1998年10月、初めての海外旅行先のニューヨークで急死した岡倉大吉の妻・節子。今だに続く娘たちのゴタゴタを、節子はどんな思いで見守っているのだろうか...。

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四月一日(木)
 お父さん、お元気ですか?私がこちらへ来てから、もう五年半になるんですね。その間、娘たちときたら、みんな自分たちの生活に追われて、誰も私の墓参りには来てくれないんですよ。とうとう私のお墓、無縁仏になっちゃいましたよ。だいたい、なんで岡倉の家にある私の仏壇に遺影がないことを、娘たちは不思議がらないのかしら?お父さんは頭がボケてるから仕方ないけど、娘たちは別。特に長子!上げ膳据え膳のぐうたらママなんだから、少しは気を利かして、飾りなさいよ、私の遺影を!ホント、娘なんてつまらないっ!お父さんもお父さんですよ。いくらボケてるからって、お隣のお墓をお参りすることないでしょう?だから私のお墓、無縁仏にされちゃったんですよ!ホント、頼りないったら、ありゃしないっ!しかもお隣のお墓にお花じゃなくて、『幸楽ラーメン』なんていうカップメンをお供えするものだから、カラスが寄ってきて大変。お隣さんから苦情が出てるんですよ。なんで死んだ後までご近所さんに文句を言われなきゃいけないのかしら?
 ところで今日、村木さんがこちらの世界へいらっしゃいましたわ。覚えているでしょう?お父さんがサラリーマンだった頃、よく家にいらっしゃった村木さん。その村木さんがね、「若い頃、岡倉君に10万円貸したんだけどね、あれまだ返してもらってないんだよね。今年の年賀状にも、返してもらうために上京するって書いたばかりなのに。無念ですよ。」って仰ってたわ。いやですよ、お父さん!お金のことはしっかりしてくれないと。恥ずかしい思いをするのは、私なんですからね!
 それにしても、「おかくら」にいるタキって女、何者かしら?私の友達とかいって「おかくら」に居座っているけど、あんな女、私は知りませんよ!お父さんはボケてるから、私の友達と信じているみたいだけど。勝手に「おかくら10周年記念パーティー」を開催するために、金に糸目はつけないとかいって、何様かしら?だいたいあんな口がでかくて、ガミ声の女がいたら、「おかくら」の品位が落ちるというものでしょう。それなのに、お父さんだけでなく、娘たちまであんな女に頼ったりして。
 もぉ我慢できないわっ!よし、これから一年の間に、何とかしてお父さんの目を覚まさせてやるわっ!...っていうか、下界でお父さんの目を覚まさせるよりも、こっちの世界へ呼んだ方が早いか...。

四月八日(木)
 お父さんっ!まったくいい加減にしてくださいよっ!なんで長子たちを「おかくら」から追い出すような真似するんですかっ!長子は本間家に嫁がせたとはいえ、実質的には岡倉家の跡取りなんですからね。そりゃあ姉妹の中じゃあ、一番出来の悪い娘だけど、お父さんの側に娘が一人もいないのに比べたら、どんなにマシか知れやしない。日向子が自分の部屋を欲しいっていうんだったら、あげたらいいじゃないですか。えっ?そんな部屋はないって?あるじゃないのっ!あの壮太とかいう、お料理のお運びしかできないジャニーズの出来損ないを追い出せば済む話ですよっ!なんで赤の他人には部屋があって、可愛い孫娘にはないんですかっ?お父さんは日向子が可愛くないんですか?壮太も壮太ですよ。日向子がむくれて、お夕飯も食べないでいるのに、自分はパクパクお夕飯を食べたりして。なんで一言、「親方、僕が『おかくら』を出て行きますから、僕の部屋を日向子ちゃんにあげてください」って言えないのかしらねっ!私が生きていたら、さっさと追い出してますよっ!
 でもね、お父さん。私は知ってるんですよ。なんでお父さんが急に長子たちを「おかくら」から出て行かせようとしているかを。あのタキっていう差し出がましいババアに唆されたんでしょう!「親方、もう長子さんたちのお食事の支度やら、お洗濯のお世話やらするのは、まっぴらゴメンでございます...」ってあの女がお父さんに話しているのを、こっちの世界からちゃんと見ていたんですからねっ!ホント、あのタキって女、気に入らないわ。だいたい「おかくら」が休みの日まで、なんで我が家のごとく「おかくら」にやってくるのよ。しかもタキが家の中に入ってきたことを、お父さんも長子も気がつかないなんて、無用心にも程があるっ!他にも勉やら壮太やらの有象無象が、まるで「俺たちが親方の本当の家族」みたいな顔をしてっ!お父さん、いい加減に目を覚ましてくださいよっ!タキ、勉、壮太といつまで家族ごっこを続けたら、気が済むんですかっ!お父さんの本当の家族は、弥生や文子や葉子や長子なんですよっ!

 五月は...まぁ、あの子は私たちの本当の娘じゃないからね...。

四月十五日(木)
 お父さんっ!とっとと長子一家を追い出しちまってくださいよっ!この間までは、長子一家が出ていって、代わりにタキや勉、壮太たちにお父さん巻き込んで、家族ごっこなんてされたら堪らないと思って反対したんですけどね、葉子が帰ってくるっていうのなら話は別。私はね、もともと岡倉の家は葉子に継いでもらいたいと思っていたんですからね。長子みたいに都合が悪くなると、所構わず英語を捲くし立てて煙に巻くなんてことはないですからね、葉子は。私だって、お父さんの側には、出来損ないの長子より、多少気は強くても葉子の方がいてくれた方がどんなに心強いか知れやしない。葉子だったら、タキが裏でどんな策略を練ったって、すぐに見破ることができるでしょうし、いざとなったら勉や壮太を色仕掛けで言いなりにさせることだってできるんですから。河童ヘアヌードの長子には無理な話でしょう?早く長子を追い出してくださいよっ!
 あらっ?そんなことを言っている間に、なんか話が変な方向にいっているわね...。あっ!あのバカ英作が、また余計なことをっ!何ですって?!ヒナの教育によくないから、「おかくら」を出ていかないですってっ!んまぁぁぁぁぁ〜、厚かましいにも程があるっ!言うに事を欠いて、ヒナのために「おかくら」を出ていかないだなんてっ!本当はマンションで三人暮らしを始めたら、長子だと食事や身の回りの世話が不安なだけのクセしてっ!私はね、この英作って婿は最初から気に入らなかったんですよ。だいたい歳が四十近くにもなって“少年隊”って名乗っていいっていう法はないでしょうっ!この詐欺師っ!ヤブ医者っ!こんなヤブ医者にロクな手術しか受けさせてもらえなかった遠山さんが不幸ですよ。あ〜、せっかく葉子が岡倉の家に戻ってくれると思ったのに...。
 医者といえば、先月こちらの世界に、有名な大学病院の外科教授がやってきたわ。まだお若いのに、よりにもよって研究分野のガンで亡くなったと聞いて、ずいぶんと間抜けな医者だと思ったけれど。先にこちらの世界にいらした弁当屋のご主人が「財前め、こっちに来よったら毒入り弁当食わせたるっ!」って息巻いていたわ。相当な恨みを買ってるわね、あの教授。それに比べたら、まだ英作さんの方がマシなのかも知れないわね。
 それにしても、この外科教授って人、どこかで見たような顔なのよねぇ。誰かに似ているんだけど...。

四月二十二日(木)
 お父さん、今日こちらの世界に、秋葉のお姑さんがいらっしゃいましたよ。大腸ガンですって。そういえば、先日いらっしゃった村木さんも大腸ガンだったわね。下界では大腸ガンが流行っているのかしら?お父さんも気をつけてくださいよ。秋葉のお姑さんったら、元気そうなお姿でね。ご自分でも、何で死んだのか分からないって仰ってたわ。なんでも、ある夜夢を見たそうですよ。メガネザルに似た中年女がね、南極を旅する船の上で原稿を書いているんですって。その中年女が「秋葉のお母さん、今朝亡くなったんですって」っていう文字を書いた途端、意識不明になって気がついたら、こちらの世界にいたんですって。それを聞いたとき、身震いがしましたわ。だって、私がこちらの世界に来たときと状況が似ているんですもの。私のときも、ニューヨークの旅行中に夢を見たんですよ。メガネザルに似た中年女の夢を。あのときはその中年女、「アタシのドラマに出ないなんて!許せないっ!」とか意味不明のことをいってたわ。そしたら、私死んでたの。あの女、何者かしら...。
 それにしても、秋葉のお姑さん、本当にお元気でね。さっきから隣でフラメンコを踊っているんですよ。「岡倉さんも一緒に踊りましょうよ!汗を流すって気持ちいいですよ!」って、しつこいったらありゃしない。私は踊りなんて踊れませんからね。でも、あんまりしつこいんで、ちょっとだけ付き合ってみることにしました(恥)。ところが、オレッ!て体に力を入れた途端、腰に激痛が...。久々にギックリ腰になっちゃいましたよ。まったく、死んでからもギックリ腰に悩まされるなんて、笑い話にもなりゃしない。ほとほと自分に愛想を尽かしていたら、この間話した大学病院の外科教授がやってきてくださってね、「本当は特診の患者しか診ないんだけど...」とかいいながら、手当てをしてくれたんですよ。段々と痛みが薄れかけてきたそのとき、その外科教授の背後から、例の弁当屋のご主人が近づいてきたの。手にお弁当を持ってね。そうしたら、そのご主人、一心不乱にフラメンコを踊っている秋葉のお姑さんと激突してしまって、手に持っていたお弁当を下界に落としてしまったんですよ。「あっ!毒入り弁当がっ!」ってご主人が叫んだのを、私聞き逃さなかったわ。やっぱり、あの弁当屋のご主人、この外科教授に相当な恨みを抱いているみたいね。
 えっ?その弁当はどこへ落ちていったのかって?さぁ、詳しいことはよく分からないけど、なんでもどこかのバイキング形式のパーティー会場の料理に紛れ込んじゃったみたいですよ。食べたらどうなるかって?どうなるのかしらねぇ。良くて食中毒、悪けりゃ死ぬんじゃないですか。まぁ下界の人間が死のうが生きようが、私には関係のない話ですよ。

四月二十九日(木)
 お父さん、五月のところも大変なんですねぇ。食中毒の噂なんて出たら、食べ物商売なんてやってきゃしませんよ。でもね、お父さん。陣中見舞いに「幸楽ラーメン」なんていうカップラーメンを差し入れていいっていう法はないでしょう!タキもタキですよ。「『サッポロ一番』に勤めるご常連さんから、カップラーメンをたくさん頂いたんですけど、これ『幸楽』の陣中見舞いにもっていかれたら、いかがでしょう?食中毒起こしてラーメン作れないラーメン屋に、カップラーメンの差し入れなんて、気の効いたジョークだとウケること間違いなしでございますよ。ウォーホッホッホッ!」なんて、お父さんをけしかけたりしてっ!お父さんも「そうですかねぇ?まぁ、確かにこんなことが起こって、五月たちも暗くなっているでしょうから、ここはひとつ、この白髪頭が道化役を買ってでましょうか。ウァーハッハッハッ!」なんて調子に乗って。バカですよっ!お父さんもタキも大バカモノですよっ!いくら五月が本当の娘じゃないからって、五月の面目を潰すような真似、やめてくださいよっ!...でも、客が来なくなって気落ちしている幸楽のお母さんの姿、ホントいい気味!散々、五月をイビった罰ですよ。五月には気の毒だけど、この状況がしばらく続いてほしいわね、フフフ。
 あかりもねぇ、いつからあんな娘になっちまったんですかねぇ。って、もともとあの子はあんな性格の子でしたけどね。中学生の頃は、よく弥生に憎まれ口を叩いてましたもの。また本性が現れただけですよ。秋葉のお姑さんに聞いたんですけど、いわきでのあかりときたら、そりゃあもうワガママ言い放題だったらしいですよ。ハウス栽培に手を出したのも、梨畑で秋葉のお姑さんと一緒に作業したくないからっていうのが本当の理由らしいし。もっとも、秋葉のお姑さん、梨畑であかりに作業の他に、フラメンコの練習もさせていたらしいから、あかりがイヤになるのも分からないではないけれども...。野田のお母さんも、早くこちらの世界にいらっしゃったらいいのに。孫娘にあんなこといわれて、長生きしたってつまらないですよ。

 あらっ?向こうで、秋葉のお姑さんと幸楽のお父さんがフラメンコを踊っているわ。まぁ、幸楽のお父さんったら、ニヤけた顔しちゃって。下界ではそれぞれの家庭でたいへんなことが起こっているというのに、いい気なもんですよ。まっいいわ、私もお仲間に入れてもらおうっと!

五月六日(木)
 お父さん、とうとう愛が「幸楽」を出て行くことになったんですねぇ。愛もまだまだ子供だと思っていたら、もう立派な社会人ですもの。月日が流れるのなんて、あっという間なんですねぇ。五月がね、愛の独り暮らしと自分の家出を重ね合わせて、勇さんにこんなことを言ったんですよ。「岡倉の父はうるさい人で。女五人姉妹の二番目で、上と下に挟まれて。年中他の姉妹と比べられて。学校の成績も一番悪かったし。こんな家にいたら、ますます自分がダメになるって気がして。」...やっぱり、五月は薄々感づいていたのかも知れませんねぇ。自分は他の姉妹たちとどこか違う。もしかして、自分は岡倉の本当の娘じゃないかも知れないって。お父さんがいけないんですよ!何かというと「ウチは五月さえいなければ、“岡倉美人姉妹”って評判になったのになぁ、アーハッハッハッ!」なんて年中五月をブス呼ばわりするから、五月も何かおかしいって感づいちゃったんですよ。娘のために買い揃えた市松人形だって、五月の分だけ、わざと顔が不細工な不良品を買ってきたりして。確かに五月はブスです!大ブスです!でも、だからこそ、他の姉妹たちとあまりに違う容姿について、五月が意識しないようにするのが、縁あって五月を養子縁組した私たちの責任だったはずでしょう。まぁ、今さらこんなこといっても、仕方ありませんけど。それに最近、お父さんは頭がすっかりボケちゃって、五月が本当の娘じゃないことを忘れちゃったみたいだし。でもね、やっぱり五月には真実を伝えなきゃいけないと思うんですよ。だから、お父さんがこちらの世界に来ちゃう前に、お父さんの夢枕に立って、五月に本当の親のことについて話すように説得しなきゃ!五月にとっては、凄いショックな話かも知れないけどねぇ...。
 ところで、愛の独り暮らしについて、何で幸楽のお姑さんはあんなに反対するんですかねぇ。家にいたらいたで、散々愛に文句言ってるクセに、家を出るといえばまた文句。あんまり愛が不憫だったんで、私思わず下界に下りちゃいましたよ。えっ?そんなことができるのかですって?フフフ、こちらの世界に長くいるとねぇ、そういう術も覚えるようになるんですよ。方法は簡単。下界の人間の体に乗り移るだけですから。今日はね、眞の体に乗り移りました。眞の口を借りて「独りになって自由に暮らしてみたいって思うもんなんだ。誰でも一度かかる病気みたいなもんなんだよ」って言ってやりましたよ。まぁ、眞の年頃の発言にしては、少々不自然かも知れなかったけど、五月はしっかり聞き届けてくれたみたいだし。幸楽のお姑さんを納得させるのは無理でしたけど...。

 でもねぇ、眞の体に乗り移って、すっかり眞が大人の体になっていることが分かって、頼もしいやら恥ずかしいやら...。だって、髭とかアソコとかいろんなところに毛が生えてるんですよ。あらっ!私としたことがはしたないったら、ありゃしない!ホント、子供の成長って早いんですねぇ...。

五月十三日(木)
 お父さんっ!いったいどうしちゃったんですかっ!あんなに血相変えて、「幸楽」に怒鳴り込むなんて、お父さんらしくもない。いくら愛が心配だからって、何の心構えもしないで「幸楽」へ捻じ込むっていう法はないでしょう。いいですか、お父さん。「幸楽」ってところはね、ただ感情に任せて捻じ込んでもダメなんです。口だけだと、どうしたって幸楽のお姑さんには敵いませんからね。幸楽のお姑さんにはね、自分は中学しか出ていないっていうコンプレックスがあるんです。だから、「お前とは生まれも育ちも違うんだよ」っていう印象を相手に与えなきゃ。まずは、格好。そんなくたびれた服を着ていったら、舐められるだけですよ。「おかくら」の主人としての風格を漂わせなきゃ。紋付袴くらいは当たり前。アタシのときだって、「幸楽」に捻じ込んだときは、一張羅の和服でキメましたからね。そして、顔の表情と口調。眉間にシワ寄せて怒鳴るなんてトンデモない。涼し〜い顔して、キツイことをいう。これ基本ですよ。さらに、文句をいう相手は、あくまでも五月と勇さん。幸楽のお姑さんは無視する。「老いぼれババァには用はない。引っ込んでろ!」っていう感じでね。人間、無視されると弱気になりますから。ああっ!それにしても悔しいっ!お父さんが帰った後の幸楽のお姑さんの「してやったり」みたいな顔。聖子とかいう三つ編みブタと大笑いして、ホント悔しいったらありゃしないっ!アタシのときなんか、幸楽のお姑さんに大笑いなんかさせませんでしたよ。アタシが帰った後は、いつも苦虫を噛み潰したような顔して、「邦子っ!塩まいておくれっ!」って怒鳴っていたもの。お父さんも、怒鳴り込んだからには、塩まかれるくらいになってくださいよっ!
 もっと悔しいのはね、幸楽のお姑さんが愛の独り暮らしを認めてしまったことですよ。お父さんの討ち入りさえなければ、愛の独り暮らしを反対するクソババァでいたものを!結局、独り暮らしを認めさせちゃったから、物分りのいい優しいお婆ちゃんになっちゃったじゃないですか!アタシはね、そのことが何より悔しいんですよ。幸楽のお姑さんにはね、いつまでも孫に嫌われるクソババァでいてくれないと、愛も眞もアタシのことなんて忘れてしまいそうで不安なんですから...。
 それにしても、長子!せっかく、お父さんがアタシの位牌の前に座って夫婦水入らずでいるのに、言うに事欠いて「お母さんの前に座ると、ロクなことないんだから」とは何事よっ!それはアタシの位牌に手を合わすなってことなの?自分は年中家にいるクセに、アタシの位牌に手を合わせたことなんてないじゃない!ホント、娘なんてつまらないっ!アンタがだらしないからね、タキや壮太にヅケヅケとお父さんの心の中に踏み込まれたりするのよっ!もっと、しっかりおしっ!
 ところで、壮太の父親という人が再婚相手を連れて「おかくら」にやってきたんですね。なんでも、その再婚相手、亭主を亡くして亭主の残した会社を継いでいるみたい。その女性の顔を見てビックリ。だって彼女、一年半ほど前に、良さんに会社再建を依頼して、良さんを家出させた女社長その人なんですもの。あのときは、弥生が不憫だったから、アタシもいろいろな手を使って再建を失敗させて、良さんが弥生のところに戻るように仕向けたんだけど。あの女社長、今度は何の目的で「おかくら」にやってきたんですかねぇ...。

五月二十日(木)
 お父さん、ついに壮太を追い出してくれたんですね!これでアタシもホッとしました。だって、お父さんときたら、一昨年、頭がボケたことをいいことに、勉と壮太に「おかくら」を譲るなんて言ったんですもの。アタシはね、お父さんがこちらの世界に来る前に、早く勉と壮太を追い出さなきゃって、いつもヤキモキしてたんですから。アタシが毎晩、お父さんの夢枕に立って、「早く勉を追い出せ〜、早く壮太を追い出せ〜」って囁いていた甲斐があるってもんですよ。
 でも、お父さんもなかなかの策士じゃないですか。壮太の父親が迎えに来たことをチャンスと考えて、まず壮太の壮行会を開いて、壮太が「おかくら」に居づらい雰囲気をこしらえる。だって、いくら父親が迎えにきたからって、まともに言うことを聞く壮太ではありませんものねぇ。まず、雰囲気をこしらえなきゃ。そして、計画通り壮太が出て行ったら、今度はわざと警察とか壮太の父親とかには知らせずに、タキと無駄な会話をして適当に放っておく。すぐに警察や壮太の父親に連絡したら、あっという間に壮太は見つかってしまうかも知れませんものねぇ。ところが、あのタキ!「もしかして、『幸楽』へ行ってんのかも知れませんよ。眞ちゃん頼って」なんて、差し出がましいことをっ!そんなこと、お父さんは重々承知してるに決まってるじゃない!連絡して、もし「幸楽」に壮太がいたら、連れ戻さなきゃならないでしょう。だから、わざと「幸楽」へ連絡しなかったのよ!それなのに、タキに言われたら連絡しない訳にはいかないもの。まったく、タキって本当に鬱陶しいババァねっ!でも、「幸楽」に壮太が行ってなくて、ホッとしたわ。眞の通う予備校に現れたときは、ドキッとしたけど。それと、壮太の家出を知った加津とかいうブス中学生も、案外冷静でいたのも助かったわ。加津は、壮太にホの字のはずだったのに。さては、他に好きな男の子でもできたのかしら。
 その後のお父さんの行動は完璧だわ。壮太はどこかで元気にやっていると、無責任、いや前向きな感想を述べることで、タキや勉の頭の中から「壮太」の二文字を段々薄れさせていったんですもの。そうでなければ、五月のケータイ話で、タキや勉があんなに盛り上がるはずないでしょう。見直しましたよ、お父さん♪しかし、心配なのは眞ね。本気で壮太を探しだそうとしているんだもの。何とかしないと。また、「幸楽」にトラブルでも起こして、壮太を探し出す余裕を無くしてやろうかしら。
 ところで、五月が携帯電話を買ったらしいですね。何でも愛とメールとかいうものを交換するらしいんですけどね。アタシには、携帯電話もメールとかも、何のことだかさっぱり分かりませんよ。アタシが生きていた頃にはなかったものですからね。そのメールをしている五月を見ているとね、やたらと親指を動かしてるんですよ。ただでさえ太い五月の親指が余計に太くなりそうで、見てられませんよ。しかも、親指に力を入れることがクセになったみたいで、今日も勇さんから「五月っ!ギョウザこしらえるのに、そんなに親指に力入れたら、ギョウザが潰れちまうだろうがっ!」って叱られてましたよ。まったく、小さい頃から何をやるにも不器用な娘で...。そうだ!今度、その携帯電話とやらに、メッセージを送ってみようかしら?「五月、アンタの本当の親はね...」って(鬼笑)。

 さて、壮太は出ていったことだし、次は誰を追い出そうかしら?タキ?勉?それとも、予想を裏切って、長子一家?...でも、一番面白いのは、お父さん自身が出て行くことかも知れないわねぇ、フフフ。

五月二十七日(木)
 お、お父さんっ!アタシはもうハラワタが煮えくり返って、どうしようもないですよっ!なんでまた壮太を「おかくら」に戻したんですかっ!あんなお料理のお運びしか能のない男戻したって、どうしようもないでしょうっ!また、どうせ壮太の父親が現れて、一騒動起こるに決まっているもの。だいたい、壮太が「おかくら」に戻ったのは、板前修業するためじゃないんですよ。板前修業だったら、新宿の天ぷら屋でだってできますもの。住宅街でお父さんの老後の趣味で安穏と経営している「おかくら」より、新宿という競争の激しい場所にある天ぷら屋で修行した方が、どれだけ壮太のためになるか知れやしない。それでも、壮太が戻ってきたのは、お父さん亡き後、「おかくら」の主人に納まる腹積もりだからに決まってるでしょうがっ!何しろ、お父さんは勉と壮太に「おかくら」を譲るって宣言しちゃったんだから。そんなことも見抜けないで、壮太を引き取ったりして。もう、情けないったらありゃしないっ!
 タキも偉そうに、壮太のことは諦めたとか言っておきながら、いざ壮太が帰ってきたら、「アタシからも旦那にお願いしてあげる」と壮太の復帰をお父さんに迫ったりして。差し出がましいにも程がありますよ。っていうか、声がデカ過ぎですよっ!いくらお父さんの耳が遠いからって、あんなデカイ声出されたら、お父さんだって「分かった」って言うより他ないでしょう!それに、自分の身勝手さを謝る壮太に「身勝手でいいのっ!自分の邪魔する奴は突き飛ばしてだって自分の思う道行くくらいの意地がなきゃっ!」なんて説教したりして。いったい何様なの、タキは。本当に壮太が、お父さん突き飛ばして「おかくら」を乗っ取っちゃったらどうするつもりなのよっ!ホント、タキって辞めてくれないかしらねぇ...。
 眞も眞ですよ。お父さんが壮太に会いに行くなといっているのに、無視して壮太に説教したりして。しかも、加津まで加わって。アンタたちはね、おとなしく勉学に勤しんでればいいのっ!二人とも学生なんですよ。学生は学業が本分。他人の親子関係に首突っ込んでる場合じゃないでしょうっ!
 でも、一番悪いのは、長子、長子ですよっ!なんでお父さんから眞へのメールに、「天菊」っていう店名まで入れちゃったのよっ!他の店で板前修業していることだけを伝えれば良かったのよ。それなら、眞もどこで壮太が修行しているか分からないから、会いに行くこともできなかったでしょうに。でも、長子の魂胆は分かってるんですよ。壮太が「おかくら」に戻ってくれば、日向子の遊び相手になってくれて助かるとでも思ったんでしょう。だから、わざわざお店の名前を眞に知らせて、壮太が「おかくら」に戻るように仕向けたりしたんですよ。グウタラなのにも程がありますよ、長子っ!上げ膳据え膳で、日向子の送り迎えは本間のお姑さんにお願いして、これ以上、どんなグウタラ生活を望むというの、長子はっ!ああ、ちょっと興奮し過ぎたみたい。眩暈が...。

 あらっ?アタシ、気を失っていたみたい。もうとっくに死んでるのに気を失うなんて、恥ずかしいですよ...。でも、ここはどこなのかしら?ずいぶん狭い部屋ね。あら?シャワールームから誰か出てきたわ。まぁ、愛だわ!バスタオル一枚で出てくるなんて、はしたないにも程がありますよっ!「お婆ちゃん、そんなこと言わないでよ。ウチにいたら、バスタオル一枚でフラフラしたりできないもんね。ジュースは贅沢だから...」えっ?愛はアタシの姿が見えるのかしら?アタシに話しかけてるのかしら?

ま、まさか、愛は隔世遺伝で、五月の本当の母親が持っていたあの「特殊な能力」を受け継いでるのでは...(震)

六月三日(木)
 五月、四十六歳のお誕生日おめでとう。母さんも嬉しいです。幸楽のお姑さんのイビリにも耐えて立派ですよ。たとえ血の繋がりがなくても、五月は母さんの自慢の娘です。これからも元気でいて頂戴ね。でもね、母さん、五月に黙っていたことがあるの。実はね...アンタ、ホントは今年で五十七歳になるのよ。弥生より八歳も年上なの。黙っててゴメンなさいね。でも、仕方のないことなの。アンタが岡倉の家にきたとき、まだ弥生は生まれてなかった。でもすぐに弥生が生まれてね。岡倉の家を継がせるのは、長男か長女と決めていたから、アンタを長女にする訳にはいかなかったのよ。いくらアンタが可愛くても、やっぱり家は実の子に継がせたいでしょう。だから、アンタを次女に、年下の弥生を長女にしたの。お父さんに娘たちの生年月日を書き残しておいたのも、アタシが死んだ後、「五月さんって、年齢の割には外見が...」ってアンタの年齢に疑いがもたれないようにするためだったのよ。許して頂戴ね、五月。でもそんなこと、頭のボケたお父さんはすっかり忘れちまったみたいだけど。
 それにしても散々な一日でしたね、五月。愛も愛ですよ。せっかく五月がお料理をこしらえてくれるって言ってるのに、迷惑な顔をして。バチ当たりですよ。アイスクリーム、アイスクリームって言ってたけど、愛のいうアイスクリームって、ネスレクランチっていうチョコレートのことでしょう?何年か前に、眞がロンゲのカツラを付けて、五月たちに黙って出演したCMのチョコ。あの時、発売元のネスレから大量のネスレクランチを貰っていたけど、愛はまだそれを大事に取っておいているのね。さすが、貧乏性の愛だけあるわ。でも、そのチョコ、とっくに賞味期限が切れてるわよ...。
 文子も望のことで騒ぎ過ぎですよ。少し冷静になれば、ストリートライブなんて取るに足らないことくらい分かるでしょう。マンションを出てから代々木公園に着くまでの間に、冷静になることなく、あのテンションを保っていたことはホメてあげてもいいけど。それにしても、望の周りにいた生気のない集団は何だったのかしら?まるで何かの新興宗教みたいに、ユラユラと体を動かしたりして。どうやら、望の隣りにいた訳の分からない男がカギみたいね。あの男、望を利用して何かを企んでいるに違いないわ。一度調べてみないといけないわね...。
 「おかくら」へ行って、やっと五月がくつろげると思ったら、壮太の両親めっ!現れるタイミングが悪過ぎるのよ!壮太のことで、何で五月が迷惑を被らなくちゃいけないのよっ!話し合いは、店が終わってからにするのが常識でしょう!しかも、タキっ!アンタ、いくら五月が店を手伝うって言ったって、断固拒否するのが道理でしょう。それを口では遠慮しながら、ちゃっかりお盆を差し出したりして。差し出がましいババァなら、差し出がましいババァらしく、お父さんたちの話し合いの席に乗り込んで、お父さんと壮太を厨房に連れ戻すくらいのことをしなさいっ!それと、長子っ!アンタって子は...もういいわ。アンタのことはとっくに諦めているから。んも〜、長子もタキも壮太もみ〜んな、豆腐の角に頭ぶつけて、死んじまえっ!

 散々な一日だったけど、五月、それも仕方のないことなの。アンタはね、「幸楽」という店を離れると、必ず不幸が訪れる運命なのよ。しかも、不幸になるのはアンタだけではなく、アンタが訪れた先々の人々もみんな不幸になるの。「幸楽」という店はね、アンタにとっては「結界地」なのよ。結界によってアンタは守られているの。なぜ「幸楽」が結界地なのか。その謎を解くカギは、アンタの本当の母親にあるのよ、五月...。

六月十日(木)
 お父さんっ!なんで、壮太の父親に壮太を返さなかったんですかっ!せっかくのチャンスをみすみす逃したりしてっ!しかも、壮太自身もこれ以上迷惑を掛けられないから、「おかくら」を辞めると言っているのに、それを引き止めたりして。まさかお父さん、壮太の土下座を見て「よし!この土下座なら、アタシの立派な後継者になれるよ。後はごま塩頭になるだけだ」なんて、バカなこと考えてたんじゃないでしょうねっ!どこの世界に、土下座の後継者を育てる人がありますかっ!バカも休み休みにしてくださいよっ!壮太も壮太です。お父さんがじっくりと長い年月をかけて磨き上げた至極の芸「土下座」をマネたりして。十年、いや百年早いんですよっ!土下座ひとつで一人前の板前になれると思ったら大間違いですよっ!それにしても、お父さんのボケも相当なところまでいっているみたいねぇ。「今夜はね、壮ちゃんの本当の気持ちが分かってね。本当にウレシイっ!」なんて舞い上がっちゃって。アタシの記憶によると、壮太は「おかくら」へ住みつくようになってから、何度も何度も板前になる決心をお父さんに話していたはずだけど。それなのに、まるで初めて壮太の決心を聞いたようなお父さんの喜びよう。...まぁ、お父さんが喜んでいるならば、それはそれで良しとしましょうか。
 文子もねぇ、何で望の路上ライブくらいのことで、亨さんをハワイから呼び戻したりするのかしら?亨さんも亨さんですよ。文子の言いなりになって、帰国するなんて。だいたいね、帰国したなら、なんでアタシの墓参りに来ないんですかっ!せめて、「おかくら」へ来て、アタシの位牌に手を合わせたって、バチは当たらないでしょうがっ!それに、この間、高橋のお姑さんもグチをこぼしていましたよ。「亨も文子さんも墓参りに来ないの(泣)。アタシ、悔しい〜!ねぇ、お母さんっ!聞いてる?」って、アタシのことをお母さんと勘違いする始末なんですよ。こちらの世界に来ても、まだ痴呆症が治ってないみたいなの。挙句の果てに「ねぇ、お母さん、一緒にお人形こしらえよう♪ねぇ、お母さん、お人形、お人形...」ですって。あんまりウルサイから、五月の市松人形を差し出したら、「ゲッ!ブッ細工っ!」って言って、逃げていきましたよ。いい気味だわ♪...あっ!五月、ごめんなさい!アンタが不細工っていう意味じゃ...ない...からね...。
 それにしても、望の歌。あれは何ですか。あの歌を聴いたら、誰だって「望に歌は無理」って思うでしょう。この間、こちらの世界へいらっしゃったいかりや長介さんも「ダメだこりゃ」って呆れてましたよ。まぁ、あの人は何に対しても「ダメだこりゃ」を連発する人ですけど。城代さんの棒読み口調に「ダメだこりゃ」、眞の迷える子羊ぶりに「ダメだこりゃ」、もひとつ親戚のゴタゴタに首を突っ込む眞に「ダメだこりゃ」、あかりが勇気を幼稚園に通わせないと聞いて「ダメだこりゃ」、それに対して何の説教もしない弥生たちに「ダメだこりゃ」、従業員の分際で雇い主に憎まれ口を叩く三つ編ブタに「ダメだこりゃ」、瞳孔開きっぱなしでまるでロボットみたいに無感情に加津へ話しかける司に「ダメだこりゃ」、なんちゃって東北弁を話すみのりの旅館の従業員にまで「ダメだこりゃ」。

はぁ...。ねぇ、お父さん。なんでアタシたちの周りには「ダメだこりゃ」な人間が多いんですかねぇ。アタシは、早くこちらの世界に来て正解だったかも知れませんねぇ...。

六月十七日(木)
 お父さん、ちょっと早いけど、七十五歳のお誕生日おめでとうございます。娘たちは、みんな自分たちの生活に追われて、六月二十日がお父さんのお誕生日だってこと、すっかり忘れちまっているみたいだけど。...あらっ、ヤダ!?お父さん自身も、頭がボケて忘れちまってるみたいだわ(泣)。こうなることを予想して、ちゃ〜んと娘たちのと一緒に、お父さんの生年月日もメモに書いて残しておいたのに。どうやら、勉が「五人も娘がおるのに、この上、親方の誕生日までタダメシこしらえさせられるのはかなわんわっ!」って言って、こっそりお父さんの誕生日を塗り潰したみたいね。いや、塗り潰したのは、お父さんだけじゃないわ。他に、文子と葉子と長子のも塗り潰したようだわ。道理で、ここ数年、四人の誕生会が「おかくら」で開かれていないはずだわ。...な、生意気よっ!勉の奴っ!かつらむきしかできない半人前の板前のクセしてっ!さっさと京都へお帰りっ!あ〜あ、文ちゃんが懐かしいわ。ミュージカルなんかにウツツを抜かしてないで、「おかくら」に戻ってこないかしら、文ちゃん...。
 でもね、たとえお父さんの誕生会が開かれていたとしても、コイツらのせいで台無しになっていたわね...あかりと和夫さんよっ!なんで、良さんもわざわざ二人を「おかくら」で会わせたりしたのかしら?そんなことしたら、あかりが大声出して騒ぎ出すに決まってるじゃないっ!案の定、いつの間にか他の客がいなくなっちゃったわよ。まるで、野田家の貸切状態だわ。「ったく、良のオッサンもええ加減にしてほしいわっ!金落としてくれる客がおらんようになって、後に残ったのは、タダメシ喰らいの野田家の面々やないかっ!やってられへんわっ!」...勉、うるさいわよ。黙って、かつらむきしてなさい。
 それにしても、和夫さん。いつから、こんな情けない男になっちまったんですかね。何のために、お父さんとアタシが右往左往して、弥生にあかりと和夫さんの結婚を認めさせたのか、分かりゃしないっ!だいたい、東京へ出てきて何の仕事をするっていうんですか。グランセイザーに仮面ライダー剣に、仮面ヒーローはもう飽和状態なんですよ、っていうかブームは去ったんですよ、東京はっ!しかも、離婚の原因を満枝さんの責任にするなんて、言語道断っ!男の風上にも置けないわ。まったく、秋葉のお姑さんが可哀想...あらっ?秋葉さんったら、またフラメンコ踊ってるわ。あらあら、またこっちへ寄ってきたわよ〜!「岡倉さん!早く一緒にフラメンコを踊りましょうよ!一回ギックリ腰になったくらいで諦めるなんて、情けないですよ!オレッ!」...和夫さんのしつこさは、母親譲りだったのね。
 大阪の本間病院でも何かあったみたいね。でも、これでやっと、本間のお姑さんも大阪へ帰ってくれるわ。アタシはね、孫のヒナを自分の思い通りにしている本間のお姑さんが気に入らなかったんですよ。ヒナは本間のお姑さんにすっかり懐いて、アタシのことなんか忘れちまっているみたいだし(泣)。本間のお姑さんが、しばらく大阪へ帰ってくれたら、ヒナもアタシのことを思い出すようになるでしょうよ。長子だって、ヒナの送り迎えをしなきゃならないようになって、今のグウタラな生活を改めるでしょうし。一石二鳥だわ!

 そうそう、お父さんの他にも、お友達で六月二十日がお誕生日の人がいたわ。え〜っと、のこちゃん、ながこきらいさん、HIMEさん、お誕生日おめでとう!えっ?誰かって?それは内緒ですよ、フフフ。それと、川本建設の川本社長。遠山さんがおめでとうって伝えてくれって。川本さんって...はて誰だったかしら?

六月二十四日(木)
 お父さん、ホントに長子はダメな母親ですね。実娘ながら、アタシもほとほと愛想が尽きましたよ。ヒナが一時間もかけて、学校から独りで帰ってきたのも、今の小学校を転校したくない一心からでしょうに。それを理解できないなんて、長子は母親失格ですよっ!だいたい、長子の仕事ですけどね、翻訳っていうから、アタシはてっきり、英語の本を日本語に翻訳しているもんだとばかり思ってましたよ。でもね、この間、長子のワープロを覗いてみたら、全然違ってたんですよ。長子ったら、日本語を日本語に翻訳してたんですよ。「クリスマスツリーをつくりました」っていう文章をね、「クリスマスツリーをこしらえました」って具合に。この翻訳に何の意味があるのか、アタシにはさっぱり分かりませんけどね。依頼主は、橋田巣鴨とかいう偉い脚本家らしいけど。一年おきくらいに仕事がくるらしいわ。でも、この仕事がくる度に、長子や他の姉妹たちもトラブルに見舞われるんですよ。いったい、何者なのかしら、橋田巣鴨って...。
 それにしても、壮太も差し出がましいにも程がありますよ。長子に代わって、ヒナの送り迎えを申し出るなんて。板前の修業するより、ヒナと一緒に登下校した方がラクだと思ってるんでしょう。ヒナを学校へ送り届けた後、「おかくら」への帰りに、喫茶店やゲームセンターでサボったって、誰にもバレやしないんだから。差し出がましいのは、タキだけで、もうタキさん!い、いや、もうたくさん!
 本間のお姑さん、由紀さんが離婚すると聞いて、なんか活き活きしてるわね。再び本間病院の実権を握るチャンスができて、嬉しくて仕方がないという感じですよ。アタシにとっては、願ったり叶ったりですけど。だって、これでやっと本間のお姑さんから、ヒナが解放されるんですもの。このまま、本間のお姑さんと一緒にいたら、ヒナはホントにアタシの顔を忘れちゃうでしょうし。ん?もしかしたら、ヒナはとっくにアタシの顔なんて、忘れているかも知れないわ。だ、だって、アタシの仏壇に遺影がないんですもの!いくら、毎朝ヒナがアタシの仏壇に手を合わせてくれたって、そこにアタシの顔写真がなければ、ヒナだって忘れてしまうでしょうに...。お父さんっ!は、早く、アタシの仏壇に遺影を飾ってくださいよ〜(泣)。
 それと、本間のお姑さん!伸彦さんに代わる医者なんて、簡単に見つけられるじゃないですか!そう、英作さんに大病院の内科医長というポストを、事もなく持ってきた神林先生ですよ!あの人に頼めば、伸彦さんの代わりなんて、あっという間に見つかりますよ!...ん?今、何か変な声が聞こえたわ。...あっ!また、聞こえた!

「伸彦、いや葛山さんの代わりは、このアタシが見つけるのよっ!役者を生かすことも殺すことも許された、この大脚本家・橋田巣鴨様がねっ!」

七月一日(木)
 お父さん!良かったですね!本間のお姑さんが、大阪へ帰ることになって!えっ?お父さん、アタシと乾杯したいですって?えーえー、アタシもね、乾杯したいですよ♪...あらっ?お父さん、酔っ払っちゃって、寝ちゃったわ。んもう〜!久しぶりに、お父さんとお酒が飲めると思ったのにっ!
 それにしても、長子のいい加減さには、呆れてモノが言えませんよ。ヒナを納得させてから転校させるなんて言っておきながら、その舌の根も乾かない内に、さっさとヒナの担任と転校話を進めちゃうなんて。しかも、大ファンの女流作家の翻訳の依頼がきて、すっかり有頂天になったりして。いったい、誰なのよ、その女流作家って?何でも、その女流作家の原作本が映画化されて、世界的な大ヒットを記録しているらしいけど。なんて、タイトルだったかしら?確か、ハリー・ポッターと何とかという...。そんなスゴイ本、長子に翻訳できるのかしら?「アタシには、やっぱりハリーよりポールよっ!」と途中で投げ出して、契約不履行だ!と詰め寄ってきた編集者の方に英語で捲くし立てて、煙に巻くなんてことにならなきゃいいけど...。
 ところで、お父さん。今日、こちらの世界の入り口に、見覚えのある顔の男が立っていたわ。ひどくやつれた顔つきだったので、最初は思い出せなかったけど、その人、和夫さんだったの。こちらの世界に入るための審査を受けていたのね。そしたら、審査官が「名前は、秋葉和夫さんですね。死因は...えっ?睡眠薬による自殺ですって!?あのですね、自殺の方はこちらの世界へ入れる訳にはいきません。地獄に落ちてもらいます」って言ったの。アタシ、ビックリしちゃって、すぐに満枝さんを呼んできたんですよ。我が子が自殺を図ったと聞いたら、さすがの満枝さんも、気が動転したみたいで、「フラメンコ・キ〜ック!」と意味不明の雄叫びを上げながら、和夫さんを思い切り蹴飛ばしたのよ。そしたらね、和夫さん、「オッレ〜!」って叫びながら、三途の川の向こう岸へ戻っていったの。それで、和夫さんは生き返ったのよ。母の力は強しねぇ〜。アタシもね、お父さんがこちらの世界へ来たら、フラメンコ・キックで現世に戻してあげますからね。そのためにも、また満枝さんからフラメンコを習うことにしましたよ、フフフ。

あらっ?でも、そんなキックをしたら、お父さんの体、現世へ戻る前に壊れてしまうかも知れませんね...。

七月八日(木)
 お父さん、愛が銀行の窓口業務から外されたらしいんですよ。何でも、愛は上司を殴ったから、その腹いせに異動させられたと思っているらしいんですけどね。でも、それは愛の大きな勘違い。「客からの苦情が多い」っていう会社の理由が正しいんですよ。何しろ愛ったら、窓口に銀行の制服じゃなくて、「幸楽」の白衣を着て座ってるんですから。上司が注意すると、「いくら会社でも、社員の服装にまでケチをつける資格なんてないと思いますっ!」なんて口答えして。「アタシにとって、白衣が制服なんですっ!これを着るの、着なきゃならないのっ!」なんて訳の分からない屁理屈こねて。しかも窓口に客がくると、いちいち後ろを向いて、「オーダー入りますっ!口座開設一人前っ!」とか「オーダー入りますっ!一万円札を千円札十枚に両替っ!」って言うんですよ。しかも、行員たちが呆れて無反応でいると、「皆さん、なんで声を揃えて『ハイ!』って言って下さらないんですか?」って、客前であるにもかかわらず、行員たちに抗議するんですから。「幸楽」のクセが染み付いてるんですねぇ。でも、備品担当にまわされて人前に出ることもないから、誰に気兼ねすることなく白衣が着れるって、愛は上機嫌ですよ。はぁ、つくづく不憫な娘ですよ、愛は。
 でもね、そんな愛の姿を見て、独りほくそ笑んでる女がいるんですよ。光子っていう「幸楽」の従業員ですけどね、何かというと愛の銀行を訪れて、愛の様子を伺っていたんですよ。白衣姿の愛を見たら、「愛ちゃん、そりゃあいくらなんでもオカシイわよ」って注意するのが普通でしょう。なのにこの女、「愛ちゃんが正しいと思う通りにすべきだと思うわ。白衣を着てこその愛ちゃんだもの。」なんて、愛をけしかけたりして。いったい、何が狙いなのかしら、この光子って女...。
 和夫さんは「ごはんや」で働くことになったんですね。配達専門ですって?大丈夫かしら?いわきの田舎モンが、東京の複雑な地理に慣れるのに時間がかかると思うけど。道に迷って、炊きたてのご飯が冷や飯になって届けられるなんてことにならないことを祈りますわ...。

七月十五日(木)
 お父さん、今週は大変でしたね。あかりの家出、望の家出、おまけにヒナまで家出。でもね、アタシに言わせれば、母親が悪いんですよ。弥生ときたら、あかりと話し合おうとしないで、お父さんに任せちゃうし、文子は文子で、簡単に「家を出てけ!」なんて望に言っちゃうし、長子に至っては母親失格ですよ。まったく、この三人ときたら、母親からどんな躾を受けてきたのか...って、アタシが母親だったわ...。
 それにしても、タキ!ホント、差し出がましいにも程がありますよっ!実はね、アタシ、あかりが「おかくら」に来たとき、これは壮太を追い出せる絶好のチャンスだと思ったんですよ。何度も言うようですけど、アタシはお父さんの回りに、家族面しているタキや勉や壮太がいることが許せないんですよ!その内、「おかくら」を乗っ取られちゃいますからねっ!長子はボンクラだから、この三人の思惑に全然気づいてないし。でも、あかりと勇気が来てくれたら、住み込みの壮太が出て行かざるを得ないでしょう。それなのに、タキのババァめ!あかりに余計な説教なんかしてっ!アンタねぇ、他人の家族のことに首突っ込む前に、実の息子の久光さんのことをどうするか、考えなさいよっ!今、久光さんは、戦争の悲惨さを描いた絵本をこしらえたいって、イラクに行ってるのよっ!インドへ絵を描きにいくのとは訳が違うんだからっ!もし、テロリストの人質になったら、どうするつもりなのよっ!それでも「アタクシ、久光の母親を辞めたんでございます。久光が火炙りになろうが、首を切られようが、アタクシには関係ないことでございます」なんて、訳わかんないこと、言えるのっ!まぁ、久光さんがどうなろうと、アタシには関係ないことだけど、久光さんが人質になって、その臨時ニュースで国民的ドラマが中断されることが我慢ならないのよっ!...あらっ?アタシ、何言ってるんだろう?今、メガネザルに似た中年女がアタシに乗り移った気がしたけど...。
 あの差し出がましいババァのせいで、結局あかりは家に帰っていったわ(無念)。その代わり、「おかくら」に出入りする人間がひとり...。和夫さんよ。さっき、満枝さんがやって来て、「岡倉さん!和夫のこと、お世話になります。バタ臭い顔で暑苦しいかも知れませんが、どうかよろしくお願いしますね!」って頼まれちゃったわ。アタシに頼まれたって、どうしようもないんだけど、母心なのねぇ。和夫さんから、あかりとの離婚の原因にされて悪者呼ばわりされたのに、やっぱり母親なのねぇ。でもね、満枝さん、ご存知なのかしら?和夫さんや、そのお兄さんやお姉さんが、いわきを離れたことで、満枝さんのお墓、無縁仏にされちゃったことを。そんなことも知らずに、一心不乱にフラメンコを踊る満枝さん。...ああ、涙が出てきたわ。

七月二十二日(木)
 お父さん、ヒナは本間のお姑さんのところへ行ったんですねぇ...。キ〜〜ィ!クヤシイ〜〜!前から言ってるように、アタシは孫のヒナが本間のお姑さんに懐いているのが、もう本当に我慢ならないんですよっ!なんで、お父さんがもっとしっかり長子を窘めないんですか?娘の学校の送り迎えより、くだらない翻訳を優先させていいっていう法はないでしょう!仕事をしちゃあいけないって言うんじゃないんですよ。したけりゃすればいい。でも、母親としての役割をちゃんと果たしてから、仕事をするのが道理でしょう?いくら好きな女流作家の翻訳をしたいからって、ヒナを転校させるなんて、長子のワガママ以外の何ものでもありませんっ!んもう、アタシが生きていたら、横っ面の2、3発張り倒してやるのにっ!お父さんもそれくらいのこと、やってくださいよっ!もっとも、お父さんのブルブル震える手じゃあ、面の皮が厚い長子は、ビクともしないかも知れませんけどねっ!
 でもねぇ、いったいヒナは、大阪までの新幹線代、どうやって工面したのかしら?本人はお小遣いを少しずつ貯めたって言ってるけど、どうも違うわね。これには、どうやら神林先生が一枚噛んでいるみたいですよ。神林先生は、本間のお姑さんのことが忘れられないみたいでね。ヒナが大阪へ行って、本間のお姑さんに泣きつけば、きっと東京へ戻ってくるって思ったらしいんですよ。だから、ヒナに新幹線代渡して、大阪へ行くように嗾けたんですよ。本間病院に、伸彦さんの足元にも及ばないような出来損ないの医者を紹介したのも、本間のお姑さんと由紀さんの仲をこじれさせて、本間のお姑さんが本間病院に居づらくさせるためだったんですから。「久しぶりにね、英作クンの声を聞いて懐かしくってねぇ〜」なんて、訳分かんない理由で「おかくら」を訪ねたのも、ヒナの家出騒動がどうなっているか、偵察するため。んで、結局、神林先生の思惑通り、本間のお姑さんは東京へ戻ってくることになって...。ア〜〜!クヤシイ〜〜!また、本間のお姑さんにヒナを取られてしまいますよっ!
 それにしても、なんで神林先生は、そんなに本間のお姑さんに執着するんですかねぇ?どうも、神林先生は口のデカイ女性が好みみたいだけど。あの人が医大生だった頃、「カチンカチン体操」なんていういかがわしい健康法を提唱していた整体の先生と付き合ってたらしいんだけど。確か、ミドリ・ケロンパっていう名前の先生だったと思うけど、その人も口がデカかったみたいね。まっ、ど〜〜でもいい話だけど...。
 ところで、「幸楽」でもいろいろあったみたいですよ。あそこに居候している顔の不自由な中学生、カスだかカズだかいう名前の子。その子の母親がね、和菓子屋に修行することになったんですが、そこの女将の顔を見てビックリ。だって、お父さん、その女将、あのサワさんなんですよ!

サワさん...。苗字は忘れたわ。五月の身近な人物の関係者が、あのサワさんと知り合うなんて。これも因果応報なんですかねぇ...。

七月二十九日(木)
 お父さん、いったい亨さんは何が気に入らないで、あんなに怒っているんですかねぇ。望の髪をみっともないなんて言って。アタシに言わせれば、文子との離婚騒動のときに、何をトチ狂ったのか、徳島へ行って阿波踊りにウツツを抜かしていた亨さんの方が、よっぽどみっともないですよっ!まぁ、昔の話だから、どうでもいいんですけどね。...いや、昔の話じゃなかったわ。今回の突然の帰国も、実は徳島で阿波踊りをするのが目的だったみたいですよ。だって、亨さんの帰国って、いつも文子がどうでもいいような揉め事で呼びつけるからでしょう。それが、今回は自分から帰ってきたんですもの。もう、目的は阿波踊り以外には考えられませんっ!
 はぁ〜、ついに本間のお姑さんが上京されるんですね。そして、またヒナの世話を始めるんですね。そして、ヒナはアタシのことなんか、すっかり忘れてしまうんですね(涙)。ホント、神林先生が憎たらしいですよ。そんなに本間のお姑さんが好きならば、自分が大阪へ行けばいいのに。でも、もっと憎らしいのは、英作さん!「おかくら」を出て、本間のお姑さんと暮らすんですって!つまり、ヒナは本間のお姑さんと24時間一緒にいることになるんですよ!もう、毎朝アタシの位牌に手を合わせることもなくなってしまうんですよ!エ〜ン、エ〜ン(大泣)!本間親子めっ!末代まで祟って祟って、祟ってやる〜っ!...あら?末代まで祟るということは、ヒナのことも祟るということよね...。そ、そんなことはできないわっ!え〜いっ!どうすりゃいいのよっ!
 でも、長子一家が出ていくということは、代わりに葉子がやって来るということね。それだけでも、救いになるわ。上げ膳据え膳のワガママ長子より、葉子の方がよっぽど頼りになるし、お父さんの側に葉子がいてくれたら、どんなに心強いか知れやしない。
 あら?天国の掲示板に、新しい入国者リストが貼り出してあるわ。どれどれ...。平木明日香さん、36歳。まぁ、葉子と同い年だわ。しかも、一級建築士の資格を持っていて、バツイチですって。葉子と同じ。複雑だわ、娘と同じ境遇の人がもうすぐ入国なんて。膵臓ガンか...。次は...宗方直之さん、50歳。

...宗方さん?はて、どこかで聞いたような名前ねぇ...。

八月五日(木)
 お父さん、とうとう本間のお姑さんと神林先生がご結婚されるんですねぇ。良かったですよ!これで、長子一家と本間のお姑さんの同居もなくなって、ヒナがアタシのことを忘れてしまうなんてこともなくなりそうだし。あとは、マザコン男の英作さんが、変な動きを見せないように注意しなきゃ。マンション探して、強引に本間のお姑さんを引き取るなんてことをしかねないですからね、英作さんは。まぁ、もしそんなことになったら、こちらの世界の方に頼んで、オバケのひとつやふたつ、長子一家のマンションに差し向けて、ビビらせて「おかくら」へ逃げ帰らせるようにするつもりですけど。そうねぇ、どんなオバケがいいかしら?長子には、陰毛まるだしの全裸の河童がいいわね。過去の嫌な記憶を甦らせるのよ。英作さんには、ジョージ・チャキリスの生霊を差し向けて、いかにベルナルド役が分不相応か思い知らせてやるわ。そして、ヒナ。ヒナはあんまり怖がらせると可哀想だから、そうねぇ...海鈴ちゃん、麻衣ちゃん、美紀ちゃんという“日向子”という名前にゆかりの深い女の子たちでも差し向けようかしら...。
 ところで...、葉子がとうとう結婚ですってっ!相手は宗方さんっていう50歳のオッサンじゃないですかっ!葉子より14歳も年上ですよ。いつから葉子はジジ専になったんですかっ!しかも、この宗方って人、もうすぐ死ぬんですよっ!先日、天国の入国者リストに宗方さんのお名前が出てたんですから。わざわざ、死ぬと分かっている人と結婚するなんて、葉子も何を考えているのか...。いくら宗方さんの会社のためだからって、偽装結婚していいっていう法はないでしょうっ!アタシはね、葉子をそんな情けない娘に育てた覚えはありませんっ!み〜んな、葉子を甘やかしたお父さんの責任ですよ。それと、タキ。アンタがね、「おかくら」を譲ってもらうために、お父さんに取り入ろうとして、何かというと娘たちを甘やかしたから、こんなことになっちゃうのよっ!差し出がましいのもいい加減にして、息子の久光さんがいるイラクにでも行ってほしいわっ!
 そんなことを考えていたら、あの財前教授がやってきてね、こんなことを言ってたんですよ。「そうか、とうとう葉子も再婚するのか。僕が生きていたら、葉子への罪滅ぼしに、あの宗方という男のオペをしてやるのに。もちろん、手術時間の最短記録を打ち立ててね。」って。

この財前っていう医者、いったい葉子とはどういう関係だったのかしら...?

八月十二日(木)
 お父さん、本間のお姑さんと神林先生のご結婚をアタシの位牌に報告してくれるのはいいけれど、なんでいつも酔っ払ってるの?報告が終わらない内に寝込んじゃうんだもの。お父さんの話に耳を傾けているアタシの方は、いつも消化不良ですよ。でもね、長子一家が出ていかずに、「おかくら」に残ることになって、アタシもひと安心です。葉子が戻ってきてくれるならともかく、娘が誰も「おかくら」に残らないなんてことになったら、それこそタキや勉、壮太の思う壺ですからね。頼りにならない娘だって、いないよりかはマシ。ヒナも残ることになるんだし、お父さん、アタシも本間のお姑さんと神林先生のご結婚、心から祝福しますよ!
 それにしても、葉子がいよいよ結婚するんですねぇ。先週、宗方さんとの結婚に反対したアタシだけど、葉子のウェディングドレス姿を見たら、そんな気持ち、どこかへ吹っ飛んじゃいましたよ。葉子には幸せになってほしい。たとえ宗方さんとの結婚生活が短いものになったとしても、葉子に悔いが残らなければ、母さん、何にもいうことありませんからね(泣)。山口のお母さんにも、太郎さんにもいろいろお世話になって、葉子は果報もんですよ。
 でもね、お父さん。「お前がお嫁にいくときのためにってさ、母さんがちゃんと用意してあった貯金だってさ、手付かずに置いてあるんだよ」って葉子に話していたけど、そういうお金の話、タキや勉、壮太のいる前でするなんて、無用心にも程がありますよ!きっと、今夜あたり壮太が、そして明日のまだ皆が寝静まっている早朝にタキが、お父さんの部屋のタンスをゴソゴソやりだすに決まってます。ホント気をつけてくださいよ!もっとも、葉子の結婚のための貯金なんてありませんけどね。だって、その貯金、洋次さんとの結婚のときに使い果たしちまったんですから。お父さん、忘れたんですか?まぁ、半分ボケてるから仕方ないけど...。
 それとお父さん、たとえ葉子の結婚が「できちゃった結婚」でも構わないって、どういうことですか!アタシは葉子をそんなふしだらな娘に育てた覚えはありませんっ!「できちゃった結婚」なんて、口にするのもおぞましいっ!もし仮に葉子の結婚が「できちゃった結婚」なら、アタシは絶対に許しませんからねっ!ホントにもう、お父さんは頭が半分ボケてるというか、完全にボケてるというか...(呆)。
 ギャ〜!あ、現れたわよ!ハワイのお義姉さんが〜!アタシはね、ハワイのお義姉さんが苦手なんですよ!もう、お父さんが葉子の結婚の連絡なんてするから!あの人が来ると、ウチは決まって大騒動になるんですからね!イヤですよ、ハワイのお義姉さんのせいで、葉子の結婚がブチ壊しになったりしたら。もし、そんなことになったりしたら、アタシはお義姉さんを許しませんからね。えーえー、下界にいた頃は、お義姉さんの勝手な振る舞いに何も言えなかったアタシですけどね、今は状況が違うんですから。こちらの世界ではね、下界に対してどんなことでもできるんですよ。どんなことでもね...。

例えば...お義姉さんが乗るハワイ行きの飛行機を墜落させるとか...(悪魔の笑み)。

八月十九日(木)
 お父さん、ありがとう。アタシを葉子の結婚式に出席させてやりたかったなんて、気遣ってくれて。有難くて涙が出てきますよ。それにお父さんの黒田節、素晴らしかったですよ。お父さんの体の震えが、歌声に微妙なビブラートを利かせて、感動しました。いえ、嫌味じゃなくて本当に。お父さんの黒田節を聞くの、何年ぶりかしらねぇ?いつも娘の結婚式には歌ってたものね、黒田節。弥生、文子、長子。五月のときは、家出して「幸楽」の住み込み店員になって、そのまま勇さんと結婚しちゃったから、歌えなかったのよねぇ。それと...葉子。えっ?葉子?ああ、そうだ!葉子と洋次さんの結婚式のときも、お父さん、黒田節歌ったわねぇ。なんだ、葉子のために歌うの、これで二度目じゃない!...ちょっと待って!確か、文子は亨さんと二回結婚して、その度に歌ってたわね。な〜んだ、結構歌ってるんだ、黒田節。っていうことは、これが最後と思っても、娘が離婚・再婚を繰り返す度に歌うことになるのね。なんか歌の感動も半減ねぇ...。
 それにしても、ビックリしたのは文子ですよ。「おかくら」での葉子のお祝いの席で、「お母さん、ちゃんと見てるわよ。お父さんの隣で」なんて言ったりして。心臓が止まるかと思うくらいビックリしましたよ。...まぁ、とっくに止まってるんですけどね、アタシの心臓は。実はあの時、アタシ、お父さんの黒田節をしっかり聞きたくて、下界に降りてたんですから。お父さんの隣にいた弥生の体に乗り移ってたんですよ。お父さんの向こう隣に座っていたハワイのお義姉さんの体には、絶対乗り移りたくなかったから(笑)。弥生の体も、もう歳ねぇなんて思っていたら、文子があんなこと言うんですもの。思わず逃げ出しそうになったわ。でも、文子は本当にアタシの姿が見えていたのかしら?あの子は昔からカンの鋭い子でしたからね。ほら、文子が食品会社に勤めていた頃、「全国OL対抗・連想ゲーム大会」なんてのに出場して、優勝していたじゃないですか。きっと、あの子にはアタシの姿、見えていたんですよ...。
 ハワイのお義姉さんも、葉子の結婚を賛成してくれて、ひと安心ですよ。でも、葉子に話していた亡くなったご亭主、つまり森山のお義兄さんのことだけど、アタシが聞いていた話とはちょっと違うわね。森山のお義兄さんが肺結核を患っていたのは本当だけど(お父さんには内緒にしていたけどね)、お義兄さんに手術を受けさせるために、結婚してハワイに行ったというのは、違うわね。だって、前にお義姉さん、アタシにこっそり話してくれたんだもの。「節子さ〜ん。アタシが森山と結婚したのはね、彼が肺結核を患って、もうすぐ死ぬと分かったからなの。だって、森山ったらスゴイ財産を持ってるのよ。もし結婚してすぐに森山が死んだら、アタシは彼の財産で悠々自適の生活が送れるんですもの。彼と結婚しないっていう法はないでしょう♪」そして、お義姉さんはお義兄さんと結婚して、手術を受けさせるどころか、仕事を続けさせたらしいの。そのせいで、ハワイで肺結核が蔓延したらしいのよ。んでもって、お義兄さんは死んじゃったというワケ。その話を聞いたときからだわ、アタシがハワイのお義姉さんに苦手意識を持ち始めたのは。えっ?なんで一番側にいたお義姉さんに肺結核がうつらなかったかですって?

だって...ハワイのお義姉さん、人間じゃないもの。病気がうつるはずないわ。

八月二十六日(木)
 お父さん、とうとう葉子が結婚してしまいましたね。葉子の花嫁姿を見たら、葉子が小さかった頃の思い出が甦ってきて涙が出てきましたよ。それにしても、お父さん!いくら葉子たちが自分たちのテーブルへ挨拶に来ないからって、いきなり大声で歌を歌いだすことはないでしょう!それも黒田節ならともかく、「♪ワ〜シが嫌だと〜言うたとて〜、言うこと〜聞くよな〜奴じゃあな〜し〜、勝手にしやがれ〜このドラむすめ〜♪」なんて、渡鬼のパート1を観ていた人にしか分からないような歌を歌ったりして!恥ずかしいですよ!あの子だって宗方さんの病状を思ったら辛いんですから。お父さんも分かってやってください...(涙)。
 長子も長子ですよ。アンタはね、岡倉の家に残った唯一人の娘なんですよ。お父さんが辛いと思ったら慰めてやらなきゃ。酒の相手くらいしてやんなさいよ!それを「お母さんとでも飲めばっ!」なんて冷たいことを言って!それは「さっさと死んで、あの世でお母さんとでも飲めばっ!」って言っているようなもんですよ!鬼、鬼だよ、長子!...でもね、アタシもね、そろそろお酒の相手が欲しいと思っていたところなんですよ。お父さん、そろそろいいでしょう...。
 五月のところはまた大喧嘩ですよ。葉子が結婚式を挙げた夜くらい静かにできないもんですかね。だいたい勇さんが悪いんですよ。何かというと、すぐ愛を結婚させようとするから、愛が反発するんですよ。愛はまだ22歳ですよ。結婚なんてまだ早いですよ。いくら城代さんと親戚関係を結んで、城代さんのお父様がしている精巧なカツラを手に入れたいからって、有無を言わさず実娘を結婚させていいっていう法はないでしょう!まったくカツラひとつのために、政略結婚を迫られる愛が不憫ですよ(涙)。特上寿司なんかでね、愛の気持ちは動きませんよ、勇さん!
 あ〜!ウルサイ!誰よ、誰なのよ、「おかくら」で大声張り上げているのはっ!カネダ?何者よっ!まったくダミ声張り上げたり、テーブルをバンバン叩いたりして。そのテーブルはね、お客様が座るのよ。キズでも付いたらどうするつもりなのよっ!まったく下品よ、下品過ぎるわよ、カネダという男はっ!亨さんもそんな男を「おかくら」へ連れてこないで頂戴っ!いい迷惑よっ!「おかくら」はね、住宅街にあるの。繁華街や商店街にあるのと訳が違うんだから。夜中に大声出されたら、ご近所さんから苦情が出るでしょうがっ!それでなくても、毎朝タキが発する「おはようございま〜す!壮ちゃ〜ん!朝よ〜!朝ですよ〜!」という雄叫びで、隣近所が迷惑しているんだから。その内、町内会の議題に上がるわよ、「お食事処『おかくら』の騒音問題」って。ホント、いい加減にしてほしいわ。
 ヒナ!アンタ、本間のお姑さんと軽井沢に行くの?ダメよ、ダメなのよ!軽井沢へ行っちゃ!本間のお姑さんはね、トラブルを引き起こすエネルギーを持っているのよ。行く先々でそのエネルギーは周りに影響を及ぼすの。理由は分からないけど、本間のお姑さんと軽井沢へ行っちゃダメっ!...ああ、ヒナが行ってしまったわ。悪いことが起こらなければいいけど...。

お父さん、浅間山が噴火したみたいですね。だから言わんこっちゃないんですよ...。

九月二日(木)
 お父さん、今日は宗方さんの手術の日ですね。成功率は10〜20%ですって。ということは、失敗する可能性は80〜90%ということですね。はぁ、葉子も気が気じゃないでしょうに。あの子の側にいって、励ましてあげたいですよ(涙)。いくら、長子がお父さんのお弁当とシャンパンもって葉子の側にいたって、根がいい加減な娘ですからね。すぐに「あ〜、お腹空いた。お姉ちゃん、お父さんのお弁当食べようよ!」とかお気楽なことを言い出すに決まってますもの。せめて、元看護婦の弥生が付き添ってくれてたら、葉子もどんなに心強いか知れやしない...。
 それにしても、長子!お父さんがこしらえてくれた4人分のお弁当、いくら葉子たちが手を付けなかったからって、隣の病室の患者さんたちに配りまわっていいっていう法はないでしょうっ!しかも、「アタシ、隣の病室の宗方直之の義理の妹で、大ベストセラー翻訳家の本間長子と申します。これ、つまらないものですが、皆さんでお召し上がりください」なんて言って。バカコ!...いや、長子!アンタ、宗方さんが「鈴木一郎」っていう偽名で入院していることに気づいてないの?なんで、本名をバラしちゃうのよ!しかも、アンタがお弁当を配った患者さん、重度の糖尿病患者なのよ!食事制限されてるのに、マズイでしょう!まったく、お弁当配ったのがバレたら、英作さんの立場がありませんよ。
 また、「おかくら」にカネダという男がやってきましたね。この間のときと違って、いやに低姿勢だわ。まぁ、それもそのはず。このカネダって男、あのときの代金をチャラにしてもらおうと企んでいたんですもの。反省しているフリをして、まんまとお父さんから「いや、あれはアタシの奢りです」っていう言葉を引き出したわ。ったく、お父さんもバカですよ。こんな男に騙されたりして。はぁ、9月から東京へ転勤ですって。ちょくちょく寄らせてもらうですって。その度に、お父さんはこの男からのお代を受け取らないんでしょうね。勉じゃないけど、「親方の親類縁者にタダメシ食らわすために、料理こしらえてるのとちゃう!」ですよ、お父さん!
 あら?宗方さんの手術が終わったみたいね。えっ!手術は成功?完璧な手術だった?そんなバカなっ!天国の入国者リストに宗方さんのお名前があったんですよ!宗方さんが死なないはずないじゃありませんかっ!...と思っていたら、例の財前教授が疲れた様子で現れたわ。「はぁ。葉子のために、あの高橋とかいう教授の体に乗り移って手術をしたんだけど、9時間もかかってしまった。僕の最低記録だ」って落ち込んでいたわ。葉子と財前教授の関係が気になりながら、アタシ、天国の入国者リストを見に行ったんです。そしたら...宗方さんの名前の横に「お歳暮の付け届け内容を確認するまで保留」っていう文字が書かれていたわ。いったい誰に対する「お歳暮の付け届け」なのかしら?それはともかく、少なくとも今年の暮れまでは、宗方さんの命は保証されたという訳ね。葉子もひと安心でしょう。そんなことを思いながら、リストを見ていたら新しい名前が加わっていましたよ。

長子がお弁当を差し上げた糖尿病患者さんのお名前でした。長子も罪な女ですよ。合掌...。

九月九日(木)
 スゴイですよ、お父さん!とうとう葉子を見つけることができたんですね!ボケてるボケてると思っても、やっぱりお父さんはお父さん。見直しましたよ!惚れ直しましたよ!本間のお姑さんの言葉だけで病院へ向かった行動力、病室の名前をひとつひとつ確認した捜査力、そして病院の玄関で葉子を待ち続けた忍耐力。どれを取ってもスゴイの一言です。今日のお父さん、とっても輝いてましたよ(感涙)。
 それに引き替え長子のダメっぷりは、我が子ながら呆れてモノが言えません。何しろ、お父さんが外出したと知った長子は、二階に上がると「OH!MY GODォォォォ!!OH!MY GODォォォォ!!」って両手で頭を掻き毟りながら、のた打ち回ってたんですから。それから、やおらタンスの中を引っ掻き回すと、「これはこの間、宗方さんの手術の時に着ていったし。これはその前に着ていったし。変な服着ていったら、内科医長夫人としての見識を疑われるし。んもう〜、何着てきゃあいいのよっ!OH!MY GODォォォォ!」ってまた頭を掻き毟って、のた打ち回ったんですよ。やっと着替えた長子が、「おかくら」を出たところで長子のケータイが鳴ったんです。「...ああ、英作。今ね、ゆっくり話している暇はないのっ!訳は後で話すからっ!切るわよっ!」って。...英作さんに葉子を逃がすように頼めばいいのに。ホント、バカな娘ですよ、長子は。まぁ、長子のダメダメぶりのおかげで、しばらくの間とはいえ、葉子が「おかくら」に戻ってくることになったんだし、良しとしましょうか...。
 五月のところも大騒動ですよ。事の発端は、加津と司が公園で会っているところを、司の母親に見つかったという些細なことなんですよ。その後、司の母親、「幸楽」に怒鳴り込む→加津の父親、邦子さんと離婚して加津を引き取るという→邦子さん、「幸楽」に怒鳴り込む→五月、幸楽のお姑さんと邦子さんに楯突く→加津の父親、インターネットに元女房の実名を晒す→そんなことも知らず、加津の母親、和菓子作りに勤しむって、まるでテレビドラマみたいに都合良く、話が転がっていったんですよ。それにしても、なんで五月は幸楽のお姑さんや邦子さんに楯突いてまで、加津を守ろうとするのかしらね。血の繋がった娘でもないのに。きっと五月は無意識の内に、加津を手元に置いておかなければという考えに囚われているんだと思いますよ。加津が身近にいることで、自分にまつわる“ある真相”を見つけることができるんじゃないかっていう潜在意識。だって、その鍵を握る人物は、加津の母親が修行している店にいるんですから。

やっと苗字を思い出したわ。...菊村サワ。お父さん、五月の本当の母親は和菓子職人になっていましたよ...。

九月十六日(木)
 お父さん、五月がとうとう実の母親と会ってしまいました。サワさんがね、「幸楽」を訪ねたんですよ。すべては加津って娘の導きなんですから。加津が「幸楽」にいてくれた御蔭で、こうしてサワさんとも会えて。今まで、幸楽のお姑さんに嫌味を言われても、加津を手放さなかった甲斐があったというものですよ、五月は。でもね、五月もサワさんも、お互いが本当の母娘だと気づかずに不憫ですよ(泣)。今、そちらの世界で二人が実の母娘と知っているのは、お父さんだけですからね。でも、お父さんはボケちゃって、五月を本当の娘だと思っちゃってるし。はぁ〜、誰か「おかくら」の調理場にある神棚を覗いてくれないかしら。実はアタシ、ニューヨークへ旅立つ前の日に、神棚に五月の本当の母親のことを書いた手紙を置いてきたのよねぇ。もし、アタシに万が一のことが起こったときのために、そして、お父さんの頭がボケちゃったときのために、真実が闇に葬られないようにって置いてきたのに。...ったく!タキのババァめっ!差し出がましいババァなら、年に一回くらい神棚の掃除をしろっつうのっ!...あらっ!アタシとしたことが、何てはしたない言葉を使ったのかしら。反省。それに、もし手紙がタキに見つかったりしたら、それこそ何に利用されるか分かったものじゃないもの。取りあえず、葉子あたりが見つけてくれたら、嬉しいんだけど...。
 聖子っていうデブが「幸楽」を出て行きましたね。何でもブティックの店長になるんですって。まぁ、日本には職業選択の自由がありますから、何の職業に就いたって構いやしないんですけどね。でも、そこの社長、聖子の何を見て、ブティックの店長にピッタリだと思ったのかしら?アタシの見る限り、ケータリングのときの聖子って、万年三つ編みの白衣姿でノロノロと皿運んでいるだけなんですけど。そんな三つ編みブタをブティックの店長にっていう発想が分かりません。だいたい、ブティックなんていう種類の店は、そこの店員次第で人気が上がったり下がったりするんですよ。雑誌なんかで「カリスマ店員」なんて呼ばれている人の店に、人気が集まるんですから。そんな業界なのに、あんなブタ女がいる店で、服を買おうだなんて物好き、いるはずないじゃありませんか。それとも、この社長、聖子をLLサイズ専門店のマジブタ...もといカリスマ店長にでも仕立て上げるつもりなのかしら?いずれにしても謎だらけの引き抜きねぇ...。

 お父さん、聖子の引き抜きの理由がやっと分かりましたよ。ブティックはブティックでも、両国にあるブティックホテルの雇われ支配人ですって。支配人っていっても、ホテルの受付&掃除係兼務なんですけどね。場所がら太ったカップルの利用が多いから、聖子にピッタリだと思ったらしいんですよ、そこの社長は...。

九月二十三日(木)
 お父さん、とうとう加津が「幸楽」を出て行くことになったんですね。一応、五月とサワさんは母娘の再会を果たしましたからね。加津はお役ご免という訳ですよ。でもね、それを許さない女がいたんです。...邦子さんですよ。邦子さんったら、ゴルフクラブ振り回して、長太さんの新しいマンションで大暴れしていました。普通、あんなに大きな音を立てて暴れていたら、近隣の人たちが不審に思って様子を窺うはずなのに、だ〜れも出てこないんですもの。ホント、東京砂漠とはよく言ったものねぇ(寂)。それにしても邦子さん、とっても怖かったわ。体格に貫禄がついてきたから、余計にそう思えるのかしら?あの加津でさえ、泣き出すくらいなんですから。でもね、五月は内心喜んでましたよ。「邦子ったら、すごいデブったわね。その調子でドンドン、デブって頂戴!聖子がいなくなった今、アタシの体型を相対的に細く見せるのは、アンタしかいないんだから!」ですって。まったく五月ったら、いつからそんな情けないことを考える娘になっちまったんですかねぇ?だって、五月の場合、体型がどうのこうの言う以前の問題でしょう。ズバリ、顔よ!顔っ!サワさんはあんなにキレイなのに、なんで五月は顔が不自由な娘になったんですかねぇ?やっぱり顔に関しては、五月の本当の父親の遺伝なのかしら?本当の父親のね...。結局、加津は「幸楽」に残ることになったんですけど、それは加津に新たな役目が課せられたからなんですよ。それは...五月と本当の父親を引き会わせるという役目。五月の前に本当の父親が現れるまでは、加津は「幸楽」を出て行くことはできないでしょうね。それもまた運命なんですけどねぇ。
 ああ、お父さん。今日はあまり書くことがないわ。だって、今日は「おかくら」で何にも事件が起こらなかったんですもの。せめて、娘たちの家庭に問題が起こったならばともかく、今日はほとんど加津にまつわる事件ばかりだったし。その内、娘たちには平穏が訪れて、友人やら従業員やら岡倉家とは姻戚関係のない人物にばかりトラブルが起こる、そんな日がやってくるんですかねぇ。現に、加津やら聖子やら司やら利子やら恵理やら典介やらの岡倉家とは姻戚関係のない人たちがトラブルに巻き込まれているんですから。はっ!ま、まさか!もしかしたら、この人たちは岡倉一族に関わったばかりに、トラブルに巻き込まれているのかも知れないわ。岡倉家の人間と出会いさえしなければ、平穏無事な生活を送れたかも知れない。

お父さん、アタシたち岡倉家の一族は、罪なき人々を不幸のドン底に突き落とすアダムス・ファミリーなのかも知れませんねぇ...。

九月三十日(木)
 お父さん、今日は加津にいろいろなことが起こったようですよ。サワさんの息子で五月の弟でもある康史さんと出会ったり、実の母親と涙の再会を果たしたり。でもね、アタシが気になったのは、康史さんの髪の毛ですよ。歳の割には、なんか薄くてねぇ。顔立ちが若いから、余計にそう見えるのかしら?でも、城代さんのお父様みたいに、カツラで誤魔化そうとしないだけ、マシかも知れませんね。城代さんのお父様、今ニューヨークの本社にいらっしゃるんだけど、日本でこしらえたカツラだから、ニューヨークではメンテできないって、お困りの様子ですよ。まぁ、アタシには関係のない話ですけど。
 それにしても、お父さん!なんで、「おかくら」にサワさんと加津が来たとき、サワさんが五月の本当の母親だって気づかないんですか!まるで、初対面みたいな挨拶をして!いくら頭がボケてるからって、さすがに顔を見たら思い出すのが道理ってものでしょう?サワさんもサワさんですよ。頭がボケたお父さんならともかく、サワさんはまだしっかりしているんですよ。なんで、お父さんの顔が思い出せないのかしら?サワさんが、あれほどみのりさんと加津の母娘にこだわっているのも、サワさん自身が実の娘の五月と辛い別れをしているからなんですよ。自分が味わった辛い思いを、みのりさんに味わせたくないから、「幸楽」のお姑さんに嫌味を言われながらも、加津に近づいてるんですから。でもまさか、その「幸楽」の若女将が自分の本当の娘だなんて、サワさんは思いもよらないでしょうけど。まぁ、いいわ。考えてみたら、今さらサワさんと五月が本当の母娘と分かったからって、ゴタゴタが起こるだけですものね。あのサワさんの事、五月が実の娘と分かって、「幸楽」で辛い目に遭ってると分かったら、すぐに勇さんと離婚させて「菊屋」の新しい女将にさせるなんてこと、しかねないもの。えっ?その方が五月も幸せじゃないかって?とんでもないっ!「菊屋」は和菓子屋なんですよ!これ以上、五月がデブったらどうするんですか...。
 愛もねぇ、呉服屋の通販サイトが少しばかり成功したからって、有頂天になって。でも、愛は気づいてないのかしら、呉服のセット価格を一ケタ間違えて表記していることを。30万円のものを、3万円って表記しちゃったんですよ、愛は。そりゃあ完売もするはずですよ。お金のケタを間違えるなんて、愛は銀行を辞めて正解ですよ(怒)!だいたい着物っていうのは、ちゃんと自分の目で見立ててから買うものでしょう?インターネットで購入するものじゃないですよ。たいした宣伝もしないで、そんな簡単に注文が殺到するなんてことは有り得ませんよ。でも、今さら「一ケタ間違えました」なんてこと、言えないでしょうね。これで「加茂壽」の倒産、確実ねぇ。
 本間のお姑さんもねぇ...声がデカ過ぎるんですよっ!「おかくら」は料理屋なんですよ!まだお客様もいるんですよ!いくら二階だからって、あんな喧しい声出していいっていう法はないでしょう!可哀相に、隣の部屋で寝ていたヒナが悪夢にうなされていました(涙)。もういい加減、本間家のことは本間家で解決してほしいですよ!「おかくら」にこれ以上、ゴタゴタを持ち込まないでほしいですよ!!今度、本間のお姑さんが大阪へ行ったら、関西地方に台風をいくつも直撃させて、二度と東京に出てこれないようにしてやるからっ!
 宗方さんも順調に回復に向かっているみたいですね。天国の入国者リストに、まだ宗方さんのお名前があるのが気になるけど...。まぁ、葉子が幸せならば、それでいいですよ。アタシも気になってね、宗方さんの様子を見に、ちょっと下界へ降りたんですよ。そうしたら、ちょうど廊下の鏡の前で、弥生たちと出くわしちゃって。弥生たちったら、立ち止まってアタシの方を見ているんですもの。もしかしたら、アタシの姿が見えているのかと焦りましたよ。でも、弥生たちは鏡に映る自分たちの姿を見つめていただけなんですよね。見つめるほどのたいした容姿でもないのにねぇ...(笑)。
 あらっ?お父さんったら、古いアルバムを取り出したりして。何の写真を見ているのかしら?あっ!お父さん!そのセピア色の写真、サワさんと五月が写っている写真ですよ!五月はまだ赤ん坊だけど、サワさんには面影が残っているでしょう?お父さんったら、驚いた表情を顔に浮かべると、震える手で写真をアルバムに戻しましたよ...。

 お父さん、やっと思い出したようですね、サワさんのことを。たった一枚だけ、岡倉家にあったサワさんと五月の写真。それを見つけてしまうなんて、これも運命なんですかねぇ...。

十月七日(木)
 お父さん、やっぱり加津は「幸楽」に残ることになりましたね。まだ、五月と本当の父親を引き合わせるという役目が、加津には残っていますからね。その日が来るまで、加津は「幸楽」に居候ですよ。でも、そんな日が本当に来るのかしら?五月の本当の父親が死んじゃってる可能性だってある訳だし...。あっ!もし、死んでたら、こちらの世界にいるアタシが気づかないはずありませんものね。そちらの世界のどこかにいるはずですよ、五月の本当の父親は。
 愛がとうとう銀行を辞めてしまいました。まったく、バカな孫娘ですよ!この不景気な世の中、銀行に就職できただけでも御の字なのに、それを辞めちまうなんて。しかも、ホームページ制作の会社を設立するなんて、バカも休み休み言って欲しいですよ。勇さんや幸楽のお姑さんが反対するのも当然ですよ。それなのに...お父さん!なんで、愛に五十万円渡したりするんですか!失敗するのは目に見えてるんですよ!っていうか、アタシはね、岡倉家の親族に「普通のサラリーマン」がいないことが不思議でならないんですよ。み〜んな、自営業か専門職。愛が銀行員になってくれて、やっと親族から「普通のサラリーマン」が生まれたと思ったら、半年でこれですもの。残念でなりません。なんで、岡倉家の親族は「普通のサラリーマン」をバカにするんですかねぇ。アタシは「普通のサラリーマン」って立派だと思いますけど。だから、お父さんが会社辞めて、板前になるって聞いたときだって、猛反対したんですから。まっ、愛はもう銀行を辞めちまったんです。いまさら何を言っても遅いんですけど...。
 でもね、お父さん。愛の銀行退職ですけど、これには二人の人物が関わっていたんですよ。一人は城代さん。実は、愛の勤めていた銀行に、愛に好意を持っていた同僚がいたらしいんですよ。その方、仕事もできるイケメン銀行員で、近々愛に正式にプロポーズしようとしていたみたいなんです。そのことを、銀行にいる情報屋...もといお友達から聞いた城代さんが焦って、愛にホームページ制作の仕事を勧めたらしいんです。城代さんが愛に例の呉服屋を紹介したのも、ホームページ制作の成功体験をさせて、本気で銀行を辞める決心をさせるためだったんですから。ちなみに、呉服屋の通販サイトが成功したのは、城代さんが呉服セット全てを注文したからなんです。愛から銀行退職を相談された城代さんがすぐに賛成したのも、そういう理由があったからなんですよ。まったく、こんな棒読み男のせいで、また岡倉家から「普通のサラリーマン」がいなくなったかと思うと、悔しくて情けなくて...(泣)。

 そして、愛の退職に関わったもう一人の人物。それは...幸楽従業員の光子という女ですよ。この女が愛の仕事ぶりを観察するために、毎日銀行に通っていたことは前にも書きましたけど、実はある企みがあって、愛を観察していたらしいんです。それが何なのか、まだアタシには分かりませんけどね...。

十月十四日(木)
 ん!?ああ〜っ!ウルサイっ!誰よ、誰なのよ!「おかくら」でダミ声出して騒いでいるのはっ!カネダ!?金田なのね、金田っ!またあの男が「おかくら」に現れたのねっ!アタシ、この金田という男は、本当にもう大っキライっ!ただでさえ、耳障りな声質なのに、あんな大声出してっ!アンタ、この前大騒ぎしたとき、翌日反省して謝りに来たわよね?もう忘れたの?まったく、反省しないオヤジねっ!何度も言うようだけど、「おかくら」は住宅街にあるの。夜の夜中に、そんなダミ声出したら、近所迷惑でしょうがっ!そんなんだから、女房にソッポ向かれるのよっ!...ちょっと、タキ!差し出がましいババァなら差し出がましいババァらしく、厨房に引っ込んでないで、さっさとこの男を追い出しちまいなさいよっ!あらっ!?もう一人酔っ払っているハゲがいるわ。...まぁ、勇さんっ!一段とバーコードが薄くなって。前髪が無くなっちゃって垂れてないから、酔っ払った勇さんだと気づきませんでしたよ。五月の体型と勇さんの髪の毛は反比例の関係ね、オーホッホッホッ!愉快、愉快っ♪
 ところで、五月も強くなったもんですねぇ。幸楽のお姑さんに楯突いたりして。やっぱり、オンナはデブると怖いものナシで、精神的に強くなるんですかね。でも、アタシは嬉しいですよ。幸楽のお姑さんには、散々泣かされてきましたからね。そろそろ、五月には幸楽の次期「大きい女将さん」としての気構えを持ってもらわないと。五月がデブったのも、次期「大きい女将さん」としての貫禄をつけるためだったんですから。肉体面はいいとして、精神面でもっと強くならないと。そのためには、この因業ババァの壁を乗り越えなければいけないんです。今回の五月の反抗は、その第一歩といったところですかね。勇さんにはちょっと気の毒だったけど...。
 ところで...お父さんっ!「幸楽」でのあの醜態は何ですかっ!あんな声震わせて涙声出したりしてっ!情けないったらありゃしないっ!しかも、五月を叩いただけでなく、五月の頭をワシ掴みにして、無理矢理、幸楽のお姑さんや勇さんに頭を下げさせたりしてっ!いくら、家にあったアルバムを見て、五月が本当の娘じゃないことを思い出したからって、そんな仕打ちをしていいっていう法はないでしょうがっ!実の娘じゃなければ、叩いたり従業員の前で恥かかしたりしていいんですかっ!あれじゃあ、五月があまりに可哀想過ぎますっ!五月ったら、大泣きしたせいで、ただでさえ醜い顔が目も当てられないほど歪んでましたよっ!
 (冷静になって)先週、愛の銀行退職に、幸楽従業員の光子という女が一枚噛んでるってことを書きましたけど、あの女の狙いが分かりましたよ。それはズバリ、幸楽のお姑さんに取り入るためだったんですよ。愛に新会社を設立するように焚き付けたのも、光子だったんですよ。光子の計画は...愛、新会社設立のための出資を勇に頼む⇒勇、それを拒否。キミ、勇に同意⇒五月、勇とキミに反旗を翻す⇒光子、この機に乗じて、キミにお夜食用の海苔巻きを渡す⇒光子、キミへの点数稼ぎ大成功♪...というものだったんです。光子という女、やっぱりタダものではないわ...。

 そんなこんなで、今週もいろいろありましたね。お父さん、お疲れさまでした。ホント、心の休まる暇もありませんねぇ。でもね...、
いったい、いつになったら、アタシの七回忌を開いてくれるんですかっ(怒)!

十月二十一日(木)
 お父さん、さっきからね、何か旨そうないいニオイがするんですよ。...そう!これはうな重のニオイだわっ!どこからするのかしら?クンクン...。あらっ!?まぁ、本間病院からニオッてくるじゃない!英作さんと本間のお姑さんの目の前にあるうな重のニオイだったんだわ。食べてみたいわ...。何しろ、お父さんや娘たちときたら、アタシの七回忌をすっかり忘れちまってるんですからね。美味しいものでも食べないとやってられないんですよっ(涙)!
 それにしても、伸彦さんという人、また本間病院に戻ってきたんですね。なんでまた、総合病院の職を辞してまで、赤字経営で火の車の本間病院に戻ってこようという気になったのかしら?口では、由紀さんをまだ愛してるからなんて言っているけど、本当は違うんですよ。お姉さんの静子さんの病院設立資金は、静子さんの愛人から貰った金だったなんてウソを、由紀さんがすっかり信じてしまったから、伸彦さんは、「まだまだ本間病院から金を毟り取れる♪」と思ったみたいなんですよ。えっ?愛人の話はウソだったのかって?当たり前じゃないですか!本当は静子さん、本間病院の金を持ち逃げしたんですよ。いくら愛人だからって、どこの世界に病院を設立できるくらいの多額の出資をする人間がいるんですか!こういう言い方は失礼かも知れませんけどね、静子さんって人、そこまで男が惚れ込むような女には見えませんし。やっぱり、伸彦さんと静子さんがグルになって、本間病院の金を持ち逃げしたんですよ。その点では、由紀さんの推理は正しかったのに、ツメが甘かったわね...。そもそも、由紀さんは夜も寝る暇がないほど働いていたのに、なんで経営が赤字なのか不思議に思わなかったのかしら?静子さんは、普段から病院の金を経理と一緒になってチョロまかしていたんですよ。いくら由紀さんが一所懸命働いたって、これじゃあ黒字経営になる道理はありませんよ。まぁ、アタシにとってみれば、本間病院や由紀さんがどうなろうと知ったこっちゃありませんけどね。
 ...な〜んて思っていたら、トンデモないことになっていたわっ!またしても、英作さんが本間病院へ戻るとか言い出してるわよ〜〜っ!まったく冗談じゃありませんよっ!本間病院でトラブルが起こる度に、長子一家が大阪へ行く行かないの騒ぎになって。いったい、そんな騒動を何回繰り返したら、気が済むんですかっ!いいこと英作さん。たとえ上げ膳据え膳のワガママ娘でもね、お父さんの側に誰か付いていてくれなきゃ、アタシは不安で不安で堪らないんですよっ!いつタキやら勉やら壮太やらの有象無象にお父さんの家族ヅラされて、「おかくら」を乗っ取られるか、分かったもんじゃありませんからねっ!だから英作さん、大阪へ戻るなんてこと、金輪際、口にしないでくだ...ん?えっ?何ですって?葉子が「おかくら」に戻ってくる?「おかくら」から宗方さんの病院に通うっていうの?まぁ、そうなの、葉子が「おかくら」に戻ってくるの...ふ〜ん...。

 ...長子っ!アンタみたいに、娘の面倒もロクに見れない、英作さんの事が心配だからって神林先生からのお夕食の誘いをお断りしたクセに、心配するどころか「おかくら」のカウンターでビール飲んで憂さを晴らしているようなどうしようもないバカ娘、大阪へでもどこへでも行っておしまいっ!

十月二十八日(木)
 お父さん、とうとうアタシの七回忌をやってくださいませんでしたね。娘たちのゴタゴタに振り回されて、すっかりアタシのことなんて、忘れちまったんですね(涙)。あらっ?何やら「おかくら」が騒々しいわね。何かしら?...んまぁ〜、本間のお姑さんと神林先生が、お父さんたちと乾杯をしているわ!何ですって?本間病院を潰さずに続けることができてメデタイですって!?何がメデタイんですかっ!伸彦さんが戻ってきて本間病院を続けるってことは、以前の本間病院に戻っただけじゃありませんかっ!アタシに言わせればね、由紀さんと伸彦さんの離婚騒動のとき、さっさと神林先生に仲介をお願いしていれば、みんな右往左往することもなかったんですよっ!英作さんや本間のお姑さんが何度も大阪に足を運んだりして、ホントにムダな行動が多過ぎるんですよ、本間家の人たちは。あ〜あ、そんな乾杯するヒマがあったら、少しはアタシのことを思い出してくださいよ(大涙)。
 あかりもねぇ、そろそろ勇気を保育園に預けたらいいのに。何回、勇気がいなくなった!を繰り返したら、気が済むのかしら?その内、本当に人さらいに遭いますよ、勇気は。その時、後悔したって遅いんですからね。勇気だって、同年代の子供たちと遊びたいだろうに。勇気が不憫でなりませんよ(また涙)。アタシが生きていたら、あかりに何と言われようと、勇気を保育園に連れていくのに。弥生も弥生ですよ。あかりの行動に意見ばかりしてないで、実力行使に出なさいよ。アンタは勇気のお祖母ちゃんなんだから!まぁ、同じ境遇のシングル・マザーの手前、リーダー格のあかりだけが勇気を保育園に預けるなんてマネ、できないのは分からないでもないけど。それに、あかりは勇気を人寄せパンダにしているから、保育園なんかに預けたら、商売道具がひとつ減っちゃうことになる訳だし。でもね、人様とコミュニケーションが取れない、喋ることもできない勇気のことを、本当に人寄せパンダっていえるのかしら?
 城代さんが「幸楽」にやってきましたよ。でも、愛に約束をすっぽかされたみたい。それなのに、顔が笑っているってどういうことかしら?余裕カマした笑みなのかしら?それとも、自虐の笑みなのかしら?コンクリートで固めたような終始笑顔の城代さんを見ていると、勇気とは違った意味で、人と本当にコミュニケーションが取れているのか、心配になりますよ。だって、あの固まった笑顔では、城代さんの心の内が分かりませんもの。「幸楽」では笑顔を見せているけど、家に帰ったら、「愛の野郎!なめたマネしやがってっ!」って、愛犬に当たり散らしているかも知れないし。えっ?そんなに気になるなら、天国から城代さんの私生活を覗けですって?いやですよ、そんなはしたないマネできやしませんっ!
 「幸楽」では相変わらずトラブルが起こっているみたいねぇ。原因は、勇さんがシュウマイ50個を少年野球チームに振る舞おうとしたことが、幸楽のお姑さんの逆鱗に触れたみたい。今回ばかりは、アタシも幸楽のお姑さんの意見に賛成ですよ。だって、勇さん...

少年野球チームに振る舞うシュウマイがあるんだったら、七回忌のお供え物として、アタシに振る舞って頂戴ぃぃぃっ!

追伸:でもね、お父さん。アタシの七回忌を覚えてくれている人たちだっているんですよ。隠れ健治ファンさん、はぁとんさん、MASARU☆さん、のんのんさん、そして、かずきちさん。亭主や血の繋がった娘たちより優しい他人って、本当にいるんですね。皆さん、どうもありがとうございます(またまた涙)。

十一月四日(木)
 お父さん、とうとう葉子が「おかくら」を出て行くんですね。葉子ったら、最後に「母さん、守ってくれてありがとう」って、アタシの位牌に手を合わせてくれたりして。長子なんか居候しているクセに、アタシの位牌に手を合わせたことがないんですもの。やっぱり、長子より葉子。長子一家が出て行って、葉子夫婦が「おかくら」にいてくれたらいいのに...。でも、それは仕方のないことかも知れません。葉子には葉子の人生があるんですから。幸せになってくれたら、母さん、何にも言うことはありませんよ(涙)。
 ...ってね、アタシは心底、葉子の幸せを願っていましたよ。でもね...あの山口のお母さん!あれ、何ですかっ!?もう、アタシはハラワタが煮え繰り返って仕方ありませんよっ!もうこれからは、山口のお母さんとは呼びません。だって、葉子にとって、母親でも何でもないんですから。そもそも「お母さん」なんて呼び方が間違っていたんですよ。そんな呼び方をするから、あの人も変な勘違いを起こしちゃったんでしょう?これからは、便利なオバさん、略して便利屋ババァと呼ばせて頂きますっ!(全然略してないっつうのっ!って自分ツッコミ。) 大体、あの便利屋、新婚の葉子夫婦に同居話を持ちかけるなんて、どういう神経をしてるのかしら?ある意味、タキより「差し出がましい」ババァね。差し出がましい便利屋ババァ、略して、差し便と呼ばせてもらうわ。さらに、あの差し便、葉子の意見も聞かずに、葉子のマンションの電話を勝手に解約したり、3人で同居するかどうかも分からない内から、3人の名前が入った表札をこしらえたりして、ちょっと怖いくらいですよ。でもね、葉子も葉子ですよっ!アタシはね、葉子だったら、こんな無茶な同居話、絶対断るかと思っていたのに、結局受け入れたりして。やっぱり、贅沢なマンション暮らしに目が眩んだんですかね...。ああ、情けないっ!情けないったらありゃしないっ!
 太郎さんも太郎さんですよ。差し便が屋敷を処分したいって言ったときに、葉子夫婦との同居を望んでのことだって分かっていたはずですよ。そんな無神経なこと、止めるのが息子の務めってもんじゃないんですか?それをホイホイ処分に同意して、実母の世話は葉子に任せて、自分は元タカラジェンヌと夫婦水入らずの生活を始めたりして。無責任にも程がありますよっ!なんでアンタの母親の面倒を、葉子が見なきゃならないんですかっ!葉子に甘えるのもいい加減にしてもらいたいですよっ!そんな親不孝だから、頭が禿げてくるんですよっ、太郎さんっ!
 でもね、アタシは真相を知ってしまったんです。なぜ、太郎さんが差し便と葉子夫婦の同居に反対しなかったか。宗方さんの入院中、太郎さんは宗方さんの会社経営を任されていたんですけど、段々、宗方さんの会社を乗っ取りたいって思うようになったみたいなんですよ。それだけ、宗方さんの会社が魅力的なんでしょうね。それで、宗方さんが退院した後も、宗方さんとの関係を保つためには、差し便が葉子夫婦と一緒にいた方が、何かと都合がいいと考えたみたいなんですよ。まったく、人の会社を欲しがるなんて、人の娘を欲しがる差し便そっくりですよ、太郎さんはっ!
 お父さんの悔しい気持ちはよく分かりますよ。アタシだって、悔しいんですから。「おかくら」をやめることは、とても残念なことだけど、アタシは賛成です。だって、そうすれば、岡倉の家からタキや勉、壮太ら怪しい連中がいなくなるんですからね。それに、ワガママな娘でも長子が傍にいるんです。英作さんだって、ヒナだっているんです。アタシの位牌だってあるんです。寂しいことなんてありませんよ。どうせ「おかくら」をやめるんだったら、厨房潰して、英作さんのために診察室こしらえて、「岡倉病院」を始めたらいいんじゃないですか?そうすれば、長子と英作さんは一日中お父さんの傍にいるから、お父さんも寂しくないでしょうし、お父さんに万一のことがあってもすぐに対処できるし。いずれは、医者になりたいっていうヒナが継げばいいし。病院に集まるお年寄りたちに、ちょっとした手料理でも振舞えば、すぐにお友達もできますよ。だから、そんなに気落ちしないでくださいね。お父さんが悲しむ姿を見ると、何もしてあげられない自分が情けなくなってきますよ(涙)。お父さんがアタシの位牌の前に差し向けてくれたお酒を飲むことぐらいしかできやしないんですから(また涙)。でもね、お父さん...

だからといって、お父さんがアタシの七回忌を忘れたこと、これは絶対に許しませんから。それとこれは別の話なんですから...。

十一月十一日(木)
 お父さん、とうとう「おかくら」の暖簾を畳むことを決意してしまったんですね。寂しいですけど、仕方ありませんよね。5人も娘がいるのに、誰も「おかくら」を継いでくれないんだったら、やめるしかありませんものね。でも、老人ホームなんて寂し過ぎますよ(涙)。いくら老人ホームに憧れているからって、5人も娘がいるのにそんな所の世話になるなんて、アタシは絶対反対です!...ああ、アタシがこんなに反対しても、お父さんにはアタシの声なんて届かないんでしょうね。なんだか空しくなっちゃった。久しぶりに秋葉のお姑さんとお酒でも飲もうかしら...。
 ZZZ...あら、アタシったら、お酒飲んでいつの間にか眠ってしまったみたい。...ん?なんだか騒がしいわね?あら?「おかくら」に弥生たちが集まっているわ。みんな、お父さんのことを心配して集まってきてくれたんですね。やっぱり、持つべきものは娘ですよ。アタシがいなくても、あの子たちがいてくれたら、お父さんも心強いでしょう(涙)。それにしても、なんでみんな酔っ払ってるのかしら?お父さんが店を畳むというのに、あの陽気な笑い声。まぁ!五月ったら、すっかり酔っ払って、服を脱ぎ始めたわ!下品ですよ、五月!実の娘じゃないとはいえ、育てたのはこのアタシなんですっ!アンタをそんなはしたない娘に育てた覚えはありませんっ!あらあら、とうとう素っ裸になっちゃった。...ち、ちょっと五月!その格好で下に降りないで頂戴っ!下にはまだお客様だっているんだからっ!んまぁ、五月ったら、素っ裸でビール瓶片手に下に降りちゃったわ。この世のモノとは思えないシロモノを見せつけられて、ヒナが泣き出しちゃったじゃないっ!...ん?な、長子?アンタ、何してんの?「んもう、五月姉ちゃんったら、自分だけズルイ!裸だったら、アタシだって負けないんだからっ!」って、なに服脱ぎ始めてんの?あら〜、長子まで素っ裸になっちゃった。「でも、アタシの裸はこれで終わらないの♪」って、なんで頭に皿なんか乗っけるの!?「♪カッパッパ〜ルンパッパ〜カッパ黄桜カッパッパ〜、ポンピリピン飲んじゃった〜ちょっといい気持ち〜ンヤっ♪」 な、なに訳分かんない歌を歌ってるの、長子はっ!ヒナがヒキツケ起こしちゃったじゃないのっ!
 五月ったら、何か叫んでるわ。「お父さん!『おかくら』に立派な跡継ぎいるじゃない!勉ちゃんだって壮ちゃんだって!ヒック!」 んまぁ〜!五月っ!アンタ、なに勝手なことを言ってんのよっ!いくら酔っ払ってるからって、言っていいことと悪いことがありますよっ!やっぱり実の娘じゃないから、「おかくら」なんてどうだっていいんですかね(悔涙)。「もし親方が本気で『おかくら』を処分なさるおつもりなら、アタクシが譲ってもらうつもりでした。勉ちゃんと壮ちゃんのために残してやりたいんです」って、タキっ!アンタ、図々しいにも程があるわよっ!アンタや勉や壮太に「おかくら」を渡すくらいなら、いっそ潰してしまった方がどんなに清々するか知れやしないっ!差し出がましいにも、差し出がましいにも、差し出がましいにも程があるわよっっっ!!!...五月っ!裸で壮太に抱きつくのはやめなさいっ!長子っ!いい加減、頭から皿をどけなさいっ!お父さんっ!まな板拭きばかりしてないで、娘たちのバカ騒ぎをやめさせてくださいっ!
 お父さん、結局「おかくら」を続けることにしたんですね。まぁ、取りあえず良かったです。...あらっ?まだ誰か酔っ払ってるのかしら?

んまぁ!秋葉のお姑さんだわ!素っ裸でフラメンコを踊ってるわ!...付き合ってられません。アタシは先に寝ますから、風邪引かないように!

十一月十八日(木)
 お父さん、「幸楽」に聖子が戻ってきましたよ。やっぱり、ブティックホテルの雇われ支配人なんて、聖子には無理だったんですよ。受付では無愛想だし、掃除はロクにしないし、その割にはよく食うし。聖子は社長から「俺のオンナになれ」って言われて拒否したから、クビになったみたいなことを言っていたけど、全部ウソ。使えないブタだから、辞めさせられたって言えなくて、つい見栄を張っちゃったんですね。デブの見栄ほど、見苦しいものはありません。それにしても、五月も勇さんも幸楽のお姑さんも、なんで“聖子=愛人にしたくなるほどいいオンナ”なんていう“加津=ジャニーズ系少年にモテモテ”以上に有り得ない話に異議を唱えないのかしら?まぁ、「幸楽」には世間一般では理解できない特異な美意識があるから、仕方ないけど。五月もその特異な美意識のおかげで、なんとか女将の座に納まっている訳だし...。
 あかりのところの勇気ちゃんが急に自己主張を始めましたね。でもね、お父さん。あれ、勇気の意志で喋った訳じゃないんです。実は、秋葉のお姑さんが勇気の体に乗り移って、喋っていたんですよ。秋葉のお姑さんは、一人息子の勇気と会うこともままならない和夫さんのことが、不憫に思えてならなかったみたいなんです。それで意を決して、「オレっ!」とフラダンス発声をすると、下界の勇気の体に乗り移ったという訳なんです。勇気の体に乗り移った秋葉のお姑さんは、「パパ!公園で野球しようよ!」とか「キャッチボールしようよ!」とか言って、勇気と一緒に過ごせる時間を和夫さんに与えようとしたんですね。息子を想う美しい母心じゃありませんか(涙)。でも、あかりのことは、とことん憎かったのか、つい「ママ、大ッキライ!」なんて悪態突いたりして。あかりのダメージは大きいですよ。でも、この勇気(ホントは秋葉のお姑さん)の発言に疑問をもつ人間がいたんです。...壮太です。壮太ったら、心の中でこんなことを思っていたんですよ。「あれ?あのガキ、物心ついたときからずっと母親ベッタリで、友達もいないはずなのに、なんで野球とかキャッチボールとか知ってるんだろう?忙しいあかりさんが、あのガキとキャッチボールする時間なんてあるはずないし。っていうか、グローブ持ってんのか?...なんか変だよな。また、神林先生あたりが、例のコントローラーを使って...。」 えっ?神林先生?例のコントローラー?いったい、何の話かしら?とにかく、壮太には早く「おかくら」を出て行ってもらった方が良さそうね...。
 宗方さんが「おかくら」にやってきましたね。早くに両親を亡くしたとか、夜間の大学に通ったとか、どうでもいい話をベラベラと。あのねぇ、「おかくら」は開店前なのっ!みんな仕込みで忙しいのっ!お父さんは、まな板をキレイに磨くのに忙しいのっ!手に力が入らないから、人の10倍時間がかかるのっ!そんな忙しいときに、どうでもいい生い立ち話なんて、やめてほしいわねっ!お父さんもお父さんですよっ!そんな話を聞いて感動して、ビールで乾杯なんかしちゃって。挙句の果てに、これから宗方さんの会社の接待に「おかくら」を使うことを許したりして。あらっ?なんか聞こえるわ。これは...勉の心の声ね。「あ〜あ、また親方、安請け合いしよってからに。どうせ、宗方はんが『会社の接待だから、経費で落とします』言うても、きっと親方は『そんな寂しいこと言わないくださいよ。大事な娘婿からお代は頂けません。アタシの気持ちなんですから』とか言うて、金を受け取らんはずや。またタダ飯かいな。何度も言うけど、僕は岡倉家の親類縁者にタダ飯食らわすために、料理こしらえとるんちゃうわっ!いい加減にしてほしいわっ!宗方の奴、早くに両親を亡くしたなんて、ウソの話をこしらえてからにっ!親方が早くに両親を亡くしたっていう話を聞いて、でっちあげたんやろう。自分が同じ境遇だったら、親方も優しくしてくれて、きっと料理もタダにしてくれるという宗方はんの悪知恵やっ!」

勉は宗方さんの性根を見抜いているんですね。ほんの少しだけ、勉が「おかくら」にいてもいいと思いましたよ。ほんの少しだけね...。

十一月二十五日(木)
 お父さん、愛がこしらえたホームページのブティック、倒産しちまいましたね。実はそのブティック、この間まで「幸楽」の聖子が働いていたブティックホテルのことなんですよ。愛は、そんないかがわしいホテルのページなんかをこしらえていたんですね。ホテルの部屋の内装や朝食サービス、ホテルオリジナルの避妊具のデザインなどを、ホームページで紹介していたみたいなんです。もちろん、すべて愛のアイデアによるもの。愛はセンスがあるって、そこの社長に褒められてましたよ(笑)。でもねぇ、避妊具に「幸楽」っていう文字を入れるのはどうかと思いますよ。まぁ、確かに“幸せ”で“楽しい”行為なのかも知れないけど...。ところで、ブティックホテルが倒産した理由は、クビになった聖子が悔し紛れにホテルの金を持ち逃げしたせいなんですよ。相変わらず手癖が悪いんですよ、聖子は。もっとも、持ち出した金を電車の中に置き忘れてしまったみたいですから、聖子は無一文で「幸楽」に帰るしかなかったんですけど。
 ところでお父さん、宗方さんからゴルフに誘われたみたいですね。...お、お、お父さんを殺す気ですかっ!宗方はっ!足腰に加えて頭まで加速する衰えを止めることができないお父さんを、よりにもよってゴルフに誘うだなんて、正気の沙汰じゃありませんよっ!だいたい「業界でトップを争うゴルファー」だったなんて、そんな見え透いたウソをつかれて、なんでお父さんは気づかないんですか?いつもいつもブービー賞ばかりで、家に帰って周りの人間に当たり散らしていたのは、どこのどなたですかっ!やっぱり頭がボケちゃったんですか?藪から棒にゴルフに誘うってこと自体、変じゃありませんか。何か裏があるって疑わないといけませんっ!
 そもそも、なんで宗方さんがお父さんをゴルフに誘ったのか。それはズバリ、お父さんの死期を早めるためなんですよ。何のために、お父さんを早く死なせたいかですって?それは、宗方さんが「おかくら」の土地を狙っているからなんですよ。桜新町にある「おかくら」の土地は、宗方さんにとって、喉から手が出るほど欲しい土地なんです。「おかくら」を取り壊した後、女性向けの高級マンションを建てるつもりなんですよ。実は、宗方さんが葉子に近づいたのも、土地目当てだったんです。山口のお母さんと同居して、お父さんを落胆させて「おかくら」の暖簾を畳むように仕向けたのも、宗方さんの計算。ところが、計算が狂って、お父さんが再び「おかくら」を続ける気になっちゃったから、今度はストレートに肉体にダメージを与えてやろうってことで、ゴルフに誘ったんですよ。そういう人間なんです、宗方っていう男はっ!アタシは前々から、顔は笑っても目は笑っていないあの男が気に入らなかったんですよ。まったく、手術が失敗すれば良かったんだっ!しかし、こちらの世界で、ああだこうだ言っても始まりません。お父さんには、まだまだ下界にいてもらって、トラブルまみれの娘たちを見守ってもらわなくちゃいけません。お父さん!アタシがお父さんを守りますからっ!
 そして、アタシはお父さんの体に乗り移りました。想像以上にガタがきているお父さんの体。特に、手の震えには悩まされました。あっ!宗方がこちらを狙ってスイングしたわっ!グングン近づいてくる宗方のゴルフボール!な、何とかしなくちゃっ!よけなくちゃっ!...そのときだった!あの声が聞こえたのはっ!...「岡倉さん!オレッ!」

ありがとう、秋葉のお姑さん。あなたの掛け声のおかげで、フラメンコの構えになって、ボールをよけることができました。
今日ほど、フラメンコを習っていて良かったと思った日はありませんよ...。

十二月二日(木)
 お父さん、いったいどういうことなんですかっ!?もうアタシは情けなくて、涙も出てきやしませんよっ!えっ?何をそんなに怒っているのかですってっ?そんなことも分からないんですかっ!今日、眞と司が「おかくら」に来たでしょう。そのとき、2人に何出しました?...牛丼ですよ、牛丼っ!いったい、いつから「おかくら」は牛丼なんて、全国チェーンのファーストフードが出すような安〜い料理を出すようになっちまったんですかっ!焼肉丼はどうしたんですか、焼肉丼はっ!っていうか、お父さん、牛丼と焼肉丼の違いを教えてくださいよっ!...あ、いいです。そんな違いが分かったところで、天国にいるアタシには、食べて味わうなんてことはできませんから(寂)。
 今日もまた「幸楽」は大騒動でしたよ。司が警察沙汰を起こしたらしいんですけど、アタシには司の行為のどこが悪いのか、さっぱり分かりませんでしたよ。司がいうには、どうも“トラックを売る手伝いをしていた”みたいなんですけどね。それがどうも犯罪にあたるらしいんですよ。売っちゃいけないんですかね、トラック。確かに、司はまだ中学生ですから、車を売る資格はないんでしょうけど。きっと、司は車が大好きなんでしょうね。眞も司を警察なんかに連れて行かず、静岡の武志のところへ連れて行けばいいのに。車好き同士、ウマが合うかも知れませんもの。大学行くだけが人生じゃありません。武志に会えば、きっと司にも新しい道が開けてきますよ。
 ところで、ヒナの学校では、何やら変な機械を児童に持たせるようにしたみたいですね。何でも、その機械を持っていれば、その子が今どこにいるか分かるらしいですね。本当にそんなことが分かる機械だったら、長子も本間のお姑さんに買って差し上げればいいのに。だって、長子は本間のお姑さんとなかなか連絡が取れないってヤキモキしてるんでしょう?取りあえず、この機械を持って頂ければ、連絡が取れなくても、今どこにいるか分かる訳だし、長子も安心できますから。アタシは...是非お父さんに持ってもらいたいです。えっ?どういう意味かって?別に意味なんかありませんよ。ただ、お父さんも歳ですからね。いつ徘徊するようになっても...これ以上は言いません(哀)。
 勇気がオモチャを貰いましたね。でも、アタシは見てしまったんです。「おかくら」で、タキが和夫さんにオモチャの紙袋を手渡すとき、そっと中に別のオモチャを忍ばせるところを。それは、見た目はオモチャなんですけど、どうも何かの仕掛けがしてあるみたいなんです。実はそのオモチャ、タキが神林先生から貰ったものみたいなんですよ。神林先生はこんなことを仰っていました...。「去年のコントローラーは、ちょっと欠陥がありましたからね。でも、これは大丈夫。表情から何から、全部思いのままなんですよ。」それに対して、タキ。「オッホッホッ!神林先生、ありがとうございます。後は、これを勇気ちゃんに渡せば、万事うまくいくこと間違いナシでございます。これでやっと、和夫さんに貸したハウス栽培の金も戻ってくるというものでございます。」 い、いったい、この2人は何を企んでいるのかしら!?

でも、そのオモチャ、和夫さんが買い与えたと勘違いしたあかりが、他の保育園児にあげて下さいって、保育園の先生に渡しちまいましたよ。
グッド・ジョブ!あかり!でも、神林先生のオモチャを受け取った園児は、どんな運命を辿るのかしら...。

十二月九日(木)
 お父さん、今日も「幸楽」は大騒ぎでしたよ。眞と聖子が大喧嘩しましてね。喧嘩の原因は、ホントつまらないことなんですが、つまらないことでも大騒動になるのが「幸楽」ですからね。五月や幸楽のお姑さん、周平さんまで加わって、ちょっとした修羅場でしたよ。それにしても、調理場であんなに大声出して喧嘩しているのに、客は笑顔で食事してましたよ。それもそのはず。「幸楽」の喧嘩はショータイムみたいなもんになってるんですから。客も「いよいよ始まったよ♪」なんていって楽しんでるんですよ。だから、客もショータイムだと分かっているから、いつもならひっきりなしに入る注文も、この喧嘩の時は一切入らなかったんです。おかげで、勇さんや健治さんも、思いっきり手を休めて、しかめっ面して、このショータイムに参加することができたんです。ちなみに「幸楽」のメニューには、こんなことが書かれているんですよ。「修羅場 0円」って。マクドナルドじゃないんだから、せめて100円くらい御代を取ればいいのに...。
 ところで、司が静岡の祖父母のところへ行くそうですね。きっと眞が勧めたんですよ。“トラック”売りたいなら、静岡の武志の自動車工場へ行けって。司の顔ったら、いきいきしてましたよ。司の母親も、自分の息子が自動車工場で働いたら、タダで中古車を貰えると思って賛成したみたいだし。めでたし、めでたしですよ。
 本間のお姑さんが、神林先生と老人医療専門の診療所を開く準備をしているみたいですね。まぁ、新しいことをやるのは結構ですけど、お二人自身が正真正銘の“老人”なのに、大丈夫かしら?老人が老人の医療をして悪いってことはないですけど、アタシだったら、老人より若い医者に診てもらった方が心強いですけどね。老人だと注射打つときに、手が震えて針が折れたなんてことになりかねないですもの。手の震えってバカにできないんですから。あらっ!お父さんったら、手を震わせて、お玉落としちゃった!壮太っ!クスクス笑ってないで、さっさとお父さんのお玉をお拾いっ!
 でも、アタシは本間のお姑さんが開業するのは大賛成です。だって、これで本当にヒナが本間のお姑さんから離れることができるんですから。確かに、今もヒナは本間のお姑さんを鬱陶しがって、一人で学校へ通ってますけど、ピアノのレッスンのために週に一度は顔を会わせてましたからね。でも、診療所を開業したら、ピアノのレッスンに付き合う暇なんてなくなります。ヒナだって、あんまりピアノのレッスンは乗り気じゃないみたいですし、レッスンがなくなったところで悲しむ道理はありません。本間のお姑さん!しっかり診療所のお仕事に精を出してください!それと英作さん!くれぐれもお母様の邪魔はしないようにっ!
 隆くんの合格発表ももうすぐみたいですね。長太さんも落ち着かない様子で、お父さんに受験番号を聞きに来たりして。...お父さんが知ってる訳ないでしょうがっ!隆くんは壮太にも受験番号を教えてないみたいですけど、当たり前ですよ。だって隆くん、そんな試験受けてないんですから。隆くんはウソをついたんですよ、試験を受けたって。何のためにですって?それは、さらに試験に合格したってウソをついて、「おかくら」でお祝いのご馳走をしてもらうため。焼肉丼を腹一杯食らうためなんです。そんなウソ、すぐにバレるのに、食欲には敵わないんですかね。それとも、頭よりアゴに血が回ってしまって、バレたときのことを考える思考能力が著しく低下しているのかも知れません。まぁ、アタシとは血の繋がりのない青年ですから、どうなろうと知ったこっちゃありませんけど。
 お父さん、そんな訳で今日もいろいろありましたけど、来週もいろいろありそうですね。「幸楽」みたいに大騒動にならなきゃいいけど...。あらっ!お、お父さん!いつの間にか「おかくら」の献立にこんな文字が...。

「修羅場 0円」

タキの仕業なのっ!勉の仕業なのっ!それとも壮太っ!お父さんがボケて気づかないことをいいことに好き勝手してっ!ホントに何とかしなきゃ...。

十二月十六日(木)
 お父さん、大変ですよっ!勇気が肺炎になっちまったんですよっ!私たちの可愛い曾孫が辛い目に遭ってるんですよっ!ああ、可哀想な勇気。代われるものなら、代わってあげたいです(涙)。...あ、ダメか。アタシと代わったら、勇気はこちらの世界の者になっちまいますものねぇ。...お父さん!もうこの世に未練はないでしょうっ!5人も娘に恵まれて、板前にもなれて、もう十分じゃないですかっ!さっさと勇気と代わってあげてくださいよっ!
 それにしてもねぇ、弥生たちときたら、病院のベッドで勇気が苦しんでいる横で、今しなくてもいいようなど〜でもいいことをベラベラと喋ったりしてっ!もう勇気のことなんかそっちのけで、むすびの配達を心配したり、勇気の側にいるいないで言い争ったり。見てみなさい、勇気だって、自分が無視されているのが分かっているから、自分に注目が集まるように「パパァ!パパァ!」を連発しているじゃないですか。それなのに、それすら無視して喋り続ける野田家&ブラックの面々。特にあかり!アンタ、相変わらず声がデカイのよっ!そこは病院なのよ、病院っ!しかも夜なのよ、夜っ!叫んでんじゃないわよっ!ホント、状況判断ができない娘なんだから。こんな馬鹿ッ母をもった勇気が不憫でなりませんよ(大涙)。
 やっぱり、隆くんはウソをつきましたね、試験に合格したって。えっ?長太さんや北原社長という人が受験番号を確かめたはずだから、ウソのつきようがないですって?何言ってるんですか、長太さんや北原さんもグルなんですよ!何のためにそんなウソをついたのかですって?長太さんは、邦子さんと隆くんを和解させたかったんです。そのためには、隆くんの国家試験合格がひとつのきっかけになると思って、この猿芝居に加担したんですよ。でもね、アタシの記憶に間違いなければ、2年半前の隆くんの誕生日に、とっくにこの2人は和解してるはずなんだけど...。そして、北原社長は、ただ単に「おかくら」で鯛の御頭をタダ食いしたかっただけなんです。設備会社の社長といっても、町の小さな小さな会社です。自由になるお金なんて、ありゃしない。だから、そうそう「おかくら」でご馳走食べることなんて、できやしないんです。でも、隆くんのお祝いだったら、お父さんが必ず「アタシの気持ちですから」とかいって、お代を受け取らないでしょう?それを狙って、このウソに協力したんですよ。お父さん、北原さんと隆くんの食事代をタダにするのは、もう止めてください。だいたい隆くんはウチとは血の繋がりのない他人なんですよ。それどころか、五月を散々苦しめてきた小姑・邦子さんの実の息子なんですよ。そこまで気にかける必要はないでしょう!隆くんのお祝いに、邦子さんと長太さんが「おかくら」に駆けつけてきたけど、邦子さんったら、北原さんにはあんなに御礼をいって、今まで隆くんの好きな料理をタダでこしらえて、隆くんを支えてきたお父さんには、何の言葉もないんですもの。呆れてモノが言えませんっ!
 「幸楽」では、聖子の発案で昼も夜もケータリングをするそうで、眞が店の手伝いにかり出されましたよ。東大入試も近いというのに。っていうか、なんで聖子がケータリングのことを決めるんですか?ケータリングのチーフは達夫さんとかいう影の薄い従業員じゃなかったんですか?チーフの意向も確かめずに、勝手な振舞いをして、達夫さんはどう思ってるんですかね?ホント、達夫さんがしっかりしてくれないと、迷惑を被るのは眞なんですから。まぁ、その前に五月!アンタが母親として、もっとしっかりしないといけませんよっ!
 隆くんのお祝いの宴が終了した「おかくら」。勉と壮太が何やらコソコソ話しているわ。

          壮太「隆の奴、やっぱり牛丼を注文しましたね。」
          勉「僕の言った通りやったろ。買うといて良かったわ、レトルトの牛丼の素。」
          壮太「アイツったら、すっかりレトルトの牛丼に夢中なんだもん、笑っちゃいますよ。」
          勉「焼肉丼は材料費が高くつくさかい、タダめし食らいにはレトルトで十分や。ハハハ...。」

勉、よく考えてみなさい。アンタの特製焼肉丼より、レトルトの牛丼に夢中になってるんですよ、隆くんは。所詮、アンタの料理もその程度ってことなのよ...。

十二月二十三日(木)
 お父さん、今年ももうすぐ終わりですね。一年間、ご苦労様でした。娘たちのゴタゴタもいろいろあって、大変でしたね。でも、不思議なんですよ。なぜか娘たちのゴタゴタは、今年の四月から起こってるんです。それ以降、毎週のようにゴタゴタ続き。四月に何か意味があるのかしら?どうせならキリよく、丸一年になる来年三月に、ゴタゴタがキレイさっぱり無くなってくれるといいんですが。でも、そんなに調子良くいきませんよね、オーホッホッホッ!
 愛がたくさんの借金を抱えて、「幸楽」に戻ってきたんですよ。愛は、例のブティックホテルの倒産がきっかけで借金抱えたみたいなことを言ってますけど、全然違います。真相は、アイスクリームなんですよ。愛はアイスクリームが大好きで大好きで、いつも冷凍庫に入ってないと不安になっちゃうみたいなんです。それで、買い溜めに買い溜めを重ねて、大量のアイスクリームを買っちゃったんです。バカでしょう?しかも、愛の部屋にある冷凍庫じゃ入らないからって、業務用の冷凍庫まで買っちゃって、それで80万円もの借金を背負うことになったんです。ホント、大バカでしょう?決して仕事が理由の借金じゃないんです。だから、愛の仕事仲間が不憫で不憫で。仲間の一人なんか愛に誘われて、勤めていた会社辞めて愛の会社に来たのに、こんな結末を迎えるなんて。今じゃ、代々木公園でホームレス暮らしですよ(涙)。
 愛もこんなことになるんだったら、弁護士にでも相談すればいいのに。相手は悪徳闇金なんだから。ねぇ、お父さん。よく考えてみれば、ウチの娘たちやその旦那たちは、調理師やら一級建築士やら旅行業務取扱主任者やら医師免許やら看護士やら、いろんな資格を持ってますけど、弁護士の資格を持った人がいないんですね。トラブル続きの娘たちですもの、岡倉家に必要な資格はズバリ弁護士ですね。お父さん!ヒナに医者になることを諦めさせて、弁護士にさせてください!いつか必ず重宝しますよ...。
 城代さんが結婚するらしいですね。ついこの間まで、愛を待ってるみたいなことを言っておきながら、あっさり他の女と結婚するだなんて、愛に対する重大な裏切りですよ。思わず竹原さんのことを思い出しましたよ、自分の勝手で葉子を捨てたあの竹原さんをね。もう愛が不憫でなりません。アタシ、あんまり悔しいから、城代さんの結婚相手の顔を拝ませてもらおうと思ったんですよ。そしたら...そんな人いなかったんです。つまり、城代さんはウソをついたんですよ。ただ単に愛と結婚したくないから、他の女と結婚するだなんてウソをついたんです。どうしてかって?実は城代さん、かなりの面食いなんですよ。性格より顔。どんなに性格ブスの女でも顔が良ければOKみたいな男なんです、城代さんって。えっ?愛も十分美人なのに、なんで別れるのかですって。確かに愛は美人です。さすがはアタシの孫娘です。実際、城代さんに散々我儘言ってきたのに、城代さんが辛抱強く愛とお付き合いできたのは、ひとえに愛の顔のおかげなんですから。でもね、それは今の愛の顔なんですよ。城代さんは気づいてしまったんですね、愛が五月と勇さんの娘だということを。ゆくゆくは愛は五月みたいな顔になり、五月みたいな体型になるということを。だから、城代さんは愛との結婚を諦めたんです。それにしても、城代さんのボンクラぶりにはホトホト愛想が尽きましたよ。だって、愛と城代さんが出会ってから、もう3年以上経ってるんですよ。なのに、今更のように五月と愛が親子ってことに気づくなんて。愛もさっさと城代さんを忘れて、早く新しい恋人を見つけてほしいものですよ。
 そうだ、お父さん!弁護士の話で、ひとつ思い出しましたよ!ほら、五月の双子の姉、覚えているでしょう。サワさんが五月と一緒に手放してしまった五月ソックリの双子のお姉さんですよ。あの娘、何と弁護士になっていたみたいなんです。確か、ホスト全員が弁護士のホストクラブを経営していて、名前が...ルミコ!ルミコって名前だったわ!五月の血を分けたお姉さんが弁護士だったなんて。いつか二人を再会させたいですよ。

でも、ホスト全員が弁護士のホストクラブなんて有り得るのかしら?っていうか、ゴリそっくりのホストって、実際どうよ?

一月六日(木)
 お父さん、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。娘たちの家庭にも、いろいろゴタゴタがあるとは思いますが、娘たちはお父さんだけが頼りなんですよ。だから、健康には充分注意して、いつまでも長生きしてくださいね。...って、何よ、何なのよ!正月早々、なんで「おかくら」にタキや勉、壮太の“腹黒三人組”がいる訳?!正月は「おかくら」はお休みなんでしょう?来る必要ないじゃない!まるでお父さんの身内みたいに、「おかくら」の敷居を跨いでんじゃないわよっ!正月にアンタたちの顔なんて見たくはないわよっ!おめでたい気分が台無しだわっ!ま、まさか、アンタたち、お父さんに餅を食べさせて、喉つまらせて、あぼ〜んさせるつもりじゃないでしょうねっ?!お父さん亡き後、「おかくら」を乗っ取るつもりなんでしょう!な、なんとかしなきゃ!

あ、そんなに焦る必要はなかったわ。だって、毎年正月はなぜか「おかくら」に娘たち全員が集まるんだもの。タキたちも迂闊なことはできないでしょう...。
っていうか、集まるのはいいけど、誰一人としてアタシの位牌に手を合わせないのよねぇ。ホント、娘なんてつまらない!

一月二十日(木)
 お父さん、二週間ぶりですね。体の方はいかがですか?先週、お父さんが寝込んでしまったから、心配で心配で。お父さんが寝込んでいる間、この何ヶ月かの間に起こった出来事をいろいろ思い出していましたよ。愛の会社設立やお父さんが「おかくら」の暖簾を畳もうとしたこと。それに本間のお姑さんが「神林クリニック」を開業したことなんかをね。これ以外にも、わずか数ヶ月の間にいろんな事が起きたんですもの。お父さんが体を壊すのも無理ありません。ゆっくり休んでくださいね。
 ...って、早速今週から仕事再開ですか。アタシは気が気じゃありませんよ。だって、お父さんったら、喋る言葉もタドタドしいし、筆を持つ手もブルブル震えているし(あっ、これは毎度のことか)。表情も心なしか疲れ切っているようだし。無理しないでくださいよ!お父さんが倒れたって、アタシにはどうしてやることもできないんですから(涙)。唯一の頼りは英作さんですよ。何しろ大病院の内科医長ですからね。こんなお医者さんが側にいてくれたら、いざという時に頼りになるってもんですよ...。えっ?!長子、アンタ何言ってんの?英作さんを「おかくら」から出してやりたいですって?!それでアンタは「おかくら」に残るっていうの?バカっ!バカっ!この大バカモノめがっ!アンタが「おかくら」に残ったって、クソの役にも立たないじゃないっ!体が弱っているお父さんに必要なのは、上げ膳据え膳でワガママばかり言ってるアンタじゃなくて、いざという時に頼りになるお医者様・英作さんですよっ!英作さんが「おかくら」に残って、アンタが出て行きなさい!
 あっ!直之さんが「おかくら」に来たわ。この人、お父さんには笑顔振りまいているけど、アタシの位牌には一度も手を合わせたことがないのよね。墓参りにも来たことないし。...えっ?この人、何言ってるのかしら?お父さんをゴルフにですってっ!バカっ!バカっ!この大バカモノめがっ!手元、足元、口元、全ての“元”が覚束なくなっているお父さんを、よりにもよってまたゴルフに誘うだなんてっ!前に誘ったときもそうだったけど、この人の狙いはゴルフ場でお父さんに心臓発作を起こさせて亡き者にして、「おかくら」の土地を自分名義のものにすることなんですよ!葉子と結婚したのも、それが目的だったんですから。お父さん、絶対断ってくださいよ。そうそう、当日はお得意様のご予約があるって...えっ?タキ、アンタ何差し出がましいこと言ってるのよっ!自分たちがいるから、安心してゴルフに行けですって?!バカっ!バカっ!この大バカモノめがっ!さては、タキと直之さんはグルね。アンタたち、2人してお父さんを亡き者にして、「おかくら」の土地を自分たちのものにしようって魂胆ねっ!ああ、何とかしなきゃ、何とか...。
 でも、どうやら直之さんの狙いは、「おかくら」の土地ではなかったみたい。お父さんからゴルフ参加の承諾を取り付けた直之さんは、電話でゴルフ場の支配人に電話していたわ。「...ええ、かなり金は持ってますよ。何しろ自分の娘やら孫やらに、ホイホイ何十万単位のお金をあげちゃうくらいですから。最近も孫娘に会社の出資話を持ちかけられて、ポンと50万円を用立ててましたし。...はい、現地でお父さんには必ずロッカーに貴重品を預けさせます。スキミングの手配はそちらの方で...。」

 直之さんは、ゴルフ場の支配人とグルになって、お父さんのキャッシュカードをスキミングするつもりみたいね。アタシは少し安心しました。だって、ロッカーの暗証番号をお父さんの手元から読み取るのは、手の震えが邪魔になって至難の技ですもの。直之さんの企み、絶対失敗しますよ...。

一月二十七日(木)
 お父さん、いよいよ眞と望のセンター試験が始まりますね。二人とも頑張ってほしいですよ。でもね、お父さん。眞にこしらえてあげる弁当ですけど、望にもこしらえてやってほしかったわ。お父さんは、アタシの気持ちまで込めて、眞の弁当をこしらえるって仰ってましたけど、それなら望だってアタシの孫ですもの。こしらえてあげてほしかったわ。あっ!五月はアタシたちの本当の娘じゃないから、眞は孫でも何でもない、赤の他人だったわ!...お父さん、どうせ弁当を試験会場に届けるんだったら、眞じゃなくて望に渡してくださいよっ!
 それにしてもねぇ、亨さんもどうかしているわ。いくら可愛い息子のためだからって、東大の合格発表まで望に付き添うだなんて、親バカもいいとこですよ。ハワイのホテルの従業員も皆、呆れてるんですから。でも、亨さんはホテルの責任者だから逆らえないって、皆諦めてますよ。従業員が反旗を翻して、クーデターを起こさなきゃいいけど...。望の弁当は、亨さんがこしらえたんですね。あらっ?なんでまた、チョコレートなんかを用意したのかしら?「『キットカット』で、きっと勝つ!」...望はとても頭のいい子です。なにしろ娘たちの中で、唯一国立大学を出た文子の息子ですからね。東大だって、夢じゃありません。でもね、アタシは不安なんですよ。望には、文子だけじゃなく、「『キットカット』で、きっと勝つ!」というしょ〜もないダジャレを信じて縁起を担ぐバカ丸出し男・亨さんの血も混じってるんですからね。これじゃ受かる試験も受かりませんよ。
 「幸楽」のお姑さんが、とうとうボケちゃったみたいですよ。カウンターに置いてある人形相手に嬉しそうに話しかけてるんですから。側にいた五月は笑ってましたけど、アタシから見たら気味悪いの一言ですよ。...あらっ?高橋のお母さんがこっちへやって来たわ。「お母さん!お母さん!あのお人形、欲しいよ!あのおしゃべりするお人形、欲しいよ!ねぇ、お母さん!お母さん!」...ったく、うるさいわねぇ!そんなに欲しけりゃ自分でこしらえなさいよっ!アンタの趣味は人形作りでしょうがっ!それに何度も言うようだけど、アタシはアンタの母親でも何でもないんだから。いくらボケてるからって程度をわきまえないと、アタシも堪忍袋の緒を緩めちゃうわよっ!今、アンタの孫は答案用紙に向かって、必死に頑張っているというのに、まったくいい気なもんよ...。
 やっと試験が終わりましたね。眞は東大の二次試験に進めるみたいね。何はともあれ、良かったですよ。一方の望は...はぁ、ダメみたいね。やっぱり、阿波踊りアホ踊り男・亨さんの血が濃かったみたいね。まったく、何が「『キットカット』で、きっと勝つ!」ですかっ!

望は、キットカットで、きっと“カス”になっちまいましたよ...。

二月三日(木)
 タキ...アンタ、なに勝手にアタシのメモ見てんのよ〜っ!そのメモはね、お父さんのために、親類縁者や「おかくら」の常連さんの誕生日を書いて残したものなのよ。決してアンタのためじゃないのっ!だいたい、そのメモはアタシの箪笥の奥の方に入れといたはずなのに、どうやって見つけたのよっ!勝手にアタシの箪笥を荒らしてんじゃないわよっ!あらっ?その着物、アタシのに似てるわねぇ...っていうか、アタシの着物じゃないっ!なに勝手に着てんのよっ!それもアタシの箪笥を荒らしたのねっ!もう〜、我慢できないわ。お父さん、さっさとこの差し出がましいババァを追い出して下さいなっ!...あっ!そういえばアタシ、メモと一緒に、お父さんには内緒で貯めていたヘソクリも置いてたんだったわ。...タキィ〜、アタシの、アタシのヘソクリ、返せ〜〜〜っ!
 だいたい、アンタねぇ、幸楽のお母さんの誕生日、お父さんに間違えて伝えてんじゃないわよっ!幸楽のお母さんの誕生日は、2月11日の紀元節なのよ。18日なんかじゃないわよっ!間違えて伝えたら、アタシがメモを残した意味がないじゃないっ!アンタ、喋り方がヘタクソなのよっ!「、」も「。」もなく、一気に喋るから、「じゅういちにち」と「じゅうはちにち」を言い間違えるのよっ!「い」と「は」の違いは大きいのよっ!
 お父さんったら、「おかくら」で幸楽のお母さんの喜寿の祝いを開くんですって。何を考えてるんですか、お父さんっ!バカも休み休み言ってくださいっ!アタシは誰よりも幸楽のお母さんが大っ嫌いなんですよっ!あの鬼ババァには、絶対ウチの敷居は跨がせないでくださいよっ!それにね、ウチで誕生パーティーを開いたら、悲しむ人が2人いるんです。幸楽のお母さんのお友達で、トミさんとふじさんという人ですよ。4年前に「幸楽」で開かれたパーティーに、2人は幸楽のお母さんの友人代表として出席したんです。ホラ、あのパーティー、お父さんも出席したじゃありませんか。お父さんも2人にお会いしているはずです。そのトミさんとふじさん、高齢のため、あんまり遠出はできないそうなんですよ。近所の「幸楽」だったらまだしも、桜新町の「おかくら」まで出てくるのは大変なんです。「おかくら」でパーティーなんか開いたら、2人は出席できないってことになるんですよ。それじゃあ、あまりにも可哀相じゃありませんか。だから、「おかくら」でパーティーを開くなんてこと、絶対やめてくださいよっ!
 ...なんて言ってる内に、お父さんったら、「幸楽」へ電話をかけているわ。ああ、やっぱりこちらの声はお父さんには届かないのね(泣)。あらっ?お父さん、なんか酷く落ち込んでいるわね。...幸楽のお母さんに断られたみたいだわ。そりゃそうよ。だって、お父さんったら、タキの言い間違いを真に受けて、幸楽のお母さんの誕生日を「2月18日」なんて言ってしまったんですもの。そりゃあ、自分の誕生日を間違われたら、誰だって不愉快に思うでしょうよ。お父さんには気の毒だけど、これで良かったんですよ。お父さんのためにも、そして、トミさんとふじさんのためにも...。
 ところで長子っ!英作さんのマンションで、ふぐちり食べるのは結構だけど、その材料を「おかくら」から持っていくってのはどういうことよっ!アンタもベストセラー翻訳家を気取るんだったら、鍋の材料くらい自分で買えってのっ!

 ...はぁ〜、お父さん。今日もアタシは怒り通しでしたよ。なんで、死んだ後まで怒ってなくちゃいけないのか。自分で自分にほとほと愛想が尽きますよ。明日こそ、笑顔でお父さんや娘たちを見守ってあげらるようになりたいものです。では、お父さん、お休みなさい。...あらっ!あの人たち?!ま、まさかっ?!

お父さん、意外な人たちがこちらの世界にいましたよ。...トミさんとふじさんです。
どっちにしろ、幸楽のお母さんの誕生パーティーには出席できない2人だったんですね(泣)。

二月十日(木)
 お父さん、そんなに幸楽のお母さんの誕生パーティーを「おかくら」でやることが嬉しいんですか?勇さんも安請け合いして!幸楽のお母さんは嫌がってるんですよ。そんなに簡単に説得できる訳ないじゃないですか!まったく、勇さんも調子がいいんだから!でも、先週あれだけパーティー開催を反対したアタシだけど、素直に喜んでいるお父さんを見ていたら、そんな気持ち、どっかへ吹っ飛んじまいましたよ。お父さん、パーティーが無事開かれるといいですね...。
 今週は「おかくら」には、トラブルらしいトラブルは起きませんでしたね。英作さんも、久しぶりにお父さんとお夜食をとっていたようですし。お父さんのお雑炊、美味しいんですよね。アタシも食べたいですよ。
 弥生のところも、あかりと和夫さんの距離が段々近づいているようで何よりです。勇気のことを思うと、できれば、あかりと和夫さんにヨリを戻してほしいところですけど、こればっかりは本人たちの気持ち次第ですからね。アタシは暖かく見守っていきますよ。
 五月のところは...なんかゴタゴタしてるわねぇ。あらっ?加津という娘がトラブルに巻き込まれているようですよ。...まぁ、アタシには、というより岡倉家には関係のない娘ですからね、加津は。どうなろうが、アタシの知ったこっちゃありません。加津には、長太さんとみのりさんという親がいるんです。なにも五月が頭を悩ます必要はありません。そんなことに頭を悩ます時間があったら、勇さんと2人で、どうやったら幸楽のお母さんを「おかくら」のパーティーへ誘い出すことができるのか、考えるほうが先ですよ。
 お父さん、今週は穏やかな週でした。来週もこんな感じで...あらっ?勉と壮太が何か喋っているわ。

勉「...ったく、親方にも呆れるわ。幸楽の婆さんのパーティーに、いったい何人呼ぶつもりや?いったい何人のタダ飯をこしらえさせるつもりやっ!」
壮太「タキさんが言うには、かなりの人数みたいっスよ。眞のところの家族と幸楽従業員一同に、隆のところの家族、幸楽のお婆さんのお友達、さらには弥生さんたち岡倉家の娘さん全員呼ぶみたいっス。」
勉「ア、アホかっ!なんでそんな仰山呼ぶねんっ!岡倉姉妹なんて関係あらへんやろがっ!だいたいそんな人数、この店には入らへん。無理や無理っ!」
壮太「でも、幸楽のお婆さんと岡倉家の娘さんたちは、あながち無関係とは言えないからって...。」
勉「いいか、壮太。岡倉姉妹が来るゆうことは、その亭主やら息子やら娘やら孫やら、下手したら、姑までくっついて来るゆうことやっ!絶対無理、無理っ!親方も何考えとんのか、さっぱり分からんわ...。」
壮太「でも、なんでそこまでして、幸楽のお婆さんのためにパーティーを開こうとなさるんスかね?亡くなられた奥様の七回忌は、すっかり忘れられていたのに...。」

壮太...アンタ、嫌なことを思い出させてくれたわね...。
そうですよ、お父さん!アタシの七回忌は忘れたクセに、なんで幸楽のお母さんの誕生パーティーには、こだわるんですかっ!
やっぱりアタシ、「おかくら」でパーティーを開くことは大反対ですっ!

二月十七日(木)
 お父さん、今週もいろいろあったみたいですね。五月のところじゃ、加津の事と、お父さん発案の幸楽のお姑さんのパーティーの件で、なんかゴタゴタしているし、葉子は突然離婚なんてことを言い出すし、長子のところじゃ、本間のお姑さんがまたシャシャリ出てきたし。ホント、心の休まる暇がありませんよ。
 先週も言いましたけどね、なんで加津の事で、五月が振り回されなくちゃいけないんですか?いくらその容姿に親近感が湧くからって、加津に肩入れすることないじゃありませんか。加津も加津ですよ。あんなに実の母親と暮らすことを拒否していたのに、いざ自分が辛くなると、その母親に泣きついたりして。口では「お前、中学生の仮面を被った細木数子かっ!」っていうくらい酸いも甘いも噛み分けたような偉そうなこと言ってるクセに、行動が伴ってないっていうんですよっ!あのブス中学生には、二度とデカイ口を叩かせないでほしいですね。
 葉子もねぇ、離婚するなら、早くしちまえばいいのに。宗方という男は「おかくら」の土地を狙っているんですからね、またお父さんがゴルフに誘われて命を奪われない内に、早いとこ縁を切った方がいいんですよ。ついでに、山口のお母さんとも縁を切って、ノシつけて太郎さんに返しちまえばいいんですよ。っていうか、山口のお母さんがいなくなれば、葉子が悩んだり苦しんだりトラブルに巻き込まれたりすることはなくなるんです。だって、考えてもみてください。この数年、葉子関係のトラブルって、大体が山口のお母さん絡みなんですよ。それにプラスアルファして、タキの出来損ないの息子だったり、エリザベートだったり、宗方が絡んだりしてただけなんですから。葉子の人生のトラブルの大半は、山口のお母さんが原因なんです。あの人さえ、葉子の前からいなくなれば、葉子は幸せになれるのに。
 長子のところは...もうどうでもいいです。本間のお姑さんは、あれだけ長子や英作さんに干渉しないって言っていたのに、なんでまたシャシャリ出てくるのか、アタシには理解できません。しかも本間のお姑さんったら、英作さんが独りでマンションで暮らしていると聞いて、ちょくちょくマンションに顔出して、英作さんの身の回りの世話をするつもりでいるみたいなんですよ。アンタ、神林クリニックはどうすんのよっ?!正月休みもないほど、忙しいんじゃなかったのっ?!アンタの1日のスケジュールはどうなってんのよっ?!...ああ、怒るだけ無駄だわ。ホント、どうでもよくなってきた...(呆)。

二月二十四日(木)
 お父さん、とうとう「おかくら」で幸楽のお姑さんの喜寿のお祝いをする日がやって来ましたね。...ああ!忌々しいっ!お父さんは、アタシの七回忌は忘れても、幸楽のお姑さんの喜寿のお祝いはするんですねっ!まったく、お父さんのボケっぷりには呆れてモノが言えませんっ!それにアタシはね、あの鬼ババァに「おかくら」の敷居を跨がせたくないんですよっ!生前、アタシは何度か「幸楽」に行きましたけどね、帰った後、必ず塩を撒かれたんですからね。鬼ババァが「おかくら」に来るんだったら、アタシだって塩を撒いてやりたいですよ!でも、それは叶わない望みだし。せめて、勉や壮太に、塩をたっぷり使った料理でもこしらえてもらわなきゃ、アタシの気持ちは治まりませんよっ!勉!壮太!頼んだわよっ!
 でも、よ〜く考えてみたら、あの鬼ババァ、「おかくら」へ来ることを嫌がっているんですよねぇ。だったら、アタシがこんなに腹を立てる必要はないのかも知れませんね。...な〜んてことを思っていたら、タキのババァがまた“差し出がましい”ことをしだしたわよ〜っ!おい!タキ!アンタ、英作さんを唆して、何やってんのよっ!...英作さん!タキと一緒に何で「幸楽」に行ってんのよっ!そして、何、鬼ババァを説得してんのよっ!やめて頂戴っ!余計な真似はやめて頂戴っ!行きたくないって言ってんだから、ほっとけばいいじゃないっ!勇さんだって、鬼ババァが来なければ、幸楽従業員の慰労会にするって言ってんだし。...聖子、アンタ、ナイスフォローね。そうそう、鬼ババァを「おかくら」へ行かせないように、英作さんやタキの邪魔をするなんて、アンタもたまにはいい働きをするじゃない。ホホホ、あの鬼ババァ、やっぱり断ったわ。いいのよ、それでいいのよ。
 ...な〜んて思っていたら、顔も見たことない変な2人連れのババァがやって来たわよ。初子?浪江?何者よ?!...あら?あらあらあら?何だか、訳分かんない内に、鬼ババァが「おかくら」へ行くことになっちゃったわよ。ちょっと!初子と浪江!アンタたち、なに余計なこと、さらしてくれてんのよっ!今まで、一度も登場したことないクセに、ホント余計なことしてっ!アンタたちね、少しはこちらの世界にいるトミさんやふじさんの気持ちを考えたらどうなのよっ!トミさんもふじさんも、できれば「おかくら」に行きたかったんだから。えっ?トミさんやふじさんも、鬼ババァの喜寿のお祝いをしたかったのかって?違うわよっ!あの2人は、単純にお父さんの料理を食べたいだけなのよっ!そもそも、トミさんもふじさんも、初子も浪江も、あの鬼ババァの友人なんて、ウソっぱちなんだから。だいたい、今まで一度も「幸楽」に顔を見せたことない人たちなのよ。友人であるはずないじゃない。この人たちは、タダでパーティーの料理を食べるために、老いた人の友人になりすまして、パーティーに参加する“キミちゃ〜ん詐欺”の集団なんだから。鬼ババァだって、浪江たちがあまりに馴れ馴れしい口をきくもんだから、すっかり騙されてるんですよ。っていうかね、あの鬼ババァに友人なんているはずないでしょう!
 ...はぁ。結局、鬼ババァは「おかくら」へ。なんか今日は疲れましたよ。あの鬼ババァが、「おかくら」で皆に祝福されている姿なんて、見たくもありませんからね。アタシは寝させて頂きます。おやすみなさい...。

 お父さん、幸楽のお姑さんが倒れたらしいですね。パーティーの翌日、いきなり。昨日、あれだけ悪態を突いたアタシですけどね、やっぱり心配ですよ。えっ?幸楽のお姑さんの体を心配しているのかですって?違いますよ。もし、幸楽のお姑さんが亡くなられたら、こちらの世界にいらっしゃるということじゃありませんか。それだけは、何としても避けてもらわないと。アタシはね、幸楽のお姑さんのいないこちらの世界が楽しくて堪らないんです。こちらの世界に来てほしくないんです。だから、幸楽のお姑さんには長生きをしてもらわないと...。それにしても幸楽のお姑さん、なんで急に体の具合が悪くなったのかしら?謎だわ...。

 お父さん、幸楽のお姑さんが急に倒れた原因が分かりましたよ。昨日のパーティーの料理が悪かったみたいです。どうやら、壮太が料理に使う塩の量を間違えたみたいなんですよ。幸楽のお姑さんの料理だけ、普通の倍以上の塩を入れたみたいで。急に大量の塩分を摂ったもんだから、脳の血管が詰まっちゃったみたいなんです。それにしても、なんでまた壮太は、幸楽のお姑さんの料理にだけ、そんな大量の塩を入れたりしたんですかねぇ...。

三月三日(木)
 お父さん...。あら?お父さん!...お、お父さんの姿が見えないわ!どこへ行ったんですか、お父さん!毎週毎週、欠かさずお父さんのことを見守っていたのに、急にお父さんの姿が見えなくなってしまうなんて。今までこんなことありませんでしたよ。でも、下界の人々にはお父さんの姿は見えているみたいね。英作さんは、幸楽のお姑さんの入院の件を報告していたし、愛はお父さんから見舞金の10万円を受け取っていたみたいだし。でも、アタシには見えないんですよ、お父さんの姿が。こちらの世界から見ると、英作さんも愛も、まるで透明人間と話をしているみたいなんです。なぜ?!なぜなの?!なぜ、アタシの目にお父さんの姿が映らないんですかっ!誰か教えてっ!
 今週は、幸楽のお姑さんが入院したり、愛が付き添いをしたり、東大受験が間近だというのに眞が「幸楽」を手伝ったり、本間のお姑さんがまたシャシャリ出てきたり、五月の実母であるサワさんの息子がいよいよ加津の母親にプロポーズすることを決意したり、いろいろありましたけどね、アタシにはお父さんの姿が見えないことが気掛かりで仕方ありませんでしたよ。いったい、いったい何が起こったんですか、お父さんっ!

 その夜のことでした。アタシを呼ぶ声が聞こえたのは。「お母さん...お母さん...」と聞きなれた声。恐る恐る振り向くと、そこには胡麻塩頭の一人の男が立っていました。

そう、それは紛れもなく、岡倉大吉その人だったのです。
お父さんがこちらの世界にやってきたのでした...。

三月十日(木)
 お父さんっ!お父さんじゃないですかっ!こんなところで何してるんですかっ!なんで、こちらの世界にいるんですかっ!ま、まさか、お父さん、ついに寿命が...。久々にお父さんと再会できた嬉しさと、お父さんの寿命が尽きてしまったという悲しさで、アタシの心は複雑な思いに駆られました。そんなアタシの気持ちを知ってか知らずか、お父さんは静かにアタシに語り始めました...。

 母さん、久しぶりだね。母さんがニューヨークへ出発した日以来だよ。元気そうで何よりだ。やっぱり母さんはいつも威勢良くなきゃ、母さんじゃないからね。娘たちも元気だよ。いつもトラブルばかり持ち込んで、気が滅入るけどね。
 ところで、母さんに一言詫びを入れたいと思って、こっちの世界に来たんだよ。それはね...母さんの七回忌を忘れちまったことだよ。昨日、ふいに七回忌のことを思い出してね。こりゃあ、天国にいる母さんに謝らなきゃって、母さんの位牌に手を合わせてたんだよ。そしたら、気がついたら、ここにいたんだよ。本当に悪かったね、母さん。この白髪頭に免じて、許しておくれ...。

 そういうと、お父さんはアタシに土下座したんです。アタシは涙が止まりませんでした。アタシに謝りたい一心で、こちらの世界に来るなんて。いいんですよ、お父さん。七回忌なんてね、単なる儀式に過ぎないんですから。お父さんが思い出してくれただけで、それでいいんですよ。アタシの気も晴れました。だから、お父さん、頭を上げてください。久しぶりに会ったんだから、お酒でも飲みましょう。こちらの世界にはね、いろんなお酒があるんですから。...えっ?下界の様子を見たいですって。いいですよ。ホラ、ここからだとよく見えるでしょう。あれが「おかくら」。...あら?厨房にタキと壮太の姿が見えるわ。タキが壮太に料理の特訓をしているみたいね。...そうそう、お父さん。せっかくの機会だから言っておくけど、あのタキっていう女。アタシの親友でも何でもありませんからね。あの女の狙いは「おかくら」を乗っ取ることなんですよ。だから、店の権利書とかそういう大事なものは、絶対にタキに渡さないでくださいよ。...あら?長子がやってきたわ。タキと壮太に何か話し掛けているわね...。

「『おかくら』は継ぐ人間がいないんだから、勉ちゃん、壮ちゃん、頼りにしてるんだからね♪」

 ...な、長子ぉ〜!ア、アンタ、なに訳分かんないこと言ってんのよっ!いくら「おかくら」を継ぐ人間がいないからってね、勉や壮太に継がせていいっていう法はないでしょうっ!岡倉家に継ぐ人間がいないんだったら、「おかくら」なんか潰しちまえばいいのよっ!...お父さんっ!なに呑気に酒なんか飲んでいるんですかっ!さっさと下界に戻ってくださいっ!お父さんがこちらの世界に来るのは、まだ早いんですよっ!ちゃんと「おかくら」の今後のメドをつけてから、いらしてくださいっ!じゃあ、お父さん、下界に戻しますよっ!それっ!...思いっきりアタシに蹴飛ばされたお父さんは、ゆらゆらと下界に戻っていきましたよ。そして、また下界にいるお父さんの姿が見えるようになりました。

でも、このときのアタシは知らなかったんです。一度天国に来た人間を、無理矢理下界に戻すことが、どんな自体を招くことになるかということを。
そして、それは確実にある場所に影響を及ぼしつつあったんです。その場所とは...「幸楽」だったのです。

三月十七日(木)
 お父さん、無事下界に戻れたみたいですね。眞の東大合格を祝って、お酒を飲むお父さんの姿、こちらからしっかり見えますよ。...そう、眞が東大に合格したんですね。こんな嬉しいことはありませんよ。アタシが最後に眞を見たのは、あの子が中学生の時でしたからね。月日が流れるのは早いものですよ。それにしても、東大に合格するなんてたいしたもんですよ。とても、五月や勇さんの子とは思えません。やっぱり、隔世遺伝なのかしらね。五月の本当の父親の血が、眞には受け継がれているに違いありませんよ。五月の本当の父親...。サワさんが康史さんの父親と出会う前のご亭主...。いつか、本当の父親や母親のことを知る日が来るのかしら、五月には...。
 それにしても、壮太ったら、お父さんの名代とかいって、「幸楽」に行ったりして。タキの真似して、なに差し出がましいことしてんのよっ!勝手にお父さんの名代なんか、務めてんじゃないわよっ!100億光年、早いのよっ!アタシには分かってんですよ、壮太の狙いが。壮太は、眞の東大合格で、眞が「幸楽」を継ぐ可能性がなくなったもんだから、俄然色めきたったんですよ。自分が「おかくら」に加えて、「幸楽」まで乗っ取ってやろうってね。お父さんの名代だとか言って、「幸楽」を訪ねたのも、いずれ自分の手中に収めたい店を、この目で確認したかっただけなんですよ。それに今の内から、五月や勇さんに顔を売っておいた方が、いざ「幸楽」を乗っ取るときに好都合ですからね。何しろ幸楽のお姑さんがあの有様なんですから、五月たちが「幸楽」の支配者になるのも時間の問題。壮太にとって、五月たちに顔を売っておいて得することはあっても、損することはありません。ホント、カワイイ顔して、実は腹黒いんですから、壮太は!
 しかも、壮太はもっと壮大な企てを考えているんですよ。「幸楽」に居候している加津を利用して、いずれは「菊屋」まで乗っ取る魂胆なんですよ。お食事処「おかくら」、中華「幸楽」、そして和菓子屋「菊屋」。この3本柱を手に収めたら、壮太に怖いものはありませんからね。その内、和食と中華と和菓子の融合によるシナジー効果を出すなんて、訳分かんないことを言い出すかも知れません。...ああ、眞!やっぱり東大行くなんてことを止めて、「幸楽」を継ぎなさいっ!それと加津!アンタはさっさと「幸楽」を出てお行きっ!アンタが「幸楽」にいると、アンタを通じて、壮太の魔の手が「菊屋」に伸びることになるんですよ。そうなったら、五月の実の母親・サワさんにも迷惑かけることになるんだからっ!

お父さん、幸楽のお姑さんが小便を漏らしたみたいですね。こちらの世界にも、小便を漏らす人がいて困りますよ。
...亨さんの母親・年子さんですよ。...弥生っ!こっちにリリーフを送って頂戴っ!

三月二十四日(木)
 お父さん、ホントに眞の東大合格が嬉しくて仕方ないんですね。酔っ払ったお父さんったら、アタシの位牌に眞の合格を報告してくれたりして。ありがとう、お父さん。お父さんは、いつもアタシのことを忘れないでいてくれてるんですね。眞の合格も嬉しいけど、こうやってアタシの位牌にお父さんがちゃんと報告してくれることも嬉しいですよ。...ええ?お父さん、何ですか?「アタシたちは娘ばかり5人でさ、どんなに男の子が欲しかったか」...お、お父さんっ!まだ、男の子を産めなかったアタシを責める気ですかっ!え〜え〜、どうせ男の子を産めなかったアタシは、岡倉家の嫁失格ですよっ!そういえばお父さん、男の子が産まれたら「大志」って名付けるんだっていって、家中「大志」って書かれた紙を貼りまくっていましたよね。それがアタシにとって、どれだけプレッシャーだったか、お父さんには分からないでしょう。まったく、死んだ後まで、恨み言を言われるとは思わなかったですよっ!
 えっ?お父さんったら、まだ何か言ってるわ。「きっと、母さんが守ってくれたんだよな」...そ、そんな、お父さん。アタシが眞を守っただなんて。ううん、あれは眞の実力ですよ。それよりお父さん、さっきは感情的になってゴメンナサイ。あら?またお酒ですか?今夜は散々飲んだんですから、もう控えた方がいいんじゃありません?まぁ、いいか。眞のお祝いですものね、アタシも付き合いますよ♪「タキさんも付き合ってくださいよ。節子はね、タキさんが一番好きだった」...。

ウォォォォ〜〜〜!お父さん、なに言ってるんですかぁっ!

何度も言うようですけどね、タキなんて女、アタシは全然知らないんですよっ!その差し出がましいババァは「おかくら」を乗っ取ることが目的なんですよっ!ええ〜いっ!面倒だっ!お父さん、悪いけど眠ってもらいますよ。これ以上、お父さんの不愉快な発言に、アタシのハラワタを煮え繰り返らせたくないですからねっ!
 ん?何やら不穏な空気を感じるわ。先々週、お父さんを無理矢理下界に戻したときから、この空気を感じていたのだけれど、どうも「幸楽」に向かって、トンデモナイ何かが放たれたみたいね。...あらっ?ま、まさか、あの女は?!

お父さん、「幸楽」に久子さんが戻ってきたようです。
ついに、五月の本当の父親が明かされるときが来たみたいですよ...。

三月三十一日(木)
 お父さん。今日、「幸楽」の先代のご主人の幸吉さんが訪ねて来られたんですよ。アメリカの日本特区に移動されるとかで、挨拶に来られたんです。下界にある自分の位牌が外国へ移される場合、こちらの世界の人も外国へ移動しなければならないんです。幸吉さんの場合、幸楽のお姑さんがアメリカの久子さんのところへ行くことになって、仏壇まで持っていくらしいので、幸吉さんもこちらの世界のアメリカの日本特区へ移動するという訳です。幸吉さんはアタシにこんな話をしてくれました...。

 キミのバカが久子と邦子の口車に乗って、アメリカに行くことになっちまってね。俺も向こうの日本特区とやらに行かなきゃならなくなっちまったよ。節子さん、アンタと大吉さんにはエライ世話になったからね。向こうへ行く前に、ちゃんと礼を言っとかなきゃと思って。俺とサワの娘である五月を引き取って、高校生になるまで育ててくれた礼をね...。

 ...そう、あれはもう50年以上も前の話です。お父さんの会社の同期で親友だった村木さんが、お世辞にも可愛いとは言えない赤子を連れて、岡倉家を訪ねてきたのは。あの時、村木さんはこう仰ってましたね。「岡倉!黙ってこの子を育ててくれないか?この子の父親は、俺と同じ郷里の青森出身の男で幼なじみなんだ。ボロ屋台のラーメン屋で、とても子供一人育てることができない。俺が面倒見れればいいが、俺には既に5人も娘がいて、とても無理なんだ。」
 随分と勝手な申し出だと思ったけど、あの時、子供がいなかったアタシたちは、結局その子を引き取ることにしたんですよね。それが、五月だった。

 俺は一人前のラーメン屋になる。サワは一人前の和菓子職人になる。東京で出会った俺とサワは、料理の中身は違っても、一人前の料理人になるっていう同じ夢を持ってたんだよ。そして、いつしか愛しあうようになって、生まれたのが五月だった。けどね、お互い貧乏だったからね。結局、五月を東京にいた同じ里の村木に預け、サワとは別れた。その後、出会ったのが、連れ子を抱えたキミだったんだよ...。

 ...勇さんは、幸楽のお姑さんの連れ子だったんですね。それから2人は、屋台のラーメン屋を始めて結婚。久子さんと邦子さんが生まれた。一方、サワさんも他の男の人と結婚して、生まれたのが康史さんだった。そして、お父さん。アタシたちの間にも、弥生という娘が生まれた。なぜ、弥生を長女に、五月を二女にしたのか。それは岡倉家を継がせるのは、長男か長女と決めていたから。いくら五月の方が年上でも、血の繋がりのない五月を跡継ぎにする訳にはいかなかった。その内、文子、葉子、長子と次々と娘たちが生まれて、いつしか本当の娘ではない五月に、アタシたちは冷たくなっていったのかも知れませんね。そして、高校2年生のとき、五月は家出した。

 ついに「幸楽」っていう店を持って、キミと勇と親子3人でラーメンをこしらえ続けていたある日、お世辞にも可愛いとは言えない娘が訪ねてきて、「雇ってほしい」と頼んできた。俺はすぐに分かったよ。この娘は10年以上も前に手放した俺とサワの娘だってね。キミは、高校中退の家出娘なんて雇えないと剣もほろろだったが、俺が何とかキミを説得して五月を雇い入れた。当然、キミは五月が俺の本当の娘だって知らなかったが、直感みたいなものが働いたのか、事あるごとに五月に辛くあたった。

 ...でも、そんな五月をいつも庇ってくださったのが、幸吉さんじゃありませんか。五月は言ってましたよ、いつも幸楽のお父さんが庇ってくれるって。考えてみれば、五月は家出して、偶然にも実の親のところに身を寄せたことになるんですね。これは神様のいたずらなんですかねぇ...。

 勇が「五月と結婚したい」って言ってきたとき、俺は嬉しくて堪らなかったよ。だって、今まで五月は俺のことを「大将」って呼んでいたけど、2人が結婚すれば、俺のことを「お父さん」って呼ぶことになるんだから。これで五月は俺の本当の娘になる。キミは猛反対したけど、俺は強引に2人の結婚を認めさせた。強引に認めさせた結果、キミの怒りの矛先は五月に向けられることになるんだけど...。

 ...いいじゃありませんか。五月は「幸楽」で実の父親と一緒に暮らすことができたんです。たとえ本人は気づいていなくても、それは紛れもない事実なんです。そして、今年は加津を通して、サワさんという実の母親とも再会できた。五月にとっては、良かったんですよ。

 幸吉さんは深々と頭を下げると、旅立って行かれました。まぁ、アメリカといっても日本特区ですから、周りは日本人ばかりです。幸吉さんもすぐに慣れるでしょう。ところで、お父さん。アタシもそろそろ旅立つときが来ました。えっ?どこへ旅立つのかって?実は秋葉のお姑さんと、フラメンコの海外遠征に行くことになったんですよ。秋葉のお姑さんは、和夫さんがいわきに戻ることになって一安心したらしく、ぜひ一緒に行きましょうって誘ってくださって。アタシも下界のお父さんや娘たちのゴタゴタに一喜一憂するのは疲れましたから...。

遠征の期間は一年間。その間、こちらからお父さんたちの様子は見ることはできないけど、
体だけは大事にして。娘たちや孫たちのことしっかり頼みましたよ、お父さん!

−完−


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