河合メンタルクリニック


医道の始祖 〜へびつかい座〜

 先月、春の星座としてしし座とおとめ座が登場しましたが、天文に興味がなくてもどこかで聞いたことがあるという方も多いことでしょう。雑誌やテレビにある「今週の星占い」などに出てくる黄道十二星座の仲間だからです。本当は初めにのせるべきでしたが、地球上で場所を表わすのに緯度、経度があるように、星の位置を表わすにも便宜上地球を中心において天球というものを考え、地球の赤道を天球上に延ばした線を天の赤道として天体の位置を赤経、赤緯で表わします。それぞれの土地の地平線は天の赤道とは斜めに交わるので普通、天体は東から斜めに昇り、西へ斜めにしずみます。天球上の太陽の通り道は黄道と呼ばれ、天の赤道とは23度半傾いています。黄道十二星座はこの黄道に沿っていてもっとも古い時代に作られました。念のため並べてみると一月からやぎ、みずがめ、うお、おひつじ、おうし、ふたご、かに、しし、おとめ、てんびん、さそり、いて、となって太陽がその星座に来たときは見られません。「私は何々座」というときは誕生日のころに太陽がその星座にあるということです。ですから冬にオリオンが輝いているとき、その横のおうし座の正反対にあるさそり座は見えないというわけです。ついでに春分、秋分の日には黄道と天の赤道が交わる位置に太陽があって春分点、秋分点といい、それぞれうお座とおとめ座にあります。さて近年、さそり座といて座の間が大きくあいているので、さそり座の斜め上のへびつかい座を黄道の星座に入れようという説がでてきました。しかし13等分がしにくいのか、13という数が嫌われるのかあまり普及していません。今月はこのへびつかい座にふれることにします。

 へびつかい座はさそり座の斜め左上の方に3、4等星の大きな将棋の駒のような五角形が人の頭と胴にあたり、五角形の下の辺が左右に伸びてへびつかいの両手でつかまれたへび座になっています。へびのかま首はかんむり座をねらい、尾はわし座の翼に届いています。大きな星座ですがどの星も小さいので都会の空では見つけにくく、まだよく見たことはありません。このへびつかいは日の神アポロンの息子アスクレピオスで医術と健康の神です。へびが好きな人はあまりいないでしょうが、へびはこの神のつかいとされていて、私はブラジル人の女医さんで医者のお守りだといってへびの指輪をしている人に会ったことがあります。へびつかい座の五角形の両はじは下へ伸びてへびつかいの足となり、さそり座を踏み付けています。「毒を以て毒を制す」といったところでしょうか。

 医神アスクレピオスを思うとき、私は学生時代うす暗い講堂の入り口に掲げられていた「ヒポクラテスの誓詞」を思いだします。原文は覚えていませんが「私は医神アスクレピオスと女神ヒュゲイア ーhygiene(衛生)の語源ー の前に厳かに誓う」と始まり、「自分は脅迫や金銭的誘惑を受けても、学んだ医術を人の生命、身体を害する目的には用いない。」といった内容が続きます。古代ギリシアのヒポクラテスはそれまでの原始的なまじないのような医術に初めて科学の光りを当てたと同時に医師としての厳しい倫理観をも弟子たちに求めたのでした。かつてはナチスの収容所、間近くは某カルト集団などにこの誓いを守れなかった医師たちがいたわけですが、自分の命を危険にさらしても守れたかどうかと考えると慄然とせざるをえません。

 アスクレピオスはついには死んだ人をも生き返らせて、よみの国の王から苦情がでたため、大神ゼウスは彼の命を断って星座に上げるほかはありませんでした。私利私欲からでも、驕りからでもなく、全くの善意からであっても医師が神の領域を冒す危険は今日ますます大きくなりました。臓器移植、生殖医療、遺伝子治療などの先端技術を全面的に否定するものではありませんが、私は「人の技の限界」を定めることの難しさに途方にくれる思いがするのです。最後はかなり辛口になってしまいましたが、梅雨の晴れ間の夜空を見上げると「夏のきら星」たちは次々に出番を待っています。七夕まつりももうすぐですね。

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