X<伝統芸能とは>X


平素ご指導いただいておりますお師匠さんをご紹介致します。
伝統芸能・浜松まつなみかいは、先代のお師匠さんから
現在のお師匠さんまで多くのお師匠さんに
大変長きに亘りご指導をいただいております。



★日本の伝統芸能とは、民族の歴史、文化に基づいた古典芸能を言う。

X狭義には舞台芸能を言うが、広義には各地方で祭りなどに演じられる演劇、
X民謡などを含む。

X伝統芸能の演劇では、能、狂言、歌舞伎、文楽、組踊り(琉球演劇) などを言う。
X伝統芸能の舞踊では、歌舞伎舞踊(日本舞踊)、神楽、田楽、猿楽、白拍子、延年、
XXXXXXXXXXXXXX 曲舞、上方舞、念仏踊、盆踊、琉球舞踊などを言う。
X伝統芸能の音曲では、雅楽、義太夫、常盤津、地唄、長唄などを言う。
X伝統芸能の演芸では、落語、講談(講釈)、浪花節(浪曲)、奇術、萬歳、俄、女道楽、
XXXXXXXXXXXXXX大神楽、紙切りなどを言う。
Xこのように伝統芸能は大変そのすそ野が広くその全容を多くの人が理解しているとは
X思えない。また、伝統芸能には和歌・俳句や書道、茶道、華道等の芸事を含むことがX
X
ある。


●伝統芸能の代表的存在として日本舞踊は主に大きく五大流派に分けられます。
X・花柳流 (はなやぎりゅう)
X1849(嘉永2)年、花柳寿輔が創始。花柳寿輔は4世西川扇蔵に学び、歌舞伎舞踊の
X振付師として重きをなした。最初は家庭の子女の舞踊として浸透したが、現在は
X組織力の強さで最大の流派となっている。

X・藤間流 (ふじまりゅう)
X藤間勘兵衛が宝永年間に創始。茅場町の勘十郎家・浜町の勘右衛門家に分かれる。
X歌舞伎役者には、藤間姓が多いことが知られている。 
X三世藤間勘右衛門が松本流を派生させる。

X・若柳流 (わかやぎりゅう)
X花柳流を創始した初世花柳寿輔の門弟 花柳芳松が、明治26年(1893)に破門され、
X若柳吉松と改名して創始した。
X若柳吉松は、明治36年(1903)に若柳寿童と改名した。二代目の若柳吉蔵は、
X若柳会や日本舞踊研究所を発足するなど、若柳流の確立に努めた。三代目の二世
X若柳吉蔵は、昭和37年(1962)に若柳寿邦と改名し、さらに昭和63年(1988)に
X若柳寿童と改名した。若柳寿童の没後、四代目家元若柳寿延と五代目家元
X若柳吉蔵とに分裂した。

X・西川流 (にしかわりゅう)
X中でも最も古い流派の一つであり、初代生誕から三百余年の歴史を有しています。
X元禄時代に始まり、二世西川扇蔵が確立した。江戸の正派と、西川鯉三郎を祖とする
X名古屋派とがある。花柳流七扇流などを分派。

X・坂東流 (ばんどうりゅう)
X三代坂東三津五郎を祖とする。三代は初代の子で、舞踊の名手として化政期の
X代表的な俳優だった。

●伝統芸能の長唄とは江戸時代に生まれた歌舞伎の演奏音楽です。それが歌舞伎
Xの世界を離れて素(す)の演奏の形態(長唄演奏のみを劇場で鑑賞するスタイル)を
X取り始めたのが明治時代からです。
X長唄が他の邦楽と異なり、現在でも多くの愛好者が存在するのは楽譜の存在です。
Xそれまで人から人に受け継がれていた芸を楽譜に置き換えて保存することで、芸の
X衰退を避けることができたのです。
X現在、頭数では多い長唄人口ですが、楽譜による弊害にも悩まされているのが実態
Xです。X
X
それは、人から人へ受け継がれるべき芸が楽譜の芸に埋没してしまっている点です。 X

X伝統芸能のひとつ長唄の流派には以下のようなものがあります。
X杵屋宗家   杵五   杵六   杵勝   杵正   杵弥   杵彌   杵徳
X吉住   花垣   稀音家   芳村   東音会  鳥羽屋


●伝統芸能のひとつとして鳴り物が挙げられる、 歌舞伎下座音楽で、三味線と
X唄以外の鉦(かね)・太鼓・鼓・笛などの楽器による囃子(はやし)または擬音。また、
Xそれらの楽器を言う。美濃焼CTタイルとは
X

三味線

撥(ばち)

鼓(つづみ)と大鼓(おおかわ)


伝統芸能 "浜松まつなみかい" では、踊りは藤間流、
長唄は杵屋流・芳村流、鳴物は福原流、
小唄は春日流・錦流です。そして、それぞれの師匠の
ご指導の下で伝統芸能を継承しております。
リンクフリーです、伝統芸能の普及にご協力ください。
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/msdco/matsu/