河合メンタルクリニック


ずいずいずっころばし

 

 私たちが関わっている老人ホームには入所者からなるオーケストラがありますが、そこで演奏するための新しい曲を日本のメロディの中からいろいろ探していた時に出会ったのが、「ヨーヨー・マ 日本を歌う」のCD(CBSソニー)でした。その中でそれこそ記憶の底に沈んでいた「ずいずいずっころばし」に新しい発見を感じたのは、チェロと邦楽器を結びつけた編曲者、間宮芳生氏と、この東洋の心を私たちと共有する非凡なチェリストのおかげなのでしょう。いくつかの曲の中でも躍動的なリズムと親しみとでこの曲を選び、仲間の作曲家に打楽器パートをつけてもらいました。歌詞に込められたの意味は子供の頃には考えてもわからなかったのですが、年齢を重ねた今、庶民のたくましい生活感情をいくらか感じとれるようになったようです。「茶つぼに追われてとっぴんしゃん」というのは徳川将軍家へ宇治から運ばれる茶つぼは大名なみに扱われ、庶民は土下座を強いられたことからきています。さらに米俵をねずみにかじられたり、井戸で茶わんを割ってしまったりと小さな不運はきりなく到来します。しかし、「お父さんにもお母さんにも内緒」で、小さな不幸は笑い飛ばして、毎日をたくましく切り抜けていくのです。

 ここでこの曲がどのようにお年寄りが演奏可能な打楽器曲に変化していったか、以下に示していきたいと思います。

 この曲は子供の頃に手遊び歌として口ずさんでいたのではないでしょうか?もともとは四分の二拍子の曲です。子供の歌としてCDなどで歌われている速さはテンポも速く元気のよい歌声です。

 そこで実際に母親が子供に歌ってあげる速さは・・・となると、子守唄を歌う感じで、ゆっくりとした速さになっていることでしょう。同じようにお年寄りを中心としたオーケストラで演奏するときも、かなりゆっくりしたテンポで演奏します。「一語に一打」といった感じです。ですから音楽を楽しむには必ずしも、楽譜通りが全てではないのです。

 かれこれ十数年前のことになりますが、作曲家との出会いがあるまでは、童謡など馴染みのある曲に適当にリズムをつけて演奏していたり、カセットテープから流れる曲に合わせてみたりと、それは何でも試してみました。

 そこで結局行きついたところが作曲家への依頼でした。“私たちの音楽”を求めたのです。人は欲が出てくると色々なことにチャレンジしたくなるのです。

 必ずしも作曲家に編曲を依頼しなくてはならないということではないのですが、私たちの演奏している打楽器曲は、この編曲を依頼することから始まります。その際に多少のリズムの注文やバイオリン、ピアノの伴奏者の力量を伝えます。肝心のお年寄りの演奏者については、作曲家は数回現場に足を運んでいるので例えパートが入れ替わっても大丈夫な範囲で編曲してもらっています。

 そうして出来上がってきたものが“私たちの楽譜”です。上から順にバイオリン、ピアノの伴奏譜があり、その他は全て打楽器で、カスタネット、鈴、トライアングル、ウインドチャイム、低音打楽器です。

 一つの曲がこのような打楽器を中心としたオーケストラ曲として生まれ変わります。

 それではこれから手渡された楽譜の“編集作業”に入っていくことにします。

 編曲された一見複雑そうに見えるこの楽譜をどのように分解しようかとあれこれ考えるのも、結構楽しみでもあるのです。まずは切り離し作業に入ります。

 メロディパートのバイオリンとピアノは早めにそれぞれの担当者に任せ、練習してきてもらいます。そうしないと合奏練習の時に間に合わなくなるからです。メロディ楽器が先行しないと、その上に重なる打楽器が立ち往生してしまうからです。

 ここからは素人による編曲の始まりです。この作業は頭の中だけで考えていると、なかなか進みません。素人にとっては手強いので、両手を使って机を叩きながら足でリズムを刻み・・・といった具合に進めていきます。

 まずは基本となる繰り返しのリズムを、それぞれの打楽器パートで見つけます。各パート毎に必ずあるので、それを頭の中で響かせながら次の作業に移ります。

 カスタネットと鈴の基本のリズムを、歌詞を歌いながら右手と左手のそれぞれで打ってみます。

 次にそれぞれのパートの見せ場を決めます。合唱でいうソロの部分です。このように曲全体の山場を見極め、編曲されたリズムを活かします。ただ機械的に四小節ずつ打つというのではなく、曲の流れの中で変化をつけていくことで覚えやすくなりますし、自然とリズムに乗ることができます。

 ある程度のリズムパターンが決まったら実際に演奏してみましょう。そうすることで、人数配分やパート分けの目星がついてきます。この時ティンパニは、基本となる一拍めと三拍めを打ってもらいます。曲に慣れていない時は、基本のリズムが肝心となってきます。なるべく大きくはっきりと打っていきましょう。ティンパニは、この基本のリズムを崩さずにアレンジしていきます。お年寄りによっては、中央の指揮者を見つめ、手の動き真似て上下に鈴を振っている方もいれば、ティンパニの音に合わせてカスタネットを打っている方もいます。どれも間違いではないので全てOKです。このように演奏中は視覚からはもちろんですが、聴覚からの情報も大切です。

 ここから先は、練習の時に実際に演奏を聴きながら頭の中で行なう作業です。指揮をしながらでもよいので、片手には赤ペンを握っていてください。“ここぞ”と思うところがあったらチェックです。たとえば、ここにワンポイントと感じたり、何か変わった音がほしいとか、繰り返しのための間奏が必要だと感じたら・・・何でもよいので書き込みましょう。逆に歌詞の区切りや間奏などで、リズムが“何か変だな”と感じたらその部分だけ赤丸をしておき、先へ進みましょう。練習後にデスクワークで楽譜を完成させていく時の、大きな手がかりになります。

 要するに初めは、必要なものはいただいて、いらないものは捨てていくのです。後でいくらでもまた拾ってこられるのですから。

 このようにして最初にできた手作り楽譜が全てではありません。練習中に何度でも手を加えていきます。アイデアとインスピレーションを大いに働かせましょう。

 そうして一応楽譜が出来上がりました。バイオリンとピアノの伴奏譜はほとんど変わりません。ただし繰り返しの時の間奏部分で、四拍分は間が欲しかったので、四分のニ拍子で三小節に直しました。

 総譜ができあがると、各パート毎にパートリーダーが手書きのパート譜を作成します。B4の上質紙に書き込んでいくわけです。しっかりした紙でないと長持ちしませんし、窓からの風で飛んでも困るからです。

 五線譜はいりません。長方形のマスを作ります。一つのマスが一小節分です。パートリーダーによって表記方法も異なってきます。

 音符であったりイラストであったり、トンウントントンといったリズムを言葉に変えたものであったりします。サインペンを駆使して、ポイント毎に目立つようにします。とにかく創意工夫を凝らした、通称“絵楽譜”が出来上がります。

 さて、指揮者もパートリーダーも手作りの楽譜で演奏に臨みます。こうすることで、例え既成の曲であっても私たちの曲という実感が湧いてくるのです。また私たちの曲ゆえに途中での編曲がいくらでも可能なのです。

 パートリーダーの人数に余裕のある時は、パートを増やし、リズムの掛け合いも楽しめます。逆にリーダーが少ない時にはパートを増やさずに、何種類かの楽器が合同で同じリズムを演奏するのも迫力が出て楽しいものです。

 私たちの楽譜は頼るものではなく、あくまで目安として存在しています。理想を言えば、伴奏に乗って自然に体がリズムをとり、それに伴い楽器がリズムを刻むといったところでしょうか。何十回、何百回と同じリズムを打って、体で覚えてしまうことが先決です。

 意欲や集中力は音に現れてしまいます。パートリーダーは楽譜上に記されているテンポや記号を意識するのはもちろんですが、なるべく平常心を心がけましょう。なぜなら演奏者は素人です。毎回同じ演奏とはいきません。そういった場面で、臨機応変に対応していける余裕をもっていってほしいからです。

 最後に一言親心から・・・パートリーダーは努力を惜しんではいけません。苦労した分は、必ず自分自身の糧となります。楽な道を選んでばかりいると、年月は経っても何も成長しません。

 さあこれで意欲が湧いてきたことでしょう。今から仕切り直して、何にでもトライの精神で頑張りましょう。

 ピアノが弾けなくても、楽譜が読めなくてももう大丈夫ですね。これからは、何のプレッシャーも感じることなく、まずは人と人のネットワーク作りに取りかかりましょう。

 

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