コントラバスの運指
Jason Heath氏のルールについての考察
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
さて、Jason Heath氏のブログで、What ARE the “rules” of double bass fingering?という記事が公開されています。
詳細は原文にあたっていただくとして見出しだけ訳すと次のようになります。
ルール1:ひとつのポジションで最低2音は演奏する。
ルール2:半音で移弦をしない。
ルール3:テクニカルなパッセージでは移弦をする。
ルール4:メロディックなパッセージでは1つの弦でポジション移動をする。
ルール5:同じ指を使って移弦をしない(特に低い弦への移弦)。
ルール6:リリカルなパッセージにおいて開放弦を使わない。
ルール7:小さい指番号で高い方向へポジション移動する。
ルール8:大きな指番号で低い方向へポジション移動する。
ルール9:音符のグループはリズム的にまとめる。
ルール10:1弦飛ばす移弦を避ける。
やや意訳したところもありますが、概ねこのようなものになります。
私と見解が異なるルール8
ルール7と8は、ペアになっています。
私は、
- ポジション移動は、なるべく指番号の小さい指で行う。
- 運指は、原則として上行形と下行形で同じであるべきであると考える。言い換えるなら、パッセージを後ろから演奏したとしても、運指に変更が生じないことが望ましい。
と考えています。
Heath氏は、G弦のA-B-C♯は1-1 4(ルール7。フィンガリングの-部分がポジション移動。英音名なのでBはドイツ音名のH、念のため)、その反対の、C♯-B-Aは、4-4 1で演奏するのがベスト・プラクティスだとしています。
しかし、私のメソッドは、下行形であるC♯-B-Aについては、4 1-1で演奏します。なぜなら、ポジション移動は押さえている指を弦から離さず、かつ、弦も指板につけたまま行うので(これが前提)、第4指(すなわち第1-4指の計4本の指で押さえる)でポジション移動するよりも、第1指でポジション移動するほうが摩擦が小さいので、より円滑にポジション移動ができると考えるからです。
もちろん、上記2点の原則もあります。これは、特にじゃずのような即興音楽においては、合理的で一貫性のある運指を身につけることが、運指の手詰まりを起こして演奏が中断したり演奏のクオリティが低下したりするような事態を回避できると考えるからです。
もちろん、4-4というシフティングがいけないというわけではありません。先ほどのC♯-B-AのパッセージのAの音をその4度下、D弦のEの音に替えると、運指は、4-4 1となります。これはHeath氏のルール5に繋がります(したがって、この上行形、E-B-C♯の運指も1 4-4が適切と考えます)。
ルール5の補足
ルール5については、私も同意見ですが、少し補足をします。私は、コントラバスの運指の原則(私はルールではなく原則という言葉を使います。なぜなら、原則には例外があるからです)として、Heath氏があげた10点以前の基本的な考え方として次のようなものがあると思います。
- シフティングの回数をできるだけ減らす。
- シフティングの距離をできるだけ短くする。
その上で、ルール5のように、移弦を行うときにはできるだけ同じ指で行わないという「原則」も生じます。ただし、この原則にも「例外」があります。
パッセージによっては同じ指を使った移弦が回避できない場合があるからです。例えば、A弦のCから完全5度を2度駆け上がる、C-G-Dというパッセージを考えてみましょう。
Gを開放弦で弾けば、Heath氏のルール5は回避できます(ただし、ルール10に抵触しますが)。しかし、GをD弦で弾く場合(あるいは、パッセージ全体を半音上げてD♭-A♭-E♭とした場合)、運指としては主に、1 4-4、1-1 4、あるいは1-2-4の可能性があると思います。Heath氏のルール5とルール10に抵触しないためには、1-2-4ということになるのかも知れません。あるいは、1 4-1(あるいは1 4-2)でもよいのかも知れません。しかし、「シフティングの回数をできるだけ減らす」「シフティングの距離をできるだけ短くする。」という原則に反します(もっともこの原則はHeath氏が決めたのではなく私が決めたことですが)。
ちなみに私は、このパッセージをG開放を使わずに弾く場合、1-1 4を選択します。移弦とシフティングを同時に行わざるを得ない場合、いろいろ試した結果、第4指で行うよりも第1指で行うほうが成功率が高く、かつ音質も維持できるからです。弦を捉えるべき指の数が少ないので当然のことです。もちろん、パッセージによっては第1指ではなく、第2指で移弦とシフティングをする可能性もありますが、これは、あくまでも第1指が使えないような場合に限られると考えます。
なお、特により低い弦への移弦について、同じ指を使うべきではないという理由は私にはよくわかりません。
ルール1は正直よくわからない
ルール1の「ひとつのポジションで最低2音は演奏する」は正直よくわかりません。
Bメジャー・スケール(ドイツ式ではB-dur)において、私のフィンガリングは、1 4-1-1 4-1-2 4です(下行形も同じ。もちろん逆順になります。念のため)。
Heath氏のルール1に2回抵触しています。これを解決すべく、例えば最後の3音G♯-A♯-Bは、1 4-4とでもするのでしょうか。そうするとルール7に抵触しますよね。下行形ではルール8より、4-4 1と演奏せよということになりそうなのですが、どうなんでしょうHeath先生。
中ほどのD♯-E-F♯は、私は、1-1 4としますが、1 2-4とする人もいてここは意見が分かれるところかも知れません。下行形を4-2 1とし、また、その他の似たようなパッセージを一貫して同様に演奏するのであれば私はそれでも構わないと思います。ただ、私が1-1 4(下行形はその逆の4 1-1)を採用するには、
- 「移弦」「シフティング」「指の交代」は、可能な限り同時に行わない。
という原則を採用しているからです。理由は、左手が安定するからです。もちろん、これらを完全に回避することは現実的ではありませんし、シフティングの回数や距離をなるべく少なく小さくする原則のほうが優先されます。
ルール3とルール4は同意できる
これは、とても同意できます。これはアルコを使う表現ではもちろん、ジャズのピッツィカートでもどうようのことがいえるのではないかと最近思います。
例えば、「枯葉」の冒頭、G-A-B♭-E♭は、最初の3音をD弦で始めて、最後の4度でG弦にシフティングしてもよいのですが、あえてすべてG弦で弾くという選択肢も捨てがたいと思うのです。G弦の4度の跳躍でとても表現の余地が大きいと思います。ベースはエンドピンを立てて演奏するので、垂直方向のシフティング(ポジション移動)を使った跳躍をそれほど恐れる必要がありません(素早いテクニカルなパッセージは別です=ルール3)。
ただし、それにしても冒頭のG開放がルール6に抵触しますし、次のフレーズはルール4にさえ抵触してしまいます。音域的に悩ましいですね。
言語化、ルール化の難しさ
なんだか、Heath氏にケチをつけるような内容になってしまった印象も否めませんが、必ずしもそういう意図はないのです。
私自身も運指については平均的なベーシスト、コントラバス奏者以上に研究してきたという自負はあります。しかし、言語化できたところは、今回の記事で紹介した3点も含めてまだまだわずかです。
スケールやインターバルのようなパッセージ、あるいはさまざまな曲のメロディで実践的に学ぶことが重要と考えているのですが、それでもメジャー・スケールではほぼ例外なく原則どおりの運指が決まるのに対し、メロディック・マイナー・スケールのインターバルでは二者択一を迫られる部分もあるなど、非常に悩ましいのがコントラバスの運指です。
中域での拡張フィンガリングや親指の積極的な活用、親指ポジションでの運指システムなど、意見が分かれる議題も多いですが、それだけこの楽器の可能性がまだまだ開かれているともいえるのではないかと思います。
ちなみに、私は拡張ポジションは原則使わず、親指ポジションではクロマティック・システムを一貫して採用しています(ただし親指と第1指については半音、全音のいずれも認める)。
運指についてはなかなか「うるさい」ほうかもしれませんが、それでもオープン・マインドでいろいろな考え方を学ぶことは有意義でした。