河合メンタルクリニック


不吉な星、希望の星 〜火星〜

 これまでは毎月恒星と言う「自分で光っている星」からなる星座をテーマにしてきましたが、今月は27日に何と6万年ぶりの大接近が話題となっている火星など惑星をとりあげることにします。宵の空は旧暦の七夕を迎えて、夏から秋へと移り始めました。夏の大三角はちょうど天頂近くですが、今年の逢瀬は台風10号の前になんとか実現したでしょうか。真南にはさみをふりかざしていたさそりは西へ移り、五月にお話した黄道十二星座でいうとさそりから東へ3つめ、水瓶座の下にその水を受けて飲んでいるというみなみのうお座のフォーマルハウト(この時期南の明るい星はアンタレスと2つだけ)の上にその3倍くらいに火星は赤く燃えています。先日我が家の30年前の小望遠鏡でも上の南極(望遠鏡では上下反対)にある白い極冠を見ることができました。

 水金地火木土天海冥。太陽系の9つの兄弟星を内側からこう唱えて覚えたものですが、これらはその組成から3種類に分けられます。最後の3つは遠いため1781年のハーシェルの天王星発見以後、望遠鏡の発達によって発見が続きましたが、あとの5つはひときわ明るく、瞬かず、独自の動きをするために古代から知られ占星術の立役者となってきました。2000年前の戦国時代の中国では木、火、土、金、水の5つが万物の源であるとする五行説が広まり5つの惑星に当てはめられてその1つの火のように赤い星が火星と名付けられました。地球より内側の2つは今では月のように満ち欠けすることが知られていますが、太陽に近いために明け方と夕方にしか見えず、ことに明るい金星は明けの明星、宵の明星と呼ばれています。惑星の名の元となった奇妙な動きは図のように地球との相対的な位置関係から、地動説の理解に役立ちます。火星は赤いために奇妙な動きがとくに目立ち、人の心を乱し、戦乱や災いをもたらすと考えられるようになったのです。中国では5つの惑星に日、月を加えて7つの天体が日ごとに1日を支配するとして、七曜表というものができました。日本でもすでに律令の時代から七曜の位置を記した暦が元日に朝廷から発表されていたそうです。

 さて西洋でもキリスト教以前から7日という一区切りができていたらしく、惑星の名前(英語)もローマ神話の神々の名に由来しています。

惑星

曜日(英)

 (独)

 (仏)

日 

Sunday

Sonntag

dimanche

Monday

Montag

lundi

Mars

Tuesday

Dienstag

mardi

Mercury

Wednesday

Mittwoch

mercredi

Jupiter

Thursday

Donnerstag

jeudi

Venus

Friday

Freitag

vendredi

Saturn

Saturday

Samstag

samedi

 Marsは軍神、Mercuryは伝令の神で正に水銀の玉のようにすばやく地平線に隠れ、Jupiterは天地を支配する最高神、Venusはむろん美の女神で、Saturnは土にふさわしく農業神です。曜日となると日、月は共通ですが英、独では軍神Tyrの日(火)、雷神Donarの日(木)、美の女神Freijaの日(金)とゲルマン神話の神々が登場します。ドイツでは主神Wotanの日では恐れ多いのか「週の真ん中」ですませていますが、これらの神々の名は「ニーベルンクの指輪」ファンにはおなじみでしょう。フランスでは月曜はラテン語のluna(月)から、昔木曜は学校が休みだったことからjeu(遊び)の日、そしてカトリックの国らしくDominus(主)の日、vendre(売る、売り渡す)はキリストが売られた日です。金曜はいずれも美の女神であり、カトリックでも金星は迷いの嵐吹くこの世を航海する上での導きの星として聖母マリアの象徴となっています。一週間という単位、曜日はおそらく明治に太陽暦の導入などの際に、いろいろな西洋文化の一部として入ってきたのでしょうが、東洋独自の陰陽道や仏教由来のものと見事に一致するのはおもしろいことですね。一週間に1日休むのも人間の生理に適っていたのではないでしょうか。万物の創造主ですら7日目にお休みをとられたのですから。

 火星もまた以上のように古来どこの国でも軍神として戦乱、災いなど不吉なイメージをもってとらえられてきました。しかし近年のロケット探査の結果、火星はいろいろな点で地球と似通っていることからテラ=フォーミングという計画が考えられ、にわかに「希望の星」になってきたのです。テラとはラテン語の大地つまり火星の環境を地球のそれに近く改造して「大地を造り」、将来の人口爆発や環境の悪化に備えて人類を移住させようというのです。 

地球

火星

赤道半径

6378キロメートル

3397キロメートル

1日の長さ

24時間

24時間37分

一年の長さ

365日

687日

太陽との平均距離

1億4960万キロ

2億2790万キロ

表面の温度

ー50〜+50℃

ー130〜+20℃

 火星の大気はうすく、大部分が二酸化炭素で水や酸素はほとんどなく、火星人どころか生物の存在は否定的です。始めに出てきました極冠は雪にドライアイスのまじったものらしく、夏には小さく冬には大きくなるようです。そこで火星を改造するには今地球上で問題となっている二酸化炭素による温室効果を逆に利用して、温室効果をもたらすガスを火星の大気中に放出して徐々に温度を上げ、峡谷の底にある氷を溶かして水も増やします。そして微生物から始めて次第に高等な植物をふやせば光合成によって酸素も増えていくというわけです。

 しかし火星の改造には莫大な時間とエネルギーを要するのであまり現実的ではありません。それよりも宇宙にも稀なる水の惑星の恵みを、子孫に大切に伝えることを私は支持したいと思います。昔から火星とその仇敵アンタレスが並ぶと戦争が起こると言われてきました。昔唐の安録山の乱の前にもそんなことがあったそうですし、最近でも私の記憶の限りでは、湾岸戦争の前も9月11日テロの年の夏も同じでした。今年は火星の昇る頃はさそり座は沈みかけていますが、世界は何かと不穏です。戦争こそは人命の損失ばかりか最大の環境破壊にほかなりません。史上稀な火星大接近が人類の滅びへのきざしとならぬよう。秋へと急ぐ星空を見上げると、私は祈りにも似た気持ちになるのです。

 

  註 今月の写真、図表は主に朝日新聞の記事に拠りました。ほかにこのシリーズの図は主として学研の図鑑「星、星座」ならびに野尻抱影著「星と神話伝説」に拠っています。

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