河合メンタルクリニック


秋のヒロイン 〜カシオペアとアンドロメダ〜

 秋もいよいよ深まりました。日の短さに冬支度を急かされる思いがしてきます。「長安一片月 萬戸擣衣聲」(ちょうあんいっぺんのつき ばんこころもをうつのこえ)。「片」(ピェン)というのは中華料理の肉や野菜の切り方でキャベツの千切りのように細いものではなく、八宝菜を想像していただければいいのですが、平たく多少面積のある切り方です。でも片割れ月ではなく、満月だとか長安の空一面に照りわたる月光であるとする説が有力だそうです。しかしそんな形の月が多少夜が更けても人の起きている時間に中天高くかかっていると考えると、満月が欠け始めた頃くらいでしょうか。昔から「月は秋のもの」となっているのは1つには秋の空には目立った一等星がないからでもあると思います。

 秋の星の探し方

 8月の火星のところで登場した南の「秋のひとつ星」フォーマルハウトも出るのが早くなった火星と離れてなおさら寂しそうになりました。このフォーマルハウトから斜め左上に高く秋の夜空の中心、「ペガススの大四角形」が見られ、その北東に「アンドロメダ」、その南に怪物「くじら」、北の空には彼女の両親と夫、と中に二重星や変光星までちりばめて豪華キャストが揃っています。又それらの中程には東からアルゴ船遠征の物語りに名高い「おひつじ」、春分点のある「うお」、フォーマルハウトにお酒を飲ませている格好の「みずがめ」、そして「やぎ」と黄道十二星座のメンバーが4つと天文学の上でも、神話伝説の上でも話題は豊富なのですが、残念なことにそのすべてが二等星以下、ほとんどが三、四等星なので都会では見えにくく、なおさら寂しい空になってしまいます。このところ昼間は秋晴れでも夜になると雲が多くなり、一度でも「ペガススの大四角形」くらいは確認したいと思っていますが見られません。

 秋の南の空秋の北の空

 さてプラネタリウムの秋の解説で子供達がもっとも喜ぶのは、やはりこのエチオピア王家の物語でしょう。エチオピアの王妃カシオペアは自分の美しさを(娘のアンドロメダの美しさをという話もあります)自慢して、ある時「海のニンフよりも美しい」と言ってしまいました。これが海神ポセイドンの怒りをかい、エチオピアの海辺にくじらのような怪物が現れ、子供や牛馬をさらったり大嵐をおこすようになりました。困った王ケフェウスが神託をうかがうと「王女アンドロメダを人身御供にささげよ」とのこと。あわれアンドロメダは海辺の岩に鎖でつながれました。そこへ天馬ペガススに乗った大神ゼウスの子ペルセウスが現れ、見た者は恐ろしさのあまり石になるというメドゥサの首を怪物につきつけて石にしてしまいました。ペルセウスはアンドロメダと結婚して幸せに暮らしたということです。こういう「英雄が怪物を退治してお姫さまと結婚する」という話は、日本の「八またのおろち」をはじめ世界中にあるのでペルセウスーアンドロメダ型神話と呼ばれ、もとは1つの話ではないかと言われています。男子たるもの、美女と結ばれるには試練が必要というのは古今東西、人々の共感を呼ぶものらしく、現代でも「スターウォーズ」などの映画や子供のゲーム入門編「スーパーマリオ」などがありますが、そんなものの中でも主人公が昔ながらに剣をふりまわしてもあまり違和感がないのは面白い所です。

 登場人物4人と2頭のすべてが星座になっている中で、ケフェウス座は暗い星の五角形で文字通りもっとも影が薄く、夏のヘルクレス、冬のオリオンに対し秋の夜空は女性上位といえそうです。それでもケフェウスの王冠に輝くδ(デルタ)星は脈動変光星とよばれて、明るさ、大きさ、スペクトル型などが5日8時間47分の周期で規則正しく変化します。変光星として有名な星は偶然にもこのグループの星座に集中しています。さらに有名なのは「くじら」の心臓にあたるミラで、こちらは平均332日という長周期脈動変光星です。変光星は当然ながら昔から無気味なものとされ適材適所というべきか怪物の体についています。もう1つはペルセウスの持っているメドゥサの首の目玉にあたるアルゴル(悪魔の意)です。こちらは食変光星とよばれて暗い星が明るい星のまわりを2日20時間49分の周期でまわっているために明るさが2.2等から3.5等まで変化します。

 一方女性2人のアクセサリーはみごとなもので、アンドロメダの左足先の2等星γ(ガンマ)はオレンジ色に5.5等の緑色の星を伴う二重星です。カシオペアの足先にはペルセウス座の二重星団があってこれは散開星団が2つ並んだものです。幸せになった娘にひきかえ、母のカシオペアは罰として椅子に座ったまま周極星の仲間として、年中無休で北の空を回ることになりました。しかし、北斗七星が低くなる秋は北極星を示す重要な役割を与えられています。その北斗七星とカシオペアの名は鉄道でも生きています。JRの上野〜札幌間の寝台特急「北斗星」と「カシオペア」はいかにも見事なネーミングで、そのテールマークや車内の照明を見るといつか乗ってみたいものだと思います。

 カシオペアと北斗七星

 いつか見てみたいもの、その1つが「アンドロメダ大星雲」。星図のM31というのがそれです。月のない時には肉眼でも見えるということですが、秋に休みがとりにくく、都会を離れることができないのも見られない大きな原因でしょう。9月の銀河系の構造のところでも述べましたが、うず巻の腕には若い星、中心部には老いた星が密集しており、距離は220万光年です。これはもっとも有名な銀河系外の島宇宙で、その無数の星たちのどかには高度の文明をもつ生物がいるのでしょうか。ふと宇宙の無限を思うとき、日常の煩わしさや、不穏な世情なども少しの間忘れていられるような気がします。 

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