。このように意訳のなされた理由の一端は、著者による解説文の中の次のような記述から窺い知ることができる。

「ポインタ」は,そのドキュメントが格納されているページのアドレスのことです.ここでは, JavaScript の各バージョンのマニュアルや FAQ に貢献してくれた人物,関連資料などの URL が添付されていました.

だが、「ポインタ」が「アドレス」ないし「URL」の意であるとしてしまうのはどんなものか。たしかに、この FAQ に限って言えば、それも誤りとは言えないのかもしれない。しかし、一般に「ポインタ」と言う場合、それはアドレスや URL に限定されない。ある情報がどこに存在するかという記述、それが「ポインタ」である。だから、ポインタの指し示す先は、ソフトウェアの用意するオンライン・マニュアルの中かもしれないし、あるいは出版された書籍の中かもしれないのである。

(2000/05/13)


excerpt

§ 2.4.4 では、実際のメーリングリストやニュースグループから採取された表現例がいろいろ紹介されているのだが、その中からひとつ。

Here it is an excerpt:

前後はなく、これだけが示されている。これを、安藤氏は次のように訳している (p. 64)。

コードの一部を以下に紹介しましょう.

excerpt は「抜粋」という意味だから「○○の一部」には違いないのだが、「コード」に相当する語句は原文には現れていない。たとえこれが実際にコードを紹介している文脈で採取されたものであったとしても、本書に引用しているのは上に示した部分だけなのだから、そこにない「コード」の語を使って訳してしまうのはいかがなものか。

(2000/05/13)


correct me

同じく § 2.4.4 から。

Please, someone correct me if I'm wrong.

これが次のように訳されている (p. 65)。

もし間違っていたらすみません.

「someone correct me」を「すみません」と訳してしまっていいのだろうか。

(2000/05/13)


further

さらに § 2.4.4 から。

Please let me know if I can be of further assistance.

further の語から想像できるのは、この文を述べている「私」が聞き手ないし読み手に対して、すでに何らかの援助を与えているということである。そして、その援助に加えてさらに別の援助が必要ならば知らせてほしいと言っているわけである。ところが、著者はこれを次のように訳している (p. 65)。

なにかお手伝いできることがあれば連絡してください.

further の語から読み取れるような含意が、この訳文からはまったく読み取ることができない。著者には further が見えなかったか。

(2000/05/13, 2000/05/27)


won't

しつこく § 2.4.4 から。

Sorry, but that won't work.

これが次のように訳されている (p. 69)。

残念ながら,うまくいきませんでした. (教えてもらった方法をやってみたがどうもうまくいかない,という意味)

ご丁寧にも、カッコに入れて説明まで付されているのだが、しかし won't は「will not」の縮約形だから、どう説明しようとも過去形に訳すことは不適切であろう。

(2000/05/13, 2000/05/27)


a rose by any other name would smell as sweet

次の例文は、『MacUser』誌 1992 年 11 月号から採られたもので、次世代 Mac の名前を考えてみようというエッセイの中の一文である。

A rose by any other name would smell as sweet — but wouldn't you really rather drive a Butt-Kicker?

これが、安藤訳では次のようになる (p. 85)。

バラ,ばら,薔薇,どんな書き方をしても,芳しいことに変わりはないように,Mac の場合もどんな名前を付けようと,素晴らしいことに変わりはない.しかし,敢えて言わせてもらえば,Butt-Kicker という名前がいいと思うのだが,どうだろうか.

「A rose by any other name would smell as sweet」という文言は、かのシェイクスピア (Shakespeare) の『ロミオとジュリエット』 (Romeo and Juliet) に出てくる有名なセリフである。薔薇を「薔薇」以外のどんな名前で呼ぼうと薔薇が甘く香ることに変わりはないということなのだが、「バラ、ばら、薔薇、どんな書き方をしても」という訳し方では別の名で呼ぶという意味にはならず、薔薇を依然としてその名で呼ぶことになってしまう。シェイクスピアからの引用のもつ格調高い味わいも台無しである。

(2000/05/14)


postediting

次の訳文は、『BYTE』誌 1993 年 1 月号の「機械翻訳」特集における Muriel Vasconcellos 女史の論文の一節を訳したものである (p. 91)。

後編集
人間が支援するもっとも一般的な作業を後編集という. 機械翻訳の出力に最終的な仕上げをする作業である.

「…を後編集という」とある以上、「後編集」とは「人間が支援するもっとも一般的な作業」という意味だということになってしまうが、そんなはずはあるまい。原文にもそういうふうには書かれていない。

Postediting
The most common form of human assistance is postediting. In this mode, you add the finishing touches to the machine-translated output after the computer has finished its job.

一体どうして「…を後編集という」などという訳になってしまったのか。実は、この部分の引用に先立って、次なる一節が引用されている。訳文も一緒に示そう。

Preediting
If the operator intervenes before a source text is translated, the step is called preediting. The idea is to eliminate lexical and structural ambiguities before a translation program takes over.

前編集
ソーステキストを翻訳する前にオペレータが介入する作業を前編集という. 翻訳プログラムに渡す前に、語彙的・構造的な曖昧さを取り除いておくためである.

こちらの訳文のほうも「The idea is」が訳出されていないために前の文と後の文の続き具合がおかしいのだが、それはさておき、ここでは原文の「is called preediting」が「…を前編集という」と訳されている。「後編集」のほうの訳文はこれに合わせようとしたものであろう。が、かえって誤りを招いてしまったというわけである。

(2000/05/21)


words

同じく『BYTE』誌 1993 年 1 月号「機械翻訳」特集から、今度は E. Hovy 氏の論文から採られた例文である。まずは原文。

Direct-Translation System
Software that translates languages by replacing source-language words with target-language words is called a direct-translation system.

要するに逐語訳をする翻訳ソフトを「Direct-Translation System」と呼ぶのだと言っているのだが、これを安藤氏は次のように訳している (p. 93)。

直接翻訳方式——原言語の言葉を相手言語の言葉に置き換えるソフトウェアを直接翻訳方式のシステムと呼ぶ.

word が「言葉」と訳されている。たしかに「言葉」という語は word の意味でも使われるが、それだけではなく、言語一般 (フランス語のランガージュ) やひとつの言語 (フランス語のラング) の意味で用いられることも多い。そのため、「言葉」がどの意味で用いられているかは文脈によって判断されることになる。ところが、困ったことに、その判断をつけづらい文脈もある。上の訳文のような場合である。この訳文を読んだだけで、一体どれだけの人が逐語訳のことを言っているのだと判断できるだろうか。この文脈では word はやはり「単語」ないし「語」と訳してほしいところである。

(2000/05/21, 2003/01/14)


誤植 (1)

§ 2.3.2 では「HONYAKU」と呼ばれるメーリングリストが紹介されているのだが、その中に次なる一文がある (p. 38)。

また,HONYAKU の暗読を取り消す場合は次にメールを送ります.

「暗読」は「購読」の誤植であろう。

(2000/05/13)


誤植 (2)

次に引用するのは、安藤氏がある本の原著者に宛てて出したというメールの一部である (p. 41)。

I'm very happy to work on this project. I have more than ten year's experience in translating computer-related documents. But probably I need your help with some expressions or technical terms during translation.

2 番目の文にある「year's」は「years」の誤植であろう。 アポストロフィーは不要である。

(2000/05/13)


誤植 (3)

まず訳文のほうから (p. 69)。

それは違うよ.私が使っている MSIE では動きません.

これの原文が次のようになっているのだが……。

Not so ... it certainly isn't working with the version of MSIE.
I'm using

文末にピリオドがなく、MSIE の後にピリオドが打たれているのだが、訳文から判断するかぎり、MSIE の後のピリオドは不要で、文末つまり using の後にピリオドがあるというのが正しい姿であろう。

(2000/05/13)


誤植 (4)

次の例文は、『BYTE』誌 1992 年 8 月号から採られたものである (p. 81)。

Because they share a common address space, shared-memory system are, for the most part, transparent to application programs and application programmers.

主節の動詞は are であるが、その主語 shared-memory system が単数形になっている。これだけを見るかぎり are を is の誤りとすべきか、それとも system を systems の誤りとすべきか判然としない。しかし、この文は共有メモリーシステム一般について述べたものであるから、単数形にすべきであるとするなら主語 shared-memory system には冠詞 the ないし a を付けなければならないことになるが、実際には付けられていない。さらに、because 節の主語は they であるが、これは主節の主語と同じものを指していると考えられるから、主節の主語も複数形となるはずである。以上から、system は systems の誤植であると考えられる。

(2000/05/14)



2000/05/13 公開
2006/03/21 更新
面独斎 (Mendoxi)
mendoxi@cam.hi-ho.ne.jp