「おかくら」板前・勉ちゃん。いつも笑顔を絶やさない勉ちゃんだが、かつらむきをしながら何を思っているのだろうか。ここでは勉ちゃんの日記から、勉ちゃんの本音を探ってみたいと思う。

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2002年4月4日 晴れ
 今日はよう働いたわ。急に馴染みの社長さんから、社員に夜桜見物させたいからって弁当の注文頼まれて。親方は手が震えて、盛り付けしかできへんし、タキさんは弁当包むことぐらいしか能がないし。結局、弁当の中身、全部僕が作ってしまった。まあ、いつもの事やから仕方ないけど。それにあの社長さんから、無理な注文聞いてくれたからって、謝礼金も貰ってしまったし(これは狙い通り)、良しとするか。
 ひと休みしようと思ったら、本間のばあさんが現れて、またひと騒動。首にギブス付けたら、少しは静かになるかと思ったら、いつも以上にやかましいのなんのって。「勉ちゃん、水!」って、僕はアンタのお手伝いじゃないちゅうねん。それにしても、僕がこっそり本間のばあさんの車に細工したこと、バレてないやろな。あんまりウルサイんで、つい出来心でやってしまったけど。
 ところで今日は親方が突然いなくなってしまったけど、どないしたんやろ?タキさんはワールドカップについての組合の会合に行ったとか言っとったけど、そんな会合、どこの世界にあるんかいな!僕はゴマかされへんで!親方は時々ボケて徘徊するようになったんや。タキさんはそれを必死に隠そうとしとるんや。まあ、盛り付けとまな板拭きしかできへん親方がいなくたって、この勉様がいれば、事足りるけど。
 それにしても、今日は意味もなく岡倉姉妹が訪ねて来たなぁ。ヒマなんかいな。葉子はんは相変わらず、政子のばあさんと宗方のエロオヤジとつるんでるらしいなぁ。僕と結婚して一緒に「おかくら」継いでくれたらええのに。そうすれば、「おかくら」は僕のもんや。タキさんが、岡倉の跡取りはいないんだから、ヒナちゃんがなればとか、アホなこと言っとったっけ。あの時、一応大笑いして見せたけど、はらわた煮え繰り返っていたんや。この僕がおるやろう、三色丼、焼肉丼、むすび、そしてちらし寿司と次々人気メニューを連打している、アイデア料理人・宮部勉様が!
 あ〜疲れた。英作はんが帰ってきて、明日から食事も余計に作らんならんようになったし。今日は早よ寝よ!

2002年4月11日 晴れ
 今、京都行きの鈍行電車の中で、この日記を書いている。親父が倒れたらしい。妹は「まっ、ちょっと疲れただけみたいよ。ノープロブレム!」って言っとったけど、僕が親方やタキさんに“ノープロブレム”を“脳梗塞”と言い間違ってしまって、大騒ぎになってしもた。でも、親方は早く帰れって、お金もくれはったし、神様がくれた休暇やと思って帰ることにした。でもタキはん、5千円しか用意してくれへんかった。これじゃ片道の新幹線代にもならへん!だから、鈍行で帰ることにしたわ。
 ところで英作はん、夕べ帰ってきたと思ったら、今日病院へ行ってそのまま入院してしまった。せっかく英作はんの分の食事を用意したのに。まっ、ええか。長子はんも、しばらく病院で付き添う言うてはるし、これで長子はんの分の食事も作らんで済むわ。でも、英作はんが救命センター辞めて、「おかくら」へ戻ってきたら、どないしよう。結局、食事の用意、1人分増えるやないか。まったく人の迷惑も考えず、簡単に辞めるだなんて言ってくれるわ!
 それと文子はん。望くんの入学式だったとかで、亨さんと3人でやって来たけど、相変わらずの教育ママぶりやったな。けったいなピンクのスーツもどうにかして欲しいわ。それにしても、ギターのどこがあかんのや。手先が器用になって、ええやろ。文子はん、望くんにギターを教えている“ギターのお兄さん”が、ほんまは僕だってこと知ったら、驚くやろな。これは望くんと僕だけのヒ・ミ・ツ!それにしても望くん、今日も声デカかったな。あんなに一所懸命喋らんでも。きっと、耳の遠くなった親方に気を使ってるんやろな。ええ子や。
 あっ、電車が止まった。どないしたんやろ?停車駅でもないのに。えっ?!人が線路の上を歩いている?!誰やそんなケッタイなことする人間は!ん?あっ!あれ親方やないか!親方、ボケてこんなところまで徘徊するようになったんか。どうやってここまで来たんやろ?まっ、ええか。関わったらややこしくなるよって、知らん振りしとこ!

2002年4月18日 晴れ
 何やオヤジの奴、ピンピンしとるわ。オヤジ、阪神の連勝で大喜びして、酒に酔って清水の舞台から飛び降りたらしいわ。ホンマ人騒がせなオヤジや。まっ、奇跡的にカスリ傷ひとつ負わなかったのは不幸中の幸いや。僕もいい休みが取れたし。
 今日は暇やったんで、久しぶりに一日中テレビを見た。まずは6チャンの「おはよう朝日です」。これこれ!東京ではやってへんさかい、懐かしいわ。アルバイトでウサギの着ぐるみ着てたのが、昨日のことのように思い出されるわ。続いてみたのが同じ6チャンの「スーパーモーニング」。...な、なんやこのヘッタクソな司会は。まえだぎん?なんや役者か。なんで役者がワイドショーの司会なんかしてんねん!自分の力量をわきまえろっちゅうねん!
 そうや!「おかくら」に電話せな。僕がいなくなって、さぞかし大変やろうなぁ。まっ、この勉様の有難味が骨身にしみとるやろう。...あっ、もしもし「おかくら」ですか?僕です、勉です。...えっ、もしもし。...お前、誰や!...あっ、切れてしもうた。今のちょっと鼻にかかった若い男の声、誰やったんやろ?まだ子供みたいだったけど。ま、まさか、僕の後釜か?!そんな〜!僕が店を出てきて、まだ一日しか経ってへんのに、もうどっかから後釜連れてきたんか?エライこっちゃ!すぐに東京へ帰らなアカン!

2002年4月25日 晴れ
 今日、おかくらを訪ねた。正直にオヤジの脳梗塞はデタラメだったと言って、謝るつもりやった。それなのに、あのタキのバアサン、僕の顔見るなり、ドアを閉めよった。どうもあのバアサン、親方や英作さんには「ずっと危篤状態が続いてるとかで、今朝も当分帰れそうにないって電話が...」なんてデタラメ言っとるらしい。いくら電話しても、あのバアさんしか出えへんし、僕の声を聞くなり、ガチャンと電話切ってしまいよる。どうやら、あのバアサン、森山とかいう若い従業員が気に入ったみたいや。クッソ〜!僕が京都に帰ったその日に新しい従業員入れるやなんて、ほんま殺生な店や、おかくらは!
 そやけど、僕かて黙って引き下がる男やない。今日、野々下さんに会うて、ちょっと入れ知恵してやった。「加津ちゃん、森山クンの事、好きみたいですよ。父親やったら何とかしてあげたら、どないですか」って。そしたら、あのオッサン、将来の娘婿として森山の面倒見るとか言い出しよった。作戦成功や。これで森山がいなくなれば、またおかくらは大変なことになる。また僕が必要になるという訳や。あっ!野々下のオッサンがおかくらへ入っていった!上手くやってくれよ。でなければ、もう二度とお昼のワイドショーは見いひんさかい!

2002年5月2日 晴れ
 結局、野々下のオッサン、森山を引き抜くことに失敗しよった。ホンマ役立たずなオッサンや。しかも今朝、おかくらを偵察に行ったら、本間のバアサンの「もう勉ちゃんが帰ってきはらへんでも、おかくらは安泰!」というデカイ声が聞こえてきよった。つくづく思うが、あのバアサン、変な大阪弁喋りよるなぁ。まるでお芝居してるみたいや。って、そんなことはどうでもええ。僕がおらんでも「おかくらは安泰」やと!そんなアホな!
 しばらくしたら「ごはんや」の配達に、あかりさんがやって来た。あの人、水耕栽培始めるときにタキさんから金借りてたはずや。その金が返せんとタキさんに顔向けでけへんから、おかくらは敷居が高いって言うとったはずやのに、なんやあの笑顔は。いわきの和夫さんは、まだ半分しか返してへんのやで!聞き耳たてたら、あかりさん「勉ちゃんがいなくたって、立派に商売できちゃうじゃない。壮太クンみたいによく働く子も来てくれたし」だって!ホンマにヤバイわ!このままでは俺の居場所がなくなってしまう!しかも、あのタキのバアサン、俺に代わって“むすび”を握っているらしい。あれは俺の専売特許や!勝手なことしてくさるな!一体どうやって“秘密の具”を知ったんや、あのバアサンは!
 クッソ〜!もう我慢できへん!おかくらに乗り込むわ!親父の件は何て言おう。まあ、ええわ。半身不随になったとでも言おう。そう言ったら、親方も同情してくれるやろう。あっ、それと森山のことは、全く知らないフリせな。思いっきりの笑顔で「へぇ、そんな子が来てくれてたんですかぁ。良かった」とかましたろ。自分がいない間、お店が助かって良かった、でも、これからは僕がいるから、森山がいなくても大丈夫、ってこと強調せな。京都土産の八つ橋OK!疲れ切った顔のメイクOK!よ〜し、おかくらへ、いざ出陣!

2002年5月9日 晴れ
 ヤッタ〜!ついにおかくらに復帰できた〜!京都の店の件は、僕が知らん間に妹が継ぐことになったってデマカセを言うたったが、まさか本気で信じるとは思わんかった。普通に考えたら、オカシイって気付くやろが!だいぶ前から妹が継ぐことが決まってたなら、何のために僕がおかくらで板前修業してるっちゅうねん!まあ、親方もボケとるから仕方ない。京都のオヤジはピンピンしとるし、その内、京都の店とおかくらを天秤にかけて、どっちの店をもろうた方がいいか、じっくり考えるよって。
 タキのバアサンも、うまいこと黙らせることができたし。あのバアサン、裏家業で家政婦協会の会長してんねん。のぞき趣味の家政婦なんかがいて、黒い噂が絶えない協会らしい。その裏家業でタキのバアサンときたら、「幸楽」の聖子とかいうデブを金持ちの家に差し向けて、金を盗ませようとしたらしいわ。聖子には「幸楽」で500万円持ち逃げした前科があるらしくて、その腕を見込んでのことやったらしい。でも、聖子が予想以上にドンくさい女で失敗したらしいけど。そんなことが親方の耳にでも入ったら、おおごとや。タキのバアサンは間違いなくクビ。聖子の名前だしたら、あのバアサン、顔が青ざめよった。いい気味や。親方の前で白々しく「勉ちゃん、一生ここにいて頂戴。勉ちゃんと壮ちゃんとアタシが旦那の手足になって。ねっ!勉ちゃん」やって、ホンマよう言わんわ、あのバアサン!
 さて...問題は壮太や。あのガキ、どうやっておかくらから追い出したろか。まず壮太には「オレがいる限り、一人前にしてみせる!辛抱して付いて来るんや。ええな!」とか言うて、頼れるアニキ像を演じる。それからはジワジワと、しかし確実にイビリ倒していく。そうやなぁ〜、例えば掃除の仕方、ガラスの拭き方がなってない、そんなことでは一人前の料理人にはなれへん!とか言うて。ガラス拭きなんて、ホンマは料理こしらえるには、な〜んも関係ないけど。第一、親方からして板前になる前も、なった後も家の掃除なんかしたことあらへんもん。あっ!でも親方、ガラス拭きはせえへんけど、まな板拭きはようしとるなあ(笑)。
 あと今日のビッグ・ニュース!ついにあの上げ膳据え膳のワガママ女・長子が大阪へ帰ることになった!バンザ〜イ!英作はんが救命センター辞めたと聞いたとき、まさかおかくらの後継者になるんでは?って危惧したけど、大丈夫やった。聞いてみたら、メス握るのが怖くなったらしいわ。そんなんでは、メスの何倍もある出刃なんか使いこなせる道理がないっちゅうねん。これであの親子のタダメシ3人分、こしらえんでもようなるし。まさに運はこの天才料理人・宮部勉様に向いてきたっちゅう訳や〜〜!!

2002年5月16日 晴れ
 一体どないなっとんねん、英作はん!先週まで大阪帰るって言うとったやないか!それが急にまた「おかくら」に残るやなんて。まったく少しは自分の言葉に責任持て言うねん。由紀とかいう妹にねじ込まれて、大阪行きをあきらめたやなんて、ホンマに情けない男や。
 しかし、僕は見てしまったんや。由紀はんが「おかくら」を出て行く時、タキのバアサンがこっそり金を渡すところを。どうやらあのバアサンが金にモノを言わせて、由紀はんをけしかけたらしい。本間病院はまだ借金を抱えているらしく、由紀はんもタキのバアサンの口車に乗ってしまったんや。あのバアサン、長子はんがいなくなると、“長子はんの世話をする”という自分の役目がなくなって、お払い箱になるのを恐れたらしい。だから、長子はんの大阪行きを阻止するために、由紀はんを呼んだらしいわ。2階の長子はんや由紀はんたちにお茶持って行って、なかなか戻ってこなかったのも、部屋の外でずっと聞き耳立てとったからや。ニコニコしながら戻ってきたのは、英作はんが大阪行き諦めたのを見届けたからに違いない。そういえば昨日、タキのバアサンがヒナちゃんに「大阪は怖いところですよ。千と千尋みたいに神隠しにあっちゃいますよ」とか言うてたけど、あれもヒナちゃんに「大阪は嫌い」って言わすためやったんや。ホンマに何から何まで差出がましいバアサンや!
 あ〜あ、これでまた、あの親子3人分のタダメシこしらえなアカン。けったクソ悪いな!よし、今日は行き付けのバーにでも行って、思いっきり飲んだるわ!今日はさゆりちゃん、出勤してるやろか。僕のイチバンのお気に入り、さゆりちゃん♪バーの明かりが暗くて、顔はあまり見たことないけど、体はかなり肉感的やねん。グフフフ、よ〜し、今夜あたり、ホテルにでも誘ってみよう。まさか断りはせんやろ。何しろ、さゆりちゃんには30万円も注ぎ込んだもんな。まっ、その金も「おかくら」からこっそり抜き取った金やけどね!

2002年5月23日 晴れ
 全く、あかりはんには参ったわ。こともあろうに、僕の専売特許である“むすび”の具を教えてくれやなんて。虫がいいにも程がある。親方も親方や。僕のむすびを勉強したいというあかりはんに「バカなことはよしなさい」やて!この勉様のむすびをバカにしとんのか!自分は手が震えて、むすびの一つも満足に握れんクセに!まあええわ。ここは気前よく、教えてやった方が「おかくら」での僕の好感度もグンとアップするやろ。それに、むすびの出前なんて儲かる訳あらへん。すぐに撤退するに決まっとる。まっ、しばらくの間、あかりはんの夢に付き合ってあげよ。なんて心優しい男なんだ、僕って♪
 それにしても、今日も親方の親戚やら知り合いやらが、ぎょうさんやって来よった。眞ちゃんに、野々下のオッサンに、説教垂れのブス小学生・加津に、しゃくれの隆に、文子はんに望くんまで。特に文子はん!あの気持ち悪い喋り方、やめて欲しいわ。いったい自分の歳、いくつやと思ってんねん。相変わらず、望くんのギターのことで大騒ぎしよってからに。でも、なんで望くん、急に音大行きたいやなんて言い出したんやろか?まさか僕が「才能あるよ、望くん!音大行かな、もったいない!」とか適当に言うたこと、真に受けたんちゃうやろな。望くん、頼むで〜。ホンマは僕が望くんのギターのお兄さんやって、バラさんでくれよ〜。正直言うて、望くんのレパートリー、ゆずの「嗚呼、青春の日々」と植木等の「スーダラ節」の2曲しかあらへんやないか。そんなんで音大入れると思うたら、大間違いや。そんな勘違いさせてしまって、なんて罪深い男なんだ、僕って♪
 ところで今日、あかりはんが帰った後、タキのバアサンがヒソヒソ声でどこかへ電話しとった。あのバアサン、親方の耳が遠いことをいいことに、タダ電いろんなところにかけとるさかい、注意せな思って聞き耳立てたら、どうやらいわきの和夫はんに電話してたらしい。「いくら投資したお金だからって、半分しか返さないっていう道理はございませんでしょう。アタクシ、あかりさんのお顔を見る度にハラワタが煮えくり返る思いをしているんでございますのよ。和夫さん、差出がましいようですが、あかりさんと再婚なさったらいかがですか?あかりさんがいわきへ移られて、こちらにお顔をお見せになることがなくなれば、アタクシもお貸ししたお金のこと、きれいサッパリ忘れることができるというものでございます...。」い、いったいこのバアサン、何を企んどるんや!そう思うた矢先、電話を切ったタキのバアサンがデカイ声で独りごと。「ホホホ、あかりさんにむすびの具の秘密を知られてたまるものですか!むすびの利権はいずれ、このアタクシが勉の奴から奪い取るつもりなんでございますから。」...壮太の前に、まずこのバアサンを何とかせな...。

2002年5月30日 晴れ
 先週のタキのバアサンの企み、いわきの和夫はんとあかりはんを再婚させて、あかりはんにむすびの出前を諦めさせるという作戦、失敗に終わったようや。いい気味や!こうなったら、何がなんでも、あかりはんにむすびの具の秘密を教えるさかい。タキのバアサンにむすびの利権を取られるくらいなら、あかりはんに具の秘密を教えて、ロイヤリティ取った方が、どれだけマシか知れやしない!今日、良はんが来たから、ダメ出しのつもりで、むすびの話題出したった。そしたら、タキのバアサン、苦虫噛み潰したような顔しよってからに。いい気味やと思ったのも束の間、良はん、むすびの出前のこと、な〜んも知らんかった。そんなアホな!さらに突っ込んで聞こう思うたら、タキのバアサンが「良さんご存知ないなら、本気で仰ったんじゃないのよ!」と口を挟んできよった。クッソ〜!良はんが帰った後、あのバアサン、「ホホホ、むすびの件、これで一安心できるというものでございます」とガッツポーズしよってからに!ホンマ、ムカツク!あかりはんも、自分の父親くらいしっかり根回ししとけっちゅうねん!
 壮太の奴も、親方と英作はんの話に首を突っ込んだりして、ナマイキや!誰もお前の母親への思いなんか聞いてないっちゅうねん!何かというと、自分の不幸だった境遇を引き合いに出してからに。「母親がいなくなっちゃうと、ウルサクたっていい。いてくれたらって思いますよ。俺、本間先生が羨ましかったな」やて。アホか!あんな口やかましい顔デカ女の常子が母親なんて、誰が羨ましがるねん!親方や英作はんにゴマをするのも、ええ加減にせえ!しかも壮太の奴、なぜか喋る度に首を小刻み動かしよる。見ていてせわしない思うとったが、どうやらあれも親方に対するゴマすりらしい。手の震えなんて気にすることはない、自分は首が震えちゃうちゅうことらしいわ。ようやるわ、壮太も。
 まあ、今は壮太のことより、タキのバアサンや。何とかしてあのバアサンを追い出す方法を考えな。そうやな、もう一度、由紀はんに来てもらおか。但し、今度は英作はんを大阪に連れていってもらうために。英作はん一家がいなくなれば、“長子はんの世話をする”というタキのバアサンの役目もなくなって、あのバアサンはお払い箱や。よ〜し、今から大阪の本間病院へ電話や。本間病院は借金が残っとるみたいやからな、京都のオヤジの店の金持ちの常連さんを、ぎょうさん病院に紹介するとか言うたら、喜んでやって来るやろう。タキのバアサン、そろそろ年貢の納めどきやで〜!
 P.S.昨日は五月はんの誕生日やった。僕はすっかり忘れていたけど、タキのバアサンが親方にお祝いがどうのこうの言うのを聞いてしまった。後からこっそり電話で「幸楽」の勇はんに教えてやったら、えらく感謝されたわ。勇はんも忘れとったみたいで、五月はんにケーキをプレゼントするとか言うとった。グフフフ、こうやって方々に僕の味方を付けとけば、いざというときに安心や!

2002年6月6日 晴れ
 まったく、由紀はんと伸彦はん夫婦にも困ったもんや!なんで、英作はん説得するのに、常子はんを呼ばんのや!自分たちだけで、英作はんを説得できると思うたんか。翌朝、常子はんがやって来たけど、後の祭りや。タキのバアサンときたら、何しに由紀はん夫婦が来たのか気になったらしく、親方がええ言うてるのに何度もお茶持って様子を見に行こうとしてからに。タキのバアサン、英作はんが大阪行きを断ったと聞いて、大喜びや。クッソ〜!い、いまに目にモノ見せてやるわ、タキ!
 それより大問題発生や。今日、親方が文子はんに呼ばれた。まぁ親方がおらんでも、「おかくら」の営業には何の支障もあらへんけど、問題は望クンや。本気で望クン、音大に行くつもりらしい。しかも望クン、音大の受験に必要なピアノをギターのお兄さんに習うとか言うてるみたいや。僕はピアノを教えるなんて、言うた覚えないで〜、望クン!いくら音大行きたいからって、ウソはアカンよ。そりゃあ、望クンは才能あるから音大行った方がええって、口からデマカセ言うた僕も悪いけど、それを真に受けた望クンも望クンや。今からピアノ習う言うたかて、2年後の試験には間に合う訳ないっちゅうねん!望クン、僕はね、君が音大へ行こうが行くまいが、どっちでもええの。僕のむすびのテーマソング「おむすび天国」さえこしらえてもろうたら、それで充分。歌詞はもうできてんねん。♪むすび、むすび、むすび〜、むすびを食べると〜、かつら、かつら、かつら〜、かつらむきが上手くなる〜♪って、あれ?なんやメロディーもできとるやないか(笑)。もうええわ、望クン。君はもう用なしや。好きに音大へでもどこへでも行ったらええ。但し、僕がギターのお兄さんやったいうことだけは、バラしたらアカンで!そんなことしたら、
望クンのあの秘密、文子はんにバラすよってからに!
 それと葉子はんがあの宗方のオッサンと結婚するらしいわ。なんで僕やのうて宗方のオッサンなんや!僕の方があのオッサンより若いし、親方にも気に入られておるよって!やっぱり金の力なんかいなぁ...。あ〜あ、今日は憂鬱や。よし!こんなときは壮太をイビるのに限る!あのガキ、「君がここにいる限り、板前にするつもりでビシビシやるからね!」って言うたら、「ハイ!よろしくお願いします!」とか返事しよってからに。暗に出てけ言うてるのが、分からんのか。ホンマ真性のアホやな。まあええ、いたらいたで僕のストレス解消になるさかい!

2002年6月13日 晴れ
 今日、あかりはんがむすびを持ってきよった。僕のレベルには到底及ばんけど、取りあえずタキのバアサンの「むすび利権奪取」の目論みは崩れた訳で、僕は満足や。それにしても親方、むすびを持つ手がブルブル震えて、ごはん粒ボロボロこぼしよった。まな板の上、ごはん粒だらけや。それを壮太が片付けようとしたから、注意してやったわ。「壮太!ええか。まな板拭きは親方の大切な仕事や。一人前のまな板拭きになるのに、どれだけかかると思うてんねん!僕かって、拭かせてもろうてないんやで!10年早いわ!!」って言うたら、壮太の奴、真っ青な顔して「ス、スミマセン!俺、早くまな板が拭けるように頑張ります!」やて。誰が聞いても冗談って分かるやろう。ホンマに、壮太はアホや。あんまりアホやったから、「まな板を拭くことはできなくても、まな板の上のごはん粒を拾うことは、やってもええで。但し、ごはん粒は捨てたらアカン。お米一粒にも五分の魂言うてな、拾うたごはん粒、謹んで食べるのも立派な修行のひとつや」って、からかってやった。さすがに、これは冗談て気付くやろうと思うたら、「そうっすか。分かりました。俺、親方のこぼしたごはん粒、謹んで頂きます!」って、食べよった。もしかしたら、コイツは大物になるかもしれん...。
 それにしても、なんで親方は葉子はんの婚約パーティーの料理、断りはったんやろ?パーティーには、宗方はんの知り合いの政財界の大物がぎょうさん来るやろうに。この勉様の腕前を、広く知らしめる絶好のチャンスやないか!それとも、葉子はんと宗方はんの婚約には、何か裏があるんかいな?そういえば長子はんの「指輪まで貰っちゃって。自分で自分の首、絞めてるようなもんじゃないの」っていう言葉も気になるわ。
 あっ、もうこんな時間や。明日のW杯の日本戦に向けて、サッカーボール型のむすびをこしらえな。白飯を丸く握って、海苔でサッカーボールの模様にする勉様のアイデアむすびや。これをぎょうさんこしらえて、渋谷にたむろするサポーターに売りまくるんや。具なんてどうでもええ。興奮したサポーターは、サッカーボールの形してるだけで、買うやろ。まさにW杯様様や。あかりはん!商売ゆうのは、機を見るに敏でなければアカンで!

2002年6月20日 晴れ
 いくら何でも望クン、ムチャクチャやぁ〜!文子はんが反対するなら、家を出て「ギターのお兄さん」のところで世話になるやて?!僕はそんな約束してないちゅうねん!ギターのお兄さんはお金持ち?!まあ、好きな競馬で儲けたりして、そこそこ金は持っとるけど、望クンの世話するほど持ってへん。音大諦めて、父親の会社を継ぐために大学院で経済学を専攻しているやて?!音大やない、関大!関西大学諦めて、京都の親父の店継ぐために「おかくら」で料理の修行と店の経営の勉強をしとる言うたのが、なんでそんな話になるかなぁ〜。まぁ、これも望クンなりの僕への配慮やろな。バカ正直に言うたら、僕が「ギターのお兄さん」やとバレてしまうよって、オブラートに包んで話したんやろ。オブラートに包み過ぎて、真実が見えんようになってるけど(笑)。
 とにかく僕のウチに来られたら迷惑や。何とかして、文子はんの家に残るか、「おかくら」へ置いてもらえるようにせな。そこで壮太の登場や。壮太に「ええか。夜になったら、文子はんが来る。そしたら望クンの味方をするんや。『ギタリストの夢を諦めるな』とか言うて。お前の言葉に文子はんが納得すれば、望クンは家に帰る。もし文子はんが納得しなくても、親方だったらお前と望クンの夢持つ者同士の熱い友情を見せつけられたら、『おかくら』で預かる言うやろう。全ては望クンのためや。」って言うたった。そしたら壮太の奴、「そうっすね。俺、望クンのために一肌脱ぎます!俺も望クンに自分の夢叶えて欲しいから!」やて。僕の企みも知らず、壮太の奴、ホンマ単純な奴や。それと望クン、ちゃんとハワイの亨はんに「音大へ行きたい」って手紙書いたやろか。メールはアカン、気持ち伝えるには長い手紙が一番や、って言うたったけど。そろそろ亨はんから、リアクションがあってもオカシくないんやけどな...。
 ところで、壮太の奴、最近「おかくら」で妙な動きを見せてるらしい。夜な夜な家の中をかぎ回ってるらしいわ。この間なんか、夜中に帰ってきた英作はんに見つかりそうになって、「タキさんに頼まれて、お夜食の用意しておきました」って、いかにも英作はんの帰りを待っていたようなこと言うてたらしい。翌朝、英作はんから礼を言われたタキはんが、キョトンとした顔しておった。そういえば壮太の奴、この間電話で「僕、包丁研ぐの上手くなったんだよ。
フフフ、これなら包丁で何を刺しても切っても、研いじゃえば痕跡は残らなくなるしね。もう少しだからね、待っててね、父さん。」...ま、まさか〜!エ、エライこっちゃ...。

2002年6月27日 晴れ
 北原社長はんが、隆クンの誕生パーティーを「おかくら」でやりたい言うてきよった。また迷惑な話や。どうせ親方のことやから「アタシからのね、隆クンへのお祝いの気持ちです」とか言うて、料理の代金受け取らんに決まってるよって。またタダめし、こしらえなあアカンわ。壮太は壮太で、料理人になる覚悟できただの、もう迷わないだの、バカのひとつ覚えを繰り返しておるし。うっとうしいねん!お前の覚悟は聞き飽きたわ!そんなムダ口叩いている暇があったら、包丁の一本でも研げっちゅうねん!...はっ!ほ、包丁!壮太の奴、先週から目立った動きは見せておらんけど、いったい何を企んどるんやろか。取りあえず、包丁研ぎの修行は止めや...。
 企みといえば、葉子はん。太郎はんがやって来て、宗方のオッサンが借金だらけや言うとった。やっぱりな!あのオッサン、どこかウサンクサイと思うとったんや。あの満面の笑みが怪し過ぎると思うとったけど、借金抱えとったやなんて。これで葉子はん、婚約を解消するかと思いきや「宗方さんをキズつけるようなことだけは、したくないんです」言うて、知らんふりするらしいわ。ああ、なんて心の優しい女性なんや、葉子はんは!宗方みたいなオッサンにはもったいない!...と思うた矢先や。帰り際、葉子はんと太郎はんの会話を聞いてしもうた。「サンキュ!太郎。これで誰からも文句言われずに、宗方さんと婚約解消できるわ。」「何言ってるんだよ。俺と葉子の仲じゃないか。葉子のためだったら、宗方が借金してるなんて作り話、いくらだってこしらえてやるよ。」「あとは、マンションが完成するまでに、ホントに宗方さんに借金してもらわなきゃね。」「ああ、その件なら、とっくに手は打ってあるさ。俺に任せといてよ、葉子。」...葉子はん、アンタも何か企んどったんかいな!
 しかし、もっと恐るべき企みを持った女がここに一人。タキのバアサンや!今度の日曜、タキのバアサン、午前中から午後5時頃まで店休みたい言うとった。何で休むのか?「教えてくれはったってよろしいやないですかぁ。みずくさい。」言うて聞き出そうとしたけど、親方に邪魔されてしもうた。「何も聞かない愛情ってのもあるんだよ」ってホンマ、邪魔くさいオヤジやっ!さっき落とした調理皿、とっとと拾って洗えっての!でも、僕は知ってるで!タキはんが今度の日曜、何をするのか。タキのバアサン、どうやらホストクラブに入れ込んでて、そこの“Kouji”とかいう新人ホストに熱を上げてるらしいわ。何でもそのホスト君、買い物行ってくれたりして、年配の女性に大人気らしい。タキはん、そのホスト君を他のオバハンたちに取られたくないもんやから、デートに誘って何かを貢ぐつもりに違いない。ホンマ、自分の息子の久光はんより若い男をモノにしようだなんて、タキはんも怖い企みを持ったバアサンや!

2002年7月4日 晴れ
 今日、駅前のトシオ君から、おもろい話を聞いたわ。昨日の日曜、調理師の試験会場でタキはんと若い男を見かけたらしい。トシオ君の話やと、受験したのはタキはんやなくて、一緒にいた若い男の方らしいわ。2人は休み時間の間、ずっとジャレあってて「浩ちゃん、大丈夫よ!絶対受かるから。オバサン、見守っててあげる♪」「俺、○○では出前持ちしかやらせてもらえなくて、スッゲー不満だった。でも、ホストクラブでタキさんと出会ってから、人生が変わったんだ。俺、絶対調理師の資格取って、○○の連中を見返してやるんだ!」「そう!その意気よ、浩ちゃん!合格したら、ご褒美にビフテキ奢ってア・ゲ・ル♪」...やっぱり、新人ホストと会ってたんや。しかし、その“浩ちゃん”ゆうのは、どこの誰なんや?一度探りを入れな、アカンな...。
 「おかくら」に戻って、タキはんに「昨日の日曜日、トンデモナイとこで、タキさんを見かけたという人がいましたよ」言うたら、タキはん、何の返事もせんと、長子はんたちに食事を運んで行きよった。後から長子はんが「食事を運んできたタキさんの顔、スゴク青ざめていたわ。口の中で『どうしましょう、どうしましょう』とか言って。心配して、お醤油切れたフリして様子を見に行ったんだけど、なんだ皆に黙って調理師試験受けてたことがバレて、焦ってただけなのね」て言うとった。違う意味で焦っとったんや、タキはんは。それにしても、神経の図太いバアサンや、タキはんも。しらっと自分が試験受けたことにしてからに。しかも、それを信じ込んでいる親方も親方や。親方や僕に気付かれずに、一年も勉強できる道理なんて、ないっちゅうねん!親方もなんでオカシイて思わんのかなぁ?どうせ、試験結果の出る7月末になったら、「アタクシ、試験落ちてしまいました。でも、受けただけで満足です。ホホホ...」とか言うてゴマカすに決まっとる。あっ!でも、親方のことやから、1ヶ月後には、タキはんが試験受けたなんて話、すっかり忘れてしまいよるかも(笑)
 それにしても、壮太の奴、タダもんではないな。タキはんの話に騙されたフリしてからに。「ごはんや」の配達にやって来た良はんに、「...どうやら出前持ちらしいんですよ。名前を“浩ちゃん”っていうらしいんですが、良さんの知り合いの飲食店に、そんな人いませんかね?情報通の良さんだったら、すぐに分かると思うんですが」って壮太の奴、早速タキはんの相手の探りを入れよった。いくら情報通言うたかって、良はんが知ってるのは「おかくら」と「幸楽」のトラブル話だけやろと思うた矢先、「ああ、それなら知ってるよ。多分...」と良はん。耳澄まして聞こう思うたら、
「べんちゃん!さっきのヒラメね、やっぱ刺身にしよう!」と親方が大声出しよった!肝心なところが聞こえんかったやないかっ!ホンマ、邪魔くさい親父や、親方はっ!刺身でも何でも好きなようにしたら、ええがなっ!!「毎度あり〜!」と言うて帰って行った良はんを、ほくそえんで見つめる壮太。い、いったい誰やったんや、タキはんの相手は?!

2002年7月11日 晴れ
 ついに、あかりはんがむすびの移動販売を始めるらしいわ。機械で握ったとかいうむすびを持ってきよったけど、あれじゃアカン。やっぱり人間の手で握ったむすびには、敵わんさかい。けど、ここで正直にアカン言うたら、またタキのバアサンがむすびの利権を狙ってくるさかい、取りあえずホメといた。まっ、あかりはんが成功しようが失敗しようが、僕には痛くも痒くもないさかいに、勝手にやってんかぁ、あかりはん!しかし、勇気クンは全然笑わんなぁ。前からオカシイと思うとったが、あれには裏があるみたいや。勇気クンが握っている棒みたいなもの。てっきり、お菓子の筒かと思うとったが、実はあれ、勇気クンをコントロールする電波発生器らしいわ。何でも人間の耳には聞こえない超音波があそこから出て、勇気クンの表情をコントロールしているらしい。まっ、犬笛みたいなもんや。えっ?なんで、人間の耳には聞こえない超音波が、勇気クンに聞こえるかやって?それは...恐ろしくて言えへんわ。野田家末代までの秘密やろうな、それは。けど、それを「ごはんや」の配達に来て、僕に教えた良はんも良はんやけど(笑)。ホンマ、あのオッサン、おしゃべりや!
 親方も、あかりはんのむすび、とうとう口にせえへんかった。この間、手の震えでむすびのご飯粒ボロボロこぼしたの、気にしてるんやろか?そんなこと気にせんで、もっとボロボロこぼしたらええのに。そしたら、僕もまた壮太の奴をからかえるゆうもんや。今度、親方がご飯粒こぼしたら、壮太の奴に「親方のこぼした神聖なご飯粒や。それを鼻の下に貼りつければ、料理の上達も早くなる!」言うつもりやったのに(笑)。
 ところで壮太の奴、良はんからタキのバアサンの相手を聞いてから、何かを企み始めたようや。タキはんが調理師の試験、受けとらんこと知ってて「合格疑いナシなんでしょ!」なんて、タキはんに言うてからに。発表まで分からない言うてゴマかそうとしたタキはんを、さらに「だって、試験の後、出題の答え調べたら分かるじゃないですか」と追い詰める壮太。終いには、参考書貸してくれなんて、言うてからに。壮太もなかなかやるな。その後、タキのバアサン、どこかへ電話しよった。「...そうなの、参考書よ。今度お店に行ったときにちょうだい。...えっ、誰がそんなことを?聖子?ああ、あのブタが『ここが潰れたら、ヨソへ行けばいいだなんて、アンタそんないい加減な気持ちで働いてるの?』なんて言ったの?まあ、浩ちゃんは、働くばかりで儲けた金を使うヒマがない勇さんに同情しただけなのにねぇ。まったく聖子の奴、家政婦の仕事もロクにできなかったクセに。でもね浩ちゃん、くれぐれもホストクラブっていうヨソの店で働いていること、悟られちゃダメよ。それとも聖子の奴、浩ちゃんがホストで働いていることを知っててそんなこと、言ったのかしら...。」聖子?勇?...こ、幸楽やないかっ!タキはんの相手、幸楽の従業員やったんや!幸楽の従業員で「浩ちゃん」って呼ばれとる人物って、いったい誰や...。

2002年7月18日 晴れ
 昨日、壮太の奴がタキはんに「参考書、ありがとうございました!でも、裏表紙に“めざせ調理師一直線!浩次”って書いてあったけど、誰なんスか、浩次って?」ってニヤニヤしながら聞いとった。ついに壮太が動き始めよった!いったい、壮太はタキはんに何を要求するつもりやろか?金やろか?ま、まさか体?!お、お〜想像するだけでもオゾましい(震)。そしたら今日。急にタキのバアサンが、お昼休みの2時間ほど、壮太と一緒に出かける言い出しよった。一人前の料理人を目指す壮太のために、少しでも多くいい料理を食べさせたいいうことらしいわ。えっ?壮太の企みって、タキはんに昼メシおごってもらうことやったんかいな。あまりのしょーもない企みに拍子抜けしてしまって、僕なんか体が固まってしまったわ(笑)。もっとも壮太の奴、こっそり舌打ちして「なんだランチかよ。俺はディナーを要求したのに」言うとったけど...。まっ、2人いなくなった方が、僕も仕事がはかどって清々するわ!
 また、あかりはんが勇気ちゃん連れて訪ねてきよったけど、勇気ちゃんを店の座布団に寝かせるのは、勘弁してほしいわ。ヨダレがついてかなわんのや。客が座る座布団やで。しかも、勇気ちゃん、例の表情コントローラーを持っとらんかったから、抑制が効かず意味不明の言葉を発して、ウルサイ、ウルサイ。それにしてもあかりはん、むすびの商売が好調やなんて、何でウソつくかなぁ。良はんまで騙しよってからに。今朝の新聞に「新宿中央公園におむすび大量廃棄。おむすびを食べて食中毒になったホームレスが続出。現場近くにエプロン姿で無表情な赤子を抱えた不審な女性の目撃情報あり。」って記事が出とったで〜。きっと、犯人はあかりはんや。素直に商売が失敗したこと、認めたくないんやな。そりゃそうやろ、あれだけ大騒ぎして始めた商売や。今さら引くに引けんのやな。そやけど、なんで親方、そのこと突っ込まんのやろう?新聞読んどらんのかいな。まっ、もっとも僕が読んだ記事は、競馬新聞に載っとったんやけど(笑)。
 ところで、タキはんが入れ込んでいるホストの浩次とかいう奴、良はん情報によると、幸楽の出前持ちらしいわ。良はん曰く「名字がね、分からないんだよ。五月さんに聞いてみたけど『そういえば、浩ちゃんの名字って何だったかしら?』なんて言う始末だからね。でもね、勉ちゃんがどうしても知りたいっていうんだったら、調べてあげてもいいよ。その代わりね、来週から白メシの注文、今の2割増しにしてくれよ、へへっ!」...名字がない?どういうこっちゃ。名字に何か知られてはアカン秘密でもあるんかいな。何か匂うぞ...。
 タキはんと壮太が帰ってきて、壮太に「ランチ、どうやった?」って聞いたった。別に興味なんかなかったけど。「まあまあっスね。『プティ・エトワール』っていうフランス料理の店だったんスけど、タキさん、料理より店のオーナーと何やら話し込んでましたよ。その店のウェイトレスの女の子の顔に見覚えがあるらしくて。」プティ・エトワール?ウェイトレスの女の子?タキはん、また何かを企み始めたようや...。

2002年7月25日 晴れ
 昨日、野々下のオッサンと加津が訪ねてきよった。何でもあのブスガキ、壮太のことが好きらしい。壮太から何の連絡もないからって、父親利用して様子を見にきたらしいわ。ホンマ、最近の小学生はマセとるの〜。後から壮太の奴、からかってやったら「俺、今は料理の事で頭が一杯なんです!それにカズなんて、オカズにもなりゃしないっ!」なんて珍しく憤っておったわ。そんなに加津のこと、否定せんでもヨロシイがな。それとも、加津と親しいと思われたら、何かマズイことでもあるんかいな?
 今日、またタキのバアサンが壮太に昼メシおごりにいった。今度はイタリア料理らしいわ。ところで、先週のプティ・エトワールの件、どうなったんかいな?壮太の奴、何か掴んだかも知れへん思うて、壮太がタキはんと出かけている間、こっそり壮太の部屋に入ったった。いろいろ探ったけど、特に何もナシ。部屋出ようと思うたら、何かが足に引っ掛かりよった。銀色の紙袋?ああ、昨日、加津が壮太に渡した紙袋や。確か、Tシャツか何かが入っていたはずや。中を見てみると、胸のところにヘッタクソな字で「I LOBE 壮太」って書かれたTシャツが...。LOVEの綴り、間違ってるいうねん!誰や!加津にデタラメな英語教えたんは!んっ?Tシャツの他にも何か入っとる。手紙と書類のようなものや。手紙には「大好きな森山くんへ。森山くんから頼まれた『幸楽』の財産に関する書類、持ってきました。クソばばぁがアメリカに行ってから、愛ねえちゃんも眞兄ちゃんもお店の手伝いで忙しくて、割りと簡単に家の中、嗅ぎ回ることができたよ。ラッキー♪それと出前持ちの浩ちゃんの履歴書だけど、残念ながらありませんでした。『幸楽』って従業員採用するのに、履歴書が必要ないらしいの。クソばばぁが気に入るか気に入らないかが、採用基準なんだって。超アバウトな店だよね。お詫びの印に、アタシの処女小説、森山くんに捧げます(キャー、ハズカシイ!)。タイトルは「壮太と加津の料理屋繁盛記(仮)」。一度読んで感想を聞かせてネ♪あっ、それとTシャツの英語、スゴイでしょ!最近、加津は英語を勉強してるのです(ちょっと自慢)。城代さんって、知ってるでしょ。森山くんも一度会ったはずだよ、『幸楽』でやった隆くんの誕生パーティーで。あの棒読みの人。その城代さんに英語を習って...」
 ...『幸楽』の財産に関する書類?浩ちゃんの履歴書?僕は、恐る恐るA4サイズのクリップで留められた書類の束を手にした。表紙には「(極秘)中華幸楽の財産に関する資料」の文字。手が震えてかなわんかったわ。これでは親方のこと、笑われへんなって思うた矢先、誰かの視線を感じた。誰やっ!思わず部屋の入口の方へ顔を向けると...そこには、例のコントローラーを手にした無表情の勇気ちゃんの姿が!

2002年8月1日 晴れ
 コントローラーを持った勇気ちゃんは無表情のまま「くるまのなか、とってもアツイでちゅ。おみず、のみたいでちゅ。」っていいよった。それから、勇気ちゃんの姿が、スゥーっと消えて...。そのときやった、突然親方の「ギャー!べ、べんちゃん!」ゆう叫び声が聞こえたのは!トイレにおった親方は、ガタガタ震えながら「い、いまね、小便してたらね、勇気の『おみず、のみたいでちゅ』っていう声が聞こえたんだよ。そしたらね、トイレの水が止まらなくなっちゃったんだよ!」っていうてからに。ま、まさか、これは勇気ちゃんの生霊では?!あかりはん、大丈夫かいな?ちゃんと勇気ちゃんに水飲ませてるんかいな?トイレの水騒動で、北原の社長はんに修理依頼の電話をしている内に、タキはんと壮太が帰ってきよった。畜生!幸楽の財産に関する資料、結局読めへんかった。まあええわ。チャンスはいくらでもあるさかい!
 それより驚いたのは、タキはんが調理師試験に合格したなんて、ウソついたことや。調理師の試験受けたのは、幸楽の出前持ちでホストの浩次ゆうことは分かってるのに、なんでウソつくのや、タキはんは。てっきり「アタクシ、試験落ちてしまいました」ゆうて、事を済ます思うとった。いったい何の狙いで、タキはん、試験に合格したことにしたんやろ?謎に思っていると、壮太の奴が「タキさんには壮大な計画があるんですよ。勉さんにもタキさんの企み、すぐに分かりますから」って僕に耳打ちしよった。なんや?!タキさんの企みって?
 しかし、壮太が言うてたように、タキはんの企みはすぐに分かった。なんと、親方はタキはんのために「おかくら」のメニューに「タキさんの一品」を加えるなんて、いい出しよったんや!自分の名前が入った料理を「おかくら」のメニューに加える、これがタキはんの企みやったんや!クッソ〜、三色丼、焼肉丼、むすびとヒット料理を飛ばしておる僕でさえ、「勉ちゃんの○○」なんて枕詞、付けてもろうてないのに!親方も親方や!いくら「タキさんはおかくらの看板娘♪」なんてトンデモ発言をして、ボケの末期的症状を見せてるからって、「タキさんの一品」はないやろ!しかも、タキはん、わざと「アーッハッハッハッ!」なんてデカ笑いして、親方の心臓を止めようとしよった。タキはんは看板娘いうより、爆弾娘や!もとい、爆弾ババァや!
 お祝い会が終わった後、タキはんがまた浩次に電話しよった。「...こっちの方はウマくいったわよ。浩ちゃんの方は?...そう、やっぱり思った通りだわ。勇さんみたいな仕事一筋の人は、ああいうお店にハマっちゃうと大変なのよ。里美には次の計画に移るように、アタシから連絡しておくから。あと、例のダム事務所には連絡がついた?...そう、じゃあ来週あたり迎えにくるわね。これ以上、壮ちゃんに昼ごはんを奢らされるの、アタシもいやだからね...。」ダム事務所に連絡?来週迎えにくる?壮太に昼メシを奢らされるのはイヤ?...来週いったい何が起こるんや?!

2002年8月8日 晴れ
 今日は給料日。なんで、クソの役にも立たない壮太にも給料が出るんかいなっ!案の定、壮太に渡された分だけ、僕の給料が減ってるわ。親方の人件費の計算は、どないなっとんねん!ホンマにやってられへんわ!今までは、壮太がおっても実害があらへんかったから良かったけど、給料が減らされるんなら話は別や。絶対追い出したるっ!
 ところで、突然壮太のオヤジとかいう男が「おかくら」にやってきよった。最初、一方的に壮太を殴ってるさかい、まさかオヤジとは思わんかったよって、手荒なマネしてしまった。まあ、別に壮太を助けるつもりやのうて、ストレス発散のために殴っただけやけど。後からそのオヤジに「もし止めて頂かなかったら、コイツが死ぬまで殴っていたかも知れません」って感謝されてしまったわ。...なんや、止めなきゃ良かった(笑)。
 しかし、これで先週のタキはんの企みが分かったわ。タキはんは、ダム管理をしている壮太のオヤジを「おかくら」に呼んで、壮太を連れて帰らせようとしたに違いない。壮太のオヤジが受け取ったとかいう壮太からの手紙も、実は「幸楽」の浩次が書いたんやろ。...ん?でも、なんで壮太の奴、書いてもいない手紙を書いたようなこと言っとったんやろか?壮太の部屋の前で、聞き耳を立てとったら、壮太とオヤジの2人の話し声が聞こえてきよった。「なんだよ、親方の奴!初給料だからって期待したら、2000円分の図書券だってよ。シケてんな。」「壮太、まあそう言うな。なかなか良い店じゃないか。ところで、お前からの手紙、字を見ただけでお前からじゃないと思ったよ。」「きっと、タキのバアサンの仕業さ。でもちょうど良かった。オヤジに俺が狙っている店を見てもらえて。ところで、これからの作戦だけど...」そのときやった!何やら人の気配が...。僕の真後ろに、ヒナちゃんが立っておった!こんな真夜中にヒナちゃん、ちゃんと洋服に着替えてカバン持っておった。そして一言、「行って参ります」言うて、玄関に向かって行きよった。寝ぼけてるんかいな、思った矢先、ふとヒナちゃんの手を見たら、勇気クンの例のコントローラーが!な、なぜ、ヒナちゃんが?!そして、誰がヒナちゃんを操ってるんかいなっ!

2002年8月15日 晴れ
 コントローラーを持ったヒナちゃんに気を取られて、肝心な壮太とオヤジの企みを聞けへんかった。翌朝、壮太のオヤジときたら、壮太の覚悟を聞いて納得したとか、自分も人生に再挑戦するとか、しょーもないこと言うて帰っていきよった。普通、一晩語り合ったくらいで、息子の勝手な行動を許すやろか?やっぱり、壮太の企みに納得したから、壮太が「おかくら」にいることを許したんや。その内、ダムの管理事務所を辞めて、また「おかくら」に現れるに違いないわ、「おかくら」を乗っ取るために。それまでに何とかして、壮太を追い出さねば!タキのバアサンも壮太に昼メシ奢らされる言うて、壮太のことを鬱陶しがってたし、ここはひとつタキのバアサンと共同戦線でも張ってみるか...。
 ところで、コントローラーに操られて出ていったヒナちゃんが、新宿駅で見つかった。本人曰く、塾へ行こうとしていたいうことらしいけど、誰かが操っていたに違いないわ。いったい誰が?タキはん?壮太?いや、違うやろ。ヒナちゃんがいなくなった夜、2人とも壮太のオヤジの件でそれどころではなかったはずや。そういえば、以前勇気クンのコントローラーの話を良はんから聞いたとき、こんなことも言ってたっけ。「へへっ、あのコントローラーはね、いくつか種類があってね、勇気のみたいに表情だけコントロールするものもあれば、行動や言葉もコントロールするものもあるみたいだよ。なんでも開発には、人間の体を制御する機械だからって、どこかの偉い病院の先生も関わっていたらしいよ、へへっ!」...どこかの偉い病院の先生。そういえば身近におったな、そんな先生が。英作はんに次から次へと勤め口を探してきよった人物が。あのときはエライ顔の広い先生やなと思ったけど、ホンマにエライ先生やったんや、神林先生は!あんな温和な顔して、ケッタイなモンこしらえてからに!しかし、何のためにヒナちゃんにコントローラー持たせて家出させたんやろか?それに、良はんの話によると、あのコントローラーから発せられる超音波は、確か普通の人間の耳には聞こえんはず。なんで、ヒナちゃんには聞こえたんやろか?
 しかし、前者の謎はあっさり解けた。神林先生はヒナちゃんを家出させて、本間のバアサンに「ヒナに悪いことしたなぁ。やっぱり東京へ戻って、ヒナの面倒見なアカンな!」と思わせようとしたらしいわ。そうすれば、また本間のバアサンと一緒に暮らせると思うて。ホンマに本間のバアサンが好きなんやなぁ。あっ!「ホンマに本間のバアサン」って、ダジャレちゃうで(苦笑)!後者の謎は、いまだ分からんわ...。
 ところで、また「幸楽」の浩次からタキはんに電話があったようや。「...まあ、そうなの。里美はウマくやったみたいね。聖子が勇さんの後を付けたのね。フフフ、全て計画通りじゃない。聖子も分かりやすい女ね。それで五月さんはどうするって...。」その後が聞こえんかった。畜生!と思った矢先、今度は壮太の携帯に加津から電話があった。きっと勇はんの話や思うて、聞き耳立てとったら、「...へえ、そんなことがあったのか。スゴイな。」...な、なんやスゴイことって!「...眞のお袋さんも大胆だな。」...五月はんが大胆?!い、いったい?「...だってスゴイよ、しゃぶしゃぶ7人前も奮発しちゃうなんて。大胆過ぎるよ!」

やっぱ、壮太はアホや...。

2002年8月22日 晴れ
 今日は親方の孫たちが大挙してやってきよった。...はぁ〜、またタダメシかいな。僕は親方の孫たちにタダメシ食わすために、毎朝河岸行っとるんとちゃうでぇ!おまけに壮太の奴まで、愛ちゃんや眞クンと一緒になってハシャギよってからに!お前は修行中の身やろ。いくら親方のお許しが出たからって、一緒に歌うたったりしていいっていう法はないやろ!はっ!「〜っていう法はないやろ」なんて、岡倉家の人間しか使わんような言葉、使こうてしもうた。あ〜、僕もやっと「おかくら」の人間になれたゆうことなんかな〜(シミジミ)。それにしても望クン、相変わらず「嗚呼、青春の日々」しか弾けへんのかいな。この間、「おいらに惚れちゃケガするぜ」っていう曲教えてやったのに、なぜ弾かへんのやろ?誰も一緒に歌えへんからやろか...。
 ところで皆が盛り上がっている最中、タキのバアサンがまた電話で「幸楽」の浩次と何か話しておったわ。「...そうなの。道理で愛ちゃんや眞ちゃん、ご機嫌なはずだわ。里美の奴、しくじったのかしら?それとも五月さんが、勇さんは旅館で一人でいるなんてウソをついたのかしら?取りあえず、浩ちゃんは勇さんや五月さんの味方のフリをするのよ。聖子に白いペンキをぶっかけたのは、正解だったわね。」里美?温泉?はぁ、いったい「幸楽」に何が起きてんねん!愛ちゃんや眞クンはいつもと変わらんようやし。...こうなったら加津や。きっと、加津と壮太は接触する。絶対二人から目を話さんようにせんと。
 案の定、帰り際、加津と壮太が奥の廊下で、こっそり立ち話しておった。「森山クンから頼まれてたもの、持ってきたよ。」「サンキュ!加津!俺たち、親に捨てられた一人もの同士、これからもお互い助け合っていこうな!」「当たり前だよ!アタシ、森山クンのためだったら...。」い、いったい、加津は壮太に何を渡したんや!この間は「幸楽」の財産に関する資料を、森山に渡した加津。今度は何を!皆が帰って、壮太が後片付けをしている間、こっそり加津から壮太に手渡された紙袋を覗いてみると、いきなり異臭がっ!ま、まさか、毒か何かか?これで親方やタキはんを亡き者にしようと思ってるんやろか、壮太は!覚悟を決めて、中のモノを取り出して見ると...しゃぶしゃぶの肉やった。

壮太の奴、よっぽど、五月はんのしゃぶしゃぶが羨ましかったんやろな。でも、この肉、腐ってんで...。

2002年8月29日 晴れ
 今日、壮太の奴、タキのバアサンに半襟をプレゼントしよった。なんでも、初給料を貰ったから、世話になったタキはんにお礼をしたいゆうことらしいわ。まあええけどな、タキはんより、まず僕に礼するのが筋っちゅうもんやろ。タキはんが壮太にしてることゆうたら、昼メシ奢るくらいのことや。実際に壮太に料理を仕込んどるのは、この僕やで!ま、ええわ。壮太からモノ貰うたかて、どうせ大したモノあらへんし、邪魔になるだけやさかい。
 それにしても、タキはんも現金なバアサンや。壮太が良はんに買物頼んだこと、散々責めておきながら、いざ自分宛てのプレゼントと知るや、コロッと態度変えおってからに。涙まで流して喜んでおったわ。誰宛てのプレゼントであろうと、壮太が忙しい良はんに買物頼んだことは事実や。なんでちゃんと最後まで叱らへんのや?あの歳になると、貰えるものは何でも嬉しいいうことか。しかし、僕は知ってるでぇ〜。あの半襟、弥生はんが見立てたものとちゃう。壮太が、こっそり親方の部屋に入って、亡くなりはった奥様の半襟を盗んできたものや。それを、良はんに頼んで、わざとタキはんの前で手渡すように仕向けたんや。その証拠にその半襟、「節子」っていう刺繍がしてあるはずや。もっとも、タキはん、もったいなくて使えない、神棚に飾っておくいうてたから、バレることはないやろな...。壮太の奴、影で言うとったわ。「あのバアサンのために、初給料が使えるかっちゅうの!」って。
 仕事も終わって帰ろうとしたら、壮太に呼び止められた。「俺、勉さんにも感謝してるんです。これ、大したもんじゃないけど、俺からの感謝の気持ちです。受け取ってください!」っていうて、紙袋を渡してきよった。壮太から僕に感謝のプレゼント?恥ずかしながら、僕は少し感動してしまったんや。そして、今まで壮太のことを「企みのある男」として見ていた自分を、情けなく思うた。考えてみたら、上京してから、プレゼントいうもの、貰うたことがなかった僕。帰り道、壮太から貰うたプレゼントを胸に抱えながら、夜空を見上げたら、満天の星がキレイやった。そして、涙が出てきた。おおきに!壮太!これからもよろしくな!
 家に着いて、はやる手を抑えながら、ゆっくり紙袋から中のものを取り出した。A4サイズの分厚い紙の束。そして、表紙にはこんな文字が踊っとった。


「小説・壮太と加津の小さな鯉のメロディー            作・野々下加津」


......こ、殺す。

2002年9月5日 晴れ
 今日、「おかくら」にえらいベッピンさんが来よった。こりゃあ、久々に腕奮わなアカン思うたら、タキのバアサンが真っ青な顔して、「旦那っ!ちょっとお暇頂きますっ!!」言うて、ベッピンさんを連れて、外へ飛び出して行きよった。こりゃあ、何かあるな思うて、玄関前のベッピンさんとタキはんの会話を、こっそり聞いてしもうた...。

タキ「里美!アンタ、こんなところへ来てどういうつもり?仕事をしくじった詫びでも入れに来たの?」
里美「お義母さま!今回のことは申し訳ございませんでした。でも、勇チャンて、とってもいい人だったから、どうしても騙せなくて...。」
タキ「おだまりっ!(と里美の頬を打つ。)『お義母さま』なんて、馴れ馴れしく呼んでほしくないわねっ!昨夜、久光から電話があって、カンカンだったわよ。里美が勇を庇って逃がしたって。もう少しで計画通りうまくいく予定だったのに、最後の最後でしくじるなんて。」
里美「でも、お義母さま。久光さんったら、ヒドイんですよ。いくら、最近、絵が全然売れなくてイラついてるからって、あんなになるまで、勇チャンのこと殴らなくたっていいのに。」
タキ「久光のことなんて、どうでもいいの。あの子は、アンタに美人局させるための道具に過ぎないんだから。それより、浩チャンから聞いたわよ。五月から、10万円のお餞別もらったらしいわね。.......お出しなさい。」
里美「そんなっ!アタシも、今回の件で久光さんにマンションを追い出されました。これから、田舎に帰って一から出直すつもりです。お義母さまは、あんなバーを持てるくらいのお金持ちじゃないですか。それでも、無一文のアタシからお金をムシり取るおつもりですかっ?」
タキ「アタシも、毎日毎日、ここのハナタレ小僧にお昼奢ったりして、たいへんなのよっ!それにアンタは『幸楽』を浩チャンのものにするという計画を台無しにしたのよっ!その代償は大きいわよ。」
里美「差出がましいようですが、お義母さま、....。」
タキ「おだまりっ!(と再び里美の頬を打つ。)『差出がましいようですが』はアタシの専売特許なんだよっ!気安く使うんじゃないよっ!」
里美「ス、スミマセン。でも、お義母さま。たとえ、勇チャンの浮気で、勇チャンの一家がバラバラになっても、『幸楽』には浩次さんの先輩が何人もいて、簡単に浩次さんのものになるとは思えないんですけど。」
タキ「そんなことは承知してるわよ。アンタが心配することじゃないわ。とにかく、アタシは『幸楽』を浩チャンのものにするの、させたいのっ!」

お、恐ろしいオバハンや、タキはんは。その後、タキはんは里美はんから、強引に金を毟り取ると、罵声を浴びせて追い返してしまった。店に戻ったタキはんは、何食わぬ顔で仕事に戻りよった。しばらくして、いつものように、壮太がタキはんからいろいろ指導を受けていた。「壮チャン!『おにぎりをつくる』なんて言葉使いはダメよ。『むすびをこしらえる』って言わなきゃ。」「ス、スミマセン。でも、タキさん。差出がましいようですが...ハッ!」と言うと、壮太の奴、いきなり防御の体制になりよった。タキはんは何もしとらんのに。


...壮太の奴、タキはんと里美はんの会話、聞いておったな...。

2002年9月12日 晴れ
 今日、神林のオッサンが来よったわ。本間のバアサンとは縁が切れたさかい、何しに来たと思うたら、どうやら狙いはヒナちゃんみたいや。あのオッサン、ヒナちゃんにお土産や言うてオモチャを渡しとった。勇気ちゃんのコントローラーの開発に、神林のオッサンが一枚噛んでいたのは前にも書いたけど、ヒナちゃんに渡したオモチャ、あれは新しいコントローラーや。ヒナちゃんの家出騒動のときのコントローラーは、ヒナちゃんが電車の中に忘れてしまったようやし、それで新しいの持ってきたに違いない。いったい、ヒナちゃんに何をさす気や思うとったら、オモチャを手渡されたヒナちゃん、いきなり「ヒナはおバアちゃま、いなくたって元気だよ。いない方がいいの。」と言い出しよった。何や、神林のオッサン、自分が本間のバアサンにフラれた腹いせに、ヒナちゃんにバアサンの悪口言わせるやなんて、セコいオッサンやなぁ。「子供は正直だ、ハハハ!」なんて笑っとったけど、きっと上手くコントロールできて満足して、笑っとったに違いない。でも、ヒナちゃんにバアサンの悪口言わせて、どうするつもりや。ヒナちゃんが悪口言うたかて、大阪におる本間のバアサンには聞こえへんやろ。それとも、何か別の狙いがあるんやろか...。
 ところで、配達に来た良はんによると、幸楽のバアサンがアメリカから戻ってくるらしい。その話を聞いたタキのバアサンが顔を曇らしたわ。そりゃそうやろ。タキはん、幸楽のバアサンがおらへん間に、「幸楽」を浩次のものにしたかったんやからな。ザマアミロと思ったが、あのバアサン、タダでは起きひんかった。タキはんと壮太が、お昼に出かけた後、親方が「あれ?べんちゃん、食材が足りないよ。河岸での仕入れが足りなかったんじゃないか?」って言い出しよった。そんなアホな!一流料理人であるこの勉様が、河岸の仕入れでミスするはずがないやろが!そう思うて冷蔵庫の中を見てみたら、親方の言う通りやった。しかも、鯖とか鮪とか寿司に使うような魚がキレイさっぱり無くなっとった。誰かが盗んだんや!食べ物盗むいうたら、アイツしかおれへん!...壮太や。
 お昼から帰ってきた壮太を、早速問い詰めてやったわ。「お前が盗んだのは分かっとるんや!正直に白状せいっ!」言うたら、壮太の奴、目に涙を溜めて、「俺じゃありません!信じてください!」やと。「それなら、誰が盗んだんや!英作はんも長子はんもヒナちゃんも、朝からおらへん。他に盗みそうなのは、お前にかおれへんやろっ!」しばらく涙を流して、俯いていた壮太やったけど、いきなり顔を上げて、こう抜かしよった。「...タ、タキさんです!タキさん、お昼に行くとき、こっそり冷蔵庫の中の食材を持ってったんです!それで、お昼を食べるレストランの前で、背の高い若い男に渡してました。後ろ姿しか見えなかったけど、どこかで見たことがある男でした。タキさんから『今日は壮ちゃんの好きなもの、何でも奢ってあげるから、このことは内緒よ』って言われて...。」背の高い若い男?相手は浩次なのか?!でも、何のために?!
 しかし、タキはんが魚を渡した相手は浩次やなかった。翌日、配達に来た良はんが言っとったわ。「幸楽のお婆さん、昨日帰ってきたらしいけどね、えらくご機嫌だったらしいよ。ホラ、愛ちゃんのボーイフレンドの城代くん、彼が幸楽のお婆さんのために寿司を握ったらしいけど、ネタが良かったのかね、評判が良くてね。幸楽のお婆さんなんて、愛ちゃんの結婚相手に申し分ないとか言ってたらしいよ。」その話を聞いたタキはん、小さくガッツポーズをしとったわ。

...里美の次は城代か。あのボンクラ坊やを使って、何企んでんねん、あのバアサンはっ!

2002年9月19日 晴れ
 今朝、タキのバアサンから電話で叩き起こされたわ。せっかく、今日は日曜で河岸が休みやから、ゆっくり寝られる思うてたのに、千葉まで魚を引き取りに行けいうことやった。何でも千葉にタキはんの知り合いの漁師がおって、特別に魚を分けてくれるらしいわ。魚やったら、昨日のがまだ残っとるやないか。古い魚から片付けんでどうするのやって、答えよう思うたが、考えが変わって引き受けることにした。何でかって?タキはんの知り合いというその漁師、タキはんが何企んどるのか、知っとるかも知れへんやないか。壮太連れて、千葉まで行ったが...その漁師、タキはんの企みなんて、な〜んも知らんかった。しかし、帰りの車の中で、壮太の奴がほくそ笑んで、こう抜かしよった。「勉さん、甘いッスよ。タキさん、俺たちがいない間に『おかくら』で“何か”をするつもりなんスよ。その時間稼ぎのために、わざわざ千葉まで俺たちを差し向けたんスよ。」な、何やて?!僕はまんまとタキはんの罠にハマったいうことか?!こんなことなら、千葉へ行くの、断れば良かったわ。それにしても、タキはん、僕たちがおらへん間に、「おかくら」で何しようとしとるんやろか?そして、何でそのことを壮太が知っとるんや?
 その壮太が、またやりよった。親方へ敬老の日のプレゼントや言うて、紺足袋を渡しよった。この前のタキはんのときと同じ、親方の部屋から盗んだものや。でも、親方もボケとるさかい、それが今まで自分が履いていたものやと気付けへんやろなぁ。でも、この壮太の偽善行為が効を奏したわ。なんと、親方、いずれ僕と壮太に「おかくら」を譲るとか言い出しよったんや!バンザ〜イ!後は「おかくら」と京都にある実家の店を天秤にかけて、どっちがええか決めるだけや。しかし、もし「おかくら」を貰うことになったら、邪魔者は壮太や。壮太と一緒に店やるやなんて、鬱陶しくてかなわん。何とかして、追い出さな。壮太の奴、僕にニッコリ笑って「勉さん、俺に感謝してくださいよ。俺が親方に紺足袋渡したおかげなんスから」だと。死ぬまで、ほざいとれ!
 そういえば、今日、変なことがあったわ。あかりはんが来とったときやった。勇気ちゃんの話題になったとき、僕の口が勝手に動きよったんや。ビックリして、かつらむきしてた手も止まってしまったわ。僕の口から出た言葉、それは「ママ、ママ、車の中に置いてきぼりにしないで。こんなツライ思いさせるなら、ボクを保育所に入れて。一日中、こんな車の中にいたら、体がおむすび臭くなっちゃうよ。」...ゆ、勇気ちゃんの生霊や!僕の体に乗り移ったんや。よっぽど、ツライんやろな、勇気ちゃん。しかし、勇気ちゃんの生霊が乗り移ったのは、何も僕だけやなかった。あかりはんが帰った後、親方とタキはんが「なんで急に勇気の保育所の話を始めたんだろうね。何か口が勝手に動いたというか...。」「そうなんですよ。アタクシも、車に勇気ちゃん一人だっていうから、早くあかりさんを車に戻さなくちゃって思いながら、保育所の話、何としてもあかりさんに納得させなくちゃって、口が動いてしまって...。」って言っておったわ。生霊となって、親方やタキはんに乗り移って、あかりはんを説得させるやなんて、勇気ちゃんもよっぽど保育所へ行きたいんやなぁ。不憫や...。
 仕事が終わって挨拶して帰ろう思うて、親方の部屋へ行ったら、部屋の中からギターの音が聞こえてきよった。あれは望クンのギターや。中を覗いてみると、ギターの音は、カセットテープレコーダーからやった。どうやら望クン、敬老の日のプレゼントに自分のギター演奏を録音したテープを渡したみたいや。でも、親方は寝息をたてとったさかい、スイッチを切ろうと思うた矢先、スピーカーから望クンの声が...。「お爺ちゃん、僕、ギター上手くなったでしょ!みんな、ギターのお兄さんのおかげなんだ!実はね、そのギターのお兄さんっていうのは、勉ちゃんなんだよ!」一瞬、体が強ばってしまった。が、すぐにスイッチを切ると、テープを取り出してポケットに隠したわ。親方は相変わらず寝息を立てとるし、ホッと胸を撫で下ろして、部屋を出ようとしたら...入口に壮太が立っとったわ。

2002年9月26日 晴れ
 しまった!壮太の奴にテープを聞かれてしもうたと思うた。しかし、壮太の奴、真っ青な顔して「勉さん、今、加津から電話があって、眞のお婆ちゃんが倒れたらしいッスよ!」と言いよった。何!幸楽のバアサンが倒れたって?!壮太は、そのことを親方に知らせにきたらしいわ。僕は親方に起きられたら、テープのことがバレる思うて、「親方はもう寝とるさかい、明日知らせよう」言うて、壮太を追い払った。
 翌日、僕より先に、良はんが親方に幸楽のバアサンの件を話しよった。そしたら、タキのバアサン、気色ばんで「だ、だんな!アタクシが旦那のご名代で、幸楽のお母さんのお見舞いに行かせて頂きますっ!」言うて、レジから金抜き取ると、さっさと出て行きよった。行ったのはええが、タキのバアサン、なかなか帰ってこんかったわ。やっと、帰ってきた思うたら、やれ地下鉄の出口はややこしいの、迷って帰りが遅くなっただの、言い訳ばかりしよってからに。どうせ、幸楽のバアサンの見舞いなんて、ええ加減に済ませて、浩次に会っとったんやろ。思ったより早く幸楽のバアサンが倒れたさかい、浩次と「幸楽乗っ取り作戦」を練り直していたんやろが。壮太の奴が言っとったわ。「この間、タキさんにお昼をご馳走してもらった後、料理の本を買おうと思って、一緒に本屋に行ったんです。そしたら、タキさん、『遺言書の書き方』とか『遺産相続Q&A集』なんて本を必死に立ち読みしてました。」って。タキのバアサン、なんとかして、幸楽のバアサンに「幸楽を浩次に譲る」いう遺言書を書かせたいんやろな。...そんなん無理や...。
 また、葉子はんと宗方はんがきよった。なんで朝の仕込みの忙しいときに来るかなぁ。ただでさえ、動きがノロい親方の手が、葉子はんたちとのムダ話で完全に止まってしまうやないか。いい迷惑や!何でも、宗方はんのマンション、完売したらしい。んなアホな!下田なんて伊豆半島の先っぽにある、アクセスにも不便な田舎町のマンションが、そんなに簡単に完売するかいな!しかし、宗方のオッサンが言うてたことはホンマらしい。それもそのはず。だって、下田のマンション、戸数が3つしかあらへんらしいわ(笑)。しかも、その内の1つは政子のバアサンが買いよったゆうことや。それじゃあ、完売するわな。政子はん、完売したら、晴れて葉子はんと宗方はんが結婚する思うて、借金だらけのクセに無理してマンション買うたらしい。だけど、婚約は破談。つくづく哀れなオバハンや...。
 ところで、今日来たハゲの客が、なんでか知らんが壮太の奴をえらく気にいって、金を渡しよった。このハゲ、以前は満帆商事とかいう会社の社長さんだったらしいが、外資系の会社に吸収合併されて解雇、今は屋台を引いとるらしい。金もないのに、壮太に金を渡すやなんて、よっぽど壮太のことを気にいったんやな。...気にくわん!なんで僕やないのや!料理こしらえてるのは、この天才料理人・宮部勉様やで〜!壮太なんて、かつらむきもロクにできへんのや!しかし、ハゲのオッサンが壮太に渡した金は1万円だったはず。ところが、壮太が受け取れない言うて、タキはんに渡した後、タキはんが「取っときなさい」言うて壮太に返したら、その札、千円札にバケとったらしいわ。...タキはん、いつの間に手品みたいなマネ、覚えたんやろ。
 そのタキはん、城代に電話しとったわ。「...まあ、勇さんとあなたのお父様、いずれ一緒にお店をやるなんて言ってるのね。お父様のお力で、幸楽は今の何倍もの大きなお店になるわ。これでアタクシも、何が何でも大きくなった幸楽を浩ちゃんのものしようという張り合いができるというものだわ。それにしても勇さんも、おめでたい人ね。あなたのお父様がラーメン屋の息子だったなんてデタラメな話、まだ信じてるんだから。あなたも良かったじゃない。お父様のおかげで、愛ちゃんとの結婚、うまくいきそうで...。」タキのバアサン、ついに城代のオヤジさんまで巻き込んだらしいわ。
 今日も一日無事終わって、帰ろう思うたら、壮太の奴が近づいてきた。そして、ニヤけた顔で一言。「勉さん、今度俺にもギター、教えてくださいよ。」

そ、壮太の奴、やっぱり望クンのテープ、聞いとったんや!...どないしよう(汗)。

2002年10月3日 晴れ
 またや...。文子はんと望クンの争い。もう飽きたわ。しかも、文子はん、年甲斐もなくあんなにキンキンでかい声で叫びよってからに。店も終わって、皆疲れとるんやで。いい加減にしてほしいわ。しかし、さらに僕をムカつかせたのは壮太や。文子はんと望クンの争いの間じゅう、僕の隣で「勉さん、いいんスか?勉さんは望クンのギターの先生なんでしょう?助けてあげないと、望クン可哀想っスよ。」なんてニヤニヤしながら、言いよってからに。あんまりムカついたんで、壮太が拭いた食器にツバ吐きかけて、全部拭き直させたわ。僕が帰った後も、一人で食器拭いとったって、タキはんが言っとったわ。ええ気味やっ!しかし、望クン、まさか僕が恵理チャンの母親をそそのかして、望クンの学校に抗議させたやなんて、夢にも思わんやろうな。堪忍な、望クン。でも、壮太にバレて、これ以上君にギターの指導はできへんのや。分かってや。
 ところで、タキのバアサン、また城代に電話しとったわ。「いいわね、愛ちゃんには婚約は続けて、就職したら解消すればいいっていうのよ。...大丈夫よ。岡倉家の血を引いた人間は皆、目的のためなら非常識なことでも納得するんだから。現に、ココの葉子さんも、マンション建てるために偽装婚約したんだから。愛ちゃんだって...。」そんなアホな!葉子はんはともかく、愛ちゃんに限って、偽装婚約なんて承知するワケないやろがっ!バカも休み休み言って欲しいわっ!
 翌日、配達に来た良はんから「愛ちゃん、城代クンと婚約したらしいよ。満面の笑顔で『お断りする理由なんてないでしょ♪』なんて言っちゃってねぇ。」と。

 愛ちゃん、僕は悲しいよ...。

2002年10月10日 晴れ
 はあ、やっと望クンが家に帰ってくれたわ。望クンが「おかくら」に居候するようになってから、いつ親方に僕がギターのお兄さんやてバレるかと思うと、生きた心地がせんかったさかい。たとえ、望クンがバラさんでも、壮太の奴がどう出るか、それが不安やった。毎晩、店が終わって望クンのギターが聞こえる度に、壮太の奴、「望クンのギター、プロになりたいって言うだけあって、さすがですよね。ギターのお兄さんの教え方がうまいんですかね、ねぇ勉さん?」なんて抜かしよってからに!いつか壮太の奴、目にモノ見せてやるわっ!それにしても、亨はん、なんで望クンに音大行きを諦めるように説得せえへんのや?音大と普通の大学、両方とも受験しろやなんて、また中途半端なこと抜かしてからに。帰り際、望クンから「勉さん、これでまたギターの練習が続けられる!これからもよろしくお願いします!」と言われてしもうた。...どないしよう。正直、望クンのギターの練習に付き合うのは飽きたわ。それに今、僕は夜のマラソンに凝ってんねん。赤坂にあるテレビ局の周りをマラソンしとるんやけど、走ることって気持ちええねん。ギターの時間、マラソンに当てたいんやけどな。かつらむき、失敗して指切って、ギターの練習できへんようになったとでも言おうか。い、いや!たとえウソであっても、この天才料理人・宮部勉様がかつらむきに失敗したやなんて、口が裂けても言えへん!
 今日のビッグ・ニュース!な、なんと幸楽のバアサンが遺言書を書きよったらしい。なんでも、五月はんに全財産譲るとか書いたらしいわ。嬉しさのあまり、五月はんが親方に電話してきよった。親方も目に涙を浮かべたりして。親バカもここまでくると、呆れるのを通り越して笑ろうてしまうわ。いや、一人だけ笑うに笑えん人物がおったわ。タキはんや。親方から遺言書の件を聞いたタキはん、信じられへんゆうような顔つきをしてからに。案の定、浩次に電話しとったわ。「浩ちゃん、計画が狂ったわ!こんなに早く幸楽の女将さんが遺言書を書くとは思わなかったもの。幸楽の女将さんの退院の日、浩ちゃんに車貸して、病院に迎えに行かせて点数稼いだことも水の泡よ。どうしようかしら...。」これで、浩次に「幸楽」を継がせるゆうタキはんの目論み、完全に崩れ去ったわ。ええ気味やっ!次のチャンスは、勇はんが「幸楽」を引退するときやけど、その時はタキのバアサン、あの世におるやろなぁ...。思えばタキはんも哀れなバアサンや。入れ込んだホストの浩次のために、城代をそそのかして城代のオヤジさんの力で「幸楽」を大きくし、浩次の点数を上げさせて幸楽のバアサンに「幸楽」を浩次に譲るゆう遺言書を書かせ、一緒に「幸楽」を乗っ取るつもりやったんだから。そのために、久光はんや里美はんまで手伝わせてからに。まっ、これでタキのバアサンもしばらくは大人しくなるやろう。ええことや。
 ...しかし、幸楽のバアサンの遺言書は、新たなる不穏な動きを生み出しよった。壮太や。加津からのメールで遺言書の件を知った壮太の奴、ニンマリ笑ってこう抜かしよった。「これで、やっと加津から貰った『幸楽の財産に関する資料』が役に立つ。さて、いつ動くか...。」

 マ、マラソンなんかしてる場合じゃあらへんわっ!

2002年10月17日 晴れ
 ホンマ、今日の親方は鬱陶しくてかなわんかったわ。何でも、長子はんが何か隠しておる言うて、イライラしよってからに。厨房の中を、難しい顔してウロウロして。邪魔なんやっ!気が散って、料理に身が入らへんやないかっ!どうせ、まな板拭きとお品書きと盛り付けしかできへんのやから、せめて僕の邪魔だけはせえへんで欲しいわっ!
 しかし、確かに長子はんの様子、少しおかしいわ。毎朝、英作はんとヒナちゃんと3人で出かけるのに、今日は英作はんだけ一人でさっさと出ていったり。「幸楽」から3人で帰って来たかと思えば、なんか3人とも態度がぎこちなかったし。さらに長子はん、ヒナちゃん連れて、急に日帰りで大阪の本間病院へ行く言い出しよってからに。何かあるな...。探りを入れなと思うたら、案の定、壮太の奴がシャシャリでよった。大阪へ出かけようとした長子はんたちを玄関先まで追いかけた壮太。長子はんに「親方が心配しておられます。何か隠していることがあるなら、僕に話してください。隠し事はよくありません。」なんて抜かしよった。長子はんはウンザリした顔して「壮ちゃんに心配してもらうことじゃないわ。アタシたちのことは、ほっといて頂戴!」とイライラしながら答えてたわ。さらに、食い下がろうとした壮太に長子はん、キッと睨みつけて「Shut up!Get away with you!」と英語を捲くし立てよった。壮太には、意味が分からんかったらしく、スゴスゴと引き下がってしまったわ。厨房に戻ってきた壮太、目に涙を浮かべて「勉さん、俺くやしいっス!長子さん、俺が高校中退だからって、バカにして!いつの日か...」壮太はアホや。ストレートに聞いて、答える訳ないやろ。しかし、どないしたら、長子はんが何を隠しておるか、知ることができるんやろか...。
 翌日、タキのバアサンが庭でヒナちゃんと何か話しておったわ。ヒナちゃんだって、長子はんに口止めされとるやろに、話す訳あらへんと思うた矢先、タキはんが手に持っているモノに目が釘付けになってしもうた。

...タキのバアサンの手にあったモノ、それは神林のオッサンがヒナちゃんにくれたオモチャ、つまりヒナちゃんを自由に操るコントローラーやっ!コントローラー使うて、ヒナちゃんが大阪の本間病院で見聞きしたこと、全部話させておるんやっ!

 タキのバアサン、ヒナちゃんとひとしきり話すとニンマリ笑いよった。あ、あの笑いは...何かを企んどる笑いやっ!

2002年10月24日 晴れ
 今朝、警察から電話があったわ。何でも望クンがガールフレンドと一緒に補導されたらしい。吉野家の牛丼を食い逃げして捕まったようや。よっぽど、腹が減っとったんやなぁ。でも、食い逃げしたのが“並”っちゅうのが、情けないわ。どうせ食い逃げするんやったら、“特盛”に卵と味噌汁つけるくらいのことせなぁ。...何言っとるんや、僕は。そんなことより望クン、警察で保護者として、僕の名前を上げたらしいわ。文子はんに連絡したら怒られる、親方はボケとる、結局ギターの先生であるこの僕をご指名したゆう訳や。...まったく、メッチャ迷惑な話やっ!僕かて河岸行ったり、仕込みしたり、タキはんの動きを見張ったり、壮太をイビッたりとやること山ほどあるちゅうねんっ!なんで警察まで望クンを迎えに行かなアカンのやっ!まっ、結局親方に「警察から、望クンが親方に迎えに来てほしいって電話がありました」ってウソゆうて、親方に行かせたけど。
 その後は、文子はんと望クンのガールフレンドの母親が雁首並べて、親方に叱られておったわ。それから、皆が帰ろうとした時やった、タキはんが動いたのは!タキはん、望クンのガールフレンドの母親に近づくと、「利子、第一段階大成功ね。第二段階へ進んで頂戴。」と耳打ちしよった。その母親も「分かりました、会長サン♪」と目配せしよった。会長サン?!会長さんって、タキはんが裏稼業でやっている家政婦協会のことやろか?それとも何か別の組織?分からん...。
 さらに、葉子はんと山口のバアサンもやってきよった。何でも太郎はんの奥さんのお母さんが亡くなりはったらしい。それを聞いたタキはん、真っ青な顔しとった。どないしたんやろうと思うたら、早速電話。「あっ、美智。叔母サンよ。大変だったわね。...ウンウン、泣かないで。...えっ?お葬式に参列できる訳ないでしょう...。」美智ゆうたら、太郎はんの奥さんの名前や。叔母サン?...ま、まさか、タキはん、美智はんの叔母サンやったのか?

 電話を切った後、タキのバアサン、遠くを見つめながら、こう抜かしよった。「浩ちゃんの『幸楽』乗っ取り作戦など、アタシが今やっていること全部、美智、アンタのためなんだからね...。」い、いったい、タキはんと美智はんとの間に何が???

2002年10月31日 晴れ
 またや...。壮太に常連客からのプレゼント。なんでやっ!なんで壮太ばっかりなんやっ!おかくらの料理こしらえてんのは、この天才料理人・宮部勉様やで〜。壮太なんか、料理運びと皿拭きと掃除と悪だくみしかできへんやないかっ!顔かて、僕の方が男前やのに...。ホンマ胸クソ悪いわっ!壮太の奴、貰ったジャンパーを見て、「けっ!ダッせージャンパー!こんなの若者向けの新製品とかいって売っているようじゃあ、あのオッサンの会社、かなりアブねえな...。」なんてホザいとったわ。あのオッサンに聞かせてやりたいわっ(悔)!さらに壮太の奴、「勉さん、俺こんなプレゼントじゃ全然満足しませんよ。いずれ、俺のところに超一流企業の社長さんがやってくるんですよ。『娘の婿になって、私の会社を継いでくれ』って。それが俺にとって最高のプレゼントっすよ!」...アホか。どこの世界に、しがない板前を会社の跡取りにするバカがおるんや。壮太の脳みそは、白馬に乗った王子様を待ち焦がれる少女並みや。タキはんもタキはんや。壮太はおかくらの顔やなんて、アホなこと抜かしよって。親方まで壮太にプレゼントくれた客に、料理を一品サービスする言うてからに。その料理こしらえるのは僕やっちゅうねんっ!なんで壮太が貰ったプレゼントのお礼に、僕が料理こしらえなアカンのや。悔しいから、昼間あかりはんが持ってきたむすびをそのまま出したった。一日千個も売れとるむすびや。(千個いうても、一個がゴルフボールサイズのミニむすびやけど。)客も喜んで食べるやろ。むすびの海苔についた勇気チャンのヨダレみたいな液体が、ちょっと気になったが...まあええやろ。
 それにしても親方。料理の手順がメチャクチャや。先々週から長子はんが何か隠しとる言うて、料理に身が入らへんのかな思うとったが、間違いやった。単純にボケとるだけや。その証拠に、長子はんの隠しごと(=本間のバアサンを東京へ呼び戻すこと)が分かった後でも、相変わらず料理の手順が狂っとったわ。何しろせっかく盛り付けた料理をボールに返したり、刻んだネギを繋ぎ合わせて元に戻そうとしたりしとったわ。本間のバアサンの介護が必要なのは、親方かも知れへんな(苦笑)。
 ところで、「おかくら」に太郎はんの奥さんの美智はんがやって来た。何気なくタキはんを見たら、思いつめたような表情やった。やっぱり、タキはんと美智はんの間には何かあるな...。葉子はんと政子のバアサンとひとしきり話した後、美智はんは帰っていった。美智はんの後ろ姿を見ながら、タキはんはポツリと一言。「せめてアタクシのこしらえた料理、美智に食べてほしかった...。」と目に涙を浮かべておったわ。そして、葉子はんと政子のバアサンが帰った後、タキはんがまたポツリと一言。「山口政子...今に目にモノ見せてやるっ!そうでなければ、何のために葉子さんと久光の婚約をぶち壊したのか、分かりゃしないっ!」と目に怒りの炎を燃えさせておったわ。い、いったいタキのバアサンと山口家とはどんな関係なんや?!
 P.S.本間のバアサンが親方に「お互い長生きしまひょいな!」言うとった。しまひょいな?どこの言葉や?本間のバアサン、ホンマに関西人やろか?これも調べてみる価値があるかも知れへんな...。

2002年11月7日 晴れ
 またや...。壮太の奴、ヒナちゃんのお受験にかこつけて、自分も小学校のお受験したことあるやなんて、ウソつきよってからに。バカも休み休み言うて欲しいわ。そんなデタラメな話こしらえてまでして、岡倉の話に入り込みたいんやろか。でしゃばり過ぎやっ!まっ、僕も今週はそこそこ喋れたし、良しとしようか。それに、たとえ壮太が本当に小学校をお受験していて、万一合格したとしてもや、父親がリストラされては学費の高い私立の学校やったら、中退する以外に道はないやろ。そう考えると、壮太の奴も不憫やなぁ(しみじみ)。
 しかし、タキのバアサン、またアホなことを抜かしよった。「お医者様がムリなら、ヒナ子ちゃんも調理師におなりになって、この店をお継ぎになるのも、いいじゃないですか」なんて、軽々しく「おかくら」の後継者問題に触れよった。アホ抜かせっ!「おかくら」の後継ぎは、僕と壮太やって親方が言うとったやないかっ!忘れたんかっ!しかし、タキはんのこの発言に俄然目を輝かせたのは壮太やった。壮太の奴、「そうか!その方法があったか!今のままだったら、『おかくら』は俺と勉さんの共同経営になっちゃうけど、もしヒナちゃんが正式な『おかくら』の後継者になって、俺と結婚したら、『おかくら』は俺とヒナちゃんのものになる。つまり、俺の自由にできるんだ。勉さんなんて邪魔者は追い出せるっていう訳だ!」なんて抜かしよった。何を夢見てんねん、壮太は。だいたい、なんで壮太とヒナちゃんが結婚できるんや。年かて10歳も離れとるやないか...10歳?充分、結婚可能やないかっ!ア、アホな!まさか、壮太の奴、本気で『おかくら』を?!
 今日また、葉子はんと山口家ご一行様が訪れた。太郎はんは久しぶりやったけど、また髪の毛が薄くなったようや。苦労しとるんやろか?何でも太郎はんと美智はんの離婚話は白紙に戻ったらしいわ。一番喜んどったのはタキはんやった。「美智、良かったわね。アンタのために、アタシ、腕によりをかけてお料理こしらえるから」言うとった。いったい、タキはんと美智はんはどんな関係なんや?葉子はんたちの料理こしらえてるとき、庭の方を見たら人影が見えたわ。ちょっと中座して見に行ったら、宗方のオッサンやった。「何してはるんですか?葉子さんたちやったら、中におりますよって」言うたら、宗方のオッサン「いや、太郎君もいるでしょう。太郎君から下田のマンション建築の借金の件を突っ込まれたら、ヤバイから。太郎君と美智さんが帰ったら、葉子さんと山口のお母さんをお迎えにあがります」言うとった。借金の件?やっぱり、下田のマンションが完売したなんて話、デタラメやったんや。
 ヒナちゃんのお受験の当日。壮太の奴、わざわざ玄関先でヒナちゃんに「頑張ってね!」なんて言って、頭なでよってからに。しかし!それが壮太のトンデモナイ作戦やったとは。壮太の奴、ヒナちゃんの頭をなでた時に、こっそり例のコントローラーを仕掛けたんや。そして、試験の最中、わざとトイレに行かせたり、長子はんと英作はんの夫婦仲が悪いことを暴露させたりしたんや!何のために?!決まってるやないか、ヒナちゃんを不合格にして医者の道を諦めさせて、『おかくら』の正式な後継者にさせるためや!

2002年11月14日 晴れ
 誰やっ!勝手に冷蔵庫にあった牛乳飲んだんはっ!あの牛乳は1ヶ月前の牛乳やさかい、壮太に捨てておけ言うたのに、そのままになっておった。あんなの飲んだら、トンデモないことになってしまうわ。どうも深夜に誰かが飲んだようや。湯呑で飲んだ形跡があるさかい。しかも、飲んだ後、湯呑を洗わずにほったらかしのままやった。そんなダラしない人間、「おかくら」には一人しかおらへん。...長子はんや。道理で翌日、英作はんとヒナちゃんと3人で、2日目のお受験に出かけるとき、顔色悪かったはずや。これじゃあ、受かるもんも受からへんわ。あっ!待てよ!ま、まさか、壮太の奴、お受験を失敗させるために、わざと腐った牛乳を冷蔵庫に残したんやろか?そんなに「おかくら」を乗っ取りたいんか、壮太は!
 しかし、ヒナちゃんは確実に壮太の奴になつき始めたわ。合格発表の日、朝になっても眠り続ける長子はんを放って、ヒナちゃんときたら「ヒナ、壮兄ちゃんのお手伝いする!」なんて抜かしよった。そして、二人仲良く庭掃除を始めよったわ。マ、マズイ。このままでは、本当に壮太とヒナちゃんは結婚して、「おかくら」の後継者夫婦になってしまうわ。僕には、まだ京都の店があるけど、そういう問題やあらへん。壮太に「おかくら」を追い出されるやなんて、僕のプライドが許さへんのや!なんとか手を打たな...。
 と思うた矢先、吉報が入ったわ。なんとヒナちゃんは無事お受験に合格!壮太の奴、例のコントローラーを使うて、ヒナちゃんのお受験を失敗させようとしたけど、ムダやったようや。これで無事、ヒナちゃんは医者の道へ。壮太の作戦、大失敗や♪てっきりヒナちゃんは落ちたと思うた壮太の奴、親方に取り入ろうとして、お受験に合格してお祝いの食事にきた家族の悪口を言うてからに。「あんなに舞い上がっちゃうものなんですかね?なんかやたらムカついたり、バカバカしくなっちゃったり」言うてたわ。グフフフ、アホか。ヒナちゃんが無事合格したと聞いて、顔では喜んどったが、ハラワタ煮えくり返っていたに違いない。ザマアミロ!ついでに、僕も壮太にイヤミを言ってやったわ。「壮太はヒナ子ちゃんのこと、(勝手に)身内や思ってるから」って!
 それにしても、腹が立つのは長子はんや。出かけるから、むすびこしらえろ言うたクセに、親方から合格の知らせを聞くや否や、むすびの事も忘れて出かけて行きよった。帰ってから食べる言うから残しておいたのに、帰宅した長子はん、「『幸楽』でクレープとカニしゅうまいご馳走になっちゃったから、いらないわ」なんて抜かしよった。なんちゅう女や、長子はんは!僕のむすびは「おかくら」の名物料理で、レシピ集かて出版してるんやでぇ!それを腹いっぱいやからいらないやなんて。ホンマ、岡倉の娘たちはワガママな人間ばかりやっ!
 ところで、タキのバアサン、また美智はんに電話しとった。「...お父さんのことは任せなさい。施設に入れるお金は出してあげるから。それより、仕事の話、葉子さんに相談するのよ。できれば、葉子さんと一緒に仕事をするのがいいわね。その方が、何かと都合がいいから...。」今度は美智はんを使うて、何を企んどるんや、タキはんは!
 調理場の片付けも終わって、親方に挨拶しようと思うて部屋を訪ねたら、親方、亡くなりはった女将はんの仏壇に、ヒナちゃんの合格の報告をしておったわ。親方も嬉しいんやろな、思うて何気なく親方の手を見たら、受験票が握られておったわ。あれっ?なんでヒナちゃんの受験票が思うたら...それはタキはんの調理師試験のときの受験票やった。

 親方、ヒナちゃんの受験票とタキはんの受験票を間違えて、合格発表を見に行ったんや...。ホンマに合格したんやろか、ヒナちゃんは...。

2002年11月21日 晴れ
 何がなんだか、よう分からん内に長子はん、翻訳の仕事を再開させよった。あ〜あ、また長子はんの上げ膳据え膳生活が始まるわ。翻訳の仕事が忙しいことを理由に、タキはんに掃除、洗濯からメシの仕度まで、何から何までやらせるつもりや。ホンマにワガママな人や、長子はんは。しかも、タキはんときたら、長子はんの仕事復帰宣言を聞いて、拍手なんかしよってからに。そりゃそうやろなぁ。これで“長子はんの身の回りの世話をする”ゆう役目ができて、デカイ顔して「おかくら」に居座ることができるんやからな。あっ!そうでなくともタキはん、デカイ顔して居座っとるがな(笑)。
 しかし、なんでまた長子はん、いきなりヒナちゃんの塾の送り迎え止めて、仕事復帰するなんて言い出しよったんやろか?いろいろ調べてみたら、どうやら壮太の奴が一枚噛んどったわ。壮太の奴、本間のバアサンが東京へ来てからというもの、英作はんに「僕が言うのもなんですが、本間のお母さんを大切にして差し上げてください。俺のお袋、もう死んじゃったけど、今さらながら思うんです。もっと大切してあげれば良かったなって。」なんて抜かしよったらしい。それを間に受けたマザコンの英作はんが、本間のバアサンと一緒に食事したり、引越しを手伝えって長子はんに言ったりしたらしいわ。それでキレた長子はんが、ヒナちゃんの塾の送り迎え止めて、仕事復帰するゆうことになったみたいや。
 けど、何のために壮太の奴、英作はんにそんな入れ知恵したんやろか?そう思うた矢先、塾に行けなくて落ち込んどるヒナちゃんに、壮太の奴「大丈夫だよ、ヒナちゃん。お医者様になれなくたって、ヒナちゃんには『おかくら』っていう立派なお店があるんだから。壮兄ちゃんがね、いつまでもヒナちゃんの側にいて守ってあげるから、一緒に『おかくら』の店やっていこう。」なんて抜かしよった!そうか!これが狙いやったんや!壮太の奴、英作はんに常子はんの味方をさせる⇒キレた長子はんが塾の送り迎え拒否&仕事復帰⇒ヒナちゃんは普通の小学校へ⇒ヒナちゃんの医者への道断たれる⇒ヒナちゃん、「おかくら」の後継者へ⇒壮太、ヒナちゃんと結婚して「おかくら」の後継者へ、ちゅうシナリオを描いとったんや!なんちゅう奴や!なんとか阻止せな。
 こうなったら、壮太とヒナちゃんの結婚だけは阻止せな。それには、あの娘の手を借りるしかあらへんな。壮太に恋焦がれるあの娘...加津や。壮太が初給料を貰うたとき、壮太から感謝の気持ちとかいうて、加津の書いた小説を貰うたわ。タイトルは「壮太と加津の小さな鯉のメロディー」。まさか、これが役に立つことになろうとは。まずは加津に小学生の小説家として有名になってもらわなアカン。加津が有名になった後、この「小さな鯉のメロディー」を大々的に発表するんや。世間は、17歳の板前見習いと12歳の天才小説家の恋に大注目や。そうしたら、壮太とヒナちゃんの結婚なんて、吹っ飛んでしまうわ。確か、客の常連に出版社の編集長がおったな、中村とかいう名前の。連絡して、加津を紹介しよ!
 しかし...壮太は一枚上手やった。壮太が英作はんに常子はんの味方させたんは、他にも目的があったんや。「おかくら」にかかってきた常子はんからの電話をとった壮太。「いえいえ礼には及びません。英作さんには、もっとお母さんを大事にしてほしいと思っただけですから。え?100万円?そ、そんな頂けませんよ。でも、どうしてもって仰るなら...。」

 電話を切った後の壮太の顔、悪魔の表情を浮かべとったわ...。

2002年11月28日 晴れ
 とうとう英作はんが出て行ってしもうた。せっかく英作はんが大好物のマグロのトロ、夜食に出して、英作はんを「おかくら」につなぎ止めようとしたのに。英作はんが出て行ったということは、誰もヒナちゃんの塾の送り迎えをしないゆうことや。そうなったら...あぁ〜っ!何もかも壮太の思うツボやっ!出版社の中村はん、ちゃんと加津の小説、出版してくれるやろか?加津には小学生小説家として有名になってもらわな、壮太の計画を阻止することはできへん。中村はんに連絡したら、ちゃんと「幸楽」へ話を持って行ってくれたようや。まあ、加津にとってはエエ話やからな、断る理由なんてあらへん。壮太も後悔するやろな、僕に「壮太と加津の小さな鯉のメロディー」の原稿を渡したことを。ええ気味やっ!何としても、壮太とヒナちゃんの結婚だけは阻止せなっ!
 壮太の奴、英作はんが出て行ったら、親方や長子はんに取り入ろうとして、英作はん批判や。夜食の席で壮太の奴、「本間先生、何が気に入らなくて出て行かれたんですか?もう、あんなに皆さんが気を使って、大事にしておられたのに」なんて抜かしよった。自分が出て行くように仕向けたんやろがっ!タキのバアサンも、壮太の意見に賛同してからに。あのバアサン、壮太が本間のバアサンから受け取った100万円の一部を貰うたらしいわ。道理で壮太に賛同するはずや。...っていうか、俺にもよこせっ!壮太っ!
 また、北原社長と隆クンがタダメシ食いに来よった。北原のオッサン、隆クンと一緒だと親方がメシ代受け取らんこと知ってて、来るんやから、始末におえんわ。親方も親方や。たまにはメシ代受け取れっちゅうの!2人の料理こしらえてるの、この僕やで!隆クンも隆クンや。大好物の焼肉丼こしらえてあげよう思うたら、「勉さんの焼肉丼、飽きちゃったんだよね。たまには違う料理食べたいよ〜」なんて抜かしよった。黙れっ!お前のシャクレアゴに食わす料理なんて、通販で仕入れた吉野屋のレトルト牛丼で充分やっ!まったく、壮太といい隆といい、近頃の17歳はどうなっとるんや。しかもまた2人、「学校を辞めたから、今の仕事に出会えた」だの「もう迷わない」だのとバカのひとつ覚えみたいに、不毛な発言を繰り返しよってからに。学校を辞めたから、今の仕事に出会えただと〜?学校を辞めなくたって、水道屋の仕事も料理屋の仕事も出会えるわっ!アホがっ!...ちょっと興奮してしもうた、反省や...。
 しかし!また興奮するような事態が起きてしもうた!なんと加津の小説出版の話が暗礁に乗り上げてしもうたらしい。原因は...邦子や。あの女、加津の小説は出版させへんと息巻いたらしいわ。また、余計なことをっ!なんで邪魔するかなぁ?こうなったら、野々下のオッサンや。あのオッサンに、加津ちゃんの夢を叶えるため、邦子はんと離婚せい言うしかないな。そうしたら、さすがの邦子はんも、小説出版を認めざるを得んやろ。何しろ邦子はん、野々下のオッサンに捨てられたら、今の贅沢な暮らしができなくなるよって。

 それからしばらくしてタキのバアサン、誰かに電話しとったわ。「ありがとうございます。そこまで言ったら、さすがの加津ちゃんも出版の話、諦めるでしょう。...ええ分かっております。ブティックをやりたいんでしょう?それくらいのお金、用意させて頂きますから。オッホッホッ...。」

 ...電話の相手は、邦子か...。

2002年12月5日 晴れ
 ヤッター!ついに加津の小説が出版されることになったわ!これも葉子はんの無神経な発言のおかげや。普通、本人がいるのに「可哀想なのよね、加津ちゃん。お父さんにもお母さんにも捨てられちゃ...」なんて、言わへんやろ。さすが岡倉姉妹や。でも、そのおかげで加津は出版することに同意したし。メデタイわ〜!しかも、加津と壮太の奴、野々下のオッサンや中村の編集長はんがいる前で、仲良く喋ったりしてからに。中村はん、それを見て「加津ちゃんが書いていた理想のボーイフレンド、実は森山クンのことだったんだ!」なんて抜かしよった。もう、バッチリや!中村はんが帰るとき、こっそり「中村はん、おおきに。加津ちゃんの小説、よろしゅうお願いします。実は僕、加津ちゃんが書いた別の小説を持ってるんです。内容は、加津ちゃんと森山の2人をモデルにした恋愛小説なんです。『母恋い』がベストセラーになったら、そっちの方の小説もお願いします」言うたったわ。そしたら、中村はん「『母恋い』の売上げ次第だね。勉ちゃんの頼みだから、出版の話、引き受けたけど、『母恋い』はかなり手を加えないとダメだよ。所詮、小学生の書いた小説だからね。まっ、小説というより作文か」言うとったわ。小説でも作文でも、どっちでも構へん。売れれば、ええのや!
 それにしても親方。中村はんは「おかくら」の常連客やないか。それなのに初めての客や思うて、名刺交換なんかしてからに。いよいよボケたか。っていうか、いつの間に名刺なんかこしらえたんや、親方は?後でこっそり名刺を見たら、ブルブル震えた字で「おかくら」って書いてあるだけやった。住所も電話番号もナシ。名刺の役割、果たしてないっちゅうねんっ!
 長子はんにはムカツいたわ。何が「好きな時間に寝て、好きな時間に起きて、好きな時間に食べて、好きな時間に仕事して、こんな恵まれた生活ないわよ♪」やっ!アンタのダラダラした生活時間に合わせて、食事の仕度させられるこっちの身にもなってほしいわっ!中途半端な時間に起きられて、食事の仕度させられるのが、一番ムカツクわっ!だから、思わず腐った甘鯛の味噌漬、出してしまったわ。それなのに長子はん、「この甘鯛の味噌漬、美味しいね♪」なんて抜かしよった。舌の感覚まで図々しいおなごや、長子はんはっ!
 そんなムカツクこともあったが、取りあえず加津の小説出版が決まって、気分よく仕事をしていた僕やったけど、またもタキのバアサンが不穏な動きを見せよった。例の如く、邦子はんに電話や。「...邦子さん、あなたには強い味方がいるじゃありませんか。『幸楽』のお母様ですよ。泣きつくんですよ、『幸楽』のお母さんに。
『母ちゃ〜ん!アタシ、クヤシイ〜!』って」

 突然、タキのバアサンが「母ちゃ〜ん!アタシ、クヤシイ〜!」なんて大声で叫ぶもんだから、親方が失神してしまいよったわ...。

2002年12月12日 晴れ
 加津が「幸楽」を出ていくことになったらしいわ。配達に来た良はんが言うとった。「なんでも加津ちゃん、小説の中で邦子さんのこと、『昔、日活ロマンポルノでヌードになったことがあり、最近も某週刊誌でその裸体を晒していた恥知らずな女』とか書いてたらしいよ。そんなこと書かれちゃ、邦子さんだって黙ってられないよね。へへっ!」良はんは、まるで「おかくら」と「幸楽」を結ぶ回覧板や。その割には存在感が薄いけど...。それにしても、あの邦子はんにヌード前歴があったとは、人は見かけによらんもんや。いったい加津は、どこからそんな情報仕入れたんやろか...。
 また五月はんが来よった。なんでも長子はんに説教するためらしいわ。ええことや。長子はんみたいなグウタラ女、誰かがガツンて言うてやらな、性根は直らんさかい。しかし、五月はんでもダメやった。長子はん、けんもほろろに五月はんを言い負かして、二階に上がっていきよった。その後の五月はんの荒れたこと、「な、何なのよ、あの態度っ!キィ〜!クヤシイ〜!タキさん!アタシのいらなくなったシャネル、全部買って頂戴っ!」なんて抜かしよった。親方が「おいおい五月、お前いつの間にシャネルなんて買える身分になったんだ?」なんて驚くと、五月はん、「フン!幸楽のお義母さんが久子さんのために用意した2000万円を銀行振込に行ったとき、ちょっとネコババしたのよっ!勇が浮気したとき、腹立って思わず衝動買いしちゃったのっ!だけど、後からアタシの顔や体型じゃあ、全然シャネルが似合わないことが分かって、処分に困ってたのよっ!」「お前ねぇ、だからって、タキさんに売りつけるっていう法はないだろう?」そしたら、例の如くタキのバアサンが出しゃばりよった。「あの〜、差出がましいようですが、アタクシ、五月さんのシャベル、全部買わせて頂きます。ちょうど、趣味で家庭菜園を始めようと思ってましたの。でも、シャベルって、いくつも種類があるんですのねぇ、オホホホ!」...どこの世界に、旦那の浮気の腹いせに、シャベル買うアホがおるんや...。
 そんな時間がムダになるだけの不毛な会話をしている最中、いつの間にか壮太の奴が携帯でメールをしておったわ。こっそり覗いてみたら、「言った通りだろ?眞の奴、純粋まっすぐ君だから、加津が泣きついたら、絶対出て行かせないって頑張ると思った。これでまた当分の間、幸楽で“活動”できるな。」...そうか、加津は「幸楽」を出て行かんでようなったんか。まっ、どっちでもええ、加津の小説さえ出版されれば。

 アパートに戻って、ドアを開けた瞬間、凍りついてしまったわ。部屋が荒らされておった。...あ、空き巣やっ!金目のものは盗られてなかったけど、例のものがなくなっとった。そう、加津が書いた「壮太と加津の小さな鯉のメロディー」や。しかし...もっと重要なものが消えとった。...この日記帳やっ!!

2002年12月19日 晴れ
 日記、行方不明中。

2002年12月26日 晴れ
 日記が2週間ぶりに戻ってきたわ。それもクリスマス・プレゼントの包装紙に包まれて、自宅に郵送されてきよった。発送元は仙台やった。仙台?はて、仙台に知り合いなんて、おったかな?しかし、加津の書いた小説「壮太と加津の小さな鯉のメロディー」は、とうとう戻ってこんかった。いったい、誰や!原稿を盗んだんは!これで、僕の計画もパァーや...。
 クリスマス・イヴ...僕には関係のない行事や。生まれてこのかた、クリスマス・イヴに予定なんて、入ったことあらへん。空しいだけや...。そうやっ!僕には仕事があるっ!板前ゆう仕事やっ!クリスマス・イヴゆうたら、「おかくら」は予約のお客様でいっぱいや。料理こしらえるのに忙しくて、クリスマス・イヴなんか忘れてしまうやろ。...それなのに、なんでその忙しい最中に料理食いにくるかなぁ、親方の親類縁者どもはっ!弥生はん、ハナはん、あかりはん、武志君、勇気ちゃんに、葉子はん、政子はん、太郎はん、美智はん。鬱陶しいんじゃっ!なんで親方の親類ゆうだけで、タダメシこしらえなアカンのやっ!せっかく、あかりはんが金払うゆうのに、親方の奴、クリスマス・プレゼントゆうて、受け取らんかった。だから、何遍も言うてるやろう、料理こしらえてるのは、この天才料理人・宮部勉さまやって!金、受け取れっ!
 しかし、おもろい話も聞いたわ。あの伝書バト・良はんが女こしらえて、家出したらしい。ホンマ、岡倉姉妹はトラブル続きや。しかし、これは僕にとっても、痛手や。いつも良はんから、「幸楽」の情報をもろうてたのに、情報源がなくなってしまったんやから。壮太には、まだ加津ゆう情報源があるけど、僕には良はんしかおらへん。良はんの代わりに配達に来てるジジィは、自分が働いてる会社の社長の名前も知らんようなボケたオヤジやし。このままやと、壮太に出し抜かれてしまう。早く壮太を「おかくら」から、追い出さなアカン。どないしよ...。そうや!壮太のオヤジや!壮太のオヤジに、壮太を連れ戻しに来てもらえば、ええんや!早速、壮太のオヤジに電話した。土産に、壮太の大好物なミルフェのケーキも忘れんように、言ったわ。
 だが...壮太のオヤジは役立たずやった。自分の息子一人説得できへんのや。僕も立場上、壮太の応援をしたけど、あんなにアッサリ引き下がるとは思わんかった。後から壮太の奴、「俺のオヤジ呼んだの、勉さんでしょう?分かってますよ。だって、俺の大好物、ミルフェのケーキだなんて、仕事に忙しかった俺のオヤジが知ってる訳ないもん。知ってるのは、『おかくら』の人たちだけっスよ!」...し、しまった!壮太がケーキに引っ掛かる思うて、余計な指示を出してしまった!不敵な笑みを浮かべて、去って行った壮太...ホ、ホンマに何とかせな!
 それにしても、クリスマス・イヴの夜やゆうのに、岡倉5人姉妹は遅くまで飲んで、ホンマに迷惑やっ!僕は早く帰りたいんやっ!帰って、次の作戦考えなアカンのに。なんでイヴの夜まで、親方の娘たちに付き合わなアカンのや!そんな僕の心を察したのか、壮太の奴、「勉さん、いいじゃないスか。イヴの夜っていったって、勉さんの帰りを待っている人なんて、いないんでしょ!」やて。...こ、殺すっ!
 全く散々なクリスマス・イヴやった。疲れ切ってアパートに帰ったら、中村編集長から留守電が入っておった。「勉ちゃん、今日無事に加津ちゃんの小説、発売になりました。まぁ売れるかどうか分からないけど、テレビ局の取材も受けさせたし、そこそこいくんじゃないかな?それと、加津ちゃんの小説の第2弾の原稿、今日届いたよ。でも、なんで発送元が仙台なんだろうね?勉ちゃん、仙台から送ったの?」...加津の小説の第2弾?仙台?僕の部屋を荒らした犯人が、わざわざ仙台から「壮太と加津の小さな鯉のメロディー」を中村はんに送ったゆうことか?

 しかし、留守電の続きを聞いて、愕然としてしまった。「それとね、第2弾のタイトルが勉ちゃんから聞いてたのと違うんだよね。『勉とタキの腐った鯉のメロディー』になってるんだけど...。」

 こりゃあ仙台に行かな、アカンな...。

2003年1月9日 晴れ
 あ〜あ、なんでや。なんで「おかくら」の仕事始めが、1月3日なんや。1日と2日の2日間しか、休めへんやないか。これじゃあ、京都の実家に帰りたくても、せわしなくて帰れへんわ。親方やタキはんは、一度体のエンジンを切ると、なかなか次がかからないとか言うてたけど、そんなの年寄りの都合や!でも、親方から正月の2日間の過ごし方を聞かれて、京都の実家には妹夫婦に遠慮して、帰らんかったことにしたわ。「私には京都のお袋たちよりも、こちらの方がずっと家族やゆう気がしてるんです」言うて、ゴマすったった。何しろ、親方にゴマすって、「おかくら」は宮部勉に譲るゆう遺言書を書いてもらわな、アカンのや。壮太との共同経営はゴメンやからなっ!その壮太の奴、タキはんからおとそをもらって、「俺、未成年なんですけど」なんて、殊勝なこと言うてからに。僕は知ってるでぇ!お前、いつも隠れて酒飲んどるやないかっ!「『おかくら』の酒って、高級酒ばっかりで、たまらないよ!」言うてるやないか!親方はボケとるから、酒の量が少なくなっても、気付けへんけど。いつか告げ口したるわっ!
 実は、正月の2日間、仙台に行った。例の日記と加津のニセ原稿を送った主を探すためや。でも、アカンかった。やっぱり2日間ではムリや。そういえば、公園のホームレスの中に、良はんにソックリなオッサンがおったな。良はん、女こしらえて、仙台に行ったらしいけど、ま、まさか?!
 それにしても、長子はんにはホントむかつくわ!「どうせ朝昼兼用の食事になると思うけど、お雑煮にもおせちにも飽きちゃったな。アタシたち、おむすびでいい。こしらえてくれる?」やて。アホかーっ!なにが「おむすびでいい」やっ!僕のむすびをバカにしとんのかっ!誰が、妻も母親も放棄したようなグウタラ女に食べさせるむすびなんか、こしらえるかぁ!バカを言うのも、たいがいにしてほしいわ。どうせなら、朝昼晩兼用にして、一日一食にせいやっ!

 それにしても親方、五月さんの詫びを入れに「幸楽」に行って帰ってきてから、体の動きが変や。足腰がブルブル震えとる。何か慣れない運動でもしたのやろか?

2003年1月16日 晴れ
 またや...。何がって?親方の親類縁者どものタカリやっ!今日はあかりはんや。何でもあかりはん、むすびの移動販売を広げるゆうて、4人もの子連れ主婦を、自分の商売に巻き込んだらしいわ。その打ち合わせを自宅でやるゆうて、弁当を注文してきよった。弥生はん、ハナはん、あかりはんと4人の主婦で合計7人分の弁当や。1人前2千円の弁当やから、計1万4千円や。それを親方ときたら、またもお祝いのプレゼントとかゆうて、代金受け取らんかった。アホかっ!もう何遍も言うてるけど、もう一回だけ言わせてもらうわ。そ・の・弁・当・を・こ・し・ら・え・て・い・る・の・は、こ・の・勉・様・や・で!!代金受け取れっちゅうのっ!しかも、親方が代金受け取らんゆうたら、あかりはん、「そう言ってくれると思ってた♪作戦成功♪」なんて抜かしよった。これじゃホンマのタカリやないかっ!胸クソ悪いさかい、弁当の中身は5百円分にするわ!
 それにしても、あかりはんの商売に巻き込まれた4人の子連れ主婦が可哀想や。むすびの移動販売なんて、うまくいく道理あらへん。あかりはんのむすびが、そこそこ売れてるんは、勇気ちゃんのおかげや。あかりはん、客が来ると、例の表情コントローラーを使うて勇気ちゃんを無理矢理笑顔にさせるらしいわ。客はいつも笑顔を見せる勇気ちゃん目当てに来るらしい。幼い我が子を商売道具に使うやなんて、母親失格やっ!4人の主婦たちは、表情コントローラーなんか持ってへんさかい、我が子使うて商売なんかできへん。きっと、失敗するわ。あかりはん、4人の販売担当地区も、自分たちで勝手にリサーチして決めてくれゆうてるらしい。無責任過ぎるわ。ホームページで一緒に商売やろう呼びかけたんは、あかりはんやで。むすびの移動販売の責任者として、販売担当地区くらい決めてやれやっ!しかし、なんであかりはんは、失敗すると分かっている商売に、4人の主婦を巻き込んだんやろか?そんな僕の心の声が聞こえたんか、壮太の奴が「勉さん、それは名義貸しっスよ。あかりさん、『ごはんや』の名前で商売させる代わりに、4人から名義貸し料を貰う気なんすよ。」て抜かしよった。そうか、あかりはん、そんなこと考えてたんか。っていうか、何でそんなこと、壮太が知っとるんやっ!
 家に帰ったら、中村編集長から留守電が入ってたわ。「勉ちゃん、『母恋い』バカ売れだよ!いくらテレビ取材で宣伝したからって、まさかこんなに売れるなんて思わなかったよ。早速、加津ちゃんの小説第二弾『勉とタキの腐った鯉のメロディー』の出版準備に移らせてもらうからね。」...ア、アカンわっ!そんな本出されたら、世間のいい笑いものや!天才料理人・宮部勉の名前に傷がつくわ!出版を止めるために、中村編集長に会いに行こうとドアを開けると、そこには...。

「久しぶりやなぁ、勉ちゃん。アテのこと、覚えてるか?アンタに頼みがあって、来たんや。」

ドアの前には、杖をついた大阪弁を話す白髪の老女が立っとった。ま、まさか、ハナ婆?!

2003年1月23日 晴れ
 ハナ婆...僕が小さい頃、近所に住んどった婆さんや。よく、オヤジの料理店にも、食べに来ておったわ。しかし、まさかハナ婆が、良はんのオカンだったとは、知らんかった。人の縁とは不思議なもんや(シミジミ)。ハナ婆曰く、「良に会いに仙台へ行ったんやけど、案の定、良は不動産会社の女社長にダマされて、ホームレスになっとった。まっ、自業自得やから仕方ないけどな。それより、勉ちゃんに渡してほしいいうて、これを頼まれたんや...。」ハナ婆がよこした紙袋。その中には...加津の小説「壮太と加津の小さな鯉のメロディー」が入っとった!やっぱり、僕の部屋を荒らしたんは、良はんやったんや。「良のこと、許してやってや。女社長に唆されて、やってしまったらしいんや。堪忍な、勉ちゃん」すっかり、弱気になっているハナ婆を見て、僕もつい許してしまったわ。「ええんや、ハナ婆。ところで、これからどうするん、ハナ婆は?」すると、ハナ婆の目がキラリと光った。「ワテな、いい考えがあるんや。しばらく、ここに世話になっても、ええか?いや、世話になるいうたかて、ほんの2、3日や。ちょっと東京で調べたいことがあるさかい。それが終わったら、大阪の老人ホームへ帰るつもりや...。」東京で調べたいこと?ハナ婆、いったい何を企んどるんや!
 ところで、加津が「幸楽」を出ることになったらしい。今日、野々下のオッサンと加津が「おかくら」に訪ねてきよった。思いっきり暗い表情をしておったわ、加津は。ムリもないわ。だって、これで壮太と加津の関係は、完全に切れてしまうことになるんやもん。何しろ、壮太にとって加津は、「幸楽」の内情を探る大切な情報源やった。それが「幸楽」を出ていったら、タダのブス小学生や。あっ、加津は小学校を休学したさかい、ブス元小学生か。壮太の奴、「もう、加津とはサヨナラっすよ。まっ、今までいろいろ『幸楽』の情報くれたし。最後に天丼でもこしらえてやるか」などとホザいとったわ。フフフ、そんなこと言えるのも、今の内だけや。「壮太と加津の小さな鯉のメロディー」が出版されれば、イヤでも壮太と加津は離れられなくなるさかい。
 仕事が終わって、帰ろうとしたら、壮太の奴が誰かに電話しとった。「そうか、まだ聖子夫婦が出ていかないのか。でも、君のお母さんだったら押しが強いし、その内聖子たちも出て行くだろう。そしたら、君たち母子が『幸楽』に住むことになるんだ。そのときは、いろいろ情報を頼むよ、僕の可愛いミカちゃん♪」...壮太の奴、新たな情報源を見つけたらしいわ。

2003年1月30日 晴れ
 結局、加津が「幸楽」に戻ってきたらしいわ。せっかく、壮太の「幸楽」情報源がなくなる思うたのに。「おかくら」に、その加津と愛ちゃん、眞クン、城代はんがやってきた。もちろん、タダメシ食うために。でも、加津は強かやった。来るなり、そっと壮太の奴に耳打ちしよった。「ミカちゃんから聞いたよ。今度はミカちゃん使って、『幸楽』の情報を探ろうとしたらしいね。そうは問屋が下ろさないんだからっ!」と壮太の奴に絶縁宣言しよった。壮太の奴、顔が青ざめよった。ええ気味やっ!僕は、思いっきり加津のことが好きになってしまったわ。だから、今日はタダメシでも何でも、加津の好きなもの、こしらえてやろうと思うたわ!
 また、葉子はんが結婚するとか言い出しよった。何回、婚約→婚約破棄→婚約→婚約破棄を繰り返せば、気が済むんや、葉子はんは!どうせ、一度は離婚しとるさかい、迷わず結婚すれば、ええんや。相手は宗方はんか、思うたら違うたわ。どうも、葉子はん、城代はんを気に入っとるらしい。たまたま、加津たちが来てたときに、葉子はんがやって来よったけど、城代はんを見つめる葉子はんの目、尋常やなかった。しかし、城代はんは、タキはんの手下や。このままだと、タキはんが城代はんを使うて、また何か企むに決まっとる。あ〜あ、せっかく壮太の奴が大人しくなったと思うたら、今度はタキはんか。いったい、いつになったら、「おかくら」に平穏が訪れるのや。
 配達にきたあかりはんから聞いたんやけど、家出したハナ婆が戻ってきたらしいわ。そういえば、2、3日の間、僕のアパートにいて、何やら東京で調べものするとか言うてたけど、何を調べたんやろか?一度、ハナ婆と連絡を取ってみるか...。
 あ〜あ、ムカツク!英作はん、本間のバアサンの体の具合が悪いから、お粥こしらえろ言うてきよった。アホかっ!なんで、この僕があの顔デカババァのために、お粥こしらえなアカンのやっ!長子はんにやらせたら、ええやんかっ!しかも、出来あがったら、マンションまで届けろいうてからにっ!そしたら、壮太の奴、「勉さん、僕がこしらえますよ。これも修行ですから」なんて、殊勝なことを抜かしよった。ああ、頼むわ言うて、壮太にお粥こしらえさせて、本間のバアサンのマンションまで届けさせたわ。
 ハワイに住む親方のお姉さんが、帰ってくるらしい。いったい、何しに来るんやっ!何日間いるつもりやっ!何食分のタダメシをこしらえさせるつもりや、この僕にっ!!そんな愚痴をコボしていたら、壮太の奴が本間のバアサンのマンションから戻ってきよった。顔に薄笑いを浮かべた壮太。早速、どこかへ電話してたわ。

「ああ、やっぱり、あのバアサン、使えるよ。今日、マンションに行ってきたんだけど...。」

 し、しまったぁ!壮太の奴、本間のバアサンのマンションで、何か情報を仕入れてきたんや。いったい、何の情報を?そして、誰にそのことを報告したんやっ!
 壮太を本間のバアサンのマンションへ行かせたことを後悔していた僕に、さらに追い討ちをかけるようなことが...。アパートに戻ったら、中村編集長から留守電が入ってたわ。「加津ちゃんの小説第2弾『壮太と加津の小さな鯉のメロディー』だけど、出版を見合わせることになったよ。加津ちゃんが、今後テレビ取材は受けたくないって言ってね。テレビのパブがないと、売れないんだよね、最近の小説は。悪いね、勉ちゃん。」...さ、最悪や。

2003年2月6日 晴れ
 親方のお姉さんの珠子はんが、ハワイから帰ってくることになったわ。親方ときたら、珠子はんの体の具合が悪くなったからやと、勝手に妄想しよってからに。人の体より自分の体を心配せえっちゅうのっ!それに、珠子はんの歓迎会開く言うて、岡倉姉妹に電話かけまくっておったわ。まったく、迷惑な話や!岡倉姉妹を呼ぶいうことは、その亭主やら子供やら姑やらが、ぎょうさんやって来るいうことや。そんなことになったら、用意する料理も増えるっちゅうねんっ!これ以上、タダメシこしらえるのも、イヤやさかい、思わず親方に「ハワイの奥さんは、親方が可愛くてお帰りになるんです。親方がお相手してお上げになったら、それで」って言うてしもうたわ。まっ、弥生はんも五月はんも文子はんも、仕事が忙しくて来れへんらしい。ひと安心や。ついでに、親方にこんなことも言うてしもうた。「お店のことなら、大丈夫ですよ。久しぶりに、ご姉弟で旅行でもなさって、ゆっくり温泉にでもつかっておいでになったら。」って。えっ?勉ちゃんって、この日記だと腹黒い人間に思えるけど、ホンマは親方想いの心優しい人間やって?勘違いせえへんでほしいわ。僕は、単に親方が邪魔なだけや。まな板拭きと盛り付けしかできへん親方がいなくなっても、全然困らへん。それより、親方がおると、入れ替わり立ち替わり、岡倉姉妹や親類縁者がやってきて、タダメシこしらえなアカン。親方はおれへん方がマシやっ!
 しかし、なんで珠子はんに出す料理、ふぐちりなんや。普通のお客さんに出したら、いくら取れると思うてんねん。しかも、このふぐちり、恐らくグウタラママの長子はんも食べるんやろなぁ。悔しいわっ!僕は、一所懸命働いて、こしらえるだけ。長子はんは、上げ膳据え膳のクセに、ふぐちりはシッカリ食べる。世の中、不条理やっ!働きもんがバカを見る時代やっ!そのときやった。例のコントローラーのことを思い出したのは。神林のオッサンがヒナちゃんにあげたオモチャ、あれがヒナちゃんを操るコントローラーだったことは前にも書いたけど、僕はコッソリ、そのコントローラーをヒナちゃんの体にくっ付けてしまったわ。すると、ヒナちゃん、まるで壊れたオモチャみたいに、長子はんに都合の悪い話ばっかり、珠子はんにしたらしい。ええ気味やっ!世の中、長子はんの思い通りにはいかへんのやっ!ザマーミロ!
 ところで、配達にきたあかりはんが、本格的にむすびの移動販売を広げる言うてきよった。あかりはん曰く、移動販売車の数に比例して、むすびの売上げも伸びるらしい。本気なのか、あかりはんは。ちゃんと巡回する地区をリサーチしたから、大丈夫言うてたけど、あかりはんのリサーチなんて当てにならへん。だって、あかりはん、巡回する地区に勇気ちゃん連れてって、「まぁ、可愛い!」って言ってくれた主婦の人数だけ、むすびが売れると思うてるらしいもん。それをリサーチって、呼んどるらしいわ(苦笑)。確かに、勇気ちゃんをダシにして、商売しとるあかりはんらしいわ。
 珠子はんの歓迎会のとき、珠子はんがトンデモ発言をしよった。葉子はんに3億円で商売始めろって、言い出しよった。3億円だよ、3億円!この“3億円”という金に、即座に反応したのが、約2名。...タキはんと壮太や。

 いよいよ、僕とタキはんと壮太の最終決戦の時がやって来よったわ...。

2003年2月13日 晴れ
 だ、誰やっ!店の酒、勝手に飲んだんはっ!これは「おかくら」にある酒の中で、一番高級な酒やっ!いったい、誰や?しかも、酒のビンもコップもカウンターに置きっぱなしにしよってからに。後片付けもせえへん、だらしない人間...この「おかくら」には1人しかおらへん。...長子はんや。あのグウタラママ、夜は遅くまで仕事しとるから、朝寝坊は当たり前みたいなこと抜かしとるクセに、真夜中に酒飲んどったら、世話ないわっ!でも、待てよ?コップが2つあるわ。酒を飲んだ人間、もう1人おるわ。誰やろ?ん?このコップの縁に付いとる口紅の色。これは、葉子はんの口紅や。はぁ...ホンマに岡倉姉妹は、公私混同して始末におえへんわ...。
 その葉子はん、いきなり結婚する言う出したと思うたら、その舌の根も乾かん内に、止める言い出しよってからに。もう、どうでもええわ。一時期、僕も葉子はんと結婚して、「おかくら」の正式な後継者になろう思うたけど、親方から僕と壮太に「おかくら」譲る言われたさかい、ムリして葉子はんと結婚して、トラブルまみれの岡倉家と親戚になることもないやろ。岡倉家のトラブルは、見ているだけの方がオモロくてええわ。タキはんも「葉子さんと久光の結婚を反対したのは、ただ単に岡倉家と親戚関係になって、トラブルに巻き込まれるのが、まっぴら御免だったからでございます...」言うてたわ。
 ところで、珠子はんの3億円発言を巡って、2月1日から3日までの3日間、僕とタキはんと壮太との間で、激しい攻防戦が繰り広げられたわ。まず、動いたのは壮太やった。病気になった常子はんにお粥を届けて以来、常子はんと親密になった壮太。早速、常子はんに電話しとったわ。「3億円ですよ、3億円!いくら長子さんと折り合いが悪くて、『おかくら』の敷居が高いからって、このチャンスを逃すっていう法はないでしょう。取りあえず、挨拶だけでもしといた方がいいっスよ!」なんて常子はんを利用する手に出よった。その常子はん、まぁ、珠子はんのことを「素晴らしいお方やないですかいな〜♪」なんてこれ以上ないっちゅうくらい、ホメよってからに。本間病院から月30万円の手当て貰っとる常子はんでも、3億円に目が眩んだんやろな。さらに「ハワイでボランティアに命懸けてはるて!まぁ、駆け出しのアタシにとっては大先輩でございますけどな!へっ!」なんて抜かしよった。さては常子はん、ボランティア繋がりで、珠子はんから金毟り取ろうという魂胆やな。
 次に動いたのは、タキはんやった。手下の城代に電話しとったわ。「そうよ。明日の節分の日に『おかくら』へいらっしゃい。ちゃんと珠子さんにご挨拶するの。そうね、成田山へ行って、お札を貰ってらっしゃい。えっ?仕事があるって?3億円よ、3億円!成田山のお札をプレゼントしたら、きっと珠子さんお喜びになるわ。節分に帰国するのは、何十年ぶりって、仰ってたもの。」言うて、無理矢理城代に仕事休ませて、成田山へ行かせたらしいわ。ところがその城代、何を勘違いしたのか、「おかくら」ではなく「幸楽」に行ってしまいよった。間違いに気付いた城代やったけど、勇はんから無理矢理節分のお祝いの宴に参加させられたらしい。後からタキはん、城代のことを「あのオオボケの役立たず男がっ!せっかくのチャンスを逃しやがってっ!」って口汚く罵っとったわ。ええ気味や!
 さて、そろそろ僕も動くかな。僕かて3億円欲しいさかい、手を打たな。そう思うてたら、親方から「勉ちゃん!悪いけどね、今日お姉ちゃん囲んで節分のお祝いするからね、料理の材料、たくさん買って来ておくれ!」なんて言われて、一日中あっちこっち買い出ししてる内に、何の手段も講じることができへんかった。全く、親方の奴、いい迷惑や!

 その親方、「おかくら」で僕とタキはんと壮太の激しい攻防戦があったとも知らずに、今日も高イビキや。つくづく平和な人やなぁ...。

2003年2月20日 晴れ
 珍しく壮太の奴が落ち込んどった。てっきり、珠子はんから3億円貰えんで落ち込んどる思うたら、違うたわ。「加津から聞いたんスよ。眞の奴、担任から東大はムリだって言われて落ち込んでるって。アイツ、東大受験諦めちゃうのかなぁ」って抜かしよった。僕は腰を抜かすくらい驚いてしもうた。えっ?眞クンが無謀にも東大を目指していることを驚いたのかって?ちゃうちゃう。今さら「幸楽」の人間が何しようが、驚きはせんわ。壮太の奴が、眞クンのことを心配していることに驚いたんや。腹黒い、腹黒い思うても、壮太はまだ子供や。友達を思う純真な心は残っとったんや。久々に心洗われる思いがしたわ。
 今日、突然由紀はんが訪ねてきよった。ああ、またタダメシこしらえなアカンのか思うたら、後から来た常子はんから、料理なんてこしらえんでええ、由紀はんは本間病院へ追い返す言ってたわ。あの顔デカバアサンも、たまにはええこと言うわ。それにしても、何しに由紀はん、来たんやろか?生まれたばかりの赤ん坊も連れてきてないようやし。赤ん坊の名前なんていうたっけかな?確か、尊敬する兄夫婦の名前を一文字ずつとって命名したはずや。長子はんの「長」の字と、英作はんの「作」の字をとって、「長作」言う名前だったはずや。長作...ププ〜♪笑うてしまうわ。ドリフのリーダーちゃうんやから。
 しかし、常子はんのことを感心したのは間違いやった。あのバアサン、帰り際に「勉ちゃんっ!明日からワテへのお食事、由紀もいるさかい、2人分運んできてよっ!へっ!」なんて抜かしよった。なんや、由紀はんを大阪へ追い返すちゃうんかっ!いつの間に、常子はんと由紀はんは同居することになったんやっ!っていうか、長作ちゃんはどうするつもりやっ!親方に助けを求めよう思うたら、「まっ、勉ちゃん、そういうことだから。ここはひとつアタシの顔を立ててだね、2人分頼むよ。」なんて言われたわ。クッソ〜、このタヌキ親父めっ!自分の娘のためなら、自分でこしらえろっちゅうのっ!
 仕事が終わって、壮太が例の如く、加津に電話しとったわ。「そうか、眞の奴、サチさんに説得されて、また東大目指すようになったのか。良かった、良かった♪」電話を切った後、壮太の奴、ガッツポーズをしとったわ。眞クンがやる気になったこと、よっぽど嬉しいやなぁと思うた矢先やった。壮太の独りごと。「眞が東大諦めたら、『幸楽』継ぐことになるからな。それだけは何としても避けないと。だって、『幸楽』を継ぐのは、この森山壮太様なんだから!俺は『おかくら』だけに収まるような器じゃないんだ。いずれ『おかくら』と『幸楽』を手中に収めて、和食と中華の2枚看板の大オーナーになってみせるんだから!」

 やっぱり、壮太は腹黒い奴やった...。

2003年2月27日 晴れ
 ここのところ、タキはんが不穏な動きを見せておるわ。パソコンで店の帳簿つけるフリして、ネットサーフィンしとるようや。この間、どこかのホームページにアクセスして、掲示板に何やら書き込んでおった。いったい、何のホームページを見とるのか思うて、タキはんと壮太が例の昼食に行っとる間に、こっそり履歴でアクセスしてみたら...加津のホームページやった。これが笑ってしまうホームページや。トップページは、「私が、あの『母恋い』を書いた天才小学生・野々下加津で〜す!」という文字とともに、画面いっぱいに加津の顔写真。...小島家には鏡がないんか?コンテンツはというと、掲示板とリンク集。「母恋い」の小説は、本の売上げに差し障るいうことで、削除したようや。(これは中村編集長はんの入れ知恵や。)それと「加津のファンクラブ会員、募集中!」いうリンクボタンもあったわ。クリックしてみたら、「ただ今、加津のファンクラブ会員を募集中で〜す。入会金は1万円...」 すぐに「戻る」のボタンをクリックしたわ...。
 リンク集をクリックしたら、「中華幸楽」「お食事処おかくら」「ごはんや」「ごはんやのおむすび」の他に、「うるさばばあの人生相談」なんてのがあったわ。“うるさばばあ”って誰や?他には「望の部屋」。へえ、望クン、自分のホームページ持っとるんや。それから「出前のおひるやすみ Presented by 浩次」...誰がアクセスするねん!「ヒナちゃんからのおてがみ」...あのヒナちゃんがどうやってホームページこしらえるねんっ!それからと...えっ?こ、これは?「壮太のLife−Style」...。い、いつの間に、壮太の奴、こんなホームページを...。親方並みに手を震わせながら、恐る恐るクリックしようと思うたら、いきなり電源が切れてしもうた。その矢先、すぐ側で親方が倒れてしまいよった。どうやら親方、パソコンの電源コードに足を引っ掛けたようや。まったく、ケッタイなオッサンや...。
 今日、また常子のバアサンと由紀はんが来よった。口では「ちゃんと支払いはさせてもらいます♪」言うてたクセに、散々料理を食べた後、英作はんが帰ってきたら、そのまま2階へ。何やら話込んだ後、1階へ下りてきて、「お邪魔しました。ほな、さいなら」言うて、帰ってしまいよった。...結局、タダメシやないかっ!僕は知ってるで〜。常子のバアサン、自分たちが料理食べ終わる頃を見計らって、帰って来るように英作はんに指示したことを。最初から、料理の代金、ウヤムヤにするつもりやったんや。まったく、母親の言いなりになってる英作はんも英作はんやっ!まあ、常子はんのマンションまで料理届けることがなくなっただけ、マシと思うことにしよか。
 仕事が終わって、厨房の片付けをしとったら、タキはんがコソコソ電話をしておったわ。「五月さんから、加津ちゃんがいなくなったって電話があったから、あなたと加津ちゃんが無事会えたと思っていたわ。ね、アタクシの言った通りでしょう。アタクシも“バラの小母さん”っていう名前で、加津ちゃんのホームページの掲示板に書き込みした甲斐があるっていうものよ。加津ちゃんは、ちゃんとクローゼットの中の汚らしいコートを見たの?...そう、ホテルの洗面所の電話から自分のケータイに電話したの。着信音で加津ちゃんをクローゼットまで誘導したのね。アンタもやるわねぇ。『峯屋』には、ちゃんと着物返してくれた?あそこのご主人には、アタクシも色々お世話になっているから。取りあえず、第一段階は成功ね。次は...」
 いったい、タキはんの電話の相手は誰やったんや?そんなことを考えながら、アパートに戻ると、中村編集長から留守電が入っとったわ。「今日、加津ちゃんから、お金貸してくれって頼まれてね。貸してくれないと『母恋い』の版権引き上げるって脅されたよ。まったく、母親の躾がなってないと、あんな子に育っちゃうのかね。あっ、母親はいないんだった。失敬、失敬(笑)。」

 バラの小母さん、加津のホームページの掲示板、ケータイの着信音、汚らしいコート、「峯屋」の着物、中村編集長への金の無心...これを繋ぐ糸は、いったい何やっ?!

2003年3月6日 晴れ
 今日は雛祭りや。案の定、常子はんと由紀はんが来よったわ。おまけに英作はんまで、病院早引けして帰ってきよった。あ〜あ、またタダメシかいな。まぁ、ヒナちゃんの雛祭りのお祝いや。ヒナちゃんのためやと思うて、料理こしらえるとするか。そんなことを考えておったら、常子はん、何と由紀はんと大阪の本間病院へ帰る言い出しよった。何でも、今だに伸彦はんから連絡ないのはけしからん、大阪へ戻って伸彦はん追い出して、由紀はんと一緒に本間病院切り盛りするゆうことらしいわ。バンザ〜イ!やっぱり神様ゆうのは、おるんやなぁ。あの親子が大阪へ帰ってくれたら、もうタダメシこしらえんでもようなる。嬉しいこっちゃ!と思うた矢先、僕の喜びをズタズタに引き裂こうとする人物が現れよった。...伸彦はんや。由紀はんを迎えに来たらしいわ。何でこのタイミングで現れるかなぁ?もうちょっと大阪にいてくれはったら、常子はんと由紀はん2人とも大阪へ帰るところやったのに。由紀はんだけ連れて帰られても、常子はんが東京に残ったままやったら、何にもならへん。何しろ、常子はんが食べる料理の量、由紀はんの3倍やもの。むしろ常子はんの方を大阪へ連れて帰ってほしいわ。
 それにしても長子はん、伸彦はんに育児についての講釈をたれたらしいわ。育児は夫婦でするものやて。はぁ〜?どの口がほざいとるんや。アンタ、育児なんてせえへんやないか。ヒナちゃんの世話はタキはんに任せ、食事の仕度は僕に任せとるクセに。いや、ヒナちゃんだけやない。アンタ自身の世話も周りの人間に任せとるやないか!偉そうなこと言わんでほしいわ。そんな僕の心の声が聞こえたんか、壮太の奴「いいじゃないスか。誰かのために料理をこしらえるなんて、独りもんの勉さんには縁のないことなんだから。長子さんたちのために、思う存分世話して差し上げたら。」なんて抜かしよった。やかましいわっ!いつか目にモノ見せてやるぞ、壮太!
 その壮太、帰り際に伸彦はんに耳打ちしておった。「良かったですね。本間病院を手放すことにならなくて。」「壮ちゃんのおかげだよ。壮ちゃんから連絡を貰わなかったら、本間病院を追い出されるところだったんだから。でも、もう少し独身生活を楽しみたかったんだけどな。」「昨日、常子さんのマンションにお邪魔したら、近々大阪へ帰るみたいなことを仰ってたんで、ご連絡させて頂きました。僕の方も、もう少し常子さんには東京にいてもらわないと困るんで。」「ああ、例の件か。しかし、壮ちゃんも相当のワルだね...。」 腹黒い男が約2名、僕の目の前におったわ...。
 しかし、腹黒いのは壮太だけやなかった。タキはんも同じ穴のムジナや。まず、光子はんに電話して「200万円の借金は、私が全て面倒を見ましょう。だから、『幸楽』へ戻りなさい。探って欲しいことがあるの。...そうね、浩ちゃんの力も借りなさい。浩ちゃんには私から連絡しておくから...。」 さらに城代に電話して「『幸楽』へ行って、愛ちゃんのバイトのことをバラしなさい。えっ?そんなことをしたら、愛ちゃんに嫌われるって?アンタ、私たちの目的を忘れたの...。」 そして3人目の誰かに電話して「しばらく、その旅館で大人しくしていなさい。えっ?旅館の女将の方言が聞くに耐えないですって?アンタ、私たちの目的を忘れたの...。」 腹黒いババァが約1名、僕の目の前におったわ。
 しかし...それは全て僕の勘違いやった。今日のタキはん、いつにも増して電話かけまくって、行動が大胆やったわ。それに、年がいもなく髪に花の髪飾り。全然、似合ってないっちゅうねんっ!しかし、僕が冗談で「タキはん、そんな髪飾り止めましょうよ。タキはんらしくありませんよ。」言うて、タキはんの頭に手を伸ばしかけたその時やった。「勉ちゃん!触るんじゃないよっ!」と怒鳴り声。振り返ると、そこには怒りに満ちた表情の親方が立っておったわ...。

 タキはんの髪飾り、あれはタキはんを操作するための例のコントローラーやった。そして、それを操作して、タキはんに腹黒い行動をさせておったのは...。

 ま、まさか、今までのタキはんの行動は、全てこの人が操作しておったのか?そう言えば、タキはんが腹黒い行動をするとき、必ずこの人の手は震えておったわ。手の震え、それがコントローラーを操作する方法やったんか?「おかくら」で一番腹黒い人物、それは?!

2003年3月13日 晴れ
 なんということや...。今までタキはんがしておった腹黒い行動の数々。それは全てタキはんをコントローラーで操作した親方の仕業やったんやっ!単なる老化現象思うとった手の震えは、微妙なバイブレーションによるコントローラーの操作法やったんやっ!ショックや。あの親方が一番の黒幕やったなんて。でも、いったい何のために、そんなことを。そんな僕の心の声を読み取ったのは壮太やった。「そんなの決まってるじゃないスか。わざと娘さんたちの家にトラブルを引き起こして、『おかくら』に娘さんたちが訪ねるように仕組んでるんスよ。やっぱり、お寂しいんスね、親方は」って抜かしよった。そんなアホなっ!いくら寂しいからって、娘たちの家にトラブル起こす親がどこの世界におるんやっ!そう思うとったら、愛ちゃんが「おかくら」に居候することになったわ。何でも城代のボンクラが勇はんに愛ちゃんのバイトをバラして、愛ちゃんが「幸楽」を出て行かなアカンようになったらしい。はっ!城代に愛ちゃんのバイトをバラすように仕向けたのは、タキはんやった。そのタキはんを操作したのは、親方...。愛ちゃんが「おかくら」にやって来て、一番喜んどったのも、親方...。なんちゅうことや。
 今日、常子はんと神林のオッサンが訪ねてきよった。ヒナちゃんの小学校問題で、神林のオッサン、えらい剣幕で怒っとった。よ〜く見てみると、親方と同じように手を震わせておった。神林のオッサンが、コントローラーの開発に一枚噛んでいたのは前にも書いたが、まさか、この手の震えで誰かを操作しているのでは...。その神林、帰り際に親方に耳打ちしとったわ。「岡倉さん、このコントローラーの使用期限は、残り2週間ですよ。それまでに、お互い目的を達成させましょうね。」「ええ、ウチには愛が来てくれましたからね。半ば目的は達成されたようなもんですよ、ハハハ。」い、いったい2人の目的って、なんやっ!それに残り2週間って...。
 愛ちゃんが「おかくら」に同居すると聞いて喜んだんは、親方だけではなかった。...壮太や。壮太の奴、愛ちゃんのことが気になるらしく、里芋の皮むきも失敗ばかりしよって、タキはんに注意されっぱなしや。っていうか、なんでタキはんが偉そうに注意するねん!アンタかて、ついこの間、調理師の資格を取ったばかりのぺーぺーの新米板前やないかっ!二言目には「長い間台所を預かってきた」などと料理の経験が豊富みたいなことを言うてからに。家庭の台所と料理屋の厨房は違うんじゃっ!タキはんの言うことをマトモに聞いておったら、日本中の主婦は皆、板前になってしまうやないかっ!いかん、話がそれた。壮太の奴、完全に愛ちゃんに色めきたっておるわ。年ごろの男女を同じ屋根の下に暮らさせるやなんて、絶対アカン!そんな僕の心の声を読み取ったのか、壮太の奴、「何をカン違いしてるんスか。僕の興味は愛さんじゃなくて、『幸楽』ですよ。もし、僕と愛さんが結婚したら、僕は『おかくら』と『幸楽』の両方を手中に収めることができるんスから!」なんて抜かしよった。なんちゅう腹黒い男やっ!ま、待てよ。タキはん同様、壮太もまた、他の誰かに操作されて腹黒い行動をしておるのかも?

 しかし、ただひとつだけ言えること。それは、この宮部勉様だけは誰にも操作されてないちゅうことや。たぶん...。

2003年3月20日 晴れ
 ああ、イラつく!今週も、葉子はんやら太郎はんやら宗方はんやら文子はんやら利子はんやら、入れかわり立ちかわりやって来よってからにっ!み〜んなタダメシやっ!しかも、親方ときたら、葉子はんのために金貸す言うてからに。そんな気まぐれワガママ娘のために用意する金があるんやったら、僕の給料もう少し上げてほしいわ。給料少な過ぎて、好きな競馬も控えとるんやから。それにしても葉子はん。いったい、いくつになったんや。あの歳で、まだ父親に金の無心にくるかなぁ。情けないわ!しかし、それもよく訳が分からん内に、再び宗方はんと仕事を始めることになったから、親方の金いらんようになったらしいわ。ホンマに気まぐれ女や、葉子はんは。
 ところで、愛ちゃんがトンデモないことになっとるらしい。テレビ局でヘマばかりしとるみたいや。中村編集長からの情報や。中村はんの知り合いに、以前加津の小説の取材をした東京中央テレビのADがおるんやけど、そのADによると、とにかく愛ちゃん、モノ忘れがヒド過ぎるらしいわ。タレントのスケジュール調整や弁当の手配などヌケが多過ぎるようや。愛ちゃん言うたら、岡倉一族では一番しっかりした娘さんや。なんで、そんなにヌケが多いんやろ。これには何か裏があるのでは...。
 それにしても、今週最も腹が立った2人。文子&利子のバカっ母ペアや。望ちゃんに頼まれて、僕が電話で「音大合格間違いないですよ」と言うたことも知らずに、大喜びしてからに。アホかっ!昨日今日、ピアノ始めた人間が、なんで音大合格することができんねんっ!普通に考えたら分かるやろっ!しかも、文子はん。親方に3月は弥生はんの誕生日やなんて、また余計なこと抜かしよって!案の定、親方ときたら、弥生はんのために皆集めて誕生パーティー開くなんてほざきよった。ええ加減にしてほしいわ。僕は岡倉家の家政婦ちゃうんや!なんで親方の身内のパーティーの食事をこしらえなアカンのやっ!
 ああ、もう疲れたわ。毎日毎日、タダメシ食いにやって来る親方の親類縁者たち。その裏で腹黒い行動を繰り返すタキ&壮太。さらに、そのタキはんを操っていた大黒幕の親方。もう、ええわ。京都に帰ろう。京都の店で、のんびり料理こしらえていた方が、精神的にもええわ。
 仕事が終わって帰ろうとしたら、壮太が調理場に一人たたずんでおった。こっそり見ていると、白衣のポケットから手帳らしきものを取り出した。そして、壮太の奴「スミマセン、愛さん。でも、こうするより他に方法がないんです」言うておったわ。あの手帳は何や?そう思うた矢先、「壮ちゃん、ちょっと来てくれ」と親方の声。その声に驚いたのか、壮太の奴、その手帳を調理場に置き忘れて、親方の部屋へ飛んでいきよった。恐る恐る調理場に近づいて、壮太が残していきよった手帳をみると...表紙にデカデカと「小島愛のスケジュール帖」と書かれておったわ。そうか!愛ちゃんの仕事のミスは、壮太がこのスケジュール帖を隠していたからなんや。スケジュール帖には、東京駅へアイドルを迎えに行く時間やらロケ車に詰め込むジュースの数なんかが書いておったわ。この手帳を取られたら、そりゃあいくら優秀な愛ちゃんでも、仕事をミスるはずや。しかし、なんでまた壮太の奴、そんなことを...。
 でも、もうええ。どうせ「おかくら」を辞めるんやから、壮太が何の目的で愛ちゃんの手帳を隠したのか、そんなことどうでもええ...。アパートに戻ると留守電が入っておったわ。どうせまた中村編集長はんかと思いきや...それは意外な人物からやった。

 「へへっ!勉ちゃん、久しぶり!良です。今日、東京へ戻ってきました。実は勉ちゃんにどうしても伝えなければならないことがあってね。へへっ!」

 良はんが僕に伝えたいこと?いったい、何や?そのときやった。僕の頭の中で、突然ある光景がフラッシュバックにように現れたのだ。その光景とは...かつらむきをする僕。

2003年3月27日 晴れ
 久々に会った良はんは、風呂に入っとらんのか、エラく臭ったわ。
良「へへっ!勉ちゃん、久しぶり。これから、あかりの移動販売を見に行かないといけないから手短に言うね。勉ちゃんは、例のコントローラーのこと、知ってるよね?あれ、実は岡倉のお義父さんがタキさんや壮ちゃんを操作して、わざと岡倉姉妹にトラブルが起こるように仕向けていたんだよ。」
勉「そのことは、つい最近、僕も知ってしまいましたわ。エラいショックでした。あの親方がそんなことなさるやなんて。ご自分の娘さんたちにわざとトラブルを起こさせて、ご自分を頼るように仕向けるやなんて。でも、親方もお寂しいんとちゃいますか?僕はそう思うて、親方のなさることに目を瞑ることにしました。」
良「でもね、勉ちゃん。実はそのお義父さんも、ある人物に操られていたんだよ。僕は仙台の女社長の会社を再建するとウソをついて家を出て、いろいろ調べたんだ。何しろ、弥生の親戚はトラブルだらけだからね。あまりに不自然かつ頻繁なトラブルの起こり方に、これには裏があると思って、弥生にだけ訳を話して、家を出たんだよ。」
勉「だから、弥生はんは良はんの家出にも寛大でいらしたんですね。...ところで、親方を操っていた人物って、いったい誰なんですか?まさか、コントローラーを開発した神林先生?」
良「へへっ!それは違うな。岡倉のお義父さんを操っていた人物、それは...勉ちゃん、君だよ!
勉「はぁ?何、やぶから棒に言い出しはるんですか?何で僕が親方を操作せなアカンのですか?しかも、どうやって親方を操作した言うんですか?」
良「お義父さんを操作する方法。それはね、勉ちゃん、君のかつらむきさ。君はお義父さんの背後で、いつも必死にかつらむきをしている。かつらむきをする際に発せられる微妙な空気の振動で、君はお義父さんを操作していたんだよ!」
勉「そ、そんなアホな!それじゃあ、動機は何ですか!親方の娘さんたちにトラブルが起こって、『おかくら』に押しかけられて、タダメシこしらえさせられて一番迷惑するのは、この僕なんですよ!」
良「そのことは君の日記を読ませてもらって、よく分かってるさ。あっ!勉ちゃんも気付いたと思うけど、君の部屋を荒らして日記を盗んだのは、この僕だよ。仙台から送り返したけど、ちゃんと届いたかな?それはともかく、君の動機。それは、君の知り合いの中村編集長にヒントが隠されているのさ。ズバリ、君は岡倉姉妹のトラブルをネタにして、小説を出版しようと目論だんだろう!」
勉「ええ加減にしてほしいわっ!言いかがりも甚だしいわ!な、なんで僕がそんな本、出版せなアカンのですか!バカも休み休み言うてほしいわ!」
良「勉ちゃん、年貢の納めどきだよ。いくら好きな競馬で借金背負ってるからって、世話になってる人の家のトラブルをネタにして、ひと儲けしようだなんて思っちゃいけないよ。勉ちゃんの日記だって、日記というより、小説のネタ帖だろう?悪いことは言わない。もう止めるんだ、こんなこと。今、止めたら、僕もお義父さんには内緒にしておくよ...。」

 な、なんということや。全て見抜かれてしもうた。そうや、この一年間の岡倉家のトラブル。ぜ〜んぶ、この天才料理人・宮部勉様が仕組んだことや。僕が、かつらむきで親方を操作し、その親方は手の震えでタキはんや壮太を操作し、岡倉姉妹にトラブルが起こるように仕向けたんや。しかし、もう終わりや。まさか、伝書バト・良はんに見抜かれてしまうとは...。せっかく、小説のネタ、一年分溜まったのに出版できへんやなんて、殺生な。何とか手を打たな...。

 僕が親方の背後でかつらむきをするのを止めて以来、「おかくら」がトラブルに巻き込まれることは無くなったわ。親方の親類縁者たちも、滅多に来ることがなくなってしもうたし、来たとしても、ちゃんと金を払いよる。タキはんや壮太も、不穏な動きを一切見せんようになった。毎日が平穏無事。今日も仕事が無事終わって、親方に挨拶して、アパートに戻ったら中村編集長はんから留守電が入っておったわ。「勉ちゃん、元気?君の日記、テレビドラマ化されたよ。実は今日から放送されるんだ。連絡が遅れてゴメンね。その代わり、ギャラは弾むから...。」
 急いでテレビをつけた僕の目に飛び込んできたんは...「渡る世間は鬼ばかり」いうタイトルのドラマやった...。中村のオッサン、橋田壽賀子とかいうオバハンに僕の日記を売りよったんか。まあええわ、誰に売ったかて。僕にギャラが入れば、...それでええ!



 さて...日記のネタは一年分あるはずや。取りあえず、一年間はおとなしくしとこう。一年経ったら...。



...?


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